ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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水辺で読書
地球は水の惑星とよばれている。ヒトもそのからだの組成の60%以上が水分だ。地球上の生物にと
って水はなくてはならないものである。元始、生命は水のなかで誕生したという説もある。というわ
けでかどうか、水辺にはなにかヒトを落ち着かせるものがある。旅の途中にたちどまってひと休みし
たり、読書をしたりした。そこはちいさな沼のようなところだった。周囲は遊歩道が整備されていて
散歩する人たちもいる。ときおり水面は太陽の光をキラキラと反射させる。まばゆいながらもその方
向に注意がむく。水草越しに白い服をきた女性のシルエットが見えた。顔は見えない。ときおり下を
むいているようは動きをする。なにかを探しているようではない。だれかと話しているのか。そんな
姿勢で話すなどありえない。ちいさな生き物のような動きだけが感じられるのだ。いつのまにかじっ
とその光景に見入っていた。脳裏にうかんだのは、ホムンクルスがいるのかということだけだった。

N0344池の面

「脳のなかの万華鏡」 リチャード・E・サイトウィック&デイヴィッド・M・イーグルマン
                           山下篤子訳 河出書房新社 ★★★

世界をだれもがおなじように感じているわけではない。比喩的な意味でいっているわけでもない。あ
る人たちは共感覚(シナスタジア synesthesia)とよばれる特殊な知覚をもつ。たとえば文字を見て
そこに色を感じたり、音に色を感じたたり、形に味を感じたりするのだ。これらの人々は自分のこと
を特別だと思っていない。だれもがそうなんだろうと思っているので殊更に話すようなこともない。
なにかの拍子にそのことを知りおどろく。近年調査研究がすすんできてかれら共感覚者は思ったほど
少数ではないことがわかってきた。二〇〇五年にエディンバラのジュリア・シムナーたちが二つの調
査を行なった。その結果はどうなったか。
『この研究で、いずれかのタイプの共感覚がある割合は二三人に一人、書記素→色の共感覚は九〇人
に一人の割合で見られるという結果が出て、共感覚は当初に考えられていたよりもはるかに多いこと
が確認された。また、もっともよくあるタイプは、曜日に色を感じる共感覚で、その次が書記素→色
の共感覚だということもわかった。』
また別角度からみると、世のなかにあることばの比喩は彼らの実感そのものだ。非共感覚者といえど
もまったく別世界に生きているものではないかもしれない。
『匂いが味の知覚に大きな影響をおよぼすことを考えると、主として匂いを表現する言葉が、ほとん
どないのは皮肉である。匂いにかかわる言葉はほぼすべて、ほかの感覚からの借りもので、「甘い」
も、「鋭い」も、「はなやかな」、「清潔な」、「新鮮な」、「やわらかい」、「スパイシー」も、
みなそうだ。また匂いの用語は、「「花の香り(フローラル)」、「果物のような香り(フルーティ)
」、「かびくさい匂い」、「刺激臭」など、代表的な原因をひきあいにしているのが通常である。』
この共感覚というのは単にある形がある色などを感じるということではないようなのだ。
『多数派の共感覚者にとって、色を誘発するのは、ある書記素に固有の概念であって、視覚がとらえ
る形そのものではないということがあきらかになってきたと思う。』
概念だから、たとえばJであれば小文字でも筆記体でも同じ色が誘発されるということだ。形ではな
く概念なのだ。数字に色の共感覚がある人の場合、こんなこともある。
『6という数字が黒いインクで印刷されている。共感覚者はそれが黒だということは知っていて、実
際にも黒く見える。しかしそれとは別に緑も感じる。その緑の体験は不随意的である。それを内的に
体験する(緑が頭のなかに浮かぶ)人もいるし、色が位置をもっている(字のうえに重なっている)
人もいる。共感覚者は一般的に、「まちがった」色のついた字を見ると――たとえば赤を感じるのは
数字の3だけという人が、赤い6を見ると――落ち着かない気分になる。』
共感覚のなかには字に人格を感じたり、生きものではないものに情動特性を投影する共感覚者もいる
のだ。彼らは桃がおどおどしていると感じたり、バナナを一本、房からとるのにためらいを感じると
いう。なぜなら房からはずすと「さみしくなる」だろうと思うからだ。

