ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
03 | 2017/04 | 05
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

はるかなる夏の日 最終夜
「わたしって、魅力ないのかな、女としての」
「うーん、あるんじゃないの」
「あるんじゃないのって、つめたい言いかたね」
「いやあ、けっこうもててるみたいに聞いてるけど」
「好きでもない男に惚れられてもねえ…」
「そんなもったいないことを」
「じゃあなに、ムッシュはどんな女性でもいいっていうの」
「そういうことじゃなくて、男の生物学的側面はそういうだろう、と」
「どういうことなの?」
「哺乳類のオスとメスでは戦略がちがうってことやがな。
オスは、できるだけ多くのメスと交わってよりたくさんの子孫を残そうとする。
メスは、いちどに生むこどもの数が限られているからできるだけいいオスを選ぼうとする」
「だから、人間もおなじように行動するのが正しいっていいたいわけ?」
「いやあ正しいとかじゃなくて、ヒトもおなじ動物なんだからそういう面もあるかな、って」
「なんだか男にとって都合のいい理屈よねえ」
「都合がいいって、どうしていえるのかな。
男だからって全部が全部そういう戦略をとるってことではないと思うけど。
かならず、落ちこぼれるというかその枠からはみだすのはいるからね」
「じゃあ、ムッシュはどうなのよ」
「いやあ、おれは平凡で平均的なヒトだから…」
「って、浮気をするってことよね。いやらしい」
「いやいや、だから、そういうふうに男はできているんだって。
それに、そういうことって男だけではできないよね。
かならずそれに応じる女がいるってことだから、どっちもどっちでは」
「なんか変な言い訳じみてる」
「そういうことを自覚しながら、まあ正しく生きるというかなんというか…」
「でも、そんなオスに魅力を感じるってことはあるかもしれないわね。
だから、妻子がある男なのについひかれて不倫とかになっちゃうのかな」
「だろう」
「調子に乗るんじゃないの、都合よく考えてばっかり。
どうして男ってそうなんだろう。ムッシュはそんな男じゃないと信じてたのにねえ」
「どうしてなんだろうな、正直おれにもわからん。
だって生理的な欲求というか、本能的なというか、そんな感じなんだから」
「それは男だけにあるものだと思ってたら、大バカ野郎だわね」
「えっ、そうなのか」
「あたりまえじゃないの。女にだって生物学的戦略が当然あるでしょう」
「それはそうだな」

男と女がいて、いろんな恋愛なり愛憎があるとしても、それは男女同数になるはずである。
三角関係とかいろいろあるにしても、どちらか一方だけが圧倒的におおいということにはならない。
だが世間はいつも男の浮気を問題にすることがおおかった。
女は受け身だからなどと言い訳されたが、はたしてそうなのだろうか。

まじまじとマイコの瞳をみつめた。
かすかに瞳孔がせばまっているように思えた。

「女の戦略って?」
「女はね、いちど妊娠したらもうあとには戻れないのよ」
「それはそうだ」
「男みたいにつぎつぎっていうわけにはいかないの」
「おれはそんなことしないけど」
「避妊すればいいだろうとか、そんなこと思ってないわよね。
それとも、不倫も考えるだけなら問題ないだろうって思っているわけ。
もしかして、それは不可抗力だとかっていいたいの」
「まあ、なんというか、そんなこともあるかも…」
「だから、女はそれを逆手にとるしかないじゃない」
「どう逆手にとるんや」
「これでもすこしは動物行動学をかじっているのよ。
そもそもメスのほうがオスより主導権をにぎっていることがおおいの。
なのに人間の男はそうは思っていないから滑稽よね。
だから、ほんとうは女が男を選んでいるんだけど、男が選んでいるって思わせるの。
そう男が思っているほうが、コントロールしやすいのよねね。
女は可愛げがなくてはいけないって、たいていの男が考えているから」
「ふーん」
「女はなにがなんでも子どもを育てなきゃいけないんだから…。
でも、あたしってそんなこと無理かもしれない…」
「そんなことないよ、マイコならきっといい人がみつかるって」
「あ~、その気休め発言傷つくわ」
「えっ、そうかなあ、本気で言ってるんだけど」
「本気ねえ、そうかも、ムッシュならありえるわね」

