ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
06 | 2012/07 | 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

旅のツバクロ
朝早くからのチュチュッチュチュッという鳥の鳴き声で目が覚めた。
うるさいなあと思ってガラガラと網戸をあけたら、とたんに黒い影が四方へ飛びたった。

ぐるぐると旋回しながら、ふたたび近くの電線に舞い戻ってきた。
よくみるとスズメではなく、ツバメの集団だった。

そういえばそろそろ北の国へ帰るころなのだろうか。
子ツバメが飛行訓練しているところだったのかな、と思うとなんだかかわいい。
整然と一列に並んだ姿は、りんとしてみえる。

しばらくながめていると、どこかへと飛んでいってしまった。

これから長い長い旅がはじまるのだ。
ツバメにとっては、メタファではなく旅がすなわち人生(?)なのだ。
どうか元気で旅を行きなさい。

N0438瓦

スポンサーサイト
夏野菜?
例年のことだが庭の一角にホームセンターで買ってきた野菜の苗を植える。
今年は思いのほかよく野菜たちが実ってくれる。

とくにトマトとフルーツトマト(ちいさい実の)がことのほかよくなっている。
青かった実も夏の暑さでじょじょに赤くなってきた。

7169野菜たち

ひまにあかせてフルーツトマトの実を数えてみた。
百あたりまで数えて、もうやめた。

こっちは台所でいつのまにか芽が出ていたジャガイモを植えてみた。
葉っぱが枯れてきたときが収穫時だと聞いてはいた。
で、掘ってみたら小ぶりながらも、じゃがいもがでてきました。

7171じゃがいも

これは皮もつけたままカレーの具として使用。
なかなか美味でしたね(笑)。

きゅうりはもう終わりかもしれませんね。
もっと研究(するだけですが)してみたいと思っています。

しかし、夏はこれからなんですよね。

ししとう、ピーマンたちはどうなってしまったのでしょうか。

7174庭俯瞰

タムちゃんのお墓参り
夕方に豊橋の駅から「希夢知」まで(25分くらいだったか)ぶらりぶらりと歩く。
空が曇ってきてすこしぽつりぽつりときたが、降りだすまでにはいたらなかった。
お店にはいると、なつかしい顔が待っていてくれた。

文ちゃん、エトーくん、すこしして、熊さん、スミちゃん、裕三くん、みなさんお久しぶりです。
そして先生とヒロちゃんを加えて総勢八人が集まったということになりました。
まず分厚いタンからスタート、にぎやかに宴ははじまるのでありました。
(食べた後の写真しか撮っていなくてすみません)

7119希夢知で

ホテルへ行ってからも部屋に集まって、また酒宴がはじまるのでありました。
が、どんな話をしたのやら、さっぱり憶えていなのであります。
でもね、なんだか愉快、楽しい、そんな気分だけがいっぱいになっておりました。

7120ホテル日航豊橋

一夜明けて、二日酔い気味のままタムちゃんのお墓参りに出発。
(このまえきたときも、たしか二日酔い気味だったなあと反省するのであります)

7131東福寺

新しい墓石になっていました。
もう十三年になるのか。
ぼくたちも老けるわけだよなあ。
また、いっしょに飲みたかった。
でもまた来るから。

7127墓参り

場所をホテル「九重」に移して豪勢な昼食をいただく。
そのまえに温泉につかったりして、ゆったりとした時間がすぎてゆく。

7141会席料理

こうして集まってみると、なんだか不思議な気がするのである。
年齢や、出身地、勤務先、学校などがおなじだったというのでもない。
ただある時期、尾道友愛山荘に泊りあわせたという共通点がスタートだった。
ふだんどんなふうに暮らしているのかは知らない。
どんな人生を送ってきたのか、そんなことに別段の関心もない。
ただただ、ひさしぶりに会えば、あのころの想いがよみがえるばかりなのだ。
決して、いつも仲良くしていたわけではないのだ。
そんなことのあるわけがないではないか。

顔を見ているだけで、なんだかこころがおちつく。
いろんなことを思いだして、すこししんみりもする。
生きてゆくことは楽しいことばかりではないと知れば、なおさらなつかしい。
いつか、またどこかで。

7135ホテル「九重」

尾道山族会
尾道で青春の一時期をすごしてから、もう四十年ちかくがすぎさった。
いまは北海道に住むMとか、豊橋で焼肉「希夢知」を営む先生夫妻には会うのだが…。

当時から尾道友愛山荘で出会い知りあったからわれらは山族だと称していた。
みんなどうしているのかなあ、などとときに思いだしたりはしていた。
そういう想いは伝わるものなのかどうか、先生から集まらないかとのお誘いがきた。

だれが来るのか知りたい、と思う気はあまりない。
会えばわかるではないか(もしかして分からないかも、の不安ありだが…)。
会いたいと思わないとしても、それをどうだとだれもいうことはできない。
人はそれぞれの人生をいやがおうでも生きるしかないのだから。
会いたいなあと感じたら会おうじゃないか、それまで元気でいろよという気分なのだ。

会うことができる可能性があるならいいが、もうどうしたってそうできない友もいる。
記憶のなかでだけ出会う彼はいつも笑っているばかりだし、とことん陽気でもある。
おれはこんなに老けたのに、おまえはいつまでも若いままだ。
ちょっぴり理不尽さも感じたりして、苦笑いをこぼすしかない。

