ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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草津・十日町紀行 道の駅、未知の益
今回もいろんなところ、いろんな形態の道の駅をたずねた(通過した)。
ヒトの特性というか癖というか、集める、溜めるという行為がある。
ちいさいころなら、ビー玉やメンコ、ビンのフタなども集める対象になった。
女の子ならかわいいハンカチや小物類ということになるのだろうか。
集める、溜めるということはものだけに限らない。
からだのなかに脂肪を蓄えて、いざというとき(飢饉)に備えている。

道の駅めぐりも、興味のない人にはなにをやっているんだ、ってなものだ。
なんの益にもならないことなのにと言われたら、だからこそやるのだと言えばよい。
私利私欲でやっているのではない、無私のこころから起こっていることなのだ。
といって納得されるかどうか、これについては自信がない。

だが、いちどはじめるとなかなか止めることができなくなり、逆説的に病めるものになる。
健全なる病である、とわたしは考える(だが、いっしょにやろうとは思わない)。
満願成就すれば、どうにかなるというものでもない。
かえって、なにかのためにというのは禅の精神からすれば邪道である。
なにもならない、からこそやるのである(とここらあたりは哲学的だ)。

まあむずかしい話はさておき、この旅でおとずれた「道の駅」をご覧ください(笑)。

003あおき

005上田道と川の駅

007みまき

008雷電くるみの里

025八ッ場ふるさと館

061クロステン

065クロステン建物

066まつだいふるさと会館

075南魚沼

119能生

120親不知ビアパーク

121越後市振の関

022若狭おばま

ということで今回は走りに走りまくったわけです。
車のパネルゲージによれば、走行距離は1382km、平均燃費はリッター23kmでした。

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草津・十日町紀行 金沢で聴く
ネットで調べると、金沢市文化施設共通観覧券1DAYパスポート(500円)というのがあった。
利用できる施設は以下の16館。

 ◆金沢卯辰山工芸工房◆中村記念美術館◆徳田秋聲記念館 ◆泉鏡花記念館
 ◆安江金箔工芸館◆前田土佐守家資料館 ◆金沢能楽美術館◆金沢湯涌夢二館
 ◆室生犀星記念館 ◆寺島蔵人邸跡◆金沢蓄音器館◆老舗記念館◆金沢文芸館
 ◆金沢ふるさと偉人館 ◆金沢湯涌江戸村 ◆鈴木大拙館

このなかで、◆金沢湯涌江戸村◆泉鏡花記念館◆金沢蓄音器館◆金沢卯辰山工芸工房を巡る。

ふたつめに訪れた泉鏡花記念館の近くに、金沢蓄音器館があった。
あまり深く考えないでというかついでだったのだが、ここがことのほかよかった。
スケジュールのびっしりと決まっていない旅って、こういうことがある。

014金沢蓄音器館

ただたんにいろんな蓄音器が展示してあるのかと思ったら、実際に聴かせてくれるのだ。
これがよかったし、おまけに懇切丁寧な解説には学芸員さんの熱意を感じた。
デジタル音源では味わえないもの、そう思うしかないなにかがある。

007蓄音器

レコード時代にはその雑音が気になった人もおおかったことだろう。
それが時代が変わると、そのノイズが味わいに感じられるのである。
記憶の不思議というべきか、ノイズは一種音のミネラルともいうべきものになっていた。
以前にも書いたが、純水はうまいとは感じられない、あえていえば味がない。
湧き水に含まれるミネラルとは、ある意味不純物のことなのだが、これが味わいとなる。

ヒトの感覚というのは、ただ単に感じるというだけのものではない。
無意識に取捨選択、優先順位をつけているのである。
聴覚にしても、集中しているときにはまわりの音が聞こえないという経験があるだろう。
というか、聞こえていても意識にはのぼらないというべきだろう。
おまけに欠けているピース片があれば、これを自分勝手に埋めもする。

