ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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謙虚と自虐
似ているようでいてまったくちがう。

例えば「お上手ですね」とほめられる。
「ありがとうございます」と謙虚な方はのべる。
自虐志向だと「いえいえ、わたしなどは……」とかえす。
どこがちがうか。

謙虚な方は肯定する。
自虐者は相手のことばを否定する。
発言を否定されるとこころよくは感じない。
肯定されるとこころよい。

加えて、自虐人は同じことをなんども言う。
くどい。
わかった分かりました、もうけっこうですよとうんざりだ。
しかし、言った本人は謙遜していると思いこんでいるから同じ言動を繰り返す。

実際はまったく正反対の感情を相手に引き起こしているのだが。
自虐からさらに卑屈にまで転落する。
そんな出来事にときに出あう。
こうした習慣からはやく脱却できればいいのに。
なかば自動化しているからなおさら気づかない。

「ありがとう」ということばには笑顔がともなう。
「ありがとう」っていわれて怒る人はいない。
浜村淳氏なんか毎日言っている。

9189色づく葉


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シャウト・ボーイ
通勤電車の駅で、少年はいつもたたずんでいる。

通過電車がやってくると彼は身構える。
すぎゆく電車にワーッとばかりに声をあびせかける。
微妙にかえるエコーを感じているのだろう。
こどものころ扇風機にむかって声をぶつけたのを思いだす。
そしてながながと息もつがないで叫びつづける。
最後に声をだしきって、もうやりきったというかのようにアゥッと吐息する。
(すこしずつやり方が変化しているようだ)
(彼のなかでもその自覚はあるだろう)

電車の通過駅でないと不可能なのだ。
だからこの駅だということになる。

いつもの駅でのあたりまえの光景である。
ときおりいぶかる人もいるが、おおくの人が平常のことと受けとめている。

ヒトはなにかをやらずにいられないことがある。
それがこころの安定をもたらす。
わかっちゃいるけどやめられない。
ある種の依存症といえるのかもしれない。
彼の一日のはじまりのルーティンなのだ。

9200木のネコ


展望台で読書
小高い丘のにあるコンクリート造の建物だった。旅先のことだったし地名は憶えていない。二階建て
で、一階が土産物売場になっている。螺旋階段をあがっていくと展望台になっていた。ベンチが置い
てあるだけでガランとしていた。おおきな窓からははるかな山々がながめられた。そのむこうに海が
あるようだが、かすんでいた。だれもいないので、リュックからパンと本を取りだした。空腹ではな
かったがパンをかじった。三口ほどで食べつくした。やはり空腹だったのかと思うとすこし可笑しく
もあった。ふいに、なぜ旅をしているのだろうと自問した。どこからも答えはかえってこなかった。
読みかけの本のなかにもその答えを示唆するような箇所はみつからなかった。片肘ついてぼんやりし
ているとき、黒い鳥がギーと鳴き声をあげながら眼の前を飛んでいった。虫を追いかけているのだろ
うか。それにくらべれば、食べるものがあるだけまだマシか。さて、これからどこへ行こうか。