7046地下鉄駅

若いときはいつもひとりで旅をした。
人って生まれたときもひとりだし、死ぬときもひとりだろうと放言していた。
それはそうだけど、それじゃあ寂しくないの、といわれても無視をした。
夜汽車でぼんやり暗い窓の外をながめていると、無性にやりきれなさを感じた。
これは淋しいのではないのだ、だれもが通過する儀礼のようなものといって酒をのんだ。
ポケット瓶のウヰスキーがなくなるころには眠ってもいたのだろう。
まるでこどもではないか、といまでは思うのだが、そのころはそうだったのだからしかたがない。

いっぱい人を好きにもなった。
あれは恋愛だったのか、それとも単なる人恋しさのゆえだったのかは判然としない。
ラブレターもどきをもらったことも、いくどかはあった。
でも、いい人ぶる自分と、限りなく薄情な俺との相克に疲れて、なんだか嫌になった。
もっとほかにきっといい人がいるから、と言い続けるしかなかった。

7058名古屋城

そんなことをなつかしく思いながら、新快速電車に乗りこんだ。
日曜日のことでもあり、車内は満員だが尼崎で降りそうな乗客をすばやくさがす。
そんなことができるのか、と思われるだろうができるというしかない。
(これを説明するのはむずかしい、長年の勘だというしかないし、はずれることもある)
ここでいいだろうと見当をつけた位置に立つ。
どんぴしゃり、ふたり連れは尼崎で下車、ぶじ座れることになった。
こうした旅をいくたびくりかえしただろうか。
後ろの席のおばさん連中の話し声がおおきいので読書は途中で断念する。

途中思いたって名古屋でおりる。
なぜかいままで訪れたことがない名古屋城に行ってみようか。

7070天守閣

堀端を歩いていると、ちょうど本場所がはじまっているのだろう。
大柄なしかしまだ出世はしていないお相撲さんたちが通りぬけてゆく。
すこし鬢付け油のにおいがするようでもありました。

7049名古屋場所

人の意識
庭で虫たちの動きをおっかけながらぼんやりと考える。
すこしまえに読んだ本のなかに書かれていたこんなこと。

『ダーウィンは若い頃は甲虫採集家だった。
ビーグル号に乗ってから、さまざまな動物を採集し、観察しながら、生物世界の一般則を考えた。
それが自然選択による進化という思考に結実する。
しかしそれぞれの動物を見ることと、そこから一般則を導くことは、ずいぶん違う。
ファーブルはダーウィンの同時代人だが、それぞれの虫を徹底的に観察した。
だからというべきか、進化についてはダーウィンと意見がまったく食い違った。
今の時代になっても、両者ともに、それぞれの言い分は、それなりにもっともである。』

ミミズをみつけて、そういえばダーウィンはミミズの研究で有名だったな。
ミミズは気もち悪いという人の気がしれない。
キューバでは土壌改良で(ただし、シロミミズだとか)成果をあげているそうだということも聞いた。
そうなのだ、おなじものをみておなじように感じるかというと、そうではない。
男と女もそうなのかなあ、そうでもないのかなあ。

7040本日の収穫

『人間とはそういうものだといいたい。
科学の世界では、正しい、間違っていると、相変わらずいわれることがある。
そういう乱暴な表現で言い切れるほど、ものごとは単純ではない。
科学であれ政治であれ、要は人のすることである。
その基礎にある一般則は、人の性質である。
外界に「正しい法則」があるわけではない。』

そうでした、コンプレキシカルなんです、複雑系などともいったりしますねえ。
劣等コンプレックスなどというのも心理学ででてきました。

『これは自然科学者にとっては危険思想である。
自然科学では、実証される仮説が「正しい」として通用するからである。
しかし完全な実証など存在しない。』

むかし、「完全無欠なロックンローラー」なんて逆説的な曲名の歌が流行りました。
でも、日本人てコンプリート志向の人がおおいような気がする。
とつらつら思う昼下がりの庭の片隅だが、それにつけてもムシ暑い。

