ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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夢幻読書
本を読みながらときに本をはなれて夢想していることがあるようだ。
あるようだというのは、自分では気づいていないというか、ゆめゆめ意識にものぼっていないからだ。
じゃあなぜそれが分かるのだといわれれば、それはこういうことがあったからなのである。
あるとき読書をしながら、うとうととしつつそれでも気力をふるいたたせて読もうとしていた。
はっとしたときに、気づくと図書館らしきところの書棚が立ち並ぶなかではるか頭上を見上げていた。
明かりとりの窓があるようだが、まぶしくて輪郭もはっきりとはつかめなかった。
そこに自分が探している本があるとかたく信じていたので、どうすればとれるかと思案していた。
はっと閃いて、なんだこうすれば簡単にとれるじゃないかと安堵の気分になった。
その途端、眼前に活字がおおきく飛びこんできたので、思わず背筋をのばして起立してしまった。

N3366ビリケン

「殺人者の顔」 ヘニング・マンケル 柳沢由実子訳 創元推理文庫 ★★★★
スウェーデンの警察小説、刑事クルト・ヴァランダーを主人公とするシリーズの第一作である。
舞台はストックフォルムではなく、人口が一万人にも満たない田舎町イースタで殺人事件が起こる。
老人が夜中に目を覚まし、なにかちがうと耳を澄ます。
なぜだろうかと思ってまた耳を澄ますが、隣家の牝馬がいつものようにいななかないと気がつく。
叫び声が聞こえるようだし、どうも隣家の窓も壊されているようだ。
おそるおそる覗きに行くと、老夫婦が惨殺されていた。まだ夜明け前のことだった。
『「変ですよね。まずじいさんを惨殺する。それからばあさんの首を縄で絞める。
それから馬小屋に行って馬に干し草をやる?だれがそんなおかしなことをするでしょう?」
「たしかに、変な話だ」
「なにか意味がありそうな気がしたので。なんでもないことかもしれませんが」』
殺されたヨハネス・ルーヴグレンは平凡な老人かと思われたのだが、陰の顔をもっていた。
ここから事件はいろんな方向へとつながってゆくのだが…。
それとは別にこのさえない刑事ヴァランダーがなぜか気になるのである。
『見知らぬ住居に入るとき、クルト・ヴァランダーは新しい一冊の本を開くような気分になる。
部屋、家具、絵、匂いが本のタイトルだ。いま彼は本を読もうとしていた。
だが、エレン・マグヌソンの住居には匂いがなかった。
まるで、人の住んでいない住居に入ったようだった。
慰めも楽しみもない空気を吸い込んだ。灰色にあきらめ。
色のさめた壁紙に抽象画が何枚か掛かっている。
狭い部屋いっぱいに一昔前の重々しい家具が陣取っている。
マホガニーの小テーブルの上にはレース編みのテーブルクロスが畳んでおいてある。
小さな吊し棚にはバラの茂みの前に立った子どもの写真があった。
エレン・マグヌソンが飾っている息子の写真は、子どものときのものであることにヴァランダーは
目をとめた。大人になった息子の写真はどこにもなかった。』
こんなところも本作の魅力なのでしょうね。

「男はなぜ新しい女が好きか?」 サイモン・アンドレアエ 沢木あさみ訳 原書房 ★★★★
副題に男と女の欲望の解剖学とあるように原題は「ANATOMY of DESIRE]だ。
読めばわかるのだが、なぜこんな邦題をつけるのだろうか。
売らんがためとしても、なんだかうらさびしい気分になってしまう。
筆者はロンドン在住のジャーナリスト、TVプロデューサーだそうだがなかなかのものです。
キリスト教についても論客ぶりを発揮しています。
『イエスの死後数世紀の間、幾人もの預言者が、ヨルダンの砂漠や近東の辺境地に現れた。
イエスの教えの中に、かなり異なった可能性を見出した人々だった。
イエスほど純粋な魂の持ち主でもなければ高度な動機があったわけでもないこの人々は、
イエスの教えを乗っ取り、それを十把一絡げの指南書にまとめると、
ローマ帝国のたそがれのなかで不安に苛まれていた人々を操る道具としたのである。
彼らは寛大な心ではなく、裁きの心を説いた。慈悲の心ではなく、地獄の業火について論じた。
神の国ではなく、黙示録と現世の幸福の否定について語った。
それはすなわち、聖パウロ、聖ヒエロニスム、聖アウグスティヌスの三人のことである。
この初期キリスト教の忌まわしき三位一体が、イエスの偽の教えを振りまくことになった。』
どんな宗教(仏教もイスラム教)も変節してゆくのはしかたのないことなのだろう。
『四世紀以降教会は結婚の問題に関心を払ってきたが、その際の聖なる儀式は行ってこなかった。
ヒエロニスムの意見を尊重していたためである。
だがやがて、結婚を禁止するより管理したほうが教会自体の利益につながることを悟る。
それからは、結婚式の際、子どもの洗礼の際、そして結婚にまつわるあらゆる問題審理の際、
教会は料金を取るようになる。』
その流れでいまの日本においても、キリスト教会で結婚式をあげるというのがあるのかな。
まあ、仏教もおなじような轍を踏んでいるとといえば、そういえるわけです。
本書の主テーマからそれますが、このキリスト教史(?)はなかなか興味深かったです。

