ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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猫の散歩
会社近くにある結婚式場の植込みの芝生脇に女性が立っていた。
手には地上に垂れた紐がにぎられている。
犬の散歩なのかと視線を戻そうとしたとき、なにかが引っかかった。
すこし奇異な感じもしたので、ようく見てみた。

紐の先をたどると、そこには猫がうずくまっているではないか。
いったいどういう状態なのか、しばしのみこめなかった。
どう考えても、猫の散歩なのだろう。

だが、相手が猫であるからそうそう元気よくは走り回らない。
朝の陽を浴びて、じっと気持ちよさそうにしているのみだ。
飼い主は妙齢な女性で、なにやら手持ちぶさたな様子だった。

しかし、猫を散歩させようとは、どういう思考回路なのだ。
そんなことを考えつつ横目で歩いていたら、
あやうく電柱に激突しそうになった。

世の中はなんとも泰平ではあるが、ヒトは退化しているのか。

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読み人シラス
明石海峡での船舶衝突事故による油流失で、いかなご漁が自粛された。
そのせいかは知らないが、シラス(いかなごの子)は危機をとりあえず逃れた。
時間をもてあましたシラスたちは海の中で読書に耽っているらしい。
このことをさして、新たな成句ができたというのが本題である。
現代人の読書離れは深刻(?)であるが、おもわぬところに援軍がいたものだ。

「第五の騎手」 ドミニク・ラピエール ラリー・コリンズ 早川書房 ★★★★
アメリカ大統領のもとへカセットテープに吹き込まれた脅迫状が届く。
要求はイスラエルが占拠しているパレスチナからの撤退。
受け入れられなければ、ニューヨークで水素爆弾を爆発させる。
脅迫者は、リビアのムアマル・カダフィ大佐である。
すぐに思い起こしたのはトマス・ハリスの「ブラック サンデー」である。
「ブラック サンデー」は1975年の刊行だが、言及がないのはやや不思議だ。
この本が出版されたのが1980年なのだから、そういう時代であったのであろう。
ユダヤ人というのは、人種のことではないのはみなさんご存知のこと。
ユダヤ教を信じる人たちのことです。
しかし、宗教がからむとなかなかむずかしい事態が現出するのである。

「欲望する脳」 茂木健一郎 集英社新書 ★★★
茂木先生もテレビ好きなので、ときどきなにかの番組で見かける。
人生は有限であるので、自分の好きなことをするのがいいでしょう。
『現代における欲望の解放を特徴付ける概念は、「可能無限」である。
「実無限」が実際の無限大を指すのに対して、
「可能無限」は、たとえば現実には有限のものに過ぎないとしても、
必ず「その次」を考えることができるとうことを指す。
 若者が、その人生の時間をあたかも無限であるかのように感じるのは、
「また明日がある」という「可能無限」に中に生きているからである』
というように若者たちは、自分は死なないと思っている(?)かのようだ。
まあ、それもいいのではないか、と最近思うようになってきた。

「ロシアは今日も荒れ模様」 米原万里 日本経済新聞社 ★★★
一時期テレビで拝見して、なかなか歯切れのいい発言をする人だと思った。
若くして亡くなられたのは知っていたし、この書名も聞いたことがあった。
やっと、実際に読んでみて、あたかも目の前にいるかのような錯覚をいだいた。
『「理想的な人間像とは?」
「イギリス人」のように料理がうまく、フランス人のように外国人を尊敬し、
ドイツ人のようにユーモアにたけ、スペイン人のように働き者で、
イタリア人のように自制心に優れ、アメリカ人のように外国語が得意で、
日本人のように個性豊かで、ロシア人のように酒を控えめに飲む人のことです」
(ロシア小咄集『独裁者たちへ!!』名越健郎編訳、講談社+α文庫)』
ほかにも書いているようだから、また読んでみたいと思わせる書き振りである。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

割り箸
割り箸は、いっとき環境破壊の元凶のように悪しざまに言われた。
実際はそうではなくて、製材の段階ででる木片の有効活用であったのだが。
世のなか、観点(あるいは文化といってもいい)がちがうとこういう行き違いがときに起こる。
自分を絶対的基準に考える、となりやすいのである。

そういう話ではなく、割るときのことなのである。
どうもうまく割れたためしがない。
どうしてもこういうふうになるのである。

割り箸

どうしてなのだろうか。
左右で力の入れ具合が不均衡だからかな。
それとも、力を加える方向が一定でないのか。
もしかして根性が曲がっているから(まさか…)。

割るときにどうしても緊張してしまうのである。
よって、よけいにうまく割れないのだ。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

「初めての真鍋島紀行」(終)
 帰りの船から真鍋島を眺めながら、ぼくは緘黙の中にいた。
周りの見送り風景も、別れの言葉を叫ぶ声さえも今のぼくには届かない。
もっと違うなにかにぼくは捉えられている、そんな感覚で身動きもできない。
ぼくは声を出すこともできずに、ただ港が遠ざかっていくとぼんやり思っていた。
なにもかもが現実とは思われず、ぼく自身の存在感さえも喪っていた。
 眩暈を感じそうな強い光の中で、ぼくは眼を閉じてある詩を反芻していた。

 歓君金屈后
 満酌不須辞
 花発多風雨
 人生足別離

 コノサカヅキヲ受ケテクレ
 ドウゾナミナミツガシテオクレ
 ハナニアラシノタトヘモアルゾ
 「サヨナラ」ダケガ人生ダ       (「歓酒」 干武陵  井伏鱒二訳)

 ぼくの内奥に大きく深く静かにひろがってゆくものがある。
眼を開ければ、どこまでも穏やかな瀬戸内海が陽光にキラリと光る。

 笠岡の港から小さなスーパーマーケット店の脇を通る。
すぐに国道2号線にぶつかると、歩道橋を上がって向こうへ渡る。
民家の続く狭い道を通り、今度は跨線橋で国鉄の線路を越える。
橋の階段はコンクリート製で、少し崩れかけている。橋の真ん中で立ち止まる。
振り返ると、港を越えて遠くに神島が青く霞んで見える。
線路を渡りきったところから、ひなびた商店がまばらに駅まで続いている。
途中、角だったろうかに、民家のような喫茶店があった。
あるいは、散髪屋のような店構えとでもいえばいいだろうか。
 店の名前は「モカ」だったか、はっきりとは憶えていないが一度入ったことがある。
ノブを握ってドアを押し開けると、店内には数人のお年寄りがいた。
ぼくは近くの椅子に腰を下ろした。
椅子は応接間にあるようなひじ掛けのついたものである。
洗濯糊のきいた、ぱりっと音がしそうな白いカバーがかかっている。
旧家の応接間に案内されて、落ち着かない気分でご主人を待つような気分だ。
白い割烹着を着たおばさんが、注文を聞きに奥からやってきた。
ぼくは、コーヒーを注文した。運ばれてくる前から、珈琲の香りがしてきた。
一口飲んだら、思ったよりもおいしかった。
ぼくは、満足そうな顔をしていたのだろうか。
向こうのおばあさんが、こっちを見ているのに気がついた。
ぼくはそれに答えて軽く会釈をした。
おばあさんはぼくの表情に満足げに二度頷くと、以前の状態に戻った。
 ぼくは、コーヒーを飲みながら、物思いに耽っていた。
やがて、この店はなくなってしまうのだろう。
その後には、なにがここに建つのだろうか。
なんでも古いものがいいとは思わないけど、新しい物がいいとも思わない。

 来たときとは逆方向に、笠岡から倉敷を経て岡山まで列車でゆく。
ぐんぐんと、時計を逆回転させているようだ。
ぼくは過去へ戻っていくような錯覚に陥っていた。
岡山で普通電車を乗り継いでゴトゴトと姫路へと到着した。
さらに、野洲行きの快速電車に乗り換えた。
電車はいつしか明石を過ぎて、神戸へと帰ってきた。
 駅を降りてふわふわと道路を歩いていると、突然後ろからクラクションの音が響く。
驚いて、思わず道の脇に飛びのいた。
気をつけろ、の声が車とともに通りすぎてゆく。
ぼくは知らず知らずのうちに、道の真ん中を歩いていたのだ。
なんとなく、苦笑いがが湧いてきた。
島では、自動車の姿も見ないし、存在すら忘れていた。
道は人が歩くものと思っていたし、道の端を歩く必要などなかった。
同じ日本に住んでいながら、こんなにも違うんだ。
ああ、神戸に帰ってきたんだという実感をもった。

 信号待ちで国道を行き交う自動車の群から眼を外らして、西の空を見上げた。
遙か遠くに広がる空は夕焼けに赤く染まり、鳥の影が数羽横切っていく。
ここからはやっぱり真鍋島は見えへんなあ、見えるわけないわな、と呟いていた。
ぼくは、夕方の混雑する商店街を人を避けながら歩いた。
焼肉屋からは、うまそうなにおいをのせた煙が漂ってくる。
なんや、煙たいなあ。ああ、腹減ったなあ。
 家までは、あとほんの少しだ。
ぼくは下を向いて、アスファルトの道を全速力で走っていった。

初めての真鍋島


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

「初めての真鍋島紀行」(十五)
 翌日、部屋の荷物を手早く片付けて受付へ行った。
「これ預けときます。また、来ますから」
 と、ユースホステルの会員証を中にいたむさくるしい男性に託した。
「そうですか、気をつけて」
「ありがとうございます。じゃあ」
 三虎では、帰るときにユースホステルの会員証を置いていく人が多い。
置いておくことで、自分の分身がこの三虎に残っているかのような気持ちになれるのだろう。
そうすることによって得られる安心は、帰り辛さを軽減してくれることにつながっていく。
また、それが当たり前のことであり、ごく自然なことなんだという雰囲気もあった。
ぼくは、特になにも考えずに自然にそうしていた。
 台所の扉をよいしょっと開けて、おばさんに挨拶した。
「お世話になりました、帰ります。じゃあ、また来ますから」
「そうですか、気をつけてね」
 と独特のイントネーションで答えてくれた。
その声と表情が、ぼくの頭の中で反芻される。
飾らない語り口がみんなに人気のおばさんらしくて、ぼくは気持ちよく帰れると無理にも思った。
やっぱり、もう一泊していこうか、と思ったりもした。
でも、それでは切りがない。また来ればいいんだ。
すぐに、また会うことができるんだ。寂しくなんかないんだ。
男の子は、頑張っていろいろやらねばならないことがある。
それがなんだかは、今は分からないけれど。