N8598鳶

「ホッブズ リヴァイアサンの哲学者」 田中浩 岩波新書 ★★★
書名にもあるように名前と著書は有名で多くの人が知っている。では、その中身はというとこれがは
なはだ心許ないのである。リヴァイアサンは聖書にでてくる怪物だ、というくらいしか知らない。
『ボッブスは、国家の基本単位を「人間」におき――『リヴァイアサン』の口絵は、無数の人間から
国家が形成されているさまが描かれ、その「代表者」(主権者)の右手には剣、左手には牧杖が振り
かざされ、聖俗両面において人民を守っている姿が描かれているのに注目せよ――、国家の第一義的
な役割は「生命の安全」を守ることとされた。またホッブスは、当時そうした国家の役割を妨害して
いた最大の敵である「カトリック教会」と「教皇」を痛烈に批判して「国家を宗教(の脅威)から解
放」する大偉業をやってのけた。』
彼は「リヴァイアサン」の序文にこのように書いているという。
『こんにち、あまりにも大きな「権力」を欲する人たち(王党派)とあまりにも大きな「自由」を欲
する人たち(議会派)がおり、自分はこの両派のあいだをすり抜けて――これはひじょうに困難なこ
とだがといいながら――「人間の生命の安全と平和」のためには「権力はなぜひとつでなければなら
ないか」ということを述べているのだ』
人間が平和で安全に生きるためには社会はどうあるべきかを一貫して考えてきた。時代によってその
思想、主義は変遷してきたが、ホッブスの考えは近代民主主義の端緒でもある。
『ホッブスは、キリスト者にとって必要不可欠な信仰は「イエスは救い主である」ということであり、
そのことを「根本的なるもの」と呼び、それ以外のすべての教えは副次的なものとして上部構造と呼
んでいる。徹底した共和主義者ハリントンは、主著『オシアナ』(一六五六年)において「政治構造」
を「上部構造」、「土地所有関係」を「下部構造」と呼び、一六世紀から一七世紀にかけて大土地所
有者層から中産者層(独立自営農民層(ヨーマン層))へと土地所有関係が変化したので、「上部構
造」(政治形態)もそれに見あって「モナーキー」(一人支配)から「デモクラシー」へ変化したと
述べ、革命によって絶対王政が打倒されてデモクラシーになったことを正当化している。そしてこの
「上部構造」(政治構造・イデオロギー)と「下部構造」(経済構造)をめぐる問題――下部構造が
変化すれば上部構造も変化する――は、のちに共産主義の祖マルクスの「革命論」の中核理論となっ
た。』
いろんな思想はその淵源をどこかにもつ。まったくのオリジナルというものはないと考えたほうがよ
さそうだ。逆にすべてが独創的な考えならば、人々に理解されることもないだろう。天才と狂気はま
さに紙一重。それはある種の症状として記録されるだけかもしれない。

「「本当のこと」を伝えない日本の新聞」 マーティン・ファクラー 双葉新書 ★★★★
著者はニューヨーク・タイムズ東京支局長である。彼が日本で取材するようになって最も驚いたこと
は「記者クラブ」の存在だった。世界でも稀に見るこの組織は、英語圏では「kisya kurabu」と呼ば
れ、翻訳語が存在しない。現在では、その閉鎖性がネットメディアとの軋轢が問題化している。
『記者の連合体を「記者クラブ」と呼ぶと同時に、彼らが常駐する詰め所そのものが「記者クラブ」
と呼ばれる。この詰め所には記者クラブ加盟社以外の記者は原則的に入ることはできず、当局から配
られるプレスリリースなどは加盟社が独占する。記者クラブ主催の会見には、幹事社の許可が下りな
い限り外部の記者が参加することはできない。』
記者クラブのいい面もある。抜け駆けができないことだ。みんな横並びの記事になる。このあたりテ
レビの報道番組と似ている(あたりまえだな)。
『町役場の職員が、人口1万7000人の南三陸町で約1万人もの住民が行方不明になっていると説
明している。遺体がいまだ続々と見つかるなか、記者が細かい数字にこだわっていることが不思議に
思えた。
「今日は何人の遺体が見つかりましたか。数字は××7人で正しいですか」
「××8人ですか」
 それらが自らの使命であるかのように1ケタの数字に神経質にこだわり、彼らは非常に細かいやり
取りをずっと続けていた。
 私は佐藤町長がどうやって津波を生き延びたのかを知りたかったのだが、誰もそういう個人的な体
験について質問しようとしない。そこで日本人記者の質問が尽きたあたりで、
「町長さんは津波が来た当時どこにいましたか?」と尋ねてみた。
 すると佐藤町長は、目を真っ赤にして涙を流しながらこう語り始めたのだ。
「まるで地獄の光景を見ているようでした。あんなことが起きるとは、誰も想像していなかったはず
です」』
日本人の記者はみな優等生だったのだろう。個人情報うんぬんといわれるともう委縮する。なにが個
人情報なんだ、というような感情をもったことはないのだと思う。いわれればわかるがいわれない日
本のいまの状況なのだ。ここは外圧を受けるしかないか(苦笑)。以下も同様のことだ。
『ニューヨーク・タイムズは、佐々木康さんや深田志穂さんをはじめとするプロのカメラマンと一緒
に被災地取材に入り、震災被害のすさまじさや被災者の悲しみを伝える多くの写真を掲載した。その
なかには、被災地のさまざまな現場で撮影した遺体の写真も含まれている。日本の新聞やテレビは、
遺体の写真を一切報道しようとしなかった。だが、「1万人死亡」と数字を見せられただけでは、現
場で本当は何が起きているか読者に伝わらない。私たちは、遺体の写真を報道することに大きな意味
があると考えた。』
このことの良い悪いではなく、意味をもっと考えることが大切だと思う。多くの日本人はその議論を
聞いてみたいと思っている。記者は傲慢になってはいけない。間違いを恐れてはいけない。委縮して
いてジャーナリズムが貫けるのか。間違ったらとるべき態度は決まっているだろう。人は必ずといっ
ていいほど間違いを犯すものなのだから。
『新聞にとって、最大の財産とは信頼性だ。一度失った信頼は、簡単に取り戻せない。ニューヨーク・
タイムズはこれらの危機を乗り越えるため、自らの過ちを徹底検証して読者に公開した。まだこの一
件の“傷”は癒えてはいない。だが、身を切る覚悟で臨んだ検証記事により、幸いにも読者はニュー
ヨーク・タイムズを見限ることはなかった。』
人なりなんなりを判断するときには、まちがいを犯したということではなくその後の対応をみるとい
うのが常識だ。また、批判は自ずと自身にも向けられてしかるべきだ、と考えないでなにが批判でき
るというのだろうか。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

