ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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談話室で読書
ロビーの横にこじんまりとした談話室があった。まだ夕暮れまでには時間があったので、ソファに座
って遠くの山並みをながめていた。藍色がつづく景色には時間もゆっくりとすすんでいく感覚になっ
てしまうのだ。そんなとき、旅先で出会った人のことを思いだしたりする。あいつ、いまごろなにし
ているのかなあ。江戸っ子まるだしのしゃべり方が気質をあらわしていた。初対面では、おれのこと
を「なんだこいつは」と思っていたらしい。だがしばらく話しているうちに気心がしれてきたという。
見かけほどには悪いやつじゃあないな、と。もっとうすっぺらな男かと思ってたが、それも見当ちが
いだったぜ、と後に話してくれた。おれって、そんなに悪い男に見えたのかと訊いた。いやあ、そう
いうことじゃなく、女にだらしなさそうに見えたんだと頭をかいた。おれが笑っていると、そういう
なよとなんども弁解した。あいつも男だったらよかったのに。まっすぐに一筋に生きてるんだろうな。

N9519窓から望む

「ハルマヘラ・メモリー」 池辺良 中央公論社 ★★★★
俳優で有名な池辺良さんだが、立教大学英文科を卒業されている。昭和十年代の大卒者といえば人口
にしめる割合は数パーセントであろう。だから当然予備士官学校へと入学る。卒業して中国の山東省
にある衛生隊・輜重隊の予備士官として配属される。そこからフィリピン戦線へと。
『僕は、天皇陛下に忠誠を誓い、学習した戦闘技術と肉体を提供して、国から月給を貰う契約をした
本職の軍人じゃない。
 予備士官学校の在校中、最低三〇人の長として責任が全う出来る程度には勉強もし、軍人としての
使命感を持ったつもりだ。軍隊の組織や規定や作戦の方法論は、目くじらを立てて学んだこともなけ
れば、教えられてもいない。』
そんな池部さんはどんなふうに戦争を体験したのか。さて書名のハルマヘラとは島の名前である。イ
ンドネシアのスラウェシ(セレベス)島とパプアニューギニアにはさまれた位置にあるモルッカ(マ
ルク)諸島のなかの島である。このモルッカ諸島は別名香料諸島ともよばれ、香辛料の中でも貴重な
丁子(クローブ)とナツメグの原産地である。この香辛料を求めてポルトガルとスペイン、さらには
イギリスとオランダが進出してきた土地である。太平洋戦争における戦地でもある。日本の軍隊では
映画でもよく描かれるようにイジメは常態である。そんな一面を池辺氏はユーモラスに描く。昨今の
学校でのイジメ問題と軍隊・体育会のイジメは無関係ではないと思う。体質といえばすこしちがう気
もするが、そうのようなものがあると思われる。人はイジメをするものなのだ、と思う。性悪説かと
いわれればそうだという。しかしイジメは悪か。イジメにレベルはないのか。イジメは親告罪なのか。
さてイジメの定義とはなにか。なぜイジメをしようとする気持ちがめばえるのか。イジメられたから
イジメるんだ。虐待された子は虐待するようになるに似ているのか。いろいろと考えることがあるが
されはさておこう。輸送船中でアメリカの潜水艦による魚型水雷の攻撃を受ける。その後の記憶は鮮
明ではないと思うが運よく駆潜艇に救助された。そのときの描写は実感にあふれている。
『若布の束みたいな姿だ。身体に締まりがなく甲板に引き上げられた。
 誰が、何人掛かりで俺を引き上げてくれているんだろう、有り難う。そんな思いは頭になかった。
 やれやれ、助かった。生命だけは拾ったぜ。そんな思いも浮かんで来ない。まして、部下の兵のこ
とは、この瞬間には、まるで脳裏に存在していなかった。』
この本は1997年の出版で、池辺良氏79歳の時の文章である。2001年の文庫版あとがきでは、
この「ハルマヘラメモリー」は僕の経験に基づいていますが、フィクションだと理解して戴きたいと
書かれている。あえてメモリと書名にしているからノンフィクションではないですよと。記憶は変形
しやすいものでもある。それもよくご存知であるようだ。しかしすぐれた観察力・洞察力がなくては
こうは書けないと思いますよ。是非ご一読いただきたい。戦争のある面がよくわかる。

