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尾道友愛山荘ものがたり(28)

2012-11-09 | 12:00

 <第六話>夏の時間 その三

 人は生きてゆくなかで、つらいことも悲しいことにも、限りがないと思えるほど出会う。
ありとあらゆる辛苦を乗り越えるときに、人はなにを思っているのだろうか。
 唐突に、ぼくはタムちゃんの熱心に話している姿を思いだしていた。
「人には、いい人と、そうではない人がいる。二通りじゃないですかね。
いい人と、悪い人じゃないですよ、いい人といい人ではない人です。それ以外はいないんだ。
生まれついての悪い人って、きっといないと思うな」
 と考えこむようにタムちゃんは言う。
「こんな分け方っておかしいですか。俺は、そんなふうに見ているんだなあ。
いい人と話しているとね、生きる力がびしびしと伝わってくるんだよなあ。
でも、いい人でも苦しいこととか悲しいこととかがあるんだろうな、なんて思うし。
いい人はまともにぶつかって、きっと乗り越えるんだ。
俺なんか、ついひるむというのか、逃げ腰になったりしちゃうものね。
そんなとき、呪文のように心のなかでこう唱えるんですよ。
いい人は決して苦しいこと悲しいことから逃げはしない、とね。
そうすると、なんだか俺でも頑張れそうな気がしてくるから不思議なんだよね。
だから、目をつぶってでもぶつかっていくことが大切だと思う。
それに逃げたとしても、一生逃げ続けることなんかできないですよ。
逃げることは一旦留保するだけで、問題の解決になんかならないんだもの。
いつもびくびくして生きることになるなんてまっぴらだし、なにくそですよ。
でも俺は、いい人ではない人だな、まだまだだと思ってますよ」
「俺は自転車が好きであちらこちらと旅行するんだけど、ほんとうにきついときがあるんだ。
身体のきつさは頑張ればどうにかこうにか乗り切れるんものなんです。
でも精神的にきついというのか、気持ちがどうしようもないときがあるんだよね。
どう言えばいいのかな、それこそ自分ひとりがポツンとしてしまう感じなんだな。
淋しい、というのとはちがうな。つながりをすべて断ち切られた、そんな感覚かな。
それこそまわりの人たちや風景までもが一瞬にきれいさっぱり吹っ飛んでしまう。
俺はこの世界のどこにも居場所がない。そんな絶望感みたいなものなんだ」
「そんな思いのままに寝袋にはいって夜空なんか眺めていると、涙がでているんだよね。
泣いてるって感覚は全然ないんだけど、どんどん溢れてきて止まらないのよ。
星の瞬きがにじんで見えて、それから悲しくなってきて、泣いているんだと分かるんだよね。
これって生理的現象なんですか。だれにでもあることなのかなあ、ムッシュ知ってますか。
でもって、まわりには誰もいないんだけど、ちょっと気恥ずかしくなってね。
どうしてなんだろうな、そんなとき思わずひとり笑っちゃうんだよね。
照れ笑いなんだろうね、だれに対してのだか知らないけど。だれもいないのに変だよな。
そしたら、すこし気持ちも落ち着いてきてね、やっと安心するんだよね。
男にとって泣くことってのはみっともないって、ずーっと思ってたけど、そんなこともないよね。
男だって泣きたいこともあるしさ、ときに泣くことって必要かもしれないよね。
でも人には見せられないね、恥ずかしくってさ。でもサッパリすることは確かだな。
それでいつの間にかぐっすり眠っていて、朝になったら元気いっぱいですもんね。
もう腹減ったなんて、昨日のことなんかけろっと忘れていたりするんだよ。
だから人ってまた生きていけるのかなあなんて、もしや悟ったかなと思ったりして。
でも気がついたらまた落ちこんでいたりして、あれえ悟ってないじゃんかと思うのよ。
こんな俺って、気楽な奴ってことなんですかね。ハッハッハ。」

4914アゲハチョウ

 ぼくとタムちゃんって、どこかで、なにかで、つながっているのかな。
サンペイや文ちゃんともつながっているのかな。
メグともつながるのかな、と夏の日のなかでぼんやりと思った。
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