 註:『』の引用はすべて、「希望とは自分が変わること」 養老孟司 新潮社刊より

7041ゴーヤベイビー

尾道友愛山荘ものがたり(15)
 <第三話>夏の邂逅 その五

そういうことやないんやけどな、どないなってんねんやと思いつつ。
「そんなつもりは全然ないんやで。悪かったなあ、機嫌直してほしいなあ」
どうしていいか分からずおろおろしてると、こう切り返された。
「わあ、ムッシュってほんとうに単純なんですねえ。ちょっと困らそうと思っただけですよ。
そんなことでは、たぶん恋人もいないのでしょうね。そうよ、絶対にいないと思うわ。
悪い女の人にだまされないか心配だわ。いいえ、きっといつかだまされると思うわ。
そして、自棄になってお酒ばかり飲むのよね。転落の人生がはじまるってわけね。
ああかわいそうなムッシュ、わたしどうしたらいいんでしょう」
「あのなあ、ちょっと待ってくれ。かなわんやつやなあ。そんな、おばはんみたいなこと言って…。
他人の人生を勝手に決めるなっ、ちゅうねんや。
そやけど、なんやちょっと心配になってきたな。
ほんまに、いまどきの女子高生はどないなってんのや」
なんだか不吉な予感に胸がしめつけられるような感じだ。いったいどうしたというのだ。
ぼくって守勢にまわると弱いとこがあるなあ、と自己分析していると、
「アイ、どうしたの」
マロもやってきた。チッチは、うしろで不思議そうにこちらを見ている。
「あのね、ムッシュったらわたしのことを子ども扱いするのよ。ほんと、失礼じゃない。
それに、今度はおばさんだっていうのよ。相手をしてあげようと思って声をかけてあげただけのに」
なんだか複雑になってきたぞ。そうですか、失礼しました。あなた方はもう大人ですよ。
と言おうとして、ふと気がついた。なんだかおかしい。
「こらこらちょっと待て、立場が逆転してるやないか。
あんまり大人をからこうてたら、あかんで。
どっちかいうたら、遊んでやってるのはこっちの方なんやで」
あいだに立ってマロがとりなす。
「まあまあ、そんなに怒らないでくださいムッシュ。機嫌なおして、みんな仲良くしましょうよ。
でも尾道に来て、ほんとうに良かったと思っているんです。すてきな男性にも会えたし…。
アイだって、きっとそうなんですよ。ただ、ちょっと逆らってみるとおもしろいから…。
気にしないでください。わたしたちもいい旅行の思い出をつくりたいんだし、ね」
なに言うてんねん気にするがなと思ったが、ちょっと対応がまずかったことは確かだ。
ついアイちゃんのペースに乗ってしまっていた。彼女たちにとっては貴重な夏休みなんだ。
そのことをすっかり忘れていた。はるばる遠く東京から来てるんだ。不安もあっただろう。
でもこうしてのびのびと会話できてるということは、逆に成果ありやがな。
ひとつここは大人の態度にもどらなあかんな。
「そやったなあ、ごめんな。悪かったなあ、ぼくも大人げなかったと反省します。
これからもいい旅行を続けてください。いい思い出をつくって東京に帰ってほしいな。
なんなら、ひとつ歌でも歌わしてもらおか」
「それはそれは、有り難きお言葉なれど、謹んでご辞退申し上げまする」
と、アイちゃんがまじめな顔でのたまう。
「残念至極なれども、いずれの機会にぞご披露することもござろう。
なにはさておき、本日はこれにて一件落着、と致そうぞ」
と、神妙に返答したら、みんながぷっと吹きだした。
やっと場の緊張が解けたようだ。しかしまた逆に、別れ難さが静かにつのってくるようでもあった。

4871尾道水道を望む

 いつでもそうなのだが、人と人との出会いは必ず別れをもって一つの区切りとなる。
別れ際に再会を約するこころのなかには、別れとの相克がひそんでいるのだろうか。
生きるとは、邂逅と別離の果てしもない連続である。
 ぼくたちは、邂逅と別離をあたかも原因と結果のように考えてしまう。
近代科学の発達は、すべてのことが因果関係で結ばれているかのような錯覚をもたらした。
あらゆる現象は因果の海のなかで起こり、ぼくたちはその海を航海する船乗りだというのか。
 別れは出会いから必然的に引き起こされるものである。
しかし逆説的に、出会いさえしなければ別れを体験せずにすむと考えることは現実的ではない。
出会いのない人生など、考えることもできないし、あり得べくもない。
 ぼくはこれからも幾たびとなく経験する別離と邂逅の旅をどう生きていけばいいのだろう。
 因果関係とは、人間の脳がもつアルゴリズムでしかないのだ。

尾道友愛山荘ものがたり(14)
 <第三話>夏の邂逅 その四

 しばらくして、東京から高校生三人娘がやってきた。
アイちゃん、チッチ、そしてマロ。三人三様、それぞれに少しずつ個性がちがう。
 アイちゃんはつばの広い帽子をかぶって、一見文学少女のようにみえた。
話しかけてみれば、乙女チックな考え方をする女の子だということがすぐにわかる。
でも真剣に現実を生きよう、人生の問題に取り組もうとしているまじめな娘だ。
それでも夢見がちなところもちょっぴりある17才。ぼくを眼を輝かせて見る。
しかしそこは現代っ子、しっかりしている面もかいまみせてくれるのだ。
三人のなかで長女役を演じているのだろうか。
 チッチはなにをしていても楽しくてしかたがない女の子、というふうに感じさせる。
明るい笑顔がとてもかわいいし、動作や仕草にも屈託がない。
漫画の「チッチとサリー」に出てくるチッチに似ているからだという。
そういわれたら、ちいさな眼がよく似ている。甘えん坊な末っ子タイプということか。
色白の腕が頼りなげな若さを象徴的にあらわしている。
 マロは一番おとなっぽい雰囲気を周囲に感じさせているだろう。
目鼻立ちがはっきりしているから、そう思わせるのだろう。美人タイプといえる。
しかし、見かけだけでは人はわからないものだ。なんといっても、まだ17才である。
いつもふたりのうしろで、おとなしく、はにかむような笑顔をみせている。
やっぱり女の子なんだなあ、とも思う。そんなところをみていると、なんとなくいじらしかった。
自分が話題の中心にならぬように、いつも気をつかうこころ根のやさしい少女なんだろうな。

東京からの三人組

 そんなかわいらしい三人組に、病人がプレゼントをするという。
ぼくは、なんだろうと思って見ていた。
彼はあぐらをかいて床にすわると、ポケットから白くさらしたふといタコ糸を取りだした。
こんなときには、旅で憶えた技がきっと役に立つ。
 黙って見ていると、投げだした足の親指に糸を引っかけて、器用になにかを編んでゆく。
やがて、それは草鞋の形をなしてきた。
ネックレスのように首からかける形にできあがった。
汚れを石鹸で洗ってかわかせば、まっ白なかわいいお守りのできあがりだ。
「わあ、わたしも作りたい。教えてください」の声がわきががる。
 ではということで病人が先生になって、みんなが見よう見まねで草鞋づくりをはじめる。
やってみると、これがなかなかに難しい。おまけにこまかい作業なので肩に力がはいって変に凝ってくる。
みんなの額にじわっと汗がにじむ。真剣な眼をして取りくむ姿はうつくしい。
みんなでなにかをやることは楽しいものだ。
ぼくは小学校のとき、工作の時間を思いだしていた。
図画は嫌いだったが、版画や工作は好きだった。自分が作りだしたんだという満足感がある。
ガヤガヤと教えたり教わったり、できはさまざまでも嬉しさおなじだ。
だれかプレゼントできる人がいればもっと楽しいんだろうな、とぼんやり思っていると、
アイちゃんが話しかけてきた。
「ムッシュ、なにを考えているんですか」
不意をつかれて、ぼくはこんなことを答えていた。
「アイちゃんらがおおきくなってお嫁さんに行くとき、お父さんはどんなことを思うのかなあ。
いつまでも、そばにおいていきたいと思うのかなあ。
それとも、元気で幸せになって欲しいと考えるのかな。
なんて、親の気もちについてぼんやり考えてたんや」
「そうですか、なにかちがうことを考えているような顔してましたよ」
「そうかあ、その白いネックレスが結婚を連想させたんやと思う。
それで、ここにアイちゃんらがいたからそんなことを考えたんやろうな。
父親ってどんな気分なんやろう」
「でもムッシュ、その前に自分が結婚しないとだめじゃないですか。
もちろん、好きな人いますよね」
「好きな人なら、たくさんおるでえ。アイちゃんのことも大好きやで」
アイちゃんは、ぼくをじっと見つめて、
「わあ、ひどい。そういうふうに言われると、少女は傷つくんですよね。
それに、あからさまに子供扱いされるとなんだか悲しくなってくるんです。
わたしはこれでも精いっぱい背伸びして、もう大人ですと表現しているのに…。
ムッシュは乙女心がちっともわかってませんね。鈍感でどうしようもないわ」
と、泣きそうな眼で見つめられると、どうしていいかわからない。

尾道友愛山荘ものがたり(13)
 <第三話>夏の邂逅 その三

 朝食後に掃除を終えてひとやすみしながら雑談をしている。そんななかにふたりがいた。
あいかわらず元気そうに年上のお兄さんお姉さんを相手になにかしゃべっている。
そんな光景がほほえましくて思わず笑みがこぼれてしまう。
そんなぼくに、なぜか彼女らはすぐに気がついた。
「ムッシュ、なに見てんの」
 あまりにあどけないので、こんなふうに答えるしかない。
「いや、ふたりは可愛いな、と思うてたんや」
 稔ちゃんは、にやっと笑いながら
「そんなん当たり前やないの。変な目で見てたんとちゃうやろな、あかんで」
「アホぬかせ、ガキのくせしてからに」
「そうやって動揺するところが、非常に怪しい」
 と、清美ちゃんが鋭く突っこんでくる。
「ぼくはなあ、子どもには興味ないんや。もうちょっと大きなったら、考えてもええけどな」
 今度はふたりして抗議をしてくる。
「わたしら女子高生やねんで。世間では、もう立派な大人で充分とおるんや。
それに、尾道に来るまでに岡山で声かけられたしな。ねっ、稔ちゃん」
「そうそう、私らはガキじゃありません。レディーです」
 声をそろえて反撃してきた。参ったなと思いながらも、ついこう答えていた。
「あのなあ、ぼくのいうてるのはそんなこととちゃうねんで。
大人ちゅうのは身体だけとちがって、精神的にもやなあ、
まあそれなりの成長がなかったらあかんのとちゃうか」
「そしたら、わたしらは精神的に成長してないっていうんですか。失礼やわ」
 困ったなあ。ぼくは深呼吸した。
「君らなあ、なんか誤解してるで。
大人は偉くて、こども、うーん高校生はちょっと成長途上にある。
そんなふうに考えるのは、間違いやで。
高校生は高校生で、大人にはないええとこがあるんや。
現に、君らふたりは青春のまっただなかで、輝いてるやないか。ほんまやで、お世辞ちゃうで。
それに、変にくたびれた大人よりどれだけ素晴らしいか、自分らでわかるやろ」
「なんか、さっきと言うことがちがう。変に、とってつけたようやわ。
でも、褒められて悪い気はせえへんな。機嫌直したるわ」
「ほんまほんま、気いつけてもの言わな人生失敗するで。わかった、ムッシュ」
 生意気なガキやなあ、と思いつつもほっとした。
「そやなあ、お詫びの印として氷でもおごってもらおかな」
 と、ふたりしてこっちを媚をふくんだ目つきで見る。ええっ、しかたないなあ。
まあ、なんとかなるやろ。
「ああ、ええで。サンペイらもよんで、いっしょに氷でも食べに行こか」
「わあ、うれしい。先生も文ちゃんも病人もいっしょでええんでしょ」
「全然、かめへんで。みんなでバーとにぎやかに行ったらええやんか」
「やっぱり、ムッシュはええ人や思もうてたもん」
「嘘つけ。都合のええときだけ、ホンマにうまいこというて」
「善は急げ、いうさかいに、早う行こ」
「焦せらんでもええ。急いだら怪我するぞ」
 なんやかんやいうても、やっぱり大阪の娘は可愛いなあ。偏見やなくて、そう思う。
でも、ポンポンいうてる子にかぎって寂しがり屋やったりするから、むずかしいんや。
なんやしらん、ぼくは彼女らのおじさんみたいやな。
 みんなでワイワイと山をくだってゆく。サンペイが荷物を持ってやっている。やさしい奴っちゃなあ。
お兄ちゃん、ちゅうことか。商店街のアーケードまでたどり着いて、ふーっとひといきいれた。
 明るいところから急に暗い店のなかにはいると、一瞬自分を見失う。
ぼくは、どこにいるんだろう。
すぐに気を取りなおすが、そんな気分は淡くいつまでも残っている。
 かき氷は冷たくて、汗をかいたからだに沁みとおってゆくようだ。
海から潮のかおりとともに風が吹いてくる。こんな時間は、あっというまに過ぎ去ってゆく。
時間は、ぼくたちと歩調をあわせることをしない。
 駅で待ちあいの混雑のなか、視点をさまよわせながら時刻表をみる。
発車までの時間はわずかしかない。改札口の前で記念写真を撮る。
じんわりとした暑さを感じる。
明るい日差しのホームで、彼女たちは元気よく手をふって列車に乗った。

