ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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ワンダーランド
『都会は住む人にとって、喧噪渦巻くワンダーランドである。』
以前、なにかにこう書かれていたのを読んだことがある、ような気がする(笑)。

屹立するビルディングの窓に映るものがある。
都会がジャングルならば、そこに生息するものはなんだろう。

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「あれって、なんだか動物に見えない?」
「それなら、シマウマでしょう」
「ぼくには、キリンに見えるなだがなあ」
「麒麟のこと?」
「ジラフ…」
「ぜったい、縞馬よ、ゼブラ」

ヒトはときに、見えるものではなく、見たいものを見るというのである。

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ピンクリボン・ウォーク
「昨年も参加したんだけど、一緒に歩きませんか」
とのお誘いを受けて、ウォーキングイベントに昨日行ってきました。

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オープニングイベントには荻原次晴さんと小谷実可子さんがいましたね。
別に写真など撮る気はなかったのですが…。
逆にそのカードをもっている若い女性に、あなたを撮らしてと言うと、
思い切り引かれてしまいました。
(横で、NまるさんとF先生が笑っておりました)

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さて思いのほか快晴で暑いくらいの天気、半袖でもよかったですね。
10kmの部なので、北野坂から風見鶏の館、トアロード、関帝廟へ。
大倉山の公園でひと休みして、木陰で持参したおにぎりを食べました。

さらに、湊川神社からハーバーランドを経て元町商店街を抜け、
ルミナリエ通り(というらしい?知らんな)を通過してふたたび東遊園地へ。

ここで、仕事などあってウォークには参加できなかったI君とTDさんも合流。
会場で、乳がんの触診モデルで、すこし啓発などされました。

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そして、最後はいっぱいやりながら、思い出話などすこし(?)。
やっぱり、思い出しますねKさんのことを。
彼女も乳がんで亡くなりました。
あれからもう四年が経っています。

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読み止め薬
読みだしたら途中でやめることは、なかなかむずかしい。
読めば読むほどに興味をかきたてられる。
なんというのか、寝食を忘れるというような状態なのだろうか。
なにがおもしろいのかは、本人のみぞ知る。
しかしながら、ふとビールなり焼酎なりが飲みたくなるのは、天性(?)のものか。
それとも、読書に備わった摩訶不思議なる属性なるや。
どなたか飲めばぴたりとやまる薬効あらたかなる霊薬を、ご存知あるまいか。

「失語の国のオペラ指揮者」 ハロルド・クローアンズ 早川書房 ★★★★
パーキンソン病をオリヴァー・サックスの本(「レナードの朝」)で知った。
同じくクローアンズも臨床神経科医である。
世のなかには不思議な症状の患者さんがいる。
ことに失語症というのは不思議な病気であり、おもに脳機能障害が原因だ。
読んで意味は分かるが、しゃべることはできない。
しゃべることはできるが、その言葉は意味をなしていない。
言語機能関連の脳障害に関するエピソードを読みながらいつも考える。
意識とかこころとかいうものは、脳の機能である。
機能というのは、物を指すわけではない。
例えば血液の循環というとき、血液は見えるが、循環はものとして見えない。
あたりまえといえば、あたりまえなのだが、ときとして忘れている。
忘れた上での議論はかみあわない。
そんなことって、世のなかには多いのではないかとよく思う。
日本語の書名は全失語に陥った指揮者のエピソードからとっている。
つまり、話せないのだが、オーケストラの指揮はできるのである。
脳ってなかなか分からないことが多い。まあ、女性もそうですが…。

「99.9%は仮説」 竹内薫 光文社新書 ★★★★
『科学は絶対的なものごとの基準ではありません。
あくまでも、ひとつの見方にすぎないのです。』
『リチャード・ファインマンのことば「科学はすべて近似にすぎない」』
そうなのだ、仮説なのだ、ということが分からない人があまりに多い。
いまでは、科学的にといえば、それが水戸黄門の印籠でもあるかのようだ。
もちろん、アインシュタインの相対性原理だって仮説なのだ。
そのことは、アインシュタインだってよく知っていた。
でも、なにがほんとうなの?という問いを人びとは発する。
なにごとにも必ずひとつ正しい答がある、とでも思っているのだろうか。
これは、○×方式に馴らされた現代日本の病理(おおげさか?)かも知れないな。
『もともと西洋では、科学の前身は哲学でした。』
科学者が哲学をもたないことを誇る(?)日本では理解できないのかもしれない。
相対性原理にでてくるのだが、時間だって同じことなのだ。
『人間の数だけ味覚があるのと同じで、人間の数だけ時間があるんです。』
それにソルジェニーツィンだってこう書いている。
「人間の数だけ人生がある」


