ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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髪を染める女性
以前はこんなことがよく言われていた。

「みどりの黒髪」
「黒髪はおんなの命」

ひと昔前の流行ですよね。
だからかそのころの女性は白髪を嫌った。
丹念に抜いたりもしていた。
いまは、カラーリングする方がおおいのだそうだ。

「その顔で似合わない」、思っても言ってはいけない。
他人にはまったく関係がありません。
その人自身だけで完結する問題なのであります。

こどもが仮面ライダーにヘンシーンというのとおなじ心理だな。
シンデレラになった自分が味わえるのでしょう。
でも共感があったらもっとうれしいかもしれないです。
だからなのか、同性はかならずほめますよね。
すてきに染まっているわねえ。

「褒めるは他人(ひと)の為ならず」

N8706海よ


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続々・化粧するヒト、しないヒト
女性は化粧しているほうが精神の安定がえられていいという。
それもおもに同性に対するものなのだそうだ。

えっ、男に美人だとかイイ女だと思われるためじゃないの。
そんなつまらない了見からではないのだそうだ。
「女の敵は女だ」というでしょ。
たしかにそういう。
なかなかむずかしいものだ。

哺乳類の繁殖作戦はおもにメスに主導権がある。
ホモサピエンスもおなじことである。
そこには主導権争いが当然ながらおこる。
オスよりメス間の戦いのほうが熾烈であるのはいうまでもない。

N8690ニャオ

男なんて単純なものよ。
ごもっともな意見であります。
化粧は女性が女性に対してする威嚇行為なのではないかと思う。

ニホンザルなんかはっきりとした序列があるじゃないですか。
ヒトの社会にも序列はある。
(もちろん、なにごとにも例外はあるものだが)
序列の上位にいるほど生きやすいと思われている。
そこでなんとしても、マウンティングといわれてでも序列をあげたい。
手段が目的化していると批判されようがかまわない。

そのためにも化粧は必要である。
化粧はこころの安寧をもたらしてくれるペルソナなのだ。
それで幸せですかだって。
幸せってなによ。
わかったような口きかないでほしいわ。
夢も覚めなければ現実になるんじゃないのかしら。

仰せのとおりでございます。


温泉場で読書
日本アルプスのふもとあたりには温泉場がたくさんある。ちいさなものからおおきな旅館のような普
請のものまでさまざまである。その温泉場は広い休憩室のようなものを備えていた。湯上りにひと息
ついて軽い食事などもできるようになっている。登山客のなかに地元の方もまじっていた。旅行者で
あるわたしは湯でほてった身体を横たえていた。リュックを枕に本を読んでいると、若い女性の声が
聞こえてきた。ほう、こんなところにも女性がくるんだなと思いつつそのまま本を読んでいた。その
とき突然視界のなかに、にっこりと笑う女性があらわれた。だれだろう、知っている人なのかな。思
いあたるような記憶はよみがえらない。「ムッシュ、わたしのこと忘れたの」がばっと起きあがった
ら誰もいなかった。まわりを見回すが姿はない。あれっ、夢でも見ていたのか。そのときテレビから
歌声が流れてきた。♪ あなたお願いよ 席を立たないで 息がかかるほど そばにいてほしい

