ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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服と本
いまは本を買うこともあまりなくなって、もっぱら図書館を利用させていただいている。
まあ、この状態にはだいぶ慣れてきたので、別にどうということはないのだが。
書店に立ち寄ることもめっきり少なくなり、逆にときおり訪れるとなにかじんわりと感動をおぼえる。
これ以上というほど本があるわけではないが、増やすことについてはある理由からできない。
うちのかみさんはしばしば「あぁ~、着る服がないわ」と口癖のようにのたまうのである。
「買うたらええやん、その分処分すればクロゼットがいっぱいになることもないしね」と、つい。
「それなら、自分だって本を買うなら、いまある本を処分しなさいよ」と反論をくらってしまう。
これはこれで理屈としてはまちがっていないので、言いかえすことができないでいる。
しかし内心では、洋服と書籍を同列で論じることの是非はいかがなものか、とつい思ってしまうのだ。

N3980雪明り

「ウーマンウォッチング」デズモンド・モリス 常盤新平訳 小学館 ★★★★
デズモンド・モリスが女性を動物学、生理学、ときに文化人類学的に考察してその謎に迫っている。
章立てをみれば、彼の本気度がよくご理解いただけるのではないか。
一章の進化からはじまって、頭髪、額、耳、目、鼻、頬、唇、口、首、肩、腕、手、乳房、ウエスト、
腰、腹部、背中、恥毛、性器、尻、脚、そして最後は足で終わる。
好きな部位からでも、興味のある部分からでも読んでいけるところがいい。
たとえば、耳垢についてはこう書かれている。
『進化がこの問題に与えた回答は、耳毛で大型の昆虫を中に入れないことと、耳垢でより小さな生物を
撃退することである。オレンジ色の耳垢には苦みがあって、昆虫を寄せつけない。
耳垢は四〇〇〇個にのぼる微細な耳道腺から分泌される。
この腺は腋の下や陰部で強い匂いのある汗を分泌するアポクリン腺の変種である。』
なるほど、耳掃除もほどほどにしないといけませんね。唇の項目ではこういうのがあります。
『オーラル・セックスは、今知られているように、「頽廃的な」西欧社会で近年に発明されたものでは
なく、何千年にもわたって多くの文化で性行為の主要な役割を担ってきた。
つまり、それは母親の乳房に対する乳児の口の快感に深く関わっている。
若い女性が恋人のペニスにキスをするとき、その口の動きは、
母親に口移しされた乳児のときに享受した口の動きをまざまざと思い起こさせる。
乳児のときに口の接触によって受けた印象は、大人になっても何らかの形で残りつづけるのである。』
なるほどフロイト的だね(笑)。興味をおぼえるようであれば、是非ご自身で一読ください。

「噂の女」 奥田英朗 新潮社 ★★★
北島雄一は工業機器を扱う地方都市の小さな商事会社に勤めていた。
会社の人間が中古車を買ったら、その日のうちに電気系統がだめになったので、同僚たちとクレームを。
そこで訪れたディーラーで事務員をしていた中学のクラスメート糸井美幸に出会った。
ここまでが中古車販売店の女であり、この糸井美幸が主人公となりつぎつぎと変転してゆくのである。
麻雀荘の女から料理教室の女、マンションの女、パチンコの女、柳ケ瀬の女、和服の女へとすすむ。
さらに檀家の女、内偵の女、スカイツリーの女へと彼女を知る人物の視点で物語は続いてゆくのである。
こういった物語構成は奥田氏の得意とするところだし、ストーリーに広がりがでてくる。
彼女と関係した男性がつぎつぎと死に、すべて風呂場で溺死という共通点がうかびあがってくる。
後半はミステリを読んでいるような盛り上がりがあり、どうなるかという興味をいだかせる。
彼女は悪女というより、こんな世のなかではこういう生き方もあるのだとなんとなく納得してしまう。
しかしながら、女はその母性ゆえにしたたかに生きることができるのだろうか。

「高慢と偏見、そして殺人」 P・D・ジェイムズ 羽田詩津子訳 早川書房 ★★★
題名からは当然ながらジェーン・オースティンの「高慢と偏見」が下敷きととしてあると予想される。
しかしながら、その書名は知っていながら読んではいない小生としてはどうしたものかとは思う。
イギリスで貴族として生きるとはどういう生活をすることなのか知らなくてはならない。
でなければ、それが当然の常識としてすすむ物語の進行についていけないのである。
『大佐は自分の貧しさについて嘆いていたので、エリザベスはその貧困は伯爵の次男にどういう不利益
をもたらすのか、と冗談半分にたずねた。大佐は次男だと「好きな相手と結婚できない」と答えたのだ
った。そのとたんエリザベスはその言葉は警告の意味を持つのかもしれないと推測し、その疑惑に屈辱
を覚え、それを隠すために当たり障りのない会話に方向転換した。しかし、そのできごとの記憶は当た
り障りがないどころか、深く心に刻まれた。』
ここを読んでいて、これがなにを意味しているのかピンとこなければこのミステリはわからない。
ということでオースティンの「高慢と偏見」を読んでみなければ、話にならないことだけは分かった。
ミステリといえどP・D・ジェイムズあたりになるとなかなか難しいのである(笑)。

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受験電車
そのとき、最近もニュースでよくみるように朝から雪が舞っていた。
もちろん手の指はかじかんでくるし、足先は寒さでジンジンするようなぐあいだった。
受験会場へと向かう電車は満員で、顔はほってってくるのに手だけはやけに冷たかった。
鉛筆が握れなかったら最悪だなと思って、ポケットのなかでひたすら手を動かしていた。
足踏みをするスペースもなく、からだはただただちじこまっていくかのようだ。
窮屈な満員電車のなかで、それでも受験参考書をひろげている学生もちらほらみえた。
すこしでも知識をつめこもうというより、なんとかこころを落ち着けようとするかのようだった。
なにもしないでいると不安が襲いかかってきておしつぶされそうになる車内だった。
頭越しにすこしだけ見える車窓では、ビルや工場がつぎつぎに後方へ飛びすさっていった。

N3974ガーデンライト

「散歩の昆虫記」 奥本大三郎 幻戯書房 ★★★
本を読んでいて楽しいのは、なるほどと思えることである。
『南方では、朝起きてベッドから降りる時、いきなり長靴を履いたりしてはいけない、とよく言われる。
夜のうちにサソリかムカデが中に入り込んでいて、それに刺されるとえらいことになるからである。』
南方ではないがムカデに刺されたことがあるので、その大変さはよくわかる。
加えて、視点・立場のちがいによるものごとの捉え方というか、これも大切だと思う。
『ヒトデの胃は「反転胃」という。
飲みこめないような大きな獲物は外に出した胃袋で包み込んで体外消化をするのである。
人間なら恐怖のあまり失神するであろうが、掴まったカニや貝はどう感じているのであろう。
特に貝の場合、上から覆いかぶされ、強力な吸盤の吸着力で殻をこじあけられてしまうのである。
可哀想な貝よ、という人間が、一椀に数十個のシジミを煮殺した味噌汁を飲んで、
「ああ旨い」と言っているのであるから世話はない。』
知っていると思っていることばでも、その由来・来し方にはそれなりのことがあるようだ。
『金持ちが死ぬと盛大に牛を殺す。
大勢の人を招いて食事をふるまい、歌ったり踊ったりの宴会を何日も続けるのである。
牛は財産の象徴であり、犠牲として神に捧げるための動物であって、日頃殺すことはなく、
祭礼用にとってある。
もっとも牛が財力の象徴であるのは古代ローマ人やアフリカのマサイ族でも同様で、
「牛の頭」を意味するラテン語のカプートcaputが資本主義、
capitalismの語源になったわけである。』
ということで、今日もなんだかほんわりとした気分になれるのであった。

「リガの犬たち」 ヘニング・マンケル 柳沢由実子訳 創元推理文庫 ★★★★
スウェーデンの田舎町イースタを舞台にする、刑事ヴァランダーシリーズの第二作目にあたる。
今回はイースタの近くの海岸に打ち上げられたボートの中に二つの死体が発見されるところから始まる。
潮流からして彼らはロシア人か東欧のどこかから流されてきたと思われる。
彼らはラトヴィア人であるらしく、そこでラトヴィア警察からカルリス・リエパ中佐が派遣されてきた。
日本人ならその地理的位置さえも定かではないバルト三国の一国、ラトヴィアがどんな国かも知れない。
ヴァランダーとともに捜査をすすめていくなかでリエパ中佐はこう言うのである。
『「自分は宗教を信じている」リエパ中佐は言った。
「といっても、特別の神を信じているわけではない。だがそれでも人は信仰をもつことができる。
人の意識の外に存在するなにかを信じることができる。マルキシズムさえその思想の一部に信仰が組み込
まれている。合理的な知識であり、単なるイデオロギーだけではないことになっているマルキシズムでさ
えそうなのだ。』
そして事件はラトヴィアにもどされ、リエパ中佐が帰国した途端彼は殺されてしまう。
ここから、ヴァランダーは事件と複雑にからみあい翻弄されてゆくのであるが…。
しかし、作者ヘニング・マンケルのこんな発言もすなおにうなずけるのである。
『ノーベル文学賞が推理小説家に贈られる日がいつかきっと来る』
いい加減、純文学だとか大衆文学だとかというカテゴリライズから日本も脱することが必要だろう。
小説にはいいなあと思わせる小説、読ませる小説と、つまらない、くだらない小説ぐらいの区分でいい。
そう思う、考える人びとが増えてくるのではないかな、などと思っているのである。

「日本語は天才である」 柳瀬尚樹 新潮社 ★★★
ジェイムズ・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」を翻訳をしたことで有名な柳瀬氏である。
駄洒落好きのきらいはあるが、随筆は読んでいてなかなかおもしろいものがある。
日本語は漢字・ひらがな・カタカナそして同じ漢字でもその読み方に音と訓があるという独特なもの。
漢語というのは、じつは和製のものがすくなからずあり、中国が逆輸入しているものも多いのだとか。
例として、脱線、自費、時間、自習、自慢、独創、自体、独特、定着、世紀などすべて和製漢語です。
『もう少し立ち入りますと、時間と世紀という語は古い漢語にある。しかしその時間は、ぼくらが時間、
空間と言う場合の意味ではなく、世紀は「百年」という意味ではありません。そして時間も世紀も、
日本語と同じ意味で現代の中国語として使われているのです。
いま登場した空間の場合も、やはりそうです。』
なるほどね、日本と中国はことばに関しても緊密な関係があるので昨今の緊張関係は残念ですね。
読み方もむずかしいですね、こんな例が書かれていました。
『たとえば、一段落はイチダンラクです。ヒトダンラクではない。一目惚れの一目はヒトメですが、
一目置くの一目はイチモクです。一足違いの一足はヒトアシですが、一足飛びの一足はイチソクが
促音便となってイッソクです。』
というように、まだまだ勉強しなくてはいけません。

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青春回顧
若いころに、そこそこ仲のいい男女でこんな会話をしたことがなかったろうか。
それは、男のほうから冗談めかしていうこんなことばから始まった。

「だれにも嫁にもらってもらえなかったら、そのときは俺がもらってやるよ」
(なに言ってんのよ、いい男ぶって)

「そうね、そのときはお願いね」
(むむっ、こいつこんなことがしらっと言える奴だったのか)

「まかしとけって、まあ俺がそのときまで結婚してなかったらの限定だけどな」
(それはこっちだって同じよ、あんたみたいな気難しいのだれも相手にしてくれないわ)

「そんなこと言わないでよ、いつまでもひとりでいてね」
(えっ、もしかしてこいつ俺に気があるのかな)

「そうだなあ、しかたがないなあ、まあ考えておいてやるよ」
(うわぁ、その気になってるわ、男ってほんと単純ね)

「ありがとう。ところで○○くんて、かっこいいわよね」
(なんだ、ほかに好きなやつがいるのかよ)

「そうかなあ、なんだか女にだらしがない気がするけど…」
(絶対けなすと思ってたわ、器ちっちゃいなあ)

「そんなことないよ、とてもやさしいいし」
(男はね、下心があって女にやさしくしてるんだよ、あったりめえじゃないか)

「やさしさか、俺にはない気質だな」
(そう、あんたにはこれっぽっちもないね。まったく鈍感なんだから)

「わたしだってね、やさしさだけが男の値打ちって思ってないわよ」
(ということは、やはり経済力っていうことか)

「そりゃそうさ、やはり男は男らしくなくっちゃ、な」
(なにいってんの、唐変木のくせして)

「もっと大切なものがあるんじゃないの、男としての頼りがいとか、ね」
(やっぱりな、そうだよな、あ~万事休す)

N3404帆船

やはり男は単純で、女は将来を見据えてる(つねに次善策を用意している)。
生物学的にいっても、男って女のできそこないだからしょうがないのかな。
というようなご経験、ありませんでしたか?



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Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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