ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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プライド?
ときどき聞こえてくるのである。
「わたしのプライドが許さないのよ」

おっ、えらく大上段にふりかぶったな。
しかし、それってプライドっていうのかなと思うことが多い。
そうだなあ、どう翻訳すればいいのか。
見栄、虚栄心、自己肥大化現象あたりじゃないの。
勝気、負けず嫌いだからなあ、フフッフ。

日本語にすれば、「誇り」より「矜持」だろうな。

ふと思う。
メダカもプライドあるかな。
ありそうな顔のもいるんだが(笑)。

N8237メダカたち


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ステーションワゴンで読書
家や車を買うなどと幼いころには考えたこともなかった。それが時代の高度経済成長にともなって収
入が増えていき夢ではなくなった。そうなると車はどんなタイプがいいだろうかと考え始める。アメ
リカ映画を見ていると車体の長いワゴンタイプの車がよくでてきた。ステーションワゴンといってこ
れでドライブしながら旅をするのだという。広い西部を車で走っていく。自由なアメリカというイメ
ージだった。運転に疲れたら、車をとめてハッチバックを開いてそこに座る。遠くをながめてはもの
思いにふける。ときには読書もするだろう。コッフェルで湯を沸かしコーヒーをいれる。もちろんア
メリカンのブラックだ。夜になれば空には星がきらめく。行く末を思うとき、ひとすじの流れ星がは
しる。本を読むということは、感情移入の行為でもある。地上にひろがる世界よりもこころのなかが
果てしないと知るのはそんなときだった。自己とはなんと不思議なものなんだろうかとも思った。

