ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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趣味的読書
趣味はなんですか、というのがなにげない会話のはじまりになるという。
あたりさわりがないようにと思ってか、つい読書ですと答えてしまう方が多いそうだ。
履歴書の趣味欄にもそう書くのが無難だ、と思われているようなふしがあるのだが…。
もし、どのようなものを読まれるんですか、と聞かれたら。
さらに、好きな作家はだれですか、とたたみこまれたら。
続いて、ひと月に何冊ぐらい読まれるんですか、と問われたらあなたならどうしますか。
そこまでつっこむのかよ、と思いつつわたしなら素直(?)に答えるだろう。
読むのは、言語哲学、脳生理学、進化生物学、文化人類学…、意味論もおもしろいですね。
あなたはどの分野に興味があるんですか、なんて逆に訊いてしまうかなあ(笑)。

N2567びわの葉

「超心理学」 石川幹人 紀伊國屋書店 ★★★
副題に、封印された超常現象の科学とあるように、超心理学を科学的に考察したものである。
超心理学に否定的な方でも、では科学的な事実についてもおどろくほど無知なことがおおい。
『眼球がカメラのように働いていることは知識として知っていたが、
では網膜の像をどのように「見て」いるのか。
それがわからなければ、ESPの知覚(眼球を使わない知覚)があっても、通常の知覚
(眼球を使う知覚)とどこまで同じで、どこからが特異的なのか、まったくわからないではないか。
つまり、たとえESPが存在すると確認されたとしても、研究が進まないということだ。』
たびたびでてくる超能力実験ではあるのだが、統計的には有意だといわれてもピンとはこない。
統計的に意味ありというのは、かならずその能力をつかいこなせるということではない。
まあ、偶然だとはいえない、という程度なのであるから、まず一般受けはしない。
加えて、科学者が実験に立ち会っても奇術師のトリックを見破ることは期待できない。
『奇術師のジェームズ・タンディは、超能力をはっきり示した能力者には
一〇〇万ドルを進呈するという懸賞企画をもうけている。
一九六四年の開始以来、一〇〇〇人以上がチャレンジしているようだが、
獲得する者はいまだ現れていない。』
しかし、奇術師といえども科学的知識が不必要ということではない。
『モリスの奇術に対する思い入れには、並々ならぬものがある。
奇術は心理学、芸術学、演劇理論などと深くかかわるし、トリックのタネを考えるうえでは、
数学や物理学、化学の素養も必要なので、
「大学教育のカリキュラムに入れてもよいくらいだ、むしろ入っていないのが不思議だ」と言う。』
世間的には超能力者とは「AKIRA」のようなイメージであるから、隔たりははてしもない。

「まだまだ言うぞ イギリス・ニッポン」 高尾慶子 展望社 ★★★
まだまだお元気な高尾女史である。すべてにうなずくことはできないが、おもしろいと思う。
『「知識は力だ」といわれるように、博学になると恥が何かも学ぶからである。』
知識はある(知っている)けど、厚顔無恥というかたもときにいらっしゃる。
もったいなあ、思うのである。なにを指針に生きていらっしゃるのだろうかと。
『人の人生や幸せを、国家や法律では決定してはならないというのが英国人の考え方だ。
ゲイに生まれようと、性転換しようと、それは他人が干渉することではなく、
個人の問題PERSONALMATTERとして受け入れるのだ。ガキと年寄りを邪魔扱いはしない。
ガキは世界の未来だ。年寄りはこれまでの社会を担ってきた功労者だ。
そう考えたら、みんな仲よくできるはずだ。』
なにごとにおいてもおせっかい社会の日本に住んでいると、耳が痛いのである。
そんなことまでいちいちアナウンスしなくてもいいのに、とは日常に思うことである。
まあ、子ども相手なのかと考えれば、日本は一億総幼児化社会なのかと嘆息もでる。
『ロンドンのコーヒーショップではミルクコーヒーとは呼ばず、
わざわざ英国人の若者は「カフェラッテ」と呼ぶ。
そのちょっと前までは「カフェオーレ」と呼んでいた。
そのちょっと前までは「ミルクコーヒー」、または「ホワイト」と呼んでいたのに。』
『日本で「ナイーブ」はほめ言葉だ。英語では侮辱の言葉だ。』
このように日本の若者間だけではなく、ことばは変遷、流行があるのが現実である。