「ピカレスク 太宰治伝」 猪瀬直樹 小学館 ★★★
いまでもけっこう若い人には読まれている太宰治をピカレスク(悪漢)として描いた評伝である。
芥川賞が石川達三に決まって、太宰治は落選して散々愚痴をこぼしたとき、山岸外史はこういったという。
『太宰はそれでも承知しない。
「石川達三のどこが偉いんだ。俺のほうがずっと……」
 山岸はつい口走ってしまう。
「君のは文壇への執念であって、文学への執念じゃない。君は落選したほうがよかったんだ」
 太宰は不機嫌に黙った。』
まあ、これでだいたいの太宰の性格描写はおしまいにできるのではないか。
しかし、太宰の書名を眺めてみると、「人間失格」を筆頭に時代感覚はするどいところがあった。
文章もうまいし、それと性格は関係ないと思うのだが、世間はそうは考えない。
小説そのものだけでなく、どうしても書いた人間の人格までもが気になってしまうようだ。
だから逆にしばしば名のみで売れるということがあるのは、その社会の未熟ゆえだろうか。

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大寒の体感
一昨日は、めざめてから寒いなあと思いつつ窓の外を見たら一面雪化粧だった。
夜中のうちに降ったようで、雨とはちがい気づくことはなかった。

N3966庭の雪

そして昨日は大寒でありました。
出勤時、わが家の外ではマイナス3℃になっていました。
暦のうえでのこととはいえ、寒さがきびしいです。
体感的にもひえびえとした気分になります。

ですが、もう二週間もすれば立春ですから。
といってもまあ、♪春は名のみの風の寒さや、でしょうが。
この歌詞は安曇野の穂高町あたりの雪解け風景のことのようですが。

N3969六甲山脈

しかしながら、こうした四季のうつろいを感じることができる地に住む。
なんとも幸運なことなんだ、とあらためて思う次第であります。
(どこであろうと、いろんな理屈をつけることができますが…)

ものごとを肯定的(ポジティヴ)に受けとめることが肝要なようです。
こうした態度・意識が免疫力向上に役立つんだそうですよ。

飲みも呑んだり
友人宅で新年会をしようということになった(経緯は省略する)。
九州から参加のOくんを伊丹空港まで迎えにいきそのまま友人宅へ直行。
新年会は明日なので、とりあえずは前夜祭(?)ということでいいだろうか。

8103宴会料理

(以下、すべて伝聞による)
この夜は、結局午前三時ころまで飲んでいたそうだ。
というのは、途中でわたしは椅子からくずれ落ちるように床に倒れこんだからだ。
一瞬、その場の空気が緊張した。

「動かしてはいけない!!」

だが、どうやら眠っているらしいことがわかって安堵。
その間、男性二人はややパニックにちかいものがあったらしい。
しかし、他のふたりの女性はいっこうに動揺もみせず、
酔っぱらってるのよ、と意にも介さなかったのだとか。
(女性おそるべし、というべきか)

8100宴会酒類

ご心配をおかけいたしました。
以後、充分に気をつけます(多分)。
(とくに「ラム酒のMILK割り」は要注意です)

つぎの日は、やや二日酔いでしたが夕方にはなんとか回復。
Oくんが腕をふるってくれた料理などで楽しく歓談。
飲むほうもセーブして、ビールと焼酎の湯割り二杯にとどめました(笑)。
夜中を過ぎるも、なごやかなうちに新年会は無事終了。