「煽動者」 ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子訳 文藝春秋 ★★★
本作の主人公はキネシクスが専門の女性捜査官キャサリン・ダンスだ。このキネシクスとはなにか。
まあ簡単にいうと相手のボディランゲージから心理分析をするというものだ。相手が嘘をついている
かどうかを見きわめようとするときに注目すべき要素は三つあるという。非言語行動(ボディランゲ
ージ、またはキネシクス)、言語の様態(声の高さや話す速度の変化、答える前にためらうといった
反応)、言語の内容(発言の中身)。先の二つは、嘘やごまかしの判断指標として、最後の一つより
はるかに信頼度が高い。「何を言うか」は思いどおりに変えることができやすい。しかし、「どう言
うか」をコントロールするのは困難だ。その際にボディランゲージとして表れる反応も、意識的にコ
ントロールするのは難しい。だがなにごとにも例外があり、サイコパスと呼ばれるような連中はこれ
をいとも簡単にクリアしたりするから厄介だ。そのキャサリン・ダンス・シリーズの第4弾になる。
犯罪者はだれでも嘘をつく。だが、ボディランゲージや言葉の抑揚、一瞬のためらい、視線の動きな
どはコントロールがむずかしい。そこを判断するのだ。なにをつまり内容よりどうしゃべっていりか
を観る。しかし百発百中ということはありえない。ところで今回はダンスがいきなり失態を演じる。
そこで捜査本部から銃の携帯が許されていない民事部への移動を命じられる。そこで遭遇したのがナ
イトクラブが招いた人気バンドのライヴで起こった失火事件だ。火事騒ぎでパニックになった観客が
非常口に殺到するがトレイラーにふさがれて開かず圧死により死亡者もでる大惨事となった。調べて
いくと火事は起こっていなかった。火事をよそおっていただけだ。なぜだれがこんなことをと疑問は
つのる。さらに連続して関連していそうな事件が起きる。犯人の目的はなんなのか。パニックに陥る
人々をながめて快感を得ているのか。それとも、もっと別の動機が隠されているのか。ジェフリー・
ディーヴァー独特のストーリーが二転三転するうえにさらにまた逆転するという展開がまっているで
ある。上下二段組で491ページもある長編ミステリだから読みごたえもある。
『気にしないこと(レット・イット・ゴー)……』
文中にたびたびでてくるこのフレーズ、なにを意味しているのだろう。読んでいて気になる。そう、
気がかりがあるとミステリはおもしろいのだ。しかし最後の種明かしには、まったく参るのである。


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テントのなかで読書
テントは張る場所を考えないといけない。寝ているあいだにネズミやリスが食糧を荒らすこともある。
その対策は必須だ。そういうこともあるが、昼間にテントのなかで寝転がっているのも気持ちがいい
ものだ。木陰であれば、涼やかな風がとおりすぎていく。リュックを枕代わりにして、高く脚を組ん
で寝ころんでみる。そのときコーヒーの香りがただよってくる。飲むかい。ありがとう。なにを読ん
でるんだい。カール・フォン・フリッシュさ。なんだ小説じゃないのか。ヒトよりミツバチのほうが
断然おもしろいよ。そうか、おまえって変わってるな。ミツバチのコミュニティには女王蜂が一匹だ
けいる。あとは働き蜂たちばかりだ。おなじミツバチに生まれてきても、ちがった一生をおくるんだ。
おまけにミツバチは高度な社会性をもった生き物なんだよ。有名な8の字ダンスで花や蜜の情報を仲
間に伝えるんだな。蜂だからハチの字ダンスというのじゃないけど、なんとなくおかしくなるよな。

