ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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海の幸、庭の幸
第二弾(?)というわけではないが、またまた到来ものである。
今年は瀬戸内ではカニが豊漁なのだそうだ。
小ぶりのエビやイカもなかなかうまそうではある。

7481カニ

7482エビとイカ

庭ではこれが最後かなという野菜たちがとれた。

7484庭野菜

秋だからというのではないが、感謝して食べなくちゃなあとは思う。

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秋到来
北海道からやってきた。
もう秋なんだなあ、などと気づかせてくれる。

どれだけのおおきさなのか、測ってみた。

N0689秋鮭

秋の色なのである。

N0691サーモンピンク

尾道友愛山荘ものがたり(25)
 <第五話>夏の眩暈 その五

 ぼくたちは慈観寺の前を通りすぎ、車道を横切り、御袖天満宮へと到着した。
本宮への階段はかなりの急勾配である。一同階段を見あげながら、ため息ついた。
東京の友だちからメグと呼ばれているほうがいった。
「ここが、あの階段ですか」
「そうや、ここがあの階段や」

F0053御袖天満宮

なんだか風の音が聞こえるようだ。
「眩暈がしそうですね」
「眩暈というのは思念の交錯する場所で起こる、いうたりするからな」
変化への兆しなのだろうか。
「いよいよ、青春への扉が開かれるんですね」
「そうや、それまではなにかしらんうすうす感づいていたようなことが、
はっきりとした形をあらわすようになってくるんや」
「性への目覚め、なんでしょうか」
「そうやな、現に目の前にある、実際に生きてる舞台での、触れることができる性なんやな。
決して、それまでに想像していた世界のなかのように、自分の思い通りになるものじゃない。
大きく前に立ちはだかるような、存在感のある世界へと入ってゆくんやな」
みなが等しく通って来た道なのだ。
「だれもがいろんな形で、いろんな思いとともに経験するんですね」
「そう、誰もがな。決して例外のないことなんや。
そんな経験はしてないと思っている人でも、
中年になってから、突然そのときの記憶がよみがえってきたりすることがあるらしいで」
「あるらしいって、そんな話を聞いたことがあるんですか」
「聞いたというより、小説のなかでよく出てくるやないか。
中年男女の突然の失踪いうのは、たいていそういうことらしいで」
「ちょっと怖いですね。そうならないためには、どうしたらいいんですか」
「さあ、どうしたらいいんかなあ」
文ちゃんが言う。
「どうしようもないんじゃないですか」
「そんな、無責任ですよ」
「無責任と言われても困るな。神様の御意のままに、ということかな。
それとも君、なにか心配な兆候でもあるの」
「そんなあ、ないですよ。ただ、そんなことになったらどうしようかな、と思っただけですから」
「まあ、取り越し苦労はやめて、もっと青春の楽しい面を見ようよ」
「そうですよね。楽しいことのほうが多いですよね。私たち若いんですから」
そうであればいいのだが、現実はちがった面を見せることも多い。
「若いから楽しいことが多いというのは、解せんなあ。そしたら、歳とったらどうなるの。
お墓に行くのを待つだけというのでは、人生淋しいで」
「またそんなことを言う。意地悪ですね」
意地の良い、悪いではない。
「意地悪とはちゃうで。こうした解釈もできるで、ということや。
中学時代には、男の子も女の子もいろんな悩みや不安を抱えもって生活してる。
自分のなかにある男らしさや、女っぽさといったことに一喜一憂してるんや。
そんな世代の通過儀礼として、この映画は作られているとみることができるのかな。
なんて、思ったりもしてるんや。まあ、もっとしっかりと現実を見つめましょう」
「そうですよね。悩んだり、苦しんだり、楽しかったり、冒険したり、秘密めいた事件があったり。
憧れがあったりするのが青春ですものね。人生はそのことの繰り返しですよね。
そして、やっぱり最後には、つらい別れがあったりするんですよね」
と、メグは横顔を見せながらつぶやく。
「そうや、青春だけのことやないんやな。青春はその断面をかいま見せてくれる、いうことや。
青春とは若さなり、とはいつ頃からそうなったのかな。本来は、若さをいうのとはちがうと思う。
こころの姿勢やと思うな。前向きな、ひたむきな、頑張り抜こうという意志かな。
ぼくらは、いつまでも青春でいきましょか。ハッハッハ」
「そう思ったら、なんだか楽になってきました」
「楽になってきた?メグは苦労なんかなさそうな顔してるけどな」
「わあ、これでも私けっこう悩みが多いんですよ。
ムッシュって、人のこころにグサッとくるようなこと平気で言いますね。
ねえ文ちゃん、そう思いませんか」
「ムッシュはね、無神経と鈍感が同居しているところがあるからね。
でもね、いいたいこと言ってるようだけど自分のこととなると、からっきしなのよ。
いい人なんだけどね。まあ、許してやってよね」
と文ちゃんはあくまでも優しい。すこし陽が陰ったかと思うと、どこからかサンペイがやってきた。
「そんなムッシュを甘やかしちゃ駄目ですよ、文ちゃん。
現実を沈着冷静に見ましょうよ。あのね、ムッシュってね自己中心的な人なんですよ」
「そうなんですか、ムッシュ」
「本人に面と向かって聞かれてもちょっと困るけど、そりゃあそやろ。
自己中心的じゃない人なんか知らへんで、ちがいますか」
「ほらね、こういうふうに強弁しながら考えているだから、油断しちゃ駄目。
あのものの言い方は、よく考えると変なんだよね。
だってさ、断定してるようでいて最後は疑問文にする。
それから、どちらにでも取れるような表現が多いんだ。だから絶対騙されちゃいけません」
「そう言われてみると、そんな気になってきたわ。ちょっと不安ね」
話題はゆらゆらと方向を定められない。
「まあ、ぼくのことをどう批評しようと、弾劾しようともかまへんけど。
だけど、正しいものの考え方をせなあかんで。要は、自分の頭で考える、ということやな」