秋深遠
波賀温泉の「楓香荘」で一泊する。
りんごが有名なようです。
リンゴアイスクリームなるものがありました。
温泉にはリンゴがぷかりぷかりと浮いていましたね。
なにかきっと効用があるんでしょう。

明けて朝からうす曇りでありました。
なんとかお昼過ぎまでもってほしいものです。
本日のメインイベントは臨済宗安国寺の紅葉です。

9211安国寺

わざわざ日曜日は避けて月曜日の訪問としました。
しかしなんと平日にもかかわらずたくさんの見物客でにぎわっていました。
これが土日だとどういうことになっていたのでしょうか。
昨日はすごい人出でしたと受付の女性がおっしゃってましたから。

まさに一幅の絵を見るようです。
この枠を通しての空間がいいのでしょう。

9225安国寺

撮影タイムと称して見学者は座敷から退場をうながされる。
部屋の外から秋を撮るわけです。

住職には自らモデル役を演じていただきました。
これには訪れたみなさん、いたく感嘆しておりました。
これはモミジではなく「ドウダンツツジ」です。
群生しているんですね。
禅宗のお寺ゆえの趣がありました。

9206ドウダンツツジ

9216安国寺

赤と黄、なんだか高揚する秋であります。

N8603銀杏に柿


秋探訪
どこかへでかけることが少ないと精神に変調をきたすという。
じゃあ近場だが紅葉でも観にいこうか。
えっ待てよ、そんなにどこにも行っていなかったかなあ。
時間の間隔、あるいは感覚は人によってちがうのでなんともいえない。
まあよしとするのが大人の態度だ。
(そんなものとしよう)

いままさに秋真っ盛り。
紅葉・黄葉といってもいろいろと趣のちがいはある。
赤・橙・黄とさまざまに樹木の葉色は変化する。
温度がさがるとなぜ葉の色は変わるのか。

N8548紅葉

N8534黄葉

葉には葉緑体という緑色した構造体がたくさんある。
この葉緑体が光合成を担っているわけです。
葉緑体にはクロロフィルと呼ばれる光合成色素が含まれている。
このクロロフィルは緑色あたりの光を吸収しない。
だから緑色だけが反射されて葉は緑色に見えるということです。