話しながら堂々巡りをしているような気分がした。
どこがっていうのはわからないのだが、なんだか居心地がわるい。

「ムッシュって、人生のなかでけりをつけたことってある?」
「どんなことに?」
「なんでもいいのよ、ものごとに、ないでしょ?」
「ないような気がする」
「それをバカな女はやさしさという」
「なにそれ」
「ムッシュはやさしいな、むかつくくらいやさしい」
「それってどういう意味なんや」
「女は度胸、男は愛嬌かなあ。そういうパラドクスもありかなと思ったりして…」
と、とってつけたような笑顔になった。

そろそろ眠くなってきた、とマイコがいうので店をあとにした。
駅からミキコに電話して電車に乗った。
マイコは着くまでずっと窓から都会のあかりをながめていた。

改札をでたらミキコが迎えにきてくれていた。
「ムッシュ、おつかれさま」
「おう、マイコをよろしく頼むわ、無理言ってごめんな、お姉さんによろしく」
「わかってるって、じゃあね」
ミキコと歩きだすかと思ったら、急にふりかえって
「ムッシュごちそうさま、ありがとう…」
「うん、おやすみ」

プラットホームで電車をまっていると、なんだか涙がにじんできた。
なんだろうな、なにが哀しいんだろう。
ばかなやつめ、泣くから悲しくなるんだろ、って。
頼りなさそうなのはマイコじゃないぞ。
おまえなんだぞ、と思って泣けてきたのだろうか。
なんだか情けなくてしかたがなかった。
それでも人は生きていくって。

ふと、人はなんのために生きているんだろうと思った。
人はだれかのために生きているのだろうか。
だれかはなんのために生きているのだろうか。
だれかのために生きるって、なにかのために生きるってどういうことなんだ。
考えまいとしても考えがめぐってくる。
すべてはまたわたしという存在、あるいは幻想にもどってくるのだった。

その夜以来、マイコと会うことはなかった。

日没風景

【これはフィクションであり、実在の人物と似ているところがあっても無関係です(笑)。】


スポンサーサイト
はるかなる夏の日 第三夜
駅近くのときたま行く居酒屋どこの町にでもあるような店へむかう。
入口ちかくでおでんの番もしているおばちゃんがうれしそうな顔をしていらっしゃいという。
マイコも神妙に頭をさげるから、ますますおばちゃんは相好をくずす。
すぐそばのカウンターに並んですわってビールを注文する。
ついでに、おばちゃんにおでんの盛り合わせもたのんで、ほっとひといきである。

N4858居酒屋

「ここのおでんおいしいんやで。東京とはちょっと味付けがちがうけどな」
「わあ、この娘さん東京から来はったんかあ」
「娘ちゅうほど若こうはないけどね」
「まあ、なんちゅうこと言うねん、失礼な男やなあ。ごめんね、おばちゃんからも謝るわ」
「いえいいんですよ、慣れてますから」
「そうかあ、でもうれしいわあ、こんなきれいな娘さんが来はって。
いっつもお客さんいうたらおっさんというか男のひとばっかしやろ。なんかむさくるしいしね。
やっぱり若い人はいいわね。ゆっくりしてってちょだいね」
「ありがとうございます」
「うわあどないしょ、お礼なんか言われて」

さてビールで乾杯だ。はい、お疲れさま。
やってきたおでんを見ておどろいた。山盛りになっているではないか。

「えーっ、おばちゃんなんかおでん多くないかあ」
「いいのよ、サービス、サービス、ほっほっほ」
「うわあ、おいしそうね」
「そうよ、おいしいわよ、おかわりもできるわよ」
「そういうシステムなん?」
「彼女だけ特別大サービスなの」

なんだかおばさんにこにこして、すごく機嫌がいいみたい。
となりで調理をしているおじさんも、にっこりしておれに向かって頭をさげた。
おれも思わず頭をさげてどうもってな感じで、なんだか調子が狂う。

