ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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醒井宿
豊富な湧水のある地として有名である(宿場名は知っていたのだが)。
その流れに咲く、梅花藻(バイカモ)を見にゆこうとでかけてきたのであった。
わが家のメダカ鉢にも似たような藻がありちいさな花を咲かせていた。
もう岐阜県にちかい滋賀県米原市にある、中山道六十一番目の宿場町である。

水の駅の車をとめて、周辺散策にと歩きだす。
気温が高く暑さはそうとうなものだが、水の流れをかんじるとなぜかここちよさを感じてしまう。
ヒトは水の惑星に住むのだということが実感されるのである。

0681アキアカネ

流れのなかにある梅花藻に、さるずべりの花の紅が散っている。
かっこうの撮影ポイントということでおおくの人がカメラをむけていた。

0663醒ヶ井

0668梅花藻

川にはトゲウオの仲間だろう。
懸命に流れにむかって、ときに流されなれながら泳ぐものあり。

0677水中の魚

まだまだ暑さ厳しきなれど、これからの夏バテに注意しなければ。

0684消火道具

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比叡山へ
このところ暑い日がつづいていて、なんだか身体もだるい。
こんなときには気分転換もかねてでかけるのがいい、かもしれない。

ということでやってきたのが、「ガーデンミュージアム比叡」。
延暦寺で有名な霊峰であるが、いまは縦横にドライブウェイが通っている。
標高は800mあまりというが、陽ざしはやはり夏のものである。
それでも平地とはさすがに植相がちがっているようなのだ。

0631マネ・モネ

そんななかで、球体ガラスに景色を映して撮影しているひとたちがいた。
ちょこっと撮らしていただいたが、こんなふうに世界は映るのだ。

0640球体

眼で見るというが、じつは脳が映像を補正しているというのがほんとうのところだ。
いつも頭は微妙に動いているわけだから、視野もぐらぐらしているかというとそうじゃない。
このことからだけでも、脳が関与していることはわかる。
眼を向けるだけでは、けっして物をみることができないことは日常茶飯事でもある。

などと考えるともなく思いつつ、園をめぐればいたるところに蝶が舞っている。

0645アゲハ

0649ヒョウモン

人は鳥のように蝶のごとく空をなどとときにいうが、莫迦げていると感じられる。
鳥は蝶はどうして飛んでいるのだろうか、と考えたことがない人のいう科白だなあ。

ないものねだりはヒトの種に特有なのかもしれない。
それが文学を生み、科学を発展させてきた原動力であることは否めない。
などと考えていることを悟られないように、園内を遊歩するのであった。

0621影

こんなことして、すこし笑ったりするのもいいではないですか。

献血の日
今朝のこと、駅まで行く途中なにげなくラジオを聴いていた。
関西ではおなじみの「ありがとう浜村淳です」という番組で紹介されていた。
今日は「献血の日」なんだとか。

そういえば先日行ったときには、その日健康診断で胃カメラをしたのでダメだった。
しかたがない、また来ますということで帰ってきた。

ちょうどいい機会だ、と会社帰りに。

0595献血カード

「今日は献血の日なんですよね」
「えっ、そうなんですか」
「そうじゃないんですか」
「いやぁ、聞いたことないですね」
「ラジオのありがとうで、言ってたんですけどね」
「すみません、知らなくて…」

すこし不安になったので、帰ってパソコンで調べてみた。

『1964年のこの日、それまでの売血制度を廃止し、
全ての輸血用血液を献血によって確保することが閣議決定されたことを記念。』
(Wikipediaより)