「幻惑されて」(上)(下) ロバート・ゴダード 講談社文庫 ★★★
時は1981年、主人公のアンバーはオックスフォードで、
18世紀の謎の投書家ジュニアスの研究をしていた。
ある日、彼はグリフィンと名乗る男にエイヴバリーという遺跡に呼び出される。
そこで彼は幼い子供の誘拐事件に遭遇するのである。
そして事件は一応の解決をみて、それから23年の年月が経過する。
いまはプラハに住む彼のもとに、当時のすでに定年退職した捜査官が突然訪れる。
その事件にはなにか真相があると匂わせる手紙をもらったのである。
こうして事件は意外な展開を見せてゆくのである。
ロバート・ゴダードのミステリは常に衒学趣味的である、と思う。
こういうことに興味のある人はいいが、ぼくにはやや鼻につく。
しかし、一流の書き手であるということは認めなければならない。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

猫のきき
物憂げに目ヤニのついた眼でぼくを見あげる。
洗面台で髭を剃るぼくの脚に頭を擦りつけて挨拶する。
なんだと見下ろすと、「にゃ~」とちいさく鳴く。

ダイニングに移動すると、いそいでついてくる。
ついてこないなと思ったら、浴室で蛇口の水をなめている。
のぞくと、こっちを向いて、また「にゃ~」と鳴く。

今朝、起きだしたTが戻ってきて、
「きーちゃん亡くなった、冷たくなってる」
「そうか…」
黙って部屋をでていった。

十八年を生きてきた。
猫にしてはよく生きたか…。

ききは手足を伸ばして横たわっていた。
あたかも、天翔るかのように。


ラベンダー・スーツ
朝の地下鉄の上りエスカレータに乗ったとき。
なにげなく前の人のパンツをみると、薄いラベンダー色だった。
若い人なのかなと思って見上げると、中年過ぎの男だった。

スーツの上衣は、やや色が褪せ加減だ。
上下でグラデーションをなしている。
くたびれた黒い縦型のショルダーバッグを肩にかけていた。

エスカレータを降りたところで、
しばらく去ってゆく彼の後姿をながめていた。

多くの人びとが行き交うなかで、彼のスーツはめだっていた。
そのことが、なぜかぼくのこころをやるせなくした。

どんな気持ちで、彼はあのスーツを選んだのか。
彼の妻はなんと言ったのだろうか。
こどもたちの意見は、どんなものだったのだろう。

なぜか彼が都会に住む隠者のように思えてきた。

ガラスのマウスパッド
Tが久方ぶりにガラス研磨の機械を動かしているようだった。

「頼まれものは、もう仕上がったのかい」
「それが、なかなかなのよ」
「ふーん、そうか…」

部屋には、デザイン画が散らばっていた。

しばらくして、帰宅したときのこと。

「もう終わった?」
「なんとかね、へへへ」
「まあ、ひと安心だな」

部屋に上がって、パソコンをつけようとすると、
机の上に、こんなものが置いてあった。

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「ありがとう」

読めど尽きない
図書館の書棚の前で、もしこれらの書籍をすべて読んでしまったら…。
などとつまらないことを考えることがある。
一日に一冊読むとしても、一年では365冊でしかない。
五十年だとしても、わずか18250冊を数えるばかりだ。