 しばらく間があって、静かな声でメグは、
「そうですよね。なんといっても一度だけの人生ですし。
最後の決断は人任せにはしたくないですものね。
思い切って、この階段を転げ落ちてみるのもいいかもしれませんね。
わたしって、これからどんなふうに生きてゆくのだろう……」
唇を噛みしめながら、最後のほうはひとり言のようにつぶやいた。

 ぼくは一体なにものなのだろう、とはいつ頃から考えはじめたろうか。
他人を意識しはじめたとき、ぼくは自分とはなにかを考えはじめていた。
他人と自分のちがいはどこにあるのだろうか。自分と他人を分け隔てているものとは、なにか。
 エリク・エリクソンのいう「アイデンティティー」をどう確立していけばいいのだろうか。
ぼくが誰かを尊敬しどんなに頑張ったからといって、その誰かになることはできない。
誰かのようになろうとする努力も、いつかは悲しい淵に沈んでいくことだろう。
ぼくはぼくになるしかない、ぼくにしかなれないのだと知った。
「ぼくはぼくになる?」
「ぼくはもともとぼくじゃないか!」
「いや、ぼくはぼくとしてこうあるべき、こうありたいというぼくになる」
「ぼく自身が肯定できる、こころ安らかなぼくになる」
「ぼくはぼくでしかなり得ないものになる」
 ぼくの果てしもないアイデンティティーへの旅は、まだはじまったばかりだ。

尾道友愛山荘ものがたり(24)
 <第五話>夏の眩暈 その四

 離れて行くサンペイの後ろ姿を見やりながら、文ちゃんに話しかけた。
「最後までお付きあいしますか。それとも、どこかで一杯やりますか」
「最後まで付きあうほうが、いいんじゃないですか」
「そうやな。せっかくのサンペイくんの晴れ姿、最後まで拝ましてもらおかな」
「そのあとで、ビールでも飲みに行きましょう」
「またひとつ、サンペイくんの歴史が刻まれるちゅうことやな」
「悲しい歴史にならなきゃいいですがね」
「いや、人間成長するためには、ときとしてそれも必要なことなんや」
「でもムッシュ、ものには限度というものがありますよ」
「そやな、確かにサンペイくんにはいろいろと災難が降りかかることが多いわな。
しかしやで、こんなに試練が多いということは、逆にそれをバネにして伸びてゆく可能性もあるわけやな。
この状況がうまく機能したら、サンペイくんどこまで成長するかしれへんで。
ということはやで、偉大なる人物になる可能性がおおきい、ということになるな。
まあ悪くしてもやな、いっぱしの実業家、あるいは有名人になるのとちがうやろか。
うーん、そう思ってみると、なんか後光が射してるような気がせんでもないな。
これはいまからゴマすっとかなあかんで、文ちゃん」
「なるほどね、そういう結論もあながちない、とは言えませんね。
でもそのときになって、ぼくたちのことを忘れてしまっている、ということはないですかね。
それに世間では、男は成功すると苦労をともにしたときの女性をポイと捨てる。
そのうえ、若く美しい愛人のもとに走る。そんな話をよく聞くじゃないですか。
でも愛人て、中国語では奥さんのことなんですよね。
ムッシュ、韓国語ではどういう意味か知ってますか」
「ふーん、文ちゃん変なことを知ってるな。韓国語では恋人のことやで。
まあ考えてみたら、愛人という日本語は、はっきりいって情緒がない。
中国語の情人、というほうが凄味があるけどな。あれっ、なんの話をしてたんや」
「サンペイくんが成功して出世するという話ですよ」
「そうやったな。けど、サンペイくんはそんな薄情な奴とはちがうで。
きっとぼくらのことは忘れへん、と思うで。しかし、あいつは気が弱いところがあるからな。
これが、彼のウイークポイントやな。そやから気の強い女とくっついたら、これは問題やで。
その女がやで、ぼくらのことを気に入るかどうか、これが大きな問題になってくるな」
「確かにそうですね。そうなったら、ぼくらを近づけないようにするでしょうね。
そんな女に限って金使いが荒いんですよね。そして、サンペイくんはいいように騙されて捨てられる。
もちろん財産はすっかり彼女のものになってしまう、というストーリーも現実味がありますよ」
「これは問題やで。こうなったら、サンペイくんをいかに救うか、ということに力点が変わってくるな。
一概に成功が人に幸せをもたらす、とは限らんちゅうことやな。
それにサンペイくんは、つつましい、優しいこころの女性が好みらしいな。
しかし現実は、容易にそういった状態を現前してくれへんな。
反対の性格の女性といっしょになる、こういったことも多いと聞くで」
「そうですよね。それに、すこしマゾヒスティックなところがありますからね。
逆に、そういった事態がもたらす陶酔感に酔って道を誤る可能性も考えられますよ。
なにはともあれ、成功してご馳走してほしいですよね」
「まあ、なにはともあれ彼の成功を祈りましょう。
そして、ぼくたちを招待していただいて飲めや歌えの大宴会を盛大に開催してほしいものです」
「いまから、そのご馳走が目に浮かぶようですね」
「でも、なに料理がいいかな。これはよーく考えなあかんで」