N8067花に虫

「毛沢東の私生活」上 下 李志綏 新庄哲夫訳 文藝春秋 ★★★★
毛沢東(マオツォートン)の臨終の場面から書きはじめられる。李志綏(リチスイ)博士は裕福な上
流階級の出で欧米流の教育をうけた医者だった。神経外科医になりたかったのだが、人生の流れとは
わからないもので毛沢東の主治医になる。その期間は一九五四年から一九七六年に及ぶ。その間には
つぎつぎといろいろな事件が起こった。毛沢東のまじかでそれらを体験することになるのである。意
に沿わない主治医という役目だったが、それが彼の人生を苦難から救ったという面もあるから不思議
なものだ。なぜこのような詳細な毛沢東の私生活が書けたのか。
『私は一九五四年、毛沢東の主治医に任命されたときから日記を書きはじめ、ほどなくそれが私の趣
味になった。退屈しのぎになったし、個人的な経験の記録にもなった。最初のうち大きな出来事しか
記入しなかったが、しばらくするとたまたま見聞した多くのあれこれを書きとめるようになった。』
そのメモ類は数四十冊以上にのぼったという。しかし文化大革命時に身の危険を感じて焼却してしま
った。しかし、日記を書いていた習慣が記憶には有効だったと思われる。毛沢東の死後ふたたびメモ
を書きはじめ二十冊に達したという。アンドリュー・ネイサン(コロンビア大学教授)がいうように、
「二十二年間も主治医として務めた人物による回想録で語られている毛沢東と同じくらい、親しく観
察された指導者がほかにいただろうか。」自伝や評伝とはまたちがう貴重な資料としての価値も高い。
『七年後、香港の友人からヤンに贈賄するよう強くすすめられたと毛沢東に話すと、主席は腹をかか
えんばかりに哄笑した。「君はほんとうに世間知らずだな」と、「どうしてそんなにしみったれるの
かね? 君には人間関係がまだよくわかっていないんだ。水清ければ魚棲まず、というじゃないか。
人に贈物をするのが、一体どこがそんなにおかしいのかね? あの郭沫若だって、重慶交渉の際に腕
時計をくれたんだぞ」』
ふだんの毛沢東の肉声が聞こえるようでもある。けっしてガチガチの共産主義者ではないようだ。日
常生活で毛沢東は風呂にはいらなかった。ただいつも身体を蒸タオルで拭かせるのみ。水泳好きは周
囲をいつも困らせていた。そういえば、そんな写真を新聞で見たような気がする。英雄色を好むとい
うが、まさしく毛沢東にぴったりあてはまる。江青には色情狂とみなされていたようだ。
『一九六九年五月、われわれが武漢、杭州、南昌を歴訪していた際、主席の別荘につとめる世話係は
ことごとく若い女で、各省のさまざまな歌舞団の女性団員もたえず主席の相手をした。この旅行中、
毛はある省の歌舞団に属するふたりの歌手がとりわけ気に入り、それぞれ姉妹も私室に呼んでともに
すごした。禁欲主義は文革の表向きの合い言葉であったが、党の教えが禁欲的かつ道徳的になればな
るほど、主席自身はさらに快楽的な生活にのめりこんでいった。主席はいつも群がる若い女たちにか
しずかれていた。しかも文革の最盛期にあたるこの時期には、毛沢東はときとして同時に三人、四人、
あるいは五人以上の女たちとベッドをともにしていたのだ。』
ここで注目するのは毛沢東は一八九三年の生まれだということである。このときすでに七六歳だ。お
そるべし毛沢東。だが、洞察力もすごい。
『「アメリカとソ連はちがう」と毛沢東は説明した。「合衆国は中国の領土を占領したことがない。
アメリカの新大統領リチャード・ニクソンは古くからの右派で、アメリカの反共リーダーだ。私は右
派と取り引きするのが好きなのだよ。右派は本音でモノをいうからな――そのあたりが左派とはちが
うんだ。左派は口と腹のなかがちがうんだな。』
毛沢東は読書家でもあり中国の古典とくに史書を好んで読んでいた。古典を引用しながら自分こそ神
であり法律であると対話する外国人にも伝えようとした。次なる逸話は神ならばこそである。
『一九五四年十月、インドのネルー首相と会談したとき、主席は原子爆弾を「張り子の虎」とみなし
て、いわゆる「帝国主義者」との闘いで勝利をおさめるためならば、原子爆弾で数百万の人民をうし
なってもかまわないと述べたことも、私は早い時期から承知していた。「原子爆弾など恐れるにたり
ない」と、主席はネルー首相に言った。「中国には人間がたくさんいる。爆弾で彼らを一掃すること
はできない。原子爆弾を中国に落とそうとする者がいるなら、私にだって原子爆弾が落とせる。一千
万か二千万の人間が死んだところで恐れるにたりない」。ネルーは非常な衝撃を受けた。
 一九五七年十一月、毛主席が政府代表団を率いて訪ソしたおり、自分は三億の人民――全人口の半
分――をうしなうことも辞さないと演説した。人口の半分をうしなっても中国にとって大きな損失と
はならない。人間ならいくらでも生産できるのだから、と毛沢東は述べた。』
本書にはもちろん、周恩来、林彪、劉少奇、鄧小平、華国鋒など中国のトップクラスの人物が登場す
る。まさに近代史第一級の歴史資料である。