「脳はなにげに不公平 パテカルトの万能薬」 池谷裕二 朝日新聞出版 ★★★★
池谷(いけがや)氏の本はどれも懇切丁寧で授業風景が見えるようだ。文章も平易である。やたらわ
かっているのか知ったかぶりなのかというような単語を使わない。まさに謙虚な御仁だとの印象であ
る。これまでにも何冊か読んだが、なるほどと頷くことがおおかった。ちょっとしたことに注意をむ
けさせてくれる。これが案外できるようでできない。ただこの書名にある「なにげに」がなんとなく
気になる(笑)。池谷氏は若いというなんだろうな。週刊朝日の連載をまとめたものだという。気に
なるコラムはこんなところだ。
 不平等な世界のほうが安定する
 マネをすると好感度があがる
 自分の話をすることは快感
 人の心を動かす“言葉”とは
 女性の勝負色は「赤」
 ウソは目でバレる
 見つめているから好きになる…
 「嘘をつく能力」は脳の標準仕様
 寝不足は太る
 「無」の存在は脳は感じる
 白い音、白い匂いとは?
 「自由」は行動してみてわかる
人は嘘をつく。だからこそちいさい頃から「嘘をついてはいけない」と教えこまれた。だが、それで
も嘘はつく。ときに「嘘も方便」などと自己弁護しながら。「嘘をつくな」といってもほとんど効果
はない。しかし、「嘘つきにならないで」と言われると効くのだ。人は不思議である。
『この効果は、教育現場はもちろん、社内研修やスポーツ講習など、多くの場面で応用が利きそうで
す。「犯罪なんてしないで」より「犯罪者にならないで」。「裏切らないで」より「裏切り者になら
ないで」。「怠けないで」より「怠け者にならないで」。「無駄をしないで」より「浪費家にならな
いで」。「いつも笑って」より「にこやかな人になって」。「私の状況を理解して」より「私のよい
理解者になって」。「泣かないで」より「泣き虫にならないで」。こんな具合に具体例がいくらでも
思い浮かびます。』
人の視線って気になりますよね。これって気のせいとかと思う。いやいやあるでしょうとおっしゃる
方もいる。詩にもしばしば登場します。ヒトは見つめる動物なんだと思います。
『私たちの視線を読む能力は驚異的です。5メートル離れた人が、自分を見ているか、自分から10セ
ンチ右隣の物体を眺めているかを区別できます。この二つの視線の違いは、白目と黒目の位置比でい
えば、ほんのわずかな差です。コンピュータに、この微妙な視線の違いを画像識別させることは困難
です。しかし、私たちの脳はたやすく区別します。』
ヒトの能力ってすごいものです。続きもあります。
『ところで、視線は見られるだけでなく、視線を送る側の心理にも影響を与えます。カリフォルニア
工科大学の下條信輔博士らがこれを証明しています。写真に写った2人から好みのほうを選んでもら
うという実験です。選択中の視線の動きをモニターすると、決断する前に、すでに好きなほうをより
長く眺めていることがわかりました。はじめは均等に視線を送っていても、徐々に見つめる時間に偏
りができて、長く見ている写真を「好きだ」と選ぶわけです。
 そこで下條博士らは、わざと一方の写真を長く見せるように視線の動きを強制的に操作し、好みが
どう変化するかを調べました。すると、たしかに長く見せられた写真を「好きだ」と選ぶ人が多いこ
とがわかりました。
 見るから好きなのか、好きだから見るのか――人の心は複雑です。』
これって自由意思の問題と関係していますね。「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」
というジェームズ=ランゲ説を思いだします。


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水辺で読書
地球は水の惑星とよばれている。ヒトもそのからだの組成の60%以上が水分だ。地球上の生物にと
って水はなくてはならないものである。元始、生命は水のなかで誕生したという説もある。というわ
けでかどうか、水辺にはなにかヒトを落ち着かせるものがある。旅の途中にたちどまってひと休みし
たり、読書をしたりした。そこはちいさな沼のようなところだった。周囲は遊歩道が整備されていて
散歩する人たちもいる。ときおり水面は太陽の光をキラキラと反射させる。まばゆいながらもその方
向に注意がむく。水草越しに白い服をきた女性のシルエットが見えた。顔は見えない。ときおり下を
むいているようは動きをする。なにかを探しているようではない。だれかと話しているのか。そんな
姿勢で話すなどありえない。ちいさな生き物のような動きだけが感じられるのだ。いつのまにかじっ
とその光景に見入っていた。脳裏にうかんだのは、ホムンクルスがいるのかということだけだった。

N0344池の面

「脳のなかの万華鏡」 リチャード・E・サイトウィック&デイヴィッド・M・イーグルマン
                           山下篤子訳 河出書房新社 ★★★