なんだか身もこころも軽くなった気がする。

0598献血車

尾道友愛山荘ものがたり(20)
 <第四話>夏の不思議 その五

 ぼくはその静けさに気圧されながら、また持ち前の好奇心がわいてもくるのだった。
「ぼくでよかったら、かまいませんよ。どうぞ、気楽に話してください」
まわりの連中が席を外そうとするのを、彼女は穏やかに制して話しだした。
「私はいままで一人で旅行などしたことが、ございませんでした。
はい、私は東京の女子大に通っております。
中学から、女子ばかりの中で過ごしてきました。
ですから、いまとても緊張しております。
でも、このチャンスをのがすと、この胸の内の不安を話すことが、
一生できないような気がいたしたのでございます。
すみません、こんな話し方おかしいと思われるでしょうが、お許しください」
「ですから、いまここにいることは自分でも不思議な感じがいたします。
でもここまで来れたのだという満足感も一方では感じているのです。
もちろん、家人も心配しているでしょうから途中で電話いたしまして、
大丈夫だと、一人で旅行していると申しておきました。
母も驚いたようですが、わかってくれたのではないでしょうか。
気をつけてね、とだけしか申しませんでした。
私だってもう21才なのですから、旅行ぐらいできますもの。
ほんとうは、ひとりでこんなに遠くまで来たのは初めての経験なのです。
心細かったのも確かでございます。
ごめんなさい、自分ことばかりひとりしゃべっておりまして、申しわけございません。
いましばらくの間、お聞きくださいませ」
「私の言葉使いがおかしいと思われているでしょうね。
自分でもわかっているのですが、どうすることもできないのです。
幼いときから祖母に育てられ躾けられたからでしょうか。
その祖母も、もう先年亡くなってしまいましたが」
と言って、しばらく下を向いていた。
涙をこらえているようでもあり、なにかを考えているようでもある。
ぼくたちは、しばし言葉をのみこんで注意を彼女に集中していた。
ふたたび顔をあげて話しだしたときには、すこし落ち着いているように見えた。
「ごめんなさい、あまり男性の方とお話ししたことなどないものですから。
どう話してよいものやらと、迷ってしまいました。
男性というと、身近には父と弟がいるだけですから。
率直に申しますと、いまとても嬉しいのでございます。ございますは、少し変ですよね。
よくクラスの友人から時代劇みたいね、と言われるのです。
私、緊張しているのかもしれません」
「言葉使いなど気にすることはありませんよ。ぼくたちのほうが恐縮するくらいなものです。
変な、野卑な言葉を使っているのじゃないかと、いまはこちらのほうが冷や汗ものですよ」
つい、関西弁を忘れてしまう。ぼくのほうがかなり緊張しているようだ。
「ムッシュさんは関西弁の方がすてきです。
失礼かもしれませんが、ほんとうにそう思います。
それに関西弁って、人を安心させてくれますもの。ごめんなさい」
「いやあ、そんなに褒められたらかなわんなあ。
これは褒められてるんやろ、なあみんな」
彼女は口を手で押さえながら、身体を前に折るようにして笑った。
それを見て、みんなもつられるようにぎこちなく笑った。
「私はいつも自由に楽しく話す若い人たちがうらやましかったのです。
同じ年代なのに、どうしてこうも境遇がちがうのだろう。
私はこれからどうなるのだろう、と不安がつのっていたのです。
まわりの友人は気にしないでというのですが、気にせずにはいられません。
そのような思いが、こうして家を飛び出してきた原因だと思います。
じっとしていることが、たまらなく不安だったのです。
今日新幹線の岡山駅まできてしまってから、どうしようかとうろたえてしまいました。
うろうろしているところを親切な女性の方に声をかけていただき、
どこもいくところがないと申しますと、その方は尾道のユースに泊まられるということなので、
こうして同行させていただいたという次第なのです。
世間には悪い人が多いと聞いておりましたが、そんなことはない、とわかりました。
とても、感謝しております。
こちらに来てからも、みなさまとても優しくて感激いたしております。
ユースのなにかとも知らない私でしたが、
先ほどのミーティングのムッシュさんのお話を聞いて、
こんな世界もあったのかと驚き、かつ納得もしたのです。
私のこころに、今日一日に起こったこと、出会った人たち、聞いたお話が、
しみじみと沁みいるようで、眼が見開かれたような気がいたしました。
いままで孤立感のようなものをいだいていたのですが、
ひとりよがりの誤りであったとわかりました。
みずからがこころを開くことが、相手をも開かれた世界へいざなうことであり、
同様に逆もまたしかり、なのですよね。よくわかった気がいたします。
これからも、いろんなことがあるのでしょうけれど、
頑張ってゆけそうで、とても嬉しく思っています」
彼女は晴れ晴れとした顔で、ぼくをひたと見た。
「自分ばかり、勝手な話をいたしました。
それにもかかわらず、お聞きいただきありがとうございました。
なんだか生まれ変わったように思います」
「いいえ、いいお話だと思います。
東京からだと今日はお疲れになりはったのとちがいますか」
「胸のうちをお話しして、なんだかほっといたしました。
こんなにしゃべったことなぞ、私は今までに経験したことがございません。
やはり、すこし疲れたのかもしれませんね。
まことに勝手ではございますが、失礼してお先に休ませていただきます。
ムッシュさん、それからみなさま、ほんとうにありがとうございました。
おやすみなさいませ」
と彼女は軽く礼をして、しっかりとした足どりで階段を上っていった。
ぼくと、文ちゃん、一同は顔を見合わせて、ほっと一息ついた。
「あっけにとられる、というのはこういうことをいうのでしょうね」
「ムッシュ、いろんなことがあるものですねえ」
「そうやな、文ちゃん。それにしても、彼女の名前も聞いてなかったなあ。
でも元気になって、よかったやないか」
全員で彼女が去っていった階段を見上げながら深くうなずいていた。
「彼女にとっては大変なことやったんや。
いままさに彼女自身が変わろうとしてるのかもしれん。
それにしても不可解な感じは残るわなあ。そやけど、なんやしらん疲れたなあ。
今晩はこれでお開きにしようや。みんな、もう寝よか」
ぼくの言葉を機に全員が椅子から立ちあがり部屋へと引きあげた。

