ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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偽善者
まず、ひとことでいうとこうなる。
「それって偽善だよね」とおっしゃる人物のことを指す。
(自己証明だ、アッハッハ)

N7788酒の肴

批判は、その批判者のうちに羨望、嫉妬をしばしば隠している。
ありていにいえば、あなたのことがうらやましいのである。
その立場に自分がいられないことを痛切に悔いている。
なんとしても、はがゆいのである。
わが身の不運を嘆いてもはじまらないのだが、なげくのだ。
(不運かどうか当方の知ったことではないが…)
関心のないところに議論はおきない。

というように考えられるのではないか、としばしば思う。

心理学でいうところの自己願望の投射、投影なのかな。



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化粧のにおい
小学生のころ、おばあちゃん家へ行くのに市電(路面電車)に乗っていった。
いまでも憶えているのだが、そのなかで強烈なにおいに遭遇した。
乗りあわせたおばさんの白粉のにおいだったと思う。
それまで乗り物酔いになったことはなかったが、はじめて気分がわるくなった。

それ以来、白粉のにおい=化粧=乗り物酔い、という等式が脳のなかにできあがったようだ。
だから高校生ごろまではよかったが、化粧をしてる女性には近づきたくなかった。
いや、近づきたいのだが、化粧(白粉から化粧品一般に拡張)のにおいが嫌だったのだ。

それでもだんだんと慣れて免疫もできるかと思われたが、どうしても嫌な気分はのこった。
そんなときには、鼻をさわるくせのようにして指で鼻孔をふさいだりしていた。
きっと気づかれていただろうな、とは思うがやめられなかった。
それで、いつのまにかそれが癖になってしまっていた。

だが「例外のない法則はない」といわれるように、嫌じゃない化粧品のにおいもあるのだ。

どこのメーカなのかは知らないのだが、そのにおいははっきりと覚えている。
硯で墨を摺ったときにたちのぼるにおい、といったらいいのだろうか。
ときどき街ですれちがう女性にそのにおいをかぐと思わず振りかえってしまう。

8018ホテイアオイ

ヒトは嗅覚が退化した動物だ、といわれたりするが眉唾である。
女性の好みは、男性の汗のにおいに微妙に影響されるという研究もある。
無意識下では、好ましいにおいというのがかならずある、というのである。
でなければ、こうも世のなかに化粧品のにおいが漂っている理由がわからないではないか。
このあたり化粧品会社も研究していますからね、なにせ生活がかかっています(笑)。

化粧の理由
女性はなぜ化粧しているのだろうか。
当事者はどう思っているのだろう、と疑問はあるわけです。

「いつもかならず出かけるときに化粧してるけど、どうして?」
「だって、エチケットみたいなもんでしょ」
「だれに対する?」
「世間一般というか、マナーなのよ」
「じゃあ、化粧しない人ってマナー違反になるのか」
「そうよ、陰でなに言われるかしれたもんじゃないわよ」

「そうかなあ、化粧してないと不安になるんじゃないの」
「どういうことよ?」
「だってだれもがしてるから、つまり横断歩道みんなで渡ればこわくない、って」
「そういう面もあるかもしれないわね」
「それにいちいち面倒じゃないの、ゴミ出しのときでもしなきゃってのは」
「だれかが見てるかもしれないじゃないの」
「見られたっていいじゃない、っていうか見てないと思うけど」
「それがねえ、案外見てるものなのよ、あそこの奥さんすっぴんだったなんて」

「すっぴんでも、十分きれいだよ」
「あらまあ、ありがとうございます、ってむかつくわね」
「ほめて怒られたら割りあわないなあ」
「そういうときにほめるのって、莫迦にしてない?」
「ちょっとちゃかしてしまいました、反省します」
「なんでもすぐ反省すればいいって思ってるんじゃないでしょうね」
「うっ、ごめん(汗)」
(なんでいつもいつも、こうなるんだ)

しかし、いろいろと見聞をひろめてゆくと行きつくところがあるのかもしれません。

8006いもむし

化粧今昔
まあひとくちに化粧といっても時代で変わる。
ひとむかし前まではアイシャドー・アイラインは玄人衆のなさることだった。
一般の素人さんはそういった化粧法はしないのが常識だった。
(常識は時代とともに、あるいは社会によってちがうのは常識である)
(そう区別をすることで、玄人と素人のあいだに一線を画していたともいえる)

逆にいえば、玄人と素人の差がなくなってきたということ。
べつの言い方をすれば、プロとアマとの間のハードルが低くなっている。
アマチュアのレベルが高くなったのか、プロフェッショナルが頼りないのかの問題(?)。
アマのプロ化、あるいはプロのアマ化、あるいは「あまちゃん」時代の到来(!)。

8025アスター

そうそう「お歯黒」という風習がありました。
既婚の女性は歯を黒く染めて、ひとめで未婚女性と区別できるようにしていました。
時代劇など映画やテレビでも、以前はよくみかけたものですが。
(最近はみないですね、なぜだか知りませんが…)
(映画ではまだ時代考証など厳密(?)だから、やっているのでしょうか)

しかし、ファッションとおなじで化粧のしかたも変化してゆくのである。
刺激(この場合は化粧)にはだんだと慣れてくるんですね。
ある意味、化粧は他との差別化だからこれでは困る。
で、だんだんと過激になってゆくのである。

まあ、なにごとも限度はあるのですが…。
いけるところまでは、いってしまうという性質をもっている。

しかしファッションとおなじだから、かならず振り子のようにゆれもどす。
これは無から有へというのではないですね。
無彩色のなかでの明度のちがいのようなものでしょう。
髪を染めるのは昔は不良(芸能人含む)のすることでしたが、いまでは一般的になっています。
このあたり、ご理解いただけるでしょうか(笑)。

化粧の由来
アフリカなどの部族社会では戦いのときに化粧をする。
化粧は男に勇気と力を与えると考えられており、化粧は儀式化している。
ハレとケの区別のように、化粧は気持ちに区切りをつける役割もはたしているようだ。
化粧をすると、きりりと気が引きしまり緊張も高まる。
(ということからいえば、女性はつねに闘いにいどんでいるのであろう)
(なにに対してという問いについて、わたしには答えられない)

日本社会ですぐに思いつくのは、歌舞伎に隈取というのがある。
これも化粧の一種なのだ。
顔の血管や筋肉を誇張するために描かれているんだとか。
化粧もする側と、それを見る側があるわけだ。
刺激と反応の関係は、しばしば極端なまでに昂進することがある。
たとえば、クジャクのきらびやかな羽根がそういうことだ(どんどん巨大化する)。
人でもそういうことがありました、紅白歌合戦の豪華・華美なる衣装合戦。

8017蜂とノゲイトウ

と考えてくると、化粧は存在の誇示だといえる(ような気がする)。
わたしがここにいますよ、なにか文句がありますか。
いつものわたしとはちがうのがわかるでしょう、うっふん(ある意味ぞくっとします)。
やはり戦闘準備体制完了という気構えをもつためなんでしょうか。

しかし化粧のなぜは留保しても、産業的にはすごいものがある。
日本国内にいるとあまり気がつかないが、外国旅行などするとすぐ目につく。
空港、免税店など、化粧品の広告だらけなのである。
逆説的に、化粧および化粧品はゆるぎなき地位をきづいているということだ。

女性がいない国がないように、化粧のない世界は想像できない(?)。



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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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