「変死体」(上)(下) パトリシア・コーンウェル 池田真紀子訳 講談社文庫 ★★★
はなばなしくデビューした「検屍官」シリーズの第18作目、ちょっとなかだるみの感あり。
いろいろと最新のIT知識など披露してくれるのだが、それもなんだか中途半端に思える。
それはさておき、スカーペッタが住む住宅の近所で犬と散歩中の若者が心臓発作で死亡する。
外傷もみあたらない遺体から、翌日、大量の出血が発見された。
ということは、モルグに運ばれ冷蔵庫にいるあいだ生きていたということなのか。
でいろいろと最先端兵器(?)などがでてくるのだが、説明が曖昧になるのはしかたがない。
いろんな薀蓄(?)にもいまひとつ食指がうごかない、今回作でありました。
最後に、トリビアをひとつ抜書きしておきましょう。
『ポーカーで〝デッドマンズ・ハンズ(死者の手)〟と呼ばれる、エースと8のツーペア。
開拓時代のガンマン、ワイルド・ビル・ヒコックが、酒場でポーカーをしていて背後から
撃たれて死んだときに持っていたと伝えられる手。』

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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

あじさい三昧
あじさいが咲くころというと、梅雨の時期である。
青と赤の色は、アルカリ性あるいは酸性の土壌に影響されるのだという。
学校の理科の時間に習ったリトマス試験紙を思いだす。

N2580アジサイ

N2615アジサイ

園芸種では、バラや菊とならんで多くの品種がある。
あたらしいあじさい作りに情熱をもやしている方もおおいのだろう。

N2602ウインドミル

N2585アジサイ

あじさい園を歩いていると、敷地の境界をなす生垣にも生き物がいる。
カミキリムシやアマガエルをみるとなんだかほっとするのだ。
こんなところにも健気に(?)生きるものたちがいる。

N2619ゴマダラカミキリ

N2621アマガエル

ふと、若いころに悩んだりしたことがおかしく思いだされる。
(深刻劇的妄想過多症みたいなやつだったか)
はてさて、もうすこしゆっくりとやっていこうか。

N2612ダンスパーティ

サマータイム
夏時間ということだが、もう気温はすっかり夏仕様になっている。
役所あたりでは、時計の針をすこし早めて、余暇を有効につかいましょうと。
ホンネは、早朝のすずしい時間を利用して電力の消費を抑え経費節減ということらしい。
むかしから言われている、早寝早起きじゃあないか、というなかれ。
人のやってることってだいたいそういうことが多いんです。

AKBだって、おにゃんこやモーニング娘の焼き直しみたいなもの。
(しかし、マルチ商法同様なんどでもかならず引っかかる方がおられる)
(というより、わかっちゃいるけどやめられないってことなの?)

もちろん、ネーミングは大切ですよ。
書籍のベストセラーなんてその代表かもしれない。
(すこしたって読んでみたら、なんでこんな本がって…)
CMとおなじでね、中身じゃないイメージなんですね。
政治家もおなじようなもので、議論のなかみはあまり関係ないようだ。
(そのイメージが有権者を動かすのだろうか)

N2565アジサイ

ちょっと、話がそれてしまいましたが…。
なにがいいたかったのか、忘れてしまいました(笑)。

でもそんな浮世とは関係なく、あれから六週間経ちました。
庭では野菜が育ち紫陽花がさいています。

N2563山アジサイ

N2568上から0618

アンクレットの女
信号待ちで暑いなあと山をながめ、ふと視線を落としたところ。
おなじように信号を待っている女性の足元にひきつけられた。

若い女性のようで、金色のバレーシューズのようなぺったんこの靴をはいている。
その左足のくるぶしあたりに、たしかあれはアンクレットといったと思うが、ゴールドがきらりと。
ボトムは真っ白な七分丈ぐらいなサブリナパンツ、いかにも夏らしい。
髪はと見あげると、明るいブラウンに染めてロングで軽くウエーブがかかっていた。
おまけに、カーデガンかジャケットだろうか、両肩にまわしてひっかけている。
ひとむかし前の女優のようで、これでサングラスなら完璧だ、と笑いそうになったが抑えた。

N2533赤い椅子

アンクレットをはじめて知った(見た)のは、映画「昼下がりの情事」でだった。
だれでもすぐ気がつくだろうが、これは奴隷の足輪に端を発するのだろうなと思った。
拘束するものと拘束されるもの。
サディズムとマゾヒズム。
そういった伏線があるのだろうか、と考えたかどうかは憶えていない(笑)。

