ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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上町台地
このあたりは上町台地、高台なのである。
以前は、六甲山、大阪湾がのぞめたという。

しかし、いまは高層ビルのために視界もきかない。

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と思っていると社務所の屋根に目がいった。
瓦が恵比寿天に大黒天である。
おまけにシャチホコまでもある。

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道路に目を落とすと、マンホールの蓋がある。

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空堀商店街のアーケードのなかを歩く。
自転車がゆるやかな坂を縦横に走りぬける。
懐かしいような感じがする。
昭和の日本といったところであろうか。

大阪らしさを満喫した一日でありました。
しかし、寒かった。

では、どこかでいっぱいやろうか。

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高津宮
肌寒い土曜日だったが、つと誘われてでかける。

地下鉄を谷六(谷町六丁目だな)で降りる。

寺町と呼ばれる界隈を歩く。
なるほど、右も左もお寺ばかりである。
点在しているのではなく、軒を連ねているのである。
法華宗、一向宗、浄土宗などなど…。

大阪らしくない、といえば叱られようか。
こんなところもあるんだなあ。

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境内では、梅の花が咲いている。
紅梅、白梅、桃梅(?)と冷たい風のなかでゆれていた。
三寒四温といわれながら、こうして春にむかってゆく。

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今年は亥年、大きな絵馬がある。

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読書の傾向と対策
脳が脳のことを考えているのは、すこし不思議といえば不思議である。
ぼくが読む本の傾向は、そのままぼくの脳の癖をあらわしている。
癖は習慣を形成するのだろうか。そして習慣は無意識の行動を規定する?
ということは、自由でいるようでわが手のひらの上から出ることができないのか。
なにが楽しいことなのかは、人それぞれによって確かにちがう。
それが、ときに哀しいと思えるときもあったりするのである。
そんなことを考えつつ読書する、今日この頃である。

「進化しすぎた脳」池谷裕二 朝日出版社 ★★★★
『記憶というのは正確じゃダメで、あいまいであることが絶対必要。』
そうなんですよね、でないと髪形を変えただけで別人になる。
(まあ、そういうことを意図した変装もありますが…)
『下等な動物ほど記憶が正確でね、つまり融通が利かない。
しかも一回覚えた記憶がなかなか消えない。』
『記憶があいまいであることは応用という観点から重要なポイント。
人間の脳では記憶はほかの動物に例を見ないほどあいまいでいい加減なんだけど、
そこが人間の臨機応変な適応力の源にもなっているわけだ。』
というようなことで、人間は忘れる動物である。
記憶が消えない人もまれにはいるようで、その人の苦悩は果てしもない。
もの覚えが悪いのは、人間らしさの証明である、かもしれない。

「警視の不信」デボラ・クロンビー 講談社文庫 ★★★
すっかりおなじみになってしまったキンケイド警視と、ジェマ警部補のコンビ。
いまでは、ふたりの関係もまわりに認知されるにいたっている。
しかし、殺人事件はつぎつぎと起こるのである。
その事件のなかでジェマ警部補はつねに自問するのである。
『もしあのときこうしていたら』
次なる被害者を救えたかもしれない、と。
だれしもそう考えずにはいられない人生の節目がある。
こんな何気ないセリフに、ふと人生の無情を感じてしまうのだ。
こうしたところにも、このシリーズの人気の秘密があるのかもしれない。

「食のクオリア」茂木健一郎 青土社 ★★★★
最近はテレビでもよく見かけるが、筆者は脳科学者である。
赤いトマトの色と赤ピーマンとは同じ赤でも、そのクオリアがちがう。
クオリアとは、ぼくたちの感覚にともなう鮮やかな質感のことである。
ビロードの赤は、言葉では表わせないクオリアを想起させる。
「おいしい」と感じるのは、純粋に味覚だけの問題なのだろうか。
そこには、いろんな感覚が記憶がつながっているのである。
脳で食べるとは最近よく言われることである。
日常的な食べることのなかにも、複雑な要素が絡みあっている。
また、それが人生の味わいにも通じていることに気づかされるのだ。

