閑談

2009-11-07 | 17:42

寒くなるとからだを縮めるようにするのは、体表面積を小さくして放熱をすくなくするためだ。
それによって体温の低下をできるだけおさえようとする本能的行為なのだ。
だがいちど冷えてしまった身体を温めるにはどうすればいいか、としばし寝床のなかで考える。
熱とは分子の振動であることは、電子レンジの原理でだれもが知っている(?)。
だから身体を振動させればいいのだ、寒いと震えがくるのはそのことの証しでもある。
しかし、しばしば「うるさいわね、じっとして寝られないの」という叱責がとんでくるのである。

1511木立

「脳の進化学 男女の脳はなぜ違うのか」 田中冨久子 中公新書ラクレ ★★★
ずいぶんと前に著者の「女の脳・男の脳」という本を読んだことを憶えていた。
書棚にならんでいたこの本を手にとってなんだか懐かしい気がするのは変かな。
その後の理論の発展はどうなっているのだろうかと興味をおぼえたのである。
脊椎動物門・哺乳綱・霊長目・ヒト科・ヒト属・サピエンス種・サピエンス。
これが現代人の生物学上の学名ということになっている。
本当に、堅いものを食べると脳を刺激するのだろうか、という一節があった。
『餌の堅さ・柔らかさは、雄ラットには視覚・空間知覚の神経機構形成に何の影響も持たないが、
雌ラットに対しては強い影響を持つのである。
しかも、脳を刺激するので発育に有用だ、といわれた堅い餌は、逆に、
視覚空間知覚の神経機構形成に悪影響をおよぼすらしい、ということがわかった。』
ラットとヒトはちがうというなかれ、多くの言説はラットの実験結果から導きだされているのだから。

「春の数えかた」 日高敏隆 新潮社 ★★★★
思い込み、安易な連想、勝手な解釈によって人々は生きている。
それはそれで別にどうということはないのだが、事実が判明しても頑として認めない御仁もいる。
そんなことを考えながら読んでいたら、こんな文章が目についた。
『ところが熱帯では、夕方の六時半ごろ日が落ちたら、たちまちにして気温が下がる。
コナキタバルなどという大都市はべつにして、田舎では夜は涼しい。
日本では暑くて寝苦しい夜を「熱帯夜」と呼ぶが、あれは熱帯に対して失礼である。
熱帯の夜は涼しいのだ。』
これを読んでどう思うのか、熱帯夜なんて勝手なことを言ってたがほんとうはそうではないのか。
と感じる人は素直な人だと思う。
わたしはどうかというと、熱帯夜というよりは夏の都会の夜が暑いのはどこもおなじなんだな。
つまりは、クーラーの排熱で夜が寝苦しくなっているだけではないか。
元凶(?)は文化的な生活を望む人々の側にあるのではないか、などと考えるのである。

「性転換する魚たち」 桑村哲生 岩波新書 ★★★
性転換する魚がいることは、わりあいによく知られている。
しかし哺乳類や鳥類などの陸上動物は性転換しないのだ(ヒトの場合は別とする)。
『それは性転換のコストが大きすぎるからだ。
魚類は水中で体外受精ができるのに対して、
陸上にすむ哺乳類は空気中に精子を放り出すわけにはいかず、
交尾によって精子をメスの体内に送り込まねばならない(体内受精)。
そうすると、交尾器(生殖器官)の構造がオスとメスで大きく違ってくる。
この体構造の性差が大きくなればなるほど、
性転換するための時間とエネルギーのコストも大きくなる。
したがって、利益よりもコストのほうが大きいと、生転換しないほうがよいという結論になるのである。
ちなみに、水中にすんでいる魚類でも、
交尾器の性差が著しいサメやエイなどでは性転換は進化していない。』
なるほど自然はやはり一筋縄ではとらえられないということだろう。

Theme : 読んだ本。
Genre : 本・雑誌

フォルクスワーゲン・ビートル

2009-11-01 | 22:21

突然にこんなことを思いだしたが、またすぐ忘れるだろうから書いておこうと思う。

あの独特のフォルムで日本の若者を中心にした層にも人気があった。
いまでは街なかでほとんど見かけることがなくなった。
以前のビートルと呼ばれたスタイルの車は、生産もとっくの昔に終了しているようだ。

