ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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雨あがりの憂鬱
ひとしきり雨が降った後の、朝の陽射しはすがすがしい。
暑さがひととき消えてからだがぶるっと奮えるようだ。

だがしかし、雨上がりの道を歩くとき、
そこかしこに車にひき潰された蛙をみる。
きっと雨にさそわれて道路へ飛び出してきたのであろう。
元気いっぱいに(擬人的に過ぎる?)跳ねながら…。

舗装道路上の干からびたみみずも同じような事情だろう。

3699下水蓋

これが現在の進化の結果なのだ。
もちろん進化は進歩を意味してはいない。
(なにをもって進歩と定義するかはむずかしい問題だ)
(どこが進歩なんだということも多いのではあるが…)

最近では昔ながらの地道に出会うことはめったにない。
山のなかでもコンクリート舗装の道が続いていたりする。
ただ雨が降ると道がぬかるむから、という理由だけで。

いつから人は汚れることを嫌うようになったのだろうか。
こどもたちは、いまでも泥んこになって遊んでいるのだろうか。
公園の砂場にブルーシートがかけられている。
どうしてかと思ったら、猫や犬が糞をするからだという。
そんな清潔病になってしまうと、かえって問題があるけど。

土を踏みしめ、自然のクッションを足裏に感じながら歩きたい。
それもぜいたくな願いになってしまったのだろうか。

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雨の訪問者
インターホンが鳴らないのよ、との声で玄関先へ。
線が外れたのかななどと考えながら…。
そんなときのひとコマ。

3744雨蛙

「おはようございます」

「いいお天気になりましたね」

「やはり雨上がりは気持ちのいいものです」

「軒先をお借りしまして、ちょっと瞑想に耽っておりました」

「今後ともよろしくお願いいたします」

などと言ってるのかしらん。
哲学しているようにも思えてくるアマガエルだ。

生きるって、なかなかに多様なのであります。

新世界
タイトルからなにを連想するのだろうか。
ドヴォルザークか、はたまた通天閣か。

土曜日小雨の中、大阪へとでかけた。
一心寺(浄土宗)へ立ち寄ったころには雨もあがっていた。

3705天王寺区

寺の屋根の向こうに通天閣が見える。
ここ新世界界隈に足を踏み入れるのははじめてである。

3723遥かに通天閣

下町の雰囲気がいまでは観光地となっているようだ。
せっかくだからと通天閣にものぼってみる。

3729ビリケン

Nくんが転職して、奥さんの故郷へ引っ越すという。
今日はその送迎会がここ新世界でおこなわれる。
彼らの新たな旅立ちにふさわしい場所かもしれないな。

集合時間が近づいてくると、やにわにまた雨が降ってきた。
(やっぱりこうなるのか)
しかし、これもNくん夫妻との別れを惜しんでのことではなかろうか。

総勢二十名が揃ったところで、串カツで乾杯!!

3739串カツ

ぼくも若い頃に長府の町へ行ったことがある。
そういえば、あのときも雨だった。
土塀の崩れたところをながめていると、
維新前夜の雰囲気を感じたものだ。

新しい土地で、新しい生活が始まるんだな。
元気でまた会いましょう。

テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

読立読歩
芸術は模倣から始まる、などといいます。
ここにいう模倣とは、同じものを作るということではない。
同じとは何か、じっくり考えてみればわかるでしょう。
模倣しながら絵を描いて、同じものが描けるなどとどうしていえるのでしょうか。
まったく同じ絵を描くことは不可能なのです。
では、なぜ模倣から始まるというのか、なかなかに含蓄があるのではないですか。
そんなことを考えるだけでも、独創的になれるのではないでしょうか。