 港までみんなでがやがや行って、船が来るのを待っていた。
狭い桟橋が、人で埋めつくされている。
来たときとは打って変わって、空は快晴である。
汗ばむくらいのなか、おじさんがいるのが見えた。
ぼくと目があって軽く頭を下げると、近くにやってきた。
「もう、帰るんか」と聞かれて、
肩の荷物を掛け直しながら「ええ、お世話になりました」と答えた。
おじさんはしばらくぼくの顔をじっと見つめてから「そうか」と言って、
他の人のなかに紛れていった。
離れてゆくおじさんを眺めながら、この数日を再び思い返していた。

 都会では、無意識に人との接触を避けるようなところが多かった。
だのに、島ではそんなこともない。人に対して、構えてしまうようなこともない。

 真鍋島という環境がそうさせるのだろうか。
三虎の人たちの優しさ故なのだろうか。
自分でも気づかずに、見知らぬ人の輪の中に入っているぼくを発見して驚いたものだ。
こんな経験は今までになかった。
ぼくは、こんなに外向的性格だったのか。そんな筈はない。
自分では引っ込み思案の人見知りと思っている。
嘘だと思うなら、雑誌の占いのページなぞを読んでみればよい。
自分の該当する生年月日による星座の欄を見てみればいい。
当たっているなと、思うだろう。
試しに、他の欄も読んでみるとよい。
またも、当たらずと言えども遠からじ、と思うだろう。
なんのことはない。信じるものは救われる、ということか。
誰しも正反対の性向を、多少ならずとも持ち合わせているのだから、思い当たることは多い。
どっちにもとれるようなこととか、そう思えばそうだ、というようなことが書いてある。
ずばりと断定しているかと思うと、必ず留保事項がついている。
そういう風でなければ、占いなぞ成り立たない。
要は、こうしたことにコントロールされるか、自分がコントロールするかが問題なのだ。

いまは亡きぺけ

 島の細くて曲がりくねった路地を歩くのが好きだ。
ぼくは、これまでいろんな路地を歩いてきた。
人のいない小路を歩くときは、静寂がぼくを物思いに導いてくれる。
突然飛び出してくる猫に、思考を破られることもある。
だが逆に新たなインスピレーションを与えられたりすることもある。
道端の縁側におばあさんがひとり座っている。
陽だまりでなにかしら仕事をしていたりするのを見るのが好きだ。
三四人のおばさん連中が集まって世間話などをしているところにでくわすこともある。
脇を通りすぎるとき、その地方独特の方言が微妙なイントネーションで聴こえてくる。
一瞬、民族音楽を聴いているかのような錯覚に陥ったりもする。
こどもたちが楽しそうに賑やかに遊んでいる。
ぼくの出現によって、その場に緊張が漲り場面は動きを止める。
こどもたちは上目使いにぼくをじっと見つめている。
通り過ぎようとする間、その場に立ったまま首だけを回してぼくの動きを追う。
ぼくが振り返った時には、なにごともなかったかのようにもとの遊ぶ姿に戻っている。
そんな光景がぼくの脳裏をかすめていく。
路地は、ぼくに人生のいろんな相を見せてくれる。
今ここに生きている人々がいるんだということを。
彼らは決して政治や経済を語りはしないが、確かに生きている。
生きるとは何でしょうと問えば、ただ微笑むだけかもしれない。
あるいは、ぼくを慈しむような眼差しで見つめるだけかもしれない。
それは人に問うて解る、というようなものではないのだろう。

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「初めての真鍋島紀行」(十四)
 ぼくは、前の浜でぼんやりしていた。
単調な波の音が、ぼくを眠気に誘う。
碧い海はすべてを呑み込むブラックホールにも思えるが、
輝く光の中では、ぼくたちをやさしく包む母なる海とも感じられるから不思議なものだ。
こんなぼくの人生も、輪廻転生、宇宙の中ではほんの一瞬のことなのだ。

 この何日間かをともに過ごした数人が集まって、砂浜に並んで座った。
海を眺めながら座っていた。
「ぼく、明日帰ることにするわ」
「えっ、もう帰るの」
「本当に帰るんですか」
「そうや帰る。もう言うたって、明日で五日目やで」
「なんだか、あっと言う間だったわね」
「それはぼくの台詞やないか」
「あら、ほんとだ」
と口を押さえて、彼女はいたずらっぽい目をして言った。
「かなわんな。でもホンマに短く感じたわ。
未だ去り難しとかいうのは、こういうことを言うのやな。
なんか、H君の気持ちが今になってよう分かるわ」
「そうですね。H君はどうしてるんでしょうね。まだ帰ったばかりですけど」
「こんなふうに出会いと別れを積み重ねて、私たちは成長してゆくのね」
芝居がかって言わないと、思わず涙が出そうになる。
そんな気分につつまれているぼくたちだ。
「最後やからいうて、えらい決めようとしてるな。
そやけど、そういわれたらそんな気がするなあ」
「別れの辛さいうたら、小学校の仲が良かった友達が転校していった時以来ですかねえ」
ああ、この空気を壊さないと、本当に涙が出てきそうだ。
「私たち、今度はいつ会えるのかしら。ねえ、きっと必ず、会えるわよね」
「あのなあ、恋人同士でもないんやから、そんな変な物言いばかりせんといてや。
また会えるかどうかは、神のみぞ知るで、ぼくにはわからんけどな。
でもな、ぼくはこれからも真鍋島に、三虎に何度でも来ると思うで」
「そうよね。私たち、この島で、三虎で出会ったんだものね。
都会じゃなくて、真鍋島で会わなくちゃ意味がないわよね」
「それにしても、いろいろとよく喋り、語り合ったものですね」
「まさに夜を徹して、いろいろしゃべってたけど、何を話してたんや言われたら、
何をと答えられんなあ。いろんな事や、と言うしかないんやけどな」
「愛の囁きでなかった事だけは、確かね」
と、また茶化す。
「当たり前やないか。ぼくらはみんな友達やで。うーん、待てよ。
そやな、戦友や言うたほうが、なんか雰囲気がぴったりするような気がするわ」
「そうですね。なにかぴったりしますね」
「戦友なのね私たち。同じ穴倉で生き抜いてきたんだものね。アッハッハ」
確かにそうだ。船倉で肩寄せあって、同じ食物を分けあった仲だ。
「これからの長い人生、いろんな事があると思う。
ええ事も悪い事も、いっぱいぼくたちの上に降りかかってくるやろな。
そやけど、絶対に負けへんでいう気分や。
そんな気持ちを芽生えさせてくれたみんなに、感謝してるんやで」
「私たちの出会いっていうのは、考えてみれば不思議ね。
今までの人生で、お互いに何の接点も持ってなかったのにね。
こんなふうに仲よくなって、いろんな事を話したりして、自分でも不思議な感じがするわ」
「そやな。でも、みんなまたそれぞれの生活の場に帰って、
また三虎でとは違う人間になるんやろな、と漠然と思ってるんや。
けどな、今までの自分とは確実に違ってきてる、というところもあるやろ。
この気持ちだけは忘れたないし、忘れたらあかんと思うわ」
「まだ、はっきりとはわかんないけど、家に帰るとねえ。
また以前と同じ自分に戻るんじゃないか、という不安は確かにあるわね。
なんだか、更正施設から出て行くみたいだけどね。
でもせっかく、こんなに明るくて可愛い私になれたのにね」
と、潤んだ目でちょっとウインクをした。
「まあ、可愛いかどうかの判断は、他の人に任せるとしてやなあ、
そんなこと言われたら、なんか不安になってくるなあ。
真鍋島を船で後にしてやで、皆に盛大に見送られ、ああ帰って行きよったなあ、
と思われてたら、何のことはない笠岡でUターンして、
その足でまた戻ってきたぞう、となったりしてなあ」
「ありえる話よね。それにそんな人って、結構今までに何人もいたらしいわよ」
それでは、あまりにもかっこうが悪いぞ。

2003.07.05 三虎丸から

「ああいい天気だ」とぼくは大きな声で言って、後ろへごろんと寝ころんだ。
目を閉じると、この数日間のことが次々と浮かんでくる。
長かったようでもあり、また短くも感じる。
睡眠不足のせいで、断続的に眠気が襲ってくる。いつしか、短い眠りに落ちていたようだった。
目を開けると、春の日ざしがまぶしい。少しの睡眠でも、身体が軽くなったようだった。
「ぼく、寝てたのかなあ」
「すやすやと、おやすみでしたよ。時々、にやにやと笑ってもいましたよ」
と、O大学の大学院生が笑って答えてくれた。
「とても、幸せそうな顔してたわね」
「そうかなあ。ああ、いい気分だ。そろそろ、帰る準備でもしとこかな」
それを機に、みんなはそれぞれの思う方向へと散っていった。

ぼくはその場にしばらく残って、去ってゆく人たちを眺めていた。

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「初めての真鍋島紀行」(十三)
 哲学者は人の可能性について、無限であると言う。
ただし、不可能性も無限であると言う。
人はどちらの地図を選ぶかによって、全く違った人生を生きる、というのだろうか。
おじさんは物事の二面性ということをよく言っていたなあ、と思い出す。
どちらの面を念頭におくかで、人生は大きく変わってしまうこともあるのだろうか。
「天上天下唯我独尊」、てんじょうてんげゆいがどくそん、と念仏のように呟いてみる。
私は私以外の者ではない。
私は私以外の者にはなれない。
私は私であり続けるしかない。
私が独自な存在であるという意味は、それ故に誰もが独自な存在だということを意味する。
逆説的に、他者を疎ましく思うものは、自己存在の意味を見いだすことはできない。
自分が好きでない人は、他人を好きになることはできない。
仮に好きになったと思っても、自分が自分を嫌いである事を忘れたいからかもしれない。
だから、人を好きになったときの幸福感や高揚感は得られない。
いや好きだと強弁してみても、心の深層ではそうではないのでは、との不安がつきまとう。
そして、理由のわからない焦燥感の中で生きていくことになる。
 どうして私は自分が嫌いなのだろう。
こう自問自答してみる。ここから、始める他はない。

