ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
10 | 2008/11 | 12
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

趣味的生活
日々の生活に追われるように生きる、などと形容することがある。
さしずめ小生などは読書に急かされるように読んでいるのだろうか、と思ったりする。
なにかを調べるために読むなどということはないのだが、それは苦しいことだろう。
最初は好きではじめたことなのに、いつしかそれが職業になってしまうことがある。
「ご趣味が、ご職業とはけっこうなことですな」とはよく聞くセリフである。
それでは趣味でなくなっている、ということがこの御仁には解っていないのである。

「天下之記者―「奇人」山田一郎とその時代」 高島俊男 文春新書 ★★★
山田一郎ときいて、どういう人物か知っているひとはすくないかもしれない。
ぼくも役所の記入例にでもでてきそうな名前だなと思ったくらいである。
明治の初め、脱亜入欧と西欧の知識、文物が怒涛のように流れ込んできた。
そんな時代を生きた彼は名代の奇人といわれていたが、憎めない性格でもあったようだ。
ちなみに、友人たちが早稲田大学図書館に「山田一郎記念図書」を残している。
当時の教育(高等教育)はすべて外国語で行われていたということは知っている。
いまでもフィリピンやインドではそんな状態が続いているのだろうか。
であるから、当時の官僚たちは自伝を英語で書いたのである。
今の人はすごいと思うかもしれないが、英語でしか書けなかったというのが実情である。
そんなことを考えてみると、現在の英語熱というのはいったいなんなのだろう。
と考える人もいることは、ご理解いただけるのではないかと思う由也。
バイリンガルの弊害も知らなくてはいけない。
そういえば同時通訳者にバイリンガルだという人はいないようだ。

「脳を活かす勉強法」 茂木健一郎 PHP研究所 ★★★
茂木さんの経験的学習法を紹介しています。
なかでも、これはそうだなと思ったことがふたつありました。
まず、「細切れ勉強法」というもの。
どうしても構えてしまうと、なかなか勉強はできないものです。
ぼくの経験からいっても、たしかにそういうことは言えると思います。
読書などほんの二三分の列車待ちの時間でもすればできるものです。
それと二つめは、朝の時間を重視するということです。
『眠っているあいだに記憶が整理されていますから、脳がクリアな状態になっています。
そのため、朝はもっとも脳がパワーを発揮しやすい時間帯―
つまり「脳のゴールデンタイム」なのです。』
これから、朝の時間を意識的に活用したいものです。
ということは、休みの日の朝寝はやっぱり駄目か…。

「14歳の君へ どう考えどう生きるか」 池田晶子 毎日新聞社 ★★★★
人はときに、若いからと真実を語らない理由をあげたりする。
年齢を重ねればそれだけで賢くなってゆくというような錯覚にはまりこんでいる。
いくつだって本当のことを知っていなければ、それに対処することはできない。
『死ぬのが嫌で、いつまでも生きていたいと思う人間の欲望が、
こうして不気味な世界を作り出すことになる。
死ぬという自然を、自然として受け容れてこなかった結果なんだ。
むろん命は大事なものだ。
だけど命が大事なものなのは、死ぬということがあるからだ。
人間は必ず死ぬものだからこそ、生きていることが大事なことになるんだ。
死ぬということがなくて、いつまでも生きているという命、
いくらでも作り出せるような命が、どうして大事なものであり得るだろうか。
命が大事で、いつまでも生きていたいという不自然な欲望をもったがために、
逆に命が大事なものでなくなってしまうんだから、本当に皮肉なことだ。』
逆に若いからこそ真剣に考えうる、ということがあるのかもしれないな。

スポンサーサイト

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

別荘で大宴会
小鹿田焼(おんたやき)の窯元を訪ねるべく山間の集落へ。
かなり高度もあるのか、あたりはひんやりとした空気につつまれている。
名前を知らないくても、作品を見ればそうかと気づく人が多いだろう。