N9512六甲山脈

「「婚活」症候群」 山田昌弘 白河桃子 ディスカヴァー・トゥエンティワン ★★★
まず「婚活」ということばは著者山田昌弘氏が考案した造語である。だが、そこから派生した〇活な
どということばが巷に氾濫するほどいまでは普通名詞になっている。だがその中身、本意については
誤解が多いという。「婚活」はそもそも少子化対策とリンクした概念であった。
『わたしや白河さんが、婚活の普及で目指していることの一つは、日本の男女交際の活性化でもある
わけです。日本において、男女交際が不活発であることがさまざまな問題を引き起こしているとわた
しは思っています。
 それは、未婚化、少子化をもたらして、日本社会の少子高齢化を促進します。そして、中高年の無
縁社会化など、さまざまな社会問題をもたらしていると思っています。』
だが結婚と出産とは密接にリンクしない時代になってきている。また経済的に結婚できないと思い悩
む男女もおおい。それはともかく一部の人たちには結婚への道は厳しく険しいものだと思われている。
『かつての結婚は「生活必需品」だったので、目の前の選択肢からとにかく選ぶことが第一でしたが、
もはや結婚は「嗜好品」になったので、「いい人がいたら結婚したい」「よりよいものを選びたい」
という気持ちは当然出てきます。』
もちろん人生において結婚だけがすべてではない。そう頭ではわかっている。では、ほかになにがあ
るのか。そう考えたとき、これだと言い切れない自分がいる。でもだれとでもとは言えない。
『女性は、収入が不安定な男性ははなから避ける。男性は、収入に自信がないから、声もかけられな
い。』
婚活は条件付ゆえにむずかしい問題をはらむ。愛と結婚とは別問題だとの冷めた認識もある。いっぽ
うで、愛情が感じられない結婚はできない。すべて完璧に整ったうえで結婚したい。だからますます
現実的には結婚から遠のいていくのだろう。見合い結婚があった昔のほうがよかったのだろうか。
『つまり、日本人は自分たちで結婚しようと思わなくても、ベルトコンベアの上に乗っていれば結婚
できたのです。それが、急に「結婚してもいいししなくてもいい。自由ですよ」と言われてしまうと、
自由に慣れていない日本人はすごくつらい。それでみんな迷っているわけです。』
そんな状態でいつまでもいると、結婚もできないのかという考えがよぎる。「婚活」とマスコミや自
治体が叫ぶほど、尻込みしてしまうのかもしれない。自由の慣れていない日本人はつらいよ。

「超老人の壁」 養老孟司 南伸坊 毎日新聞出版 ★★★
現代はコンピュータ全盛の時代である。ではそのコンピュータの原理はというとすべてを0か1で表
わす。それをデジタルと呼ぶ。慣れてくるとこの世のなかはすべてデジタル信号で表現できると思っ
てしまう。それを信じれば万能感が得られる。すべて同じじゃないかと錯覚する。
『それがコピーの社会なんですよ。0と1の社会。それは神経回路の社会なんです。神経回路ってい
うのは、神経細胞がつなぎ合わさって出来ている。回路の中に入ると、個々の神経細胞っていうのは
2つの状態しかとれません。ユニットになると、0と1しかとれないんですね。それを組み合わせて
いったものが、アルゴリズムです。今は全部、アルゴリズムで書ける世界になりつつある。(養老)』
世界なんかちょろいものだ。すべては我が手中にあり、なんてね。だがそうだろうか。
『神経回路網からみれば個々の神経細胞は0と1になるんだけれど、神経細胞を1個、回路から外し
てみると、面白いことに、0と1の間に無限の階層があるのがわかっちゃう。なぜかっていうと、そ
の細胞は今、休みの状態にあるか、興奮するかでしょ。
 でも、じつはこれ一発で切り替わるんじゃなくて、化学物質の溜まり方っていうのにもよるんです。
休みの状態から興奮する状態までには無限の段階があるんです。(養老)』
デジタルはある意味近似値なんだと思う。アナログな世界に住みながらもデジタルは憧れなのかもし
れないですね。脳は白黒はっきりが好きというか、そのほうが負担がすくないのでしょう。
『平和な時代の人は、身体の時代を「乱世」と呼びます。縄文は身体の時代で、弥生は情報化の時代、
意識の時代です。弥生の延長が平安で、それが壊れるのが『平家』『方丈記』の時代。江戸まで来る
と、またね、平和な時代になって、意識の時代になって、「何事も心掛け」って(笑)。
 それを一番象徴的に表すのが侍の言い分で、戦国の侍は「腹が減っては戦はできない」って言って
いたけど、江戸の侍は「武士は食わねど高楊枝」って言うんですよ(笑)。(養老)』
身体と意識は、まさにアナログとデジタルと対照を示しています。まあ、どちらがお好みでもいいん
ですけどね。