 では、ぼくはどうなのだろう。果たして、自分のことが好きなのだろうか。
ぼく自身を考えてみると、好悪の感情とかいう前の思いがある。
こいつとは一生つきあっていかなくちゃならないんだ、という諦観にも似た気持ちだ。
なかなかいい奴じゃないかと思ったり、なんて勝手な野郎だと思ったり、判断は揺れる。
思わず知らずホロリとさせるような事を言うかと思うと、
全く冷淡で、非情とも思えるような行動をとったりする事があり、驚ろかされたりもする。
頭の回転がなんて鈍いんだろう、といらいらさせられたり、そうかと思うと、
時折ひねり出すアイデアが、意表を突くものだったりするから、馬鹿かどうかも判然としない。
つまり、どんな奴かと判断するのがむずかしい。とらえどころがないのである。
もっと一般的に言うと、なにを考えてるのか分からない奴ということになる。
 確かに、頭脳明晰とは言えないと、本人も自覚しているようだ。
また、それがどうしたんだ、という開き直りの感情も持っている。
だが、頭がいいことに対する憧憬(しょうけい)は、人一倍強い。
だから、頭のいい人と話したり、一緒にいる時には、気分がいいそうだ。
相手は老若男女を問わないし、そうした時の彼はとても嬉しそうに見える。

 だけど、ぼくはつい考えてしまう。いったい、頭の良さってなんだろう。
 誰でも知っていることだが、頭が良いとは、学校の成績が優秀ということを指すのではない。
勿論、高学歴を言うのでもないことは当たり前だ。
考えると、うまく言い表すことはむずかしい。
ぼくが考える頭のいい人や、話して楽しい人とはこんな人なんだ。
 ユーモア感覚にあふれた人とは、話していてもとても楽しいし、気分がうきうきとしてくる。
考えが、教条的で、独断的な思考に固着していないからなんだろう。
物事を独自の視点から、分析することができ、分かり易く話せる人も楽しい。
いろんな事を、自分の言葉で表現できるから、みんなの理解を得られるんだ。
彼らの話題は、そのこころと同じように広く深く、豊富で尽きることがない。
知的好奇心が旺盛なことも、大切な資質だと思う。
好奇心こそが、命の源とさえ思える。
ぼくの考えでは、頭の良さと知的好奇心は指数関数的な曲線をのびやかに描いている。
自由な発想をもてなかったり、未知なるものに対する興味のない人とのおしゃべりは退屈だ。
 感性豊かな人たちと一緒にいるときのぼくは、好ましく見えているんじゃないかな。
周りの人に触発されて、ぼくも自由な発想の野原で一緒に遊んでいるような気持ちかもしれない。
 結局は、いろんなぼくを、そのままにぼくと認めてやっていくしかないのだろう。
それは現状のままでいいという態度ではないし、前へと進むのを諦めた姿勢でもない。
しかしながら、目指すものがなければ、到達もあり得ない。
 自分を好きになるとは、自分のありのままの姿をすべて肯定することから始まる。
否定の土台上に、自分の存在を築き上げることは不可能だ。
我ながら嫌な性格だなあと思えることでも、それはそれで受け入れよう。
自分を変えていくことは、ぼくは絶対に可能だと思う。
不可能だと言う人があれば、その人は不可能を宣言することで、自らを慰めようとする人だ。
 その上で、自分もまんざら捨てたものではないじゃないか、とでも思ってみればどうだろう。
他人と自分を比較することは、全然意味がないし必要もない。
人との比較において、自分の位置を考えるのは止めよう。
そう思うことができれば、他人の欠点といわれていることでも案外長所に思えてくるものだ。
別に無理にそう思う必要もないとは思うのだが、視点を変えてみようということだ。
短所だとか欠点だとか考えずに、単なる特徴だと思えばこれはこれでどうということはない。
しかしながら、完璧主義者や相対主義者にはこれが難しいことかもしれない。

 でも、自分って何なのだろうとぼくは考え続ける。

03374サクラ


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「初めての真鍋島紀行」(十二)
 台所から出、ロビーの椅子に腰かけ、ぼんやりと窓の外を眺めていると、
大阪から来た今春高校を卒業したばかりというHK君が話しかけてきた。
「Oさん、いつまでいてはるんですか」
「そうやな、小豆島はやめるとしてあと二泊かな。H君らはどうするんや」
「もうちょっといてたいなあと思うんですが、友達も用事がある言うし、今日帰ります」
「そうか、淋しなるけどしゃあないな。帰ったら、家業を手伝うんやろ。頑張りや」
「ありがとうございます。ぼくは大学ゆう柄やないし、頑張りますわ」
「まあ、あんまり生真面目に考えんときや。大学も行きたくなったら、その時考えたらええねん」
「そうですね。真鍋島にきて良かったです。
いろいろ悩んだりしてたんですけど、すっきりしました」
「そうか。これからも、いろんなことで悩むこともあるやろけど、悲観的になったらあかんで。
どうしても目の前しか見えんし、案外つまらんことで悩んでたな、とゆうことが多いもんやで。
ぼくもあんまり偉そうなこと言えんけどな。ハッハッハ」
「ぼくは、やっぱりあいつが羨ましかったんや、ということが分かりました。
心のどこかで、大学にいかへんことが劣等感になってたんですね。
でも、それが自覚できました。なんかあいつとは、ほんまに友達になれると思いました」
 と、傍らにいる人の良さそうな友達を見やった。
彼は大学に進学が決まってる、と言っていた。
その彼も、ほっとしたように微笑んでいた。
「しかし、安心するのは早いで。これからなにがあるかわからんからな。
一人の彼女を取り合う大恋愛スペクタクルに、二人して巻きこまれるかも知れへんで」
 H君は、にっこりしながらこう言った。
「ぼくは、負けませんよ。でも、彼女は欲しいですね」
「ぼくも負けてへんで。そやなあ、彼女が欲しいなあ」
 と友達も大声で言って、お互い顔を見合わせて笑っていた。

「井伏鱒二の訳詩集に『花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ』
というぼくの好きなフレーズがあるんやけど、
人生に於いて、別れとか別離とかは必ずついてまわる、ちゅうことやな。
嫌なこと考えたくないことなどに背を向けて知らんふりをしていたって問題は解決しない。
そんなときこそ、真正面から立ち向かっていかなあかん、とぼくは解釈してるんや」
「さよならだけが人生か、ええ言葉ですね。けど、厳しく辛いものですね。
でも、そんな心持ちがなんとはなく分かる気もします」
「出会いがあれば、別れがある。
当たり前のことやけど、つい忘れて生きてることが多いなあ。
理屈では十二分に分かるんやけど、そう思いたくはない。
そんなふうに無意識に行動してるんと違うやろか。
これではいつまでたっても問題は解決せえへんわな」
「そやから余計に出会いを大切にせなあかん、ということですね。
別れが辛ければ辛いほど、その出会いは自分にとって大切なものや、いうことですね」
「うまいこと言うやないか。
別れの意味を知る者が、出会いの大切さに思い至るんや。
別れだけやないやろ、人生のあらゆることに言えるんと違うかな」
「そんなふうに考えていったら、出会いっていうのも不思議な感じがしますね」
 身体の内部からなにかが湧いてくるのが感じられた。
「これからも一杯の不思議がぼくらの未来に大きな手を広げて待っているんやで。
お互いに負けんように精一杯頑張ろうやないか」
「そうですよね、ぼくもなんとか頑張っていけそうに思えてきました」

 帰り支度の整った人たちと共に、港へとユースの脇の坂道を登っていった。
坂を登りきったところで振り返って眺めれば、いろんな思いがこみ上げてくる。
心の中でなにごとかつぶやいて、港へとまた歩き始める。
 桟橋には早くも連絡船が到着していた。
帰る者たちはどたどたと乗り込んで、上甲板から顔を見せる。
H君は友達と共に、晴れやかな顔をしている。
「元気でな。また、会うことがあるかもしれんな。その時を楽しみにしてるで」
「ほんまに、ありがとうございました。皆さんもお元気で」
 送られる者が去って行き、送る者が次には送られていく。

三虎の桟橋

 送る言葉、送られる言葉が渦巻く喧噪のなかを船は片側に傾ぎながらいく。
桟橋を静かに離れた船は、早くも防波堤の向こう側まで進んでいる。
人の姿が判別できないくらいの距離になっても、オレンジ色のタオルを振っているのだろうか。
波間にチラッチラッとした動きだけが、いつまでもいつまでも見えている。
港には海水で色の滲んだ紙テープと、寂寥感だけが残った。
 三々五々散っていった人の後、桟橋に残ってぼくは北木島の方を眺めていた。
空に輪を描いて舞う海鳥が禅僧のようにも思える昼前の真鍋島だった。
ぼくは黙って一人、三虎への道を戻っていった。

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「初めての真鍋島紀行」(十一)
 おじさんの言動も笑わせてくれる。
 ある時、こんなことがあった。
 突然、おじさんが台所に入ってきて言った。
 「タビオはないか」
 その場の者一同顔を見合わせた。
 「タビオ?ビデオのこと?なんのこと?」
 しばらくして、誰かが閃いた。分かった。
 「サビオよ!傷に貼る」
 ああ、そうか。みんなが一斉に笑いだした。おじさんも苦笑いだ。
 「なんでもええじゃないか。早う出してくれ」
 と照れくさそうに言うのだった。
 忙しく立ち働いているなか、いっとき吹く風のようで、気持ちがいい。