一九三三年にアドルフ・ヒトラーは、フェルディナント・ポルシェ博士に、
ガソリン一リッター当たり一四キロメートル走行できような経済的であり、
平均的なドイツ人家庭が信頼することのできる輸送手段を、
低価格で提供できるような自動車の開発を依頼したのだった。
その成果としてできあがったのが、フォルクスワーゲンのビートルだったというわけだ。

ということはわりあい有名な話なので知っている人も多い。
だが、こうした話には尾ひれがつきものである。

1508コガネムシ

あの独特の比類のないデザインは、
(とここで声を落として)
じつは女性の性器を表現しているんですよ、と囁かれた。

若い頃は、ふーんそうなのか、とたいした感想もなかった。
(その反応に相手はたいそう不満であったろう)
だが、そうであったとしてなにが言いたかったのか。
たんなるトリビアを自慢したかったのか(その真偽は知らない)。
いまでも不思議に思うのである。

Theme : 雑記
Genre : 日記

夜の蝶

2009-10-28 | 22:08

いつもどうだったかと思うことに、蛾と蝶のちがいというのがある。
とまるときに羽根をひらいたままにするのが蛾で、ぴたりと閉じるのが蝶だといったりした。
ほんとうのところはどうなんだろうと考えながらそのままにしていた。

日高先生のエッセイ集を読んでいたら、そんな箇所があった。
そうそう、昆虫がご専門でした。

『ガとチョウは、形態の上で本質的には全くちがわない。
ちがいはチョウが昼間活動し、ガが夜に活動するということだ。
ところが、夜の生きものであるガの中には、その本来の姿から転向して昼に飛ぶようになった、
いわば「昼のガ」がかなりたくさんいる。
ウスバツバメを含むマダラガの仲間は、すべて昼のガである。
昼のガの多くは、とてもガとは思えぬくらい派手で、チョウのように見えるのがおもしろい。
ついでにいっておくが、もともと昼に活動するチョウたちの中で、
もっぱら夜に飛ぶようになったものはいない。
つまり、「夜のチョウ」なるものは人間の世界にしかいないということである。』

   「春の数えかた」 日高敏隆著 新潮社刊より

1665アゲハチョウ

比喩としても、「夜の蝶」とはいうが「昼の蛾」とはいわない。
しかし、これが蛾なのかというようなものもいる。
蛾というと、どうしても「モスラ」のイメージが強いせいだろうか。

結局はチョウとガのちがいは、はっきりしないというよりないのだ。
世界中の国でチョウとガが区別されているかというとそうでもないらしい。
雨でも梅雨、時雨、五月雨などと日本ではよんだりする。
かと思うと、極北の人々は雪にも種別ごとの名前があるときく。
なにをもって分類の基準とするかは恣意的といわざるをえないのだ。

ヘリンボン

2009-10-27 | 21:18

もう十日も前のことだが、急激に秋らしくなってきたなあと感じていた。
季節を先取りする人たちは、その装いに表現の場をうつすのだろうか。
中年の自由業という雰囲気をもった男性が、目の前をさっそうと歩いていった。

ヘリンボンのジャケットで、革の肘あてがちょっとおしゃれだ。
これでハンチングでもかぶれば、英国紳士にでもなった気分だろうか。
アイビールックが流行ったとき、若者にも人気がでたものだった。
ツイードよりはカジュアルで若々しいが、すこし渋さもあるといったところか。

英語で正確には、Herringbone twillのことで、つまりはニシンの骨のことだ。
この生地の織り目がそうみえるということで、西洋ではそうよばれている。
日本ではこれを杉綾織というようだ。そう、杉の葉の形に似ているからだ。
こういうところにも西洋と日本の生活環境のちがいがうかがい知れる。