しかし、秋になって気温がさがり日照時間が短くなると光合成効率が悪くなる。
葉も養分を消費しているので、消費する養分より生産する養分がより少なくなると、
葉を残すことは植物の生存にとって不利になるわけだ。
そこで落葉樹では秋になると、落葉の準備が始まる。
通常クロロフィルは常に分解・再生産されることを繰り返しているが、
再生産が抑制され分解だけが行なわれるようになっていく。
その結果、緑色が薄くなり葉に含まれる他の色素の色が見えるようになってくる。

「黄葉」の場合は、葉の中にクロロフィルと一緒に含まれていた「カロテノイド」
という黄色の色素が見えてくることによって起こる。
一方赤に見える「紅葉」はもう少し複雑である。
「紅葉」する樹では、葉の根元と枝の間に「離層」と呼ばれる物質が形成され、
葉と枝の間の物質の交換を妨げるようになってくる。
そこで葉で作られたブドウ糖が枝に流れず葉に蓄積されるようになる。
ここに紫外線があたることでブドウ糖が分解される。
そのことによってそれまで存在しなかった色素、赤色の「アントシアン」がつくられる。
初め緑だった葉は赤と緑が混じった茶褐色の時期を経て、全体が赤色に変わっていく。
これはクロロフィルの再生産停止とアントシアンの形成が葉の表面の部分から先に起こるためだ。
というようなことらしい。

まずは宍粟市の最上山公園の紅葉をみる。

N8533池にモミジ

そこで教わった「福地渓谷がきれいですよ」との情報を得る。
谷川沿いの景勝はなかなかみごとでありました。

N8574寒桜

N8567福地渓谷

そして最後に波賀不動滝公園へ。

N8593原不動滝山門

N8582原不動滝

色づく秋というのは人をひきつける魅力がある。


ゲームの世界観
ヒトはゲームが好きである。
クイズ・謎解きなどもゲームとおなじように好まれる。
とくに研究者クラスにもなると難解なものほどいいという。
(ゲーム嫌いは、つまらん単純なゲームが嫌いということだったりする)
ヒトに近縁のチンパンジーもパズルを好む。
これは脳がもつ傾向なのだろうか。

第二次世界大戦時、ドイツに大量の謎解き問題ビラがまかれた。
原子爆弾開発競争のさなか、お互いに相手の研究をすこしでも遅らせようとした。
難解であれば難解なほどむきになって解こうとする研究者を狙ってのことだ。
というようなエピソードが伝わっている。

ときに最近ではゲーム依存症などととりざたされる。
ゲームと実人生を比較するのだ。

N8449雪対策

ゲームの魅力はリセット機能にあると思う。
まちがいを恐れなくてもいい。
だが、そのことによって深く考えることをしなくなる。
だらだらと続けるゲームは楽しいのか。
それとも薬物中毒のようなものなのだろうか。

人生にリセットはない。
(死はリセットでなくゲームオーヴァーだな)
あればどんなにいいだろうと考える人はおおい。
後悔先に立たず、なのだから。

完璧主義な人ほどリセット機能がうらやましい。
人生もリセットできればと考えずにはいられない。
完璧なんてあるのか、とは考えない。
自己完結していないと不満なのだ。

人生、思うようにはいかないわな。

リセットのないゲームは魅力がないのか。
これも一考に価する問題だ。


学食で読書
いつも金がない。学生食堂でいちばん安いうどんを食う。だからといって、べつにわが身を嘆くよう
なことはない。ただ、金がないだけのことだ。そのうちなんとかなるかもしれないし、ならないかも
しれない。そんなことよりいま読んでいるこの本だ。なんだ、これは。なにを言いたいのかさっぱり
分からない。もしかして俺のほうに問題があるのか。この程度のことが分からないのか、ということ
を提示されているのか。いやいや、これって中身がないでしょ。もってまわった言い方でさもなにか
を言っているかのように理解もしていない概念を羅列しているだけではないのか。ときどきあるんだ
よね、この手の本が。編集者はなにを考えてこんな本を出すんだ。なにも考えていないんだろうな。
とにかく成績(出版実績?)をあげなくちゃと。だったら上司も上司だ。こんな出版社は潰れてしま
えばいいんんだ。しばらくして、その出版社はほんとうに倒産した。おれのせいではないよな。