尾道駅風景

尾道友愛山荘ものがたり(12)
 <第三話>夏の邂逅 その二

 きっと、叫んでもいただろう。
走っていると、叫ばずにはいられないような感情がときとして湧きあがってくる。
俺は生きるぞ、なにがあっても負けるものか、と風にむかって大声で叫ぶのだ。
その大声を突き破って、自転車は走る。
やがて坂に差しかかる。すこし下を向いて、ゆっくりと坂を登ってゆく。
ハンドルを力いっぱい身体に引きつけて、くねくねと蛇行しながら登ってゆく。
ただ全身の感覚をペダルに集中させて進む。
汗が額から眉毛をつたって、地面へとポタポタ落ちる。
考えることは、決して足を着いてたまるかということだけだ。坂の頂上は果てしもなく遠い。
 またあるときには海岸べりで陽光にからだを暖められながら昼寝もしただろう。
疲れからか、いつのまにか眠りこんでしまう。ほんのひとときの睡眠が、また力を甦らせてくれる。
ふと目覚めて空を見あげれば、なつかしい気持ちで友達のことを思ったりする。
人恋しいというのではないのだ。寂しいというのとも全然ちがうんだ。
ぼくはひとりで生きているのではない。なにかしら大きなものにつつまれて、安らかな気分なんだ。
身近にはいないけれど、どこかで彼らもきっとおなじ想いでいる。
そんな確信がこころの底からじんわりと満ちてきて、ぼく全身をひたしてゆくんだ。
 山道を走り、峠を越え、橋を渡り、町をぬけて、自転車を走らせる。
サイクリストは風の音とともに旅をするんだ。

バイシクル

 友愛山荘にもそんな奴がやってきた。
彼は背がひょろりと高くて、鼻の下に髭をはやしていた。
着ている藤色のTシャツは陽にあせていて、半ズボンの下に毛ずねが見えていた。
はじめて見たときは、うさんくさそうな薄汚れた奴という印象だった。
すこし話してみると、そこはおなじ旅仲間であるし、なかなかおもしろい奴と変わってゆく。
山荘に来て体調を崩しそのまま居ついたので、ぼくたちは彼を「病人」と呼ぶことにした。
 今夏のメンバー、ぼく、文ちゃん、サンペイ、病人と四人のヘルパーが揃った。

 ぼくは夏の初めから来て、手始めに予約はがきの返事書きをすることにした。
尾道は瀬戸内沿いに岡山、倉敷、広島とならんで観光地だから人も多い。
きちんと予約はがきを出す人とは、どんな人なんだろう。旅慣れている人は少ないだろうか。
否、案外几帳面で旅行の記録もびっしりと大学ノートに書きこんでたりしてるかもしれない。
でもやはり、初めてだったりあまり旅行をした経験がなく人見知りする人かも。
だからその分、旅行に対しての期待と不安が複雑にからみあって脳裏を駆けめぐっている。
 だから、ぼくはそのスタートがすこしでも楽しくなるような返事を書こう。
経験があるからわかるけど、ただ宿泊OKのスタンプが押してあるだけの返事は淋しい。
いろいろと想像してる旅の楽しさが、急に萎えてゆくような気持ちにさせられる。
一言手書きで元気に来てください、などと書かれた返事はぼくを励ましてくれたものだ。
 どんなことを書けばいいのだろうか。なにかインパクトのあるものはないかと思いめぐらす。
折しも、国鉄では「DISCOVER JAPAN」の大展開がおこなわれていた。アメリカのもじりだ。
これだ「DISCOVER ONOMICHI」でいこう。
 テーマが決まれば書くのは簡単だ。みなさん尾道で自分自身を再発見してください。
若者の旅は自分を発見することではないでしょうか。よい旅を、尾道で会いましょう。
どれだけの反応があったかは知れないけれど、なにかをやることが大切だ。
どこかで、誰かが、ちょっぴりでも感激してくれれば、それで報われる。
ほんの些細なことで、物ごとが急展開することはよくある。
なにかのきっかけとなって、なにかが始まるかもしれない。そんなことを考えながらペンを執った。

 元気な大阪の女子高校生がやってきた。しかも二人、稔子ちゃんと清美ちゃん。
大阪の娘はよくしゃべる。それに小生意気な口をきく。彼女らもその例に漏れない。
高校生活の貴重な夏休みを、こうして友達同士で旅行するのは楽しいだろうな。
がんばれ若者って、ぼくだって若いのだが…。