F0059西國寺山門

 うーん、と二人腕組みをしていると、いつのまにか後にサンペイがすっくと立っていた。
「なにしょうもないこと言ってるんですか。なんの話をしてるのかと思ったら、人をだしにして。
よくもそんな架空の話を、それも他人の将来のことをぺらぺらと喋れるもんですね。
そういう意味では、おふたりさんにはほんとうに感心しますよ。もう、そろそろ出発しますよ」
二人してサンペイの顔をまじまじと見つめていた。サンペイは、しかたなさそうに言った。
「まあぼくが成功したら、料亭にでもなんにでもお二人をご招待しますよ」
神妙な顔で二人声をそろえて、
「よろしくお願いいたします」
と頭を下げると、たまりかねてサンペイが笑いだした。
「もう、どうなっているんですか、このふたりは。
よくもまあ、そんなくそまじめな顔して。どうしてそんな言葉が出てくるのかなあ。
あーあ、参いるよなあ。頭が痛くなってきちゃったよ」

尾道友愛山荘ものがたり(23)
 <第五話>夏の眩暈 その三

 そういえば、そんなことがあった。
不思議なできごとがあって、こちらをすっかり忘れていた。
サンペイはどう考えているのだろう。
「サンペイくん、どこかにいなかった?彼が時間とか決めてるようやからな。
サンペイくんに確かめてみて、台所にいるのとちがうかな」
「そうですか。じゃあ、台所の方に行ってみます。ムッシュさんも行かれますよね」
「うーん、大丈夫。行けると思うよ」
「それじゃあ、またあとで。よろしくお願いします」
「はい、わかりました」
今日はいちにち尾道観光か。
暑いやろうなあ。
まあ、たまにはええけどな。

 食事も終わり掃除もすませると、10人あまりのホステラーが集まった。
さて尾道観光にでかけるか。サンペイが、なにやら注意事項を話している。
ぼくは列の後からついてゆくことにした。しかし、今日は暑くなるぞ。
全員が出発して、文ちゃんと二人で最後尾からぶらりぶらりとついてゆく。
「ムッシュ、今日は暑くなりそうですね。天気はいいけれどね」
「そうやな、からっとはしているけど、この暑さはかなわんな。
ビールでも飲みたくなる、そんな夏の日であった、なんてね」
「でも、サンペイくんが団長では、むずかしいですよ。サンペイって、あんがい堅いですからね」
「そうやな。それに女の子がおったりしたら、余計にええかっこしよるしな」
そんなぼくたちの気配に気づいたのかサンペイから声がかかった。
「最後尾のムッシュと文ちゃん、遅れないようにしてください。
よからぬ相談してるのじゃないでしょうね。集団行動を乱さないように願いますよ」
「ハイハイ、わかりました」
顔を見あわせて、にんまりと微笑んだ。