N8494風見鶏

「我が家のヒミツ」 奥田英朗 集英社 ★★★
六つの短編のうち興味を引いたのはふたつ。「虫歯とピアニスト」と「妻と選挙」。前者は以前は専
業主婦だった三十一歳の敦美が勤める歯科医院にピアニストが治療に来るという話。後者はいわゆる
草の根市民が地方選挙に立候補するという話。どちらも現実にありそうで、身近にはなかなかなさそ
うというところがミソである。「妻と選挙」にでてくる主人公は《井端さん一家》シリーズでN木賞
を受賞した作家だ。しかし、近頃はいまいちパッとしない。なんだか本人の自嘲かと思えるところが
おもしろい。そんななか妻が市議会選挙に立候補すると言い出した。ボランティア活動をするなかで
いろんな現状を見るにつけなんとかしなければと思い始めたのだ。しかし、選挙活動はそう甘くはな
かった。夫婦の会話にもそんな様子がかいまみえるようになった。
『「そうよ。世間に対してクールで皮肉屋なのが、作家・大塚康夫」
 里美が頬杖をついて言う。その通りなので、康夫は黙って下唇を突き出した。
「そもそもあなた、わたしが選挙に出るの、よろこんでなかったじゃない」
「そんなことはないさ。君が何かにチャレンジするなら応援したい」
「あ、そう。そうならうれしいけど」
「きっと恰好をつけてる場合じゃないんだよ、選挙って。現職の市議会議員なんか、会ったこともな
い人の葬儀に参列したり、香典を包んだりするじゃない。彼らは土下座もするし、うそ泣きもする。
そういうの、里美も少しはやるべきなんだよ」
「うそ、土下座も?」
「それはたとえ話だけど、深々と頭を下げて、何を言われても笑顔で通して、嫌がられても握手の手
を差し出して、人が集まるところには図々しく押し掛けて、そうやって名前を憶えてもらわないと、
先に進めないのが政治の世界なんだよ」
 里美が眉をひそめ、康夫を見つめていた。』
康夫は人前で話すことが好きではない。しかしそうもいっていられない状況のようだ。しかたがない、
ここは自分が応援演説に立つべきか。なんといってもN木賞作家なのだ。そして立った。
『「おまえは何を考えているんだ、政治は素人が出来るようなものじゃないぞ、主婦の生き甲斐探し
で首を突っ込むのは市民に対して失礼だろう。そう言って懇々と諭しました――というのはうそで、
内心思っただけです。言ったら喧嘩になります。夫婦喧嘩になると、大抵わたしが敗けます」
 あちこちで笑いが起こった。おお、ウケている。康夫は体が熱くなった。何事かと人が足を止め、
集団心理からあっという間に人垣が出来た。
「しかし、話を聞いているうちに、妻が真剣であることがわかりました。高齢者福祉のボランティア
活動を続ける中で、いろいろな壁にぶち当たり、葛藤し、市政が改善すべき点を、妻は身をもって知
ったのです。誰にとっても高齢者福祉は他人事じゃないんです。ここにいる方は大半が現役世代で、
何十年も先のことだと思うかもしれません。しかし、親はどうですか? 介護が必要になったとき、
みなさんは対応出来ますか?」
 だんだん調子が出て来た。澱みなくしゃべる自分に、康夫自身が一番驚いている。視界の端では里
美が口をポカンと開けていた。』
さすがはN木賞作家、ファンだという人も現れる。こうして好循環へと転換できた。さて選挙の結果
はどうなるか。ご自身で続きは読んでいただくしかない。