「おいしい、このおでん。あー、ビールもひさしぶり」
「そうかあ、よかった。こんな汚い店でも気にいってくれて」
「ちょっとお兄ちゃん、聞こえてますよ、ふっふっふ」
「すんません、庶民的な店ということがいいたかったんです」
「わかってますって。彼女なの?」
「ちゃうちゃう、ただのともだち」
「そうなん、きれいな娘さんやのになあ。どんくさいんかあ?」
「どんくさい?」
「鈍い、のろまとかいう意味や」
「そうかも、ムッシュどんくさいわあ」
「そう面と向かっていわれてもなあ」

「ところで、今日はどうした?」
「うん、なんとなくムッシュの顔が見たくなってね」
「うそつけ、素直に白状せんかいな」
「ほんとうはね、ちょっと家でいろいろあって旅行にでたの。
紀伊半島を旅してた。なぜ紀伊半島なんだろう、自分でもわからないけど」
「そうかあ、おれもサイクリングで一周したことあるよ。
二十歳のころだったかなあ。和歌山から伊勢まで一週間走ったな。
出会いもあったし、なんだか懐かしいなあ」
「出会いって、どんな」
「それがなあ、潮岬の灯台で、越前大野からきてた女性ふたりづれに会った」
「ふーん」
「そのうちのひとりがすごい美人でさ、おれよりだいぶ年上だったけど。
なんだか失恋したんだって、それで旅行してみようと思ったなんていってた。
いっしょに灯台にのぼったり、時間が迫ってきててバス停まで走ったりしたな。
まだバスはきてなくて、はあはあ言いながら、お互いの顔みて笑った。
そしたら、こんなに笑ったのってひさしぶり、ありがとう、なんて言われたな。
いまもそのときの白黒写真があるで、なんだか時代やなあ」
「ふーん、女のひとって失恋すると髪切ったり、旅行にでて区切りをつけようとするというわね」
「もしかしてマイコ、失恋した?」
「そんなわけないじゃない、わたしは失恋させるほう専門だから」
「ということは、恋愛のエキスパートちゅうことですか」
「でもないけど、好きになった人はいたわね」
「過去形か、やっぱりふられたんか」
「ふられたりしないわよ、わたしはそういう状況には決して入りこまないから」
「意味がわからんけど、可哀そうにな」
「あのねえ、なんだかむかつく。どんくさいムッシュに言われたくないわね」
「そうどんくさい、どんくさいっていわんでも」
「あー、わたしが馬鹿だった」
「なんかおれ悪いこと言った?」
「今現在、存在自体がむかつく!」
「理不尽だあ」
「問答無用なの。わたしだってよくわかってないかも」
「だれかが言ってたなあ、マイコは魔性の女なんだって」
「それってなんか聞いたことあるけど、末梢の女って言ってるのかと思ってた」
「おれにいわせれば、そういう表現じゃあらわされへんけどなあ」
「どうなのよ、どんな女なのよ」
「まず、強がり」
「なんですって」
「そういうところ、それから少女趣味」
「それはあるかも」
「それもふつうのじゃなくて」
「なくて?」
「高級少女趣味って感じ」
「よくわかんないけど、悪くはないわね」
「それと、男好きがするらしいって噂をよくきいた」
「ふむふむ、それから」
「案外几帳面で、おしとやかそうだけど強情っぱり」
「よく言うわよね」
「なんだかしらないけど本は読んでるらしくて、専門的術語をつかいたがる。
というか、それで相手の反応をみて品定めをする習性をもつ動物、あたりでどうでしょう」
「ほおー、自己分析はしないの」
「えっ、それは苦手だな」
「どうしてよ、心理学専攻なんでしょ」
「いやあ、モットーが『他人(ひと)に厳しく、自分に甘く』だからなあ」
「じゃあ、わたしがお返しにしてあげる」
「拝聴しましょう」
「まずね、ハンサムボーイ…」
「おっ、いいねえ」
「あわてる乞食はもらいが少ないってね。黙ってお聞きなさい」
「はい、わかりました」
「に、一見みえるが中途半端なのよねえ、これが。まあ7.5ぐらいかな。
それにボーイっていってるでしょ。意味わかってんの」
「そうかあ、なんとなくは」
「性格はというと、単純、無神経、冷血漢」
「……」
「さらに加えて、女にだらしがないというか甘い。すぐ、騙されんじゃないの」
「そんなことないけど」
「そう、女の涙に弱そうだけど」
「そういう面はあるかも」
「自分に自信がないから、やたら難しい単語をつかって誤魔化そうとする。
つまり外部の権威に頼ろうとする傾向があるわけよね、ちがう?」
「そうかも知れません…」
「いいところもあるのよ」
「ありがとうございます。なんだか、ちょっと酔ってるんちゃうか」
「なにかいいたいことあるの?」
「いえ、特には…」
「ええーっと、ちょっと思いだせないわねえ」
「そんなあ」
「冗談よ。いちばんのいいところは、指がすっきりきれいよね。そんなとこかな」
「はあ…」