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見る
こんな実験があります。

男性に、ある女性の同一の写真二枚を見せる。
一方は瞳孔をひろげるように修整してある。
じっと比べて見ても、ほとんどちがいが分からない。

「どちらの女性が魅力的ですか」
「魅力的だと思われる女性のほうの写真を選んでください」

と被験者の男性をうながす。

一瞬、同じ写真あるから迷ったような様子をみせる。
だが、確実に瞳孔のひらいた女性を選ぶ。

こんな実験をする前から、このような事実は知られていた。

イタリアの娼婦は、ある植物の液を薄めて点眼した。
すると瞳孔が拡大し、瞳を輝かせ魅力的になることを…。
それは、美しい淑女という意味でベラドンナと名づけられた。

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知る
人間の欲にはいろんなものがある。

食欲・性欲・睡眠欲などが基本的なものである。
しかし、それ以外にも種々の欲望が渦巻いている。

また人間には、知りたいという抑え難い欲求がある。
もちろん、芸能人のゴシップ(スキャンダルではないことが多い)や、
下世話な話題も含まれるのではあるのだが、ここでの話ではない。

知るためにすることといえば、情報収集がまっさきにうかぶ。
本を読む、論文を読む、インターネットで検索する等々…。

しかし、知るだけで疑うこともないことが多いのではないか。
科学というものは仮説である、という認識が必要だ。
よりうまく説明できる理論が生まれれば、先行した理論は破棄される。
さらに、科学的という名の下に多くの怪説が流布しているのである。

新たな発見、知見に出会うことは楽しいことなのではあるのだが…。

『世間の厄介なことは、人があまりに物事を知らないのではなく、
真実でないものをたくさん知りすぎていることだ。』
マーク・トゥエイン


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待つ
会社へ向かう途中、横断歩道で信号待ち。
気がつくと、待つ人たちの立ち位置がそれぞれ微妙にちがう。

歩道の一番前からさらに踏み出して待つ男性がいる。
いらいら感もあらわに、左右の信号をきょろきょろと見ている。
なにか急ぎの用でもあるあるのだろうか。

そういえば関西では信号のフライングは全国的にも有名である。

反対方向の信号が赤に変わるや否やくだんの男性は歩きだす。
まだ、右折可の矢印がついているのだが…。
たっぷり三秒ほども経過してから前方の信号は青になった。

そんな人たちの全体をながめられる位置で、ぼくは思う。
いろんな人たちがいるものだと。

こうした行動の理由は進化論的に説明できるという。

つまり時間感覚を少しでも早くとすることによって、
食料欠乏時代に適応してきた行動様式のなごりであると。

そこから進歩していない、ということなのか。

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選ぶ
ひさしぶりに昼食の弁当を買いにゆく。
数人のOL(職業婦人?)が品定めの真最中であった。

あれこれと目移りして、なかなか決めることができない。
いちど迷いだすとなかなか決断がつかないものだ。
それは自身の経験でよく分かっている。

迷っているうちに、決めなくてはという焦りがわいてくる。
焦れば焦るほど、よけいに迷うのもよくあることである。
そんなとき聞こえてくる言葉が決断を助ける。

「空揚げ、おいしそう」
「でも、コロッケも好きなの」
「わたしは、やっぱりエビフライよね」


やっぱり、また迷ってしまうのだ。
しかし、選べるということは幸せなことなのである。

かくして、幸せのベールをまとった弁当を買って、
鼻歌まじりに寒風のなかを歩いて事務所にもどる。

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バレンタイン・デイ
まだまだ続いているようです。
しかしながら、もうやめればという勢力も伸張気味。

会社から帰ったら、こんな包みがテーブルの上に。

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それで思い出したというようなわけです。

できうることなら、だれもが(もちろん男子ですが)、
楽しそうな顔でいられますように…。

ちなみに、これで確か二個目でしょうか。
(もちろん、長い人生においてであります)
(若い頃は、チョコレートなんか嫌いだと嘘ぶいておりました)
(ほんとうは、チョコレートは割合好きなのです)
(しかし、なんの因果かこういった事態になってしまった)
(まことに遺憾であります、早くやめていただきたい)

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ミケランジェロと玉三郎
ペットを飼う人が増えているようだ。
ふとそう思うと、こんな疑問がわきあがる。

では、ペットにどんなふうに名前をつけるのだろう。
この猫の名前はなんというのだろうか。
(この絵は、亡くなったKさんの残したもの)

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ぼんやりと考えていると、こんな会話を思い出した。

「我家にはね、二匹のねこがいるの」
「ねこ派、というわけですな」
「ふだんはね、ミケ、たま、ってよんでるわ」
「ということは…」
「ほんとうの名前があるのよ」
「フルネーム?」
「ミケランジェロと玉三郎」
「うーむ…」


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読むほどに
生きていると、嫌なこと、楽しいこと、辛いこと、思いがけないことなどに出会う。
出会わざるをえなかったんだ、そんな気分になることもあるものだ。
しかしながら、振り返ってみたときに、なぜあのときそこまで思いつめたのか。
不思議な気持ちがして、どう考えても理不尽な判断をしてしまった。
そういうことも多いものだ、人はそれを「若気の過ち」などという。
過ちであったのか、正しい道であったのか、…。
「若気の過ち」などと断じて切り捨てることが、人生の過ちであったかもしれない。

「心と認知の情報学」石川幹人 勁草書房 ★★★★
こころ、あるいは知能は作りだせるのか。
もしくは、その仕組はどのようになっており、解明することができるのか。
人工知能は(つまりはコンピュータのこと)、どこまで進んでいるか。
そこに立ちはだかるのは、「フレーム問題」なのです。
つまりは、「計算量の爆発」の問題は避けては通れない。
(つまり計算量が多くなりすぎて不可能、計算時間5000億年では意味がない)
ちなみに、新聞紙一枚を三十回折りたたむと(折りたためたとして)、
どのくらいの厚みになるのか。
その答えは、富士山よりも高くなる、である。
碁盤の目に一粒の米をおき、一マス毎に倍々にして最後はどうなるか、と同じだ。
このあたりは、経験的な感覚と、実際との開きが大きすぎて驚くのである。

「統合失調症あるいは精神分裂病」計見一雄 講談社選書メチエ ★★★★★
『精神分裂病、そしてその他の精神病は、ただの病気にすぎない。
だから侮りの対象にも、その反対の神秘化の対象にもするべきではない。
卑しむべきでも崇めるべきでもない。これは当然のことだ。
まして、この病気を扱う医者が人間の精神活動について何か特別の知識や
始動性を持つかのように錯覚するのは大いなる過ちである。』

そういえば、なにを血迷ったのかテレビで愚にもつかないことを言う精神科医がいる。
ほんとうに精神科医?、と思わせるような人も多いから困ったものだ。
しかし、なにが偉いのか、なんてことを考えるようではいけません。
どうすれば、偏見のない社会になるのか日夜実践している方もいるのである。
自分のできることを着実に行なう、これがまた至難の技(?)であろうか。

「他人を許せないサル」正高信男 講談社(ブルーバックス) ★★★★
『とりやサルたちの群れが森のなかで天敵に出会ったとしよう。
どうするかご存じだろうか?
身を隠すと答えると、大間違い。
反対に、敢えて身を相手にさらして、大騒ぎしてみせることの方が多い。
 どうしてだろうと、昔から動物学者は首をひねってきた。

 ところが、獲物を襲う方からすると、どうも話はそう単純ではないらしいのだ。
一見、手を伸ばせばすぐに捕らえられそうなところに、標的がたくさん出現すると、
かえって混乱するらしい。』
集中できないのであろう、と筆者はいう。
これは人も同じことかもしれない。
物質的には豊か(?)になって、さてこれからどうなるのか。

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自分探しの旅
それから、こういうのもありました。
ふつうに、自分自身を見つめ直すために、と言えばよいものを。
「自分探しの旅にでます」だなんて、言うのもあります。

「ほー、探すほどのものがあるのかなあ」
「探すってのは、もともとあったということだよね」
などと憎まれ口のひとつもたたきたくなってしまう。

こういうことを言う裏には、
「いまの自分は本来(?)の自分ではない。」
「ほんとうはもっと高級(?)なんだ。」

などと思っているようなのである。

そう自分を慰めているだけなら、まあそれでもいいかとも思う。
だが、すこしでも揶揄しようものなら、眉根吊り上げて怒る怒る。
これは冗談ではなく真剣にそう考えてるんだ、としか思えない。
その真剣さ(余裕のなさ)が、心配なのである。

しかしながら、自分を探しあてました、
と話す人に出会ったことは、未だないのである。

自分にご褒美
「頑張った自分にご褒美」などと、最近よく聞きます。
はじめて聞いたときには、ぞっとしました。

これって、独り言なんでしょう。
口に出して言うべきことではないだろう。
ぼくなんか、そう思うのですが…。

しかしまあ考えてみれば、自己との対話ができている。
そう言えないこともない、のである。

似たような言葉に、
「頑張った自分を褒めてあげたい」
などというのがありました。

これも聞いたとき、妙にしらけた気分になったものです。
一体全体、だれが褒めるんだよ。
黙って噛みしめていろよ、などと思いました。

これって、「自画自賛」では?



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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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