009蓄音器群

草津・十日町紀行 坂口安吾、知ってる?
相方は知らないという。
太宰治は、というと、知っているという。
じゃあ織田作之助は、なんとご存知でありました。
だったら、なんで安吾を知らないのか、意味不明である。
とここでいっても、詮無いのである。

じつは昨日、夕方4時前に訪れたのだがすでに閉まっていた。
開館時間は午後4時半までとなっているのに、なぜか。

068開館時間

翌日あらためて訪れると、受付の女性はこうおっしゃった。
「ごめんなさいね、昨日ははやく帰ったの」
「秋祭りの反省会などあって、忙しかったもんだから」
「いえいえ、いいんですよ、気になさらないでください」
と返答すると、恐縮されていました。
でもね、こういうことがあると、いろいろと話しができたりしていい旅の思い出になるんです。

113大棟山美術博物館

ここは大棟山美術博物館である。
村山家31代の前当主が700年に近い歴史をもつ村山家旧宅と庭を博物館にしたもの。
この前当主の叔父にあたるのが坂口安吾なわけです。
叔母である貞と姉のセキが二代続けて村山家に嫁いでいたという縁もありました。
という関係もあって「坂口安吾」の貴重な遺品などが展示されています。

110資料室

106安吾関連著作

昭和5年から13年にかけて頻繁に松之山を訪れていたということです。
初期の作品「黒谷村」はこの地がモデルなのかなあ、なんて思ったりしました。

112村山家全景

彼の作品では「堕落論」や「桜の森の満開の下」なんかが有名です。
ではありますが、わたしの好きなのは「日本文化私観」や「夜長姫と耳男」ですねえ。

草津・十日町紀行 ミティラー美術館への道
ご存知ない方も多いと思いますが、インドの先住民の描くミティラー画などを収蔵しています。
以前に蔵前仁一さんの本を読んだのが、行ってみたいと思ったきっかけでした。

032ミティラー美術館

山中の道をどんどんとカーナビに従ってすすむと、このあたりですという案内で終了。
しばし車を降りて探すがわからず、携帯で聞こうと思ったらなんと圏外でダメ。
なんとかナビ画面を参照しつつ、やっと見つけた「ミティラー美術館」
ドアを開けると、不在でこちらまで連絡くださいと電話番号の貼り紙が(圏外なんだけど…)。
たしか池の近くに家があったから、そこで電話をかりようかと道をもどりうかがうと。
なんと、そこがご自宅であったというような笑い話の展開になりました。

036ミティラー美術館全景

開設者であり館長さんの長谷川氏、よくしゃべります(お疲れさまでした)。
若いころは音楽をやっていたとかで、ちょっとヒッピー風なところも感じられます。
なにかひとこと聞くと、とうとうとそれから二十分ぐらいは語られます。

039作品群

042展示品

まあ、話をきくことが嫌ではないのでかまわないのですが…。
心理療法家のような気分で、トータル二時間ぐらいはお話をうかがったでしょうか(笑)。
ご本人も、「たまに人に会うと、しゃべりたくなるんですよ」と。
「ここは変わった人しか来ませんから」
「みなさんおとなしくて、よく話を聞いてくださいますよ」
「最後にはね、もう帰ってもいいですかっておっしゃるんですよ」と笑いながら、それでも語る。

056窓から望む

しかし、いいところですねえ。
冬は多いときで雪が6mほども積もるんだそうです。
森閑としているんでしょうね。
暮らすには大変なんでしょうけど、それを越えるなにものかがありそうです。

035大池

草津・十日町紀行 草津温泉って
♪ 草津よいと~こ いちどはおいで ♪ の民謡は聞いたことがあった。
関西に住んでいるものだから、ちいさいころからずっと滋賀県の草津だと思っていた。
おまけに国鉄(当時)草津駅の近くに、草津温泉って書かれた煙突があった。
当然、それは銭湯だろうとなるのだが、気づかず逆に納得したりしていた。
えっ群馬県にあるのが本家(?)なんだ、と知ったのはずいぶん後のことだった。