世界をだれもがおなじように感じているわけではない。比喩的な意味でいっているわけでもない。あ
る人たちは共感覚(シナスタジア synesthesia)とよばれる特殊な知覚をもつ。たとえば文字を見て
そこに色を感じたり、音に色を感じたたり、形に味を感じたりするのだ。これらの人々は自分のこと
を特別だと思っていない。だれもがそうなんだろうと思っているので殊更に話すようなこともない。
なにかの拍子にそのことを知りおどろく。近年調査研究がすすんできてかれら共感覚者は思ったほど
少数ではないことがわかってきた。二〇〇五年にエディンバラのジュリア・シムナーたちが二つの調
査を行なった。その結果はどうなったか。
『この研究で、いずれかのタイプの共感覚がある割合は二三人に一人、書記素→色の共感覚は九〇人
に一人の割合で見られるという結果が出て、共感覚は当初に考えられていたよりもはるかに多いこと
が確認された。また、もっともよくあるタイプは、曜日に色を感じる共感覚で、その次が書記素→色
の共感覚だということもわかった。』
また別角度からみると、世のなかにあることばの比喩は彼らの実感そのものだ。非共感覚者といえど
もまったく別世界に生きているものではないかもしれない。
『匂いが味の知覚に大きな影響をおよぼすことを考えると、主として匂いを表現する言葉が、ほとん
どないのは皮肉である。匂いにかかわる言葉はほぼすべて、ほかの感覚からの借りもので、「甘い」
も、「鋭い」も、「はなやかな」、「清潔な」、「新鮮な」、「やわらかい」、「スパイシー」も、
みなそうだ。また匂いの用語は、「「花の香り(フローラル)」、「果物のような香り(フルーティ)
」、「かびくさい匂い」、「刺激臭」など、代表的な原因をひきあいにしているのが通常である。』
この共感覚というのは単にある形がある色などを感じるということではないようなのだ。
『多数派の共感覚者にとって、色を誘発するのは、ある書記素に固有の概念であって、視覚がとらえ
る形そのものではないということがあきらかになってきたと思う。』
概念だから、たとえばJであれば小文字でも筆記体でも同じ色が誘発されるということだ。形ではな
く概念なのだ。数字に色の共感覚がある人の場合、こんなこともある。
『6という数字が黒いインクで印刷されている。共感覚者はそれが黒だということは知っていて、実
際にも黒く見える。しかしそれとは別に緑も感じる。その緑の体験は不随意的である。それを内的に
体験する(緑が頭のなかに浮かぶ)人もいるし、色が位置をもっている(字のうえに重なっている)
人もいる。共感覚者は一般的に、「まちがった」色のついた字を見ると――たとえば赤を感じるのは
数字の3だけという人が、赤い6を見ると――落ち着かない気分になる。』
共感覚のなかには字に人格を感じたり、生きものではないものに情動特性を投影する共感覚者もいる
のだ。彼らは桃がおどおどしていると感じたり、バナナを一本、房からとるのにためらいを感じると
いう。なぜなら房からはずすと「さみしくなる」だろうと思うからだ。

「煽動者」 ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子訳 文藝春秋 ★★★
本作の主人公はキネシクスが専門の女性捜査官キャサリン・ダンスだ。このキネシクスとはなにか。
まあ簡単にいうと相手のボディランゲージから心理分析をするというものだ。相手が嘘をついている
かどうかを見きわめようとするときに注目すべき要素は三つあるという。非言語行動(ボディランゲ
ージ、またはキネシクス)、言語の様態(声の高さや話す速度の変化、答える前にためらうといった
反応)、言語の内容(発言の中身)。先の二つは、嘘やごまかしの判断指標として、最後の一つより
はるかに信頼度が高い。「何を言うか」は思いどおりに変えることができやすい。しかし、「どう言
うか」をコントロールするのは困難だ。その際にボディランゲージとして表れる反応も、意識的にコ
ントロールするのは難しい。だがなにごとにも例外があり、サイコパスと呼ばれるような連中はこれ
をいとも簡単にクリアしたりするから厄介だ。そのキャサリン・ダンス・シリーズの第4弾になる。
犯罪者はだれでも嘘をつく。だが、ボディランゲージや言葉の抑揚、一瞬のためらい、視線の動きな
どはコントロールがむずかしい。そこを判断するのだ。なにをつまり内容よりどうしゃべっていりか
を観る。しかし百発百中ということはありえない。ところで今回はダンスがいきなり失態を演じる。
そこで捜査本部から銃の携帯が許されていない民事部への移動を命じられる。そこで遭遇したのがナ
イトクラブが招いた人気バンドのライヴで起こった失火事件だ。火事騒ぎでパニックになった観客が
非常口に殺到するがトレイラーにふさがれて開かず圧死により死亡者もでる大惨事となった。調べて
いくと火事は起こっていなかった。火事をよそおっていただけだ。なぜだれがこんなことをと疑問は
つのる。さらに連続して関連していそうな事件が起きる。犯人の目的はなんなのか。パニックに陥る
人々をながめて快感を得ているのか。それとも、もっと別の動機が隠されているのか。ジェフリー・
ディーヴァー独特のストーリーが二転三転するうえにさらにまた逆転するという展開がまっているで
ある。上下二段組で491ページもある長編ミステリだから読みごたえもある。
『気にしないこと(レット・イット・ゴー)……』
文中にたびたびでてくるこのフレーズ、なにを意味しているのだろう。読んでいて気になる。そう、
気がかりがあるとミステリはおもしろいのだ。しかし最後の種明かしには、まったく参るのである。


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流れる雲
だんだんと秋の空になってきたね。
食欲の秋、読書の秋ですかあ。

旅をするのもいい季節だな。
人ってどうして旅するんですか。

知らない所に行きたいという衝動からかな。
知らない土地って不安じゃないですか。

でも吊橋効果みたいなのがあるんじゃない、不安のどきどきが興奮のドキドキに変換されるという。
そうですかねえ。

恋愛のどきどきにもつながるんじゃない。
旅もそうなると楽しいです。

男性は風来坊で、女性は定番の場所みたいな印象があるな。
どうしてそうなるんでしょうね。

あのクーリッジ効果みたいなものじゃないの。
それってなんですか。

知らないの。
ええ。

N9506秋のメダカ

簡単にいうと、鶏舎でニワトリのオスがしきりにメスとつがっていて、
それをみた奥さんが大統領に伝えてと言った。
聞かされた大統領はオスはいつもおなじメスとかと聞き、
毎回ちがうメスですとの答えをこんどは妻に伝えるようにと言った、という話だ。

なんとなくオスとメスのちがいがわかったような気がします。


何コ下なの
なにが。
いや、彼女のことだけど。

彼女のなにが。
あのう、年齢のことなんだけど。

ああ、そういうことか、6コだな。
へえ、若いんだね。

そうでもないでしょう、たしかもう30コになるんじゃないかな。
えっ、そういう言い方はしないな。

どうして。
どうしてでもないけど、しないな。

ふーん、むずかしいね。
そうでもないんだけど。

N9504庭に咲く

その何コっていうのはどういう漢字を書くのかな。
字でいえば、カタカナのコかな。

漢字じゃないんだ。
そういわれれば、そうだよな。

いつごろから言いだしたんだろうね。
うーん、知らないけど学年とかもそう言うね。

年齢も、いくつとかって聞くけど。
それも関係あるのかな。

そうか、学年だな。
つまりどういうことです。

学期は四月から始まって三月までだろ。
そうです。

ちがう学年でも年齢はおなじってことあるよね。
そうですね。

だから一学年ちがいをいうのに一コちがいっていうんだ。
なるほど。

一種のスラングなんだな、まあことばは符丁でもあるし。


テントのなかで読書
テントは張る場所を考えないといけない。寝ているあいだにネズミやリスが食糧を荒らすこともある。
その対策は必須だ。そういうこともあるが、昼間にテントのなかで寝転がっているのも気持ちがいい
ものだ。木陰であれば、涼やかな風がとおりすぎていく。リュックを枕代わりにして、高く脚を組ん
で寝ころんでみる。そのときコーヒーの香りがただよってくる。飲むかい。ありがとう。なにを読ん
でるんだい。カール・フォン・フリッシュさ。なんだ小説じゃないのか。ヒトよりミツバチのほうが
断然おもしろいよ。そうか、おまえって変わってるな。ミツバチのコミュニティには女王蜂が一匹だ
けいる。あとは働き蜂たちばかりだ。おなじミツバチに生まれてきても、ちがった一生をおくるんだ。
おまけにミツバチは高度な社会性をもった生き物なんだよ。有名な8の字ダンスで花や蜜の情報を仲
間に伝えるんだな。蜂だからハチの字ダンスというのじゃないけど、なんとなくおかしくなるよな。