「虫の虫」 養老孟司 廣済堂出版 ★★★★
いつもながらに養老先生の話は含意に富む。思いがけない切り口がはっとさせられる。人は変われる
のか。変わらないのか。こうおっしゃるのである。
『思い込みが壊れるのも発見の一つである。発見とはじつは、常に自分に対する発見なのである。思
い込みとは、要するに「自分の考え」だからである。思い込みが壊れるとは、自分の考えが変わるこ
とである。自分の考えが変わるということは、自分が変わる、それまでとは違う自分になる、という
ことである。極端な場合はそこで「生まれ変わる」。
 思い込みが壊れる経験を何度もしていると、歳をとらない。そのつど「生まれ変わる」のだから、
当然であろう。私はそう思う。老人になると頑固になるのは、思い込みがひたすら強くなるからであ
る。そんな思い込みは、自分で壊してしまえばいいのである。』
まあ、それはそうなんですが、なかなか気づかない。気づきたくないと無意識に思っているのかも。
『感覚とは、違いがわかることである。「匂いがする」のは、「それまでその匂いがなかった」こと
を意味している。つまり、匂いが違ってきたのである。音も同じで、音がするなら「それまでその音
がしていなかった」のである。ただし、見ることはそれとちょっと違う。対象は常に目の前に存在し
ているからである。「さっきからあった」のに、やっと「違いに気づく」のである。
 見ているのに、見えていない。これは人生で、いつも起こることである。『青い鳥』も要するにそ
ういうことであろう。』
さすが理系というところでしょうか。しかし理系といってもピンキリですから(笑)。こういう説明
が、わたしはよくわかるし気持ちがすっきりします。
『法則はそれを具体的にどういう現象に当てはめるかで成否が決まる。一足す一は二だが、アルコー
ル一リットルと、水一リットルを混ぜても、二リットルにはならない。水分子は小さく、アルコール
分子はそれに比較して大きい。だから水分子がアルコール分子のいわば隙間に入ってしまうのである。
箱いっぱいのボウリングの玉と、同じ大きさの箱いっぱいのパチンコの玉を混ぜたら、二倍の大きさ
の箱はいらない。でも、パチンコの玉一個とボウリングの玉一個を並べて個数を数えると、たしかに
二個になる。
 すべての事象を一つの原理で説明したがる傾向が人間にあることは否定しない。だから、たとえば
「なにごともアッラーの思し召し」ということにしてしまう。それでもとりあえず社会はやっていけ
る。そうもいえる。でも、それが困った問題をしばしば引き起こすことは、現代ではすでに常識であ
ろう。自然選択説を含め、法則はその適用を間違えると、役に立たな、ないしは有害なのである。
 われわれが自然を観察して、ていねいに見ようとするのは、それがじつにさまざまな面を見せるか
らである。そのずべての面が、一つの原理で説明できると考えるのは結構だが、うまくいかないに決
まっている。そのときにいうこともわかっている。そういう事実は細かいことで、考慮に値しない。
いずれ同じ原理で説明できることなのだから、それまで放っておけばいいのだ、と。その「放ってお
かれた事実」が溜まりに溜まると、いわばゴミの山ができる。そのゴミの山が溜まりすぎて、いずれ
崩壊する。これをトマス・クーンは科学革命、パラダイムの変化と呼んだ。
 自然選択説はじつは情報に関する法則である。ここに私がなにを書いたって、それが「あなたの頭
という環境」に適応しなければ、アッという間に滅びる。でも、この種のことを主張する人はいない
ようなので、説明が長くなるから、ここではもうやらない。さらにいえば、十九世紀の生物学に独特
の三つの法則、メンデルの法則、ダーウィンの自然選択説、ヘッケルの生物発生基本原理、これらは
いずれも情報に関する法則ないし経験則である。私は長年そう思っているし、そうに決まっているの
である。』
このあたりすこしむずかしいですが、考えているとおもしろいです。まだまだ読みたいと思わせる養
老先生です。お元気いられるように、好きなだけ虫取りしてください。


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八幡浜追憶紀行 番外篇
徐々に散会しながらの旅はつづく。
決して道の駅だけをめぐるのではない。
道の駅は、手段である。
ある意味、口実である。
四国八十八箇所めぐりもおなじではないか。
江戸時代にはじまったといわれるこの巡礼なのだが。
仏教関係者に知恵者がいたのである。
スタンプラリーはネーミングが命である。

N8178海の夕暮れ

ときおり道路沿いを歩く遍路さんをみかける。
どなたも疲れたような顔をしている。
ご無事で遍路旅を続けられますようにと願わずにはいられない。

ところで驚いたことがある。
安芸にある「野良時計」、四国出身者三名どなたもご存じない。
(愛媛出身だからかもしれない)
そんなにマイナーなのか。
灯台下暗し、ということもあるから。
札幌の時計台ほど有名ではないけれど。
知っているのはわたしだけか。
安芸といえば、でてくるのは阪神タイガースのほうらしい。

N8182安芸の野良時計

N8183時計部分

そして高知で一泊。
みなさんからは「皿鉢料理」をといわれたのだが、そんなには食べられない。
ということで(?)、「ひろめ市場」なる新名所にでかけてみる。
フードコートですね、相席ありで自由にご飲食ください、とのこと。
平日(月曜夜)ですが、なかなかのにぎわい。
しかしさすがに本場「かつおのたたき」は旨かった。
ホテルにもどると、連日の宴会疲れからかぐっすりと眠ってしまった。

N8185ひろめ市場

N8188新型フードコート

四日目は晴れわたり青空がひろがる。
室戸岬の中岡慎太郎像をながめながら若き日の旅を追想する。
自転車で砂利道を走るのはとにかく大変だった。
車輪をすべらせて転んだことも何度かあった。
急坂を自転車かついでのぼったこともある。
過ぎてしまえば、すべては懐かしい。

