ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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東京小旅行(四)
かすかに聞こえる電車の音で目がさめる。
高層の窓から外をながめれば、静かに雨が降っていた。
なぜか雨と相性がいい、というのか縁がある。

Yちゃんの出勤といっしょに電車に乗る。
殺人的なラッシュの時間は過ぎている。
池袋で別れて、山の手線に乗り換える。

駅ではTNさんがにこやかに笑いながら待っていてくれた。
このあたりも再開発がすすんですっかり昔日のおもかげもない。
雨のなか10分ほどでTNさんの家に着いた。

4711東京

堀炬燵にはいって、音が聴こえないのにおどろく。
東京の町中とは思えない静けささがあたりをつつんでいる。
こころづくしの「おにぎり」がうまい。
ほうじ茶のかおりが落ち着いた気分にさせてくれる。

今日は休日のSS氏が起きだして電話をかけてきた。
どこかで昼を食べないか。
ということで、待ちあわせて東京駅へゆく。

ビルのなかのレストランでランチを食べる。
(SSさん、ごちそうさまでした)
まわりは女性グループが多い。

4745ランチ

いま日本は百年に一度という経済危機だそうだ。
うーん、ということは自然にCO2排出量が減少するのだな。
この調子でゆけば、地球温暖化は回避できるのか。
その前に、地球温暖化がCO2のせいなのかどうかの問題があるが。
そんな話には事欠かないのである。
食料自給率の問題も数字のマジック的なところもある。
さらに人口が減れば、自給率は上昇するのだが、その点にはふれない。
メリットだけを強調するものはご注意だ。
逆にデメリットのみを言いつのるのも、どこかうさんくさい。

日本のご婦人はしっかりしていると思う。
いや、皮肉ではなく。
マスコミの言説など、ほとんど空論だと看破しているのである。
それよりも、現実をどう生きるのがいいか。
究極のプラグマチストのようにもみえる。

そろそろ帰る時間が近づいてきた。
みんな元気で、またどこかで会えるさ。

4747雨空

そんなときには、いつもこの歌が聴こえてくる。



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東京小旅行(三)
翌日は昨日に引き続き快晴である。
朝の食卓を囲んでもなんとなくおかしくなってくる。
みんな思っているのだ、明日はきっと雨が降る、いや降るはずだと。

JRの電車に乗りながら、こんなところを武蔵野線が走っているのか。
なんだか頭のなかの地図がゆがんでしまう。
途中で乗り換え、Yちゃんのマンションを通過して川越までゆく。

今日は日曜日で、観光客も多い。
小江戸(こえど)とも呼ばれる「川越」である。
昔ながらの土蔵造りの家並が続く。
その真ん中を自動車が走るのがやや残念だが、しかたがないか。

4731小江戸

4738川越

そこで食べた「サクラ・ソフトクリーム」がうまかった。
菓子類のなかでも唯一といっていいくらい好きなのが「桜餅」なのだ。
ほんのりと香る桜葉の塩漬けがなんともいえずいい。
まさしくその味がするのである。
ぼくだって、それが合成の香料でなされたものだとは思うが、着想がいいじゃないか。
またどこかで見かけたら、きっと食べるのだろうな。

03035さくらソフト

すこし早めに切り上げて、Yちゃんのマンションに昼頃についた。
「たこ焼き」パーティの始まりはじまりである。
初対面の女性(著者です)からこんな本をいただきました。
感想は読み終えてから、またあらためて。

4750魔法のポケット

はじめての出会いでもすぐに仲良くなれる。
それはぼくたちにはM島という共通項があるからだ。
おじさん、おばさんがきっとにこやかに見守ってくれていると感じるのだ。
ぼくはあの頃会ったおじさんの年齢をもう越えてしまった。
そう思って友たちの顔をながめると、なぜかおかしくなってくる。

03057たこ焼き

「どんどん食べてよ、いくらでも焼くわよ」
「うーん、これはなにが入っているんだ?」
「チーズよ」
「うーむ、ビールにあう」
「でしょう!」
「こうして伝統の食文化はくずれてゆく」
「いいじゃないの、これがグローバル化なの」
「豆腐にケチャップというように」
「アンパンと同じよね」

しかし、DALの「振込め詐欺未遂事件」の顛末はおもしろかった。
ほんに京都のお方はしっかりしてはる、のである。

印西、鹿島、我孫子、代々木、などとみんなは帰っていった。

夜のとばりがすべての者に等しく闇をひきはじめた。
まださんざめく笑い声が部屋に残っている。
リビングテーブルでタラ鍋を食う。
大都会の高層ビルヂングはまだまだ眠らないのだろう。
なぜかしとしとと雨が降りだしたような気配だった。

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東京小旅行(二)
今回の旅の主目的は、仕事の関係で我孫子へ引っ越したNS家訪問である。
まあ、それにかこつけて友人たちが集まって、宴会しようというのである。
だが、まだ時間が早い。
東京駅までいっしょのSSさんは、すでにひとり犬吠崎へと旅立っていた。
ぐずぐずと同行しない、こういう点がM島仲間のいいところだ。

まずは浅草にやってきた。
若い頃にいちどきたことがあるのだが、様子はまったく変わっていた。
そりゃあまあ、30年以上も前のことなんだからしかたがない。
偶然にこの光景を見ることができた、通称「UNKOビル」なり。
こんな場所にあったのか、といささか感激(?)するのである。

4709うんこビル

4705浅草

もう一箇所、葛飾柴又、帝釈天を訪れる。
やはり危惧していたとおり、いわゆる観光地になっていた。
映画と現実はちがうとはわかっていたのだ
それで、来るべきかどうか迷ったのだが、とにかく来て見て納得するのである。

我孫子駅で待っていてくれたNSくんと話しながら歩いているうちに到着。
宴会準備に馳せ参じてくれたTNさんをまじえて、まずは再会の乾杯をする。
やがて、AS氏とMY氏がやってくる。
さらにKNと、ひとり旅したSSさんも無事にやって参りました。
テーブルのまわりにはたくさんのご馳走が、そしてみんなの笑顔がならんでいた。

03008西原家

話すことなどいくらでもある。
青春のエピソードにはことかかないのだが、やはり現実の生活もある。
年老いた親を世話する日々に、なぜかおのれの未来をもみてしまう。
気のおけない仲間だから、どんなことでも話せるというものだ。
飲んで、笑って、しんみりともするが、それはそれだ。

人生が楽しさだけで成り立っていたならば、どんなにつまらないだろう。
楽あれば苦あり、苦あれば楽ありということではない。
深みに落ちなければ、深さを知ることもない。
深さを知らなければ、人の気持ちを慮ることもできない。
慮るとは、自分のこころの痛さが自分だけではないと知ることなのだ。
自分だけがどうして、という不平不満は抜け道がない。
そんなことを酔うとつい考えたりするのである。

思考と回想のなかでいつしか眠ってしまったのは、幸せの極致といえる。
安寧がそうさせた、といえるのではないか。
まったくもって、幸せな脳天気なぼくなのである。

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東京小旅行(一)
東京へは金曜日の夜行バスで行くことになった。
若い頃には、なんどか当時国鉄のドリーム・バスなるものに乗ったことがある。
とにかく安くが合言葉で、東京のミニ周遊券(一週間有効だったか)で乗れたと思う。
現在のような設備ではなく、普通の観光バス車輌だったのでけっこう窮屈だった。
しかし、若さがそれを凌駕して東京へと向かわせたのである。
リクライニングシートを倒しながら、そんなことを思いだす。

定刻より早く東京駅に到着した。
早朝の六時前ではどこの店も開いてはいない。
やっと始発電車が動きだしたので、御徒町へむかう。

前夜、三宮の居酒屋でSN氏と飲みながら話していた。
「その銭湯なら、なんべんか行ったことがあるわ」
「東京の銭湯は熱いでえ」
「まあ、よい旅を」

駅で地図を見たりしていると、おじさんが声をかけてくる。
事情を話すと、方向を示してすぐそこだよと教えてくれた。
松坂屋の脇を抜けると、むこうに煙突が見えてきた。
さて目的地の「燕湯」にやってきた。

4686燕湯

玄関先で写真を撮っていると、旅行者らしき若い女性二人組が入っていった。
引戸を開けて、番台で料金450円也を払う。
(座っていたのは、妙齢の女性でありました)
案じていたのだが、脱衣ボックスは大きくてリュックの収納もだいじょうぶ。
なにげなく見あげると、棚になった上にはカラフルな洗面籠が並んでいる。
常連客の湯道具キープということになるのだろう。

浴室に入ると、思ったよりはこじんまりとしていた。
それでもすでに七八人の先客があった。
正面にはあたりまえのように富士山が描かれていた。
湯ぶねには一人だけだ。
ざっとかけ湯をしてから、おもむろにからだを沈める。
そんなに熱くはないなと思っていたら、肌がちくちくとしてきた。
熱いというより、刺すような感覚におそわれるのである。
何分入っていただろうか、あがって自分のからだを見ると真っ赤になっていた。
あたりを見回すと、湯ぶねにつかっていた人はみんな皮膚が赤い。

脱衣所で服を着ていると、なにか汗臭いようなすえたにおいがする。
あとからあがってきた年齢は五十代後半だろうかという人を観察してみる。
脱衣箱からおおきな風呂敷包みがひとつでてきた、加えて手提げの紙袋がひとつ。
すこし驚いたのは、下足札が二枚手のなかにあったことだ。
(これでほぼ彼が宿無しなのが確信できた)
(そのせいかどうか、カルキ臭がいつまでも残った)

そう思うと、若い人のなかにもそれらしき人がいる。
ネットカフェで時間をすごしてきたようないでたちの人がである。
くたびれたような服装で、そのくせ胴回りだけは肥っている。
銭湯の450円は、彼らにとって高いのか安いのか。
牛丼ならば、卵もつけられる値段ではないのか、などと思ってもみた。
しかし、銭湯の番台の女性も常連客も彼らに非難の目はむけていなかった。
さすが東京、坩堝の街であるという感慨がわいた。

湯上がりのからだに冬の風がこころよい。
相方と話しながらふたたび駅へもどろうとすると、
前方を風呂敷包みをもった先ほどの人物がひょこひょこと歩いていた。
やがて右側へと、ビルの影に消えていった。

4689御徒町

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読書とリズム
ヒトの活動周期にはリズムがあると、いっときバイオリズムなどといって機器まで売りだされた。
あるいは夜型人間、朝型人間などとよびならわしたりすることも世間では一般的だ。
つまりは主たる活動の時間帯がどこにあるのか、個人には傾向があるというのだ。
もちろん、本人がそう思っていることもあり、他人からの評価であったりする。
では読書に適する時間帯などあるものだろうか、と気になったりする。
一般的にいえば、朝のほうが脳も睡眠後のリフレッシュ状態なのではかどるらしい。
しかしながら、静かな夜にスタンドの灯りで読書する光景もイメージとしてはすてがたい。

「優雅でみだらなポンペイ」 本村凌二 講談社 ★★★
イタリアのナポリ湾に面しヴェスヴィオ山の南側にあるポンペイ。
紀元前からギリシア人の入植者も多くその文化の影響を色濃く受けていた。
やがてローマ帝国が起こり、ローマに敵対するが結局は軍門にくだった。
しかし、紀元七九年八月二十四日、暑い夏の朝方のこと。
ヴェスヴィオ山の突然の噴火によりポンペイは完全に埋もれてしまった。
その後ポンペイの遺跡が掘り出されその姿を再びあらわしはじめた。
火山灰に埋もれていたおかげで、遺跡も保存状態よく残っており歴史的に貴重なものだ。
いたるところの壁に残された落書きから人々の生活や意識がうかがわれるのである。
『古来、ローマ人は独裁者の支配に甘んじることを潔しとしなかった。
彼らはあくまで自由人であり、独裁者への無批判の服従は奴隷根性によるものと見なされていた。
とりわけ、都市の名望家あるいは貴族たちは自らの判断と行動の自由を重んじている。』
しかし時代によって文化によって自由の内包がちがっているような気がするのである。

「パリの詐欺師たち」 奥本大三郎 集英社  ★★★★
奥本氏のエッセイは軽快であるが、これは小説仕立てなのだ。
ではあるが、やはり随所の本領が性向が現われてくるのはしかたがないことだ。
それがまた読む者を楽しませてくれることにもなっている。
『 小さい庭ぐらいの環境があると、ここにクサカゲロウがやって来て産卵し、
親も子もアブラムシを食う。テントウムシも来る。そして皆でアブラムシを食べまくる。
アブラムシがいなくなれば肉食の虫同士互いに食いあいをし、
たいてい最後に一番強いテントウムシが残ることになるのだが、
アブラムシは多産によってそれを凌ぐ。
単為生殖、つまりクローンをどんどん作って殖えに殖えるのである。
食われても食われても産む。
それで仲間があんまり多くなり過ぎて、肝腎の植物が枯れてしまったりすると、
植物に汁を吸っている自分達は全滅だから、アブラムシは凄いことをして切り抜ける。
 つまりカイロモンという物質を出して、天敵のクサカゲロウをわざわざ呼び寄せ、
間引いてもらうのである。』
自然はこういうしたたかな面も併せもっていることを忘れてはいけない。

「すべては音楽から生まれる」 茂木健一郎 PHP新書 ★★★
すべてが音楽から生まれるかどうかは知らないが、いろんな効果があることは知られている。
『 タイミングが大切だということは、脳の中の情報処理が一般的に持っている性質である。
たとえば、A、B、Cという要素が統合される時、
それがあるリズムで一つの神経細胞に到着するのと、
違うリズムで合流するのとでは、計算結果が全く異なってしまう。
音楽において、楽器が鳴るのが一秒の何分の一かずれるだけで
違和感が生じてしまうのと、同じことである。
 脳の中には一千億個の神経細胞がある。
その活動がお互いに響き合って私たちの意識を創り出している。
その様子は、オーケストラの様々な楽器が力を合わせて
一つの音楽を生み出すプロセスに似ているのだ。』
なにも特別なことではない、薬も飲むことも同じことだ。
時間をまちがえると、効かなかったり逆効果のことがあるのと同様である。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

読書の角度
本を書くということは、自分の考え感じ方を表わすことであるとは、だれもが知っている。
まあ、なかには誰々がこう言っているばかりに終始しているものもあるが、それはそれでいい。
では本を読むとは、自分の考え感じ方とどういう関係にあるのだろうか。
よく言われることだが、人には自分の見たいもの(つまりは都合のいい)しか見えないのだと。
その伝でゆくと、自分の考えと同じものしか読まない、ということになるのだろうか。
それではあまりにもつまらないとぼくは感じるのだが、そういうこともあるかもしれぬ。
だが、不安は読むことを強制して安心(同意)を求め続ける。
やがて直感がこうつぶやくことだろう、「ゼロはいくら積み重ねてもゼロだ」と。

「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一 講談社現代新書 ★★★★
芸能人も科学者もある点では同じである、とはよく聞く話である。
自分だけが有名になりたい、だれよりも先に名声を獲得したいのである。
だが、科学のおもしろさはそれだけではないだろう。
いろいろと考えればそれだけで何時間も、一生さえも費やすことができるのである。
『 機械には時間がない。
原理的にはどの部分からでも作ることができ、
完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。
そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。
機械の内部には、折りたたまれて開くことのできない時間というものがない。
 生物には時間がある。
その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、
一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。
生命とはどのようなものかと問われれば、そう答えることができる。』
この違いがわからないと、人間を物のように扱ってそれでよしということになる。

「野宿完全マニュアル」 村上宣寛 三一書房 ★★★★
なぜそんなにしてまで旅行するのですか、と聞かれたことがあった。
『われわれは成金の時間貧乏人ではない。
たまたま手元にたくさん現金を持っていないだけで、本当は大金持ちなのだ。
たっぷりと時間をかけて、自分の身体を動かし、
自然と一体化することによって、はじめて感動は生まれる。
金で感動を買おうなんて、貧乏人の考えることだ。』
ここまでいうと、ちょっと負け惜しみの感があるがおおむね共感できる。
読み進めるごとになろほど、そういうこともあったなとうなずけるのである。
たまにはちがった角度から旅を考えてみるのもいいのではないか。
どこかの目的地へただ到達することのみが旅行ではないのだから。

「たまらなく日本人」 柳沢正 講談社 ★★★★
ツアーコンダクターときくと、なかなか興味深い職業だと思う。
なにがといって、いろんな人々を観察する(ウォッチング)機会があるだろうと想像するのである。
もちろんそれなりの大変さはあるだろうが、それはどんな職業でも同じである。
『幸福な人間の条件とは、
おのれを知ることのない才能に恵まれていることではないかと僕は考える。』
こんな言葉をつい書いてしまうほどご苦労が多いことも十分わかる。
『日本社会はストレスの大量生産工場である。
会社の上下関係、自分の実際の力量と周囲の評価との誤差、
さらには残業という軽蔑に値する拘束に苦しめられ、
それでも大漁の日のぎゅうぎゅう詰めの船の貯蔵庫みたいな満員電車に揺られて、
毎日毎日会社に向かう。それで日本や世界がどうなるわけでもないのにだ。』
こうしてひとときの安らぎを求めて人々は今日も海外旅行にでかけてゆく。

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読んで書く
本を読むことは相変わらず好きなのだが、この感想文を書くのがどうしても遅れがちである。
「ウランバーナの森」が昨年最後に読んだ本だから、書かないといけない(?)のが山積している。
のんびりやればいいのだが、さてどうしたストーリーだったかななんてことは日常茶飯事である。
愚痴のようになっているが、反面気をつけて読むようになったし、考えることも多い。
ただ読み散らかしていた頃よりは、本のありがたみがわかるような気がするのである。

「ウランバーナの森」 奥田英朗 講談社 ★★★★
『その夏もジョンは軽井沢で休暇をすごしていた。』でストーリーは始まる。
装丁からもわかるように、ジョンとはあの世界的に有名なグループのリーダーだと想像する。
いまは活動も休止して、家族(日本人の妻と息子)と穏やかな日々をおくっている。
だが、突然身体的な異変がジョンを襲ってきたのである。
なったことのない人にはわからないが、本人にとっては一大事の便秘である。
ある医師(実は精神科医)を紹介され通院するうちにふしぎな経験を次々とするのである。
こうした不思議体験というのをぼくは経験したことがない。
幽霊も、金縛りにも無縁な人生というのはすこしつまらないと思ったりする。
そういう人だからこそ経験できない、ということがあるのかもしれない。

「エンプティー・チェア」上 下 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫 ★★★★
四肢麻痺のリンカーン・ライムがわずかな可能性を求めて最先端医療による手術を決意する。
ところが、訪れたノースカロライナの病院で診察を終えたライムのもとに保安官がやってくる。
かつての事件で知り合ったベル刑事の親戚だという。
やはり事件ときいて断れないライムは捜査に着手する。
誘拐犯として追われるのは、昆虫少年のギャレットである。
彼はその知識を駆使して追っ手からことごとく逃れていたのだが…。
相変わらずのストーリー展開の急激さには息をもつかせない迫力がある。
最後の展開はやや平凡ですこし残念な感じがするが、さすがというほかないのである。

「下流社会」 三浦厚展 光文社新書 ★★★★
社会のなかで出世したいとか成功したいとは思わない、考えない人たちが増えている。
自分らしく生きるのが人生の指針である、と彼らは考えている。
しかしその自分らしさなり、ほんとうの自分というのはなにを指しているのか。
『自分らしさが重要だといいながら、努力もせずにぶらぶらしている中途半端な人間が、
5年、10年後、30代、40代になったとき、どうなるのか、非常に問題視されている。』
生きるのに食べるのに汲々としているような社会ではこういう事態はやってこない。
日本が物質的には豊かになったということを示しているに過ぎない。
働かないでも生きていけるならそれはいいことだと思う。
信念をもって下流(かどうかは誰の判断か)で生きてゆけばよいだけである。
それゆえに社会の生産力が低下するとかというのは、勝手な論理でもあるのだ。

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表意派
通勤電車のなかで、ときに啓示にうたれることがある。
まあ啓示かどうかは、あとになってそうでもないな、ということが多いのだが。

下車駅近くになって読んでいた本を閉じる。
網棚からかばんをおろしてファスナーのついたポケットにしまう。
手が自然とそうしているだけで、眼はあたりをさまよっているのである。
ある一点にきて頭の動きがとまる。
つとでた言葉がこれだった。

「表意派か…」

そこには漫画雑誌を熱心に読むスーツ姿の青年がいた。

文字には表意文字と表音文字がある。
漢字は表意文字であり、語そのものが意味をもつ。
それにくらべてアルファベットは個々に意味はない。

知らないことばであっても、漢字ならなんとなく意味がわかる。
そういう経験は日本人ならだれにもあるはずだ。
絵も同じで見ただけでわかるのである。
見知らぬ外国語などどう考えてもわかるなどとはいえない。

いい年の大人が漫画など読むものではない、と苦々しく言うひとがいる。
しかし、それは短慮なのではないかとずっと思っていた。
漫画といっても、手塚治虫はつまらない小説よりよほど上質だと思う。
要は表現の手段ではなく、そこになにを表そうとしているのかではないか。

だが、なおも一心不乱に漫画を読み続ける彼に一抹の不安をおぼえた。

「あるいは、憑依派かもしれん…」

読書百篇
読書百遍義自ら見る(どくしょひゃっぺん ぎ おのずからあらわる)といわれる。
では、百篇の書物を読めば、なにがたちあらわれてくるだろうか。
多読することだけによって、なにかがえられるということもなさそうである。
まずなにかに興味をもち、それによって本を読むことがはじまるのが自然である。
なんのためにもならない読書というのもいいのではないか。
得にならない、お金も儲けられない、女性にももてない読書がいい、と思うのである。

「野宿のすすめ」 村上宣寛 三一書房 ★★★★
図書館で返却本のなかにあったのをなにげなく借りてしまった。
著者は、富山大学の心理学教授であると巻末の経歴書に書いてある。
読みながら、なるほど大学の先生らしいやとなんども思った。
彼はバックパッカーであり、またサイクリストでもある。
自転車関連の項を読んでいると懐かしいメーカーやパーツ名がみえる。
『海岸にきれいな公園があったので、賞味期限切れのパンとミルクで昼食とした。
いい場所だったが、キャンプ禁止とあるのでテントは張れない。監視も厳しい。
波打ち際の砂浜にいくつもテントがあった。津波に遭うとひとたまりもない。
この町は人命より芝生の方が大事と考えているようだ。』
これは現在もあまり変わっていないように思われる。
それにだいたいがサイクリストはメーカや仕様などにうるさいものである。
いわゆる薀蓄がついと出てくるのであるが、それが楽しみでもある。
あのブランドのバッグが欲しいというように、クロムモリブデン鋼が魅力的なのだ。
読むうちに若い頃に疾駆した土地を思いだすのである。

「戦争する脳」 計見一雄 平凡社新書 ★★★★
長い間、救急医療の精神科医でもあった筆者の言はずしりと重い。
『ヒトの脳は宇宙で一番良くできた思考機械であるが、重大な弱点が三つある。
一つは、一日七~八時間の睡眠を取らないとちゃんと働かないこと。
四八時間完全に断眠した脳は全く当てにならない。
二番目の欠点というか、取説上の注意点とでもいうべき特徴は、
連続して単独運転させるなという点である。
 脳がいくつか培養液の中を浮遊しているさまを想定されたい。
一つだけで浮遊している脳はしばらくすると、勝手な空想・妄想、やがて幻覚のとりこになる。
脳と脳の間のやりとり、つまりコミュニケーションというやつが欠けると、
フィードバックのない孤立回路になってしまう。
時々、他の脳に相談させないとへんてこな結論を出すおそれがあります、というご注意。
最後の三番目は、脳だけじゃ考えることも、感じることもできないという、当たり前の真実。』
脳万能のような時代の雰囲気のなか、忘れてはいけないことです。

「41歳からの哲学」 池田晶子 新潮社 ★★★★
池田さんのことばは明快で濁りがない。
『自由を他者に要求するとは、それ自体で矛盾である。
自由とは、定義により、自分自身により自由であることだからである。
ゆえに、自身の自由を国家に保障されなければならない民主主義とその制度は、
最初から矛盾を胎んでいるということだ。
ならば人は、どのようにして自身の自由を獲得するべきなのか。』
自身でなにもなさないで、なにごとかを他人のせいにする。
『なべて権利というものの考え方は、人間を卑しくする。
生きるのに権利、死ぬのにも権利、命は自分のものだと思っているからだが、
その命そのものは自分で得たものではない。命は天与のものである。
それを認めるなら、権利など誰に与えられる必要もないと、気がつくはずなのである。』
さて、ではどう生きるのか、は自身で考えるよりほかはないのである。

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読断閃光
ふと読書のおもしろさはどこにあるのだろうか、と読みながら考える。
本を書くという行為は一部の例外はあるとしても、自己の意見・見識を述べることである。
それが感想だ、思いつきに過ぎない、独断に過ぎるなどと批判されようとも。
独断でない判断などどこにあるのだろうか、と疑う。
日本的にいう根回しが十分におこなわれ、意見が調整されたものをいうのだろうか。
そうであっても、なにもないところには調整されるべきものがあるとも思えない。
まずなんらかの独断がそこには必ず存在する、と信じてやまないのである。

「FBI特別捜査官 裁かれた判事」 ロバート・K・レスラー/トム・シャットマン 翔泳社 ★★★
犯罪者のプロファイルラーの草分け的存在ともいえるレスラー氏である。
本書を読んでゆくと、現実とミステリではなにがちがうのかということがよくわかる。
フィクションでは枝葉はどんどんうちはらって見通しをよくすることができる。
しかし、実際は事件が解決するまでなにが枝葉末節なのかがわからない。
また、ミステリのようにすっきりと解決するとは限らないことも多いようだ。
『したがってフィクションの筋書きのように、
犯人が判明して大団円を迎えるということは、実際にはありえない。』
『裁判に勝ったからといって、犠牲者の命が戻ってくるわけではない。』
このなんともスッキリしない気持ちが現実なのだろう。
ときに、犯罪をおかす者と踏みとどまる者とのちがいとはなんなんだろうかと考える。

「東京物語」 奥田英朗 集英社 ★★★★
名古屋から予備校通いのため上京することになった田村健次だった。
父親の会社の倒産で大学も中退し、ひょんなことからコピーライターになる。
彼が遭遇する青春(?)の事件の数々が甘酸っぱくときにほろ苦く語られてゆく。
ほのかな恋愛模様もあるのだが、こんな彼に恋する女性の言葉がやるせない。
『「でもね、田村君。一目惚れは恋なんかじゃないよ。発作だよ」』
たしかに彼女の立場からはそういえるのかもしれない。
しかし、発作の症状を呈さない青春もまた味気ないのではないか。
随所に似たようなことがあったと思いあたる物語なのである。

「私刑連鎖犯」(上)(下) ジャン・バーク 講談社文庫 ★★★★
バスタブの上に逆さ吊りにされた男の死体が発見された。
だがその男は、FBI指名手配の凶悪犯だった。
そして次から次へと指名手配リストに載っている犯罪者が殺されてゆく。
この事件を捜査すべく派遣されたのはこのシリーズではおなじみである。
ロサンゼルス郡保安官事務所殺人課の刑事、アレックス・ブランドンは黒人である。
事件に関係しているのは、セジウィック校卒業生であるらしいことがわかってくる。
こうしてこの学校の特殊性が浮かびあがってくるのである。
はたして犯人は悪を排除する正義の私刑おこなっているのか。
あるいは裏に隠された動機があるのだろうか。
それにからむ人間関係はどう展開していくのかに興味がひかれるのである。

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ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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