 ぼくは台所の中をうろうろするのが好きだった。
狭いから、そんなに動き回れないけれど、そこは持ち前の機転のよさで立ち回る。
冗談も言わなきゃ、ぼくのいる意味がない。
おばさんには、いつも笑っていて欲しい。
そんなふうだから、いつも頭の中は、なにか気の利いたことはないかと思い巡らしている。
 ぼくの冗談は辛口だ、と誰かが言う。
だから、ときとして人を傷つけているのかもしれない。
でも、そんなことには負けないで頑張っているんだ。それでは、人として駄目だろうか。
 食事の準備が山場を越えると、おじさんはお酒を呑む。
コップに注いで、電子レンジで燗をしたお酒を呑む。
ぼくは、チラチラとおじさんに視線を送る。
おじさんは仕方がないなといった笑顔で、こう言うんだ。
「O君も、一杯呑まんか」
 待ってましたとばかりではあまりに浅ましいので、どうもといった風情でお酒をいただく。
空っぽの胃袋がアルコール分を吸収して、キューンとなる。
なんともいえない、酒飲みにしか解らない感覚だ。
やっと人心地がついた、とホッと息を吐く。
 こんなぼくはおばさんに心配をかけているのだろうな、と思う。

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 台所の風景は、女性ヘルパーの性格、趣味嗜好をはっきりと映し出している。
個人の部屋は、その主人の性格を反映するように作り上げられていく、と同じように。
何ヶ月ぶりかで三虎に来て、台所を覗いてみる。
すると、あっヘルパーが変わったなとたちどころに分かる。
どこかしら台所内の様子が違っているのである。
良いとか悪いとかは別にして、変化していく。
几帳面というか神経質な人がいれば、物事にこだわらない鷹揚な人がいる。
同じような人ばかりでなく、いろんな人がいるから三虎はいつ来ても楽しい。
 多くの女性ヘルパーがこの台所で立ち働いていたが、彼女らなりの台所感を持っていたのだ。
そのことを自覚して、行動していたのではないだろうが、自然に台所で形をなしていく。
彼女らが抱いているのは漠然としたイメージであったりもする。
それがある形になったとき、気持ちが落ち着くのだろう。
居心地の良さとは、自己のイメージと現実世界がぴったりと重なり合うことかもしれない。
だから自己のイメージが可塑性を持てば、異なっている世界へも入っていきやすいことになる。
かくして、女性ヘルパーの数だけの台所模様ができ上がる。
また、それが許されるのが三虎だと思う。

 この寛容が、三虎の最大の特徴だとぼくは思う。
人の数だけ人生があるように、人の数だけ主義主張とまではいかなくても考えがある。
何ほどかの考えのもとに収斂させようとしても、とうてい無理なことは多い。
ましてや、何が真理であり原理となるかになると、永遠のテーマとしかいえない。
同じ考えで、同じ行動などぼくにはファシズムとしか思えない。
 多様性を排除し始めたとき、その集団は崩壊への道を歩き始めることになる。
すべての人が、同じ行動原理を持つなど思考の停止に等しいとさえ思ってしまう。
考えるのを止めたとき、人は人であることを放棄することになる。
 だから、いろんな個性を持った人の集まっている三虎が好きなんだろう。
人が言ったことには、なんでも一度は反対したい天の邪鬼なぼくには、ぴったりな場所だ。
そして、ぼくたちを大きく包んでくれるおじさん、おばさんがいる三虎は居心地がいい。

テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

読甲斐力
読んで、いろんなことを思うのだが、それは人それぞれである。
なにかを吸収し知識としたいと考える人も多いと思うが、どうなのだろう。
読んで記憶することと、知ることとはちがうものだと思う。
たくさん記憶しているから頭がいいということではないだろう。
それならば、コンピュータのほうがよほど頭がいいとうことになる。
これならばおかしいと分かるのだが、世の中そうは判定しないようだ。

「ゼルプの欺瞞」 ベルンハルト・シュリンク 小学館 ★★★
「朗読者」の著者で知られるシュリンクはミステリも書いている。
最初のほうにでてきたこの言葉に、ぐっときた。
娘を探してほしいという依頼人が私立探偵のゼルプに言うところ。
『「…だが、だからといってあの子がいったいどこでどうしているのか、
元気なのか、知らないわけにはいかない。
あんたは娘をもったことがないんでしょう。」
おれに娘がいようがいまいが、おまえの知ったことか―私は返事をしなかった』
この反骨的な主人公はナチ時代の検事という経歴を持っている。
でもって、なななんとゲーアハルト・ゼルプは69歳である。
ふつうでは考えられない年齢なのである。
こういうところからも外国作品を読むと驚くことが多いのである。

「趣味は読書。」 斎藤美奈子 平凡社 ★★
平凡社のPR誌でベストセラー批評をしたものを集めたものらしい。
さもありなん、という本が並んでいるのだが、この批評どうにかならんか。
まず、ほめることは少ない(それはそれでいい)。
だが、レッテル貼りで批評を終えるのはどうもいただけないし、おまけに下品だ。
読者だってそんなに馬鹿ではないのだから生半可な知識では納得できない。
もっと自分の意見で(なければないで、まあいい)堂々とやってほしい。
しかし、平凡社も昔はいい本をだしていたのになあ、残念。

「自分は死なないと思っているヒトへ」 養老孟司 だいわ文庫 ★★★
若いときなどとくにそうだが、自分が死ぬということが考えられない。
人生が70年とすれば、残りは何年ということが数字ではすぐに分かる。
しかし実感が伴わないのであるから、それは単なる数字でしかない。
『一般に、知ることというのは、知識を増やすことと考えられています。
しかしもちろんそうではありません。
私はよく学生に、自分が癌を宣告されたときのことを考えてみなさいといいます。
「あなたは癌ですよ」といわれるのも、本人にしてみれば「知る」ことです。
「あなたは癌ですよ、せいぜいもって半年です」といわれたときにどうか。
知るということを考えるとは、そいうことです。』
それで死を避けられるわけではないが、生を考えるきっかけにはなる。
そうすれば、死もそんなに怖がらなくてもいいのではないだろうか。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

「初めての真鍋島紀行」(十)
 ここ「一富士」は名物おばちゃんで人気がある店だ。
高校生や大学生が運動クラブの帰りに、ああお腹が空いた、と立ち寄るような店だ。
一富士のおばちゃんは、話好きである。
港へ見送りに来たとき、島を歩いて疲れたとき、一富士におばちゃんの顔を見にくる。
あるいは、誰かいないかと顔をのぞかせる。
誰かしらに出くわすことが嬉しい。
ここのお好み焼きの定番には、豚肉が入っていない。
そのことに長いこと気がつかなかった。肉入は、ちょっと贅沢という感覚なのだ。
いつもお金がないぼくたちには、かえって好都合だ。
これをワイワイと騒ぎながら、食べるのが楽しい。
六、七人も入れば満員の小さなお店で、ぼくたちはおばちゃんと会話を食べるのだ。
おばちゃんのファンになる者も多い。
「よう来たねえ」の一言が聞きたい。
おばちゃんの底抜けに明るい笑顔が好きだ。
ひとりでこの島に来たのに、ついふらふらとこの店に足が向いてしまう。
ぼくたちは、やはり淋しいのだろうか。
自分は話さなくとも、人が話すのを聞いているだけでこころ安らかになれる。
ひとときの安息の場所、それは決して静かな場所を意味しない。
都会の喧噪とは意味するところのちがう騒がしさが、ここ「一富士」にあった。
おばちゃんは、時として、若い頃の話をした。
大阪に居たらしい。なんとはない想い出を語るおばちゃんは、いつもと違って見えた。
遠い昔を思い出すように、話した。しんみりとした口調で、話した。
しばらくして、気がついたように笑うと、いつもの賑やかな空気に帰っていった。

 港から左手へ少し歩くと、Yさんの家がある。
職業は、勿論漁師である。玄関先に座り込んで、長い時間ぼけっとしていた。
あまり話をした記憶もない。黙っていても、落ち着けた。
土間の棚の上に、干からびたタツノオトシゴが転がっていたことを憶えている。
ときおり、ビールなどもご馳走になった。真鍋島産の味付けのりが、おつまみだった。
「ほうこう丸」をYさんが自らの手で作っている頃には、よく眺めていた。
ぼくはただ羨ましく見つめていた。
でき上がりつつある船を、Yさんは目を細めて見ていた。
頬は赤銅色に日焼けしていた。

真鍋

 開けるのにちょっとしたコツがいる台所への戸を、そっと開ける。
この台所にいると、いつも不思議な空気を感じたものだ。
東京の会社を辞めてここに来たという女性に出会ったりした。

「家でも、よく手伝ったりするんですか」
「いいえ、ほとんど手伝わないんですよ。そう言われてみると、おかしいですね」
 家庭では、家事などやったことのない人が、ここではてきぱきと立ち働く。
いや、家庭でしないからこそ、逆に張り切ってやるのだろうか。
新鮮に感じることができるのだろうか。
「食事を作ったりするのが、好きというのか、楽しいんですか」
「食事作りが楽しいというより、みんなの中にいる、と思えることが嬉しいんです。
たとえ自分が話していなくても、仕事をしていれば、
耳からはいろいろ楽しい話が聞こえてきますから。
おばさんの声や、おじさんの声が聞こえているだけで、落ち着いた気持ちになれるんです」
「でも、宿泊者の多いときは、一日中台所仕事でしょ。
辛いなあと思うことは、ないんですか」
「どんな仕事でも大変なことはあるでしょ。
でも、それ以上に楽しいことも多いんですよ。
会社では得られないこころの安堵感というんでしょうか。
とにかく、とても気分がいいんです。
おじさん、おばさんをはじめ皆いい人ばかりですしね。
それに、愉快な人が多いんです。
自分では冗談なんかうまく言えないんですけど、いつのまにか私が笑っているんです。
後で、笑ったのって久し振りだなあとか思うと、
とても自分がいとおしいというか、好きになれるんです。
本当は、自分のことってあまり好きじゃなかったんですよね。
そんなことで、自分が嫌になって……
この台所で働いていると自分が何かの役に立っているんだと思えるし、元気がでてくるんです」