「シンガポールの奇跡」 田中恭子 中公新書 ★★★
本書の発行年は昭和59年だから、すでに30年以上が経つ。しかし内容はそう古いとも思えない。
アジアのなかでもシンガポールは特異な立ち位置を示している。まず公用語は、マレー語、標準中国
語、英語、タミール語の4言語になっている。だが、独立前は英国の植民地であった。
『問題は英語で教育がおこなわれるところにあるのだが、シンガポールがこれを変える可能性はまず
ない。多民族国家だから言語問題は教育用語の問題にとどまらない。英語を使ってきた所でこれをや
めるとすれば、では何語にするかが大問題になるし、英語は国際語だからいろいろ便利なこともある。
何よりも英語の経済的価値は絶大だ。開放経済体制のシンガポールでは外資系企業が多いし、地場産
業の主力も金融、運輸、通信、貿易といった世界を相手のサービスだから英語がものをいう。そのう
え政府も英語で運営されているので、役人になるにも英語が必要だ。というわけで、英語ができると
就職のチャンスも給料もうんとよくなる。』
そういう状況にあるが、シンガポールの人口の四分の三を中国系市民がしめる。中国系市民はどのよ
な意識でいるのだろうか。ものごとはそう単純ではないようだ。
『一九六五年にシンガポールが独立した時、中国、台湾に次ぐ第三の中国の出現と騒がれた。シンガ
ポールにとってこれほど迷惑なことはない。もし第三の中国であれば、東南アジアの中心に位置する
都市国家に将来の展望はない。東南アジア諸国はみんな中国ぎらいだ。弱小国が大国、強国に反感を
もつのは永遠の真理だが、東南アジア諸国の中国ぎらいにはもっと切実な理由がある。』
中国人は祖国のために働く気概をもつものがおおいという。それが政治状況を複雑にしている。また
こんな話もある。筆者が同僚から論文を日本で本にしてくれそうな出版社を教えてと頼まれた。では、
論文が英語なので訳者も探さないとというと驚いたというのだ。彼は日本の出版業がほぼ日本語で成
り立っているということが理解できていなかった。これが植民地支配の恐ろしさかもしれない。日本
人はグローバルだとかといって英語をありがたがる。しかし自国語で科学からはじまってほぼすべて
の教育が受けられる日本という国のほうがアジアでも特殊なのだと知らなくてはならない。母語は、
その人の思考形成に多大な影響をもつ。ことばはコミュケーションの手段というよりも思考のツール
として役割がおおきいのではないか。そんなことを本書を読みながら考えていた。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

旅のみそら
ときどきこんな歌詞が口をついてでてくる。

♪ 旅の燕(つばくろ) 寂しかないか ♪

西条八十作詞、古賀政男作曲の「サーカスの唄」だ。

戦前(太平洋戦争前)にヒットした曲だから知らないはずなんだが。
なにかで聞いたのだろう、このフレーズだけが歌える

だからか、旅はさびしいものだという刷り込みがある。
ひとりとぼとぼと海岸線を歩いているような情景を思い描いてしまう。
知らない町から町へと。
「点と線」や「旅の重さ」が連想される。

N8497奈良井宿

若いときによく考えた。
人はなぜ旅にでるのか、と。
未知なる町や山や海が見たいのだ。
見てどうなるものではないかもしれないが、とにかく見たい。
いてもたってもいられないんだ、というような感覚に襲われた。
どこへというあてもない。
切符を買って列車に乗ればいい。
そういう意味では、あのころ国鉄の均一周遊券というのはぴったりだった。
域内をなんどでも乗り降りできた。
夜行列車もけっこう走っていたからいつでも移動できたのだ。
列車の中で眠りもした。
傍から見れば寂しそうに見えたかもしれない。

N8498路傍の石

だがまったくそんなことを感じてはいなかった。
もちろん、ときに人恋しいと思うことはあった。
それは旅でなくとも生きていれば経験することなのだ。
旅と人生は裏表でメビウスリングのようなのだ。