尾道友愛山荘ものがたり(11)
 <第三話>夏の邂逅 その一

 ぼくは尾道友愛山荘でヘルパーをした。大学三年の夏だった。
ヘルパーとは、ユースホステルで住込みの手伝いをすることをいう。
無給が原則だが、帰るときに小遣いを貰ったり、往復の交通費だけが支給されたり。
アルバイトと同じように賃金が支払われたりと、実情はさまざまである。
大学一年の夏に北海道で45日間に渡る波乱万丈のヘルパーを経験している。
おおよその様子は分かっていた。だから、気楽に尾道にやってきた。
 男性の仕事は、受付、宿泊者の応対、夜のミーティングと称する集いの司会進行。
それに掃除、といったところが主たるものである。
 尾道友愛山荘では、加えてホステラー(宿泊者)の市内観光案内があったりする。
しかし、これはあくまでも、個人的な善意の行動(?)と見なされていた。

尾道駅ホーム

 夏は若者にとって、旅行に適したかっこうの季節だ。
そのわけは、着替えの衣類が少なくてすむということだ。
服装はTシャツに半ズボンでかまわない。着替えも、夜洗っておけば朝には乾いている。
だから荷物が少なくてすむ。これはとても大切なことだ。旅は身軽が一番なのである。
気温が高いから、眠るには場所さえあればいいということになる。
寒さから身を守るということを切実に考えなくていいから、とても気が楽だ。
そんな旅行をしている奴は極少数だ、と言われれば確かにそうだ。
しかし、その環境が若者を旅にでかけ易くしている、とは言えないだろうか。
いざとなれば、どこで眠ってもかまわない。とにかく、どこかに行きたい。
知らない土地を歩きたい。そう思える状況が夏にはある、とぼくは思うんだ。
 だから、夏はサイクリストの天国でもある。同様に、バイク野郎も多い。
風を切って走る快感は、経験してみないとわからない。
空気の諸相は、場所によって微妙にちがう。
においがちがうのはもちろんだが、湿気のぐあいで肌表面の感覚までもが変わってくる。
 早朝は、夕暮れどきとはちがって空気が湿っているので、自転車のスピードがでない気がする。
脚に湿気がからみついて重い。しかし、呼吸は楽だ。
しずかな朝の町を疾駆するとき、思わず笑みがこぼれてくる。頬をかすめる風の音がこころよい。
朝の元気なときには、どこまでも走ってゆけそうな気にさえなる。
どこへ向かうというのでもなく、ただひたすら走るなかにいつまでもいたい。
シャーという車輪の繰りだす音が、耳の奥深くで音楽となり、こころよい振動に変化する。
 むかし勤めていた会社に、湯浅さんという先輩がいて彼は自転車狂いだった。
話を聞いているうちに、ぼくも興味をもった。ひとりで、自力で旅することに魅力を感じた。
 その当時、「旅とサイクリスト」という月刊雑誌が関西ローカルで発行されていた。
定価は百円だったと思う。たしか阪神百貨店の自転車売り場にその雑誌はおかれていた。
梅田に会社があったので、ぼくは毎月発行日をまちかねて、いそいそと買いにはしった。
 湯浅先輩は柔道二段である。背は高くないが、身体はがっちりしておまけに毛深い。
でも、肉は嫌いだと言う。魚も鶏肉も、まず食べない。
いつもお昼は玉子丼と、うどんだった。好きな歌手は、島倉千代子だった。
何かの拍子に彼女の話題がでると、いつも耳を赤くしていた。
限りなく純情である。いまは、どうしているのだろう。懐かしく思いだす。
 タムちゃんも自転車野郎だった。北海道を自転車で一周したといっていた。
夏の北海道は、ぼくも行ったことがあるが、本州の暑さとは似ても似つかぬ夏である。
日中に気温が上がるが、湿度が低いので蒸し暑さがない。だから、爽快でさえある。
 そんななかを自転車に乗って疾駆する。思いきりペダルを踏む。
抜けよとばかりに漕ぎ抜くのだ。しばらく走って、ひと休みの瞬間に後をなにげなく振りかえってみる。
なんともいえない感慨にうたれる。ぼくはこんなにも遠くまで来ていたのか。
懐かしい町が、ずいぶんと遠くに感じられる。汗はすっかりひいている。
タムちゃんもきっとそんな思いにひたりつつ、自転車をこいでいたはずだ。

羅漢さん
羅漢とは正しくは云々、といったことが知りたい人は自分で調べてみてください。
もちろん、ジャック・ラカンと関係があるはずもないのだが、なんだか符合を感じるという人がいるやも。
そんなことは別にして、いまは加西市にくみこまれている北条へと車をはしらせる。

北条五百羅漢の名でひろく知られているのだが、訪れるのはじつは今回がはじめてである。
まだまだ修行が足りない身ゆえの浅慮で、なんだか気が引けたのだろうか。

N0424森庵

それでもいきなりというのは、やっぱりふんぎりがつかない(?)のでここ森庵にまず立ち寄る。
軽くパンにコーヒーの朝食をすませ、庭にやってくるトンボなどながめたりする。

N0429ブレックファースト

N0434トンボ

いまではきれいに整備され、天台宗北榮山羅漢寺となっているのである。
この羅漢さんというのは不思議な存在であるといえよう。
いっぱんに仏像は高貴だとか、ありがたいご尊顔といわれることがおおいようである。
しかし、羅漢さん(こう呼ばれるのももっとも)はもっと身近に感じるものだ。

7011羅漢市

よおく見ていると、なんだか知りあいのおじさんやおばさんだったり。
これって、おれではないかとか、こんな顔をしていたことがあったなあなどと感じることも。

7017羅漢似

7024羅漢さん

だからか、見学の人々もにぎやかだったりして、それはそれでいいのではないかと思う。
近寄りがたき崇高さを感じさせるのがいいのか、身近な親しみをおぼえてもらうのがいいのか。