男と女の関係は、いまでは男女同権などといわれている。
同等の権利であって、同等の能力を有するということではない。
しかし、性癖は千差万別であったりするし、なにがノーマルかというのはむずかしい。

それはさておき、サブリナ(パンツ)もオードリー・ヘップバーン「麗しのサブリナ」から流行した。

だけど、これって通勤スタイルなのかな。
(いまではふつうですよう、と言われるかな)
まあ、職場で着替えるということもあるので、なんともいえないけど。

家庭菜園計画 きゅうりの花
五週間がたって、ずいぶんと葉もおおきくなってきた。
ぽつりぽつりと黄色い花が咲いている。
(先週初収穫のきゅうりを食べたが、濃い味でしたね)

N2557きゅうりの花

やがてこれがきゅうりに結実するのだ。
無から有が生まれるということではないが、不思議なものだ。
花がさき、昆虫たちがあつまり、受粉する。

ふだんなにげなく食べているものにも感謝しなければ、と思う。
生命は、生命によって維持されている。
こういうことが輪廻なのかなあ、とも考える。

食べものは消化され、分解され、ふたたび分子に再構成される。
生物は多細胞から構成されるというより、分子のクラスターからなるもの。
それが生命という自律性をもつ、という不可思議がみちている。

庭という狭いながらも広大無辺な宇宙での、生の営みであります(笑)。

N2562上から0611

悲しきエッセイスト
エッセイは、日本語訳だと随筆あるいは随想となる。
なんだか語感がちがってしまっているような気もするのである。

もともとフランス語のessaiは、自由な形式であるテーマをめぐって書かれた散文のこと。
なんといっても、モンテーニュの「エセー」(Essais、1588年)が有名である。
幅広い知識と教養に裏づけられた批判的な観点から書かれている。
人間を観察し人間とはなにかを探求することにより、この分野の古典ともなっている。
だから意外に思うかもかもしれないが、
ジョン・ロックの「人間悟性論」、ジャン=ジャック・ルソーの「言語起源論」もエッセイだ。

さしずめ日本なら、「枕草子」(清少納言)、「方丈記」(鴨長明)、「徒然草」(吉田兼好)あたり。
そう思っていたから、ちかごろつかわれるエッセイストという語に違和感がある。

だから筆者紹介などにエッセイストなどとあると、ほぉーと思う。
おおきくでたものだと感心もし、どんなことが書いてあるのかと手ぐすねを引くのだ。
(まあ、出版社がそう勝手に肩書きをつけているだけかもしれないが…)
(自称エッセイストなんて、自信満々どれだけ偉そうなんだろうかと(笑))

しかしながら、日本では英語や仏語を日本語的意味に変換してしまうことがおおい。
エッセイって、駄文、雑文のことじゃないのといいわれれば、そうかもしれない。
(だから、探求、考察、オチがないんだろうなあ)

とはいえ、エッセイストがエッセイの本来の意味も知らないとなると…。

N2509トカゲ

家庭菜園計画 四週間後
梅雨入りはしたのだが、曇りがちではあるが雨はすくない。
(気象庁が宣言すると、なぜか雨が降らなくなるようだ)
気温も高めで、虫たちにとってもすごしやすい気候になってきたようだ。

毛虫がいろんなところに出没し、かみさんは悲鳴をあげている。
そっと割りばしでつまんで疎開させなければならないか。
見かけだけで嫌われるとは、なんともやるせない。
(刺されたらたいへんなことになんるんだよ、とおっしゃる)
(毛虫たちよ、なんとかこの危機(!)をのりこえて生きよ)

さて、庭の野菜たちもすくすくと育ってきたのだろうか。
きゅうりとトマトはずいぶんと背丈がのびた。
しかし、ししとうやピーマンはまだまだ幼い(?)ままである。

N2555上から0604

N2553横から0604

睡蓮鉢では孵化した子めだかたちの姿がみえる。
親めだかもいたって元気で、ボウフラをやるとさっと集まってくる。

N2554子メダカ

帰宅すると、いたるところにしかけているボウフラトラップを調べてまわる。
めだかに食べさせるためとはいえ、巡回に忙しい日々である(笑)。



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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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