「国家の品格」 藤原正彦 新潮新書 ★★★
品格があるとか、ないとかということがある。では、品格とはなにか。
そんなものがなんの役に立つのか、という人たちがいる。
もちろん、それで儲かるのか、所得が増えるのかということらしい。
『ある国の子供たちは、「万引きをしないのはそれが法律違反だから」と言います。
こういうのを最低の国家の最低の子供たちと言います。
「法律違反だから万引きしない」などと言う子供は、誰も見ていなければ万引きします。
法律で罰せられないから。
大人になってから、法律に禁止されていないことなら何でもするようになる。
時間外取引でこそこそ株を買い占めるような人間がどんどん生まれてくる。』
倫理もおなじような構造をもつのではないかと考えたりする。
自己規準なくしてどう生きるのか、はなはだむずかしいことだと私は思う。

「イン・ザ・プール」 奥田英朗 文藝春秋 ★★★★
ものごとの本質に迫るには、戯画化してみると見えてくるものがあるようだ。
戯画化はユーモアといいかえても通じるところがあるのではないだろうか。
「伊良部総合病院」の地下一階にある「神経科」の「医学博士・伊良部一郎」。
この人物、姿からして医師らしくないのである。
だからこそこの物語りが成立しているところもあるのだが…。
太り加減でしまりのないからだ、その言動はマザコンそのもの。
治療方針といえば、神経を病んでいる患者が首を傾げることばかり。
しかし、なぜかいつのまにか症状が消えてゆくという不思議な医者。
精神医療を風刺しているのか、からかっているのか、なかなかおもしろい。
読んで怒り出す人たちがいるかもしれないが、それはそれでいいではないか。

「グッドナイト・アイリーン」 ジャン・バーク 扶桑社ミステリー文庫 ★★★
新聞記者のアイリーン・ケリーは決意するのだ。
先輩記者で尊敬し慕ってもいたオコーナーが殺されたとき、犯人を見つけると。
彼との会話がときとして思い出されて、また決意を新たにする。
『恩に着たり着せたりするのは、計算ずくで暮らしている人間のすることさ』
『「アイリーン」彼は言ったものだ。
「世の中で一番悲しい言葉はなんだと思う?」
「泣くとわめく、違う?」わたしは言った。
「また、利いたような口をきく。いいかね、この世で一番悲しい言葉は
『もし、ああだったら』の二語だよ」』
などと、ついふむふむと読んでしまうのである。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

ゴリラとタケノコ
先週の土曜日、相方のTは友だちとオープンガーデン見学にでかけるという。
じゃあ、我輩が夕食の用意をしておきましょう、ということになった。

彼女がでかけて、昼過ぎに近くのスーパーまで買い物にゆく。
いつもは車だが、あいにく今日は出はらっている。
天気もいいし、歩いていこう。

なんとか買い物を済ませての帰り道、竹藪脇を歩く。
手入れもされていないようで、密生している。
奥行きもないようだが、向こうまでは見渡せない。
もちろん、筍なんぞがあるふうでもない。

3701竹林

筍かあ~。
そういえば、ゴリラも筍が好物だと
学生の頃に読んだ記憶がある
「ゴリラとピグミーの森」、伊谷純一郎著、岩波新書。
そのなかでひときわ印象深かった記述があった。
タケノコを求めてゴンベの森を遊動するゴリラの家族。
ああ、彼らもタケノコが好物なんだ。

3702藪

やっぱり採れたてはうまいなあ、と言ってるようだ。
こうしたところからも、人間とゴリラは近縁だとわかる(無理やり?)。

しかし、この竹薮にはタケノコの姿はなかった。


夜の田んぼ
昨日の帰り道、小雨が降っていた。
外灯に照らされた道でぴょんぴょんと跳ねるものがあった。
近づいてよーく見ると、小さな蛙だった。
雨に誘われて、横の田んぼから飛びだしてきたものらしい。
あやうく踏みつぶしてしまうところだった。

そういえば、ここの田はもう水を張っているんだった。

そのとき、バシャバシャと水音がした。
なにがうごめいているのかと見ると、
黒い影がと思ったら、アイガモらしき水鳥が田を泳いでいた。
なんだ驚かすなあ。

だがその横に白くぼうっと立つものがある。
まさか女性なんてことはないよなと、
一瞬びっくりしたが、よくよく見るとサギだった。
気配に気づいたか、ゆっくりと飛び上がってすこし向こうに舞い降りた。

外灯の薄明かりのなかで鳥たちは生きている。

今夜も帰りにいるかと思ったが、
聞こえてくるのは昨日とうって変わった蛙の大合唱。
ただ冴え冴えとした蛍光灯の明かりが水面に映っているばかりだった。

読後閑あり
読み終わった後の感じで、ほぼその本に対する評価は決まる気がする。
なんとか読み終わったなあなどと思うときは、内容もいまひとつ。
残りのページが少なくなってくると、ちょっぴり寂しくなるような本がある。
さらにそんなことも気づかず一気に読み終えて、ああ終わってしまったという本。
楽しかったような一抹さみしいような、デートの後のあの気分。
そんなときは、ぼんやりと空を眺めたりして気をまぎらわすこともあったり。

「なんのための日本語」 加藤秀俊 中公新書 ★★★
最近はエッセイが多い加藤先生ですが、若い頃はいろいろと啓発されました。
いつもながらに知らないことが多い、と反省(?)しながら読んでいます。
『南北をとわず、朝鮮語はハングル文字。
漢字をまぜるかどうかについては意見がわかれているが
ハングルが主流であることにかわりはない。
念のためにいっておくと、ハングルというのは十五世紀、李朝四代世宗の時代に
創造されたみごとな文字体系で、「訓音正音」ともいう。
朝鮮半島の言語を「ハングル語」などというひとがいるが、あれは完全なまちがい。
ハングルは文字体系であって言語ではない。
日本のおおくの外国語大学ではこの言語を正式に「朝鮮語」とよんで学科編成をしている。
ハングルを「言語」だというのは英語のことを「ローマ字語」といい、
日本語を「かな語」というようなものだ。』
そろそろ国語から日本語へと脱皮しないといけない時期なのかもしれません。
それがいわゆるグローバル化ということなのです。

「スタンド・バイ・ミー」 スティーヴン・キング 新潮文庫 ★★★
原作よりも映画のほうが有名で、さらに主題歌が大人気でした。
あの曲が聞こえてくると条件反射のように青春時代が思いだされる。
そんな人がすくなからずいるのではないか、などと考えたりします。
『わたしは十二歳のときの仲間たちのような友人は、
その後ひとりももてなかった。
世間の人はどうなのだろう。』
さて、どうなのでしょうか。
しかし、仲間とよべるような友人をもつことのできた人は幸せです。
ものよりも思い出のほうがいい、という気分にさせるCMもありました。

「壁に書かれた預言」 ヴァル・マクダーミド 集英社文庫 ★★
長編のミステリなら、比類なき才を発揮する作者です。
短編になるといささかそのあたりが弱い気がしました。
関西人のいうところの「おち」がいまひとつなのです。
『キッチンを突っ切り、中庭に出るフレンチ・ドアへ急ぐ。
いま必要なのは新鮮なハーブだ。
刺激的で翳のあるローズマリー、華やかな芳香をふりまくバジル、
ひそやかで執拗なタイム。彼女の結婚生活のハーブたち。』
こういうところは女性なんだなあ、と感心させられます。
次回は長編でまた楽しませてほしいものです。

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イスパック
雑談しているとき、S氏の足元に目がいった。
ワイン色もいい感じで、これはいいなと思った。

ザックでありながら、イスにもなるというすぐれもの。
疲れて座る場所がない場合でも、これがあればだいじょうぶという寸法だ。
S氏もお花見のとき女性に貸してあげて感謝されたと聞いた。
うーん、そう余得(?)もあるかもしれないなどとは考えないが…。

3698イスパック

雑誌などでいろいろ調べ、ネットの比較サイトでも探してみた。
値段も思ったほど高価ではなかった。

いまでも旅行にでるときは、ボストンバッグ(ほとんど使ったことがない)より、
やはり背負うスタイル(片方の肩にかけることが多い)のほうがいい。

若い頃にはバックパッカー・スタイルが流行していた。
フレームザックにうまくパッキングできたときは気分も爽快だった。
ザックの重心はできるだけ高くなるように肩紐は極力短くなるように背負った。
頭上高くに荷物を見せて近づいてくる仲間も多かった。
それが長時間歩いても疲れないための工夫でもあったのだ。

いまどきの街を行く若者はリュックの肩紐を長く伸ばして背負うのが流行らしい。
しかし、あのスタイルはどうしても馴染めない。
重いものが入っていないからあれでいいのだろう。
ルーズさ(反社会的?)を強調するのは若者の特権なのだから。

ベルトの意味
いちど起きて、また眠ってしまった明け方に変な夢を見た。
ノーベル賞受賞者(どうみても芸人のようだが)とやらが登場して、
その場にいる人たちに菓子類を配りはじめた。
こっちを見て、ネクタイをあげましょうと何本かのなかから選んで投げてよこした。
なんだ横柄なやつだと思いながらも、逸れていった方向を目で追った。
だがどこに紛れてしまったのかどうしても見つからない。

そこんところで目が醒めた。
思わず時計を見て、寝過ごしたことに気がついた。

あわてて服を着て、なんとかひとつ遅れの電車に乗った。
暑いなあと思って、なにげなく上着のボタンをはずしたときに気がついた。
ベルトをするのを忘れていたのである。
だからといって、ズボンがずり落ちることはない。
そのせいもあってか、ずっと気づかずにいた。

だが、歩くのになんの不自由も感じない。

そのまま会社で仕事をしていた(事務所内なので上着は脱いでいる)。
不便は感じないし、気にするほどファッションに神経質でもない。

しかし、事務所内を歩くとき、ふとなにか違うと思った。
本来あるべきところにあるものがない。
なんとなく頼りないような感じだ。

女性ならなにをつけ忘れるとこんな感じになるのだろう。
なくてもいいが、ないとなんとなく落ち着かないもの。
そんなことをしばらく考えていた。

それでまたベルトのことはすっかり忘れてしまった。

読みつつ生きる
読むのと、書くのとが間隔があきすぎて本の内容を忘れてしまっている。
さて頑張って(?)追いついてゆこう、と思う。
最近は読むたびに考えたことも忘れてしまうのである。
それはそれでいいのではないか。
忘れてしまうようなことはそれだけのものだ。
だが忘れてしまうことを忘れてしまったら、どうすればいいのだろうか。

「小説を読みながら考えた」 養老孟司 双葉社 ★★★
養老氏のように、虫を追って生きている人はいいなあと思う。
人と人との間で(人間、じんかん、世間のことだ)、むしゃくしゃするよりよほどいい。
『自然現象を「そういうもの」だと思うと、科学は生じない。
春夏秋冬がなぜ生じるか、「そういうもの」だと思っていれば、考えないで済む。
若者が自然現象を「そういうもの」と思う世界が、科学離れの世界である。』
確かに道端にしゃがんで虫など見つめていると、いろいろと疑問がわいたりする。
そこから、ヒトはどうしてこんなふうに生きるのだろう、などとも考えるのだ。

「打ちのめされるようなすごい本」 米原万里 文芸春秋 ★★★
いっときテレビでお姿を拝見し意見を拝聴し、なかなかの好印象をもった。
あるとき癌で亡くなったと聞いてなんだか落胆したことを覚えている。
『たとえばアマチュアリズムについて美しくて純粋で素晴らしいものというイメージを抱く者は多い。
しかし、当初それは、貴族と新興ブルジョワジーが、
そのステータス・シンブルとしてのスポーツの場から、
身体活動のプロであるところの肉体労働者を排除するために生み出した差別思想であった。

そのため一九二〇年に行なわれたアントワープ・オリンピック予選大会のマラソンで、
一位から五位までの上位選手がすべて失格するという事件があった。
上位入賞者のすべてが、人力車夫をはじめ、牛乳配達、新聞配達、魚売りといった
《脚力もしくは体力を職業とせる者》だったからである。』
残された著作をすこしずつ読んで思い出すよすがにしながらいきたい。
米原さんの評価と必ずしも一致しないが、読んでみたいと思う本がまた増えた。