まあ、これだけしゃべれるんだったらだいじょうぶかな。
と思っていたら、急に声をひそめて話しだしたから、ぎょっとしたことも事実だ。


はるかなる夏の日 第二夜
電車の窓からぼんやりと通りすぎる街のあかりをながめていた。
まもなく三ノ宮駅というあたりになって、はっとわれにかえる。
改札口をでてあたりを見渡したら、ひとごみのむこうにマイコが見えた。
ちいさなバッグをからだの前にして、きょろきょろしたり下をむいたり。
だんだんと近づくにしたがって、なんだかどきどきしてきた。
なんなんだよこれは、デートじゃないんだぞって自分にいい聞かせた。
気配を感じたのか急にこちらをふりむいた。
なんとなくばつが悪い感じがして、呼びかけもぎこちなくなった。

「ようひさしぶり、元気そうだな」
「そうかな。ごめんね、急に電話して呼びだしたりして」
「いやあ全然、おれもひまだったし、ちょうどよかったよ」
「だったら、よかった」

しばらく沈黙がつづく。
こういうのが苦手なんだよなあ。
ああ、どうしようかな。
なんだか高校生のころにもどったようだ。

「ほんとうは、怒ってるんじゃない?」
「怒ってなんかいないよ」
「やっぱり、怒ってるんじゃないの」
「怒ってないって言ってるだろ」
「やっぱり怒ってるんだ…」
「そうじゃないって、参ったな」
「だって、しゃべりかたが関西弁じゃないし…」
「あっ、すんまへん忘れてましたわ」
「ほらね、そうやってわざとらしく関西弁つかうし。なんだか変な関西弁だし…」
「どないせえっちゅうねん」
「ふつうに、いつものムッシュでいてよ」
「いつもこんな感じなんですけど、どういうこと?」
「なんというか、訳のわからない理屈をこねる、というような感じかな」
「そんなあって、おれって訳わからんやつなんか」
「そうそう、そんなふうだとすこし安心できる」
「はいはいわかりましたよ、気いつけます。で、どこかに行こうか?」
「どこでもいいけど、変なところは嫌よ」
「変なところって、どういうところなんや?」
「ネオンがちかちか点滅したりしてるところとか」
「それって、…」
「パチンコ屋さんはうるさくて、いやだわ」
「あのなあ、てっきり…」
「てっきり、なに?どこだと思ったの?」
「そんなこと言えるか」

すこし調子ももどってきたので、喫茶店に行くことにするか。
駅近くにあるのは薄暗い純喫茶というような店しかなかった。
それもどうかなと思いつつ、おれとしては居酒屋でビールなど飲みたかったのだが。

「コーヒーでも飲むか」
「コーヒーかあ…」
「じゃあ、紅茶かジュースなどいかがでしょうか」
「あのねえ、ウエイターじゃないんだから」
「じゃあ、腹減ってるのか」
「すこしだけど、そうじゃなくてのども乾いているかなって思う」
「ビールでも飲むか」
「そうね、ビールがいいわね」
「じゃあ、居酒屋しか知らないけどそれでいいか」
「いい、いい、居酒屋が」
「だけどマイコ、飲んでだいじょうぶな性質(たち)?」
「まあまあ、ね」
「そのまあまあいうのが怖いねんや」
「どう怖いの」
「女性がまあまあというのは、たいていかなりという意味やがな」
「そんあことないよ、まあまあだよ」
「じゃあ、ビールなら何本ぐらい?」
「二三、うーん、四五本ぐらいはだいじょうかな」
「飲めるやないか」
「でも、だれかみたいにからんだりしないから」
「だれかって、だれのこと」
「ご存知のくせに、まあ」
「おれはからんだりせえへんよ、ちょっと理屈っぽくなるかもしれんけど」
「それそれ、評判悪いわよ」
「どう言われてるんや」
「場の空気を読めないやつ、堅苦しいことこの上なし、あほちゃうか、とかなんとか」
「ほー、言いたい放題やな。まあ、あたらずいえども遠からじ、ハハッ」
「ね、そうでしょ。とにかく行きましょうよ」
「そうやな、レッツゴー。っておれたちふたりしかおれへんけど」
「やったー、デートみたい」
「そういわれたら、そうやけど。おれでいいんでしょうか」
「まあ仕方がないわね。我慢したげる」
「おうおう、おおきに。すんまへんな」

なんだかわざと明るくふるまおうとしているようで、すこし不安も感じた。
だが考えてみれば、だれだってそういうときがあるんじゃないのかとも思う。
たまには、楽しくお酒を飲むのも悪くはないだろう。
なにか話したいことがあれば、聞いてあげるくらいのことはしてやる義理があるかなあ。
核心にふれることが、必ずしも重要ということではないのだ。
話して問題が解決するということではなくて、最後は自分で決断しなくてはならない。
それでも、話しているといつしかそれは自己との対話ともなっているのである。
ことばは、コミュニケーションの手段であるとともに思考の道具でもあるのだ。
声にだすということは、自分に問いかけてもみることにつながっていく。
沈思黙考なんていうが、じつはこころのなかでことばが飛び交っているのではないか。

染まる雲


はるかなる夏の日 第一夜
いつもながらに机の前にすわり、ぐだぐだとしていると電話が鳴った。
思わず外を見たら、もう夕暮れどきをすぎて空は暗くなりはじめていた。
受話器をとった耳に聞こえてきたのは頼りなげな声だった。

「もしもし、あのう…」
「はい、お待たせしました」
「ムッシュウ?」
「そうですが、失礼ですがどなたでしょうか」
「わたし…、わからない?」
「ああなんだマイコか、どうした?」
「いまねえ、三ノ宮駅にいるの」
「三ノ宮駅って、神戸のか?」
「そうよ、阪急電車の国鉄と連絡してるあたり、かなあ」
「わかった、すぐ行くからそこで待ってて、動いちゃだめだよ」
「うん、わかった」

あれえどうしたんだろう。
あいつ、たしか東京じゃなかったか。
なんにも言ってなかったけど、今夜泊まるところあるのかなあ。
もう夜だし、おれん家は泊まれるようなところじゃないしなあ。
どうしようかなあ、そうだミキコのところに泊めてもらえるよう頼んでみよう。
お姉さんとふたり暮らしだといってたから、なんとかなりそうだし。
とりあえず電話だけはしておかないとな。

「もしもし、ミキコさんのお宅ですか。わたし…」
「あら、ムッシュどうしたの」
「いやあ、いまマイコから電話があって三宮にいるって」
「えっ、どうしたんだろう、家出?」
「まさか、そんな歳でもないだろう、とにかくいまから行ってくる」
「それでどうするの?」
「もしもの場合、今夜泊めてやってもらえないかと思って電話したんだけど」
「う~んいいわよ、姉さんにも話して準備しておく」
「悪いなあ、また電話するよ」
「ううん、気にしないで。それより変なこと考えなかった?」
「変なことって?」
「またあ、とぼけて、いやらしい!」
「ないない、そういう考えはないって」
「まあ、いいけど、かならず電話してね」
「わかってるって、じゃあな」