4395小鹿田焼

陶土を砕くのだろうか、水力を利用した槌の音があたりにこだまする。
なるほどうまく考えたものだとその知恵にしばし見とれるのである。

4394水車

坂をくだりながらつぎつぎと窯元をのぞいてゆく。
荷物になるのを覚悟で相方は大皿を二枚買った。
なにを想像しているのだろうか、満足そうな顔である。

4396窯元風景

4386もみじ

今夜宿泊する天ケ瀬山中の別荘に無事到着しました。
さて宴会の準備をいたしましょう。
自分たちで食べるものは自分たちで料理する。
前回同様、食材は厳選されどっさりと用意されています。
(O君、女性陣ごくろうさまでした)

そのあいだに露天風呂にはいるのだが、これが大変なのである。
なにがって、自分たちで湯をいれ温度の加減をしなければならない。
最初は、熱くてとても入れない状態だ。
そこは律儀なN君が、いいあんばいに調節してくれた。
暗いなか露天風呂につかる、なかなかいい感じだ。

4398別荘

さて、宴会のはじまりまじまり。

こんなところにシェーカーがある、ということは。
で、O君はバーテンダーとなって、怪しげなカクテルをつくります。
ぼくのためにつくってくれたのがこれ。

4400カクテル

「うーん、なかなかうまいけど、アルコール度が高そうだ」

4402焼酎

さていろんな注文にてきぱきと答えておりました。
しかし口あたりのいいカクテルはつい飲みすぎてしまう。
ひとりふたりとダウンして夜は更けてゆくのであります。

ぼくもいつしか知らぬまに夢のなかに迷いこんでしまったようです。

テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

紅葉・黄葉
O君の別宅で朝をむかえる。
旅の醍醐味のひとつに朝湯がある。
さて、ひとつ湯にでもつかりますか。

「Yちゃん、はいらないか」
「そうですよね、ご案内します」

タオルをもって外にでれば、道路をへだてた事務所に温泉があるのだ。
なんと温泉つきの会社ということになる、さすが別府である。
今日は土曜日で社員の出勤もないので、のんびりと湯につかる。
ああ、至福ですなあ。

空は晴れわたり、暖かいし文句のつけようがない天候になりました。
車二台に分乗して、さあ出発である。
「秋は紅葉」ということで景勝の地、耶馬溪へとむかう。

4384紅葉

4332黄葉

しかし人が多いですなあ。
車中からながめたのち、教科書でも習った「青の洞門」へ。
いまでは想像もつかないが、当時は難所だったのありましょう。
なんとなく、菊池寛の「恩讐の彼方に」とごっちゃになっています。

4331青の洞門

ここは耶馬溪羅漢寺、山の上にあります。
専用のリフトに乗ってのぼってゆきます。
(もちろん、歩いて登れる道もあるのだが…)

リフトの手前でごろ寝の猫がいます。
のんびりとした空気がただようようです。
こんな光景に仏教の寛容を感じるんです。

4353子猫

正式名称は「曹洞宗羅漢寺」、禅宗のお寺です。
ですから、まあ山の上にあるのが不思議でもなんでもない。
多くの人が訪れてにぎわっておりました。
やっぱり寺に参るというのは信仰心がなくてもこころ落ち着きます。

4363羅漢寺

たくさんの羅漢をながめていると、人とはなにかとつい考えてしまう。
欲望が表情にあらわれるのだろうか。
なんだかわが身がつまされるようでもあります。

4368羅漢

4369羅漢

柿がなにかを語るようでもあります。

4345秋空に柿

テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

別府の夜
あの「久住・湯布院ライブツアー」から何年が経ったのだろう。
別府在住のO君が、「いちどみんなで遊びにおいでよ」との誘いをうけた。
もう三年も前のことなのだ。

あまりにあのときが楽しかったからまた行きたいと声があがった。
今回は前日から行くという連中がいて、それならとみながそれへとならった。
東京、千葉、大阪、神戸、姫路、岡山、倉敷の各地からやってくる。
参加者九名は金曜日に別府に集まることになった。

