ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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鍵音
毎朝のこと、出勤時にドアを開けて玄関を出る。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい」

そして歩きだすのだが、しばらくして音がする。
「カチャリ」
ドアの鍵を内からかける音だ。

3704扉

この音を聴いてどう感じるのか。
それでその人物の性格像が描けるという。

家庭から断絶されたような不安を感じる人。
なんだか自分が疎まれていると考える人。
音がしたときから、解放されたと錯覚する人。
ちゃんと鍵を閉めたな、と安心する人。
そもそも音がしたなどと気にも留めない人。
私から公への変換スイッチをいれる人。
その瞬間から、あらぬ妄想をかきたてる人。

そしてここにこんな文章を書いている人。

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テルツィーナの夜は更けて
北海道に住むMeとご主人のOさんに会う。
Oさんが会うなり開口一番、「おひさしぶりです」。
そうなのだもう六年ぶりになる、「お元気でしたか」。

3910クラビーサッポロ

3916ホテルの窓外

待ち合わせたビルのなかにあるという「マイセン美術館」へ。
訪れる人も少なく、じっくりと作品を鑑賞できる。
だが、ぼくはこういったもののよさが分からないのだ。
というよりは、こういったものが欲しいという気がまったく起こらない。
だが、ときおりドキッとするような色があったりするから困る。
深い色を見つめていると、音も聴こえなくなっていた。

Meの知り合いのシェフがやっているというイタリアンレストランへ。
北海道では三羽烏といわれるほどのお方であるとか。
彼の名前は失念したが、そのうちのひとり三國氏の名前だけ憶えている。

次々に運ばれてくる料理はおいしかった。
目にも食べさせるかのような美しさでもあるのだ。
なにごともできるひとはちがうものだ、と感心する。

01125前菜

01131パスタ

01136デザート

Me言わせると人見知りなOさんだが、今夜はよくしゃべる。
オリジナルオーダーの「クレープフルーツ直搾りの焼酎」をぐいぐい飲む。
これっておいしいねえ、とうれしそうに笑いながら飲み干す。

今夜は対面して座って、いろんな話をうかがった。
ぼくはほとんど相槌をときおり打つだけであった。
相手がだれであれ、これは珍しいことなのだ。
彼の口からはいろんな話が怒濤のようにこぼれてきた。
教育のこと、人の可能性のこと、はたまたご近所付き合いのことなどなど。
話を聴くというのはこういうことかと考えていた。

話は聴く人がいてはじめて成り立つのである。
案山子に話しても詮無いのである。
ぼくもいままでにいろんな人に話を聴いてもらったのだなあ、と。

気がつくと、周りにはほとんど人がいなかった。
いつのまにか閉店の時間を過ぎていたようだ。
料理はほんとうにおいしかったし、たのしい時間がすごせた。

01138レストラン

やはり旅も人に尽きるところがある。

テーマ:北海道 - ジャンル:旅行

シャコタンブルー
さらに積丹半島を西へと走る。
ここは漁で獲ったニシンを海岸から運ぶために掘ったトンネルだという。
なかは電灯もなく狭いが、ひんやりして気持ちがいい。
やっぱり海を眺めるのはいいなあ、とつくづく思う。
カラスだってそう思っているにちがいない。

3826トンネル

3834島武意海岸

近くの土産物屋兼食堂に入り、昼食はやはりこれしかないのか。
まあ、好きな人にはたまらないのであろうな。
なんだか雲丹の悲哀を感じるのはへそ曲がりのせいだ。

3824ウニ丼

ここから歩いて積丹岬へ。
風がないのでことさらに暑く感じる。
標識の距離表示もどうも信用ならない。
こうしてみると、地球の丸いのがよく分かる(?)かな。

3837積丹岬

さらに車で足を伸ばしてこちらは神威岬。
カムイとはアイヌ語で神のことだが、ぼくたちの言う神と同じかどうかは知らない。
見晴らすと先端までなだらかな道が続いているように見える。
歩いてみると、カムイとは自然に対する畏れ、畏怖であることが実感できる。

3862神威岬

海の色がソフトクリームのようだ。
もちろん海の色を模しているのがソフトクリームなのだが…。
いや、どちらが先ということはないのであろうか。

3845シャコンアイス

3865海の色

カモメが上昇気流にのって、軽やかに飛び舞う。
鳥は自由だというが、鳥自身はどう感じているのだろう。

「自由がほしいとおっしゃるが、なにをさして自由と言うのでしょう」
「では、なにからの自由をお望みですか」
「さりとて、現状が不自由ともみえませんがねえ」
「自由になると、途端に黙ってしまうのはなぜなんです」
「空を飛ぶことだって、気楽じゃありませんぜ」

3860カモメ

神威岬の鳥は哲学者なのであった(いや、ほんま)。

3868岬の先端

テーマ:北海道 - ジャンル:旅行

竹鶴ウヰスキー
一夜明けて、まっさきに窓の外を確認する。
どんよりとした曇り空ではあったが雨は降っていない。

「どうじゃおぬし、文句があるか」
「へいへいお代官様、このお天気が続きますようお願げえいたしやすだ」
「うーむ、そのあたりは神のみぞ知るということじゃな」
「と、おっしゃいますと」
「わが力の及ぶところではない」
「なんでやねん」

一度訪れてみたかった「ニッカウヰスキー」の北海道余市蒸溜場。
貧乏学生の飲む国産ウヰスキーは、ニッカ派とサントリー派に分かれる。
イメージの構図を描くと、ニッカ派は理屈好きで純情な田舎者タイプ。
サントリー派というと、軽佻浮薄で流行に敏感なシティーボーイということになる。
もちろん、ぼくはニッカ党でありました。
懐かしいですね、髭のウヰスキー・ブラックニッカをよく飲みました。

3807髭のウヰスキー

もちろん試飲できるのであります。
外がよく見えるおおきな窓の前に席をとってモルトを口に含む。
このあたり冬になると雪に覆われて森閑としているのであろう。
そんな自然に育まれた芳醇な香りが口中にたちのぼった。

3799窓辺

スコットランドと気候に共通点があるのでしょう。
竹鶴氏と奥さんが暮らした地でもあるようです。

3812竹鶴夫妻

訪れる人の数も少なくて、構内をのんびりと散策できた。
まだ本格的な夏のシーズン前なのだろう。
そう思っていると、前方から団体さんがやってた。
話し声からは外国の方々、それもどうも台湾あたりかな。
その後もよく観光客に遭遇したのだが、韓国や中国の人たちも多かった。

3813余市工場

3804蒸溜所

この蒸溜所でしか買えないというシングルカスク・ウヰスキーを買った。
なんだか妙に満ち足りた気分になった。
早くも秋の夜長にウヰスキーグラスを傾ける光景が目に浮かぶ。
こういった想像ができるだけでも買った価値があるのである。

3810樽

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雨の小樽
混雑を避けるため、早めの夏休みを二日とった。
暑さを逃れんと木曜日から北海道へと向かう。
関空はいいお天気であったのだが、さて北海道の天候や如何。

3781関空

新千歳では予想通り(?)雨が降っていた。

3783翼

「あああ、やっぱりなあ」
「ばってん、おいどんのせいではなかでごわす」
「そんなことないって、自信もったらどうや」
「しかし、こげん涼しかとは思っとりゃあせんかった」
「ちょっとお、寒すぎるがな」
「世の中ちゅうのは、なかなかうまかとこといかんではんなあ」
「変な言葉でごまかさんといてや、責任とってよね」
「って、ちがうって言うてるないか」
「いんにゃ、絶対にムッシュのせいでがんす」

などと、おたがいに責任(?)のなすりあい。
まあ運を天に任せるしかないのであった。

空港近くのオリックスレンタカーで車の手続きを済ます。
車は赤のデミオ、車検証を見るとこの7月4日に到着したばかり。
レンタカーのナンバープレートはね、頭が「わ」になっているのよ。
へえ知らなかったです、相方にご教示いただきました。
気をつけて見ると北海道は「わ」ナンバーが多い、なるほどねえ。

3822レンタカー

途中でラーメンを食べ、小樽運河に近い「ホテルソニア」に到着。

雨のなかをぶらぶら歩いて、結局こんな居酒屋(?)へ。
元銀行の建物だとか、天井が高くてなかなかいいものです。
静かに小樽の夜は更けてゆくのでありました。

3788刺身
3790寿司

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頬を張る男
なんだか夏バテしてしまったようだ。
(しかし、本来は夏が終わってからなるものだが…)

3775ジェラート

その場面に遭遇したのは土曜日だった。
所用があって地下鉄に乗ってでかけた帰り道のこと。
折からの暑さでぐったりとしてシートにもたれかかっていた。

そのとき、パチパチパチパチと頬を打つような音が聞こえてきた。
土俵で立ち合い前に力士が気合いをいれるときにするような。
電車のなかでとは、とすこし奇異な感じがした。

電車が動き出すと、またしてもパチパチパチパチと音がする。
音のする方向に男性がいるようだが、はっきりとは見えなかった。
どこかの運動部の高校生だろうかと思ったりした。

ところが、それからも断続的に音がする。
気合を入れているわけではなさそうだ。
彼の前から立ち去る女性の表情が怪訝さを表わしていた。

そのとき若い男性の横顔が見えた。
なにを思って、あるいは願って頬を打っているのだろうか。
ひたすらに打つ、その音だけが車内に響く。
ひととき、時間が止まったような気がした。

生きることは、なかなかにむずかしい。

いぶりがっこ
数日前のこと。
昼間に雨が降ったためか、涼しげな感じがした
今夜はクーラーはいらないな、と思い点けずに眠った。
しかし夜半になって、嫌な気分で目が醒めた。
それは寝苦しい暑さのせいだけではなかった。
なんともいえない夢を見たのだった。

