ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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夢かうつつか丸干しか
現実逃避のために、あるいはひとときの休息をもとめてのものだといったりする。
その世界にいるときには、時間があっというまに過ぎ去るのである。
はたからはどう見えているのかなど、一向に気にならないのである。
めざしなどくわえて、ぐいっといっぱいやるとさらなる高みにのぼるのである。
こう書いてくると、これは読書のことかゲームのことであるのか判然としない。
案外に共通項があるのかもしれないと思うのである。

「脳のあるヒト心ある人」 養老孟司、角田光代 扶桑社新書 ★★★★
養老先生はこうおっしゃる。
『考えてみれば「わかる」のは理屈ではない。
なぜかわかってしまうのである。
どうしてわかたかと聞かれたって、それがわからない。
説明をしたところで、相手が納得するとも思えない。
私は理屈を言うのは得意だが、他人を納得させるのは苦手なのである。』
そうなのだ、理屈を納得する人がいる一方にそれは理屈だという人がいる。
それは理屈だというのは、なにをいいたいのかよくわからないことがある。
『考えてみれば「わかる」のは理屈ではない。
なぜかわかってしまうのである。
どうしてわかたかと聞かれたって、それがわからない。
説明をしたところで、相手が納得するとも思えない。
私は理屈を言うのは得意だが、他人を納得させるのは苦手なのである。』
だから、わからないことを理屈で納得させるのは無理なのである。

「ヴェネツィアの宿」 須賀敦子 文藝春秋 ★★★★
筆者はイタリアに長く住み、ペッピーノというイタリア人のご亭主もいた。
ヴェネツィアに行ったことはないし、もちろんイタリアにもである。
それでもいろんな本でイタリアのことローマのことなど読んだことがある。
それにテレビや映画でもイタリアの景色を見たことがあるだろう。
だからなのだろうか、この本を読んでいてもなんだか懐かしい気がするのである。
本のなかにはイタリアでの話よりも、子供時代のことが多く書かれている。
さらにキリスト系の学校で戦争さなかの寄宿生活のことなどは新鮮だ。
フランスでの留学生活で出会った人々についてもことにふれ書かれている
ありふれたいい方だが、珠玉のエッセーを集めたものといえるのである。

「キス・ザ・ガール」 ジェイムズ・パタースン 新潮文庫 ★★★
ワシントン市警刑事部長アレックス・ クロス・シリーズの第二弾ということになる。
この題名もそうなのであるが、マザーグースから引いたタイトルが多い。
「Kiss the Girls(キス・ザ・ガールズ)」は「 女の子にキス」という意味である。
そのキッスがもちろん死の接吻であることは読んでゆけばわかる。
(書名は日本語だから、複数形にはしていないのだろう)
今回は、カサノヴァとジェントルマン・コーラーと名乗る連続誘拐殺人犯が登場する。
それぞれが単独犯なのか、それとも同一の犯人なのか。
事件は思いもよらぬ方向へとすすんでゆくのが、、ミステリの醍醐味でもある。
しかし、こうした殺人犯は表面的には魅力的な人物であることが多い。
そう思い至ると、現実とのちがい、あるいは知られざる部分の広さに達するのである。

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早朝のサイクリスト
毎朝のプラットホームで見る光景だ。
線路のむこうがわの道を自転車で軽快に走りぬけてゆくのである。
これから数日の旅にでるような、カジュアルな服装をしている。
背中のリュックもそう重装備ではない。
街角で若者が肩にかけているようなものである。

いつもはそれだけのことである。
だが、どこへゆくのか行き先を目で追った。
右から左、そして駅横の踏切を渡って、自転車置場にとめるのがわかった。
そうか、どこかへの通勤なのだな。

そう思うと、彼を見る目が変わるのである。
当然、ホワイトカラーのサラリーマンではない。
なんだか、正社員じゃないような気がしてきた。
どこかの工場に勤めているのだろうか。
派遣社員というやつなのだろうか。