「対論 言語学が輝いていた時代」 鈴木孝夫 田中克彦 岩波書店 ★★★
鈴木氏が井筒先生の弟子、それも自宅に住み込んでいたとは知らなかった。
それを知って、なんだか愉快な気分になれたからおもしろいものだ。
まさしく類は友を呼ぶ、というようなことなのだろうか。
鈴木氏は言っている
『みんなが平等っていう、最も反社会的、
反生物学的なエセ平等主義の思想を日本から駆逐しないといけない。
人間はみなちがうんだ、顔がちがうように生まれがちがう、能力も、運もちがう。
そういうふうに私は思うのですよ。』
平等というのは難しい概念だと思うなあ。
ちがう(差異)ということもよく知らないと、平等にはなれない逆説があるのではないか。

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サインはV
伊良湖の休暇村に宿泊したときのこと。
トイレット・ペーパーを見て思い出すことがあった。

言ったのが誰だったか、はっきりと記憶していない。
だが、こんなことを言われた。

「トイレット・ペーパーを使った後はちゃんとこうしておくものなの」
「三角形になるように折っておくの」
「それが、マナーなのよ」

3689トイレットペーパー

ふーん、おまじないみたいなものか。
さしずめ現代のウィッチクラフトですなあ。
そう思ったせいか、自分でしたことはない。

後に、清掃業者が作業終了確認のためにするのだと知った。
(つまり、折られていると掃除がしてあると了解されるのだ)

似たようなことがほかにもある。

そうそう、ライスをフォークで食べるときの仕方。
いまはどうか知らないが、フォークの背に乗せて食べる。
これが、西洋のマナーだというようなことを聞いた。
(そんなシーン、洋画でも見たことない)
(最初は冗談のつもりで言ったのだろうか)

デパートの大食堂でそうしている男性をよく見かけた。
いかにも食べ食べ辛そうに悪戦苦闘しているお父さん。
実直そうで、でも融通が利かない。
休みの日だって、背広姿だったりする。
なんとかポロシャツを着てるが、足元はぴかぴかの革靴だ。

なんとなく真面目すぎて哀しい。
だけど、ぼくたちを育ててくれた頼もしいお父さんだった。

だれが言い出したのか知らないが、ずいぶんと罪つくりなものだ。

伊良湖岬
夜が明けて窓の外を見たらやはりどんよりと曇っていた。

名古屋方面に来たのだから、是非ともモーニングを食べなくては。
ということで道路沿いの喫茶店にはいる。
かなりお客さんの数は多い。

さてメニューを見るが、種類が多すぎる。
それに、おにぎり、味噌汁なんて文字もある。
まあ、名古屋の土地柄なのではあろう。
ある意味、既存の枠にとらわれないともいえる。
しかし、困ったなあ。

なんとか決めてやってきたのがこれだ。

3673モーニング

和洋折衷(?)のみごとな様式になっていた。
外人さんが豆腐にケチャップをかける雰囲気に似ているか。

入れ替わり立ち代りお客さんはやってくる。
なかなかの繁盛ぶりである。
しかし、コーヒーの味は不問とする。

さらに半島を南下して岬に着いた。
ここは「いらご」であって「いらこ」ではないのだ。
過去に二度訪れているのだが、土産物屋にかすかな記憶があるだけだ。
確か、あの店で名物の「大あさり焼き」を食ったのだった。

3675伊良湖灯台

燈台へと整備された石畳の道を歩く。
風も吹いてしぶきがあがる。

3677伊良湖海岸

3682サーファー

だからこそだろう、サーフィンをする人たちがいる。
そして、風力発電のプロペラがまわる光景がある。

IMG_3685風力発電


「希夢知」
豊橋の宿で休憩していると、にわかに空が曇ってきた。
「なんだよ、これは」
「やっぱり」と相棒はこちらをちらっと見る。

案の定(というべきか)雨が降ってきたのである。
連休中はいい天気が続くと予報はいっていなかったか。
まあ、これも自然のめぐりあわせなのだ。
(後日聞くと、関西地方は晴天であったとか、うーむ)

小降りになったなかを、歩いて「希夢知」へ行く。
ドアを開けると懐かしい顔がまっていた。

 みがあるゆえ
 もってとなし
 至るを賜らんことを

なんて考えて名づけたかどうかは知らない。
でも、そんなことなのだろうかと想像するのである。

先生(せんせい)とずっと呼んでいたからこう書こう。
先に生まれたから先生なんだ、と言っていましたね。

もう「希夢知」も二十年になるんですね。
息子さんが店の手伝いを始められて、よかったです。

3659キムチ

3662タン

3667ロース

キムチもタンもロースもうまかったです。

希夢知ラーメンもなかなかのものでした(これは特別のミニ版です)。
これにごはんを入れて食べると最高でした。

3668希夢知ラーメン

でも、先生とひろちゃんに会えたことがもっと嬉しかったですよ。
店を後にして、ホテルへの道を歩きながら思ってました。
三十年も前の、あの尾道友愛山荘でのことなんかね。

尾道友愛山荘


豊川稲荷
今日は五月の一日でメーデーで会社は休み。
明日は代休をとって、六日までの連休となった。

長らく無沙汰の豊橋在住のN氏を訪問してみようと思い立った。
新名神を走ろうと思っていたが事故で通行止めとのこと。
残念ながら、通常ルートで名古屋方面へと向かう。
順調に高速道路を走り、途中豊川稲荷に立ち寄ることにする。
だが、これといってとくに理由があるわけではない。

稲荷の近くの駐車場に車をとめる。
時刻も三時過ぎで、観光客もまばらである。
確か三十数年前に来たことがあるのだが、まったく記憶にない。

3646狐

境内を歩いているとお坊さんの姿を見かける。
ここは稲荷神社ではなかったのかな、とふと考える。
神社とお寺の区別も日本ではあいまいなことが多い。
それも日本的ではあるのだが。

3651大提灯

休憩しようと、近くの商店街へ。
道路のマンホールの蓋を撮影しているとおばさんが近寄ってきて、

「なにをなさってるのかねえ」
「マンホールの蓋を撮ってるんですよ」
「へえー、どこでも同じじゃないんかねえ」
「いいえ、その土地ごとの特徴があるんですよ」
「ほんとだわ、気がつかんかったねえ」
「なかなか、おもしろいものでしょ」
「なるほどねえ」

3656豊川

とじっと蓋を眺め、しきりに感心しておりました。
(うまく再現できませんが、三河方言まるだしでありました)

窯元散歩
この地は日本六古窯の一つだとパンフレットにある。
「丹波立杭焼」産地の中心にある丹波伝統工芸公園へ。
各窯元が出店している横丁になった通路を見て歩く。

3615陶の郷

デザイン・色・品目などそれぞれにちがっている。
多くの買物目的客に混じって歩く。
お互い気に入った湯飲みと皿を買う。
見て歩くのも疲れるものだ。

園内の食堂でひとやすみ。
さすが珈琲カップも地元の焼物だ。
展示品してあるよりこうして実際に使っているほうが数段いい。
このビアカップもなかなかいいなあ。

3618ビアカップ

店の人にその窯元の場所など教えてもらう。
なだらかな坂をくだって、道路ひとつ隔たれた集落へ。

やはり窯元で見るのとでは雰囲気がちがうものだ。
思ったものがなかったが、それはそれでしかたがない。

3620マンホール蓋

ついでに周辺をすこし歩いてみる。
土地柄だろうか、ちいさな社のこんな神社もある。

3623陶器神社

道路にもこうして焼物のタイルがはめこまれている。

3635道

3639道Ⅱ

焼物が芸術品になるのがいいのか。
実用のなかで洗練されてゆくのがほんとうなのか。
しかしそれが仕事として成り立つ世間が必要だ。
なんて考えたりしながら帰り道についた。

テーマ:日帰りお出かけ - ジャンル:旅行



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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