022草津の湯

というわけでもないが、いちどほんものに出会ってみるのもいいかと。
わが家を出発したのは、9月10日(火曜日)の午後10時すぎ。
前倒し計画実行ということで、夜中のうちにいけるところまでと多賀SAに到着。
ここにお風呂と仮眠ができるところがあるという。
6時間未満だと、ひとり800円というからリーズナブル(!)。

001レストイン多賀

まずまずゆっくりと休めたし、天気はいいし、すこし暑いくらいか。
快調に走って、上田菅平IC(ここは長野県)で高速道路をおりる。
相方が道の駅めぐりに凝っているので、立ち寄ったりしながら、のんびり旅だ。
途中、キャベツ栽培で有名な嬬恋高原を通過する。
それまで快晴だったのだが、やはり(う~ん)雨が降ってくる。

018草津温泉

硫黄のにおいがする草津温泉はしっとりといい感じでしたね。
有馬温泉とおなじような雰囲気のある温泉町でありました。
平日でしたが、あんがい若い方も多かったですね。
さすが有名な温泉地といったところでしょうか。

021草津温泉とバス

ノウカスイタイ
大学時代に同級生が同人誌のようなものを発行していて、その小冊子にこう名づけていた。
すでに日本の農村人口(就農者)が減少を続けていることはだれもが知っていた。
農業だけでなく一次産業に従事する人たちは減少するばかりだし、社会的位置は低くなる一方だ。
人気がないから若者はサラリーマンになるべく都会へと出るばかりで、農村は過疎地となっていく。
メディアで人生の楽園などと、ときにいわれたりすることが逆にそのことを裏付けてもいる。
サービス産業ばかりになってしまっては、国がたちゆかないことはだれもがよくご存じである。
しかし、だれが猫の首に鈴をつけるのかの話になってしまうから日本の農業に未来はない、のか。
もちろん、「脳下垂体」の同音異語だというシャレであることはお気づきでしょうが。
ふと、これってヒトの脳下垂体の機能低下による成長ホルモン不足によるものなのか、と思ったり。

057稲穂

「いじわるな遺伝子」 テリー・バーナム+ジェイ・フェラン 森内薫訳 日本放送出版協会 ★★★
生物学の研究はいろんなことを教えてくれるが、それがすべて真理だということではない。
(つまり、そういう傾向があるとか、統計的には有意だとかという意味である)
ではそんな実験などから人間を考察してみると、どういうことになるのか。
『一般に哺乳類は――野生の霊長類から家で飼われるペットまで――みなアルコールを嫌う。
もし選択肢が与えられれば、彼らは酒よりも水を選ぶ。
ここで、数人の科学者が酒の好きなラットを繁殖させようと企てた。やり方はこうだ。
各世代のラットのうち、アルコールをいちばん嫌悪しないものだけを選んで交配させる。
残るラットは子どもをもつことを許されず、子孫を残さないまま死に絶える。
そうして交配を繰り返すうち、まもなく酒を愛するラットの集団が生まれた。
興味深いのは、これらの酒好きのラットの脳内では、
幸福の神経伝達物質であるセロトニンの生成が異常に少なかったことだ。
だから、彼らがアルコールを好むのはひょっとして、
脳内のセロトニンのレベルをふつうと同程度まで引き上げる試みなのかもしれない。』
これをヒトにあてはめると(類推するとでもいいが)、
酒呑みというのは、幸薄い、ちょっとかわいそうな連中のことだ、とでもなるのだろうか。
そういう論理で口説こうとする男(女)がかならずいそうな気がする。
しかし、たいていは理屈がかちすぎてあえなく失敗するということになりそうだ。