いくつもの知らない町を旅した。
いろんなたくさんの人に出会った。
会えばかならず別れがあることも知った。

N8516紅葉する山

悲しみも、いつかは消える。
よろこびは、いつまでも続かない。
記憶は薄れながら、どこかにかならず残っている。


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

韮崎でお墓参り
この七月に亡くなったM氏の墓を訪れる。
空は晴れわたり陽の光はさんさんとふりそそぐ。
さわやかな風がゆるりとわたるなかだった。

N8482甲府盆地

彼の好きだったピースの煙があたりに漂う。
どこからか出てきそうにも思えたが、それは叶わなかった。

N8468韮崎墓所

わたしが初めて彼に会ったのは昭和四六年の三月のことだ。
陽光あふれる瀬戸内にうかぶ真鍋島でのこと。
ユースホステルを利用して若者が旅行する懐かしき時代だった。
質素な食事を凌駕するような旅の経験ができたときでもあったのだ。

一部の若者はできるだけなにもない地を渇望した。
有名な観光地はあまりにさびしすぎるのだ。
彼らはほとんどひとりで旅をした。
なにごとにも反抗的だったかもしれない。
だが、名もない田舎で出会う人たちには敬意を表した。

島ではひとり旅の仲間が集まって夜ともなると語りあった。
(というように書くと、嘘になるかもしれない)
ほんとうのところは、つまらん冗談など言いあっていただけだ。
もちろん女の子の話もした、と思う。

相手のこころのうちのことなど誰もわからない。
相手だって自分のことなどよくわかっていないはずだ。
現に俺だって自分のことがよくわからないんだから。
などという話をしたのだろうか。

話すことでずいぶんと楽になりました、といわれた。
みんなが話すのを聞いているだけでもなんだか楽しいですね。
いままで自分が嫌で嫌でたまらなかったけど、捨てたものじゃないんだと。
自信というのじゃないんですけど、ちょっと頑張れるかななんて思いました。
そうですよね、みんななんやかやと悩みもありますよね。
ないわけないじゃんか、ってやっとわかりました。
いまここで笑っている自分にびっくりしているんですよ。
それでも明日はみんなと別れ別れになるんだ。
でも、もうだいじょうぶ。
いつかどこかできっと会いたいです。

そんなようなことがあったよな。
また会えたじゃないか。
ほんとうに来てよかった。

N8419空ゆく雲


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

晩秋の白馬
若いころに旅で知りあった友というのは気がおけない。
おたがいに思ったことが言いあえる。
つまり、肩肘張らなくていい。
それがまた楽しい。
(それって、俺だけだろうかという疑問は残る)
出会ってもう四十年以上にもなる方々もいる。

おたがいに見た目はすこし変化した(笑)。
そんなかっての若者たち十七名。
ここ白馬のペンション「タタン」に集う。
なんとも不思議な因縁で結ばれている。

N8455白馬の山並み

N8439熱気球

話しているうちにいろんなことを思いだす。
近頃物忘れがひどくなってきたのに、あのころのことは忘れない。
なぜだといってもしかたがない。
記憶も短期と長期があって収まるところがちがうようなのだ。

いまでも思いだしてはすこし笑う。
あのころは、けっこう綽名で呼びあっていた。
その由来もとくに気にすることもなかった。
(後に理由を聞いても、理解不能なものが多かった)
当然いまでもそう呼ぶことになんの違和感もない。

だが、人はときに立ちどまる。
まてよ、そもそも本名はなんだったっけ。
えっ、そういえばなんて名だったかなあ。
ここまででてきているんだけど。
最後まで思いだせなかった方もいる。
(いまさら聞くわけにもいかず、まあいいか)

人の名はあくまで符丁である。
(しかし、思いだせないと気になるんだよなあ)
まあ、笑顔が見れただけでよしとしよう。

また会えるといいですね。

N8430白馬の朝


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ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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