確か一着もっていたのだが、処分してしまった。
ファッションはめぐるというからまた流行することがあるかもしれない。

強襲の夜

2009-10-26 | 21:21

いまならば、秋の夜は月をながめつつ酒を酌み読書するのもよろしい。
ときに静かにたたずみ、遠くを走る列車の音に耳をすますのもまたいいだろう。
だがこどもの頃は、冷えたふとんにくるまって徐々に温まってくるのをまつのが好きだった。
冷え冷えとした感覚が精神を緊張させ、なぜだか知的に成長させるんだと信じていた。
ラジオからは漫才や浪曲がながれだし、どこかで冴え冴えと犬が鳴いていたのを思いだす。
すると小学生時代のよるべなきような感情が、突如として降りそそいでくるのである。

「バルコニーの男」 マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー 角川文庫 ★★★★
舞台はスウェーデンのストックホルム、少女が公園で襲われて殺害される事件が起こる。
担当するのは、おなじみのマルティン・ベック主任警視である。
配下には、グンヴァルド・ラーソン(殺人課警部)、フェレドリック・メランデル(殺人課警部)、
レンナルト・コルベリ(殺人課警部)、エイナール・ルン(殺人課刑事)の個性的な面々がいる。
なんだか事件はこのストーリーの添え物でしかない気がする。
このミステリ(警察ドラマ)の主題は署内の人間模様ではないか、そんな感想である。
だが、この雰囲気がなんともいえず人間臭くて魅力的なのだ。
で、事件はどう解決したんだったか、いっこうに覚えていないのだった。

「抑圧された記憶の神話」 E・F・ルスタフ/K・ケッチャム 誠信書房 ★★★★
記憶についての考え方は専門家(記憶の)と、その他ではおおきくくいちがう。
それが裁判での重要な判断にかかわってくるとなると、見過ごすことはできない。
記憶はDVDやビデオテープに蓄えられるようなものと考えるのはまちがいである。。
つねに重ね書きされるファイルと思ったほうが真実に近いのではないか。
暗示にも誘導にも、さきほど見たテレビの画面にも本人は気づかずに影響されている。
(本人が嘘をついてるというようなことではなく、信じているからまぎれがない)
(それゆえにベテラン刑事であっても嘘発見器でも、見抜くことは不可能なのだ)
アメリカではカウンセリングの結果、過去の虐待体験をよみがえらせ親を訴えた人々が急増した。
しかし、そのなかにはなんら物的な証拠もなく、本人の虐待記憶だけで有罪とされた。
『三百年前、ヨーロッパでは数万人にもおよぶ人びとが魔女であると自白し、
証拠のない悪行のために即座に火あぶりの刑に処せられた。
魔女と呼ばれた人びとのなかには、残酷極まりない拷問のもとで自白をした者も多いが、
自発的に悪行を認めた者、親戚、友人、
近隣の者たちを進んで指差した者の方がもっと多かったのだ。』
こうしたことを知るにつけ、ヒトとはなんとも不思議な生物だという気がする。
(もちろん、わたしもその範疇にはいっているのではあるが…)

「フロスト気質」(上)(下) R・D・ウィングフィールド 創元推理文庫 ★★★★
ジャック・フロスト警部は、なんとなくコロンボに似ているようでまったくちがうタイプである。
休暇中だったのだが、マレット署長の煙草を失敬しようと署に立ち寄ったところから始まる。
最初はゴミ袋のなかから少年の死体が発見され、全裸で右手の小指が切断されていた。
ついで十五歳の少女が誘拐され、なぞの腐乱死体が発見され、
盗まれた夫の形見の勲章はまだ見つからないのかと老婦人が署に押しかけてくるという。
大忙しというか、大混乱のなか疲労困憊にもかかわらず事件を追いかける。
キャリア志向のリズ・モード部長刑事と、同じく上昇志向のジム・キャシディ警部代行がいる。
加えて官僚然たるマレット署長がからんでどうにもならない様相になっている。
彼らのように昇進を望まないフロスト警部がなぜかかっこうよくみえてくる。
なぜなら事件を解決して手柄をあげるではなく、なんとか少年を救うことが彼の望みなのだから。
下ネタばかりのジョークも彼のシャイな面を表わしているのかもしれないと思ったりする。

Theme : 読んだ本。
Genre : 本・雑誌