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二段ベッドで読書
若いころに旅をするといえば、安いユースホステルがよく利用された。そこでベッドといえば二段が
定番である。知らない同士がおなじ部屋で眠る。それが嫌なら旅などできない。そんな時代であった。
どちらかというとベッドで寝るのが初体験という若者が多かった。子ども部屋が一般的ではなかった
から個室気分が味わえてうれしかった。下か上かどちらにとれるかは運次第である。あるいは性格に
よるかもしれない。兄弟なら上が弟で下が兄になるだろう。上座は下か。なんとなく可笑しさを感じ
る。早い時間に到着してチェックイン。さっそく二段ベッドの下段を占拠する。ごろんと大の字にな
って仰向けに寝ころぶ。おおきく伸びをすれば自由な空間が満喫できるのだ。リュックから本を取り
出して読みはじめる。聞こえてくるのは蝉の声ぐらいだ。はるかの世界へと旅立つことができるよう
な本を読んだ。いつしか夢か現かもわからない境地にいたる。世界にはわたしのみが存在するのだ。

9312コルク人形

「猟犬」 ヨルン・リーエル・ホルスト 猪俣和夫訳 早川書房 ★★★★
ノルウェーの首都オスロから南西に100kmほど離れた小さな街ラルヴィクの警察に勤務するヴィリ
アム・ヴィスティング警部は勤続31年のヴェテラン捜査官である。そんなある日、新聞社の記者を
しているヴィスティングの娘のリーネから17年前に解決したと思われていたセシリア事件で証拠の
DNA鑑定で偽造があったという告発がなされ新聞で大々的に報じられるとの予告の電話を受ける。
まさに青天の霹靂である。当時、この事件の捜査責任者であったヴィスティングは即時停職処分を勧
告され警察官の身分を停止されることになってしまう。黙って処分を待つまでもなくヴィスティング
は事件の再調査に乗りだす。ちょうどそのころ、娘のリーネはオスロ湾を挟んで対岸に位置する土地
で起きた殺人事件を取材していた。もしこれが大事件に発展すればすこしは父への風当たりも弱くな
るかもと考えたりもする。だが独自の調査で割り出した被害者宅を訪れた際に家宅侵入犯に遭遇して
しまう。彼が事件の犯人なのかそれともたまたまの偶然なのか。こうしてふたつの事件がヴィスティ
ングとリーネを中心に展開していく。まったく別々の事件と思われたものがいつしか関連性を帯びて
くるのだった。セシリア事件での証拠偽造はどうも警察関係者が関係したしかにあったようなのだ。
ここからヴィスティング警部の調査は警察官の身分をはがされながらも本格化していく。セシリア事
件で有罪となったハーグルンとの対面場面など緊迫感あるストーリーは息づまるものがある。犯罪に
は動機がある。ヴィスティングとリーネは話す。彼女は「動機って何かしら」と問いかける。
『「動機には八つあるといつも思っている」ヴィスティングが答えた。
 「八つ?」
 うなずいて、数えあげていく。「嫉妬、復讐、金目当て、欲望、スリル、追放、狂信だ。嫉妬や復
讐心による殺人は最も簡単に説明がつく。個人的に金銭が絡んだ殺人もそうだ。スリルというのは動
機としてはあまり表には出てこない。出てくるとすれば連続殺人だが、幸いこの国ではそういうのは
多くない」
 ……
「でも、まだ七つにしかならないわよ」リーネが言った。「八つめの動機は何?」
「これはおそらく見抜くのがいちばん難しい」ヴィスティングが返す。「別の犯罪を揉み消すために
犯す殺人だ」』
本作品はかの有名なマルティン・ヴェック賞など北欧の主要な三賞を受賞している。