N8207室戸岬灯台

N8204中岡慎太郎像

なんとか神戸に帰ってきて今回の旅もおしまい。
「おしまいじゃありません」
「山のような洗濯物がまっているんですよ」
「そこらあたり、お忘れなくね」
「そうでした、よろしくお願いいたします」

つねに感謝の気持ちを忘れずにまいりたいと思います。
いまでは笑えるいろんなハプニングはあったけど、旅はやはり楽しいです。
つぎはどこで、だれと、どんなことに出あうのだろうか。

N8195海原


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

八幡浜追憶紀行 後篇
墓参といっても、せっかく四国まで来たのだしということもある。
どこかをめぐりながらすこし旅気分を満喫しようではないか。
Kさんとも旅したら楽しかっただろうな。
そう思うと、なんだかせつなくなる。
センチメンタル・ジャーニーか。
(田辺聖子だな、なんと芥川賞受賞作)
旅が人を感傷的にさせるのか、人は感傷的になると旅に出るのか。

N8160シオカラトンボ

われら周辺に「道の駅同好会」なるものが存在するのだ。
なんでも道の駅(国土交通省所管)をめぐることにより地域文化に接する。
しかも各地の名産・名品にもじかにふれることによりシナジー効果を得る。
地場産業の育成を応援する側面もなきにしもあらずなり、などと。
おっしゃているのかどうかは、まだ確かめてはいないのだが。
まあ、そんなところであろうと推察するのだ。
わたしは未加入ですが、まあシンパということになるのでしょう。

N8107「道の駅 よって!西土佐」

この「道の駅」ですが、バカにはできません。
もちろん国交省による基準を満たさなければ名乗ることは許されません。
道の駅マーク(お墨付き)もいただけません。
地域の情報発信も義務付けられていますから、ふらりと立ち寄るのもいいかもしれない。
新しく設置された道の駅はトイレも最新の設備でホテル並みである。
人々は快適を求めるのだ。
軟弱などと批判してはいけない。
水は高きから低きへと流れるのは自然の摂理である。

N8099「道の駅 広見森の三角ぼうし」

N8101鬼と雉

四万十川の源流を訪ねてみた。
昨夜来の雨で、途中までしか行けなかったが森閑とした林に鳥が啼く。

N8141四万十川源流

N8127林のなか

N8131四万十川

雨模様のなか川沿いを車ではしる。
四万十川は清流の代名詞でもあり、沈下橋でも有名になった。
つまり進入道路面と橋がおなじ高さになっている。
増水時には流される、流されていい構造、そのため低コストでできている。

N8113雨に煙る

女性陣のリクエストもあり「モネの庭」を訪問する。
まああたりまえだが人工的にすぎる。
わたしはもっと自然の山野が好きだが、女性たちの眼はちがうのだろう。
これが人と人とのつきあいでは忘れてはならないこと。
話せばわかるというのは、ある種の幻想、希望的観測、文化人類学的無知なのだろう。

N8165モネの庭


N8162蓮の花


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八幡浜追憶紀行 前篇
Kさんが亡くなって早十三年が経つのか、というか経ったのだ。
ときどき急に「会いたいなあ」と思う。
彼女は神戸に住んでいた期間が長かったからときどき会って飲んだり話したりした。
いつも刺激を受けていたんだなあと思ったのは、亡くなってからだった。
おれっていつもそんなことばかり繰り返している気がする。

「お墓参りに行かない?」
「行こうか、そうだ行こう」
「みんなも誘おうか」
「そうだな、にぎやかなのが好きだったしな」
「何人になるかわからないけど」
「それぞれの都合もあるだろうし」
「でも、誘ってみる」

ということであったが、結果十一名の参加になった。
お盆とか、お彼岸とかにこだわらなくてもいい。
いつでも、思いたったときがお参りのときだ。

N8063福高禅寺

八幡浜の穴井にある徳慶山福高寺からすこしのぼったところに墓所はある。
海が見晴らせる高台からのながめはいい。
ときどき鳥の鳴き声もきこえてくる。
いいところだ。

N8068墓参

折りよくご住職もおられ本堂でお経もあげていただいた。
読経と木魚と鉦の音がひびく。
よかった。
ほんとうに来てよかった。

N8073穴井

泊まるところはいつもおなじ「シーサイドうわかい」さん。
もう何度目になるのだろうか。
M島のおじさんといっしょに来たこともあった。
波の音を聞きながら、いつもおいしい食事をありがとうございます。
新鮮な海の幸、ありがたくいただきます。