F0066山陽本線

 生きてゆくなかで、人はときとして大きな転機に出会うことがある。
その転機は、突然やってくることも多い。
それは人が必ず迎えなければならない通過儀礼のようでもある。
自分が自分を乗り越えてゆかなければ、決して自分には到達できない。
焦る思いや、もどかしい感覚の渦巻く青春の時を人は通り抜けてこそ、
新たな自分に生まれ変わることができる。
果てしもない原野をさまよい歩いて、きっといつか目覚めるときがやってくる。
 時代の変化のなかで、社会がパラダイムの転換期を迎えるように、
彼女自身も新たなパラダイムを構築するときに至ったのだ。
進化が進歩と同義でないように、転換がなにを彼女にもたらすのかはわからない。
でも、彼女は変わってゆくしかないのだろう。
 今夜のことは、夏の不思議と言うしかない。

尾道友愛山荘ものがたり(19)
 <第四話>夏の不思議 その四

 ユースホステルのミーティングは、ヘルパーがゲームや歌を担当することが多い。
そして、最後にペアレントがでてきて話をするという形ができつつあった。
まれにはペアレント自らがゲームをおこなうところもある。
だが、これはこれでけっこうな重労働なのである。
そこで、いきおい分業が確立してゆきこのような形態ができた。
 全国のユースの印象は、このミーティングにおおきく左右されるといっても過言ではない。
しかし、それもミーティングをおこなうヘルパー次第という状況もあって一定はしていなかった。
がさらに、そういうミーティングができるヘルパーなり者なりが集まってくるユースというのも、
また一方にはあって、噂は日本中を飛びまわっているのだった。
ときとしてそれらは気違いユースと呼ばれたりした。
もちろん反語的ないい方であって、すばらしいということを若者なりにあらわしている。
常識から逸脱した雰囲気をただわせ反権力をもにおわせる。
優等生は、いつでも最後は嫌われる。
というような時代の空気もあったのである。
 どちらにせよ、簡単に判断はできないものではある。
結局は自分で判断するしかない、ということをだれもが暗黙の了解としていた。
だから軽率に吹聴するものは、軽蔑の対象ともなるのである。

F0074西郷寺

 にぎやかなミーティングが終われば、ホールや食堂のテーブルの回りには、
自然と人が集まってなにげない会話がはじまる。
ぼくは仲間外れの、どこかの輪にはいりたそうなものはいないかと、あたりを見まわしてみた。
そうしたら、先ほどのミーティングで質問した彼がこちらにやってきた。
椅子をすすめて、座るようにうながした。
「どうです。友達になれそうな人が見つかりましたか」
彼は頭をかきながら、照れくさそうに首をふった。
「いやあ、先ほどはすみませんでした。ぼくが浅はかだったようです。
考えも足りずに生意気な口を利いたこと、お詫びします」
「そんなこと気にすることないで。かえって、よかったのとちゃうやろか。
なんとなく、満に思いながら、ゲームしたりしてても楽しないやろ。
それに、他の連中も納得したかどうかはしらんけど、
そんな思いの人もいたのとちゃうかな。口にださなわからんことも、多いからなあ」
横に座っていた文ちゃんもこんな意見を言った。
「ぼくも大学のユースホステル同好会にはいってるけど、
逆に歌やゲームをどうやるかという技術的なことばかりの話が多いよ。
なんのためにといったら大げさだけど、その意味が忘れられていることも事実ですね。
いろいろ意見がでることの方が、ぼくはすばらしいと思うよ」
「そうですか。そう言われて、なんだかほっとしました。
ちょっとバツが悪い気がしていたんです。ありがとうございます」
「こんなむさくるしいヘルパーのとこにおらんと、かわいい女の子と話しといでよ。
それに君がいると、女の子が全然近寄ってきよらんわ、なんてね。
冗談やで、ハッハッハ。別におっても、かまわへんで」
「ムッシュとよばせてもらっていいですか。
あのう、ムッシュはかなり年齢が上のようなんですが、大学生なんですか。
失礼かもしれませんが、気になったもので」
「なんや、そんなこと気にしてたんか。ぼくは大学生です。しかも、まだ3年です。
でも、25才になるんやで。その経緯は省くけど、いろいろありましてこうなっとります。
勉強は学校だけにあるのやない、なんて勝手な理屈つけてます」