N8829メタセコイア並木

「近代日本の陽明学」 小島毅 講談社選書メチエ ★★★★
「武士は本来、天皇陛下の番犬としてお仕えするもの」という使命感を根底にもつ「靖国史観」とは
どういうものなのか。その論理とはなにか。小島氏はいきなりこう書く。
『天皇につきしたがった者のみが正しいとする、戊辰戦争のなかで確立したこの独善的な論理は、先
述した藤田東湖が本職として関わった『大日本史』のものであり、それに先立って大流行した頼山陽
『日本外史』の論旨である。そして、動機が正しい「大義」の戦いであったことだけを根拠に、いま
だに「聖戦」を称揚し、「なぜ負けたのか」を問おうとしないその思考停止ぶりは、水戸学の大義名
分論と日本陽明学の純粋動機主義とが結合した産物なのだ。本書はそのことを論証していく。
 だが、それによってわたしが読者諸賢に問いたいのは、単なる靖国問題ではない。そもそも、人々
がみなで共有できる「歴史認識」などというものが存在しうるのかという、きわめて原理的な問いで
ある。わたしの語る「近代日本の陽明学」は、あくまでわたしの物語であり、あなたにはあなたの、
こなたにはこなたの、「近代日本の陽明学」がありうるだろう。無限の相対主義に陥るやもしれない
この泥沼でもがき苦しむことなしには、「近隣諸国との友好」などあり得ない。反・陽明学的心性を
持つわたしからの、これはみなさんへの挑戦状である。』
中韓がなにかにつけていう正しい歴史認識ってなんなんだろう。歴史認識に正しいとか正しくないと
かがあるとは知らなかった。正しいなんとかといわれると、そうなのかと思ってしまう人がたしかに
いる、と正しく認識しているのだろうと想像するのだが。歴史は物理とか数学とはちがう。思想・主
義・宗教に近い。立場がちがえば認識が変わるというものだろうと思う。それはさておき、中国には
紀元前孔子を祖として儒教が興った。その後キリスト教とおなじようにいろいろな派が生まれた。そ
のなかでも有名なのは朱熹のとなえた朱子学だ。それを批判するかたちででてきたのが陽明学である。
ただこの陽明学はふつうの教義とはひと味ちがっている。なにかひたむきな感じがする。
『陽明学者は陽明学を師匠から伝授される必要がない、と。中国でも日本でも(少数だが朝鮮でも)、
高名な陽明学者は朱子学の学習によって陽明学者になる。教祖・王守仁(陽明)にしてからがそうで
ある。彼は熱心に朱子学を学び、その精神を実践しようとし、挫折し、悩み、そして悟った。「理を
心の外に求める朱子学のやり方は根本的に間違っている。理とはわが心のはたらきにほかならないの
だ」と『青い鳥』の寓話にも似たこの悟りによって、陽明学的心性を持つ後世の者たちも、晴れて陽
明学者になることができるようになる。』
武士の倫理には儒教のそれも朱子学の影が強く感じられる。だがやがてそこに陽明学が伝わる。そし
て幕末の維新運動におおきな影響をおよぼした。ただいえることは次のことだ。
『彼らが置かれた時代背景の中で、生活指針となりうる過去の思想的遺産であった。それは「彼らの
陽明学」であった。ここでわたしに言えることは、「彼らの陽明学は、王陽明の陽明学ではない」と
いうことだけである。』
ただ陽明学そのものはこれといった定形をもたないので、まだ理解には遠いのかなという気がする。