電車に乗ってから、すこし考えた。
どうしたんだろう、急にこっちのほうに来てるって電話をよこしたりして。
どんな家庭かは知らないけど、弟がいるっていってたかなあ。

マイコは高校を卒業して大企業に勤めていたって。
どんな仕事っていったら、キーパンチャー、ていのいい単純労働者よ。
ふーん、花のOLってことやな。
花だけじゃありません、仕事もばりばりできました。
キーボードなんてブラインドタッチよ。
ブラインドタッチねえ、そんな感じがするわと言ったら。
でもねえ、仕事いやになっちゃったのよ。
どうして、嫌なやつとかいたからか。
あんた(そのころはそう言われてた)馬鹿じゃないの。
そんな単純な理由じゃありません、あんたに言ってもわからないだろうし。
でもね、人間はことばをコミュニケーションツールとしているわけで、言わないと伝わりませんよ。
そうですか、じゃあいうけど、人生に無常を感じたわけよね。
ほほう、祇園精舎の鐘の声が聞こえてきたんやな。
そうなのよ、人生やりたいことやらなきゃ、でもわたしってなにがしたいのって。

というようなことで仕事を辞めて、旅行しているんだって。
大企業だから辞めた後でもボーナスでるんだよ、って言ってたな。
ボーナスというのはね、過去の実績に対してだからその時期在籍してたらでるのよ。
そりゃあ理屈ではそうだろうけど…。
たいていはボーナスもらってから辞めるんだけどなあ、なんて思ったことを思いだした。

それ以外はおれも聞かないし、マイコも自分から話そうとはしなかった。
手伝いをしたいって申し出てやってたらしいけど、けっこうきっちりしてた。
都会育ちだからか、とそんなセンスを感じてしまうのはおれの思いこみだったのだろうか。
でもきれい好きで整頓上手だったから、おれもまあ好感をもったわけよ。
いままでごちゃついてた台所が、彼女がいついてからすっかり片づいてたもの。
まあ、マイコがいなくなったら元の黙阿弥になったけどね。
人の影響というのは気づかないところでけっこうあるんだ、と再認識した。
おおげさにいうと、気質は外部に投影されるんだとね。
見た目ってのは、大切なんだというかやはり実体を表わさざるをえないのだろう。

いまはそうは思わないけど、はじめてマイコを見たとき、美人だとの直感があった。
なんでだろうとはときどき考えるんだけど、わからないなあ。
よーく顔を見ることがある、もちろんこっそりだけど、気づいているのかな。
別にととのった顔というのじゃなし、眼鼻立ちがすっきりしてるでもなく。
だけどなんというのかな、妙に気になるというか、もういちどみたくなる顔なんだな。
スタイルだっていいというのじゃないし、どちらかというとやせっぽっちだ。
でもあるとき、これだって出るべきところはでてるんですよ~って。
見た事ねえよっていったら、だれがあんたなんかに見せてやるもんですか、と言いやがる。
見たかねえよおまえのからだなんか、というと。
やにわに近づいてきたかと思うと、これみよがしに微笑んでもみせるから困った。
どうしていいか返答につまって黙っていると、ちいさな声で言うんだなこれが。
「ばーか」
むかっ腹のたつといったらなかったな。
あれー、そんなこと思いだしてむかついてきた。
でもなんというか、憎めないところがあるからしょうがないや。

そういえば、あるときマイコってジャンヌ・エビュテルヌに似てるよなと言った。
それって、以前とあるおじさまにも言われたことがあるわよ。
男のひとっておなじこと言うのね、なんだかワンパターよねって笑っていた。
とあるおじさまってだれなんだ、とは訊かなかったけれど、そういう境遇で生きてきたんだと。
またそれが自然でもあるから、ますますどういう女性なのかわからなくなった。
おれってモディリアニの亡くなった日が誕生日なんだぜ、と言おうかとも思ったが。
あんたは長生きするわよねという感じで、聞こえなかったかのような顔をされそうだし。
言わなきゃよかったとなっても、あとの祭りだからやめておくことにした。
それでも、すこし山口百恵に似てるとこあるよなあ、とつい口走ってしまった。
ふーん、そんなことばで歓心が買えるとでも思ってるのかしら。
なんだかお子さまですわねえ、という顔でにっこりするから面食らった。
一筋縄ではいかない雰囲気があるから、あまり近づかないようにしていたんだ。
すると通りすがりに耳元で、わたしのこと嫌いなの哀しいなあ、なんてこといったりする。
まったくもって、捉えどころのないというか変幻自在というか謎の女性というか。

N4851三ノ宮駅




プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー