ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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小春日和
寒くなってきた。
我家は標高350mもあり、かみさんは「神戸のチベットや」とのたまう。

しかしながら、二階の部屋にいると陽がはいって今日は暖かい。
温度計をみると、暖房なしでも20℃あたりをさし示している。

ソファの位置も窓向きに変更した。
ぼんやりと山をながめるのもいいものだ。

朝だと野鳥が飛んできて、隣家のテレビアンテナにとまる。
大空を自由に飛びたいだとか、鳥になりたいだとかいうけれど。
もし鳥になったらなったで大変なんだろうな。
(カフカの「変身」だと、イモムシだったかなあ)

いつも食べものをさがしていなきゃならない。
みつけたと思ったら、虫でもなんでも食べなきゃ。
これは嫌だと偏食は許されないだろうな。

あれやこれやと考えながらいると、ついウトウトとなってくる。
だが、そんな平安(?)も永くは続かないのが世の習い。

「ごはんできたで~」
の一声で、現実に揺りもどされるのである。

All’s right with the world

3541黄葉

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ガーデニング日和
かみさんが出かけたいので車の運転をお願いしたという。
以前オープンガーデンで見せていただいたお宅から連絡があったという。
アマゾン原産の貴重な木、フェージョアの苗木を分けてあげる準備ができたのでどうぞ、と。

5802フェージョア

川西市にあるKMTさん宅に着いたのはお昼前。
途中、有馬温泉に向かう渋滞に巻きこまれそうになったり、
ナビの指示を勘ちがいしたりして思わぬ時間がかかってしまった。

閑静な住宅地という形容があてはまるような場所だ。
区画も碁盤の目のようで道路幅もゆったりと広い。
大がかりな開発地という雰囲気である。

インターホンを押すと、すぐににこやかにでてこられた。
さっそく広い庭(家一軒は建つスペース)に案内される。

フェージョアの実を食べてください、とだしてくれた。
ナイフで半分に切って、キーウイフルーツを食べる要領でスプーンですくって口にふくむ。
すこし酸っぱいが上品な甘さがある。

庭にはこの季節だというのに皇帝ダリアの花が咲いている。
(名前は教えていただきました)
植物あるところには虫もやってくる。
これがいいんだなあ。

5798何の花

5801アブ

さて我家で無事に根づくことができるだろうか。

冬の旅と読書
紅葉もすでにさってしまった山を車窓にながめながら、燗をした酒を手に本を読んでいたりした。
当時の日本海側にある国鉄の駅では、売店で牛乳やお酒を湯であたためて客にだしていた。
プラットホームに降りたって、とおくに湯気のたつのを見ると、ごくりとのどが鳴った。
富山あたりなら、甘エビがうまい季節をむかえるころには立ち飲み屋でも肴にならんでいた。
風がびゅうびゅうと吹いて、帰り道が寒い夜などあの駅裏の飲み屋がうかんでくる。
わたしの人生に酒がなかったなら、どんなにちがったものになっていたかとときに考える。
それはけっしていい方向ではなく、うらぶれた気分にさせるものであることがしばしである。
ほかに望むものなどほとんどなかった青春だったが、ほろ苦い想いにはみちている。
人生ってなんだろう、なんのために生きてるのだろうと思いつつ澗酒をのんでいた。

3273雪中列車

「天平の甍」 井上靖 新潮文庫 ★★★
鑑真和上といえば、唐からやってきた日本では教科書でも習うくらいに有名なお坊さんである。
遣唐使が行われていた平城京に都があったころのこと。
第九次遣唐使で留学した僧五人のうちの一人、普照が物語るかたちで小説ははじまる。
総勢は五百八十余名というから、国家の一大プロジェクトということになるだろう。
いまからみれば無謀ともいえる木造船で途中なんども嵐にみまわれながら海をこえて唐にいたる。
鑑真が来朝することを承知し、なんども渡航を計画するがそう簡単には海はわたれない。
いくたびかの苦難ののちにやっと平城京にもどってくることができる。
で、その意味はなんであったのかと考えると、仏教とはなにか生きるとはなにかに還ってくる。
そんなことを考えながら奈良の町を歩いてみれば、またちがってみえるのかもしれない。

「永遠の沈黙」 マイクル・ベイデン&リンダ・ケニー ハヤカワ・ミステリ文庫 ★★★★
『許せないものを数えあげたらきりがない。
人混み、行列待ち、安物の靴、それに倫理観の欠落した法律家。
しかし、なんといっても許しがたいのは、裁判に遅れることだろう。
マニーは裁判に遅れるのが大嫌いだった。』
ではじまるミステリは、フィロメナ(マニー)・マンフレンダ弁護士が主人公だ。
正義感にあふれ貧しい者の味方だが、おしゃれを犠牲にしてまで生きていこうとは思わない。
そして相棒となるのが検死官ジェイクなのだが、これが筋金入りの堅物なのだ。
とまあ、こういうコンビであるからストーリーも急展開していくというものだ。
とある田舎町のショッピングモール建設現場から白骨死体が発見された。
ジェイクは恩師でもあるハリガン博士から協力を依頼されるが、博士は謎の死をとげてしまう。
読者をあきさせず、一気に最後までひきこんでいく力量はすごいといわなければならない。

「世界美術館紀行②」 NHK「世界美術館紀行」取材班 日本放送出版協会 ★★★
ヨーロッパも南北アメリカ大陸も行ったことがないので、書物で我慢するしかない。
オランダといえば面積がせまく小国と考えがちだが、かっては世界各地に植民地をもっていた。
当然貿易もさかんであるから、いろんなものも輸入されそれに触発されて芸術も発展しただろう。
だれもが知っている有名な画家も多く、この本ではゴッホ、レンブラント、フェルメールを紹介している。
その絵のあるファン・ゴッホ美術館、アムステルダム国立美術館、アウリッツハイス美術館をめぐる。
『オランダというそう大きくもない国で、十七世紀に、レンブラントのような巨人も含めて、
なぜあれほどの多彩で多数の画家が登場し、大量の絵が描かれたのだろうか。』
そんなことも考えながら、彼らの絵をながめてみるのも秋の夜のすごしかたとして悪くない。
弟への手紙が、青年ゴッホの苦悩を示している。
『愛するテオへ
いまの僕の苦しみは、つまりは次のことに尽きる。
いったい僕はなんの役にたっているのだろうか。
そして、どうすれば有用な人間になりえるのだろうか。
この思いが絶えず僕を苦しめているのだ』

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黙黙行
昨日のことだった。
いつもは駅でエスカレータに乗ると、そのまま立ち止まらないで歩いている。
だれもが黙って足もとを見ながら上へとのぼっていく。

だが今朝はなんだかそれもつまらないと思えたのだ。
ついと視線をあげると、見えるのは人の背中の連なりばかり。

煙のようにモクモクとのぼっていく様がおかしかった。
しばらくながめているとすこし哀しくもあった。


ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。


なぜか方丈記の一節が思いうかんできた。

今日も背中を丸めて黙黙とエスカレータをのぼる。
ときに、これってどこに通じているのだろうと思ったりもする。
それもこう寒い気温のせいなのだろうか。

5796イヌ

前に読んだか、後で読むか
たとえばどこか名所旧跡へ旅行しようと思うとき、行く前に関連する本を読んでおこうと考える。
あるいは、予断をもたないでまずその地を歩いてみて、その後に本を読んでみるという立場もある。
どちらがいいとはいえないが、そこから人物の性格がうかがい知れるような気がすることもたしかだ。
前もってという場合、計画を立ててものごとを運ぶことをよしとする価値観があるということだ。
なぜならば、ことわざにも「備えあれば憂いなし」、というではないか、とこうなる。
では後で読むというのは、どういうことをもってその理由づけがなされているのだろうか。
経験上、準備することの大切さは重々承知しているのではあるが、人生それだけでいいのか。
未知なるロマンがどこかにあるのでは、と希求するのである(たいていは失望に終わるのだが…)。

3528瓦

「荒地」 T・S・エリオット 岩波文庫 ★★★★
この本が詩の世界に(もちろん日本にも)与えた影響ははかりしれないものがある。
ずっと、イギリス人だと思っていたのだが、アメリカのセント・ルイスで生まれ帰化したのだという。
ハーヴァード大学に進み、フランス文学、古代および近代哲学、比較文学などを学んだという。
フランス留学中に当時の新しい思想、デュルケーム、ベルクソンの講義に影響を受けた。
いまでは書物のなかでしか登場しない人たちに教えを受けたとはなんと贅沢なことだろうと思ってしまう。
日本でも「荒地派」なる詩人のグループがあり、大岡信や谷川俊太郎がいた。
本書とはすこしはなれるが、同時代の詩人に山本太郎さんがいた。
若いころに彼の詩論を読んで、たいへん明快でなんのてらいもなく眼がひらかれる思いがした。
そこから中江俊夫や石垣りん、西脇順三郎などを知ったことを懐かしく思いだすのである。

「女は男の指を見る」 竹内久美子 新潮新書 ★★★
竹内さんは京都大学で、先ごろ亡くなった日高敏隆教室で学ばれたのでしたね。
日高氏と共著の「ワニはいかにして愛を語り合うか」が1986年だから、もう著述業二十年以上。
いろいろ批判もあるでしょうが、動物行動学で読み解く人間行動にはおもしろいものがある。
『ハゲてる人は胃ガンになりにくい。
 ……
なぜ胃ガン患者にハゲが少ないのか?
実は女性ホルモンのいくつかの総称であるエストロゲンには
胃ガンについての発ガン性があるらしいのです。
 ……
ハゲの効用は、それだけではありません。
結核に強い、気管支ガン、肺気腫になりにくいこともわかった。
ただし、てっぺんハゲの人は心臓病にご用心です。』
これを読んでもすこしもなぐさめにならないことが哀しい、と思う男性は多いだろう。
書いてることに嘘はないが、○○になりにくい、とおっしゃってることに留意してください。

「日本人へ リーダー篇」 塩野七生 文春新書 ★★★★
以前から知ってはいたのだが、もともとの歴史嫌い(苦手教科)意識がわざわいして読まなかった。
今回、図書館の新着案内で見て予約しておいたのだが、忘れたころに手もとにやってきた。
論客だとは想像していたが、一読してなみの歴史家ではないと感じることができた。
『古代ではギリシアもローマも、本質はあくまでも、市民が主権者である国家であった。
主権者であるからには、権利が認められる一方で義務も課される。
権利は、選挙を通じての国政への参加であり、義務は、武器をもっての祖国の防衛だった。
それゆえに兵役は、「血の税」とも呼ばれていた。
市民には直接税が免除されていたのは、「血の税」の課税対象者であったからだ。』
この文章を読むと、はたして日本には主権者いるのかと思わずにはいられない。
権利と義務は表裏一体のものだ、とどうして考えないでいられるのだろう。
『戦争は、血の流れる政治であり、外交は、血の流れない戦争であるのだから。』
日本は戦争をしないと憲法で誓ったのだから、外交が生命線になることはだれにもわかる。
しかし、いまだに日本的情緒反応で外交(とは言わないか)をしているような気がするのだ。
世界に対しては、もっとはっきりと意見をいわないと通じないのではないか、と思う。
真剣に喧嘩(激論を交わす)するぐらいでないと、ほんとうに仲よくならないというではないか。

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篠山と小鹿田焼
かみさんが篠山でワイヤワークをやっている人の展示会があるという。
ちょうど紅葉のころだし、ということででかけていく。

中国道から無料になった舞鶴自動車道をへて一時間足らず。
町はおもったより多くの人出があった。
寒くもなく暑くもない、ちょうどいい気候だが空は黄砂の影響かどんよりとしていた。

3547篠山

駐車場から地図をたよりに会場をめざす。
今日は初日とかで、生徒さんらしき女性でにぎわっていた。
古い民家が会場になっている。
思ったより細いワイヤがつかわれていて、繊細な感じだ。

おつぎの場所は、やはり古い民家を店にしている。
思いがけず見つけた小鹿田(おんた)焼にご満悦のようす。
ついでに蕎麦猪口もふたつ。

3527ハクトヤ

かみさんはおもったより安くて良心的だという。
さわやかな女性の店主とあれこれ話している。
品揃えにインテリジェンスを感じるのだが、嫌味がない。
室内の装飾にも若い感性があらわれている。
冬になれば、しばらく店は閉めるのだそうだ。
(けっこう雪がふるのだろうか)

5785鍵

すこし歩いて篠山城址へ。
くれないのモミジが鮮やかである。
(といっても、一部分なのだが)

3543紅葉

3544紅緑

紅葉も見たし、思いがけない焼き物も買えたし。
週末の一日はあっというまに暮れしまう。
こうして秋から冬へとすこしずつ季節は移ってゆく。

安眠夜
最近はそうでもないのだが若いころには眠れぬ夜をいくども経験した。
だが、どんな悩みがあったのかということについてはあまり強く記憶に残っているものはない。
だから逆説的には、たいした悩みがあったわけではなかったのだろう、ということにもなる。
眠り姫の童話があることからもわかるように、眠りにはなにか不思議な力が宿っていると思われた。
いまではいろんな研究から、眠りは生理的にも必須の作用があることが理解されてきた。
だが、科学的に解明されていないから知らないということにはならない。
経験的に知っていたからこそ、罪人に対するもっとも残酷な刑罰は眠りを奪うことだったのだ。
眠ることが許されない、つまり眠らせなければ多くの囚人は発狂にいたったという。

3509霧の中

「疲れすぎて眠れぬ夜のために」 内田樹 角川書店 ★★★★
現代に生きる人間は、なぜがわからないと行為できない、あるいは中止できないという。
そんな言い草は、若者のあいだでも反論としていわれることがあったりした。
典型例が、「買春してなにがいけないの、人に迷惑かけるでもないし」というのがあった。
内田氏はそんな女性にこう問いかける。
『売春というのは厳密には「身体」を売るのではなく、
「身体を売るような人間である」という社会的評価を受ける代償に金を受け取るということです。
みんな勘違いしているけれど、買春する男というのは、身体的快楽のために金を払うのではありません。
「この女は金で身体を売るような人間だ」
という人間を貶めることのできる立場を得るために金を払っているのです。
人間が無意味な金を払うのは、幻想に対してだけです。』
つぎなることもおなじようなことを言っているのだ。
『優れたビジネスマンは「リスクを取る」と言いますが、凡庸なサラリーマンは「リスクを負う」と言うからです。
「リスクというのは負わされるものだ」というふうに思う人は、リスクをできるだけ回避しようとします。
確かにリスクは回避されますが、リスクを取らない人間は決定権をも回避することになります。』
最後に、ツケはやはりまわってくる、ということになる。

「希望格差社会」 山田昌弘 筑摩書房 ★★★
パラサイトシングルの名付け者として有名な筆者であり、今回の書名についてはこう解説している。
『日本社会は、将来に希望がもてる人と将来に絶望している人に
分裂していくプロセスに入っているのではないか。
これを私は、「希望格差社会」と名付けたい。
一見、日本社会は、今でも経済的に豊かで平等な社会に見える。
フリーターでさえ、車やブランド・バッグをもっている。
しかし、豊かな生活の裏側で進行しているのが、希望格差の拡大なのである。』
ものが溢れかえっており、食べることに汲々とすることも当面はなさそうな情勢である。
ではなにに絶望するのかというと、生活の保証がないことにだというのである。
『現代日本社会では、生活に対する「保証」が急速に失われつつある。
学歴をつければ大丈夫、大企業に入れば大丈夫、結婚すれば大丈夫とは言えなくなっている。
生活のあらゆる領域にリスクが広がる状況、これをリスク化と呼ぶことにする。
それは、戦後日本が築いてきた安心社会の終焉でもある。』
では明治時代や江戸時代、はたまた天平・平安時代はどうだったんだ、という疑問がないでもない。
つまりは、安心は与えられるものという生き方が問題なのでは、と感じられるのだがどうだろう。

「キャット・ウォッチング2」 デズモンド・モリス 小学館 ★★★
身近な存在であるネコは、いまや高齢化、核家族社会になくてはならない存在かもしれない。
だが、先日も通勤途上の道路に車にひかれた無残な姿のネコの死体を見た。
飛びだしたのではなく、きっと、迫る車に立ちすくんでいたのではないか、と想像するのである。
『自分になにが起こっているのか理解できずに死んでいくネコを哀れに思うなら、
ネコには私たちよりはるかに有利な点があることを思い出してほしい。
彼らには死の恐怖というものがない。
それにひきかえ、私たち人間は長い人生の間じゅうこの恐怖をひきずって歩かねばならないのである。』
勝手気ままに生きているようにみえるネコたちも、それはそれで悩みもあるのだろう。
しかし、ネコ可愛がりはよくない、とは言われ続けたことなのだが、実行するのはむずかしい。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

ランダムはとまらない
都会で歩いていると、ときに忙しく頭が回転していることに気がつく。
足下をみると、ところどころ敷石が色つきになっているのだ。

意識していないようでも、そこにパターンを読みとろうとするのだろう。
なんらかの規則性なり、なにかの姿なりをみとめればそれで納得する。
あるときは現代アートのコンポジションであったり、アーガイル模様に、はたまたヒトの顔になったり。
遠くの雲がなにかの予兆に感じられたりする。

3511朝焼け

しかし、いつまで経ってもそれが発見できないとき、なぜか不安におそわれる。
落ち着かなくて、いてもたってもいられない気分である。

最後にはいらいらしてきて、なにがなんでもということだろうか。
なにか既知の輪郭がうかびあがってきて、やっとその場をとおりすぎることができる。

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」とはまったくよくいったものである。
ことわざや格言には、こういう経験的事実をいうものが多くある。
だから、心霊写真というものも、そういわれればそうだよなと軽くいなせるのだ。

ヒトはないごとにも法則を発見しなければいられないのだから苦手なものもある。
たとえば、乱数表をつくることができない。
考えても考えなくても、ランダムに数字をならべることは不可能だ。
どうしても一定のパターンをつくりだしてしまう。

だから乱数表の作成はコンピュータにおまかせするということになる。

ビートルズタウン
通勤のとき、駅近くにこの建物がある。
そこに掲げられているのは、この看板だ。

2531ビートルズタウン

なんだかちがう、といつも思ってしまう。
カブトムシもクワガタも甲虫にかわりはないというのだろう。

だけど、やっぱり気になるのである。
だがあるとき気がついた。
こうして人の注意を引く、という手法もあるかなと。

いっときのブームは去ったようだが、まだ存在感はある。

陳腐・イズ・ベスト
へそ曲がりついでに、どんな本を読まないかということも書いておこうと思う。
前にも書いたかと思うが、ベストセラーは読むことが少ないし、読んでがっかり率はかなり高い。
とくに近年のそれは宣伝効果を測定するための実験ではないか、というほどの結果であるようだ。
多くのひとびとは有名店、人気ブランドにむらがるようにベストセラーというものを買っているのか。
人気グルメ(変なことばだ)とおなじで、食べなくとも美味しい(はずである)ことがわかっている。
ある意味ベストセラーもおなじことで、買った(読んだ)ことで、もう目的を達しているのである。
だからブックオフ(古本屋)に行けば、発売まもないベストセラーが並んでいたりするのである。

3385シダ

「ヒトはどうして死ぬのか 死の遺伝子の謎」 田沼靖一 幻冬舎新書 ★★★
『マウスやニワトリなどの例に限らず、生物が形づくられる際は「細胞を多めにつくって、
不要な部分をアポトーシスによって削る」という過程を経ています。もちろん、人間もそうです。
みなさんの手も、まず細胞が分裂・増殖してグローブのような塊となり、
決まった時期に決まった数だけ不要な細胞が死んでいくことで指が形成されています。
つまりみなさんの指は“生えてきた”のではなく、細胞の塊を削って、できあがったものなのです。』
案外だと思うか、なるほどと感じるか、ヒトの感受性は多岐にわたっているようだ。
そうしてできあがった生命体であっても、いつかはその寿命がつきるのである。
『私たちは死の遺伝子がプログラムされていることによって、「必ず死ねる」のです。
そして自死性を有する死すべき存在だからこそ、
与えられた有限の人生をしっかりと生き抜こうと思うことができます。』
死を恐れていると、生きることがおろそかになる(?)ともいえそうだ。
種としても死がなければ生は必要がないということにならないか、次なる生の居場所がないのだから。
殖えすぎて最後には共倒れというような種の運命をたどらなければいいが、とは思う。

「やっぱり、イギリス人はおかしい」 高尾慶子 文藝春秋 ★★★
あいかわらずエネルギー全開の高尾さんであり、どこにでも憤懣の種はおちているのだ。
英国の労働党の黒人女性議員で、ダイアナ・アボットという人がいるという。
彼女がテレビの政治番組に出演していたとき、アフリカ代表がアフリカの飢餓について訴えると、
『アボットさんはきっぱりと、
「白人が搾取したからとか、白人に恵みを乞うことばかり訴えることはやめなさい。
白人のせいにしたり白人の助けばかりあてにするのはやめなさい。
アフリカ人はどうして自分で立つということを考えませんか」
こういうことはテレビで公に発言できないものだ。特に政治家はきれいごとばかりを云う。』
この発言をきいて、なんとおなじようなことがどこにでもあるのだとわかる。
それでは、なんのために生きているのか、ということも考えないほどに麻痺してしまったのか。
人の一生は有限である。その時間をどう生きるかはまあ自由なのだが、不平不満だらけではねえ。
自立するということが、いちゃもんをつけることにならないよう、願わずにはいられない。

「耳で考える 脳は名曲を欲する」養老孟司 久石譲 角川oneテーマ21 ★★★★
久石譲さんはテレビの音楽番組でお見かけしたことがある。
クラシック音楽家らしく論理的な話をされる方だ、とおみうけした。
『僕は養老さんの一生徒として、日頃音楽を作っていく上で考えたこと、
疑問に思ったことを素直に質問したに過ぎない。
その質問に対して養老さんからは音楽だけに留まらず、科学から哲学、
社会学から人間、虫の生態まで例にとって、
この世の成り立ちや人間と知の向き合いかたなど非常にわかりやすくお話ししていただいた。
しかもそれらは螺旋を描いて繋がっていて、話が進むにつれて世界のリンク(連環)の秘密を
読み解いていくようなスリルとサスペンスを味わった。
それはどんな映画よりもおもしろく、僕はただ感動しわくわくしながら聞き入っていた。』
こうして久石氏が養老先生に感心することしきりで、ああ素直な人でもあるんだとまた見直した。
『脳みそが大きくなってきて、目に直属するのでも、耳に直属する分野でもない、
いってみれば余分な分野ができてきた。人間の場合、そこが非常に大きくなった。
簡単にいえば、それがいわゆる「連合野」です。
そして、目からの情報と耳からの情報、二つの異質な感覚を連合させたところにつくられたのが「言葉」。
人間は「言葉」を持つことで、世界を「同じ」にしてしまえたんです。
言葉は目で見ても、耳で聴いても同じです。ただし、それを結合させるためにはある要素が必要になる。
視覚にないものは何か。それは「時間」です。写真を撮ってもそこに時間は映らない。
絵にも時間は描けない。目にとって、時間は前提にならないんです。
その代わり、空間が前提になる。一方、聴覚にないものは何か、「空間」です。
ないというとおかしいですが、いわゆるデカルト座標は視覚、聴覚は極座標で
距離と角度しかない。どのくらい遠くから聴こえるか、それだけです。
目が耳を理解するためには、「時間」という概念を得る必要があり、
耳が目を理解するためには、「空間」という概念をつくらなきゃいけない。
それで「時空」が言葉の基本になった。言葉というのはそうやって生まれてきたんです。』
非常にわかりやすい、時間と空間、目と耳の関係がこうした説明ですっきりとわかるのだ。
今回もまた、蒙を啓かれること多くおおいに満足できる読書であったことをご報告する。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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