 こうしてワイワイしゃべっているところに、一人の女性が近づいてきた。
ぼくたちに会釈をして、ぼくのまん前の椅子に腰かけた。
みんなでかたずをのんで見守っていると、彼女はこんなことを言った。
「こんなことをいきなりお話しして、変な女だと思われるかもしれませんが、
先ほどのミーティングに参加していて、決心したのです。
ムッシュさん、聞いて頂けるでしょうか」

尾道友愛山荘ものがたり(18)
 <第四話>夏の不思議 その三

 もぞもぞとした姿勢で彼はこうしゃべりだした。
「突然こんなこと言って、雰囲気をぶち壊すようなんですけど、すみません。
ぼくはいままでにけっこういろんなユースに泊まってると自分でも思うんですが、
どこに行っても、いつも歌やゲームばかりで、実際は嫌気がさすというのか、
申し訳ないんですが、少しうんざりしているんです。
ぼくにしたら、そんなことよりも、もっとじっくりと話しあいたいなあ、といつも思っているんです。
たとえば、その土地に伝わる古い話や言い伝えとか、それでなければ、
ぼくたちの悩みや将来の話とか、もっと建設的な話がいろいろとあるんじゃないか、とそう思うんです。
なにか、うまくは言えないんですけど」
これはぼくが、いつも必ずぶつかってきた話題なのである。
彼のまじめに人生を生きようとしている気配がひしひしと伝わってくる。
しかし、まじめだけで人生を乗りきれるほど、世のなか単純簡明ではない。
性急にことを運ぼうとする若者は、結論が先にたっている。
そして、そのことに自分では気がつかない。視野が狭くなってしまっているのだ。
だから他人の存在をつい忘れてしまう。
「いま大切な意見がでましたので、すこしミーティングについて、お話ししておきます。
これから、歌をうたったり、ゲームなどをしますが、
これはみなさんが仲よくなるための、ウオーミングアップみたいなものなんですよ。
究極の目的は、お互いが知り合うことなんです。
気のあう人、気になる人、気のおけない人、いろんな人がいますが、
できるだけ多くの人とお近づきになりましょう。
そのための緊張感をほぐす準備運動と考えてください。
苦手そうに見える人に、あんがい素敵な人がいるものですよ。
なんていろいろ言ってますが、自分を信じてめげずに頑張ってください。
それと最後に言っておきますが、歌やゲームはそれだけでもとてもすばらしい。
そうぼくは確信してもいるんですよ。
世のなかに、つまらないや、くだらないことは、ぼくたちが思うほどないのじゃないでしょうか。
ぼくたちが逆に、それをほんとうには、よく知らないことからきているのかもしれませんね」
すこしは納得したのだろうか。でも、まだご不満のようだ。
「たとえばですね。
いきなり人生について語りませんか、なんていって来られると誰でも面食らうでしょう。
やはりそこは、『こんにちは』などと挨拶があって、初めてすこし話もはじまるというものです。
『いいお天気ですね』と言うと、なかには、それがどうしたんだ、
というように反応する人がいるんですが、それはちがうと思うんです。
『いいお天気ですね、これで作物もよく育つし、農作業もはかどってけっこうなことですね。
秋の収穫が期待できますね、是非そうなって欲しいものですね』
というような気持ちを、昔のお百姓さんはこの挨拶にこめているということだと思います。
そうして人間関係を築いていったのではないのかな、と思っています。
ですから、ミーティングは挨拶がわり、イントロダクションと軽く考えて、
その間に興味のある人のことを、そっと観察しておきましょう。
そうすれば、終わった後の会話がスムーズにできまるかもしれませんね。
だだし、保証はできませんよ」

 そんな話をした後に、歌やゲームが進行していった。
いざはじまってみれば、そこは若者同士である。
みんなは楽しそうな歓声をあげ、おおきな声で笑ったりした。
静けさにひそむ千光寺公園で、一角だけは真夏の夜にさんざめいていた。

F0009尾道水道の夜

尾道友愛山荘ものがたり(17)
 <第四話>夏の不思議 その二

ユースホステル恒例のミーティングの時間だ。
食堂のテーブルを隅っこに片付けて、椅子を車座にならべる。
パイプ椅子がカチャカチャと乾いた音をたてている。
部屋にいた連中も階段を下りて集まってくる。
これからなにが始まるのだろう、という顔をしたものもいる。
各自、おもいおもいの椅子に座ってゆく。
 そんなようすを遠くから眺めている。
奥から順に詰めて座ってゆくかというと、そうはならない。
すこし間隔をあけながら座ってゆく。
等間隔にあけながら座る。
グループは、どうしてもかたまって座る。
すでに仲良くなったもの同士は、しゃべりながら座ってゆく。
一瞬躊躇したのち、他人からすこし離れて座る。
誰かをちらちらながめながら、誰かが見える位置に座る。
遅れてきたものは、仕方なげにそれでもできるだけ間隔をとって座ってゆく。
もう間隔をあけて座れる場所が残っていない。
でもどちらがいいか、無意識に選んで座る。
こうして、やっとこさ全員が座る。

友愛山荘食堂

 おもむろにぼくが輪の真んなかにでていく。
まだそれでも、座っている場所に落ちつけない雰囲気でさわさわしている。
「みなさん、こんばんは」
おおきな声で挨拶をすると、目が覚めたかのようにいっせいに声と視線がかえってくる。
なにごとも最初が肝心である。
「では、はじめに席替えをやります」
で、一瞬ざわめき、すぐ静かになる。
どのように席を替えるのか、みんなの注意が集まる。
「グループできている人も、一人旅の人もいると思います。
けれども、今日ここ尾道友愛山荘に泊まり合わせたのは、
不思議な縁で結ばれているからかもしれません。
もしその不思議な縁があるのならば、ぼくはそれをかき混ぜてみたいと思います」
えー、というような悲鳴とも、ため息ともつかない声がもれてきた。
「縁を公平なものにするために、席替えをするんですよ。
それにもし、その縁が本物ならば、こんなことで影響をうけたりする訳がありません」
ではどういうふうにするんだ、とみんなが見守っている。
「じゃあ、野菜サラダでいきましょうか。
トマト、キュウリ、レタス、セロリ、パセリと順に言っていってください。
自分のいった野菜を憶えていてください。
あなたが、その野菜になるんです。
ぼくが、野菜の名を言ったらその人は席を替わってください。
野菜サラダと言ったら全員ですよ、わかりましたか」
「あのう、ぼく、野菜嫌いなんですけど」
必ずこんなことを言うやつがいる。
軽く受け流しておこう。
「嫌いな人も頑張ってください。これが終わったら、きっと好きになっていますよ」
「はーい、わかりました」
みんな真剣な眼をしている。ここで、一言付け加えておこう。
「床は滑りやすいですから、押したりしないでください。
そんなことをすると、縁が切れてしまうかもしれませんよ。
落ち着いて、よく人を、また異性を見て席を替わってください。
早ければいいというのじゃないですよ」
ぼくは野菜コールでみんなをくるくると動かし席を替わらせた。
座の連中はワイワイとにぎやかに嬌声を発しながら席の移動、場の攪拌を続けた。
ひとしきり走り回ってああ疲れた、とみんなはどっかりと椅子に座った。
「はーい、お疲れさまでした。では、はじめになにか歌でもうたいましょうか]
というぼくの進行に、横合いから声がかかった。
「あのう、すこし質問していいですか」
「どうぞ、なんでも遠慮なく言ってください」

尾道友愛山荘ものがたり(16)
 <第四話>夏の不思議 その一

 女性ヘルパーの仕事はといえば、食事の準備、掃除、洗濯といったものばかりだ。
表舞台にはほとんど登場しないといっていいくらい。
はたしてこれで楽しいのか、と男のぼくは思ったりもするが苦にしてる様子はない。
そんなことよりも、親元をはなれて若者たちのなかで暮らす。
家での束縛から離れて生活するということが、なんとなく楽しく感じるのだという。
 一日の仕事が終わると、だれといもなく受付裏の小部屋に集まってくる。
ささやかな小宴が始まる。なにを話すでもなく、お茶を飲んでお開きということも多い。
だが、それはそれで楽しいと思えるらしい。
若者たちは孤独なのかもしれない、なんて他人事のように思ったりもする。
 気ままに生きているようでも、こころのうちでは友を仲間を求めているのかもしれない。
ほんとうに心をわって話しあえるような友達がいない。
都会のまんなかで孤独をいだいて生きている。
信頼することを知らないから、人と話すときにはまず警戒心が先にたってしまう。
 一方通行の友情など成立するはずもないことはよくわかっている。
だが、自分に自信がないゆえに心をひらくことがどうしてもできない。
いったい自分のなにを失うことを、そんなに恐れているのだろうか。
失うものなどなにもないだろう、とぼくには思えるのだけれど…。
 日常の生活空間ではそんなようすなのだが、旅先では気もちもガラリと変わる。
ちょうど、ふだんはあまり食べない子どもがキャンプなどに行くと、驚くほどの食欲をみせたりする。
そうしたこととおなじように、環境の変化がおおいなる作用を及ぼすのだ。
 だから話すだけでなく、そばにいて人の話すのを聞いているだけでも心安らぐ。
ゆったりとした気分になれれば、警戒心も不思議にうすれてゆく。
かたい表情は人を寄せつけないが、やわらかな優しさにみちた顔は人を引きつける。
なにげない会話であれ、はじまればそこに新たな世界がひろがってゆく。
新たな世界は、また新たな思考を生みだしてもくれるのである。
 どうしてこれまでの私はあんなにかたくなだったのだろう、と気づいたりもする。
私をこんな気持ちにさせるのは、夏という季節が内包する不思議なのだろうか。