時刻は一時半あたりをさしていた。

あたまのなかに「いぶりがっこ」の言葉がこだましていた。
確か、東北地方でたくわん(小さい頃は、こうこと言っていた)を、
囲炉裏の上などに吊るしていぶした漬物のことだとか。
それがどうして夢にでてきたのだろうか。
東北を旅したことも(通過はしたが…)、食べた記憶もない。

空

木枠にルーバーが張られたものが、視界を占めていた。
重苦しい窮屈な感じのなかで、「いぶりがっこ」と聴こえている。
すると突然、「石動」が表れた。
いったいぜんたい、これはゲームなのか。
おまけに特急の停車駅だったよな、などと唐突に思ったりした。
なんだか変な夢だな(そう確かに夢と感じていた)。

クーラーをかけてからもなかなか寝つけなかった。
いま感じているのが夢なのか、思念なのか判別できない。
夢か現か幻か、というけれど、そんな感じがした。

まだ、夏の夜ははじまったばかりなのである。

続・田園讃歌
昆虫や動物にとっては、どうなんだろう。
彼らにとっては、人も含めたすべてが自然だろう。
こう考えてくると、はたと思い至るのである。
自然を改変するのは、人しかいない。
宇宙人とかは、この際、考慮の外で待機していてもらおう。

人工とは、その字のとおり、人のみがなせる技である。
稲は自然の植物ではある。
品種改良は行なわれているとしても、である。
無から、作られた植物は、寡聞にしていまだ知らない。

しかし、その生態系を弄るのは、おおむね人だけだ、と言えるだろう。
風や鳥によって運ばれる種子はあるけれども…。

こう論を進めてくると、人工はいけないんですか、とくる輩が必ずいる。
そう慌てて突っかかってくることもないぞ。

自然自然というけれど、なにが自然かを知らずして、どうしようというのだ。
そんなことを考えたこともないから、ちょっと目端の利く奴にいいように操られるのだ。
自然の次には、環境破壊とくる。
田圃は、環境破壊ではないのか。
自然は、元来多様であった。
その中で、いろんな生物が発生してきた。
それぞれの生物にとって、その環境はかけがえのないものである。
否、生存上の必要条件である。

0023紫陽花

そんな自然を、なんの考えもなしに人間の利益のみを追求するために、利用する。
しかも過剰な利益を求めて、必要以上の収穫を得ようとする。
まさに自然を征服し、さらに収奪する。

しかしながら、自然の多様性が崩れたときに、人間の考えも及ばないようなことが起こる。
一面の田圃は、必ず害虫(人間、もしくは農家、あるいはアグリビジネスにとっての)
の大発生をみるのである。
そこで、農薬を撒く。
農薬に一時は制圧されたかにみえた虫たちも、やがては耐性を整えて、再びやってくる。
そこで、さらに強力な農薬の開発、投入となるのである。

直線運動は、最終地点が見えてこない。
有限平面上で、有限時間内でなければ、成立しない。
円環運動は、必ず出発点に戻ってくる。
季節の移ろいのように、同じ時期に同じ季節がやってくる。

自然とは、円環運動ではないだろうか。
円環運動の連続のなかで、少しずつ中心点をずらしていく。
それが、進化と呼ばれるものではないだろうか。

青々とした稲田を見るたびに、こんなことを夢想するのである。

田園讃歌
近くの田のなかでアイガモがえさを求めて泳ぎまわるようになると、ふと思い出す。
気楽に怠惰に旅していたときのことなどを。

2381アイガモ

それはいつもながらのスタイルであった。

列車に乗って、手には缶ビールとつまみ、と文庫本。
そんなリラックス状態にある時、傍らからこんな話し声が聞こえてきた。

「やっぱり、自然はいいわね。心が洗われるようだわ」

女性三人連れの旅行者らしい。
列車はいまや都会を過ぎて、山間部をひた走っている。
そういえば、空気もどことなく新鮮な気がするから不思議だ。

「緑は眼にいいのよ。仕事を忘れちゃうわね。ああ、気持ちがいい」

いつしか列車は、田園地帯を滑らかに疾駆していた。
窓からは青々とした稲が見えている。
夏前で、上方へ精いっぱい伸びている。
これからの草取りが大変だ。

「都会にはこんな自然はないわね。空気もいいし」
「そうよね。緑があると、落ち着くわね」
「ビールもおいしいしね」

なるほど、女性陣はこの田園風景も自然と捉えているのか。
でも、少し無理があるんじゃないか。
もともと林かなんかだったものを開墾して、
無理やり単一種の稲を植えているんじゃないか。

これを自然というには、どんな思考過程を経ればいいのだろう。
そんなことを、ぼんやり考えていた。

自然の定義ってむずかしい。
人の手が及ばない土地は、大自然である。
及んでいないから、人は知る由もない。
よって、人にとって存在しないに等しい。

そうでもないか。



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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