そう思うと走りもそう軽やかには見えなくなってきた。
人はおうおうにしてそのような先入観のもとにながめるのである。
そのことは別段とりたてていうほどのことではない。
悪いことは、自身そのことに気づいていない。
さらに問題は偏見などなにもない、となぜか強固に信じていることである。

それでも朝もやのなか、サイクリストはやってくる。

夢のスタイル
こうも印象的だと夢も憶えているものである。

外出して得意先を(たぶん)まわってすこし疲れた。
そういえば、今日はやけに暑いような気がする。
あるビルのなかにある売店に立ち寄った。
コートを脱いで、この椅子にかけておいてもいいかと訊いた。
中年のおばさんは愛想よく、いいですよといった。

さてなにを買おうかと、ショーケースのなかを物色する。
のどが渇いているので自然とビールのほうに目がいく。
これにしましょうか、とタイミングよくいわれたのでついうなずいた。
仕事中だが、まだ昼間だし夕方までにはさめるだろう。
そう算段して、自身を納得させた。

こうなると、なにかつまみがほしいな。
あれころと迷ってしまって、いっこうに決まらないのである。
やっと決めて値段はというと、
「3300円」
「それは高い!」
「じゃあ、33円」
それではいくらなんでも安すぎる。
中間あたりが妥当なとこだろうと思う。

このあたりから、なんか変な感じがしてきた。

さてコートを着ようとしたら、そこには上着も二枚ある。
いま着ているのもあるわけだから三枚も着ていたのか。
いくらなにでも厚着だ(って、そんなに着れるのか)。
それであんなに暑かったんだ(と変に納得した)。

4247夕焼け

夢から覚めると、すこし汗をかいていた。
それでこんな夢を見たのだとしたら、ぼくの脳はどんな癖があるのだろう。
などと、すこしおかしくもあったのだ。

カラオケの功罪
いまや「カラオケ」は世界で通用する日本語(?)になった。
伴奏はいままでにもあったが、それを機械であらかじめ用意したのが卓見だった。
テープレコーダーやCD、DVDと媒体は変わったがいまに続いている。
歌った後で、採点が表示されるのも特別な機種ではないようだ。

歌うことの効用は、いまでは広く知られている。
養護老人ホームなのでも歌うことによって、元気がでたりする。
血液検査をしてみれば、免疫機能が高まっていることも確認できる。
笑いとおなじように歌うは、人間の生活になくてはならないようだ。

4556観覧車

歌を歌うとかならずといっていいほどなにかを思いだす。
思いだすというよりは、ある情景なり感慨が浮かんでくるのである。

それは旅している車中であったり、
ひとり海を眺めているときであったり、
涙がこぼれ落ちそうになるのをじっと我慢していたり、
さよならといいながら、目が合わせられなかったり、
笑顔で再会をよろこびあったり、
ならんで山道を歩いていたり、
したたる汗をみつめながら、自転車で坂をのぼっていたり、
駅のベンチで寒さに膝をかかえている光景だったりする。

そんなこともあったし、あんなこともあったなあ。
そう語らなくても目でうなずきあえる友がいることがなんだか不思議に感じる。

そんなすべてが一瞬の音楽とともによみがえる。
カラオケ畏るべし。

4557夜の街

だが、歌いすぎは公害といわれることがあるのでご用心あれ。

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忘年会の意味
十二月の声をきくと、いよいよシーズン突入である。
「忘年会」っていつごろからあるのだろう。
よくは知らないが、なんとなく古くから日本人の性向とともにある気がする。
もちろん現在のような酒を飲む会というようなことはなかっただろうが。

4547刺身

忘年といわれて、すぐに思いあたるのが水に流すという考え方だ。
すべてはその時点でチャラにしようというのである。
新たな気分で原点から再出発である。
本来はなかったことにするのではなく、許すということなのだろうと思う。
仏教的といわれれば、たしかにそうである。

いままでにどんなに困難なことがあろうとも、すべては消滅する。
そう解釈する人間があらわれても不思議ではない。
そんな下地のあるところにコンピュータゲームが登場した。
あるいは、だから必然的に生まれたというべきなのかもしれない。

失敗(ゲームオーバー)しても、まっさらになる。
また最初からはじめられるのである。
ゲームはスピードが命だ。
反省よりは、はやくトライすることだと短絡もするだろう。

しかしゲームもあながち捨てたものではないとも思うのである。
ゲームをクリアするにはそれなりの戦略、テクニックが必要だ。
なにも考えないで(そう見えても)、上達はできないのである。
空間の把握、時間的な因果関係、過去の記憶、など種々の要素がからむ。
けっこう複雑なのである。
(だから、やめられないのだ。簡単なゲームならすぐに飽きる)
(クイズも同じで、むつかしければむつかしいほどおもしろい)

4555ツリー

またゲーム製作者もそのあたりの事情は熟知している。
だから、ますますおもしろいゲームができてくるのである。
これって、原生林を蹂躙・開発するよりよほどエコ活動なのではあるまいか。

ヒトは困難な状況に直面するとき、その真価が問われるなどという。
それがゲームであっても、なんら問題はない。

いつもの癖で、話がとんでもない方向にそれてしまった。
ご容赦あれ(笑)。

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アンケート日和
道などあるいていても、アンケートをお願いしますと気楽な感じで声がかかる。
その結果は内閣支持率から好きな食べ物や人気タレントなど多岐にわたっている。
市場調査の意味あいをもつものが多いのだが、その限界についていわれることがない。
傾向(あるとするならば)がわかるとか、ランキングならそう問題でもないだろう。
しかしその調査票をみるとかなり誘導的なものもあって信頼できるものは少ない。
おまけに下記にあるようなこともあるので、そのあたりのことを知らないと読みまちがう。
現代では、アンケートがなぜか越中富山の萬金丹(まんきんたん)のようでもある。

「普通の家族がいちばん怖い」 岩村暢子 新潮社 ★★★★
副題に、徹底調査!破滅する日本の食卓、とある。
最初に、サンタに手紙を書く18歳の男の子の話が紹介される。
その母親は「サンタさんが手紙に気づいてくれるように、
人形は窓辺のカーテンの外側に飾ることにしているんです」と細やかな心遣いである。
この調査結果には、いろいろと驚かされることがある。
伝統行事などは大事だと言いながら、自分ではなにもしない母親はこうも言う。
『「御節などは食べなくても、毎年子供たちに見せておけば、
やがて娘(9歳)もするようになると思う」(38歳)と言って、
帰省先で見せるだけにしている主婦もいるが、
「見ていた」だけの自分が今も「親にしてもらう」ばかりで、
自分では何も用意しなくなっていることは忘れているようだ。』
あとがきにも筆者はこう書いている。
『私は対象者の回答(発言・記述)内容もあまり信じてはいない。
対象者が虚偽の回答をすると思っているからではない。
理由は大きく二つあり、近年多くの対象者が「本当にそうであること」より、
「そう答えるのが正解だと感じること」を答えるようになってきているという事がひとつ。
二つ目に人は自分の行ったことに対して、そんなに自覚的ではないものだという事がある。
人が「している」と回答することと「実際にしている」ことの間には、
調べると大きな乖離があるものだ。』
いろんな調査・アンケートの結果もそういった目で見ることが必要なのである。

「宇宙への秘密の鍵」 ルーシー&スティーヴン・ホーキング 岩崎書店 ★★★
これは科学読み物というよりは、ファンタジーである。
しかも物理学の裏づけのあるファンタジーということができそうだ。
物語は自然とともに生きる両親をもつ小学生のジョージ・グリンビーが主人公だ。
「どらえもん」の「どこでもドア」のようなものもでてくる。
『地球の表面の70.8%は水でおおわれ、残りの7つの大陸に分かれている。

大洋がへだてる地理的に離れた大陸は4つで、
地表の57%を占めるユーラシア・アフリカ大陸、28.5%を占めるアメリカ大陸、
9%を占める南極大陸、5%を占めるオーストラリア大陸となる。
陸地の残りの0.5%は島で、主に太平洋の中央から南にかけて広がる
オセアニア地区に散らばっている。』
物語を読みながら、この地球の未来を考えていた。

「還らざる日々」(上)(下) ロバート・ゴダード 講談社文庫 ★★★★
戦争中に白紙(タビュラ・ラサ)作戦の被験者たちの同窓会が50年ぶりにおこなわれた。
だれもが軍隊内での問題児たちばかりであったのだ。
しかし、会場のスコットランドの城館へ向かう列車のなかで一人が失踪する。
そして、事故でひとり、またふたりと謎の死をとげてゆく。
だが主人公のハリーはその殺人の嫌疑をかけられる。
そこで仲間の過去を調べると同じような不審な死を遂げているものがいた。
なにか軍の秘密の作戦と関係がありそうなことがわかってくる。
真相に近づいたとおもわれたとき、事件から手を引くように圧力がかかる。
もうすでに六十九歳になるハリーに反発する気力は残っていなかった。
まあ、それはそうですよね。解決しないことも世のなかには多いものです。
すべてが解決すると考えること自体が、まちがっているのかもしれない。

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ルミナリエ彷徨
相棒が買物があるというので三ノ宮へでかけていった。
師走にはいった週末の街はなんとなくあわただしい。
年末恒例の「ルミナリエ」が始まったのでよけいに人が多い。

今日はつめたい風が吹いて凍えるような感覚がある。
震災の朝もとても寒かったのを思いだす。
あれから随分と経ったような、つい最近のことのような変な感じだ。

震災の火4524

夕方になって会場の東遊園地へとむかう。
ぞろぞろとたくさんの人が歩いてゆく。
今年は例年に較べて高さがあるので見あげる姿勢になる。
ヒトのちっぽけさを感じさせられる瞬間だ。
同時に、どこまでもとどまることのない人間の所業をも思う。

4503ルミナリエ

4502ルミナリエ

4514ルミナリエ

会場の一角に震災で亡くなった人の名を記した場所がある。
ここを訪れる人はほんとうに少ない。
地下への通路で振りかえると、ルミナリエのきらめきが別世界のようだ。

4521モニュメント

4523モニュメントから

最初は屋台出店禁止だったのが、いまでは嘘のようにおもえる。
ちいさな子どもたちは、やっぱり夜店が好きだろう。
こんな光景をみて亡くなった人たちは微笑んでいるのかもしれない。
外人さん(トルコ人かな)の呼びこみの声があたりに響くこんな店もある。
(なかなか、おいしいものでした)

4515ドネルケバブ

4517ドネルケバブ

からだの芯からじんじんと冷えてきた。
いろんな意見があるだろうが、冬はこうでなくてはいけない。
元町まで歩いていつもの(というほど最近は行かないが…)食堂へ。
焼酎の湯割をのんでやっとひとごこちがついた。

4527ルミナリエ

旅は伊那もの鯵なもの
つぎつぎと帰る仲間を見送って、しばしぼくは横になった。
だが、相方とねこまるさんはまたしても砂湯にでかけていった。
(よくまあ、ふやけないであることよ)

4473マンホール蓋

初冬の夜は早い。
BBとぶらりぶらりと「チョロ松」へむかう。
途中で湯帰りのふたりと合流するが、いい顔色だ。

4475チョロ松

さて、ここがあの有名なところなのである。
いつからのことなのだろう。
日本人の「とりあえず、ビール」という言い草。
なにごとにおいても、白黒をつけない、自己主張しないことの裏返しか。
それとも相手の出方をさぐってのことだろうか。
でもまあ、ビールがうまいのである。

4478しらこ

どれもこれも美味しかったのだが、これは最高だな。
「かも吸い」と書くのだろうか。
残した汁に白いごはんをぶちこんでかっこむ。
ああ、えもいわれない味だなあ。
散々にのんでたべて、堪能しました。

4483かも吸

翌日は火曜日、だが会社は振替休日で休みにしてある。
いまごろはみな仕事に精出していることだろう。
もちろん、BBもスーツ姿でおでましである。

帰るまえに地元の酒屋に案内してもらう。
ずらりと焼酎のビンが棚を埋めている。
壮観だ、ながめていてもあきないなあ。
ふむふむよラベルを読み、芋焼酎を五本と梅酒一本をえらぶ。
宅配便で送ってくれるから便利になったものだ。
送料もたしか600円くらいだから、六本ならたいしたことはない。

4486焼酎棚

4487銘柄

ホームからながめる別府の町はあんがいに山が近い。
アナウンスの声をききながらこの旅を反芻する。

若いころはひとりで歩いた。
自転車でも走った。
雪の峠なら自転車をかついで越えたこともある。
野宿をしたこともあった。
駅のベンチでも公園のベンチでも寝た。
夜汽車ではポケットビンのウイスキーをのんでいた。
ヒッチハイクもやった。

さみしいと感じるひまもなく旅した。
なにかを探してもいなかった。
ただどこまでも歩いていたかった、ような気がする。

通りがかりのおばさんに食べものをもらった。
知らないおじさんがビールをすすめてくれた。
いつも、ありがとうともはっきり言えないで頭をさげた。
ぼくが笑うとおばさんやおじさんも笑った。

そんな思い出がときによぎるのである。

4488特急ソニック

またいつかこの町を訪ねることができるだろうか。
できれば限りない幸せであるような気もするのである。

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なぜ旅にでると雨が降るのか
神戸を出発する金曜日もそうだったのだが…。
メール着信が光っている。
「雨が降ってきたじゃないの、どうしてくれるのよ」
「どうしてくれるって、ぼくのせいじゃない…」
でもなんとかその夜は雨もやんだ。

ホテルで目がさめるとつい習慣で窓に注意がゆく。
なんだかうす暗くて不吉な予感である。
カーテンをそっとあけると、静かに雨が降っていた。
振りむくと、すこし笑っているような顔が見えた。

朝から湯につかって、由布岳をながめる。
雨に煙る山容もなかなか風情があっていものではないか。
などと無理にも思ってみるよりほかはない。

食事の後、ひとしきりその話題がでるのはしかたのないことなのだろう。

4434ススキの原

雨のなかを走る。
水しぶきのむこうにすすきのおおわれた山がひろがる。

前回来て好評だった「別府温泉保養ランド」にやってくる。
入湯料があがっているような気がする(1050円になっていた)。

4466別府温泉保養ランド

この古い体育館のような建物から長い廊下をたどる。
紅葉のわきからも温泉の湯気がたちのぼっている。

4468紅葉と湯煙

湯はぬるめ、人は多い。
遠くからきたグループの観光客だろう。
わいわいとにぎやかな声がしている。

屋外の池のような泥湯のなかでしばし瞑想する。
目があいた先を若い女性がバスタオルをもって通りすぎる。
一瞬、うんと思ったがそれを許す風情がこの温泉にはある。
若いカップルが仕切られた柵越しに仲良く話している。
じつに自然ではないか、混浴というような不自然さはない。

そこかしこで裸の女性が横切ったりする。
東屋の下からは女性の露天風呂が見えるのである。
あまりにあたりまえな感じで、それでどうということはない。

湯を愉しむ人にはなんのことはないのである。
そこに別の目的をもちこむ人にとってはそれが好奇の対象となる。

われらのグループの女性はいるかと思って目を凝らした。
残念ながらと慰めるべきか、幸運にもというべきなのだろうか。
彼女らの姿をついぞ見つけることはできなんだのである。

4469湯煙

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湯布院、由布院
駅近くのバスセンターで実家に帰るYちゃんとはお別れです。
今夜の宿は前回のツアーのときも泊まった「湯布院倶楽部」。
案内の男性の顔にみおぼえがあるのがすこし不思議な感じだ。

今回の部屋はツイン・ルームである。
広くてゆったりして、時代を感じさせるのである。
夕食までのあいだ、しばし休息をとる。
ベッドで横になっていたら眠ってしまった。
相方はそれでも湯にはいりにいった。
(日本人女性は温泉好き、と同時に清潔好きでもあるようだ)。

夕食は「亀の井別荘」の敷地内にある「湯の岳庵」にて。
偶然にも前回訪問のときと同じ場所になった。
懐かしいなあ、あのときはM島のおじさんもいたんだ。
とすこし感慨にも耽るのではあるが、まずは乾杯!

4444湯の岳庵

このとき、ちょっとしたハプニングというのか…。
まあ、これはあとあとまで言われるのだろうな、と覚悟しております。
どんなことって、それはじつはこんなことだったのであります。

三脚にデジカメをすえて、さあ乾杯を撮るよといったとき。
ぼくはなぜか場所を変えないといけないと思った。
とっさに駆けだしてテーブルの向こうにまわりこもうとした時、
靴下が化繊だったのか、畳ですべってみごとにすってんころりん。
あやうく手首を捻挫しそうになったのだがなんとか無事に。
しかし、目をあげると全員があっけにとられてこっちを見ていた。

しばし爆笑の渦に巻きこまれたのであった。
ああ、面目なきことはなはだし。

4451鯉の洗い

4453うなぎ

4455完飲

楽しい食事も済んでさてカラオケにでもゆこうと。
ここでも事件(?)が勃発するのである。

われら中年以上おやじはてきとうにあしらわれているのだが、
ひとりNくんだけは、横に若い女性がついてなにやら楽しそう。
まあ、彼は若く見えるのでしかたないかと思っていたのだが。
そうだ、奥さんのKちゃんもここにいっしょにいるんだ、と気づく。

こちらのKちゃんもしばしば20歳くらい若く見られる。
まあ似たもの同士(どういう意味?)なのである。

すこし眼から火花がほとばしったような、そうでもないような瞬間もあったりして。
こうしてなにごともなく(!)由布院の夜は更けてゆくのであった。

(帰って喧嘩してないだろうな)
(馬っ鹿じゃないの、またむしかえして)
(そんなあ、なにもなかったじゃないか)
(そういうことじゃないのよ、鈍感ねえ)
(だいじょうぶだよ、喧嘩するほど仲がいいっていうじゃないか)
(全然関係ありません、使い方まちがってます)

4436亀の井別荘

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温泉めぐり
三々五々起きだしたみなの顔は眠そうだ。
さて朝食の準備という段になって、塩がないことに気づいた。
おにぎりをつくるのであるが、さてどうしようか。
かつお節としょう油でおかかごはんにして握ることにした。

やはりここは温泉にはいらなくてはいけない。
ひんやりとした高原の空気のなか、露天風呂は気分がいい。

「来たときよりも美しく」
この標語どおり、きちんと片付けて別荘をあとにする。

4403天ケ瀬別荘

ここは杖立温泉である。
まだ建物も新しく、長い廊下を歩いてフロントへ。
お昼前の時間でもあり、お客さんも少ない。
大小五つの露天をめぐり、空を見あげる。
なんとか今日もいい天気であってください。

4410杖立温泉

4417蝶

つぎなるは筋湯温泉という。
ここは「打たせ湯」で有名なのである。
こう連続では疲れるが、みなは元気である。
K君とふたりパスして、このあたりを歩いてみる。

4431筋湯温泉

打たせ湯場にはひっきりなしに狭い道を車がやってくる。
だが、温泉街はそうにぎわっているようにはみえない。
やはり宿泊客がすくないのだろうか。

この「打たせ湯」、料金は300円と安い。
しかし、のんびりと湯につかるような雰囲気ではなかったという。
押しあいへしあい状態にちかいものがあってそうそうに出できた、という。

4425うたせ湯

なかなか考えたものである。
料金は安いから人が多く集まる。
なかは狭いし、打たせ湯をすればそれでもうおしまい。
つまりは、客の回転がいいのである。
いろんな露天風呂などの施設も不要なので敷地もせまくてもだいじょうぶ。
うーん、経営的にはじつに効率がいいのである。

問題は、類似施設が多くなったときにどう特色を維持してゆくのか。
また、地元温泉街をどう活気づけるのかに策が望まれる。
なんて評論家のような感想をもつ温泉でありました。

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プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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