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「初めての真鍋島紀行」(九)
 本浦の港へと道は、うねうねと続いていた。
いささか疲れ気味のぼくたちは、だらだらと歩いた。
畑の脇をすり抜けるように歩き続けた。
やっと、道の向こう側に港が見えてきた。
 急な坂を転げるように下って、真言宗・円福寺の裏にやってきた。
このお寺へは、その後何度も大晦日の深夜におじさんを先頭にして大勢でやってきた。
その一年の煩悩を振り払うため、鐘を撞く。
お寺の鐘は、かるい乾いた音を夜の闇に響かせた。
 細い路地をたどってゆくと、本宅とぼくたちが呼ぶおじさんの家に着く。
そのころは、商売をやっていた。ぼくたちは、お菓子や見送りに使う紙テープをよく買った。
その家の奥におばあさんが住んでいた。ひっそりと暮らしているようだった。
店先でのぼくたちの騒がしいおしゃべりを、どんなふうに聞いていたのだろう。

 昔は、そこかしこの家におじいさんや、おばあさんが居て、いろんな話をしてくれたものだ。
ぼくが小さかった頃、よく行ったおばあちゃん家の思い出がよみがえる。

 おばあちゃん家へは、神戸の市電に乗って行った。
行き先は「石屋川」か「将軍通り」行きだ。
最初の頃は、母と一緒に行った。電車には三十分くらい乗っていたと思う。
慣れてくると、ひとりでも行った。小学校低学年の頃だった。
弟を連れて行ったこともあった。
 おばあちゃん家には、おばあちゃんが二人いた。
ちいちゃいおばあちゃんと、大きいおばあちゃんだ。
 玄関をはいると、細い通路が台所へと続いていた。
 ぼくの顔を見ると、おばあちゃんはよく来たねと言っていつも頭をなでた。
何度も何度もなでた。真正面から、ぼくの顔をじっと見つめた。
白い割烹着のポケットから飴をだして、ぼくの手をつつみこむようにして握らせた。
ぼくが恥ずかしそうにしていると、ニコニコと笑いながら、よしよしと頷いていた。
 二階が珍しかったので、ぼくはすぐに二階に上がってもいいかと聞いたものだ。
狭い階段をのぼって二階に上がると、すぐに通り側の窓の所に走っていった。
そこから、下の道路を見ているのが好きだった。飽きることがなかった。

 おばあちゃんはご飯を食べるとき、入れ歯がコツコツと鳴った。
ぼくは、おばあちゃんの口元を見ていた。おばあちゃんはニコニコしていた。
ぼくは何故か恥ずかしかった。
 おばあちゃんはトンカツに醤油をかけて、食べていた。
ぼくは、家ではソースをかけていた。
その頃は変だなあと思っていたぼくが、今ではそうしている。
 おばあちゃんのことを思い出すとき、いつも同時に思い出すことがある。
今でもはっきりと覚えている。
 なぞ解きだ。柱時計とかけて、なんと解く。日露戦争と解く。
そのこころはというと、カチ(徒歩)カチ(徒歩)進む。
ちいちゃいおばあちゃんがぼくに話しては、どうだ感心したかという顔をいつもした。
ぼくはなぞ解きと聞いただけで、もう答えがわかっていた。いつもおんなじ問題だからだ。
 こんな風に思い出すときは、いつもおばあちゃんのにおいも思い出す。
ちょっぴり線香のにおいも混じっている、今になってみると、懐かしいにおいだ。
 こうして知らず知らずのうちに、ぼくはぼくなりに人生を歩き始めていた。

本浦港

 本宅から少し歩くと、海端にでた。みんなは、やれやれという顔をしていた。
都会暮らしの僕たちにとっては、大変な労働だった。
 五十メートル程先に港の桟橋が見えた。
数限りない出会いと、別れが繰り広げられる舞台である。
 浮桟橋に乗って、海を覗いてみる。小さな魚が泳いでいる。
海藻がゆらゆらと水中で揺れている。
眼をあげて前方を見ると、北木島が随分遠くに感じられた。
 ここから真っすぐに五十メートル程行くと、お好み焼き屋の「一富士」があった。

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「初めての真鍋島紀行」(八)
 空は青く抜けるようで、楽しいハイキングの幕開けを予感させた。
最初は畑と畑の間の細い道を、足をとられそうになりながら進んでいった。
道というより、溝といった方がいいくらいだ。
雨が降ったときに流れていく道筋である。
どこかで鳥が鳴き交わしている。
島の稜線に沿って歩いていくと、身体の左右両側に海がひらけて爽快な気分だ。
「畑を踏まないように注意してください」と、声をかけられた。
まわりの景色に気を取られていると、思わず畑の中に足を踏み入れそうになってしまう。
道と畑の境界は土の色が溶け合ってひとつになっている。
おばあさん主体の島の農業では、畑に鍬を入れるのもさぞかし大変だろう。
そんなことを考えて、気をつけて歩いた。
途中で、島のおばあさんに出会った。

「こんにちは」
ぼくたちは大きな声で、挨拶をする。
「はい、こんにちは。ほれ、蜜柑でも食べんさい」
と傍らの木からもいで、ぼくたちにくれた。
形はいびつでも、とても甘かった。
味は人の心の優しさに、指数関数的に比例するものだとわけもなく感じた。

 前方を見ると、草や木が道を覆うように生えているところに出くわした。
なんだか以前に見たことのあるような光景だな、と思いつつ近づいていった。
すると、誰かが「不思議の国のアリス」にでてくるトンネルのようだ、と言った。
 なおも歩いて「山の神」と呼ばれているところに到着した。
ここで、休憩しますの声で足を休めた。
ぼくの額には、知らぬうちにうっすらと汗が滲んでいた。
みんなそれぞれに自分なりの居心地のいい場所を求めて散らばっていった。
ぼくは大きな岩の上に腰を下ろして、前方直下の瀬戸内海に目をやった。
ポンポンポンポンと焼き玉エンジンの音が聞こえてきた。
靄がかかった海の上を漁船が糸に引かれるかのように右手から左手へと進んでいった。
波間にキラキラと陽光が反射して春を思わせるような光景だ。
目を閉じていると暖かさが眠気をともなってやってくる。
さあ出発しますよの声で目が覚めた。
 これから野鳥の森へ向かいます、と説明があった。
野鳥の森とは何なんだろう。わけもわからぬままに再び歩き始めた。
 この「野鳥の森」とはなにか。
真鍋島に住む野鳥のために森を残そうと、昨年から運動が始まったという。
桜の苗木を植えて、そこで鳥たちと一緒に花見をしましょうというものらしい。
 現地に到着してみると、もちろん森なぞはない。
林にすらなっていない。当たり前である。
去年から植樹をし始めたばかりなのだから。
一週間程前に、今年の集まり「植樹祭」があったらしい。
まばらに植わっている桜の木と植樹者の名札を眺めていた。
島の傾斜面は、幼い桜に満たされていた。
植えた人はその無邪気さで桜の成長を想像しているのだろう。
だけど夏になったら雑草がすごいだろうな、が最初に思ったこと。
しかし、春に満開の桜の下での花見の宴も悪くはないぞ。
何年ぐらいで、桜の花が咲くのだろう。

野鳥の森

 すぐそばには農業試験場跡があった。
何年か後に、おじさんとホステラー何人かと来たことがある。
その時、ここから眺めた夕日は素晴らしかった。
全員が息をのんで見つめていた。
 空の蒼さは、太陽が沈むにつれて薄れてゆく。
厚い雲に太陽が隠れてしまう。
雲間から海に向かって斜光が何本も差している。
その光景に対峙するように腰を下ろした。
もっとよく見ようと双眼鏡で雲間を覗けば、太陽を遮っている雲の縁が黄金色に光っていた。
その荘厳さは譬えようもなく、まっすぐにこころに迫ってきた。
代わる代わるに双眼鏡を眼にして、ぼくたちは声もなく座っていた。
おじさんも「すごいのう」と言ったきり、ただ見つめていた。
 自然はなにも語らないが、その存在がぼくたちを圧倒する。
大空高く舞い上がってぼくたちを見下ろせば、とってもちっぽけに見えるはずだ。
くよくよと悩んでいたことが一体なにほどの意味をもつものかと、痛切に思い知らされた。
人はひとりで生きているのではない。ましてや、人だけで生きているのでもない。

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「初めての真鍋島紀行」(七)
 ウワーと大きく背伸びをしたら、なぜか昨日までの自分とはちがうと感じた。
どこがちがうのか上手く言い表せないのだが、心持ちがちがってきているのだ。
 波打ち際をじっと見つめていると、生きている実感がじんわりと湧いてくる。
足元には貝殻が波に洗われていた。
手にとってみると、朝日をうけてきらりと光った。
海を渡ってくる冷たい風のなかに立っていると、身が引き締まるようで気持ちがよかった。
沖を眺めながら耳を澄ますと、小鳥の囀りが聞こえてくる。
 都会の喧噪の中で暮らしていると、人は騒音に慣れてしまう。騒々しさを、騒々しさと思わない。
だからかだろうか、人によっては静けさに耐えられないし、独りになるのを恐ろしく思ってしまう。
旅行にでても、人の集まるところ騒音の発生源に自然と足が向くのだ。
 
「孤独な旅をしてるって感じの男、ねえいるじゃない」
「そうね。それも俺は女なんかは相手にしない、みたいな雰囲気だしてね」
「そのくせ、なんか物欲しそうでね」
「馬っ鹿じゃないのと思うけど、そういう男には思いっきり優しくでるのよ」
「例えば、どうするのよ」
「一人旅ですか、すてきですね。私もしてみたいけど、なんだか怖いようで。
なんて声をかけるのよ」
「それで、どんなふうな反応が返ってくるの」
「そうね、多いのが滔々と旅について語り出すタイプ。そしたら、もうお手上げよ。
そんなときは、話は全然聞いていなくても、相手の眼をじっと見るの」
「そんなことしたら相手に好意をもっていると、誤解されるんじゃないの」
「大丈夫、そんな男はたいてい純情屋さんだから、顔が赤くなって、あとはしどろもどろよ。」
「ふーん、なんだかかわいそうね」
「そうやって、男はみせかけだけじゃない本当の男に成長していくのよ。
どちらかといえば、私に感謝してもいいくらいよ」
「それこそ、孤独な旅人さん、だわね」
「でも、逆にこっちの眼をじっと見つめかえす男がいるのよ。
それも、なんだか優しい眼で。そんなときは、逆にこっちがドギマギするわね」
「それでどうするの。やっぱり、手玉にとってポイなの」
「馬鹿ね、そんな男に出会ってみたい、というお話よ」

 そんな男になれるかどうか、なりたいと考えるかどうかは別にして、ぼくは旅を続けていく。
妄想ともつかぬ思いに浸っているうちに朝飯の時間がやってきた。
すっかり忘れていたが、若いお腹は空腹のサインをずっとだしていたようだ。

 朝飯を食っていると、東京の大学生というTH君が島巡りをしませんかと声をかけていた。
ちらりと見たが東京人らしく知性的な雰囲気を感じた。
関西の軽い雰囲気とは全然ちがうなあ、と思いつつ味噌汁を飲み干した。
旅にでると、普段は食べない朝食がとてもうまい。
思わず知らず、三杯もお変わりをしてしまった。
 玄関前に島巡りをしようという者が集まってきた。
TH君が、なにやら注意事項をしゃべっている。
勿論、吾輩はそんなことに注意をむけてはいない。
彼の側にいる小柄だが美しい女性に見とれていた。
 耳を澄ましていると、Iさんと誰かが彼女を呼んでいた。
やっぱり東京の女性やろなあ。
なんとなく上品な感じがするなあ。
それにでしゃばらん控えめな態度がええ感じや。
女子大生やろかなあ。
でももしかしたら、短大で幼稚園の先生になるコースでもとってるのやろか。
そうかもしれんな。
だいたい、やさしそうな女性は幼稚園や保育園で子供に囲まれて楽しく日々を過ごす。
二十四の瞳の世界が似合うんや。大石先生は、小学校の先生やったけどな。
教育と堅とう考えんでも、そういう大切な職場に就かなあかん。
と、しょうもない考えにとらわれていたら、さあ行きましょうと声をかけられた。

TH君とIさんが列の先頭に立って、ユースの脇の細い道を一列になってのぼりはじめた。

見返り峠


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「初めての真鍋島紀行」(六)
 島のおじいさんに、話を聞いたこともあった。
あるとき、いつもながらに店先で二三人して関東煮を食べていると彼はやってきた。
「何処から来たんじゃ、暇ならわしの家に来んか」
どこからか、ぼくたちを見ていたようだった。
思わず顔を見合わせて、すぐに言った。
「はい、よろしければお邪魔します」
狭い道を入ったところにおじいさんの家はあった。人の気配はなかった。
「おじいさん、お一人ですか」
「そうじゃ」
「寂しくないですか」
「寂しくなんかはない。ビールでも飲まんか」
「はい、いただきます」
おじいさんはビールの小瓶をだしてくれた。
みなでビールを注ぎあって、一口飲んだ。
おじいさんひとり暮らしにしては、部屋はこぢんまりと片づいていた。
そう思っていると、突然に話しだした。
「わしは、大阪で勤めていたんじゃ。若いときはそうも思わんかったけど、歳とると変わるな。
やっぱり生まれたこの島に帰りとうなったんじゃ。不思議なもんじゃな。
こんな田舎のそれも離れ小島に、未練はない。大阪に就職したときには、そう思っとった。
ほんまに、わからんもんじゃな」
「そんなもんですかね。ぼくらには、まだ分からないですね」
「まあ、年とったら、自然と分かるじゃろう」
「奥さんはどうなさったんですか」
「ばあさんは、少し前に死によった」
「お子さんたちはどうしてるんですか」
「息子と、娘が大阪におる。たまに、孫を連れてこの島に来よる」
と言って、少し嬉しそうな顔をした。
「島では、なにか楽しみはないんですか」
「そうじゃなあ、年寄りが集まって博打をするのが楽しみじゃなあ」
「ええっ、そんなことしてていいんですか」
「駐在もそんなことを言いよったな。
でもわしらはな、小さなビンに入った一円玉を持って集まるんじゃ。
それで、たかだか負けても何十円なんじゃ。わしは、駐在に言うたった。
年寄りのささやかな楽しみを取り上げるちゅうんか。なんなら捕まえてくれ。
博打で百円稼いだ罪によって捕まえる、ゆうてな。
ちゅうたら、駐在困った顔して、あんまり目だたんようにしてくれ言うて、
それでお仕舞いじゃった」
そう言って、おじいさんはさも愉快そうに笑った。

ぺけ

 島には、狭い畑にニンニクが植えられているのであろう、
軒先にぶら下げられているのをよく見た。
花はパンジーがそこかしこに咲いていた。
 三虎YHのおじさんも、一番行きたいところはどこと聞くと、佐柳島と答えていた。
意外な思いもしたが、でもなんとなくおじさんの気持ちが分かるような気がした。

 大きな石を敷き詰めた、急な階段を登っていくと「大天狗さん」と呼ばれているところに至る。
登っていく途中で振り返ると、霞んだような海と空が見えた。
石段に腰を下ろして、しばし汗のひくのを待つ。こんなとき、人はなにを思うのだろう。
 社務所のような建物の土間に、大きな天狗の面がかけてある。呼び名の由来であろう。
そこを通過して山径を歩いていくと、以前は建物があったであろう跡にでる。
ここまで来ると、人の気配はもうまったくない。草いきれの中では、息をするのさえ苦しくなってくる。
人はどんなところにでも住みつくものだなあ。だから、地球上はこんなに人間でいっぱいなんだ。
 生きるものがいれば、死ぬものがいる。
この島は、民俗学的に珍しい習慣を残しているという。
人が死ぬと埋葬するのだが、この島では、それとは別にお参りのためだけの墓がある。
両墓制というらしい。埋墓と参り墓、があると云うのだ。
それは船が着く港とは島の反対側の、長崎鼻という場所の先にあった。
海沿いの小石がごろごろしている、風が強く吹きつける墓地だった。
そこここに、木で作って彩色のほどこしてある人形が挿してある。雨と風で色があせていた。
対照的に、お参りに来た人が挿していった金盞花のオレンジが鮮やかだった。
 ここはもう塩飽諸島の北端、四国の香川県である。

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誰の背中を見れば…
いまの子どもたちは物質的には恵まれている、などといわれる。
ということは、暗に精神的な飢餓の世界に住んでいるということをさしているのか。
ふつうに考えれば、子どもは周りの大人の姿を見て育つのである。
あたりまえのことだが、その言い草を聞いてそうしようなどと思うことはない。
自分の昔を考えればだれでもが分かる、あるいはそうだと気づくことである。
だから、彼らの姿はわたしたち大人の姿の鏡像なのだということもいえる。
勉強もしない大人が、こどもに勉強しろといっても聞く耳はないのである。

「オレ様化する子どもたち」 諏訪哲二 中公新書ラクレ ★★★★
人の言うことが聞けないこどもたちが多くなってきたと思う。
会話が成り立たないのである。こちらが話すことをまるで聞いていない。
これって、テレビに出てくる政治屋(家ではなく)に多いですね。
それと論理の組立て方がまるでちがっているのだ。
『大リーガーのイチロー選手が<成功とはあいまいなものだが、
それはまわりの人が決めるものではなく、あくまでも自分が決めるものだ>(要旨)
とテレビでしゃべっていた。
ああこれこれ、この世代のこの頑なさだとねと納得してしまった。
<成功とはあいまいなもの>の意味がまったくわからない。
イチローも自分の認める以外の「外」の価値を認めていないのであろう。』
これこれ、以前からイチローはなにを言いたいのか理解できなかった。
つまりは、こういうことだったのかという思いである。

「下流志向」 内田樹 講談社 ★★★★
学習することはなんのためになるのか、子どもたちは問う。
それは彼らの目に映る大人を見ての発言なのだろうと思う。
『「義務教育」という言葉を、今の子どもたちは「教育を受ける義務がある」
というふうに理解しています。
もちろんこれは間違いで、子どもには「教育を受ける義務」なんかありません。
子どもには「教育を受ける権利」があるだけです。
「その保護するところの子女に普通教育を受けさせる義務を負う」のは親たちの方です。』
進学することができないで就職していった年代からは想像もできない。
『教育の逆説は、教育から受益する人間は、自分がどのような利益を得ているのかを、
教育がある程度進行するまで、場合によっては教育課程が終了するまで、
言うことができないということにあります。』
そうはいっても、今の世の中を見ていると疑問は数々浮かんでくるのだろう。
そういうあなたはなんのために働いているのか。
そして、それでよしとほんとうに考えているのですか、の声が聞こえてきそうだ。

「イスラーム哲学の原像」 井筒俊彦 岩波新書 ★★★★
日本人でも日本でより外国での評価が高い人がいる、そんな井筒氏である。
まあ、逆の場合は数知れずということでもあるのですが…。
知られてもいなかったら、評価もなにもないので問題外なのである。
日本人があまり知らないイスラムの哲学の系譜をたどる。
その源流はギリシャ哲学にあるということも知らない人が多い。
スーフィズム(神秘主義)について書かれているのだが、なかなかにむずかしい。
しかし、イスラムの源流から説き起こす書に出会ったことは幸いである。

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「初めての真鍋島紀行」(五)
 店を出て歩き出すと、波止の上に人影が見えた。
なんとはなしに、そちらへ足を向けた。
釣りをしてる人がいた。

「こんにちは、暑いですね。釣れますか」
「ご覧のとおりや」
と、魚籠を引き上げて、こちらにみせてくれた。
なかには魚の姿はなかった。
「兄ちゃん、何処から来たんや。学生さんか」
大阪弁で、気さくに聞かれた。
そばで奥さんらしい人が、腰をかがめて日傘をさしながらこちらを見ていた。
「神戸からきました。大学は千里の方なんですけど」
「そうか。わしは難波で店をやっとるのや。久しぶりの休みちゅうことやな」
「佐柳島なんてよく知っていますね」
「まあな」
曖昧に答えて、傍らにあったビールをぐいっと飲んだ。
「兄ちゃん、バイトするんやったら、わしの店で使こうたるで」
「夜の商売、経験あるんか」
「いいえ、ないです」
「そうやろうな」
「でも、おもしろそうですね」
「ハッハッハ、おもしろいことなんか全然あるかいな」
「なんでも仕事になったら大変や、そやろ」
と、傍らの女性に話しかけた。
よくみると、とてもきれいな人だった。
「そうですなあ」
口数少なく、微笑むだけだった。
直感的に奥さんじゃないな、と思った。
「まあ、兄ちゃんは、ウエイターちゅうよりバーテンタイプやな」
「その気になったら、いつでも電話しといで」
と、名刺をくれた。
帰るで、と言って女性に目をやって港の方へと去っていった。
女性はかるくこちらへ礼をして、あたりを手早くかたづけあとをついていった。
ぼくはぼんやりとふたりの後ろ姿を見送っていた。

歩道橋

 この島に三虎ユースの末っ子のHくんと来たことがあった。
そのころ、Hくんは小学校三四年生だったと思う。
少し前に横浜のI君と二人で四国に遊びに行った、と聞いていたので誘ってみた。
そうしたら行くと元気なかわいい顔で答えたので、よし行こうということになった。
島に行き始めた頃は、この兄ちゃん大丈夫かいなという目でぼくをみていた。
しかしその時期も過ぎて、やっと慣れてきたころだった。
 佐柳島に着いて、少し不安を感じたようだった。それは、あまりに人が少ないからだった。
港の店で少しお腹を満たしてのんびりと歩き出した。
しかし、歩いていても人と出会うことはないのだ。
真鍋島よりも、さらに人が少ないのである。
いつのまにかHくんはぼくの手をしっかりと握っていた。
人は人の温かさを感じられると落ち着くのだ。
島にある小学校の前の誰もいない道を大きな声で歌をうたいながら歩いた。
煙るような雨も、少し降ったりした。

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「初めての真鍋島紀行」(四)
 話し足りないと思う人は、船に移ってそこで話してもいいということであった。
眠い人は各自の部屋で寝てください、とつけ加えられた。
 多くの若者は、浜辺に据えられた木造船の部屋へと移動した。
この船は笠岡航路に就航していたということだ。
年輪の重みを感じさせる。
夜の闇のなかでは、視界を圧するような大きさだ。
船倉のような部屋に降りると、畳敷きになっていた。
部屋の真ん中に、母屋からやぐら炬燵を持ってきて据えた。
灯りは天井の白熱電灯があるきりだ。
柔らかな光が、温かさとともにみなの顔を照らしている。
 ひとつの炬燵を囲んで座れば、お互いの顔がよく見える。
まず初めに自己紹介だ。
大阪の高校生、群馬から来たという看護婦さんがいた。
岡山はNS女子大学の学生さん、大阪のOLだという女性など…。
いろんなところからそれぞれの思いで、ここ真鍋島に、三虎ユースにやってきた。
不思議を感じない訳にはいかない、そんな空気がある。
今まで多少なりとも旅をしてきて、多くの人々との出会いを経験してきている。
そんなときにはついぞ感じなかった懐かしいような気持ち、といえばいいのだろうか。
 この地球上には何十億という人が生きているのに、ぼくたちはここで出会った。
きっとこれから先会うこともないかもしれないが、この出会いを大切にしようと思った。
誰を愛しているとか好きだ、という感情以前にその根底を形づくっているものがある。
そんなものから、きっとこの思いは湧いてきたのだろう。
キリスト教の人類愛、仏教の慈悲の心、といった言葉がそうなのだろう。
 こんなことを考えていると、突然自己紹介の番がまわってきた。
実のところ、どんな話をしたのかなんてまったく覚えていないのだ。
感覚に残っているのは、楽しかったなあ、温かい気分になれたなあ、というばかり。
つまらない冗談でも笑える、おおらかな雰囲気がぼくたちをつつんでいた。

 いつのまにか夜は明けていて、目のあった者同士で砂浜にでた。
前方には、朝靄にかすんで、あとでその名を知ったが、佐柳島(さなぎしま)がみえていた。
この佐柳島には、その後幾度となく訪れるのだが、真鍋島よりもっとひなびた島なのだ。

佐柳島

 多度津行の定期船が佐柳港の少し沖合に停まると、小さなはしけが下船客を迎えに来る。
思わずこれに乗るのかと、おっかなびっくりはしけに乗り移ってやっと島に上陸できる。
はしけから今乗ってきた船を眺めると、随分と遠くまできた気分になる。
波止に降りたって、ほっと一息というところだ。
 港の近くに、店先に氷の幟が翻っている民家のような商店がある。
店に入ると、すぐそこにおばさんが座って針仕事をしている姿が目にはいる。
おばさんの前には、火鉢がでんと置いてある。
裁縫に使うのだろう焼きごてが灰にさしてある。
五徳の上には鍋がかけてあり、その鍋のなかには関東煮が見える。
 おばさんにビールを頼んで、自分で鍋のなかから卵とコンニャクと竹輪を皿にとった。
昼日中に飲むビールはなんて美味いのだろう。
関東煮もよく汁がしみこんでいてまずまずの味だ。
おばさんは話すでもなく静かに何かを縫っている。
着物のようだがぼくにはよく分からない。
店のなかの薄暗がりから明るい外を眺めると、ほのかな眩暈を感じる。
波の打ち寄せる音がすぐ近くに聞こえる。
それはこの島があまりに静かだからであろう。
 皿とビールのはいったコップを持って表に出て立つ。
玄関先の石段に腰かけて、まぶしさに目を細めて沖を見る。
白い海鳥が数羽海面を漂っていた。
いつしか温くなってしまったビールを一息に飲みほした。

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「初めての真鍋島紀行」(三)
 玄関から階段を上がったとっつきの部屋は「大海原」といった。
広い畳敷きの食堂兼ミーティングルームだ。
この部屋では、廊下に積んである長テーブルが組立てられ、人数に応じて配置される。
そこに、茶碗、お皿、湯飲みといった食器類を運ぶ。
テーブルの上には、食器を並べる。
次々に運び込まれるフライや、てんぷらを盛りつけていく。
二人一組で、仲良くよくやっていく。
魚の煮付けも、でき上がってくる。
鍋からは湯気がわき上がっている。
サラダも忘れずに皿に盛る。
なんとか食卓の格好がついてきた。
お腹も空いてきた。時間は、七時半だ。
ふつうのユースなら食事の終わっている時刻だ。
 八時になって、食事の用意ができた。
のんびりそのものであるが、しかしとにかく飯だ。
夕食を待ちかねていた若者たちの胃袋は、健康そのものだ。
大きな釜の飯を、あっと言う間に空にしてしまう。
楽しげな、満足そうな顔をしている。
生きるために喰うのか、と問われれば、瞬時にそのとおりだと答える。
そのことになんの疑問があるだろうか、と思わせる光景だ。
健康な者のみが発散させうる、甘酸っぱい汗のにおいが大海原に充満している。

見返り峠から

 このあとどうなるのだろうと思っていると、ミーティングがあるという。
旅慣れた若者が、これから始めます、大海原に集合してくださいと声をかけた。
食後そこらじゅうに散らばっていた若者が集まってくる。
たちまちにして、部屋はもとの活気をとりもどす。
みんなでフォークソングをうたう。
この時代と云えば「遠い世界に」が代表的な歌だった。
あまり上手とはいえないギターの伴奏で歌う。
何曲か歌ううちに、参加者の気分も徐々にほぐれてくる。
 大勢で歌うというのは、不思議な効果をもたらすものだ。
見知らぬ人に話しかけるのが苦手だ、という若者が多い。
どう話しかければいいのかわからないで、曖昧に笑っていたりする。
楽しげに話し合っている者たちのそばにいて、孤高を保つのは寂しいものだ。
話の輪にはいろうとして、言葉を考えに考え抜く。
しかし話の流れに乗り遅れた一言を発したときは虚しい。
暗い穴に、足元から根こそぎ落ちていくかのような気分だ。
それにひきかえ、大勢で歌うということは、なんと人を打ち解けさせるのだろうか。
観念におぼれずに、口動に移せということだろうか。

 そのあと、ゲームなどをやったりして、夜半になろうかという頃だった。
この「三虎YH」のペアレントの通称おじさんの登場であった。
人なつっこい笑顔をみせたあと、とつとつとしゃべり始めた。
自分が興味を持っていること、自分が考えていることをゆっくりと話す。
しばしば途中で、話は唐突にとまる。
思い出すかのように、また話は続いていく。
若者たちに話しているというよりは、自己との対話を声にだしているような感じた。
緊張感と眠気と疲労が混じり合った不思議な空気のなかにいた。
話が終わったとわかったとき、みんなの顔に安堵の表情が波紋のようにひろがった。
ぼくには確かにそう感じられた。

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「初めての真鍋島紀行」(二)
 真鍋島本浦港に着くと、港の浮桟橋は多くの人で混雑していた。
島に着く人と、これから出て行く人々が交錯していた。
そんななか、知り合いを見つけて声をかけ合う島のおばさんの言葉が聞こえてくる。
岡山方言丸出しで、なんともいえない旅情を感じさせるものだった。
 さてどちらへ向かったものかと、あたりを見回すと旅行者はすぐにわかる。
どことなく挙措動作が島の人とはちがうし、服装もまるっきり別物だ。
ぼくの近くにいた女性は、これから島をあとにする人の見送りに来ているらしい。
たぶんユースホステルの宿泊者だろう。島の人とは、まるっきり様子がちがっている。
彼女についていけば、なんなくユースに行けるだろう。
 彼女は傘もささずに、一心に帰る人を見つめている。
なにか声をかけるのもはばかられるような、そんな雰囲気があった。
ぼくは所在なく傘をさしかけながら、少しの居心地悪さと共に立っていた。
どぎつい色の紙テープが、飛び交っていた。
雨にぬれて色落ちのした紙テープを、ぼんやりと眺めていた。
なんなのだこれは、とどうしていいかわからないままに考えていた。
 やがて、涙にぬれた彼女の瞳の先を船は出航した。
若者たちは、各人各様の思いを海の上に投げかけ叫んでいた。
彼らの発する「また、会おう」の声が、この時のぼくにはなぜか皮相な意味に感じられた。
 彼女は「K女子薬科大学」の学生で、名前は「HY」さん、と後で知った。

見送り風景

 小雨の降り続くなか、ぬかるんだ足元に気をつけながらぼくたちは歩き始めた。
島の向こう側にあるというユースホステルを目指して。
途中の山径はひと一人が歩ける幅しかなく、ぼくたちは一列になって歩んだ。
見送りのあとの虚脱感を漂わせながら進むこの集団は静かだった。
雨のなかでは声もとぎれがちで、おまけに少し寒くもあった。
だれもがそれぞれの思いのなかに潜みつつ、ただ歩き続けた。
天気がよければ小鳥も鳴き、気持ちのよい径なんだろうな。
 突然視界がひらけて、眼下に建物があらわれた。
ハンドブックで見た写真と同じだったので、すぐにここがユースだと分かった。
急な下り斜面を滑らないように注意しながら、先へと急いだ。
 玄関をはいるとすぐに階段があり、あがって右側に受付のカウンターが見えた。
受付の横が台所へと通じているらしい。
ドアの隙間から、なかの様子が見え隠れした。
このなかで青春を謳歌することになろうとは、夢にも思わなかった。

 初めて宿泊することになる部屋には名札がかかっていた。
「寒菊」と書かれており、六畳の和室だった。
荷物を部屋に置くと、とりあえずぶらりと階下の受付ロビーへとおりていった。
あたりを見渡してみると、やっぱり多くの若者がいた。
雨模様なので外に出ることもできず、三々五々集まって話をしたりしている。
グループでの旅行者は少ないようで、みな少人数か一人旅のようだった。
ことばの様子からは、東京方面の人も結構いるようだ。
もちろん関西弁もよく聞こえてくる。

 そのうち、夕食の準備が始まった。他のユースに比べて、少し遅いようだ。
忙しそうなので手伝いを申し出たが、ここSでは少なからぬ意味をもつようだ。
手伝っていると、まわりからの視線を強く感じた。
「私も手伝いたいなあ」
「でも、どうしたらその環にはいれるのだろう」
「手伝いましょうか、のひとことが言えないな」
そういった無言の意識が伝わってきた。

 ひとり旅することが好きだといっても、人はひとりでは生きていけない。
同じひとりといっても、意味するところはちがう。
人恋しさとひとり旅は、コインの裏表だ。
例えば「群衆の中の孤独」といったことばがあるように、こころは多次元の軌跡をたどる。
絶頂の高みから奈落の底へと、若さは大きく振れ動く。
 「愛」と「ひとり旅」は、似たような構造をもっているのかもしれない。
感動的であったり、譬えようもなく陳腐であったり、だから扱いづらい。
粗末に、手荒にあつかうのもはばかられる。
照れることなく、声高にことばになんぞだせるものでもない。
真っ正面からは向き合えないけれど、いつも気にはなっている。
しかしながら、これを欠いた青春というのも考えづらい。
まさに、青春を構築する「必要条件」であるのだ。
若者よおおいに悩み討論を戦わせまえ、というべきか。

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「初めての真鍋島紀行」(一)
 時間を昭和四十六年三月にまでさかのぼる。

 早朝の町を駅に向かって歩きながら、晴ればれとした気分だった。
荷物も肩からさげるバッグが一つきりだし、身軽さにあふれていた。
国鉄の駅で西明石行の普通電車に乗るときも、うきうきとしていた。
これから笠岡まで鈍行列車の旅が始まるのである。
見慣れた車窓の景色も新鮮に感じられた。
乗り継ぎを繰り返すうちに、冒険的興奮は徐々に高まっていった。
姫路を過ぎると、あたりは急激に田舎のようすを帯びてくる。
ぼんやりと窓枠にもたれて外を眺めていると、風が心地いい。
うとうとと眠りに落ちてるあいだにも、列車はひたすら西へと進んでいく。
岡山を越えると、車中の雰囲気はがらりと変わるし言葉も変わる。
旅にでたんだ、という実感で全身が満たされていく。
 笠岡駅に着いて改札口を抜けると、そこは見知らぬ町だった。
しかしながら、駅前にはあたりまえのようにパチンコ屋があった。
入口からもれてくるにぎやかな歌謡曲には、逆になんだかほっとした。
騒音であっても旅を盛り上げる効果音のように感じられたのだ。
島への船着き場には古ぼけた木造船が留まっていた。
待合室にも人の姿はまばらだった。
あたりには瀬戸内の小さな島々へ渡る風情が漂っていた。
 さあ、これから真鍋島へ向かうのだ。

 家を出たときには曇り空だった。
船に乗り島々を巡りながら進むうちに、いつしか小雨が降りだしていた。
船内には畳みを敷いた場所があり客も少ない。
一升枡より一回り大きな内側にブリキを張ったものがころがっている。
これは灰皿代わりなのであろう、吸殻がいくつか残っている。
海面よりほんのすこし上に位置する窓近くの一画に腰を落ち着けた。
手探りでポケットからハイライトを出して、一本を口にくわえる。
まわりを見回しながら、煙草に火をつけた。
ふーと煙を吐き出しながら、さてこれからどうなるものかと思っていた。
 途中の島に着くたびに、ここはどこの島かと外を覗いてみたりした。
景色を眺め旅の風情を味わうでもなく、なにかしら心落ち着かない気分だった。
北木島の大浦港を過ぎて、次に着くのが真鍋島だと知らされた。
前方に、ふたこぶラクダのような盛り上がりをもつ島が見えてきた。
これがあの「旅」という雑誌に載っていた島なのだ。

三虎の浜

 年が明けて、いよいよ大学受験が目前に迫り内心焦っていた。
考えていた計画ほどには勉強が進んでいなかったのだ。
というよりここに至って、どう勉強をすればよかったのかの確信がもてなかった。
気分転換というよりは楽しみといったほうがいい書店内徘徊にでかけることにした。
なにげなく「旅」という雑誌を手にとって、パラパラとめくっていた。
とある記事に眼がとまった、執筆者はDMとあった。
内容は真鍋島にあるユースホステルでの楽しい旅の一コマというもの。
思わず、「あっ、まずいなあ」と口走っていた。

 昨年暮れに、ユースホステルのハンドブックをめくっていた。
瀬戸内海の真鍋島というところに「三虎ユースホステル」という名前を見つけた。
名前からして興味を引くし、ここで年末をのんびり過ごそうかと思っていた。
しかし、年の瀬が近づくにしたがって大学受験が頭にちらついてくる。
そのわりには勉強は進んでいないし、という状況で出かけるのは断念した。
 そんな経緯があっただけに、こんな記事がでたらどうなるんだ。
人がたくさんくるんだろうなあ、嫌だなあ、と思わずにはいられなかった。
瀬戸内の小島の、ひなびたたたずまいをこころに描いていた。
少し修正が必要かもしれない。
だが、考えるよりまず行動に移さなくてはなにごとも始まらない。

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「初めての真鍋島紀行」を書いた理由
 真鍋島に最初に行ったのは、もうずいぶん前のことだ。
そのときのことを書いておこうと思ったのは、おばさんが脳梗塞で倒れたときだ。
病院で退屈してるかもしれないし、こんなこと憶えているのかなと考えたのがきっかけだった。
書き終えたのはもう数年前のことになる。

 大学生になる前の春三月にはじめて真鍋島の地を踏んだ。
それから幾度となく島に行き、おばさんやおじさんと話したり笑ったりした。
もちろん衝突がまったくなかったわけではない。
旅のなかだけのことであれば、そんなこともなかったろうとは思う。
たびたび訪れ、島での生活が長くなるにつれて、お互い(?)の欠点も見えてきた。
それでも、やっぱり島が好きで、おじさんおばさんに会いたくて行かずにはいられなかった。
いくども訪れる連中は、きっとそんな気持ちだったのだろうと思う。
また逆にいろんな事情から足が遠のいていった人たちも多かった。
 恋愛でもそうだが、すべてがハッピーエンドにはならないしなれるはずもない。
島で知り合って結婚した人たちもいるし、その後別れた人たちもいる。
世の中ではごくたりまえの事である。
世間と同じようなことが島のなかでもあるし、しかしそれもいまは懐かしい思い出だ。
 来たる人あれば、去る人あり。来る者は拒まず、去る者は追わず。
それが横糸になり縦糸であり、それぞれの人生の紋様を紡ぎだしている。

 四月には「三虎ユースホステル」は四十周年を迎える。
いまは亡きおじさん、おばさん、そして友人たちを懐かしく思い出す。
そう思ってこの機会に、ここに書き移し、記すことにした。

 言うまでもないことだが、これはわたしが感じた真鍋島の記である。
(それに記憶などあてにならないことは、誰でもがよくご存知のことである)
なんのために書くのかといわれれば、自分のためだとしか言いようがない。
こうして書くことによってひとつまたひとつと卒業(?)していくのかも知れない。
ぼくらしい言い草だと、彼岸でおばさんたちが噂していることだろう。

三虎のアルバムから

(三虎ユースのアルバムより)


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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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