「地球を「売り物」にする人たち」 マッケンジー・ファンク
                    柴田裕之訳 ダイヤモンド社 ★★★★

地球温暖化といわれて久しい。ほんとうに温暖化しているのかという問題はさておく。本書はそんな
地球の様子を六年の歳月をかけて追った力作である。著者が冷静沈着に書いているのに好感をいだく。
『本書は人類が性懲りもなく温暖化を促して生み出す気でいるように思える世界に対して、私たちが
どう準備を進めているかについての本だ。気候変動がテーマではあるが、それを科学的に解明するた
めのものでもなければ、気候変動をめぐる政治についてのものでもないし、どうすれば私たちが気候
変動を止められるか、あるいはなぜ止めるべきなのかを直接取りあげるわけでもない。それでは何の
本かといえば、「人類は気候変動を早急に止めそうにない」というシンプルでシニカルな前提に賭け
た、人間のふるまいについてのものだ。』
どこかのだれかのように反対と叫んでいれば世界が変わるのであればいいのになと思う。だが現実は
そんなことでは一ミリも動かないようだ。
『本書は人々、それもおもに私のような人間、すなわち歴史的に見て、いわゆる温室効果ガス排出国
と呼ばれる、北半球の先進国の、文字どおりの意味で、あるいは比喩的な意味で高い位置を占め、ド
ライな土地に暮らす人についてのものだ。
 私は、気候変動が人間にどのような行動をとれせるかに関心がある――私たちがどのように危機に
立ち向かうかのケーススタディ、それも究極のケーススタディとして。』
そもそも地球レベルでの温暖化というのはどのくらいのスパンで考えるものなのだろうか。たとえば、
一万年単位とか。いやいや地誌レベルだと十万年が一メモリぐらいになるのか。地球はなんども氷河
期を迎えたらしい。氷河期がほんとうに来れば人類は絶滅するかもしれない。それよりいまこの地球
温暖化を考えてみるということだ。地球の平均気温は上昇している。それにつれて北極の氷床が溶け
だしている。氷河は年々小さくなっている。海面の上昇がみられる。このまますすめば確実に水没す
る都市もでてくるだろう。悲観的になるのは見方がせまい。いままで閉ざされていた北極海航路は通
年可能になるかもしれない。グリーンランドもまさにその名のとおり資源あふれる土地に変わるかも
しれない。どこかがマイナスになればどこかでプラスがある。地球温暖化はゼロサムゲームなのか。
著者は世界各地で実見してきたことを本書にしるす。読者はどう判断するのか。ここからなにを読み
とるのかは自由だ。本とは本来そういうものではなければいけないのではないか。書き手とおなじよ
うに読む側も考える力がなければならない。扇動的言辞にはもう飽き飽きしているのだ。その陰で投
資家はなにを考えどう行動しているのだろうか。
『気候変動関連投資家にとって、水は明白な投資対象だった。二酸化炭素の排出は目に見えない。気
温は抽象概念でしかない。だが、氷が解け、貯水池が空になり、波が押し寄せ、豪雨が降り注ぐとい
うのは、具体的ではっきり捉えられる。いわば、気候変動の「顔」だ。水のおかげで気候変動は実感
を伴う。』
単に水そのものだけの問題ではない。農業に水は欠かせない。こういうことを知っているのか。
『小麦を1グラム輸出するのは、水を1リットル輸出するのに相当する』
地球温暖化も投資家にとってはビジネスチャンスにすぎない。


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墓所で読書
あれはいつのころのことだったのだろうか。もうお盆の時期はとうにすぎていた。でもいちどはお参
りしないとな、などと考えていた。寺には人の気配もなかった暑い昼下がりだった。桶と柄杓を勝手
に借りて坂道をひとり登っていった。このあたりだったかなあ。なんとも頼りない。だがなんとか目
的のお墓にたどりついた。いまのぼってきた道をふりかえると海が見えた。すこし潮のにおいもする
ようだった。花を供えてしばらくぼんやりしていた。いまでもときおり声が聞こえてくるような気が
するのだ。明るく元気そうに笑いながら話している。おれはときおり頷くだけできいていた。いかに
も愉快そうに話す光景がうかんでくる。もう何十年も前のことなのにやけに鮮明にくっきりと記憶に
のこっている。墓石のちかくに座れる場所をみつけて腰かけた。持参した本をそっと開く。後からの
ぞきこんで「なにを読んでいるのよ」と問いかけられるのじゃないかと、つい期待してしまうのだ。