「人生はマナーでできている」 高橋秀実 集英社 ★★★★
高橋氏の著書はおもしろい。わたしなど不謹慎とそしられそうなぐらいに読みながら笑ってしまうの
である。そしてしばらくして、すこし物悲しくなる。第7章結婚するつもり? などはことにそうだ。
社会学者がいいだした「婚活」は、後ずさりするように様々な「〇活」を生み出しているという。
『そういえばある未婚女性もこう言っていた。
「いい人がいれば結婚してもいい」
 これも「いい」が重複している。「いい人」とは「結婚してもいい」人のことだからこの文章は何
も語っていない。譬えるなら「おいしいものがあれば食べてもいい」というのと同じ。おいしいかど
うかは食べてみなければわからないし、おいしさを感じるのはあなた自身であって普遍的に「おいし
いもの」があるわけではない。』
結婚相談室のこの道21年になるベテラン仲人はこう語るのだそうだ。
『「女性は相手に対して『どこか頼りない』『物足りない』と必ず言うんです。そんなもん、全員頼
りなくて物足りないですよ。物足りないから残っているんだし。そもそも男は物足りないぐらいがち
ょうどいいんですよ。物足りるとうるさいでしょ」
――おっしゃる通りだと思います。
 私は同意した。物足りないから文句も言えるのだ。しかしこれは結婚生活をしばらく送ってみなけ
ればわからない境地で、「実際はどのようにアドバイスされるのですか」とたずねてみると、彼女は
即答した。
「この人を逃がしたら一生の不覚! これを逃したら孤独死!」
 ほとんど脅しだが、それくらいでないと目が覚めないそうだ。
「『誰と結婚しても同じよ』とも言いますね」
――同じ、なんですか……。
「要するに、相手の問題じゃないということです。相手が変わればまた別の問題が出てくるわけです
から、相手のせいにするんじゃなく自分の問題として考えなさい、と言いたいんです」
――「自分から好きになれない」「ビビッとこない」と言う人もいるんじゃないでしょうか?
 これは婚活中の義弟の口癖でもあった。
「やっぱり、相手にボーッとなれる人はしあわせですね。結婚は多少は頭がおかしくないとできない
決断ですもん。本当に一瞬でもいいんです。後になって、なんでこんなバカと結婚したんだろうと思
ったりしますが、その一瞬があればいい。それにすがりついて一生いけたりするんですね、これが」
 魅力とは相手が持っているものではなく、自分が感じるもの。感性というよりひとつの能力なのか
もしれない。』
どこか他人事ではものごとは進まない、というのはなにごとでも同じである。歴史的に日本は母系社
会といわれいたのではなかったか。女性が主導権を握らないでどうするのか。
『振り返ってみれば、日本人の結婚は平安時代まで「婿入婚」、つまり男が女性の家に婿入する形だ
った。『竹取物語』のように男たちが求婚し、女性、ならびに女性の両親が決める。最終的判断は女
性側が下すのだ。母系制の名残りなどともいわれるが、人類の歴史としてはそちらのほうが長いし、
卵子が精子を選ぶようにこれは生物学的にも正しいような気がする。ちなみに古来、婚姻関係のこと
を「めおと」と呼ぶが、これもかつては「女夫」と書いていた。「め」は女性なので自然な漢字表記
なのだが、明治時代に夫を先にして「夫婦」と書き換えられたのである。「とつぐ」も然り。「嫁ぐ」
などとまるで嫁入りを表しているようだが、これはもともと「と継ぐ」。「と(性器/ほと)」をつ
なぐセックス、あるいは「と(戸)」を継ぐということで家を継承することを意味しており、本来、
性別は関係ない。漢字をすり替えることで、女性は受け身だと洗脳されてきたのである。それを真に
受けるとおそらく女性は結婚できない。受け身もまた演出にすぎず、受け身と見せかけて男を落とす。
受け身で待つのではなく、受け身で迫るのだ。』
いまだ結婚したいと思いつつそこに至らない女性にエールを送りたい。あっ、ついでではありますが
男性にも。結婚しないで後悔するより、結婚して後悔するほうがいい。のじゃないかと思うけど。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

ホワイト新年会
このところ毎年恒例になっている新年会。
今年も滋賀の友人夫妻宅でひらかれることになった。
いろいろと準備等大変だったと思うがそのご厚意に感謝したい。
島での友人Dさんからたくさんの海の幸が届いた。
「ナマコ」がうまそうだ。

N8814海の幸

はるばると北は埼玉県、南は大分県から十五名が集うことになった。
みんなが集まりはじめたころから雪がちらちらと舞いだした。
想い出もぼたん雪のように降り積もっていくのだろう。

N8815新年会15名参加

N8816ごちそう

ぼくたちが縁を結んだ島は真鍋島という。
ときどき思いだす。
だれかがここは「学べ島」ですねといった。
若者がそれぞれになにかを学んで帰る島なんだと。
いろんな想い、出来事、エピソードがつぎつぎとうかんでくる。

島ではだれもが気がつくとなにくれとなく働いていた。
マルクスの理論とはちがう世界観がそこにはあった。
テンニースがいうように、ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと世界は動いていない。
人は生きるためになにが必要なのか、すこし考えたりした。

夏のさなか背負子に魚の荷を積み、港から徒歩で山を越えて運んだ。
荷からは魚臭い水がしみだしてTシャツを濡らした。
地獄船と呼ばれ恐れられた運搬船からの荷おろしもあった。
砂浜に埋もれて動かないドラム缶に悪戦苦闘したりもした。
連日おおくの若者に食べさせるための食事の準備は終わることがない。
朝食・昼食、ホッとするまもなく夕食の時間がせまる。
(今回は鉄板ネタともいえるボイラー事件のことは省略する)

N8822一月バースデイ

男も女もじつによく働いたと思う。
一部を除いてはの注釈付だが(笑)。
働かない者も必要であるという寛容さもあった。
働く場面・ケースがちがうのだという認識をもてばいいのだ。
そこがなによりすごい、といまでは思う。

しかし、いつもどこかで明るい歌声が響いていた。
笑い声も絶えなかった。
都会から来た若者がいままでこんなに楽しいことはなかったという。
働くのが楽しいの?
いえ、みんなの話しているのを聞いているだけで楽しいんです。
おじさんやおばさんの話もためになるし。
ぼくたちのこと、ほんとうに親身になってくれてる。
そういうのがわかるんです。
それって幻想かもしれないんじゃないか?
そうかもしれないけど、そう思えるってことがすごいじゃないですか。
自分もそんなふうに生きられるのかなあ、って。

そんなこんなのすべてが、いまではすばらしい想い出なのである。

あっというまの八時間あまりの宴もいつかは終わる。
つくづく実感する。
アインシュタインじゃないが、時間とは相対性をもつものだと。

すっかり白く雪化粧された町を階下にながめながら宴はなおもつづいていった。
森羅万象のすべてに感謝したい気分だ。

N8824ホワイト新年会


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

続・化粧するヒト、しないヒト
女性は時間をかけてていねいに化粧をする。
そして外出から帰ればきれいに化粧をおとす。
翌日もおなじように続けている。
男から見れば、毎度毎度ご苦労なことだと思う。
しかしながら、最近では男性も化粧するんだとか。
ふーん、そうなんだ。

だが男の女性化ということではない。
人類発祥の地といわれるアフリカの部族は男が化粧をする。
戦闘の前におこなう化粧は意識を高揚させる。
興奮はアドレナリンの放出をうながす。
死の恐怖や多少の痛みなどは感じなくなるというわけだ。

役者は舞台にあがる前に化粧をする。
化粧することによって別人格をまとうことができる。
芝居をするための準備動作でもある。

なるほど人生の場面には演技を必要とすることが多々ある。
化粧のうまさは名優への道ということになるだろうか。
まあ、なかにはピエロもいるが。

要はなにをどう演じるか。
そこのところは、みんなうすぼんやりながら分かっている。

こうして考えると化粧ってなかなか奥深い。

ところが外出するのにいちいち化粧するのが面倒だ。
という女性も最近は多くなっているともいう。
だからなのかマスクウーマンが増えている。
たしかにマスクは秘密めいた効果もあるから一石二鳥かもしれない。
(はずしたときの落差が問題だが)

まさしく、ヒトは考える動物である。
また、ヒトは言い訳する動物でもある。

N8705ハンモック


化粧するヒト、しないヒト
女性は大人になると、いつのまにかだれもが化粧をするようになる。
だが、ときおりまったく化粧をしない人がいる。
その本人にきいてみると、化粧水ぐらいはつけているのだという。
化粧は見た目におおきな影響を与える。
しているか、いないか、一目瞭然である。
最近、ナチュラル化粧というのもあるらしいが、これも化粧の一派だ。

DSCN8785.jpg

それぞれが好きにすればいいと思うのだが、世のなかそう単純ではない。
する人がしない人を見つけると、なぜか不安を覚える。
もしや化粧はだれもがするものではないのかと。

いやいや、そうではないでしょ。
化粧って社会生活をおくるうえでのマナーです。
常識じゃあないですか。
身だしなみといってもいいくらい、と言わずにはいられない。
そこにはコンフリクト(葛藤)があるようだ。

しない人はそんなこと意にも介さない。
やりたきゃやればいいじゃないの。
化粧って肌の老化を促進する効果があるんじゃないの。
くわえて化粧品会社にもよろこばれるわ。
などとは思わないだろうが、肌のためにいいとは言えない。

そんなことには化粧品会社だってとっくに気づいている。
肌にいいという効能をうたう化粧品なるものもある

しかし化粧の本質はそこではない。
コストパフォーマンスの問題があるのだ。
するほうが、しないよりどれほどの利得があるのか。
これは恣意的は判断にゆだねられる。
数値化するのはむずかしいと思う。
なぜならそこには価値観がはいりこむからだ。

がんばれ、化粧する女性よ。


こたつで読書
いまのように部屋を暖めるということがなかった。部屋の真ん中にやぐら炬燵がでんとある。寒い寒
いと言いながら、本をもってこたつにはいる。背中がさむいので綿入れのちゃんちゃんこを着てる。
冬の定番といえばみかんだ。食べ方には個性がでる。わたしはいつもきれいに皮をむいてスジもこす
るようにとってこたつ上にならべていく。一直線に並べなくてはならない。すべてきれいにならべ終
わったら、はじめて食べてよし。ひとりならこれでいい。しかし他人とおなじだとそうもいかない。
だから、みかんを食べてもいつもどおりではないから落ち着かない。食べた気がしない。ルーティン
がちがうからだ。ごろんと仰向けになって高く本を掲げる。読んでいるうちに眠くなってくる。これ
はいかんと思って、天井をながめる。シミのような模様がひろがっている。それが人のようにも動物
のようにも見えてくる。バタンと本を落とした音でめがさめる。いつのまにか眠っていたようだ。

N8687島猫

「塀の中の懲りない面々」 安部譲二 文藝春秋 ★★★★
いっときテレビなどにも出ておられましたね。その頃、ベストセラーになったのが本書です。ふと読
んでみようかなと思いついたのです。なかなか素朴さが感じられる文章で好感がもてました。この「
塀の中」というのはもちろん刑務所のことなのですが、いまではふつうに通用する言い回しです。こ
の本が初出なのかもしれません。ふつうとはちがうエピソードなどに興味がわきます。
『警察の留置所は小学校、未決の拘置所が中学校、そして初犯刑務所は高等学校で、再犯刑務所は大
学だ、というのは、昔からよく耳にした暗黒街のざれ言です。
 長く語り伝えられた言葉には、ざれ言にも、それなりの真理が秘められていました。
 懲役も、この大学まで進めば、もうそれからは、その専門分野でズーッと生きて行くことになりま
す。』
ひと言に更正するというが、現実はなかなかむずかしいことなのでしょう。しかし刑務所に入る犯罪
者ばかりが悪人ということになるかというと、世のなかそう単純ではない。
『健康保険をくすねる医者や、助成金を懐に入れる私学の理事長なんか、代議士先生と同じで、お上
の金を盗るから無事なので、民間の街の金を盗ると、それがどうでもいいような種類の金でも、検事
や裁判官は途端にエンジンがかかって、驚くほどマメで気前のいい仕事をするのだそうです。』
十四歳でぐれ、十六歳で家を出て、渋谷の安藤昇の児分の舎弟になったという安部さんである。府中
刑務所にはいろんな犯罪者がいて、ニセ医者もいた。だが彼は腕がよかったという。あるとき見学者
の一団がやってきて作業中の彼を見るなり、こう問いかけた。
『「ア、貴方はもしや西畑先生……。大学の外科の医局におられた」
 と叫ぶように言ったのです。ドク・西畑は手を止めて、ちょっと老眼鏡をずらすと、
「ああ、それは兄でしょう。先日下手な内科にかかって死にました」
 ウムを言わさぬ慣れた台詞でした。』
しかし刑務所生活は楽ではない。
『刑務所の冬は地獄です。
 これまでの長い無頼な暮しで、それはさんざんな目に会い続けた私ですが、冬の刑務所ほどの非道
い辛さは、覚えがないのです。
 府中刑務所の舎房には、暖房はおろか火の気もないので、工場で働かされる日はともかく、免業の
日曜日や祝日だと一日中閉じ込められたままですから、お陽様まで免業なんてことになれば、懲役た
ちはもう冷蔵庫の中に入れられてしまったのと同じでした。
 舎房の中の熱源は、懲役たちの体温だけという、これは原始の世界だったのです。』
現在の刑務所はどうなっているのでしょうかね。

「辞書の仕事」 増井元 岩波新書 ★★★★
ふだんなにげなく辞書をひく。そして人は辞書はどのようにして作られているのか、というようなこ
とをあまり考えない。だが、ときに考えることもある。そんなとき本書にであった。辞書というより
言葉に興味がある。どうしてこういった言葉が生まれてきたのか。言葉の意味はどのようにして時代
とともに変遷していくのか。若いころに見坊豪紀さんの「ことばのくずかご」という本が好きで、よ
く読んでいた。いまの書棚にそのシリーズ本が五冊ある。そして本書の冒頭のほうにこう書かれてい
た。すこし長いし孫引きになりますが、ご紹介しましょう。
『辞書を作る仕事にたずさわっていた期間、辞書をどのようなものとして考えるかについて、いつも
私の念頭にあったのは見坊豪紀さんの辞書観でした。見坊先生に直接お目にかかったことは一度もあ
りませんでしたが、先生が語られ書かれた、辞書に対する熱い思いは、辞書作りにかかわる者が知ら
ずに済ますことができるものではありません。その数々の示唆に富む考察の中で、私にとってもっと
も直截的で分かりやすいのは、「辞書“かがみ”論」という先生の一貫した辞書論です。それを、先
生が編集主幹をされた『三省堂国語辞典』第三版(一九八二年刊)の序文から引いてみましょう。
  辞書は“かがみ”である――これは、著者の変わらぬ信条であります。
  辞書は、ことばを写す“鏡”であります。同時に、
  辞書はことばを正す“鑑”であります。
  “鏡”と“鑑”の両面のどちらに重きを置くか、どう取り合わせるか、それは辞書の性格によっ
  さまざまでありましょう。ただ、時代のことばと連動する性格を持つ小型国語辞書としては、こ
  とばの変化した部分については“鏡”としてすばやく写し出すべきだと考えます。“鑑”として
  どう扱うかは、写し出したものを処理する段階で判断すべき問題でありましょう。
  そのことばを見出しに立てる、ということがまず大切です。』
ことばの意味は変化するものである。その契機が誤用とか書き違いということもある。そこでいつも
思いだすことばがある。「あたりまえ」。これは漢語ならば当然ということ。トウゼンを聞いて、当
前と書く。これを読み下せば、当たり前となる。さて、ことばはむずかしい。
『ことばについて、こうなくてはならぬという一つだけの正解がないと同時に、絶対的な間違いとい
うことも非常に少ないものです。ことばはそんなやわなものではない。ある制約がありながらも、そ
の中で自由にできる余地のことを、「遊び」とか「はば」とか言うことがあります。ことばには「は
ば」があるのです。』
これを困難なことと感じるか、おもしろいと考えるかで人生の道は分岐するでしょう。増井氏は後者
を選んだということになる。
『国語辞典の担当になって間もない頃、日本語学が専門の友人に教えてもらったことがあります。こ
とばの意味には二通りあって、一つは文脈によって生じる意味、もう一つは文脈に依存しない、場面
から自由な意味で、辞典に記述されるべき意味とは後者の自由な意味の方だ、ということです。』
ことばをことばで説明するという仕事は、そう簡単ではないということが実感できる。また辞書のサ
イズの問題も興味深かった。読んで「目が点になる」ことがあるかもしれませんよ。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

六島から大飛島ぶらり
島宿三虎のご主人こと「ヒロクン」が六島に行かんかと。
今日は冬にはめずらしい凪だし、ひじきの市場調査もしたいという。

冬の瀬戸内を小型ボートでいく。
六島に来たのはもう四十年以上も前のことだ。
真鍋島から郵便船とよばれていた船でやってきた。
島へのライフラインだったわけだ。

N8778浮きネコ

六島には灯台があり灯台守の男性がひとりいた。
もう交代の時期で食糧も余っているんだと。
しきりに泊まってゆけとすすめられたが女性もいたので断った。
いまさらながらに考えれば、うら若き女性がいたからかもしれない。
人恋しさがつのっていたのだろうか。
ただそのうら若き女性だが、そういう記憶だけしかない。

N8763灯台ネコ

その昔の灯台もいまはない。
新しい無人の灯台がちがう位置に建てられていた。
あたたかな斜面には水仙が咲き誇っている。
なんだかさらにのんびりした気分になった。

N8760六島灯台

N8751水仙

ヒロクンとはやはり四十年以上も前に佐柳島へふたりで出かけたことがある。
いまでもおたがいによく憶えている。
ふとしたときにその話がでる。
そのころ、連絡船は港の手前でとまった。
すぐにやってくる伝馬船に乗り移り上陸するのだった。

いっしょに手をつないで歩きながら歌った。

♪ 裸足でゴーゴー踊りたい、という曲だった。

ひとっこひとり通らない島の道をいった。
心細かったのかもしれない。
すこし雨も降った。
港にあるお店で、火鉢にかかった鍋のなかの関東煮(おでん)を食べた。
ひとりおばあさんが縫い物をしながら店番をしていた。

ヒロクンはまだ小学校低学年だった。
それはそれは無邪気でかわいい子どもだった。
(いまもそのころの面影がすこしはある)

六島からさらに大飛島へとボートでいく。
島のはずれにゲストハウスがあった。
そこでコーヒーを飲みながらいろいろと夢想する。
時代はたしかに変化しているのだ。

しかしながら、やはり島旅は楽しい。

N8790恋人岬


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

冬の真鍋島へ
ときどきはお墓参りぐらいしないといけないな。
考えてみれば、ずいぶんとお世話になったしご心配もおかけしたことだろう。

いまでも、あのおばさんの笑顔を思いうかべることができる。
おじさんの声も聞こえてくる。
「よう来たな」
はるばると海を越えてやってまいりましたよ(笑)。

N8689墓参

なにがしたいというのではない。
なにを観たいというのでもない。
だれかに会いたいのかと問われれば、そんな気にもなる。
ただあの頃、かぎりなくいろんな人にこの島で出会ったのだ。

もうはるか昔のことだ。

N8692本浦港

いまもつきあいのある友もいれば、そうではない方もいる。
それはそれでいい。
すべての人とつきあうことはできない。
それが人生だというものだとわかっている。
だけど、もしどこかで出遭ったなら笑顔でいたい。
いろいろあったんだろうな、とおたがいに慮るんだろうな。

なつかしいかな、過ぎ去りしとき。
この世界のすべては光り輝いて存在している。
などと錯覚していたのかもしれない。
記憶は、すべてをきれいにコーティングしてくれたりするものだから。

でも、まあいいではないか。
夕餉には島の友人も加わってにぎやかに食べてのんで島時間はすぎていく。

N8718サントラ


テーマ:真鍋島の愉快な仲間 - ジャンル:旅行

自画像
写実的なものもデフォルメされたものもある。
画家はなにを思って自分の顔を描くのだろうか、と思ったりする。

N8812酉年

女性なら化粧をするたびにかならず自分と対面する。
念入りに、じっくりと観察しているようだ。
すこしシワがふえたのかしらとか、まだまだだいじょうぶよねとか。
(なにがだいじょうぶなのかは知らないが、つぶやいている)

男もひげを剃るとき、いやおうなく自分の顔をみることになる。
あまり注意してみているわけではない。
剃れたかどうかの確認をするだけなのだ。
手でさわった感覚でも確かめてみる。

だが、ときおりふと鏡の自分と眼があう。
一瞬、だれだと思う。
いやいや、おれだろう。
でもこんな顔していただろうか。
そりゃあ年月が経てば、顔も変わってくるさ。
まあそうだな、経年劣化っていうわけか、ハハハ。

細胞は日々入れ替わっているから、昨日の俺と今日の私はおなじ組成ではない。
だから、ほんとうは経年劣化とはすこしちがうのだ。

二十年経っていてもおなじ自分と認識する。
でもすこしずつ変化しているのもわかる。
これは他人についてもおなじことだ。

そこでもういちど、おれってなんだろうと考える。
そう思って、じっと自分の顔をみるのだ。

そんな新年のはじまりである。

N8800おせち




プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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