N8087シーサイドうわかい

N8079刺身

N8082料理

N8083カナッペ

Kさん、いいふるさとですね。
また会いに来ますよ。

潮騒しかきこえてこない静かな夜が更けていった。

N8075石仏


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堤防で読書
若いころは自転車(いまはバイクかな、昔はバイシクルと言ってたが)で旅行するサイクリストだっ
た。風を切って、そうまさに肩ではなく顔にうけながら、走っていた。走りながら水も飲むし、パン
も食った。海辺にさしかかると急にこぐ気力がなくなっていく。あたたかな陽射しのころならなおさ
らである。コンクリートの堤防に自転車ともどももたれてしばしの休憩をとった。上にのぼって、海
をながめた。なんだかすぐに走りだすのがもったいなくて、本を読んだりしてた。しばらく読んでい
ると眠くなってきた。すこしぐらいはいいだろう。横になると、すぐに眠ってしまったようだった。
光をめざして走っている。そのむこうに黒い人影があるのだ。懸命にこいでもなかなか追いつくこと
ができない。はっとして、目が覚めた。すこし汗がにじんでいた。あたりはいつのまにか、日が落ち
かけている。あわてて自転車にまたがり今夜の宿めざしてまた走りはじめるのだった。

N8057シチダンカ

「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」 上 下 スティーグ・ラーソン
               ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳 早川書房 ★★★★

前作のミレニアム2「火と戯れる女」の最後、リスベット・サランデルは銃で撃たれ埋められたが、
なんとか這いだしてきたのだ。ザラチェンコとともに病院に運びこまれるところから第三部ははじま
る。リスベットは三発の銃弾を受けていた。そのうちの一発が頭に撃ちこまれていた。しかし彼女は
なんとか生きている。このことが彼女の幸運を意味していた。困難な手術をへて一命をとりとめた。
一方事件現場に到着した刑事は、ミカエル・ブルムクヴィストの言葉を信じなかったばかりに金髪の
巨人ことロナルド・ニーダーマンを連行するべく差し向けた警察官二人が殺され、彼は逃走してしま
う。この状況を察知した公安警察内の「班」とよばれる組織が動きだす。さてこのミレニアム三部作
だが、どのようなものなのだろうか。訳者あとがきのなかで、刑事マルティン・ベック・シリーズを
世に送り出したラッセ・べリストレムはこう言っている。
『「おおざっぱに言って、第一部(『ドラゴン・タトゥーの女』)はオーソドックスな密室もののミ
ステリ、第二部(『火と戯れる女』)は警察小説・サスペンス、第三部(本書『眠れる女と狂卓の騎
士』)はポリティカル・サスペンスと言えるだろう」と評した。』
天才ハッカーであるリスベットはハッカー仲間の協力もえて、再び事件の深部に迫っていく。いろん
な登場人物がそれぞれに個性的だ。それは悪人も同様である。人物造形が緻密だから物語の奥行きも
当然にでてくる。なんといってもおもしろいミステリだ。当初十部作で構想されたというが、ラーソ
ンの急逝でそれがかなわなくなった。なんとも残念なことだがしかたがない。ストーリーの展開もそ
うだが、ラーソンの見るスウェーデン社会、世界観が知りたかったとつくづく思う。ミステリは時代
を映す鏡でもあるのだ。その鏡はしばしば醜いものをも映さなければならない。そこから人は考えは
じめるしかない。それが物語を読むということだと思う。