 千光寺公園から文学の小径を歩いて、ゆっくりと山を下ってゆく。
油蝉がジージーと暑そうな効果音を、ぼくたちの上に降りそそぐ。
夏の空気を震わせて自己の存在を主張していた。
「文ちゃん、岩に沁み入る蝉の声ちゅう芭蕉の世界になってきたな」
「ほんとうに、蝉の鳴き声って暑苦しいですね」
大きな岩が点在する見晴らしのよい場所を歩き、墓地の脇を通り抜けて下る。
歩き続けるうちに、いつしか石畳の坂に変わっている。
細い坂道に沿って土壁に瓦屋根をのせた塀がくねくねと続く。
建て混んだ民家の屋根越しに、天寧寺の塔が見える。
気がつかぬうちにも、かなりな道のり山を下ってきていた。
足もとに組みこまれた階段状の御影石や、家に挟まれた細い道が尾道を構成している。
天寧寺の塔をあとに残してしばらく歩くと、ロープウェイの駅近く艮神社にやってきた。
ここの境内でひと休みすることになった。冷たい水で手や顔を洗ってさっぱりする。
みんなもほっと一息いれ、松の木陰で汗のひくのをまっている。風が海からわたってくる。
各人思い思いに境内をぶらつている間を抜けて、サンペイがやってきた。
「ムッシュ、これからどうします」
「そうやな、せっかくやから寺づたいに浄土寺まで行くか、
それとも西國寺あたりまで足をのばしておしまいにするか、どっちがええかな」
文ちゃんはこう言った。
「それとも時間のない人は、ここらで解散してもいいかな。
どこかでお茶でも飲みたい、そんな人もいるんじゃないのかな」
「そうですね、みんなの意見を聞いてみます」

F0043天寧寺

座す男
夜更けてぽつねんと座す男はなにをしているのだろうか。
空をみあげているような姿勢ながら、決して見てはいないということがわかる。
なにか経を唱えているかとみまがう瞬間もあったが、そうでもない。
考えごとをしているのならば、ときに首をひねってみてもいいではないか。
ただただ眠るでもなく座しているのは、はなはだ腑に落ちない。
ふと、なにかを待っているのではないか、という気がしてきたときに。
男はゆっくりとこちらに向きなおり、かすかに微笑むように思えた。
鏡のなかからゆっくりと出でて、わたしのなかを通りすぎてゆく。
月明かりにてらされて黄金にひかる空間だけがそこに残されていた。

7365足跡

「日本人ならこう考える」 養老孟司、渡部昇一 PHP研究所 ★★★★
日本人は日本人論がすきである、とはよく指摘されることである。
だが、ほんんどは単に日本人のどこが優れているとか、あるいはこういうところが遅れているという。
そういうことではなくもっと比較文化論的に考えてみればおもしろいのに、と思うのである。
『ともかく、もともとピューリタンには他律的に抑えようとするところがあるのです。
たとえばオランダの古い街の家々は、道に面した窓が非常に広い。
自分たちの生活が道から見えるようにして、不道徳なことはしていないことを互いに監視し合ったのです。
そうすれば道徳的には高くありえるでしょうが、しかしやはり崩れやすくもあります。
逆にスペインの家は、外から見るとどこに窓があるのかわからないけれど、
中庭があって窓が内側に開いている、
自分の罪を告解(懺悔)することで神の赦しが得られると考えるカトリックと、
そうは考えないプロテスタントの違いが如実に現れます。』(渡部)
なるほど、キリスト教も旧教と新教ではそういうところにちがいがあらわれるのか、と。
『そこは日本との比較でもおもしろいところですね。日本の場合は、家のなかは私的空間です。
だから、昔から日本ではかなりの貧乏人でも、どんなにボロボロでも家を塀で囲いました。
そして外へ出たら「世間様」がうるさかった。だけど、家のなかはまさに「家の自治」です。
だから江戸時代までは仕事も全部、家ごとに割りふったわけです。
「士農工商」も個人ではなく、家単位で割り振られているんです。』(養老)
この個人ではなく家単位でということを理解していないと、とんちんかんな議論になってしまいそうだ。

「ダロウェイ夫人」 ヴァージニア・ウルフ 丹治愛訳 集英社 ★★★
「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」という戯曲があるぐらい有名な作家である。
いまだ読んだことはなかったのだが、なにかで(忘れた)書名をみて読んでみることにした。
読みつつ有名な作家になるほど精神がとぎすまされるほどに病んでもいくのだろうかと。
作中で、セプティマスという青年が戦争で神経を病みついには自殺してしまう。
そうしたニュースをダロウェイは主催するパーティの出席者から聞くのだが…。
『彼女の針がなめらかに絹糸を引っぱり、いったんおもむろに休止し、そして緑の襞を寄せ集めて、
それをそっとベルトの部分に縫いつけるにつれて、静寂が静かな満足感をともなって彼女のうえに
降りかかってきた。夏に日の波もそのように寄せては高まって、平衡をうしない、そしてくだける。
高まっては、くだける。それを見ているうちに、全世界がしだいに荘重さをましてゆく口調で、
「それだけのこと」といい続けているように思われてくる。そしてついには、浜辺で日の光をあびて
横たわる肉体のなかで、心までもが、それだけのこと、と唱和をはじめる。
もはや恐れるな、と心が言う。』

「我が家の問題」 奥田英朗 集英社 ★★★★
本書の帯からその内容がうかがい知れるのだが、そのラインナップは以下の通り。
完璧すぎる妻のおかげで帰宅恐怖症に……「甘い生活?」
やさしい夫は会社のお荷物社員だった……「ハズバンド」
両親が離婚しようとしているらしい……「絵里のエイプリル」
突然、夫がオカルトに目覚めてしまった……「夫とUFO」
結婚して初めてのお盆休みはどう過ごす?……「里帰り」
妻がランニングにはまった本当の理由とは……「妻とマラソン」
家庭には妻と夫、親と子どもというあるときは対立する人たちが暮らしている。
平穏なときにはなにも思わないのだが、いったんことが起こると悩ましい問題が山積することに。
『おれ、最近思うんだけど、子供の人生が親のものじゃないのと同じで、
親の人生も子供のものじゃないんだよな』
それぞれが家庭のなかで近代的自我というかアイデンティティをどう確立してゆくのか。
というような小難しい話ではなく、そうだよなあなどと共感できるお話なのである(笑)。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

尾道友愛山荘ものがたり(22)
 <第五話>夏の眩暈 その二

 昨夜のホールでのことである。
二人連れの女性が所在なげに雑誌を読んでいた。
そこへ、サンペイくんが通りかかる。
「どこから来たの」と、二人連れのかわいい娘のほうに話しかけた。
たまたま、そちらの娘がサンペイくんに近かった。
あるいは、サンペイがそうなるように歩くコースをとったのか、そこまではわからない。
「東京です。昨日は倉敷ユースに泊まりました。
今日は大原美術館と美観地区を見学してきたんですよ。
すごい人で東京の銀座みたいよね。とても暑かったし疲れちゃった」
と友達に同意を求めながら熱心に話しだす。
「あのう、ヘルパーのかたですか。そうですよね」
「どうして、ヘルパーだと思うの」
二人連れはお互いに顔を見合わせ、笑いながらこう言った。
「だって、かっこうが旅行してるみたいじゃないんですもの。まるで…」
と言葉を切って、なにがおかしいのかまた笑った。
「まるで、なんでしょうか。汚いかっこうをしてる、と言いたいのですか」
とサンペイが微笑みつつ、問い質したので彼女はつい本音をもらす。
「そういうわけじゃないんですよ。ただ、リラックスされてるな、と思っただけですから。
別に、そんなことは思っていません」
と、言葉に詰まってしまった。サンペイはやさしくこう言った。
「別に気になんかしてないよ。俺だって自分で汚いかっこうだと思っているもの。
でもね、ちゃんと洗濯はしてるんですよ。清潔感だけが、俺の取り柄だからね」
そう言いながら、すこし笑ってこうつけ加えた。
「そうでもないか。話題を変えましょう、ね」
「明日はどんな予定ですか」
「明日は尾道のお寺とか、『転校生』って映画あったでしょ。
あの映画にでてくる場所なんかを重点的に歩きたいな、なんて思っているんです」
「ふーん、重点的にね。映画はぼくも見たよ。
映画だと近くにあるような場面がけっこう離れてるんだよね。
だから、映画のシーンのようには歩けないよ。個々の場所はだいたいわかるけどね」
「へーえ、そうなんだ。もしかしたら、案内とか、してもらえるんですか。
でも、お忙しそうですよね」
こんなとき、どう答えるかはむずかしい。
いつのまにか周りの連中も息をつめて、話の成りゆきを見守っている。
さあサンペイくんどうするんだろう。
「じゃあ、希望者を募って尾道観光団を結成しましょうか。
寺やお墓も、みんなで歩けば怖くない」
「そんなあ、怖いところなんですか」
「言葉のあやですよ。言葉の、ね。でも、希望者っているのかな。
まあ、俺は君たち二人だけでも案内しますよ」
とサンペイくんがあたりを見回すと、10人ばかりが手をあげた。
そこで勢いをえた彼は、こんなことを言いだした。
「それでは、ここに『尾道観光団』の結団式をおこないたいと思います。
つきましては、最高顧問のムッシュ、ご挨拶をお願いいたします」
誰が最高顧問やねん。
それに、なんの特典があるんや。
と思いつつ、よせばいいのにぼくはその場の雰囲気にあわせて挨拶をしてしまった。
「ただいまご紹介にあずかりました、私がムッシュです。
決して、怪しいものではございません。
『尾道観光団』は、尾道のよき文化を探訪すること、
また団員相互の友情を深めることを目的としております。
だだし、恋愛はそのなかに入っておりませんので、ご注意ください。
ちょっと横道にそれましたが、とにかく、尾道の旧跡等を自分の足で歩き、
かつまた自分の眼で見て、各自の豊かな感性にさらに磨きをかけていただきたい、と思うものであります。
形あるものはいつかは亡びる、とは申します。
しかしながら、そのはかなさを知った上で護ってゆくことも、ひとつの見識だとは考えられます。
夏の短いひと日ではありますが、みなさまがたにおかれましては、
どうか、よき人生の糧を得らますよう祈念いたしまして、
簡単ではございますが、私の挨拶とさせていただきます」
すると、団長のサンペイくんはこう翻訳してくれた。
「ちょっと堅苦しかったですけど、気にしないでください。
明日も暑いでしょうから、日射病には気をつけましょう。
仲よく、楽しく、和気あいあいと尾道観光したいと思います。
時間等は、ミーティングの後で相談して決めたいと思います」
みんなは、ぼくの挨拶などまるでなかったかのように、サンペイに向かって声をそろえて言った。
「サンペイさん、よろしくお願いします」

4882尾道の町

尾道友愛山荘ものがたり(21)
 <第五話>夏の眩暈 その一

 男連中のヘルパー部屋は、階段を上がって左側とっつきの場所にある。
西日がよくあたる蒸し暑い部屋だ。
もちろん、扇風機やクーラーなんぞというものはない。
部屋のなかは貧乏学生が暮らす下宿部屋の様相をていしている。
部屋の片隅には敷きっぱなしの布団がうち寄せられている。
男臭さが隅々にまで充満している。
 部屋の壁には歴代のヘルパーの写真が押しピンでとめてあった。
一枚ずつながめれば、いろんな奴がいるもんだと感心もする。
枚数分だけ、人生のドラマがここ尾道で繰りひろげられたというわけだ。
 彼らもきっと誰かに憧れ、そんな人になりたいと切実に願ったことだろう。
自分なりに努力をするのだが、志はいつしか現実の喧噪のなかにうずもれてゆく。
自分の限界、無力さを痛感するのだ。
若いときは、だれしもスーパーマンにあこがれる。
自分のためにその能力を使おうというのではない。
みんなの幸せのために、ぼくはスーパーマンになりたいのだ。
よしんばスーパーマンになれなくとも、微力ではあろうが力にはなりたい。
そんな気負いだけが虚しく空まわりする、そんな若き日がだれにもあったはずだ。
しかし、みんなの幸せといった抽象的な夢はすぐに崩れてしまう。

 なにが幸せであり、正義であり、真理なのかと考える。
すするとたちまち思考は迷路に踏みこんでしまう。
正義とはと、しばしば正反対の定義がなされてきた。
そして、それぞれが正しく思える。
万人の納得できる定義がなされたとき、現実的には意味をもたないものになっていた。
人の数だけ人生があるように、数限りない幸せの形があるのかもしれない。
知らない世界では人々はどのように生きているのだろうか。
ぼくにとっての喜びは、他の人には退屈であったり苦痛であったりするかもしれない。
人がおおきな正義をふりかざすとき、その陰には野心が顔をのぞかせている。
それは歴史が示すように、しばしば不幸な結果を人類にもたらした。

 寝苦しい夜をなんとか乗り越えると、騒々しい蝉の合唱で朝がやってくる。
えいと起きあがって、布団はそのままに階段を降りてゆく。
ピタピタとサンダルの音が館内に響きわたりながらついてくる。
一階の台所ではすでに朝食の準備がはじまっていた。
台所の入り口からなかに向かっておおきな声をかける。
「おはよう」の声に、「おはようございます」がかえってくる。
顔を洗ってから食堂のテーブルを拭きはじめた。
今日も暑くなるかな、と思いつつ外をながめると、早くも夏の太陽がきらきらと光っている。
玄関に打ち水でもしたら涼しくなるかな。
サンダルを引っ掛け、ドアをあけると朝のさわやかさがあった。
玄関脇には一台のバイクが停めてある。
後輪のマッドガードには泥が乾いてこびりついていた。

 バケツの水を撒きながらぼんやりとしてると、後から声をかけられた。
「ムッシュさん、尾道観光団は何時出発ですか」
ええ、なんのこっちゃ。
あ、忘れていたがな。
昨日は思わぬことがあったからなあ。
どうしようかな、と胸のうちで算段していた。
それはこんなことが、あったからなのだ。

0038尾道案内版

真鍋島の夜
真鍋島では、法事は二日にわたって本浦の家でおこなわれた。
金曜日の夜にお坊さんが来られて、朗々とした声でお経をあげてくださった。
土曜日にも朝からお経をあげてくださり、その後お墓でもお経をあげていただいた。
それから円福寺に行って本堂で、これはみんなでお経を唱えたのだった。

さらに家に帰って、お看経(おかんき)をしておじさんの七回忌の法事を終えました。

その席で、ひさしぶりに守司さんにお会いしました。
92歳になられるそうですが、とてもお元気そうです。
カメラが趣味とかで、まゆさんの次男の赤ちゃんの写真を何枚も撮られてました。
ときおり投稿もなさるようで、なかなか本格的なものです。

若いときに守司さん家の井戸掘りを何人かでしたことがあった。
そう言ったら、そのことは憶えていられるようで、そうですかと驚いていらっしゃいました。
MROくんは、ぼくは三虎までの水道配管をやりましたよ、と話がはずみました。

そのころの守司さんは男としてかっこういいなあ、なんて思っていました。
三虎のおじさんも、守司さんには頭があがらないようでした。

7379ハンモック

夜には三虎にもどって、楽しい食事会になりました。
博くん、シニフィエとシニフィアンの話などまたやりたいですね。
意外だったのは、みんなが近年亡くなったクロード・レヴィ=ストロースを知らないと言ったこと。

まわりは少々迷惑(困惑?)顔でしたが、お酒を飲んで学術的(?)な議論をするのもいいですね。
おじさんがいたら、きっと参加してくれたのではないかと想像したりしました。
おばさんはきっと笑いながらやさしく見ていてくれたのではないか、などと。
SSKさんのちょっと早い誕生日祝いなどあってほんとうに楽しかった。

7381博くん

7382誕生日

いつも思うのだが、真鍋島はなぜか落ち着けるのである。
どこが、なにがではなく、港を降りたつともう気もちがちがうのがわかる。
海の景色をいつまでもながめていたい。
どこへ行きたいかといったら、それは佐柳島だと言ったおじさんのことばがよみがえる。

7390佐柳島

おじさんの七回忌
春には行けなかったしお墓参りもしたいなあ、なんぞとかみさんと話していた。
連絡してみたら、来週には七回忌の法事があるからそのときに来たらどうかと。
そうかもう七回忌になるのか、時はつかのま過ぎてゆくのである。

7363本浦

集まってきたヘルパー経験者の顔をながめていると、いろんなことが思いだされる。
(SSK氏、YKY氏、MRO夫妻、それと得度したというMRSくん)
それぞれが若いときにはいろいろとお世話になった、というよりお世話をかけたものだ。
あのころは、三虎へ行くといつもだれかしらが居ついていた。

どうしてとは聞かないが、それでもなんとはなしにきこえてくる。
このままいまの会社に勤めていて、それで自分はいいのだろうか。
流されてゆくようで、どうしてもこのまま仕事を続けていくことができない。
思いあまって、こうしたいとも考えているんだが、おじさんはどう思う。

そんなとき、しばらく手伝ってみればよかろう。
若いんだから一年や二年どうということはないじゃろう。
からだを動かして、汗かいて働いてみたらいいかもしれんのう。

そういって受けいれてくれたおじさん、おばさんにぼくたちは出会えた。
若いときにこうした人生の経験を積める場所があったぼくたちは幸運だった。

7358でいご

家庭のことなどあまり詮索もせず、いきなり受付でお金の管理も任されてしまった。
(というより、やらなければ仕方がない、というのが実態だったが…)
これには正直面食らってしまったし、四苦八苦したことをおぼえている。
さいわいにも持ち逃げするやつもあらわれなかったようだ。

人を信用すると口では簡単にいえるが、実際にはなかなかできることではない。
信じるより疑うことがはるかにたやすく、そうなりがちなのが凡人の哀しいところ。
あらぬつまらぬ妄想から、自分で自分をおとしめてしまうこともよくあることだ。
そんなあほらしい詮索を耳にすると、莫迦なやつだとこころのなかでつぶやいた。
だが、そう思ってしまう自分のつまらなさに、また落ちこんだりもした。

だれだって若いころには理想をもとめて生きていきたい。
だが世のなかそう単純には成りたってはいないということが徐々にわかってくる。
仕事だって、恋愛だってそうなのだ。
おのれの都合で考えるとき、他にもおのれが存在していることに気づく。
どちらのおのれが正なんだ、このおのれこそと思えれば悩むことはなかった。
大義名分をふりかざすとき、自己肥大して神になったつもりでもいたのだろう。
自分とは、他者がいるから存在するものだ、といつしか分かるようになった。
他者がいなければ、自分とはと考える根拠も消えてしまう。
死がなければ、生が意味をもたないのとおなじように。

7392船ゆく海

男の日傘
九月にはいってすこし朝夕は暑さがやわらいできた。
それでも日中は陽ざしがつよいので、まだまだ夏の感覚だ。
しかしながら、風があったり日陰にはいるとさすがに秋ちかしとも思う。
エコ的観点からいっても、日傘は手軽だし効果も高い。

最近は男性でも日傘をさす、となにかでいっていた。
だが実際に見たことなどないから、まあ東京あたりのファッションかと思っていた。

ところが、今朝のことである。
すこし先の信号が青になったので、急いで渡ろうとしたとき。
横断歩道のなかほどで、日傘をさして歩いている男性を目撃した。
若くはない、四十代あたりだろうか、ふつうのサラリーマンとみうけた。

とりたてておしゃれな様子でもなく、グレーの傘をさしていた。
空をみあげても雨がふりそうな気配はみじんもなく、これは日傘である。

彼の勇気というか断固とした信念(?)がなにかすがすがしい。
どこに勤めている人だろうかと思っていると、職場のビルにはいっていった。

変化は身近なところから起こるものらしい。

0603雲

午睡日和
夜の暑さが続けばぐっすりと眠れず、どうしても睡眠不足になってしまう。
そんなときには昼寝をしたらいいとはよくいわれたものだが、そうもいかないことも多かった。
朝早くから働いて、やっとのこと昼食の時間になり、ふーふーいいながらカレーを食う。
つめたい水をぐいっと飲めば、やっと辛さをやりすごすことができたが汗がどっとでてくる。
タオルで額から首筋をぬぐうと、そこに風がふいてきてなんともいい気分になった。
昼休みの残りを、ごろりと横になって天井にむけた雑誌のページをなんとなくくってゆく。
くらくらとするような時間のなかで、いつのまにか眠りの淵におちていった。
真っ暗闇の空間をどちらが上だともわからないままに、身体は回転しながら移動してゆく。
突然ひかりまばゆいところに放りだされたら、すっかり眠気はさめているのだった。

0604湖上のウインドサーフィン

「聊斎志異考」 陳舜臣 中央公論社 ★★★
聊斎志異は中国の清代の、神仙、幽霊、妖狐などの怪異譚短編集だ。
陳舜臣さんは大阪外国語学校(現大阪大学外国語学部)で司馬遼太郎氏の一年先輩とか。
神戸生まれで直木賞をとり、いまも神戸元町にお住まい、まだまだお元気そうでなりより。
こどもは怪談話が好きだが、わたしも小学校のころからなぜかこころひかれた。
ただ単に怖いだけではなく、そこになにがしかの人生の真実があるような気がしたものだ。
ロマンス小説もすこし読んだが、どうもなにかなじめないものを感じていた。
「今古奇観」(平凡社東洋文庫でもってます)をまた読んでみようかなと思いました。

「ガード下」の誕生 小林一郎 祥伝社新書 ★★★
ガード下というとなにか正規のルートからはずれたというイメージがつきまとう。
と同時に反体制とまではいかないが、庶民的な雰囲気をかもしだすということがあるようだ。
もともと列車、電車は路面を走りだしたのだが、いつしか高架式に変わっていった。
『では、なぜ高架橋が採用されたか。地上を走るのではだめなのか。
理由としてあげられるのは、そのあたりは人家が密集していることだ。
当時の列車は、一九〇四年(明治三十七)に甲武鉄道が電車を走らせているが、
基本的に石炭を焚き、蒸気のエネルギーを使って進む蒸気機関車だ。
煙をもくもくと吐き出すほか、実は火の粉も飛び散らせながら走る。
♪汽笛一声新橋を……と、一八七二年(明治五)九月に出発した汽車は、
その火の粉がもとで翌年の一月には蒲田で火災を引き起こし、五軒の民家を焼き尽くしており、
さらに代々木の御料地が燃えさかったこともあったという。』
ということもあり、用地買収費が少なくてすむという大きな理由もあって高架化がすすんできた。

「ダブリナーズ」 ジョイス 柳瀬尚紀訳 新潮文庫 ★★★★★
アイルランドの首都ダブリン、この地に生まれたジョイスは「半身不随もしくは中風」の都市と呼んだ。
十五編からなる短編集であり、ダブリンがどんな都市であったのか、どんな人々が生活していたのか。
旧訳は「ダブリン市民」であったのを改題したもの。
ジョイスといえば、「ユリシーズ」や「フィネガンズ・ウェイク」が有名だが、ちょっと手ごわそうだ。
と思われる方ならば、まずはこれをお読みくださいというべきだろうか。
人は生きた時代からも生まれた土地からもある意味逃れることはできない。
だから、その人生をほとんどそれとの格闘に費やすという方もおられるのである。
読みながらジョイスがどれほどダブリンを愛していたのかが伝わってくるのである。
それは狂信的なナショナリストというものとは正反対のものなのだ。
彼自身、ダブリンなくしてはというよりダブリンそのものを生きてきたという思いではなかったろうか。
生きるとはそういうことだし、それだけのものなのかと問う人には、それでなにが不足なのだと言おう。
ひさびさに小説らしい小説を読ませていただきました、と感謝しなければならない。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌



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遠くに眺めるのも好きです。
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