ぼくは会社を定時に終えて、ロッカールームでジーンズに着替える。
リュックを背負えば、もうそれだけで旅気分なのである。

新幹線のなかでは、大阪からの友が待っていた。
さっそく、乾杯ではあるが、ほどほどにで我慢する。
さらに福山からもK君が乗り込んできた。
はやくも、わいわいがやがやと話がはずむ。

4312小倉駅

小倉で乗り換えて、いよいよ別府に到着である。
改札口には懐かしい(?)顔が笑いながら待っています。
最終組は夜の11時であったにもかかわらず、夕食も食べずにいてくれた。
おもわず、人生の愉しさを感じるのはぼくだけではないはずである。

O君の案内で、とある店へと向かう。

さて、なにを食べますか。
でてきたこの刺身のうまいこと、うーんと唸ってしまった。
いままで食べていたのはなんだったのか、というような味、食感である。

4317刺身

こちらは「天草大王」とよばれる鶏肉である。
こりこりとした感触が口のなかでこころよい。

4318天草大王

こうなると酒もおいしい。
ぼくは芋焼酎をロックでのむ。
まさしく「ぷはー」なのである。

地酒をのむ連中も満足そうな顔でありました。

4322名称不明

こんな旅、若い頃は想像もつかなかったなあ。
感慨、ひとしおなのであります。
こうして別府の夜は更けてゆく。

テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

ヴァーチャルなり
ときに夢のなかで、それまでは抽象的な概念だと思っていたものが形をなす。
それがどういうフォルムだとは説明できないのだが、妙に納得もしているのである。
やはりそうだったのか、という気分だけがめざめた後も残っている。
なんだか数学者になったかのようで、妙におかしくてならなかった。
だが現実はそう笑っていられるような状況ではないようなのだ。
ヴァーチャルな世界での取引が現実世界での貨幣と互換性をもつとどうなるのか。
それにしても、ヒトはどうしてそんな欲望に歯止めがきかないようになったのだろうか。

「バカにならない読書術」 養老孟司 池田清彦 吉岡忍 朝日新書 ★★★★
なん人か集まると、本の話になったりすることがありますね。
そんな雰囲気を感じさせる本であります。
『 子どもが文字をどれくらい早く覚えるか、ということと一番関係が深い生活習慣は何か。
それは外遊び時間です。外で遊んでいる時間が長い子ほど、文字をよく知っている。
これは様々な調査があって、いまはもう常識になっています。』
自分の子どもの頃を振りかえる(追憶する?)と、勉強したことなど憶えていない。
遊びするとや、生まれける、のでありますね。
『 人間は一人ひとり違うという前提から入ると、本を一生懸命読むんです。
人間は同じだという前提から入ると、違っているのが気に入らないわけです。
たとえば、喫煙追放運動が、どうしてあっという間にこんなに全体主義的になるのか、
それに似ているでしょう。
 要するに、気に入らないものを消してすべてを同じにしたがる。
そうじゃなくて、人間ってこんなに違っていて話が通じないものなんだな、
ということを感じている人ほど、人のことを知りたがるはずなんです。
そこで本を読む。』
読んだあとどうするか、それは人それぞれであり、寝ちゃうのもいいかなと思ってます。

「大地の咆哮」 杉本信行 PHP研究所 ★★★★
中国は日本の隣国であり歴史的にも深い関係がある。
大東亜戦争(こう表記するほうが忘れなくていい?)後に共産主義の国となった。
いまでは開放改革政策によりGDPは急激な伸びをしめしている。
だが、ほんとうのいまの中国の姿をわたしたちは知っているだろうか。
『 戸籍登録条例によると、中国語で「農村戸口」と呼ばれる戸籍を持つ者が農民と定められている。
対して、都市に住む者、あるいは農村に住むが行政に携わる役人は「城鎮戸口」を持つ。
 この戸籍制度は、日本の本籍登録と住民登録を兼ね合わせたようなもので、
基本的には移動の自由がなかった時代には、住所と本籍地は必ず一致していた。
 この都市住民と農民の違い、城鎮戸口と農村戸口の違いは、天と地ほどの開きがある。
都市住民であれば受けられる行政サービスが、農民は一切受けられないからである。』
これが共産主義国家、中国の現実でもある。
『都市住民は、生活最低保証、失業保険、養老年金、一定程度の医療保険等、
路頭に迷わないための最低限の社会保障の対象になっている。
だが、「農村戸口」と呼ばれる戸籍に分類された農民は、
現在の生活の根拠が農村部にあろうが都市部にあろうが、
都市戸籍を持っている人々が享受している社会保障の対象外となっている。』
マルクスはこんな光景を見たとしたら、はたしてなんと言うのだろうか。

「町長選挙」 奥田英朗 文藝春秋 ★★★★
伊豆半島の沖合いにぽつんと浮かぶ千寿島に宮崎良平は都庁から出向してきた。
島では住民を二分する四年にいちどの熾烈な町長選挙運動がおこなわれていた。
そこへ短期派遣の医師として伊良部がやってくるところからドラマがはじまる。
そんななかで翻弄されながら、良平はこんなことを思った。
『そうか。町長選挙は島を挙げての喧嘩祭りなのか。
四年に一度、こうやって感情を爆発させることで退屈な日常に耐えているのだ。
島民は誰も平和で公正な選挙など望んではいない。祭りは派手なほどいい―。』
そんな実弾が乱れ飛ぶ島だが、後援会会長はこうも言うのだ。
『「この千寿は過疎の島じゃ。資源もなく、財源も乏しく、普通なら全員が貧乏じゃ。
でもな、曲がりなりにもインフラが整備された文化生活を送れるのは選挙があるからなんじゃ。
無風選挙なら町長は何もせん。役場もらくをする。
数表差でひっくり返る宿敵がおるから、死に物狂いで公共工事業を引っ張ってくるんじゃ。
それが公約じゃ。正義感だけで離島は運営できん。不正は正当防衛じゃ。
生まれたときから当然のように病院や学校がある東京者にはわからん」』

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

パソコン男
地下からの階段を上がって、会社への道をゆく。
舗道にはすこし枯葉がおちている。
横断歩道の電子音楽が聞こえる。
たくさんの人が駅方面から渡ってくる。

左手から突然現われた男はノートパソコンを開いていた。
歩きながら、キーボードをたたいている。
ときおりは、なにか考えるような顔をしながら。

出前持ちのように、器用にパソコンを手のひらにのせて歩く。
いまはやりの小型のノートパソコンではない。
いわゆるA4ノートといわれるものだろう。

ネクタイにスーツ姿でさっさと歩き去った。
そろそろ寒くなってきた。

なるほど、都会はワンダーランドだ。

難解の海
本を読んでいて思うのは、なにが言いたいのかまるでわからない文章は困る。
一文のなかで逆接を多用するのも、奇特なインテリ趣味のようで読みづらい。
こんな本に若いときに出会ったりしたら、それこそ災難である。
自分の頭が悪くて理解できないのではと考えて悩む人がいるかもしれない。
学生時代のリポートにこういう類のものが多かったように思う。
なにかを主張したいのではなく、ただ書かなければならないという至上命題がある。
教授ならば、論文の数(内容はともかくとして、らしい)が実績になるのだとか。
であるから、学生と同じようにあっちからこっちからと文章を抜きだしくっつける。
原稿用紙が埋まればそれでよし、難解なほどありがたみが増す(?)というのだろうか。

「慰安婦と戦場の性」 秦郁彦 新潮選書 ★★★★
なかなかのにむずかしい問題であるし、本自体も分厚くずっしりと重い。
こういう本の場合、まず索引があるのかどうかを確かめる。
ちゃんとしたものには必ずあるし、それが読むときにとても役に立つのである。
『「売春は世界最古の職業」とは、言い古された金言だが、軍隊用の慰安婦も同様だった。』
では、慰安婦の目的はなんなのかということがわかっていなければならない。
まず、兵隊の性問題を放置することによる性病感染による著しい戦力低下がある。
そして強姦等の風紀の乱れは現地人の反感を買い戦略的にも得策ではない。
これをを抑制するために、従軍慰安婦が必要になるということであるらしい。
慰安婦のおかげで、民間の女性が守られたということは事実でもある。
ある意味、戦場での慰安婦は必要悪でもあったのだろうか。
一部のフェミニストが声高に反対することで問題は解決するわけではない。
(解決しないことを知ってるからこそ、安心して大声で反対できるのかもしれない)
(つまりは、解決しないのであるからその反対の立場はいつまでも安泰であるのだ)

「ぼくが最後のクレーマー」 関根眞一 中公新書ラクレ ★★★
百貨店の「お客様相談室」で長く苦情の担当をしていた経験をもつ筆者である。
『苦情はえてして「言いたくないもの」です。
言わなくてすむのなら、言わないでおきたい、
だが、言わなくては気がすまない、だから言ってしまう。
これが苦情なのです。』
確かに我慢している人は多いと思うが、いまは耐えることはけっしてほめられたことではない。
それを反映してか、世のなかにはクレーマーが増えていることも事実のようだ。
『苦情が発生する業種はなにかというと、需要が供給を上回っている業種です。』
この考察は長年の経験から割りだしたものだろうが、なかなかに鋭い。
そういわれると、モンスターペアレントと少子化はどうも関係がありそうだ。
医療分野においても、過当競争の世界はクレーマーが増えていくことだろう。

「神の獲物」 C.J.ボックス 講談社文庫 ★★★
山中でワイオミング州猟区管理官のジョー・ピケットはムースの死骸を発見する。
銃で撃たれた形跡はなく、その皮膚は外科手術のように切りとられていた。
続いて、牛が犠牲になり、人間も同じような姿で死んでいるのが発見される。
これは殺人なのか、エイリアンの仕業なのか、住民はパニックに襲われる。
保安官、FBI捜査官とともに事件の解決へとジョーはのりだした。
最後の解決はちょっと期待はずれではありました。
ミステリならかならずその理由は解きほぐされるのだが、現実はそうもいかないことがある。
だから、超能力、霊能者、などなどの存在する余地があるのだろうか。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

夢の続き
夜中にトイレに行きたくなって起きた。
夢を見ていたのは覚えていた。
だが、どうしてもどんな夢だったかが思いだせなかった。

なんとなくすっきりしないながら、また眠りについた。

また夢を見た。
さきほどのもどかしさがいっきょに解決した。
いましがた見ていた夢の続きであったからだ。

友人たちと旅行にでかけた。
駅まで迎えにきてくれた車に乗りこんだ。
みたことがあるようでないような景色のなかを走る。
いつのまにかぼくが車を運転していた。

とめてといわれて、とめようとするのだがうまくゆかない。
夢のなかでは、いつも車をとめるのに難儀するのだ。
どうしても、ピタッととまらないのだ。

みなはすでに車から降りていて建物のなかへ消えた。

ぼくはいつまでもすこしずつ動く車の運転席にいる。
ああ縁石にぶつかるというところでふたたび目が醒めた。

これはどういうことなのだろうか。
いまだに解釈できないでいる。

いもむし
以前、三兄弟(?)を見つけた木にじっとしていた。
春とはちがって動きがないのは気温のせいだろうか。

4310いもむし

顔というのか、その面相にはかわいらしいものがある。
この目玉模様で鳥をおどろかす、というようなことがいわれているのだろう。

人を見た目で判断してはいけない、などという。
ということは、見た目で判断していることが多いからそういうのであろう。

虫のかわいさは、ではどうなのだろうか。
コンラート・ローレンツは丸い形状はかわいさの感情を見る側に誘発するといった。
例証として、いろんな動物のこどもの姿が描かれていた。

丸い形は、であるから幼さと結びつくのである。
童顔といわれるような人は、かならず太っているのだ。
肥った人はその体形ゆえに若くみえる。

これは悩ましい(?)問題ではあるまいか。



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

10 | 2008/11 | 12
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー