ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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哀れな女
ある本を読んでいたら、マリー・ローランサンの詩がでてきた。
わりとよく知られているフレーズだが彼女のものとは知らなかった。
絵は特徴があるから見たことがある。
日本では竹久夢二の画風が似てるようで、まったくそうではない。
まあ、実はどちらもあまり好きではない。

ところで、その詩というものだ。
「鎮静剤」という題で訳は堀口大學による。


退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。

悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。

不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。

病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。

捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。

よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。

追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。

死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。

N8636ルミナリエにて

鎮静剤かあ。
嘆き落ちこむ女よ落ち着きなさい、というかのようだ。
この女を男に入れ替えるとどうなんだ。
うーん、もっと情けなくなるな。

ほろ酔いのときなどに思いだしそうだ。


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生きること
年が明けたからといって、特別なことはなにもない。
とは思うのだが、気持ちの上でのひとつの区切にはなるようだ。

本棚にあった詩集を開き、拾い読みしてみる。
懐かしい感情が湧き起ってくる。
この詩をあらためてじっくり読んでみた。
中江氏が若い頃の作だと思う。
ちょうど、谷川俊太郎が「二十億光年の孤独」を書いた頃だろうか。


   夜と魚

          中江俊夫

魚たちは 夜
自分たちが 地球のそとに
流れでるのを感じる
水が少なくなるので
尾ひれをしきりにふりながら
夜が あまり静かなので
自分たちの水をはねる音が 気になる
誰かにきこえやしないかと思って
夜をすかして見る
すると
もう何年も前にまよい出た
一匹の水すましが
帰り道にまよって 思案もわすれたように
ぐるぐる廻っているのに出会う

   詩集<魚のなかの時間>から


中江俊夫、一般的にはあまり有名ではないようだ。
もっと読まれてもいいと思うのだが。

谷川俊太郎と同時代の詩人である。
谷川氏は彼の詩を若いときに知った、となにかに書いてた。

あいしてる
谷川俊太郎の詩選集2を読んでたら、
であいがしらに、こんな詩にでくわした。


あいしてる

あいしてるって どういうかんじ?
ならんですわって うっとりみつめ
あくびもくしゃみも すてきにみえて
ぺろっとなめたく なっちゃうかんじ

あいしてるって どういうかんじ?
みせびらかして やりたいけれど
だれにもさわって ほしくなくって
どこかへしまって おきたいかんじ

あいしてるって どういうかんじ?
いちばんだいじな ぷらもをあげて
つぎにだいじな きってもあげて
おまけにまんがも つけたいかんじ



あなたも、だれかを愛していますか?

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谷川俊太郎
「二十億光年の孤独」

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん脹んでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみした



「六十二のソネット」のなかから

生き続けていると
やがて愛に気づく
郷愁のように送り所のない愛に……

人はそれを費ってしまわねばならない
歌にして 汗にして
あるいはもっと違った形の愛にして



冬の夜に、つらつらゆらゆらと、想いをはせてみるのも悪くはない。
寒さが身にしみるほどに、なにかが目醒めてゆくだろう。
今日は、Johann Christian Doppler が生まれた日だそうな。
どうりで、外を走るバイクの音が近付いたり遠ざかったりする。
はっはっは、しかしそれは気のせいでしかないですな。

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二十億光年の孤独
不意に浮かんできた「二十億光年の孤独」という言葉。
知ってる人は、すぐにピンとくるでしょう。
種明かしは最後に回して、連なる考えや感じたことなどを書いてみる。

この言葉、いかにも若い感覚、と言わねばならない。
若いときには(もちろんそれぞれの年代でも)、孤独の意味を考えたり。
狭い四畳半の下宿で(経験してないですけど、同級生の下宿に行って)、
膝を抱え込んで(寒さと、人恋しさから)、溜息とともに詠じてみたりする。
その深さと隔絶された思いが、二十億光年なる物理的距離に暗喩される。
はじめて読んだとき、その比喩にすごいなと思ったものでした。
シャープな感覚というのかな、21歳でこんなふうに思うのかと。
詩人って、すごいなと思うんです、なぜか素直にね。
どんな詩人でも、というわけではないですから誤解なきように。
箸にも棒にもかからない詩のようなもの、を書く人もいますから。
(これはなに?詩?ほーなるほどね、新説ですな)

若い頃からそうだけど、いまでも人は最後はひとりだと思ってる。
その意味するところは、ちょっと複雑なのではありますが。
いつも思い浮かぶのは、

 コノサカヅキヲ受ケテクレ
 ドウゾナミナミツガシテオクレ
 ハナニアラシノタトヘモアルゾ
 「サヨナラ」ダケガ人生ダ


有名な井伏鱒二の『厄除け詩集』にある、漢詩を訳したもの。
だからといって、寺山修司みたいに、

 さよならだけが
 人生ならば
 また来る春は何だろう
 云々‥

はちょっと、短絡にすぎるなあ、なんて思うなあ。
別れを知らずして、出会いの大切さは分からない。
だからこそ、この一期一会が、意味深くなるのではと思う。
つまり、孤独は対極に仲間なり友だちなりがいるわけだ。
孤独を知っていればこそ、出会いの重さも分かるのじゃないかな。
などと酔眼、考えてしまった、冬の夜でありました。

「二十億光年の孤独」って、谷川俊太郎の処女詩集です。
本棚を探したけど、見つけることができなかった。

さて、湯豆腐でいっぱいやりますか。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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