N9512六甲山脈

「「婚活」症候群」 山田昌弘 白河桃子 ディスカヴァー・トゥエンティワン ★★★
まず「婚活」ということばは著者山田昌弘氏が考案した造語である。だが、そこから派生した〇活な
どということばが巷に氾濫するほどいまでは普通名詞になっている。だがその中身、本意については
誤解が多いという。「婚活」はそもそも少子化対策とリンクした概念であった。
『わたしや白河さんが、婚活の普及で目指していることの一つは、日本の男女交際の活性化でもある
わけです。日本において、男女交際が不活発であることがさまざまな問題を引き起こしているとわた
しは思っています。
 それは、未婚化、少子化をもたらして、日本社会の少子高齢化を促進します。そして、中高年の無
縁社会化など、さまざまな社会問題をもたらしていると思っています。』
だが結婚と出産とは密接にリンクしない時代になってきている。また経済的に結婚できないと思い悩
む男女もおおい。それはともかく一部の人たちには結婚への道は厳しく険しいものだと思われている。
『かつての結婚は「生活必需品」だったので、目の前の選択肢からとにかく選ぶことが第一でしたが、
もはや結婚は「嗜好品」になったので、「いい人がいたら結婚したい」「よりよいものを選びたい」
という気持ちは当然出てきます。』
もちろん人生において結婚だけがすべてではない。そう頭ではわかっている。では、ほかになにがあ
るのか。そう考えたとき、これだと言い切れない自分がいる。でもだれとでもとは言えない。
『女性は、収入が不安定な男性ははなから避ける。男性は、収入に自信がないから、声もかけられな
い。』
婚活は条件付ゆえにむずかしい問題をはらむ。愛と結婚とは別問題だとの冷めた認識もある。いっぽ
うで、愛情が感じられない結婚はできない。すべて完璧に整ったうえで結婚したい。だからますます
現実的には結婚から遠のいていくのだろう。見合い結婚があった昔のほうがよかったのだろうか。
『つまり、日本人は自分たちで結婚しようと思わなくても、ベルトコンベアの上に乗っていれば結婚
できたのです。それが、急に「結婚してもいいししなくてもいい。自由ですよ」と言われてしまうと、
自由に慣れていない日本人はすごくつらい。それでみんな迷っているわけです。』
そんな状態でいつまでもいると、結婚もできないのかという考えがよぎる。「婚活」とマスコミや自
治体が叫ぶほど、尻込みしてしまうのかもしれない。自由の慣れていない日本人はつらいよ。

「超老人の壁」 養老孟司 南伸坊 毎日新聞出版 ★★★
現代はコンピュータ全盛の時代である。ではそのコンピュータの原理はというとすべてを0か1で表
わす。それをデジタルと呼ぶ。慣れてくるとこの世のなかはすべてデジタル信号で表現できると思っ
てしまう。それを信じれば万能感が得られる。すべて同じじゃないかと錯覚する。
『それがコピーの社会なんですよ。0と1の社会。それは神経回路の社会なんです。神経回路ってい
うのは、神経細胞がつなぎ合わさって出来ている。回路の中に入ると、個々の神経細胞っていうのは
2つの状態しかとれません。ユニットになると、0と1しかとれないんですね。それを組み合わせて
いったものが、アルゴリズムです。今は全部、アルゴリズムで書ける世界になりつつある。(養老)』
世界なんかちょろいものだ。すべては我が手中にあり、なんてね。だがそうだろうか。
『神経回路網からみれば個々の神経細胞は0と1になるんだけれど、神経細胞を1個、回路から外し
てみると、面白いことに、0と1の間に無限の階層があるのがわかっちゃう。なぜかっていうと、そ
の細胞は今、休みの状態にあるか、興奮するかでしょ。
 でも、じつはこれ一発で切り替わるんじゃなくて、化学物質の溜まり方っていうのにもよるんです。
休みの状態から興奮する状態までには無限の段階があるんです。(養老)』
デジタルはある意味近似値なんだと思う。アナログな世界に住みながらもデジタルは憧れなのかもし
れないですね。脳は白黒はっきりが好きというか、そのほうが負担がすくないのでしょう。
『平和な時代の人は、身体の時代を「乱世」と呼びます。縄文は身体の時代で、弥生は情報化の時代、
意識の時代です。弥生の延長が平安で、それが壊れるのが『平家』『方丈記』の時代。江戸まで来る
と、またね、平和な時代になって、意識の時代になって、「何事も心掛け」って(笑)。
 それを一番象徴的に表すのが侍の言い分で、戦国の侍は「腹が減っては戦はできない」って言って
いたけど、江戸の侍は「武士は食わねど高楊枝」って言うんですよ(笑)。(養老)』
身体と意識は、まさにアナログとデジタルと対照を示しています。まあ、どちらがお好みでもいいん
ですけどね。


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プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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