今年もみなさまお元気ですごされますよう、祈念いたしております。

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Prideなきプライド
英語とそれをあらわすカタカナ語では、ときとして意味がちがっていることがある。
それはそれでしかたがないのだが、そう思っていないと誤解や齟齬をきたす。

日本語(片仮名語?)のプライドがそうだ。
広辞苑で「プライド」という言葉を調べてみると、「誇り・自尊心」とある。
「自尊心」とは何だろうかと孫引きしてみると、
「自分の尊厳を意識・主張して、他人の干渉を受けないで品位を保とうとする心理・態度」とある。
一方、英語の辞書で「pride」を調べてみると、コンサイスオックスフォード英英辞典によれば、
「名誉に値する何かを達成したり、仕事や物の質、あるいはそうしたものを所有していることから
得られる深い歓喜や満足の感情」とある。

ときどき耳にするのだが、「プライドが邪魔をする」ってどういうことを意味しているのか。
Prideの意味からすれば、「プライドが邪魔をして」悪いと知りつつするなんてことはできない。
誇りや矜持があるから悪事に手を染めたり低きに流れることはない、と予想される。

しかし話しているのを聞くと、そういう仕事は「プライドが邪魔をして」できないなどという。
いったいどんな仕事なんだと思っていると、ただ好きではないということのようだ。
「プライドが邪魔をして」というのは、意味はなくて枕詞のようにつかわれている。
強調するというか、もったいつけているというか、そのほうがかっこうがいいと思っているようなのだ。
どちらかというと、なんだか言い訳めいたものというように感じる。

見栄、虚栄心、世間体という体面を気にしているというほうがあたっているのではないか。
高きをめざし自己を律する、というような「Pride」はまったく感じられない。
一月十五日といえば成人式、もっと「Pride」をもってほしいものだとは老婆心ながら思う。

N3676空を飛べ

相対性と相性
相対性原理という有名な物理学の仮説が発表されたのは二十世紀初頭の頃だ。
そのアインシュタインが来日することになり、これを契機に数多くの解説書などが出版された。
彼の人気の高さからかよく売れたそうなのだが、ある不可解な現象に気がついた。
店頭でちらっと見て、さっと買ってゆく若いご婦人がことのほかおおいのである。
はてさて、先端の物理学理論に興味をおもちだとは考えがたい層なのだがと疑問に思われた。
よくよく調べてみると、どうも「相対性」のことばを「相性」とはやとちりしているようなのだ。
男女の相性についての本と勘ちがいして買っていかれたということが判明した。
というようなことをどこかで読んだ記憶が残っている。
たしかによく似た漢字面なのだが、人の相性の問題もなかなか奥深いと思われる。

N3665光の屈折

「いま大人に読ませたい本」 谷沢永一・渡部昇一 致知出版社 ★★★
谷沢さんの次のような考え方は、納得できるものである。
『本を読むという行為は、所詮独りだけの営みです。
だからこう読まなければならない、こう受け止めなければならないという制約は何もない。
本を読むことの本質は、我流であることです。』(谷沢)
まあ、我流以外でどんな読み方があるのか知らないけれど。
谷沢さんが、竹内靖雄さんの「日本人の行動文法」を推薦するなかでこんなことをいう。
『いちばん印象に残っているのは、「学歴というものは入れ墨のごときものだ」という言葉ですね。
日本では、学歴は絶対に消えないというのです。これは名言だと思いますね。』(谷沢)
しかし、本の読み方にちがいがあるようで、このへんでひと休みというところでしょうか。

「脳には妙なクセがある」 池谷裕二 扶桑社 ★★★★
池谷さんの本は読みやすながら、なるほどと思わせる点が多々あり附箋が手ばなせない。
『ところで、ヒトには五感があります。みる(視覚)、きく(聴覚)、かぐ(嗅覚)、味わう(味覚)、
肌で感じる(皮膚感覚)からなっています。この中で「嗅覚」だけは特殊です。
解剖学的に説明すれば、嗅覚以外の四つの感覚は、脳の大脳皮質に届くまでに「視床」という中継点
を通る必要がありますが、嗅覚の情報は視床を経由せずに大脳皮質や「扁桃体」に送られます。
思い切った言い方をすれば、「香りの刺激は直接大脳に届く」ということになります。
睡眠中でさえも嗅覚情報は脳に届きます。とりわけ、嗅覚系に近い脳部位の一つに「扁桃体」があります。
ここは感情に関係した重要な脳部位です。
これこそがアロマセラピーの心理効果をここまで高めている理由なのでしょう。』
この嗅覚はヒトでは退化しているなどといわれますが、どうもまゆつばです。
嗅覚についての本がもっと読みたい気がします。
『脳は、身体と情報のループを形成しています。身体から感覚を仕入れて、身体へ運動として返す。
身体の運動は、ふたたび、身体感覚として脳に返ってきます。
たとえば、花のよい香りが漂ってくる場合、蝶々ならば、鼻から匂いを感知して、脳に届けます。
これが身体感覚からの入力です。脳はこれを「食物の場所だ」と読み解き、
花ある方向へ飛ぶように身体を仕向けます。これが身体運動の出力です。
そして、正しく花の方向に飛ぶことができれば、匂いはよリ強くなります。
この濃度勾配の情報を仕入れ続けることで、自分が正しい方向に飛んでいることがわかります。
この情報は身体感覚への出力です。つまり、身体と脳の間で、情報の流れがループになっているわけです。
ところが、ヒトのように大きな脳では、脳の自律性が高く、身体を省略して内輪ループを形成する
ことができます。横着して脳内だけで情報ループを済ませるのです。
この演算行為こそが、いわゆる「考える」ということではないでしょうか。
ヒトの心の実体は、脳回路を身体性から解放した産物です。』
なるほど、わかりやすいですね。あと示唆にとむ文章目白押しですのでご自分でお読みください。

「監獄裏の詩人たち」伊藤信吉 新潮社 ★★★
萩原朔太郎は上州・前橋で生まれた。
この地の風物にむすびつけて「郷土望郷詩」と題する一連の詩をつくった。
利根の松林、大渡橋、前橋公園、広瀬川、などなじみ深い場所や建造物のこと。
だが、ひとつだけ馴染みの意味のニュアンスのちがう景物を詠んでいた。
「監獄裏の林」がそうである。
というエピローグからこの書物ははじまっていくのである。
試作と監獄のとりあわせはめずらしい。
その地を訪れたりしながら、筆者の思索は続いていくのである。
朔太郎は監獄に、そこに収監された受刑者たちにどういう思いをよせていたのだろうか。

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春よコイ
読売新聞のONLINEにこんなニュースが載った。
小生にはメダカという文字にすぐ(過敏に)反応してしまう傾向があるのだが…。
「オスのそばにいると恋に落ちる?メダカのメス」という記事


 メダカのメスは、ずっとそばにいたオスの求愛を受け入れる傾向があるとする研究結果を、
 東京大などの研究チームが3日付の米科学誌サイエンスに発表する。
 チームは、メスの脳内で、オスを受け入れる「恋のスイッチ」の役割を果たす神経細胞も見つけ、
 「同じ働きの神経細胞を人間の脳で探せば、将来、人が恋に落ちる仕組みがわかるかもしれない」
 と話している。
 チームは、メダカのオスとメスを、お互いが見えるように透明のガラスで仕切った水槽で飼った場合と、
 姿が見えない別々の水槽で飼った場合を比べた。
 オスとメスを一緒にすると、オスの求愛行動をメスが受け入れ交尾するまでの時間は、
 「顔見知り」のペアで約10秒だったのに対し、「見知らぬ者同士」だと約60秒かかった。


読んですぐに、社内結婚あるいは社内恋愛との連想がうかんできた。
やはり日常的に身近にいる異性には、「恋のスイッチ」がはいりやすいのだろう。
芸能界でもよく聞く話ではないか。
連続ドラマなどで、いっしょに過ごす時間が長くなればなるほど恋愛関係に陥ってしまう。
(たしか、今朝ラジオでそんなニュースを聞いたようだ)

生物学的にみても、そのほうが効率はいいだろうと考えられる。
常識的に考えても簡単にそう類推できる。
だが科学であるからには、データが必要ということでそんな実験を行ったのだろう。
この神経細胞云々は、すでに発見されているミラーニューロンとの関係が興味深いところだ。

これをメダカのことだと侮ることなかれ。
すぐにヒトに敷衍して行動してみる価値はある(独身者諸君に告ぐ!)。
つまり、できるだけ接触(さわるということではない)する機会を多くすれば効果がある、かも。

N3947コイ

クロニクル
人の一生は、まあその人の歴史であり生の軌跡としてまとめることもできる。
有名人であれば、伝記という作品としておおくのひとびとに親しまれることもある。
歴史がある国(老舗も同じか)だ、などということもあるが、歴史のない国はないともいえる。
あえていうならば、長い歴史をもっている場合は歴史があるといってよいのだとの主張だ。
しかし考えてみればわかるのだが、長い短いはどうやって決めるのか。
いったん決めると、その境界あたりはなんとも微妙な雰囲気につつまれることになる。
たとえば、歴史で1000年以上は長いとすると、990年は短いということになる。
ふたつ並べてみると、どっちもどっちという気がだれしもしてくるのではないか。
しかし定義というものはどこかで線引きしないとできないから、こういったことは不問にふす。

N3621年賀配達

「生物多様性のウソ」 武田邦彦 小学館 ★★★
生物多様性を守るために外来種を駆除するという考え方がある。
では外来種ってなんだ、ということになるのだがこれはいささか恣意的である。
『オーストラリア人(イギリス人)は極端な侵略的外来種ですが、駆除されません。
なぜなら「自然」の中に「人間」は入っていないからです。
イギリス人、ウシ、ヒツジ、ウサギ、アカギツネ……これらはいずれもオーストラリア大陸では
外来種なのですが、なぜ、アカギツネだけが侵略的と呼ばれるかというと、
「自然環境を破壊するから」ではなく、「人間の役に立たないから」だということがわかります。
でも、政府や専門家、環境運動家が「自然環境を守るため」と言うからややこしくなるのです。
正直に「アカギツネを侵略的外来種にしているのは、人間の役に立たないから」と言えば、
ハッキリして、議論もスムースになると思います。』
『アメリカやヨーロッパは「自然は神が人間に役立つように創造されたもの」であり、
人間に役立たない自然はないも同然です。
でも、日本では人間の前に自然があり、人間は自然の一部にしか過ぎないと考えられています。』
ということをよく知っていないと、議論はかみあわないものになるでしょう。
前提が違っているということをついつい忘れてしまう、お人よしの日本人というところでしょうか。

「その一言が余計です。」 山田敏弘 ちくま新書 ★★★
言わなくてもいい余計な一言、どうしてそういう言い方をしてしまうのか、反省の日々です。
『「だって」をよく使っている人は、それだけで嫌がられます。
「だって」は、「なぜならば」と同様、理由を述べる接続詞ですが、
論理的な「なぜならば」と異なり、自分を正当化するために主観的な理由を述べる表現だからです。
「だって、しょうがないじゃない」がその最たるものです。』
わかっちゃいるけど、という言い訳が聞こえてきそうです。
それと、人から相談を受けたときのアドバイスについては確かにそう思います。
『聞いて、聴いて、相談者自身が答えを見つけたら、それを繰り返してあげる。
それだけでいいのです。決して、訊いてはいけません。』
これなんか、わかっているんだけど、なかなかできないものです。つい言っちゃう。
なんだかいままでの自分の不行跡を列挙されているみたいで、ちょっとへこみました(笑)。

「記憶をコントロールする」 井ノ口馨 岩波書店 ★★★★
ひところ脳細胞は生まれたときがピークであとは減少するいっぽうであるなどといわれていた。
しかし、最近の研究によれば神経は新たに生まれてくるのだという。
それにはどういった効果なり、意味をみいだせるのだろうか。
『病気ではなく、自然な加齢によって記憶力が低下するのは、観察された事実です。
ほとんどの人が例外なく、年を取るにつれて記憶力が低下していきます。神経新生のメカニズムを
使えば、加齢に伴う記憶力の低下を阻止できるのではないかと私たちは考えています。』
ということは、アルツハイマー症の治療に応用できる可能性があるかもしれない。
『記憶は最初、海馬に蓄えられますが、海馬は大脳皮質に比べて非常に小さい部位で、
記憶する容量も限られていると思われます。私たちは毎日、数多くの出来事を経験して記憶している
にのもかかわらず、なぜ海馬の記憶が飽和しないかと言えば、神経新生によって海馬の記憶を消去し、
大脳皮質に古い記憶を送り込んでいるからです。
空きスペースを作っては、新しい記憶を書き込んでいるのです。
ところが、若い頃に盛んだった神経新生は加齢とともに衰えていきます。
ということは、古い記憶がいつまでも海馬に残り、海馬の容量が飽和しているため、
新しい記憶を書き込むことができない状態になっているのではないか。
それが加齢に伴う記憶力の低下だというのが、私たちのアイデアです。そうだとすると、
神経新生を促進してやれば、記憶力の低下を抑える可能性があるということになります。』
神経新生ってどういう機序なりで活発になるのかということについては、
『神経新生はどうすれば促進できるかというと、ひとつは運動です。運動の効果は、
マウスやラットなどを対象にした実験で確かめられています。
人間の場合も、認知症の患者が進行を防ぐために字を書いたり、
折り紙を折ったりと手の指を動かすリハビリをしていますが、
おそらく神経新生を促進する作用があると思います。
もうひとつは先に述べたDHAとEPAです。サンマなどの魚に多く含まれています。
それから豊富環境も効果的だと思います。実験用ののマウスは一匹ごとにケージに入れて飼われています
が、ほとんど刺激がなく、エサを食べては眠っています。ところが、一〇匹ぐらいのマウスを大きな
ケージに入れて、ブランコやトンネル、綱渡りなどの遊び道具がある豊富環境を用意してやると、
神経新生が通常の場合の二倍から三倍も促進されることが分かっています。
人間でも、昔から何にでも好奇心を持って出歩く人は認知症になりにくいと言われています。
認知症になりやすいのは、知的な活動をしていた人が現役を引退して家にこもった時です。
「定年退官した大学教授が一番危ない」と脅かされていますが、
家にこもるというのはマウスが一匹でケージにいるのに似ています。』
ということで、大いに旅行をしましょうという旅行社の宣伝にも応用は可能ですね(笑)。

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哀悼大瀧詠一
昨年の十二月三十日に、大瀧詠一さんが亡くなりました。
(年令をみると、うーん同級生なんですね)
えっ、と思うと同時にそうだよな、とも思いました。
ヒトはいつまでも生きながらえることはできませんから。

じつは「はっぴいえんど」のころの彼はまったく知りません。
というか、音楽全般にとくに興味もなかったし、ということだったんだと思う。

でもどうして名前は知っていたんでしょうかね。
独身時代(三十代前後のころでしょうか)、アパートで彼の番組をよくきいていました。
日曜日か土曜日の昼過ぎだったかな。
FMできく彼の話がなかなかおもしろかったような記憶があります。

ちかくのお店で、焼き鳥やたこ焼きを買ってきて、ビールをのみながらでした。
本も読みながらだったから、いつしか眠っていました。
いま考えると、のどかな青春時代後期(?)だったんでしょう。

彼のCMソングはかっこうよかったですから。
たとえば、日清食品の「出前一丁」のとか、なんとなく買っちゃいました。
たくさん書いていましたよね。

歌ではやっぱり「さらばシベリア鉄道」がいちばん好きですね。
うまく歌えませんけど(笑)。

こころよりご冥福をお祈りいたします。

N3755さよなら

旅は寄り道
お世話になった友人宅の近辺を歩く。
せせらぎが流れ鳥たちが遊ぶ、というのは人からの見方でしかない。
彼らは水や食べものを求めてまさに生の活動をしているのだ。
だから、できるだけ邪魔しないようにカメラも望遠必須である。

とはわかっていても、なんだかかわいさを感じてしまう(許せ!)。

N3922キセキレイ

N3930セグロセキレイ

おっ、やった。
こんなときには思わずこっちもガッツポーズだ。

N3924エサ獲ったぞ

きままな帰途に立ち寄ったこんなところで思わぬ経験ができた。
ここは幹線道路からすこし外れた静岡県藤枝市にある「岡部 玉露の里」。

静かな離れで、玉露とお菓子をいただく。
こんなにのんびりしていいのかと思っていたら、そうは問屋が卸さない。
さすが観光社もよくわかっているようだ。
外国からの団体さんがやってきて、昼食の準備にてんてこ舞いのご様子。
でも、繁盛でよござんしたね。

N3958瓢月亭

N3957玉露

赤富士も見ることができてほんとうによかった。
ときはお正月でありますので、縁起もよろしいかと思われます。

N3739夕陽の富士

N3741赤富士

また元気に今年も旅ができますように。

N3941旅仲間

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ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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