「38億年生物進化の旅」 池田清彦 新潮社 ★★★
地球が誕生しておよそ四六億年、最初の生命がうまれたのがいまから約三八億年前のことだと言われ
ている。人類なんて地球の歴史上からみれば、ほんの一コマなんだろう。そんな地球にはどんな生物
が住んでいるのか。
『生物学界ではかつて、バイオマス(生物の物質量)がいちばん多いのは木だと考えられていたが、
現在では、細菌のほうが数だけでなくバイオマスとしても最大なのではないかと考えられるようにな
った。細菌は、個々の質量は微々たるものだけれども、存在する範囲が極めて広いため、そのすべて
を合わせると木よりもバイオマスが大きいらしいという話になってきたのだ。』
細菌は人類や恐竜などよりも地球の先住生物だし地下深くにも存在していることはしられている。通
常の生物が生きられない温度でも繁殖することができる好熱菌などと呼ばれるものもいる。それとは
別に地球の年代の名称はどこからきているのかという疑問をもっていた。
『古生代の前半四つの紀は、いずれもイギリスの地質学者たちのよって研究され、命名されている。
「カンブリア」とはウェ-ルズを指す古い呼び名である。ウェールズで広くその時代の岩石が露出し
ているのでそういう名前になったのだ。「オルドビス」や「シルル(シルリア)」は、ケルトの部族
の名前である。デボン紀もイングランドの地方の名前に由来する。その後の石炭紀は、大陸に大規模
な石炭層が生成した時代だからそう呼ばれ、ペルム紀は、この時代の岩石が発達していたロシア西部
のペルミという地名からきている。』
わたしも池田氏の意見に賛成だが、こうも書いておられる。
『現代の地球環境をめぐる議論では、地球温暖化が問題視されるようになって久しいが、現在生じて
いる程度の地球温暖化が原因で生物が大絶滅した時代は過去にない。マクロに見れば、やはり、温暖
化よりも寒冷化のほうが生物にとってはずっと大きな問題なのである。』
地球の寒冷化によってそれまで一億八千万年余にわたって繁栄してきた恐竜は絶滅してしまった。現
在の地球ではヒトがその座を占めているようにみえる。
『人類は現在、人口が六八億人もいて、地球の支配者のようになっている。しかし、ネアンデルター
ル人、フローレス人、それにホモ・サピエンスと、少なくとも数万年前までは計三種いたものが、現
在は一種だけになっている。近年流行の「種の多様性が大切」云々という言い方に沿えば、ヒトの多
様性は激減しているのだ。現生種がほんのわずかしか残っておらず絶滅の危機に瀕している奇蹄類の
いくつかの動物(ウマ、サイなど)とその点では同じである。実は現代人類もまた、今、絶滅への道
を歩んでいるところなのかもしれない。』
常識で考えれば、そういうことになるでしょうね。確かめることはできませんが。せめて人類が百八
十万年(恐竜の百分の一)くらいは存在しますように。昨今の世界情勢をながめるとそれは無理とい
うものですかな。


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台北来雷紀行 其の参
台湾の人口は二四〇〇万人足らずだが、どこにいっても人がおおかった。
(まあ、観光地や繁華街だからあたりまえだ)

N7967淡水の路地

N7969行先表示

N7976淡水紅楼

夜市は有名で、士林なんか東京の朝夕のラッシュ並みである。
昼間は暑いから、すずしくなった夜にでかけるのか。
でも、夜も蒸し暑いんですがね。
エアコンのあるところにくるとホッとする。

N7917茶屋

旅の楽しみは食べ物にある。
その地でしか味わえないものもおおい。
味はその土地で食べるのがいい。
土産として持ち帰って食べて、おやっと思う。
その地のにおい、空気、音がかもしだすものがある。
そしてなにを飲むか。
ビールならその地のものを飲む。
そして、台湾のビールはうまいと思う。

N7846小籠包

N7980台湾啤酒

しかし韓国もそうだったが、独特のにおいがある。
町にただようにおい、ニッキのような気がする。
けっしてオニオンではないのだ。
においが気にならなくなったらもうその土地に溶けこんだということだろう。
その土地の食文化を受けいれられたらもう旅人ではない。
いや、旅の達人はすべてを受けいれるのかもしれない。
所詮、おなじ人間ではないか。
だが、やはりどうしてもちがうところが残る。
それが個性といわれるものだろうか。
同じはちがうを排除するのか。
水と油は混じりあえないのか。
混じることが必須ではない、そう考えればいい。