そう思うと、なにを読むのかということはおおいなる問題ではある。

「日本人はなぜかくも卑屈になったのか」 岸田秀・小滝透 飛鳥新社 ★★★★
岸田氏いわく
『武士道は武士が戦さをしなくなってからできた道徳だと言われています』
そうですねえ、平和になったから形式をいうようになったのでしょう。
でなければ、武士の存在価値がない(戦さがないのですから)。
戦国時代では、大上段に言えばいかに勝つかしかなかった。
負けは死を意味するのであるから、生き抜かねばならない。
『日本軍では大して具体的戦果をあげられなかったときには、
「敵の心胆を寒からしめた」と言うのが慣例でした』
ものは言いようであり、取り繕うことはよくあることである。
『ニーチェの言葉に「怪物と戦うときには、自分が怪物にならないように気をつけろ」』
と小滝氏は語る。
「ミイラ取りがミイラになる」と同じことを言っているのである。
しかし、怪物と戦うような日本人が少なくなってしまった、のであろうか。

「応酬」 ポール・リンゼイ 講談社文庫 ★★★
ミステリに登場するのは、警察官、探偵、FBI捜査官が多い。
ここでも登場するのは、FBI捜査官のニック・ヴァンコーである。
彼が率いる班は、はみ出し者、問題を抱えた捜査官が集まっている。
というよりは、そういった捜査官の吹き溜まり状態を呈しているのである。
ミステリに登場するFBI捜査官は、どちらかというとはみ出し者が多い。
法のみでは裁けないものがある、ということなのであろうか。
人を人が裁くということはむずかしいことなのだ、ということが分かる。
真犯人が現れたとき、そのことが白日の下にさらされるのだ。

「幕末気分」 野口武彦 講談社 ★★★
太平の鎖国時代から、黒船襲来により開国せざるを得ない時へと。
歴史年表の上にはけっして現れない市井の様子などを活写している。
『武士の集団戦闘は、百六十年前の赤穂浪士の
吉良邸討入このかた地を払ってなかった。
その後を見れば、桜田門外の変は血なまぐさい幕末暗殺史の幕を開けた。
テロリズムの言語は常に「問答無用」である』
「問答無用」と武士道、そして男は黙って…。
なにか符合するように思うのは、考えすぎなのだろうか。
『あらかたの読者は、「四谷怪談」は「忠臣蔵」の最大の、
そしておそらく最良のパロディ狂言であり、
文政八年(一八二五)七月の初演時には、二日がかりで「忠臣蔵」十一段と
「四谷怪談」五幕とを入れ違いに上演したことをご存知だと思う。
「忠臣蔵」は表、「四谷怪談」は裏の世界であり、
民谷伊右衛門は敵討からの脱落者なのである』

そうでした、すっかり忘れておりました。
歌舞伎はパロディのオンパレードですものねえ。
その精神をなくしては、もう歌舞伎とはいえない(?)。

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コスモス
コスモスといえば、いまでは誰でも「秋桜」という漢字を思い浮かべる。
きっと山口百恵の歌のせいだろう。
しかしながら、どうして秋の桜などという字が当てられているんだろう。

二十代の頃に九州を旅した。
そして、えびの高原近くの生駒高原で群生を見た。
現在では、その数100万本ともいわれている。
「えびのYH」にいた、H夫妻を訪ねてのことだった。
もう、ずいぶんと昔のことだ。

原産地はメキシコの高原地帯だ。
その意味では、生駒高原に似合っているのかもしれない。

そこからバスに乗ったら回りはカップルばかり。
それもどうやら新婚さんらしい。
肩身狭く、駅まで行ったことも思い出す。
もちろん、自然に生えているわけではない。
宮崎観光が、観光資源として始めたとか。

霧島縦走で韓国岳あたりを歩いた。
千葉の女性に絵葉書を出したら、韓国に行ったの、とまちがわれた。

田の畦に咲くコスモスがゆれている。
その脇を、今日も通りぬけてゆく。

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信州の秋(五)
一夜明けると、しとしとと雨が降っている。
やはりというか、降らなかったのが不思議だった(?)。
ということで、美ヶ原コースは断念する。

代わりに諏訪方面で、美術館に行こう。
で、ここ「北澤美術館」へとやってきた。
アール・ヌーヴォーの代表作品を数多く展示してあります。
有名なガラス工芸作家のエミール・ガレの作品がたくさんあります。
ぼくでも、彼の名前ぐらいは知っております。