N9494シオカラトンボ

「判決破棄 リンカーン弁護士」(上)(下)
                マイクル・コナリー 古沢嘉通訳 講談社文庫 ★★★★

マイクル・コナリーの作品にはリンカーン弁護士ミッキー・ハラーものとハリー・ボッシュ刑事のシ
リーズがある。本作はミッキー・ハラーの3作目であり、かつハリー・ボッシュも登場する(こちら
なら16作目)。映画でいうならダブル主演というところだ。ファンにとってはたまらない。さて、
物語は24年前におこった少女殺害事件の有罪判決を破棄するというものである。犯人とされたジェ
イスン・ジェサップは無実を訴え続けていた。その後DNA鑑定の技術が進歩し証拠となった被害者
のメリッサ・ランディのワンピースの裾についていた精液がジェサップのものではなかったことが判
明したからである。ジェサップは犯人ではなかったのか。やはり犯人なのか。これに対して検察側は
黙って引き下がるか再度裁判で争うのかという判断をせまられる。そこででた奇策が、弁護士ミッキ
ー・ハラーを独立特別検察官として任命するというもの。こういう制度がアメリカらしいですね。ハ
ラーは勝算がうすいこの事件をふだんとは真逆の検察官として引き受けることになる。そして相棒に
は元妻のマギー・マクファースン検事補、調査員にはハリー・ボッシュ刑事があたるということにな
る。ジェサップの弁護士にはやり手として知られるクライヴ・ロイスがつくことになる。アメリカで
の裁判は陪審員制度である。被告が有罪か無罪かは陪審員の判断にゆだねられるのだ。証拠はもちろ
ん弁論も陪審員を説得するものが求められる。そこにはもちろんアメリカの文化が色濃く反映される。
動かぬ証拠であってもこんな解釈が可能だと納得させれば判断はひっくりかえる。行き詰るような法
定場面、証拠・証人をもとめての捜査過程など読みどころ満載である。後半になって二転三転すると
ころなどコナリーが人気のあるゆえんなのだ。あっというまに読み終えること請け合いである。
『ボッシュは頭のなかに、自分の娘の姿を一瞬思い浮かべた。たとえどんなに困難であっても、阻止
せねばならない悪が世のなかにはあるとボッシュは知っていた。子どもを狙う殺人鬼はそのリストの
一番上にある。
「わかった」ボッシュは言った。「加わろう」』
子ども殺しは人のなす悪のなかでももっとも許されない。どこかジェサップの行動はおかしい。だが、
裁判では証拠が納得させる論理がなければならない。ボッシュ刑事がんばれとこころのなかで叫ぶ。

「本当は怖い動物の子育て」 竹内久美子 新潮新書 ★★★★
ある種の動物はおなじ種の赤ちゃんを殺す。これを知ったのは杉山幸丸さんのインドでのハヌマンラ
ングールについて書かれた本を読んだとき。インドでは神の使いとされている美しいサルだ。だが群
れのオスが交代したとき、その時点で群れにいた赤ちゃんザルは殺される。なぜか。赤ん坊のサルを
失ったメスはふたたび発情が可能になってオスを受けいれることができるからだ。なんとも人からす
れば悲惨なことだ。だがそれが自然界ではよくあることだと知られてきた。単純にそれをヒトに敷衍
することはできないが、一考するには価する。進化論も種というより個々の子孫を残そうと、あるい
は血縁にあるものを生かそうとする考えに傾いているようだ。この本を読んでいるとそんなことを思
ってしまう。なんだかやるせないのはしかたのないことないか。
『ほ乳類のメスには普通、子に頻繁に乳を与えている限り、子が乳を吸うという刺激によって、発情
もしなければ、排卵も抑えられるメカニズムがあります。しかし乳を吸う者がいなくなってしばらく
すると、発情と排卵が再開されるのです。
 ここで子を殺された母親の豹変ぶりを責めることはできません。我が子を守り切ることができない
のであれば、次善の策としては、できるだけ早く発情して新しいオスとの間に子をつくる。それ以外
に自分の遺伝子のコピーをよく残す道はないのです。』
ではヒトも哺乳類だが、そういうことはないのか。世界各地の先住民には「嬰児殺し」とよばれるも
のが存在する。日本人はもの忘れてしまったしれないが、つい最近までは「間引き」といい慣わされ
たものが存在した。童謡「シャボン玉」はそのことを歌っているともいわれたりする。ヒトの場合な
ぜ殺すのか。南米ボリビアアのヨレオ族の女性に問うた結果がある。
『どういう場合に子を殺すのかという問いに、女たちはこう答えました。
 まず、父親から確実なサポートが得られそうにないとき。
 正式な結婚相手ではない男との子どもを殺す理由は、ここにありました。しかし、それ以外の場合
でも、次のような場合には殺すと答えています。
 奇形児や双子が生まれたとき(双子の場合にはどちらかを殺す。)
 そして、生まれた子が上の子と年が接近しすぎていて、もし育てるとすると上の子の生存が危うく
なりそうなとき。』
育てられそうもないとの判断があるわけですね。さらに重要なのは以下のこと。
『この判断は当の女に委ねられており、どう選択しても罰せられることはありません。その判断のた
めの文化や風習、掟が存在しているのです。』
ここで思うのは、普遍的に悪であるとか絶対に悪であるとかといえるのか。そういうことを声高にい
う御仁に限って、偽善的だったり無知蒙昧だったりするんですよね。


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深夜急行で読書
青森駅は深夜のなかでうずくまっていた。そんななかプラットホームを駆けぬけていく足音だけが高
く響く。硬直した背もたれの四人掛けのいっかくになんとか座れた。ほぼ満席である。どこにこれだ
けの人間がいたのやらと思う。やがて喧騒も鎮まり密やかに列車は走りだす。「北国」はこれから二
〇時間をかけて終着の大阪駅まで日本海の沿岸を走るのだ。列車のなかでは興奮さめやらぬ若者たち
が歌をうたう。まるで歌声喫茶のようだが、表立っての文句はでなかった。そのうちだんだんと静か
になっていった。読んでいた本を伏せ窓の外をながめる。真っ暗な闇だけがひろがっている。横では
友がやすらかな寝息をたてている。その顔を見ていたらなんだかやさしいような気持ちになった。疲
れているんだろうな。なんでも率先してやる頑張りやだからなあ。そろそろ空があかるくなろうとす
る時刻にちかづいてきた。またもやぎらぎらと輝き照りつける夏が、むくむくと起きあがってくる。

9327白夜

「医療が病いをつくる」 安保徹 岩波書店 ★★★★
現代の最先端医学は一般人には理解しがたいところがある。また医療における検査数値というのも微
妙なものが多い。薬が病気を治すというのは正確ではない。薬にはかならず副作用がある。これがよ
くわかっていない人が多い。なんでも、どんなささいなことでもすぐに薬に頼る。だが、副作用があ
ることは処方箋でよくわかる。この胃薬を飲むと胃が荒れる可能性があるので、その荒れを抑えるた
めの薬ですなどと説明される。この薬を飲むためにはこの薬を飲む必要があるのか。だからやたらに
薬の種類が多くなってくる。こんなことでいいのだろうか。製薬会社救済キャンペーンみたいだ。そ
こで本書ではこんな紹介文章を見つけた。みなさん自分で判断してください(笑)。
『ここで、アメリカで評判の医師用教科書『ドクターズルール四二五』(邦訳『医師の心得集』の一文
を紹介する。
  「可能ならすべての薬を中止せよ。不可能なら、できるだけ多くの薬を中止せよ」「薬の数が増
  えれば副作用の可能性はネズミ算的に増える」「四種類以上の薬を飲んでいる患者は医学知識の
  及ばぬ危険な領域にいる」「高齢者のほとんどは薬を中止すると体調がよくなる」』
しかし最後は本人の免疫力が体を正常にもどすのだ。もちろんヒトには免疫力という自己修復機能が
ある。その観点からガンを見直すとこういうことになるのだそうだ。
『弘前大学医学部生化学の佐藤公彦氏によって、「癌自体が生体防御反応の一つ」という考え方が最
近提起されている。癌細胞が、激しい交感神経緊張状態によって産生された体内毒物(代謝産物)を
排除するという考え方である。もしそうなら、交感神経緊張を止めると癌の存在意義がなくなり、癌
が自然退縮してしまうこととつながってくる。
 なぜ癌細胞が毒物を排除できるのであろうか。その理由は、癌細胞は増殖能も高いがアポトーシス
で死ぬ力も強いからであろう。』
最後は自己責任である。そのためには知ることは大切である。人の意見は人の数だけある。確かなセ
オリーだといわれていてもひっくり返ったことは過去にいくらでもある。これからもあるだろう。人
は誤るのだ。医者の言いなりになって過ごすか、自分で決断して生きるか。医療機関はあくまでも助
言者であると肝に銘じなければいけないんでしょうね。コレステロールについてもひとこと。
『コレステロールはすべての細胞の構成成分であり、また、ステロイドホルモンや性ホルモンそして
ビタミンDの原料となっている。極めてからだに必要なものである。
 血管に付いて動脈硬化を引き起こす以前のその大切さを知らなければならない。』
ヒトの身体を構成するものに不必要なものなんてあるのだろうか。すべてはバランスのうえで成り立
っているのか。そこで思いだすのだ。腹八文目、これはなにを意味しているのだろうか。

「身体から革命を起こす」 甲野善紀 田中聡 新潮社 ★★★★
甲野さんのことは養老先生との共著で知りました。人間の動きを分析する西洋的観点からではなく、
日本の武術につながる動作から読み解いていく。なかなかおもしろいですね。剛よく柔を制す、など
ともいいます。この剛は直線的、柔は円環的とわたしは理解しています。筋肉の使い方も、まったく
考え方がちがっているようです。そこがまた興味深いです。実践している姿が美しいですね。よくス
ポーツ選手などでボディビルダーのように筋肉を鍛えている方がいます。なにか可笑しさを誘います。
なにが目的なんだ、と思ってしまいます。思い込みというのはどんな世界にもあるようです。超一流
になるとさすがにそういう人はすくないようですが。
『甲野は、「小成は大成を妨げる最大の要素である。そこそこの成功は、それ以上のものを追求させ
ないための強力な目かくしとなる」と言う。
 人は、自分の「実感」を否定することは難しい。まして、それまでにしてきた苦労を愛さずにはい
られない。苦労して上位に上ってきたシステムを愛し、利権を守ろうとする官僚的な発想に、「実感」
も冒されている。
 だから「実感」と思うなかにひそむ観念性を見抜き、生きているものとしての身体を見出さなけれ
ば、いくら身体や感覚が大切だといっても、結局は観念を見ているだけに終わりかねないのだ。』
また甲野はこんなことを言う。スキーや自動車レースは相当技術が発達している。それは死の危険が
隣り合わせにあるからだろう。だが、ゴルフはそういうことがない。だからこう感じるのだ。
『ゴルフには、およそ身の安全にかかわるような事態はないわけです。それで動きの転換も生まれな
かったのでしょうね。そもそも私がゴルフを見ていておかしいと思うのは、ボールを見て打つという
ことです。これから打つ先を、なぜ見ないのか。
 ボールを見て打つのは、ボールを見ないとうまく当たらないとか、軸をブラさないとかいう理由で、
ほとんどのゴルファーはボールを見て打っていますね。有名選手では、わずかにデュバルとか女子の
ソレンスタムが比較的早く顔を上げていますけれど、まだまだその程度です。
 しかし、、もし敵が攻めてきたときにゴルフ用具を武器にして対抗するしかないという状況になっ
たとすれば、絶対に、ワーッと攻めて来る相手を見てその位置を確認しながら打つでしょう。攻めて
くる相手を見ないで、ボールを見ているわけがありません。心理的な面から考えてもそうでしょう。
 これは開拓時代のアメリカで腰に下げたホルスターから拳銃を抜いて撃ち合うのに、相手を見ずに
自分の腰に下げた銃を見て撃つ人がいないのと同じです。』
なるほど、その視点にはおそれいるのである。だれか有名ゴルファー反論してください。


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遠くに眺めるのも好きです。
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