2485坂の町尾道

 夕食が終わったあとのひとときは、瀬戸の夕なぎとよばれる風のない時間にかわる。
むしむしとした空気が肌にまとわりつくようで、どうも落ち着かない。
なにといってすることもない連中は受付前のホールに集まってくる。
漫画雑誌や旅の情報誌を読むものがいる。
古いアルバムに見入っている女性グループが、写真を指さしながらなにやらひそひそと話をしている。
コカコーラの自動販売機は取りだし口にゴトンと落ちるビンの音をときおりホールに響かせる。
こうした夜ごとの光景を、ぼくはなにげなく見つめていた。
煙草をくわえ火をつけるのも忘れて、ぼんやりとしていた。
 ゼミのレポートがちっともすすまへんなあ。
ローレンツの英語の論文を訳し、それに対する意見をまとめる作業が半分にも達してないぞ。
こんなに暑かったら、やる気もせんわなあ。
夏に勉強するっていうのは、生理的に無理とちゃうやろか。
それとも、これも自分に対する言い訳でしかないのんか。
冷えたビールでも飲みたいなあ、なんてまとまらない思いのなかで座っていた。

「ムッシュ、時間になりましたよ」
文ちゃんが耳もとでささやく。
さあ、そろそろはじめるか。

夏と蝉
仕事場のある地下鉄駅からエスカレータにのってゆっくりとあがってゆく。
まぶしげな地上のひかりが感じられる前に、シャワーのようにふりそそいでくる。
シャーシャーシャーというクマゼミの声(?)で、もうじんわりと汗がにじんでくるようだ。

そんなとき、きまって思いだすのが小学校の夏休みにでた「夏の友」というドリルだ。
セミの名前とその鳴き声を書くための空欄があり、そこでしばし考えこんだものだった。
アブラゼミって、どう鳴くのだろうか、あぶらだからジージーなんだという連想で憶える。
ミンミンゼミはミーン、ミーンと鳴くからだれでも知っている。
それに素麺のCMでもつかわれていたから、聞こえてくるとおなかが空いた。

蝉取りが苦手だったのを思いだした。
見あげるのだが、木のどこにとまっているのか見つけることができない。
どこを見ればいいのか、だれも教えてくれなかった。
まあ、蝉取りに夢中になる性格ではなかったからどうということはなかったが。

だが、ときおり歩いている道端で鳴いていたりする。
驚くのだが、どうしてこんなところでと疑問にも思ったものだった。

蝉は長い期間を地中ですごし、地上にでてからは一週間の命だと習った。
(そうではなく一ケ月は生きるともいわれるが、はっきりとしたことはわかっていないようだ)
とにかく地上にでてからは長く生きてはいない。

そんなことを考えながら帰ってきたら、窓サッシのところで鳴いている蝉にであった。
ひとしきり鳴いてから、ぴたりと鳴きやみしばし瞑想にふけるかのようだった。
蝉と禅、なぜか字が似ていないか。

7334サッシに蝉

美とサイン
すらりとした身体でヒップをゆらしてモデルのように歩く姿は多くの男をひきつける。
そうした歩き方は、そのような意図を含むものであるから当然といえば当然である。
いつごろからだったろうか、顔立ちよりもスタイルを重視するという価値観が台頭してきたのは。
そのころの世間でも、背の高い女性は劣等感をいだきつつ猫背になってあるいたものだ。
だが、そういった価値観とは乖離した別世界があるということが喧伝されるようになってきた。
ある意味バーチャルな世界であるから、背は高ければ高いほど見映えがいいということになる。
顔は小顔がいいし、八頭身以上でもなんの問題もないということになった。
それだと生物学的に脳容量が少ないではないか、という批判はまったく的がはずれている。
動物行動学が教えるクジャクの羽根とおなじで、めだてばめだつほどに異性はひきよせられる。

7302ツバメのオブジェ

「幸菌スプレー すっぴん魂7」 室井滋 ★★★
旅行の途中で持参していたたった一冊の本が読み終わってしまった。
なんだかぼーっとでもしていたのだろうか。
これでも読むといわれて、まあ活字であれば的な感覚でときに読んでいた。
「週刊文春」に連載の書籍化第7作目だとかで、つい思ってしまうのである。
決して室井さんの文章がうんぬんということではないのだが、長く続いているようです。
でも高島俊男さんのほうがおもしろいのになあと、まあないものねだり感がわくのですね。
それはともかく、まあふつうに読めるし特に感想はありません。
べつにおもしろくないということではなくて、まあいいんじゃないんでしょうか。
帰りの新幹線のなかで読み終えてしまいました。
室井さんもがんばってくださいね、好きな女優さんではあります。

「翻訳史のプロムナード」 辻由美 みすず書房 ★★★★
米原万里さんがすばらしいと激賞していたので、読んでみようかと思った。
予想にたがわずというかそれ以上というか、すばらしい人ってたくさんいるものだなあと。
『フランス語にベル・アンフィデル(Belles Infideles)という表現がある。文字どおりにいえば、
「不実の美女」であるが、「美しいが、原文に忠実でない翻訳」をさして用いられる言葉である。』
米原さんの著作、「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」はこのことを言っていたのだと知るのである。
『ヨーロッパ人は古代ギリシアの知的遺産を直接うけついだわけではない。
中世ヨーロッパに入ってきたギリシア科学・哲学の大部分はアラビア世界を経由し、
アラビア学者たちの研究と注釈が加えられたものだった。
実際、中世ヨーロッパがギリシア・ヘレニズム科学とほぼ無縁だった時代に、アラビア世界は
ギリシア科学や哲学の主要な著作のほとんどすべてを自分たちの言葉に翻訳してしまった。
こうしてアラビア世界で翻訳されたものは、つぎにヨーロッパ世界の言葉に重訳されることになる。』
このことをなぜ教科書で教えないのか(ご存じない?)、じつに不思議な日本である。
そうすれば、もうすこし中近東に対する印象もちがったものになるのではないか。
『翻訳は過去を発掘し、過去を保存する。
過去の遺産の継承は新しいものをつくるのと同じほど、いやときにはそれ以上に重要なことだった。
「オリジナリティ」ばかりをもてはやすのは、近代以降の価値観である。
だが、現代ではその「オリジナリティ」もインフレーションをおこしている。
どちらかといえば、どうでもいいようなところで個性を競いあうような時代になった。
こうした時代にあっては、こうした過去の価値観にはむしろ教えられるところが多いように私には思える。』
こした卓見を読めば、なんと読書はすばらしいと思わざるをえない。
すばらしい翻訳家たちに感謝してこれからは訳者も書くことにしたいと、ささやかに思う。

「自己分析と他者分析」 岸田秀+町沢静夫 KKベストセラーズ  ★★★★
対談にあたって、町沢氏はどんなことを思っていたのだろうか。
『私は岸田氏については本の上では知っていたものの初対面であり、戸惑いを感じざるを得なかった。
しかし箱根の温泉で裸の付き合いとなってからすっかり開き直ってしまい、
思うがままに話をするだけで良いのだと言い聞かせていた。
実際話が始まると岸田氏の人柄は実に率直であり、それは私には驚くほどであった。
淡々とそれでいていささかシャイな風情は私に好感を感じさせたとともに私を気楽にさせてくれたものである。』
この町沢氏のコメントはほんとうに岸田氏の姿をほうふつとさせてくれる。
それでいて岸田氏はこんなこともおっしゃるのである。
『ボクは性欲というものがそもそも近代の現象ではないかと考えているんです。
少なくとも個人の欲望として性欲が認識されたのは近代ではないか。
それは神が死んだことと関係があると思います。
神とは何かというと、世界を創造し、社会の秩序を定め、人間と人間をつなぐものだったわけです。
その神が死ぬと、人間と人間をつなぐものが何もなくなり、そこで、性欲が登場してきたんだと思います。
神がいなくても、人々は性欲にもとづいて男は女を、女は男を求めることができますから、困らないわけです。』
この対談を読んでいただければわかるのだが、精神障害と時代はリンクしているのではないか。
岸田氏や町沢氏はそう考えているわけであり、それを抜きにしての批判はお気楽だといわねばならない。
いつの世でもそうだが、あとからなんだかんだと文句をいうのはたやすく、無責任でさえある。
時代によって、世相も変われば疾患の趨勢も変わってくるものだとつくづく思うのである。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

生命の夏
とにかくこのところの猛暑である。
庭の草木や野菜に水をあげなければならない。

水をまきながらミニトマトをみると、なにかにかじられている。
うーん、鳥や虫たちもたいへんなんだなあと感慨がわいてくる。
べつに残念だとか、犯人探しをしようとかは思わない。
これですこしでもお役にたてたのであれば、それはけっこうなことである。

7335かじられミニトマト

横ではすこし枯れた葉っぱを剪定したきゅうりがまた勢いを盛りかえしていた。
自然の生命力、おそるべしである。
だが、これでまたきゅうりを食べなければいけないなあ、ということだ。
ぜいたくを言ってはいけません。
新鮮な野菜が食べられるのですから。

7342きゅうり復活

いっぽうの草叢には、蝉のぬけがらが残されていた。
ひまわりは鮮やかに咲いている。

7340空蝉

7346庭のひまわり

夏ってオリンピックだけではなく、庭の片隅にもドラマがある。

晩酌にたどりつくまで、しばし昼寝でもする、か。

7336夏は水割り

ガーデンめぐり
すこしユースの庭でゆったりと時間をすごして、いざ出発。

7254ユースの庭

まずはローズガーデン&ギャラリーハウスなるところ。
くねくねと細い道をいくと、美山町白石という地区にありました。
個人のお宅なのですこし心配だったのですが、そこはそれチャレンジ精神で。
運よくご主人がおれれて、いろいろと説明をきかせていただきながらガーデン見学です。
奥様は事故で亡くなられたのですが、いろんな作品を残されています。
一点一点なかなかすばらしいものですが、ブログの写真では伝えるのはちょっと無理ですね。

7261ローズガーデン&ギャラリーハウス

7271昌子さん

すぐ横を川が流れているのがいいです。
水もこの山をとおして湧きだしているのでミネラル分がおおくていいのだそうです。

入場料などとってはいませんが、そこは寄附などで感謝をしなければいけません。
(ご苦労さまですの感謝をこめて、すくないですが一枚いれさせていただきました)
いただくほうも金銭ではなく、きっと気もちがうれしいのではないかと思います。

7283バラ募金

ハーブティをごちそういただき、お話をうかがった時間がなんともよかったですね。

でも、もう一箇所行きたいんだけど。
いいですよ、どんどん行きましょうということで、かなり迷いながら着いたのがここ。

7293ハーバリストクラブ

美山町野添にある「はーばりすとくらぶ・美山」というガーデニングのお店。
いいですね、窓からながめる景色もいいですね。

7289窓辺

7306ホップ

かみさんは女主人となにやら、話をしておりました。
こうした時間がもてると、しばらく機嫌がいいのではなんて希望的観測もあり。
わたしは横にある展望デッキの上でしばし夢想にふけっておりました。

7317ガデニング談義

まあ、こうしてでかけてこれるうちは、どんどん行きましょう。
美山の里
前々からときどき話題にでるから、行ったことがあるのかと思っていた。
ところがあるとき訊いてみたら、行ったことはないという。
じゃあ、いちど行ってみるのも悪くはない、という結論が導かれるのである。

いまは京都府南丹市になっている美山地区は茅葺集落で有名なのだという。
五箇山や相倉集落の合掌造りとはまた構造がちがっているようだ。

7232美山かやぶきの里

そういえば、若いころに越中五箇山ユースホステルに泊まったことがある。
立派な合掌造りの建物に泊まったのだが、いまはもうユースはやっていないようだ。

そのまえにちょっと立ち寄りたいところがあるということで、ここでランチをいただく。
昼をすぎていることもあり、わたしたちふたりだけで、のんびりできた。
とはいえ、とにかく暑かったことはたしかである。
このストーブのせいではないので誤解なきように。
暖房をしているのではなくピザを焼いているのであります(笑)。

7213美山里山舎

7187ピザはストーブで

お隣にあるのが美山かやぶき美術館と郷土資料館。
ちょうど作業をしていましたが、こんな会社があるんですねえ。

7215美山茅葺株式会社

7220風わたる

さて、茅葺集落を歩いていると、観光客がと思ったら中国からの人たちのようであった。
京都は中国や韓国のひとたちに人気があるんだそうですが、そんな時代になりました。

今夜の宿は「美山ハイマートユースホステル」に決定。
もう十八年になりますか、この建物は移築したものなんですよとペアレントさんはおっしゃる。

7256美山ハイマートYH

いろんなところへ行きました、国内派でしたがね、と笑っていう。
そうです、バックパック担いで旅するといっても海外派と国内派がいたんですね。
わたしも国内派でした、輪行袋(キャリングバック)で自転車の旅もしました。
話していると、いろいろとおたがいに知っている人の名がでてきたりで楽しかった。

疲れてもいただろうが、クーラーのここちよさでいつのまにか眠ってしまっていた。



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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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