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雨のなか、最後の温泉にとやってきたのは上諏訪温泉の「片倉館」。
昭和3年に建てられた洋館であります。
昼間に入る湯はひときわいい気分です。
さすが昭和初期の建物、いたるところにその雰囲気が偲ばれます。
浴室は天井も高くて、広々としています。
湯ぶねの底には黒い玉砂利が敷かれているのです。
深さも、立って胸の位置まであり、なかなかおもしろいもの。

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ひとふろ浴びて、二階の休憩所兼食堂で、昼食をとる。
なかなか、ゆったりのんびりできる空間である。
飲食物の持ち込みもだいじょうぶのようではありました。
お菓子など食べながら孫と遊ぶ老夫婦など散見されます。

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雨も小降りになって、最期の地「北澤美術館 新館」へ。
こういう人目を引くものがありました。
(なんといっていいか、言葉もありませんが)

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ここで、東京方面のYちゃん、C先輩組とはお別れです。
帰りのサービスエリアで山並みをながめながら、またいつの日にか…。

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信州の秋(四)
山を降りたら、急に俗世間的欲望におそわれる。
「おいしいケーキが食べたい」
などと、女性陣はおっしゃるのである。

さんざんっぱら探し回った挙句、なんとか確保。
この時期、営業しているところは少ないのである。

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食欲を満たした後は、のんびりと湯につかろう。
ということでやってきた、ここは「倉下の湯」。
あたりはすでに夕景に染まりかけていた。
しばし、見とれる。

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しかし、中にはいると、山帰りなど多くの人でにぎわっていた。
ロビーも狭いし、コインロッカーもお金が返ってこないタイプだ。
だが、脱衣所にくると、なんとそこにはお金の返ってくるロッカーがあった。
これって、いったい…。

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露天風呂から見る山の景色は最高だ。
もちろん、芋の子を洗うような混み具合ではあった。
人の少ないときに来れば、いいだろう。

さて、満ち足りた精神には、おおいなる食欲が宿る。
今夜も飲んで、食べて、暮れなずんでゆく。
外に出れば、冷気のなか星たちが煌いている。
明日はもうこの土地ともお別れだと思うと、なにか哀しい。

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信州の秋(三)
朝早く眼が醒めて、おもわず外の気配をうかがう。
だいじょうぶ、晴れているではないか。
宿の周囲を散歩する。
空気がひんやりして気持ちがいい。

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今日は「栂池自然園」へ行く。
その前に、山で食べるおにぎりを作る。
いろんな大きさのができた。
これが、また山で食べるとうまいのだ。
今回は、クロワッサン、チーズ、白ワインまで用意した。

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前回来たのは、三年前の夏、そして、小雨模様。
あのときは、六人だった、今回は、五人。
ゴンドラにゆられながら、そのときのことを想いだしていた。

寒いかなと思ったが、歩き始めると半袖でもいいくらい。
空気が澄んでいて、思わず深呼吸する。
夏とはちがって花が咲いていない。
しかし、いたるところに木道が作られて歩きやすくなっている。
というのか、湿原を守るためのものともいえる。

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やっと到達した展望台は大混雑であった。
なんとか最前列に席を確保して落ち着く。
しかし、白馬大雪渓はガスに隠れていた。
みんな、晴れるのを待っているので、人は多くなるばかり。
でも、素晴らしかった。

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Sさん曰く、「もう思い残すことない、死んでもいい」
そんな気分を共有できる、絶景であった。

信州の秋(二)
荷物をおいて、一路「姫川源流・親海湿原」へと出かける。
道路からすこしはいると、そこはもう静かなものである。

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陽も傾きかけた頃なので、半袖では肌寒い。
湿原の上をトンボがたくさん飛んでいた。
ススキの穂がゆれて、ここはすっかり秋模様だ。

水の枯れた湿原の上に渡された木道を歩く。
夏なら多くの花が咲いているのかもしれない。
しかし、まずは信州の自然に触れた思いで満足する。

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姫川源流の石碑がある辺りでは、多くの人がいた。
肩から一眼レフカメラをぶらさげて、歩き回っていた。
写生をしている人もいる。
忙しげと、のんびりが混交していた。

