ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
08 | 2007/09 | 10
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

なにげない読書
いまどきのことばでいえば、「なにげに読書」とでもなるのだろうか。
「なにげない」、から「なにげ」へと変化してゆく若者ことばは興味深い。
ただ単に短く発音するだけでなく、「なにげ」はどこか「はかなげ」に似ている。
脱力感をもあわせもったような「なにげ」に、若者の共感がよせられているのだろうか。
「なにげ」は彼らをとりまく雰囲気を表現してるように思うのは、考えすぎだろうか。

「斑猫の宿」 奥本大三郎 JTB ★★★★
斑猫って、ちょっと読めないかな。
ぶちねこ、ではありません、はんみょう、という虫です。
奥本先生の文章いいですねえ、ひょうひょうとしていて。
虫屋さんでは、養老孟司、池田清彦両氏の本も好きですよ。
『漁港だからトビと猫が多い。
多いというより猫だらけで、その猫がみんな小柄で人相が悪いのである。
「チョッチョッ」と呼んでみると、「何だこいつ」という顔で、
油断なくこっちの顔をを見る。
しかも、いつでも逃げられるように腰を引いている。
余所者に対して警戒心が強い。
親猫がそんなだから、子猫も同じ態度である。
つくづく家庭教育というものは大切だと思う。』

そんな光景に出くわしたことあるなあ、ハッハッハッ。

「指からウロコ」 和田誠 白水社 ★★★
とぼけたような、懐かしいようなタッチのイラストで有名です。
いろんなところに書いたエッセイなどだが、映画のことが多く書かれている。
ぼくはあまり映画は見ない、といって映画が嫌いなわけではない。
理由といってとりたてた思い当たらないのだが、
暗いところで長時間じっとしているのが苦痛である。
おまけに女性と一緒だったりしたら、これは耐え難い苦行になるだろう(笑)。
だから、映画館に出かけてゆくことが極端に少ないのである。
本文中に、ナット・キング・コールの娘ナタリー・コールのことが書いてあった。
いまはなぜだか忘れてしまったが、彼女のレコードを持っていた。
昔のことって、反芻して記憶にとどまってゆくってのはそのとおりだなあ。

「怒る技術」 中島義道 PHP研究所 ★★★★
ひさしぶりに中島先生の哲学論を拝読する。
『怒りといってもさまざまな種類がありますが、社会的に公認された怒りをもつのは
とても気楽なことであり、こうした怒りは、うさ晴らしにはなりますが、
あなたを根本において鍛えてはくれない。
中高年のサラリーマンに多いのですが、政治家の無策に怒り、官僚の無能に怒り、
不景気に怒り、若者の無気力に怒り、少女の性の乱れに怒り、子供の学力低下に怒り、
……と社会的怒りをたえず表明している。』
『私がこうした怒りに価値をおかないのは、そこには何の危ういところもないからです』
そうですね、自分は常に問題の外にいる、という意識ですから。
『相手に怒りを伝えることは、相手の怒りを受けとめることと対をなしている。』
『あなたは相手の語る内容を承認しなくてもいい。
しかし、相手が「語ること」それ自体を承認しなければならない。』

怒るときにも、冷静な判断力をもたなければならない。
実践するにはなかなかむずかしいですが、すこしでもできるようにしたいものです。

スポンサーサイト

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

タイ旅行・人びと編
観光地にはお土産を売る店がずらりと並んでいます。
さらに、必ずお土産売りの人びとが大勢います。
「さんこ、しぇんえん」などと観光客にまとわりつき連呼しています。
(顔を入れる記念撮影用看板にご注意、後で料金を請求されます)
(もちろん、下のほうに金額が書かれています、40バーツなどと)

寺院の修復作業もゆったりと(?)行なわれています。

20070928225807.jpg

道端ではいろんなものを売っています。
絵葉書、扇子、木彫りの象、なかにはハンモックなどもありました。

この子どもたちが売ってるのは、葉っぱで作ったバッタです。
つまらなさそうに道端にしゃがんでいました。
疲れたのかもしれません、なにせ暑いのですから。

20070928225834.jpg

20070928225847.jpg

道路のいたるところに屋台がでています。
やっぱり食べ物関係が多いのです。
タイでは食事のほとんど外食という家庭も珍しくないとか。
そのせいもあって、安くておいしい店が多いそうです。
今回はその時間などなくて、返す返すも残念でした。