「許されざる者」上下 辻原登 毎日新聞社 ★★★
ときは日露戦争が間近にせまってくるころ、ところは紀伊半島の森宮(しんぐう)で物語は展開する。
医師槇隆光がインド・ボンベイ大学での脚気の研究実績を引っさげて帰国したところはじまる。
ドクトル槇(毒取ると呼ばれる)は「差別なき医療奉仕団」を結成して人々からの信頼も得ている。
読みすすめるうちに同時代の日本を描いた司馬遼太郎の「坂の上の雲」を思いだすのは自然の流れだ。
その対抗心からか、いろんな有名な人物が登場して、すこし奇をてらっている感じがして残念だ。
たとえば、姪の西千春の結婚相手である上林青年は阪急鉄道や宝塚歌劇団の創始者小林一三だろうし。
シルクロードの探検隊を組織し帰国の船で槇と出会う谷晃之は真宗大谷派の宗主大谷光瑞のことだろう。
他にも脚気病原菌説で槇と対立する軍医総監森鴎外がでてきたりするのはご愛嬌でもあろうか。
田村花袋、頭山満、ジャック・ロンドンという方々が本人の名前で登場したりもするのである。
ロシア小説にあるようなロマンスあふれるものをめざしているのだろうかとも思ったりした。
しかし、いまひとつ焦点が定まっていない感があり、背骨のようなものがわかりにくくなっている。
過ぎた時代を描くなかでは、いまの時代からみた種々の批判をすることはたやすいと思われるだろう。
だから、どれだけその時代の雰囲気が伝えられるか、という点でいまひとつの物足りなさは残る。

「読者は踊る」 斎藤美奈子 マガジンハウス ★★★★
以前、著者の「趣味は読書」を読んでいまひとつ共感できないところが多かった。
ではあるが、なんとなく気にはなっていたのでもっと初期の本書をまた読んでみると、これがいい。
というようなことがあるので、一冊だけで人を判断するのは問題だなとあらためて思った。
まあ、人間完璧な人のほうが少ない(いるかどうか)わけなのだからゆったりといきましょうか。
『そもそも芥川賞・直木賞とは何なのか。
選考委員が全員作家である(批評家がいない)点に注目したい。
つまり両賞は、新しい作品を見きわめて励ますためのものではない。
新人作家の中から自分たちの仲間に入れてやってもよさそうな人材を一方的にピックアップする、
一種の就職試験なのですよ。
選考委員はいわば文壇の「人事部」で、だからこそ受賞予備軍の人たちが結果に一喜一憂したり、
受賞者が記者会見で大袈裟な挨拶をしたりするんだよね。
とすれば、私ごときが○×つけたりすること自体、越権行為も甚だしい。
会社の人事のことは社内の人に任せるしかない。』
マスコミや新聞社(出版社も兼ねている)の販促キャンペーンということなんでしょうね。
もうひとつご紹介しましょう。
『料理店ガイドに対する読者の文句は
「推薦されているので行ってみたけど、全然よくないじゃないか」というものであろう。
が、読書ガイドに置きかえてみれば、そんなことは珍しくもない。
「推薦されているので読んでみたけど、全然おもしろくないじゃないか」てなことは日常茶飯事である。
そういう場合、私たちは、この書評家はたいしたことねえな、と考えるはず。
その書評がそこそこおもしろければ許すはず。』
これはよくというか、しばしば経験することであります(笑)。

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鏡面対話する女
駅のプラットホームで、いつものように始発電車をまっていた。
鉄骨の柱に据えられた収納盤のステンレスの側面がにぶく光っている。
これを鏡のようにして、ちらちらと視線をなげかけている若い女性がいた。
身だしなみをととのえているふうでもなく、ときおり微笑んでいる。

手にもつスマートフォンを操作しながら、視線はときおりステンレス板へ。
じっと見つめることをしないのは、相手(自分)に脅威をあたえないためだろう。
身のまわりに鏡のように映すものがあれば、躊躇することはない。
なぜか引き寄せられるようにのぞきこんでしまう。

028ハス

そこに映っているのは、わたしなのだろうか。
こんなのわたしらしくないわ、と思ってもういちどながめてみる。
なんだか知らないけど気にいらない。
きっと平らじゃないからなんだわ。
それに曇っているからよくわからないし…。
と思いつつもういちど、じっと見つめてしまうのだろうか。

まもなく電車がゆっくりとはいってきた。
ドアが開いて乗りこむ前に、もういちどちらっと一瞥をくれた。

ナスカ
と聞けば、あれだなとは思うが、なかなかすっとはでてこない。
なすか、なさぬか、なさぬ仲なんちゃって。
ぐるぐると考えあぐんでいるうちに、ナス科がうかんできた。
夏はナスかなあ。
ビールあるいは焼酎ロックに焼きナス、日本の夏だ。
(どうやら台風がすぎて、なんとなく終わったようだ)

ナス科、そのなかでもいちばん多いのがナス属である。
(他にトウガラシ属、タバコ属、チョウセナサガオ属など約90も属がある)
ナスはもちろんだが、トマトやジャガイモもナス属である。

いつだったか、トマトは野菜か果物かと。
どちらだっていいようなものだが、八百屋で売ってるから野菜でしょうと。
スーパーマーケットなどでは区別がだんだん曖昧になっているのだが。

食用の草本性植物が野菜で、食用の木本性植物の果実が果物というのもある。
ということは、スイカもメロンもイチゴも野菜だということになる。
(生産、出荷の統計上では、果実的野菜として扱われるんだって)
ゆず、すだち、うめの実は木になるから果物だけど八百屋で売ってる。
調理して食べるのは野菜で、デザートになるのは果物という区別もある。

結論として、どっちでもいいんじゃないということで。

でもたしか、ナス科のトマトやジャガイモは南米アンデスが原産だったはず。
ということは、ナス科とナスカはやっぱり関連があるのかしらん。

N2836パプリカ

夏の終わり
庭のきゅうりが元気がなくなってきた。
今夏はたくさん収穫できたし、おいしくいただけた。
抜いてしまうのはちょっぴり悲しいが、しかたがない。

ところがどこに隠れていたのか巨大きゅうりがあらわれた。
こんなところでおおきくなっていたのだ。

N2840巨大きゅうり

サイズを測ると、28cmあった。
ついでに重さも計量すると、こちらは450gだ。

N2841長さを測る

ずっしりとした感触に夏の終わりを感じた。

観光ってなに
もともとはツーリズム(tourism)の訳語として大正年間にもちいられるようになったとか。
語源は「易経」の一節によるが、辞書に書かれている説明で納得できるものはすくない。
このことばを見たり、聞いたりするといつも思いだすことがある。

それこそ旅にあけくれていた若いころ、真鍋島にある三虎というユースホステルに泊まったときのこと。
ペアレントのおじさんが、ミーティングと称する夜の集まりで話してくれたのをいまも憶えている。
どういう経緯でそんな話がでてきたのかは忘れた。
おおくの若者たちにむかって、自問するように話されたのだった。

観光とはなにか。
観とは観るということだが、眼で見るのではなく、こころで観ることをいうのだ。
では、光とはなにか。
光とは形のないものをいうのだ。
つまり、観光とは形のないものをこころで観ることをいうのだ。
だから、観光旅行とは本来どういう意味をさしているのかがわかるだろう。

と、どこから仕入れてきたのか知らないが卓見を披露してくれた。
あるいは、自分自身でそういう解釈に至ったのか、いまでは確かめるすべもない。

いまも観光地とよばれるいろんな場所におもむくことがある。
名所・旧跡・神社・仏閣・城塞ときにテーマパーク(?)などとめぐる。

そして思う。
はたしてわたしは観光旅行ができているのだろうか、と。
風の音をきき、陽の沈んでゆくのをながめながら…。

というふうには決してならないのだが(笑)。
おじさんの話す顔がうかんでくるのは、ほんとうのところだ。

N2648沖行くタンカー



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ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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