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どこかの写真好きのサークル(?)のようだ。
バスでやってきていた。

さて、湯にでもはいって宿に帰ろう。
もうおなじみ(?)になった大町温泉郷の「薬師の湯」。
買出しは「アップルランド」だ。
今夜はどんな話で盛り上がるのだろうか…。

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信州の秋(一)
きょうは朝から好天に恵まれた。
なんだか信じ難いのだが、これが現実である。
途中Sさんと合流しても、しばらくはその話題に集中する。
山並みが迫り松本に近づいたとき、フロントガラスに一瞬ポツリと…。
このときは、さすがに来たかと観念したのだが。

なんとか雨に会わず、松本でYちゃんとも合流したのがお昼過ぎ。
蕎麦でも食べようか、とコンビニの駐車場から出ようとしたとき。
目の前でバックした車が、道路へ出ようとしていた車の側面にドスンと。
一瞬、「危ないぶつかる」と叫んだが、あっという間のことだった。
当てられた車のおばさんはカンカンの態でありました。

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いろんな情報などから、ここ蕎麦処「一葉」に決定。
ざる蕎麦についてきた、この山葵がなんともいえずいい香りだ。
(残ったのはもちろん宿に持ち帰りました)
(夕食の刺身に、すりおろしていただきました)
(やっぱり、ちがうものですね、うまいです)

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とりあえず、今夜の宿「ポッポのお宿」へと。
三時過ぎに着いて顔をあわせたら、忙しそうにしておりました。
今夜は17人の宿泊者だとか、ご同慶の至りであります。
さあ、頑張ってうまい夕食作ってくださいよ。

ミステリアスナイト
ひところの暑さも納まって秋の夜長になれば、本を読むことも楽しみである。
なぜ本を読むのかという問いの答えに、読んで興奮を覚えるからというのがある。
神経の興奮を快刺激と読替えてもいちがいに間違いとはいえない。
生物はどこまでも快刺激をもとめて生きるものである。
ときにそれがひやっとするような感覚であろうとも、もうとめられないのである。

「石の猿」 ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋 ★★★
全身不随の捜査官リンカーン・ライム(彼が捜査を指揮するわけです)。
と、よきパートナーでもある警官アメリア・サックスのコンビシリーズ第4弾。
題名の「石の猿」とは西遊記にでてくる孫悟空を模した石でできたお守りのこと。
ということで、今回は中国からの不法移民と蛇頭の大物、ゴーストが登場する。
さらに彼を追ってアメリカまでやってくる若き中国人刑事ソニー・リー。
迫りくる恐怖のなか不法移民のチャン一家とウー一家の運命はいかに。
そんななかで、語られる人生訓に読者はなにを感じるだろうか。
『どんなことがあっても、最初に自分のことを考えなさい。
自分が万全でなければ、他人を助けることはできない』
なかなか緊迫感もあるのですが、孔子などの引用(?)がすこし鼻につく。
しかしながら、やっぱり読ませるライム・シリーズではありますね。

「ことばのとびら」 都染直也 神戸新聞総合出版センター ★★★
神戸新聞の夕刊に連載された、社会言語学(方言)研究のおはなしです。
そんななかにはじめて聞くことば(表現)などありました。
雨がピリピリ降る(ポツポツ降る様子)、これって篠山地方では広く使われている。
へー、まったく知らなかったというか、聞いたこともなかったですね。
兵庫県は、昔の国でいうと播磨・摂津・丹波・但馬・淡路から成り立っています。
それだけ、方言も多いようです。
自分では方言と思っていなかったり、意味が他の地方とはちがっていたり。
関西では「豚まん」といい、関東では「肉まん」という。
関西ではたんに肉と言えば牛肉のことであるから、あえて「豚まん」という。
もちろん、関東ではふつう肉といえば豚肉のことをさすのである。

「歴史を考えるヒント」 網野善彦 新潮選書 ★★★★
『日本という国名が決まったのはいつなのかといいますと、
現在の大方の学者の認めるところでは、
浄御原令(きよみはらりょう)という法令が施行された六八九年とされています』
百姓(ひゃくしょう、ひゃくせい)は農民のことではない。
これが、ひとつのキーワードとなっている。
『全国の職業別人口統計では「農」七十八パーセント、
「商」七パーセント、「工」四パーセントで、
江戸時代末の日本は商工業の全く未発達な農業社会ということになっています。
この数字が非常に大きな歪みを持っていることは明白で、
商工業の比重ははるかに高かったに相違ありません』

それはそうだ、江戸時代に商工業が未発達とは思えないですから。
商業・金融が発達し、さまざまな手工業が広くいとなまれていた。
そんな商工業は高度の経済社会ではなかったのか。
『そのことを証明しているのが、商業に関わる言葉や、
実務的な取引の用語には翻訳語がないという事実です。
例えばこれから述べるように、「小切手」「手形」「為替」などは
中世から古代に遡ることができる古い言葉なのです』

あんがい気づかない、まちがって理解していることって、多いものです。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

どんぐり
公園脇の道を歩いていると
こつんと、つま先にぶつかる音がした
茶色の弾丸が
回転しながら螺旋カーブをえがいて
視界の右隅でとまった

枯葉のしたに半身を隠して
知らぬふりをする
こやつは
いったいどこから来たのだろう

山では豊作なのだろうか
横目で見れば
にやり、としたような
気もしてくるのだ

焼酎への道
それから、居酒屋にもちょくちょく連れて行ってもらいました。
三宮のY食堂にね(いまも女将さんは代わりましたが健在です)。
酒の種類は「大黒正宗」でした、これが割合うまかったんです。
それがいつのまにか大手メーカの「大関」に代わりました。
なんだかとても残念でした。

当時、銚子一本90円、塩辛20円ぐらいだったのでないでしょうか。
安かったですね、いまでも安い店ですが…。
(まあ、いまとは物価がちがいますから)

それから酒の味を覚えて、ひとりでも飲みに行くようになりました。
といっても、月に一回ぐらいで、おっかなびっくりでした。
暖簾をくぐるときが、いちばん緊張しました。
いま思うとなんだか可笑しいのですが、そうでした。

飲む主力は日本酒でした。
ビールはどんな暑いときでもほとんど飲まなかったです。
なんだか軟弱な飲み物などと思っていたのでしょう。
だいたいが夏でも燗酒でした。

それが、あるときから焼酎に代わるんですから、分からないものです。

洋酒喫茶
そこは今でいえば、スナックというようなところ。
そのころは「洋酒喫茶」といったような気がする。

店内は照明を薄暗くして、長いカウンターがあった。
もちろん、カウンターの中には妙齢の女性がいるのである。
まあ、彼女たちを目当てに行くわけなんです。

彼女たちとたわいない話などしながらウヰスキーを飲む。
もちろん、カクテルなどあるのだが知らないのである。
それで、まあ無難にオンザロックを頼むわけだ。

となりの席などから、いろんなお酒の名前が聞こえてくる。
「チンザノ」とか「ベルモット」、「アブサン」なんてのもあった。
これは一度名古屋で、ロックで飲んだことがあります。
透明の液体ですが、氷を入れると夢幻のように白濁します。

そうそう「あぶさん」という水島新司のプロ野球漫画がありました。
代打専門で、バットに酒しぶきを吹きかけて打席に立つ。
なんて、漫画だからいいようなものですが、人気があります。
(まだ現在も続いているようですが…)

初めての居酒屋
いつから酒を飲むようになったのだろうか。
もちろん、正月にお屠蘇をちょっぴりいただくというようなことではなく。

そうするといつも思い出すことがある。
勤めだしてからしばらくたった、まだ二十歳になるかならないかのころ。
職場の先輩に連れられて行った飲酒体験がある。

最初、国鉄環状線の高架下にある居酒屋に行った。
テーブルだけで、座る椅子などない立って飲む店だった。

「ここで下地をつくってから、行こう」
「???」
「ここである程度飲んでいけば、安くあがるだろ」
「そういうことですか」


ということで、いざ本命(?)の店へ。



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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