20070928225903.jpg

最終日に食事したバンコクのレストランの従業員のみなさん。
無理を言って写真撮らせてもらいました。
あかるい笑顔は、旅行者を楽しくしてくれます。

20070928225920.jpg

またいつの日か、タイに来ることがあるのだろうか。

テーマ:タイ - ジャンル:旅行

タイ旅行・乗り物編
タクシーは色が鮮やかです。
見かけたほとんどが、トヨタ車(カローラ)でした。

20070927215849.jpg

ほかに走っている車もほとんどが日本車です。
トヨタ・ホンダ・ニッサン・スズキ・ミツビシ…。
ほぼ八割以上でしょう、とのガイドさんの話でした。

有名な「トゥク・トゥク」もエンジン部分はダイハツ製だということです。

20070927215903.jpg

バンコク市内は車が多くていたるところで渋滞しています。
おまけに信号が少なくて、交差点などは見ていてひやっとします。
車検制度もないということなので、けっこう古い車も走っています。
おまけに荷台にも人がたくさん乗っています。

もちろん、バイクも多いです。
二人、三人(親子が多いですね)もあたりまえ状態。

もう一方の交通手段が船です。
ホテル横に船着場があり、満杯の通勤者を運んでいます。
船が着くと、どっと人びとが降りてきます。

20070927220002.jpg

20070927220025.jpg

アユタヤには、チャオプラヤ川を船で遡って行きました。
水は有馬温泉の金泉の色でした。
澄んだ水の色になることはないようです。

20070927220057.jpg

20070927220120.jpg

川岸に沿って、多くの家が立ち並んでいます。
この川で洗濯している姿をたびたび見かけました。
洗濯物に色つかないのか、と心配してしまいます。
生活の場としての川の重要性がまじかに見ることができます。

20070928225118.jpg


テーマ:タイ - ジャンル:旅行

タイ旅行・寺院編
ここは三島由紀夫の小説にもなった「暁の寺」。
急な階段を昇って、塔の上まで行ってみました。
眺望はいいし、風が吹いて涼しく感じました。

20070927191349.jpg

20070927191409.jpg

しかし、昇るのはいいですが降りるときが大変でした。
急なので下を見ると眼がくらむし、膝ががくがくしてきます。

20070927191424.jpg

王宮とエメラルド寺院にも行きました。
色彩が日本のお寺とはまったくちがっています。

20070927191438.jpg

20070927191451.jpg

20070927191506.jpg

アユタヤ朝の世界遺産は、さすがに一見の価値があります。
ビルマに攻められて焼き払われた跡がいたるところに残っています。
建物は木造部分がすべて焼失しています。
レンガ積みの壁などが残っているにすぎません。

20070927191532.jpg

20070927191546.jpg

仏像はほとんどが首から上がありません。
切り取られて持ち去られたのです。

20070927191600.jpg

これは持ち帰り忘れて、そのまわりに根が張った有名な仏像の首。
なんだかその表情が、怨念に燃えているようにも見えてきます。

20070927191619.jpg

20070927191633.jpg

20070927191648.jpg


テーマ:タイ - ジャンル:旅行

タイ旅行・ホテル編
ホテルは「ロイヤル・オーキッド・シェラトンH」。
ネットで見ると、なんと★★★★★です。
28階建ての高層ホテル、泊まった部屋は12階でした。
眼下にチャオプラヤ川の濁った流れが見えます。

20070926214912.jpg

20070926214948.jpg

20070926215008.jpg

部屋にはパソコンもできる液晶テレビ(32インチくらいかな)です。
NHKの日本語放送が見ることができます。

20070926215023.jpg

広くて清潔で、ベッドも大きくてゆったりできます。
台湾で泊まったホテルとは雲泥の差がありました。
しかしながら、すこし落ち着かない気分でもあります。

朝食のダイニングも広くて多くの人でにぎわってました。
西洋人の宿泊客も多いです。
もちろん食事はバイキングスタイル。

20070926215047.jpg

ホテルのすぐ横では、のんびり釣りなどやってます。

20070926215119.jpg

近くのコンビニへビールを買いに行ったりします。
もちろん地元タイの「SINGHA(シンハ)」ビールを飲みます。
あっさりとした軽いタッチの味、缶ビールは30バーツ。
コンビニはほとんどが「セブン・イレブン」でした。
一軒、ファミリーマートも見かけましたが。

20070926215136.jpg


テーマ:タイ - ジャンル:旅行

タイ旅行・航空機編
先週の21日から24日まで社員旅行でタイに行ってきました。
こうした旅行に参加するのも五年ぶりになります。

関空から飛行機で5時間ほどです。
もちろん乗るのはタイ航空です。

20070925221655.jpg

行きの機内食は昼食でチキンカリーです。
白ワインのサービスを3杯飲んでしまいました。
帰りは朝食、やっぱりアジアの香りがしますね。

20070925221725.jpg

20070925221807.jpg

ウエルカムの花がきれいですね。
(これはなんの花でしたっけ)

20070925221828.jpg

タイは仏教国です。
空港でもこうしてお供えしてお参りしていました。

20070925221848.jpg


テーマ:タイ - ジャンル:旅行

読めば、秋さやけき
朝夕も涼しくなって、虫の音も種類が変化してきます。
といって、あの音はなんの虫とはなかなか言えないのではありますが。
秋といえば、食欲、運動、芸術とならんで読書が冠になるようです。
しかし、最近のこどもは本を読まなくなった、と嘆く方もおられるようです。
そうれはしかたのないことでしょう、だって親が読まないのですから。
こどもは言われたことより、親の背中をみて育つ、これは常識であります。

「男の嫉妬」 山本博文 ちくま新書 ★★★
武士の嫉妬を論じたものである。
他人の出世に対する嫉みのようなことを、ですね。
『葉隠』の筆者、山本常朝(佐賀藩士)を論断しております。
「武士道と云は、死ぬ事と見付けたり」という言葉はあまりに有名です。
しかし内容はというと、赤穂浪士にたいする妬みがある。
当時の多くの武士が共感し賛美したからか、浪士たちを難じた。
で、彼はというと、まったく逆の人生を生きた(死ななかった?)ようであります。
彼は武士といってもお小姓あがりですから、武道は苦手かも知れません。
もちろん武士といっても戦国時代と江戸時代ではその意味もちがってきます。
どんな世界でも嫉妬心はある、ということなのでしょう。

「「痛い」「だるい」は生活習慣病のサイン」 西沢良記 講談社+α新書 ★★★
健康保険組合からだったかな、とにかく貰った本で忘れていた。
ちょうど手元に読むものがなくなって、しかたなく(?)読んだ本です。
『尿として一日に一・五リットルほどの水が排泄されるが、
腎臓の糸球体では一日に一五〇リットルの水が濾過されている。これを原尿という。
ここから必要な水、ミネラルや種々の物質が尿細管で再吸収され、
原尿の一パーセントだけが排泄される。
水分の濾過量が少ないと、この再吸収にエネルギーが費やされ、
それだけより強力に腎臓が酷使される。
一見、逆のようだが、水分摂取が多いほうがより腎臓保護になるわけだ。』
なるほど、読んでよかったなあ。

「乗る旅・読む旅」 宮脇俊三 JTB ★★★
駅名が突如変更されて、陳腐(?)な駅名になってしまうことがよくある。
『この駅は一九五六年に改称されるまでは「沓掛」だった。
中仙道の宿場で、長谷川伸の『沓掛時次郎』の舞台にもなった。
それが不動産会社の力で「中軽井沢」となり、軽井沢の新しい拠点として賑わった。』
しかししかし、時代は下って新幹線が開業されるとローカル鉄道の駅に転落する。
『中軽井沢なんていう欲のからんだ駅名を捨て、「沓掛」に戻したらよいと思う。
中軽井沢には行きたくないが、沓掛ならば行きたくなる。』
いまは、山陽本線の「新倉敷」も以前は「玉島」だったなあ。
山陰線の「倉吉」も新駅ができたのかと思ったら、「上井」からの改称だった。
ちょうど小京都ブームの頃だったのかな、なんだか嫌な気がしたことを憶えている。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

たまにはバーで
最近は、外で飲むことが少なくなった。
酔って帰ると、叱られるというわけではない。
愛妻家だから早く家に帰りたい、というのでもない。

なんとなく、億劫なのだ。
もともと、わいわいと騒ぎながら飲むのを好まない。
ということでもないのだが、ひとりで飲むことが多かった。

20070919223617.jpg

だれでもそうだろうけど、最初はひとりで飲み屋に入れなかった。
ましてや通りがかりに、などということはとんでもなかった。
しかし、これも慣れあるいは場数の問題なのである。

いつか、旅先でもふらっと暖簾をくぐるようになった。

読めば読むほどに
あれはどうなっていたのかなあ、などと思いながら読んでいる。
文中にでてきた書名などが過去に読んだことがあるとなおさらである。
はっきりと記憶していることは少なくて、そういわれればということが多い。
こういうものの価値などいうものははなはだ世間に通用しにくい。
なぜ、どうしてそれが、など説明できるものではない。
なにせ、損だとか得だとかとはかけ離れた体系に属しているのであるから。

「奇想科学の冒険」 長山靖生 平凡社新書 ★★★
時代の変化が激しかった明治から昭和にかけてのこと。
この時期、理想社会の実現目指して科学や発明に熱中した人びとがいた。
文学の世界でも、理想社会を描いた空想的な小説も多く発表された。
いまにしておもえば、珍奇にも思えるのだが近代の芽吹きでもあった。
そんななかでも、村井弦斎の「食道楽」が興味を引く。
これはラブロマンス含みのユーモラスに食生活の改良を説いたもの。
もちろん、昨今のグルメ本の類にはあらず。
『帝国ホテルの名物料理長だった村上信夫氏は、
修業時代に『食道楽』を読んで大いに勉強になり、
その後も時々読み直しては示唆を得たと語っていた。』
幸い、岩波文庫にもはいっているというのでいちど読んでみよう。

「殺しの仮面」(上)(下) ヴァル・マクダーミド 集英社文庫 ★★★
前作で身も心も深い傷を負ってしまったキャロル警部。
そして心理分析官トニーとのコンビが復活するシリーズものの最新作。
二つの凶悪事件、幼児誘拐殺人と娼婦惨殺事件を手がけるチームのトップになる。
しかし、解決への道筋は遅々としてすすまない。
キャロルはなんども自信を喪いそうになりながらも、トニーの強力を得て…。
いっとき、後催眠暗示などといったことが冒険小説などに現れたことがあった。
そんなことを思い出させる最後だったが、いままでの作品と較べるとすこし物足りない。
事件の解決手法よりも、キャロルとトニーの心理葛藤に重点が置かれ過ぎか。

「君子の交わり、小人の交わり」 養老孟司+王敏 中公新書ラクレ ★★★★
今回は中国の王敏(ワン ミン)さんとの対話。
日本には思想がないのではなく、「無思想」なのであると養老氏は言います。
『日本以外の国は基本的に全部、中国を含めて「有思想」なんです。
思想がある社会は、歴史に現在が介入して当然。
歴史は事実じゃなく思想だから。
「歴史はこうこうだった」と言うのは、明らかに思想なんです。』
歴史は客観的には記述できない、ということが分からない輩が多い。
そもそも客観と主観がそう判然と別れているわけでもない。
しかしこの世のなかには、客観至上主義みたいな御仁がいるのである。
『僕は、靖国神社問題でもそれを言ったのですが、あれをいま消してしまうと、
それこそ若い人は戦争自体を忘れてしまうんじゃないのか、と危惧しています。』
日本人はつい、すべてを水に流して、としたくなってしまう。
なにかを忘れないために、物(靖国神社)を残すことも必要なことです。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

虫屋
虫好きの人は、こう自称するそうです。
なにも、虫を売っているわけではないのです。
どちらかというと、買うことのほうが多いらしい(標本を)。

虫のためなら(昆虫採集のためなら)どんな苦労もいとわない。
泊まるところがどうだとか、食べ物がまずいだとか関係ないのである。
どんな僻地であろうが珍種がいるらしいと聞くと、居ても立ってもいられない。

有名な虫屋では、養老孟司さんがいます。
なにかの本で読んでいたら、鳩山邦夫氏も虫屋だとか…。
大きな会社の社長さんなどにも多いらしい。
(「釣りバカ日誌」のスーさんのような人かな)

どんな趣味でも同じようであるが、同好の士というのは不思議なもの。
それが分かれば、たちまちにして千年の知己となる。

そんな感覚、わからない人には説明するすべもないのである。

ナイトリーダー
日暮れて一日の労働を終え、夕食のあとのひとときに机に向かう。
スタンドの明かりに照らされた机の上に一冊の本がある。
ふとかたわらの本棚を眺めやれば懐かしい書名も多く、読んだ頃の記憶がよみがえる。
めがしらを揉みながら、あの本はどこに仕舞ったのだろうと思う。
窓の外の闇に眼を凝らせば、月明かりのなか影になった木の葉がふるえる。
そしてふたたび書物の森のなかへと、帰ってゆくのである。
と、このように思うだけで現実はまた別の姿をあらわすことのほうが多い(?)。

「エンジェルズ・フライト」(上)(下) マイクル・コナリー 扶桑社文庫 ★★★★
題名の「エンジェルズ・フライト」とはLAのダウンタウンにあるケーブルカーのこと。
その頂上駅で男と女の惨殺死体が発見された。
男は高名な弁護士、それも警察と敵対するような辣腕をふるっていた。
彼はなぜ、だれに殺されたのか。
ボッシュ刑事シリーズものなのであるが、相変わらずうまいものだ。
最後に、犯人がわかるわけだが、そのあたりは読んでのお楽しみというところ。
しかし、人の欲望、嫉妬などというものは恐ろしいものなのである。

「知恵の悲しみの時代」 長田弘 みすず書房 ★★★
『昭和の戦争の時代を、「知恵の悲しみの時代」として、
その時代に遺された本を通して書くこと。』と、あとがきにあります。
筆者の詩を多くは読んでいませんが、詩人であることは知っております。
『二十世紀の百年は、年月日がとりわけ重要な意味をもった百年。
なかでも年月日がそのまま歴史の状況を刻んだのは、
二十世紀に興って亡んだ旧ソヴェト・ロシアの七十年で、
ロシア革命(一九一七年)からソヴェト崩壊(一九九一年)にいたる旧ソヴェト・ロシア時代は、
ほとんど年月日の歴史と言っていいのかもしれません。』
ソヴェトは流星のように現れて、あっというまに消えていきましたね。

「ラスト・コヨーテ」(上)(下) マイクル・コナリー 扶桑社文庫 ★★★★
ボッシュ刑事シリーズ第4作、彼は意に沿わない休職の命令を受ける。
そんな中、夜自宅に帰る途中に蒼いコヨーテの姿を見る。
休めといわれても休めない、ある時期の日本のサラリーマンみたいですが…。
そんなとき、彼の母親が殺された未解決事件のファイルを手にする。
母親の娼婦であったマージョリー・ロウが殺されたのは彼が11歳のとき。
この事件を調べていくうちに、次々といろんなことが明らかになっていく。
彼が呟くことば、
『どんな人間でも価値がある。さもなければ、だれも価値がない』
生きていく上での、ボッシュの信条なのである。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

稲とスズメ
アイガモが卒業した田んぼの脇を通って駅へと向かう。
(アイガモは成長して、いまや近くのネットで囲われた小屋へ)

この栽培された稲田風景が、自然であるかどうかは別にして、
近くの電柱の支線に、スズメが数羽とまっている。
あたかも、成長する稲の穂を値踏みするように。

まだ穂が充分には実っていないのだろう。
空に向かって真直ぐにのびている。
となりの田んぼの稲は、やや頭を垂れている。

スズメも食べごろを見極めているのだろうか。
減農薬のお米はうまい、とスズメは知っているようだ。

しかし、これからヒトとの熾烈な(?)知恵比べがまっている。

かたわらを、スイスイとシオカラトンボが飛んでゆく。
アキアカネはまだ見かけないな。

ひとりツッコミ
では、多少実際とはちがっていますが、こんなふうに。


「今晩、なにが食べたい」
(さっさと言わんかいボケ・カス、こっちは忙しいんや)


「なんでも、いいよ」
(なにがって、言うたらなんでもできるんかいな)


「なんでもいいって、困ったわねえ」
(ああ面倒臭いなあ、もう)


「そうや、メンチカツが食べたいなぁ」
(いまから作る気ないんやろけどなあ)


「それは無理よ、ミンチ肉ないもの、ごめんね」
(そんなもんできるわけないやろ、材料ないやんか)


「それなら、しかたないな」
(そんなら最初から聞くなちゅうねん、このボケ・カス)


「あるもので作るわね」
(文句言わんと食べや)


などと、なごやかな会話(?)は続いてゆくのであった。
(かっこ部分も発言するわけですね、芝居がかって)
(『ボケ・カス』は慣用語とお考えください)
(関西ではよく言う、『早よ、屁えこいて寝え』と同じようなものです)

コミュニケーションの円滑化にいかがでしょうか。

※なお、ご利用は計画的に!

本音トーク?
人は生きていくうえでなにに悩むことが多いのか。
それは社会的動物ゆえの宿命かもしれないが、人間関係なのだ。
転職のきっかけも最近の調査結果ではこれがいちばんだという。

社会生活と大上段にふりかぶらなくても、家庭でもこれは同じこと。
「親しき仲に礼儀あり」ではあるのだが、本音トークが必要なのだろう。
話せば分かるというものではないが、話さないと見えてこないことも多い。

しかし、ズバリ核心を突いたもの言いは、なかなかむずかしい。
であるから、相手がこころで思っていることを先回りして言うのはどうだろう。

自分のセリフではないから、案外と言い易い。
相手の立場で、好き勝手なことを言うのである。
オブラートに包んだようなことばでは効果があがらない。


多少ガラの悪いもの言いのほうがいいかもしれない。
わが家では、しばしば実践している。

では、実際はどんなふうに?
それは、明日ということで。

(しかし、会話も書くとなるとむずかしいな)


夏と読書
真夏の夜の怪談話、それが涼味を感じさせるのはなにゆえなのか。
ぞっとする感覚と、寒い感じは似ているのである。
そういえば、熱いと感じるのと、痛い感覚は区別できないことがある。
はやく涼しい秋が来ればいいのにと思いながら、
ミステリを読んで背筋にひんやりとした感触をおぼえるのである。

「凍れる森」 C.J.ボックス 講談社文庫 ★★★
猟区管理官ジョー・ピケットを主人公にするというちょっと変わった設定のミステリ。
今回、ピケットはエルクの大量殺戮現場に遭遇する。
さらに違法ハンターを追い詰めるが、死体となっているところを発見する。
この事件をきっかけにいろんな出来事が起こってゆく。
森林局の冷徹なキャリア・ウーマンのメリンダ・ストリックランド、
そして好戦的なFBI捜査官があらわれる。
さらには誤認逮捕されたと主張するネイト・ロマノウスキ。
彼はジョーに助けを求めた、さてどうなってゆくのか。
しかし、いつの世も嫌なやつというのはいるものだ。
事件をどう解決にもってゆくかというだけではなく、
主人公の生き方を鮮やかに描けるか、というのも作家の腕ではないだろうか。

「ナンセンス・カタログ」 谷川俊太郎+和田誠 ちくま文庫 ★★★
本のカバーについての一文、ちょっとおもしろい。
なぜ日本人は本にカバーをかけるのだろう、などと言った後で。
『読書家ぞろいのくせに、日本人は自分の読む本に自信がなにのかね、
読む本もプライバシーに属するって感じかたは、
一考すべき余地のあることは認めるけど、
じゃポルノ週刊誌には何故カバーかけないの?
わたしは、もちろんカバーかける派であります(ポルノ週刊誌じゃないですよ)。
最近は図書館で借りることが多いので、とくに注意して汚さないように。

「セミたちと温暖化」 日高敏隆 新潮社 ★★★★
日高先生の本を見かけたので、ひさしぶりに読んでみる。
昆虫が先生の専門ではあるが、しかし動物の話は読んでいて楽しい。
しかし、ここでは名前についての話を紹介しておこう。
『…そのころマレーシアのマラヤ大学から京大のぼくの研究室に留学した、
動物行動学志望のファウジアという大学院生と一緒に、この虫の研究を始めることにした。
 ファウジアの名をちゃんと書けばファウジア・ビンテ・アブドゥラ
(Fauziah Binte Abdullah)となる。
気の早い人はアブドゥラが姓で、ビンテはミドル・ネームだと思うだろう。
 けれどもまったくそうではない。ファウジアは彼女自身の名。
アブドゥラは父親の個人名。ビンテは~の娘という意味の語。
つまりアブドゥラの娘、ファウジアということである。
彼女の子どもは父親の名が変わる。どこにも家族の姓などというものはない。
それを日本では、書類に姓と名を分けて書くようになっているので、
ファウジアはいつも困っていた。』

こんなことって、けっこうあるのではないですか。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

08 | 2007/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー