ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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庭の野鳥
山が冬枯れてくると、庭に野鳥たちがやってくる。
リビングにいても、鳴き声で気がつく。

そっと窓からのぞいてみるが、すぐに去ってゆく。
鳥たちはじっとしていることがない。
梢にとまっても、あちらこちらとめまぐるしく頭をまわす。

N0940シジュカラ

「ヒトは鳥のように空を飛びたいなどというが、冗談じゃないわよ」
「おれたちのことをどれだけ分かっているんだい」
「そうよ、いつも腹ペコなんだから」
「毛虫やミミズだって食べなきゃならないんだぜ」

などと話しているようにも思えるのだ(笑)。

N0943なに想う

みかんでもつついて機嫌をなおしていただきたいものだ。

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皇帝ダリア
近隣では宝塚の中山寺はこの花で有名である。
わが家の庭にも数本の皇帝ダリアがある。

いつのまにかこんなにおおきく育った。
しかし、いまではやや困惑気味なのである。
高さは3m近くあるだろうか。
だが、強い風が吹くとゆらゆらゆれる。

N0950空へ

これから寒くなってくる冬を乗り越えられるのか。
わが家は標高350mほどあるのだ。
天空の竹田城(標高353.7m)とおなじぐらいだ。

N0954青空とダリア

N0953皇帝ダリア

ことしは厳冬になるでしょう、と天気予報では言っていた。
枯れてしまわないか、すこし心配ではある。

天空の城跡は今日も雨だった
東洋のマチュピス、あるいは天空のラピュタのモデルともいわれる。
最近は映画のロケ地などになったこともあり人気があるらしい。

かなりの混雑が予想されたので、早朝(六時前)に出発する。
なぜか北上するごとに空は曇り、やがて雨模様になってきたのだった。
同行者の溜め息がきこえてくるかのような車内だった。
(もしかして空耳だったのだろうか)

N0900山々

だがしかし、雨が降ることによって湿度は上昇する。
霧がでやすくなるのではないか。
もうすぐ現地に到着というころに、前方に虹がかかった。

ただ、誤算だったのは南からの道路からは進入できなかったことだ。
混雑ぶりに山腹の駐車場へは一方通行になっていたからだ。

待ち時間30分の標示板に到着したのは八時すぎ。
だが結局一時間あまりののちやっと駐車場に停めることができた。

N0921朝来市竹田城

人はどうして高いところに登るのが好きなのだろうか。
はるかに見渡せるとなぜか安心することができるのだろうか。
ひととき、食べることを忘れて安息の吐息をもらすことができる。

N0916竹田城跡

嫌な仕事は断わるもんだ
ひさしぶりに会ったら開口一番、神戸は寒いねという。
北海道のほうがもっと寒いだろうにというと。
今日は那覇からやってきたというではないか。
あいかわらず忙しい御仁なのである。

「みやこじまの仕事がはいっているから」
「都島?」
「宮古島!」
なるほど、三年契約だそうだから、しばらくは沖縄通いが続くとか。
那覇はついでといっては失礼だが、宮古だけでは効率が悪いらしい。
だからまた神戸にも立ち寄っていただきたいものだ。

N0889もずく麺

N0890粟國の塩

講演会も年に40回ほどこなすそうだ。
毎週のようにといったら、連続でやったりするからそれほどでもないんだとか。
でもね、嫌な仕事は引き受けないし、することはないという。

そうなのだ、嫌なことは仕事であろうと私事であろうとしないにこしたことはない。
でもそうはできないでしょう、などと世人はいうのだが…。
だがいつもそこで思うのだが、ほんとうにそうはできないのだろうか。
そうしたほうが楽だから、つきつめて考えることをしなくていいから。
なんてことはないのかと、自分自身に問いかけてみたくなる。
そんなことを考えさせてくれるから、Mって不思議な人だ。

いつ会ってもどこで会っても、なにを話しても尽きることを知らない。
そのようなものが世のなかに、わが人生にあるとは思いもよらなかった。
とつくづく思いつつ、彼女を駅で見送ったのである。


蒜山・大山の紅葉
もうずいぶんと前のことのように思うが二週間前のことなのだ。
季節のうつろいとおなじように、時のながれも速度を増してゆく。

白馬ですっかり雨からは遠のいたと思っていたが…。
だが、雨にぬれてかえって色鮮やかになるかもしれない。

7692山林

秋は紅葉という連想がなぜかあたりまえのようにうかんでくる。
落葉樹はそして身軽(?)になって寒さの季節をやりすごすのだろう。
だが、針葉樹は葉を落とすこともなく冬をむかえる。
ふたつの集団が並びたつ山もあるにはある。
自然のあやか、人工によるものなのかは知らない。

N0820紅葉

N0862黄葉

N0815紅葉か

大山には二十歳のころだろうか、仕事のついでに立ち寄ったことがある。
山小屋のような宿舎で泊まった記憶があるが、それもおぼろげだ。

尾道友愛山荘ものがたり(30)
 <第六話>夏の時間 その五

「旅なんかしてると、つと眼があった、それだけで話しかけていたりするときがありますね。
なんとはなしにおたがいに近づいて、挨拶して話し始めてる奴がいたりするんですよね。
食い物についての情報交換がやっぱり多いです。どこの食堂のめしが多いだとかね。
うまいよりは、量の問題にどうしてもなりますよ。だって、いつも腹減らしてますから。
そんな話が気持ちをほぐしてくれるんですね。むきになって、ひいきの食堂自慢とか。
だけど、そんな話のなかで、たまにポロリと本音がこぼれてきたりしてね。
こっちも、ついついそれに乗せられて自分のことを話しこんだりすることもありますよね。
どうってこともない失恋話や、そこまでもいかない淡いだけの話だったりするんだけど。
それまではうさんくさい奴だなあ、なんて思っていたのが、変によく見えたりしてくる。
仲間意識なんてものじゃないですよ。そこまではいかないけど、いい奴かな、とちらっと。
そう思ってると、相手も同じようなことを考えてるのがわかったりして、思わず笑ってしまう。
なんだよ、おまえ、なんて急に友だちみたいなしゃべり方になっていくんですよね。
いっしょに旅をするなんてこともほとんどなくて、『じゃあ』なんて、別れてしまうんですけど。
なんだかほかほかした気持ちになっているんですね。でもね、別れたあとが要注意ですよ。
急に淋しくなってきて、思わず彼の行った方向をながめて、追いかけようかなんて思います。
追いかけていくことはないんですけど。追いついてもどう言えばいいかわからないですよね。
きっとおたがい顔見合わせて、気まずい思いするだけだし、弱い奴だと思われたくないし。
えーい、とまた自転車漕ぎだすんです。莫迦みたいかな、こんな俺って」
 ぼくは黙って、にっこりした。
「女の子と知りあうことって、ほんとないですよね。えっ、知りあいたいかって、もちろんです。
当たり前じゃないですか。ほんと、俺って一直線ですからね、それがいけないのかな。
自転車漕いでて、女の子もないもんですよね。だから、ときどきユースに泊まるんです。
風呂と洗濯が主な目的ですけど、もしかしたらかわいい女の子なんかいないかな、って。
ほんと、いないんですよね。たまに見かけても、二人連れだったりすると駄目ですね。
話しかけても、なんだかおっかながってるふうで、俺ってこんなふうだから、ですね。
あ~あ、なんて思ってるときに声をかけてくる子がいたりするから、おかしなものですね。
だいたいが垢抜けない娘っ子でね、化粧っ気もなくって言葉もすこし訛ってるんです。
でも、話を聞いて、じっと観察してるとこれがあんがいいい子でね。ほっとしますね。
日本も捨てたものじゃないって。ちょっと、大袈裟ですね。アッハッハッハ。
いい感じで話もはずんで、そうするときれいに見えてくるんですよ。不思議なんですけど。
すると、やっぱりなって感じでかならず、必ずです。これは断言できます。
横合いから、男がでてくるんですよ。おもしろそうな話してますねって感じで、さりげなく。
いつのまにか三人になっているんです。こいつがたいがいにやけた奴でね。
僻目ですかね、やっぱり。しかたないですよね、そう思ったって。
俺が一所懸命下地をつくって、さてこれからだというときにでてくるんだもの。参るよね。
いつしか俺は聞き役、ふたりの調整役になってんだもの、がっかりしますよ」
 ぼくは眉をおおきく上げてみせた。
「つぎの朝、俺が自転車の調整してると、ふたりがでてきてね、なんだか仲良さそうに。
じゃあまた、なんて男が格好つけて挨拶して去っていくんですよ。
俺が、下を向いて自転車をいじっていると、女の子が小走りでもどってきて、そっと言うんです。
昨日はほんとうにありがとうございました。気をつけてご旅行してくださいね、なんて。
俺もついほろりとして、ふたりの後ろ姿に頑張れよって、こころにも全然ないこと言っちゃって。
頭にきますよね、正直いって。もういつまでも、力をこめて自転車磨いてました」
 なんだかやり場のない力を、持てあまし気味の若いぼくたちだった。

4011尾道水道

 タヒチの女を描いた絵に書かれている、ゴーギャンの言葉がうかんでくる。

 人はどこから来たのか
 人とは何か
 人はどこへ行くのか

 宇宙のなかでは一瞬でしかないぼくたちの生を、どうこれから生きていこうか。
いつしか傾いてきた夏の陽の落とす長い影をじっと見つめているぼくたちに、風が吹いてきた。
メルクマールはまだどこにも、ぼんやりとした輪郭さえも見せてはいなかった。

尾道友愛山荘ものがたり(29)
 <第六話>夏の時間 その四

「ムッシュ、どうかしたの。気分でも悪いの、深刻そうな顔して」
 メグはやさしく心配そうな顔をむけた。
「いや、そうじゃないんや。タムちゃんのことを考えてたんや。どうしてるかなって」
「タムちゃんって?」
「タムちゃんというのはね、ぼくらが尾道で知りあった自転車野郎なんだよ。
あご髭生やしてね、ちょっと見た目はおっかなそうだけど、とっても楽しい人なんだよね」
 とサンペイが話してくれる。
「いまごろ、北海道の原野でも自転車で走ってるんじゃない。
ときとして、クマに追っかけられたり、追っかけたりしながら、ね。
そういう姿が、いかにもタムちゃんらしいんじゃない。きっと、今ごろくしゃみしてるよ」
 と文ちゃんが笑いながら言う。
「タムちゃんがこんなこと言ってたなあ、って思い起こしてたんや」
「どんなことなんですか」
 なぜだか、みんなは空を見上げていうのだった。
「どう言うたらええのかなあ。うまく伝えられるか、わからんのやけどなあ。
ひとりで旅なんかしてると、突然急に切なくなるときがあるんです、いうんや。
それはあるわな、なんでか分からんけどな、って答えたら、こう聞くんやな。
これってどういうことなんだろうな、そんなときどうしたらいいんだろうなって」
「わたしも、それに似たようなことを、ふっと感じることがあるわ。
友だちと二人で旅行してても、ありますよ。それで、ムッシュはどう答えたんですか?」
「タムちゃんの質問の答えにはなってないけどな、というて、ぼくはこんな話をしたんや。
ひとり旅なんかしてたら、野宿やキャンプなんかすることがあるやろ。
そんなときに、おおげさにいうたら、人生観が変わるような経験したことないか。
夜なんか、まわり見ても誰もおれへんし、疲れてるし寝ようかなあと…。
けど、ふと空を見上げたら満点の星で、思わず引きこまれるようにじっと見てしまっている。
見続けながら暗いところに佇んでいると、宇宙を感じることがあるやろ。
おおいなる自然というのか、人間には計りしれん存在みたいなものなんかなあ。
淋しいとか、つらいとか、苦しいとか、それに楽しいなんてこともすっぱり忘れてる。
ただそれはもう、ひたすらというのも変やけど、見つめ続けているんやなあ。
自分が、空間というか全宇宙というか、それと一体になってしまってるのかな。
ものの境界というものがなくなっている。意識することも全然ない。
まさに無の境地、というと禅みたいやけど、それに似たようなことなんかな。
そしたら、自分は何なんやと思って、おのれのちっぽけさ加減を思い知るんや。
また、そんな世界がすごいなあ、とわれを忘れて思ったりもするんやけどな。
なんや日々の悩みや迷いが莫迦莫迦しく思えてきた、ってことなかったか。
って言うたら…」
「って言うたら、タムちゃんどうした?」
「タムちゃんなあ、こんなようなこと言うてたわ。
そうですよね、人間なんてちっぽけなものですよね。その小さなものが、悩んでどうする。
しかも、自分ひとりの些細な悩み。でも、その煩悩からどうしても抜け出せないんです。
だからですかね、気がついたら知らない土地をひとり自転車漕いでるんですよね。
人のしがらみのなかでは、もうどうしても息苦しくて生きていけない、そう思って旅にでる。
でも、いつしか人恋しくてたまらない気持ちになってる自分に気づくんです。
淋しい奴ですね、俺って。どうすればいいかなんて、わからないっす」

4046山門

 わからない、考えても考えても同じところを堂々巡りして、抜けだせない。
おもわず大きな声で叫びたくなるような夜を、なんども経験した。
いろんな本を読んだ。
禅、精神分析、心理学、文化人類学、哲学、答えは書かれていない。
答えのように書いてあるものもあるが、それは答えではない、と直感できた。
そんなお為ごかしに惑わされることはなかったが、虚しさと焦りがつのった。
答えを見つける道程が人生であり、それが生きることだという。
そんなことができれば、悩むかよ!
そんなの答えにもなにもなっていないじゃないか。
莫迦莫迦しい、あほくさくて話にならん。
なにを寝ぼけたこと言ってるんだ。
そう吐き捨てても、魔法のように事態が変わることはない。
自ら歩み出さずしてなにが成るのか。
そんな自分の青臭さが恥ずかしかった。

尾道友愛山荘ものがたり(28)
 <第六話>夏の時間 その三

 人は生きてゆくなかで、つらいことも悲しいことにも、限りがないと思えるほど出会う。
ありとあらゆる辛苦を乗り越えるときに、人はなにを思っているのだろうか。
 唐突に、ぼくはタムちゃんの熱心に話している姿を思いだしていた。
「人には、いい人と、そうではない人がいる。二通りじゃないですかね。
いい人と、悪い人じゃないですよ、いい人といい人ではない人です。それ以外はいないんだ。
生まれついての悪い人って、きっといないと思うな」
 と考えこむようにタムちゃんは言う。
「こんな分け方っておかしいですか。俺は、そんなふうに見ているんだなあ。
いい人と話しているとね、生きる力がびしびしと伝わってくるんだよなあ。
でも、いい人でも苦しいこととか悲しいこととかがあるんだろうな、なんて思うし。
いい人はまともにぶつかって、きっと乗り越えるんだ。
俺なんか、ついひるむというのか、逃げ腰になったりしちゃうものね。
そんなとき、呪文のように心のなかでこう唱えるんですよ。
いい人は決して苦しいこと悲しいことから逃げはしない、とね。
そうすると、なんだか俺でも頑張れそうな気がしてくるから不思議なんだよね。
だから、目をつぶってでもぶつかっていくことが大切だと思う。
それに逃げたとしても、一生逃げ続けることなんかできないですよ。
逃げることは一旦留保するだけで、問題の解決になんかならないんだもの。
いつもびくびくして生きることになるなんてまっぴらだし、なにくそですよ。
でも俺は、いい人ではない人だな、まだまだだと思ってますよ」
「俺は自転車が好きであちらこちらと旅行するんだけど、ほんとうにきついときがあるんだ。
身体のきつさは頑張ればどうにかこうにか乗り切れるんものなんです。
でも精神的にきついというのか、気持ちがどうしようもないときがあるんだよね。
どう言えばいいのかな、それこそ自分ひとりがポツンとしてしまう感じなんだな。
淋しい、というのとはちがうな。つながりをすべて断ち切られた、そんな感覚かな。
それこそまわりの人たちや風景までもが一瞬にきれいさっぱり吹っ飛んでしまう。
俺はこの世界のどこにも居場所がない。そんな絶望感みたいなものなんだ」
「そんな思いのままに寝袋にはいって夜空なんか眺めていると、涙がでているんだよね。
泣いてるって感覚は全然ないんだけど、どんどん溢れてきて止まらないのよ。
星の瞬きがにじんで見えて、それから悲しくなってきて、泣いているんだと分かるんだよね。
これって生理的現象なんですか。だれにでもあることなのかなあ、ムッシュ知ってますか。
でもって、まわりには誰もいないんだけど、ちょっと気恥ずかしくなってね。
どうしてなんだろうな、そんなとき思わずひとり笑っちゃうんだよね。
照れ笑いなんだろうね、だれに対してのだか知らないけど。だれもいないのに変だよな。
そしたら、すこし気持ちも落ち着いてきてね、やっと安心するんだよね。
男にとって泣くことってのはみっともないって、ずーっと思ってたけど、そんなこともないよね。
男だって泣きたいこともあるしさ、ときに泣くことって必要かもしれないよね。
でも人には見せられないね、恥ずかしくってさ。でもサッパリすることは確かだな。
それでいつの間にかぐっすり眠っていて、朝になったら元気いっぱいですもんね。
もう腹減ったなんて、昨日のことなんかけろっと忘れていたりするんだよ。
だから人ってまた生きていけるのかなあなんて、もしや悟ったかなと思ったりして。
でも気がついたらまた落ちこんでいたりして、あれえ悟ってないじゃんかと思うのよ。
こんな俺って、気楽な奴ってことなんですかね。ハッハッハ。」

4914アゲハチョウ

 ぼくとタムちゃんって、どこかで、なにかで、つながっているのかな。
サンペイや文ちゃんともつながっているのかな。
メグともつながるのかな、と夏の日のなかでぼんやりと思った。

尾道友愛山荘ものがたり(27)
 <第六話>夏の時間 その二

「そういうことやな。女性にしろなんにしろ大いに興味をもってくださいよ。
それにやで、人間好奇心をなくしてしもうたら、生きてることの意味なんてないよ。
好奇心は生きる意欲とも言い換えられるからな」
「そうですよね。決して悪いことじゃありませんものね。
なんだか、元気がわいてきましたわ。いろんなことにチャレンジするのが一番ですよね」
「そうそう。なにごともやってみなくては、ほんとうのところは分からない。
経験を積むことによって分かってくることもある。人生とは、経験の集積でもある。
なんてね。どんどんと、いろんなことに挑戦していきましょう」
「なんだか調子よさそうですね、ムッシュは。でも、ぼくはなんだか淋しいな」
「サンペイくん、またふられたのか」
「失礼な、そんなことじゃないですよ。それに、またとはどういうことなんですか」
「そう怒るなよ、冗談やがな。サンペイくんは真面目やから困るわ」
「そんなこと言われたら、だれでも怒りますよ。ただでさえ、傷つきやすい男なんですから」
「そうやったな、勘弁してや」
 それをかたわらで黙って聞いていたメグは、クスッと笑った。
「ムッシュさんとサンペイさんて、仲がいいですね」
 二人同時に、
「そんなことないで」「そんなことないよ」
 顔を見合わせて、たがいに苦笑い。
「うーん、仲がいいのかもしれんな。というよりは、腐れ縁で結ばれているのかもしれん。
あるいは、陰陽の相をなしている。プラスとマイナスで引きあう関係ということなのかな」
「もちろん、ぼくがプラスですね」
「まあ、サンペイくんがそれでいいなら、ぼくは一向にかまへんけどな。
そやけど、もしもプラスが優秀やとかなんとかと思っとったら、えらい間違いかも知れへんで。
それはやな、つまりこういうことなんや」
 サンペイは嫌そうな顔をしていたが、かまわずに続けた。
「これは、座標系というものを考案した数学からきてるのやな。
二次元で原点を中心にして、右及び上をプラスとする。
その反対として左及び下をマイナスとする。ただ、それだけのことや。
学校で習ったやろ。たぶん、忘れてるかもしれんけどもな。
別に、いいとか悪いとかの価値観みたいなもんは、本来関係ないんや。
でも、人ってのは不思議なもので、それでは実感しにくいんやな。
そやから、プラスは正、つまり正しく良い、マイナスは負であり悪い、ということになった。
とぼくは考察してるんやけど、サンペイくんはどう思う」
「どうでもいいです。ムッシュの理屈はおしまいです。それより、そろそろ出発しませんか」

 だれひとり脱落することなしに、ぼくたちはそぞろ西國寺へと歩きはじめた。
夏の日ざしはアスファルトの道路にはねかえって、ぼくたちを熱くした。
まぶしさに眼をほそめて見つめれば、ゆらゆらと陽炎が立ちのぼる。
ゆらめく光景に、なにかはかなさを感じながら、ぼくはまっすぐに歩いていった。
 西國寺の仁王像の前に、長さ2メートルを越える大わらじが吊るされている。
仁王さんは前を通る人を上から睨みつけるような姿勢で立っている。
下から見あげれば、なんともいえずユーモラスにも思える仁王像である。
「仁王さんて、なんかしらユーモラスな顔してると思わへんか。
小さいときから、怖いちゅう感じがしたことないんやけどな。なんでかな」
 文ちゃんは汗をふきつつ、問う。
「そうかな、ぼくは全然ちがうな。そうですね、こんな情景を思いうかべますよ。
小学校の職員室前の廊下を、先生に見つからないようにそうっと通り抜ける。
いつ男の先生に、こらっ、と怒鳴られるんじゃないかと、びくびくしながらです。
スリルに緊張しながらね、そんな雰囲気じゃないの」
 メグも見あげながら言った。
「受ける印象って、人によって随分とちがうものなんですね。
わたしは、なんだか心のなかを見透かされそうで怖いです。
それこそ、あの大きな手でぎゅっと心臓をつかまえられそうで、不安ですね」
 サンペイはまぶしそうに手をかざして。
「ぼくは親父のイメージかな。ぼくの父親というのじゃないんですよ。一般論として、です。
いつもは話しもしないけど、なにか存在感が安心をあたえてくれる。
たとえば、子どもがなにかで不安を覚えたとき、不意にうしろを振りかえって見る。
すると、かならずそこにいて微笑んでくれている、そんな存在というのかな。
たいていはそれがお母さんということなんだろうけど、ぼくは親父だな。
外見は恐いようだけど、同時にすべてを包みこんでくれるようなおおきさも感じる」
 ぼくは思わず引きこまれた。
「サンペイくん、なかなか奥行きのあることを言うやないか。
そうやな、人が生きていくうえでは、なにかそういうものが必要や」
 仁王門がおとす日陰のなかから境内をながめ、まばゆさに眼をしばたかせた。

F0060仁王門

尾道友愛山荘ものがたり(26)
 <第六話>夏の時間 その一

 ゆっくりと顔をあげて、もの問いたげな表情でメグはいう。
「でもいろんなことを考えてると、日々の暮らしのなかでも疑問がわいてくるんです。
その疑問をだれかにぶつけたくなりますよね。
そんなとき、聞いてくれる人、応えてくれる人が身近にいるといいんですけど」
「まあ、世のなかそううまくはいかんわな。でも質問に答えるいうのは、むずかしいことなんやで。
莫迦が好きなだけ質問したら、ソクラテスといえども答えられへん、というからな。
そやから、質問することは自由やけど、自由に質問する権利は、質問者のほうにもやで、
逆にどのような質問でも受けるという義務をも発生させる、というのはどうかな。
そんなふうなギブ・アンド・テイクがないと、秩序ものうなってあかんのとちゃうやろか」
「それは、そうですよね」
「それにやで、こどもってすぐに、なぜ、どうして、と聞いてくるやろ。
まあこの質問攻めになんでもてきぱきと答えられる人というのは、そうはおらんで。
まず、じっくりと聴く根気が必要やな。それに、なにを知りたがっているのかという判断が重要や。
質問にまともに答えても納得せん場合が多いからな。言外の意味をくみとる、ということや。
こどもは考えを言葉にする訓練になれてないからな。察するいうことが必要やと思うで。
おとなの場合は質問する人が悪意の人だったりしたら、もう大変やな。
質問することが目的ではなくて、困らせたろうということに焦点を絞ってたりするからな。
まあなんにせよ、おたがい冷静に議論をしたいものやな。それには前提条件がある。
個々人がまず自分の頭で考えて、質問するときは自分なりに整理して質問する。
そんな最低限のルールというか、マナーは守らな議論はできんな」
 と、サンペイくんは。
「それは分かるけど、どうしても誰かに聞いてほしいっていうこともありますよね。
それもいますぐに聞いてほしい。だから、沈黙を守るのがどうしようもなく苦しい。
人って、黙っているのは苦手な生きものじゃないのかな」
「そうそう、たまらなく誰かと話したいと思うときがありますもの。
話し相手がいるって、大切なことですよね。そんな相手が友だちってことになるのかしら」
「それについてはぼくも分かるな。実感として、わかるいうことやけど。
たとえば、ひとりで旅してると、人とのわずらわしい関係を断ち切れてすっきりしてるんやけど、
唐突に、話し相手がほしいなあ、しゃべりたいなあという気分におそわれるときがあるんや。
まさに襲われるという感じで、自分では制御できん感情なんやなあ、これが。
自然のなかで過ごす旅もええけど、人情の機微にふれたりすると、
またなんとも言えん感慨をいだいたり、人生って素晴らしいなあと変に感動したりするんやな」
「そんなときは、生きてるって素敵なことなんだと理屈抜きで思えるんですよね。
それに話してるときばかりではなくて、ふと黙ったときでも、
なんだか落ち着くというのか、こころ安らかなときってあるんですよね。
それは、どんなときかっていうとですね、
友だちとただ並んで座っていたりしてるだけなんですけど、感じるんですよね。
あたたかなこころというのかな、口ではうまく言えないんですけど、伝わってくるんです。
だから、ちっとも淋しくなんかない。生きる気力がわいてくる、というのかな」
「そうやな、何人かで砂浜に並んですわって夕陽をみてるだけやけど、感じるんやな。
なんか不思議な感じで、横向いたらおたがいにちょうど向き合ったりして、
思わず楽しい、うれしい笑いがこみあげてくるようなときが、確かにあったな。
ただ惜しむらくは、これが長続きせん。なんでなんやろうな」
「そんなはかないものだからこそ、すばらしいと思えるのかな」
「『命短し、恋せよ乙女』、かあ。なんか、せつのうなってくるなあ」
 ひとときの空白が寄せてきて、それぞれがそれぞれの思いにひそむ。
ジージーと蝉の鳴き声が降りそそぐなかで、夏の時間はすぎてゆく。

4839夏空

「ああ、人生は不可思議に満ちとるなあ」
「どのくらい不可思議に満ちているのですか、ムッシュ」
「そうやな。女性と同じくらい不可思議であり、かつまた神秘的であり、不可解でもあるな。
サンペイくん、そうは感じませんか」
「女性に関しては、その通りだと思います。
その言動、行動からして分からないことだらけですよ」
「つまりは女性とはそもそもなにか、という根本的疑問をもっているわけやな」
 そこで、メグが鋭く切りこんできた。
「でも疑問をもつというのは、好奇心があることの裏返しじゃないかしら」
 サンペイも開きなおって言う。
「そりゃあ、そうですよ。この世のなかには、男と女しかいないんですから」



プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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