N7999お寺の壁に

そんなことを考えるより、道端のカメムシをながめているほうが落ち着く。

おまえも暑いのか。
いえ旦那、この暑さと湿気がいいんですよ。
あっしらにとっては快適でさあ。
そういえば人間っておかしな生き物ですよね。
そういわれれば、確かにそうだな。
じゃあ、西門(シーメン)のキマダラカメムシ君お元気で。

N8020カメムシ


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台北来雷紀行 其の弐
台湾は表記が漢字だからなんとなくわかる。
このなんとなくは旅する人にとってはおおきな安心をあたえる。
もしまちがっていても、笑い話ですむ。
ホテル内の案内表示が気になる。
すこし日本とはちがっている。
このほんのすこしをどう感じるか。

N7889十分

N7861誘導灯

N7862消火器

例えは悪いが、ヒトとチンパンジーのゲノムは98%以上が同じだ。
はてさてどう解釈するのがいいか、ですな。

旅行は好きだが、ツアー観光の長時間バス移動というのが嫌いだ。
バスはどうにも窮屈である。
身体を動かさないでじっとしていることが苦手だ。
まあひとことでいえば、落ち着きがないということになるのだろう。

いくつかの観光地にはのんびりと電車でに行こう。
台湾は地下鉄(MRT)や鉄道・バスなど日本とくらべてかなり安い。
やはり地元の乗り物にのらないとわからないこともある。
ふつうの人のふつうの日常というわけだ。
でも、なんだかこういうのが旅をしている感がある。
言葉がわからなくても、まあだいじょうぶ。
そんなにお金を持っているわけじゃなし。

N7880瑞芳

しかし土日のせいなのか、どこも人がいっぱいだ。
この人がいっぱいでないと行った気がしないという方もいる。
有名店で行列ができていれば、なんだかそれで安心。
混雑の波にのまれながら、文句を言いつつも満足感をおぼえる。
などというコンプレキシカル・ピープル。

どんなことでも満足できればいいじゃないですか。
内容・中身じゃないです。
気持ちですよ。
「イワシの頭も信心から」というじゃないですか。
あれっ、ちがったかな。
ドントマインド、ですごしましょう。

そんな意味では人気の観光地へむかう満員列車も味がある。
疲れた様子をしている若いカップルも顔を見あわせれば笑顔になる。
どんなことでも楽しい、という人生の極意をお持ちなさいよ。

N7887十分駅

そんな思いを天燈(ランタン)にこめて空に飛ばした。
のかどうか、知る由もない(笑)。

N7886空飛ぶランタン


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

台北来雷紀行 其の壱
旅というのは思いついたときなど突然に決まることもおおい。
今回のツアーも新年会の場でだった。
同行もどういう成り行きかはしらねどそれなりに収斂する。
いつのまにか十四名という大所帯になってしまった。
ツアコン役のS氏のご心労ははかりしれないと思うのだ。
(まことにいろいろとお世話になりました。謝謝)
どんな発見、出会いの旅になるのだろうか。

なにはともあれ関西空港からチャイナエアラインで飛び立つ。
さて最初に気づいたのが、機内の食事についていたこれ。
プラスチック製だが、なかなか便利でおもしろいフォルムだ。
爪楊枝と歯間ブラシの合体品というところ。
(アマゾンで売ってましたが…)

N8061つまようじ

わたしはこれで三回目の台湾になる。
しかしちっとも地理など憶えていないから困ったものだ。
若いころから名所旧跡などにあまり興味をいだけなかった。
知らない町をぶらぶら歩いたり、海を眺めているだけでよかった。
だから、ずっとひとりで旅をしていたんだろう。

N7933猫看板

N7943台湾ビール

天候によって旅先の印象がおおきく左右される。
着陸前のアナウンスでは台北は晴れとのことだった。
しかしホテルへ向かう途中から雨がふりだした。
ときおり稲光ととともに雷鳴もきこえてきた。
やっぱり、というまわりの雰囲気になった。

これでも出発前には毎日台北の天候をチェックしていたのだ。
旅行期間中は、ほぼ雨予報だった。
しかし、天候というのは移り気なものである。
雨が降ったのはこのときとあといちどくらいのもの。
それも、ほとんど移動中のみというタイミングのよさ。

N7930果実

神通力を失ったのか。
否、もとよりそんな力はありません。
雨男というのは偶然の産物です、たぶん(笑)。


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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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