そこらへんはよく分からないが、まあいちど間近に対面してみるのもいいではないか。
と思ったりして、なにかやすらかな気分になれるのが、また凡人ゆえだなあと思ったり。

7026羅漢氏

雷雨の夜があけて
昨夜は雷鳴がなりひびき、どうと雨が降っていたようで寝苦しかった。
いまは晴れわたって、そんなことがあったのかというくらいだ。

しかし、雨のあがったあとというのはなにかすがすがしいものだ。
葉にひかる露がなんともきれいに思われるのである。

6981オレガノ

庭の一角ですっかりおおきくなったきゅうりが収穫物をもたらす。
トマトがたくさんの実をつけて、すこしずつ色づきはじめている。
茄子もやっとひとつだけ食べられるまでになった。

6976今朝の収穫

6984トマトときゅうり

今夜は七夕だとか。
小学生のころは八月七日にたなばた祭りの笹をかざったりした。
夏休みの行事という頭があるからなんだかへんな気がする。
もちろん、旧暦との兼ね合いがあってのことだ。
(旧暦の七月七日は、八月二十四日になる)

調べてみたら、今日は旧暦では五月十八日、二十四節気では小暑にあたる。
これから、いよいよ暑くなってくるという感覚であろうか。
いまの暦では、なんだか季節がちがうとも思うがそうもいっていられない。
(だが、知っておくということは教養人たらんとすれば必要、ということになるのか)

まあ、とにかく子どもたちの楽しみでもあるので、晴れた夜になるにこしたことはないか。

綿パンの季節
いまでも綿パンという呼びかたをしているのかどうか、すこしこころもとないが…。
カジュアルな服装でのボトムは、コーデュロイ(コール天)やコットンパンツが好まれた。
作業着にちかくなれば、ジーンズ(ジーパン)ということになるだろうか。

若いころからズボンのことをパンツというのに抵抗はなかった。
というより仕事柄そういう言葉づかいがあたりまえの感覚であったからだ。
パンティ-とパンツのちがいがわかっているから戸惑うことはない。

そのころでもアパレル業界では仕事着としてまあ認知されていた。
(もちろん、ケースバイケースであるからどの場面でもOKとまではいかない)
出張などで地方に出かけるときはそうした服装のほうが好まれた。
スーツなど着て行こうものなら、冠婚葬祭でもあるの、とひやかされたものである。

6954綿パン

で職場(仕事)が変わったりして、そういう雰囲気もいつしかなくなっていった。

ところでこの夏だが、計画停電騒ぎですっかり軽装でいこうの雰囲気が満ちている。
あるいは軽装でなければならないぐらいで、なにか日本人的なものを感じるのである。

かみさんからはポロシャツも買ったことだし、着ていけばとせかされる。
なぜならば、アイロンがけが必要ないからエコでいいじゃない、というのである。
しかし、いちどついた習慣はなかなか改まらないのが人の常なんですよねえ(笑)。

ということで綿パンにスニーカー、半袖カラーシャツでまだ出かけていっております。

夢のなかでは
なんだろう小百合さんて、あんがいいい人(失礼!)なんだなあと思った。

いままではサユリストなどという連中がいることは知っていたが、まあそれもありだろうぐらい。
演技はお世辞にも上手とはいえないし、歌だって浅田美代子よりはまし程度(笑)。
でもでねえ、そこがいいんだよ、変に世間ずれしてないし、真面目なんだよなあ。
一所懸命だろ生きかたが、ちょっと意固地なくらいがかわいいものだし応援したいよな。
いたって気品があるだろ、あの眼で見られてみろ、すべてなげだしてしまうぜ。

そんなものかなあ、まあ人好き好きですから。
おまえも変わってるよな、変人クラブ所属だからしかたがねえか。
ふつうですよ。それより女性の好みを押しつけないでください。
それもそうだ、ひとり競争相手が減ったと喜ぶべきだろう。
ふーん、マジでそういうふうに思っているわけではないですよね。
あたりまえだ、おれの切ない気分を壊さないでくれ。
了解しました。

N0341コウホネ

話は代わって、みんなでなじみの居酒屋にきていた。
「三虎屋」で、おやじのヒロくんは柱にもたれてぼーっとしてるし、
おかみのみちるさんは忙しそうにしてるし、さて二階が空いてるのかと思ったり、
でも小百合さんもいるから、静かな部屋がいいかなあなどと。

あまりに連中が騒々しいので、ひとこと注意しておこう。
「小百合さんにあまり無理にお酒をすすめないように」
「つまらない冗談で笑いを強要しないように」
「おおきな声になっているから、すこし静かにするように」
そしたら、「そんなに気を使わないでいいのよ」と小百合さんが目で言ったような気がした。
「すみません、ぼくがうるさくしていたようです、ごめんなさい」
といったら、にこやかに笑っておられる様子なので安堵した。

夢って楽しいものはほんとうにすくないのだ。
でも、眼がさめてからもなんだか気分が晴れ晴れとしていた。

気がつけば、小百合さんのことがすこし好きになっていた。

夏休みの図書館
あれは中学生のころだったろうか、夏休みに近所の同級生と図書館へよくかよった。
彼は私立の進学校に通っていたので、ふだんは遊んだりすることがなかった。
観音山公園のなかにある図書館まで歩いてだから、二キロぐらいの距離があったはずだ。
ぶらりぶらりと小一時間はかかったと思うが、それが苦になるということはまったくなかった。
帰り道の途中で、肉屋のコロッケを買って歩きながら食べたりもした。
どうして図書館に行ったのかというと、家では暑いし弟たちがうるさいというのもあった。
だが、やはりいちばんの目的は女生徒もくるという情報ではなかったろうか。
そこで偶然に知りあうなどということはなかったが、本を読むしかないという経験は貴重だった。
なぜか暑くなるとそのころを思いだしたりして、もっと勉強しておけばとちょっぴり思うのだ。

6914フルーツトマト

「ご先祖様はどちら様」 高橋秀実 新潮社 ★★★★
だれそれの末裔であるとか、先祖は○○の出自であるとかとときに目にすることがある。
人類はアフリカで生まれ、わたしたちはその子孫なのであるからまあどこかでつながっている。
といっても、そのつながりの濃さ(?)がちがうんですよ、といえなくもないからむずかしい。
おおくの人は有名な先祖をもちたいという願望があるからその願いをかなえる職業もあったり。
なにで読んだかわすれてしまったが、イギリスには王家へとつながる家系図作成業があるらしい。
前述のようにどこかでかならずつながりはあるわけだから、それも可能というのはわかる。
逆につながっていないことを証明することは論理的にできない、のではないだろうか。
とはいいながらも、祖父や祖母はどんな人生を送っていたのとときにかんがえないこともない。
と高橋家の先祖をさかのぼっての取材となるのだが、それとは別にこんな文章があった。
『「女は生まれ変わるのよ」
戸籍を眺めながら妻がニヤリと微笑んだ。
彼女は戸籍制度の下、私と結婚して私を筆頭者とする戸籍に「入籍」し、
いわば旧姓を剥奪される形になった。
家父長制の犠牲者ともいえるわけで、さぞや不平不満もあるのではないかと思ったのだが、
そうでもないらしい。
――入籍して生まれ変わる?
「そう。苗字が変われば別人になれる」
――別人に?
「そうね」
不敵な笑いを浮かべる妻。
――女性は抑圧されているんじゃないの?
「抑圧されているのは男のほうじゃないの?」
意表をつく切り返しに私はたじろいだ。
「だって苗字は記号にすぎないでしょ。男のほうがそれに縛られているのよ」
逆の立場で考えてみよう。もし私が彼女の家に婿入り(入籍)すると、私の苗字が変わる。
そう想像しただけで何やら自分の存在が全否定されるような気がして、さすがに躊躇してしまう。
「苗字は記号にすぎない」などとは思えず、となると、やはり私のほうが苗字や戸籍に縛られているのだ。
「それに、制度は利用するものでしょ」
――利用する?
「そう。現に利用して、あなたを法的に拘束したわけだから」
訊かなければよかった、と私は後悔した。
「要するに、女のほうが自由なのよ」
――自由なんだ……。
戸籍を利用して男を縛る。利用することで自由な立場に立つのである。
「自由に生まれ変われる。そういえば、もう1回結婚すればまた別人になれるわね」
彼女はそう言ってカラカラと笑った。』
なんだかミステリを読んでいるようだ。ああ~、女性おそるべし。

「持ち重りする薔薇の花」 丸谷才一 新潮社 ★★★
丸谷氏は小説も書くのだが、やはり評論、随筆のほうがいいとわたしには思えるのである。
編集者の野原がいまは現役を引退し名誉会長になっている梶井玄二にインタビューする。
彼がアメリカ駐在のころにふと知り合ったブルー・フジ・クヮルテットの話を聞くというところからはじまる。
いまでは世界的に有名な弦楽四重奏団のなかにはいっているというクヮルテットなのだ。
息のあった漫才師も舞台をはなれるとあんがい仲が悪かったりするようにクヮルテットもそうだという。
だからといって、仲がいいほうが腕がいいかというと、逆だともいうのである。
ということでクヮルテット内でのゴシップ話などありだが、どうもいまひとつ話にはいっていけなかった。
なぜかと考えると、丸谷氏のえがく小説世界に生きるひとびとの生活実態が身近でない。
つまりハイクラス、中流から上流の方々であるからなのだと気づく。
だから日常の趣味的会話にどうも興味がもてないのだということがわかる。
まあ、いろんなひとびと生活実態があって社会は構成されているのですがねえ。
ということで、あまり書くことがありませんでした。

「うから はらから」 阿川佐和子 新潮社 ★★★
新聞の連載小説で「麻子」なる主人公がでてくる小説の作者が阿川弘之氏だったのではないか。
古いことなので題はわすれてしまったのだが、佐和子氏の父であることはなぜか知っている。
さてテレビなどで活躍されている阿川さんだが、小説も書かれるということでまあ読んでみようかと。
『「うから」とは親族・同族、「はらから」は同胞・兄弟姉妹の意。』とはじめに書かれている。
なるほど読みはじめれば、じょじょになにがテーマとなっているのかがわかってくるというものだ。
小説のテーマとは関係ないのだが、こんな文章が気になった。
生意気な倫土(ろんど)いうセリフだ。
『「アキオって、僕のこと?」
「だってアキオでしょ、ファーストネーム。アキオって呼ばれるの、嫌いなの?
このほうが互いの距離が近づくし、会話がスムーズになると思うけどな。
外国人なんて、初対面からファーストネームで呼び合うよ」』
というところだが、じつはわたしも日本人はファーストネームで呼び合わないと思っていた。
だが、あるとき田舎を旅していると、おじさんおばさんが互いにファーストネームで呼び合っていた。
「お~う、和子お、ばあさまは元気だか」
「元気すぎるくらいだが、しげるんとこはどうだか」って。
聞けば同級生で幼いころからずーっとそう呼び合っているといっておりましたね。
東京(あるいは都会いっぱん)限定の思いこみというか、都市伝説というんでしょうか(笑)。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

06 | 2012/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー