ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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披露宴会場で読書
場所は高台にあった。おおきなフレンチウインドウからは海がみえ、青い芝生の庭がひろがっていた。
披露宴の司会を頼まれていたのでかなり早く会場に着いていた。しばらく陽のあたるベンチに腰かけ
て本を読んでいた。人はこの世に生をうけて、成長して大人になって、恋をしたり失恋したり、いろ
んな思惑から結婚しなかったり、なんとなく結婚したり、その結果赤ん坊が生まれてくる場合もあっ
たり、幸か不幸か子宝にめぐまれなかったり、その赤ん坊もおなじように生きていくのだろうか。な
んて考えていると、人生ってなんなんだと思わざるを得ない。こんな気分じゃ司会なんてやっていら
れない。気分転換にとおおきく深呼吸をしたら潮の匂いがした。海だ、母なる海なんだ。生命は海か
らうまれてきたとオパーリン「生命の起源と生化学」で読んだ。気の遠くなるような時間を経過して
生命は地球上に誕生した。結婚はそのリングをつなぐひとかけらでもあるんだよなあ、と思った。

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「考えすぎた人 お笑い哲学者列伝」 清水義範 新潮社 ★★★
清水氏はユーモア小説作家と呼ばれている。その彼が哲学者物語を書かないかという編集者の誘いに
のってしまって書いたのが本書である。哲学とは苦悩の学問だと思われているが、本作にそれはよく
表れていると思う。なにせ取りあげられているのが、ソクラテスから始まって、プラトン、アリスト
テレス、デカルト、ルソー、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、ハイデッガー、ウィトゲンシ
ュタイン、最後がサルトルだ。一応これらの人の名は知っている。だが、どのような哲学を展開した
のかについてはわたしも心許ない。それは清水氏も同様のようである。なんとなく覚えているのは、
ルソーのエピソードぐらいだ。それはルソーに問いかけるような形で、本書にもある。
『あなたは子供をどう教育するのが理想的かという内容の『エミール』を書いていて、生まれてから
五歳までは何よりも母の愛によって育てなければならないとしています。とても説得力があり、受け
入れやすい内容です。しかし、その『エミール』を書いたあなたが、自分の子を五人も、生まれると
すぐ孤児院に入れているのはなぜなんでしょう。』
ルソーを弁護するわけではないが、その時代の社会の空気というものがあると思う。歴史上のことを
後からの常識や時代精神で批判するのはたやすい。いや、不遜であるかもしれない。だれだって、そ
の時代に生きていればそうしたかもしれないのだ。タイムマシンがないのがつくづく残念だ。それは
ともかくとして、やはりウィトゲンシュタインに興味がある。下世話ながらこんな事実を知った。作
中からそれらを箇条書きに抜き出して紹介してみよう。

  その人の名はルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインである。
  彼は一八八九年四月二十六日、オーストリア=ハンガリー二重帝国の首都ウィーン、アレー通り
 十六番地に生まれた。
  父カールは一代でオーストリアの鉄鋼業界に君臨した事業家で、オーストリアで五本の指に入る
 資産家だった。
  ルートヴィヒは兄四人、姉三人のいる八人兄弟の末っ子だった。
  ルートヴィヒの四人の兄のうち、三人までは自殺している。
  ウィトゲンシュタインは、十四歳まで学校に通わず家庭で教育を受けたが、一九三〇年、リンツ
 の高等実科学校に入学した。
  その学校にはヒトラーも四年間在籍し、ウィトゲンシュタインとは一時期同窓生だった。
  ウィトゲンシュタインはヒトラーと同年生まれである。また、ハイデッガーとも同年である。
  数学への関心は論理学への関心につながっていった。
  ケンブリッジのラッセルを訪問して、哲学的才能を認められる。
  ウィトゲンシュタインはラッセルの論理学を驚くべき速さで吸収し、二人はまたたく間に師弟と
 いうよりは対等の議論相手となった。
  父の死により、ウィトゲンシュタインは莫大な遺産を相続した。
  ウィトゲンシュタインは財産の三分の一をオーストリアの貧しい芸術家たちに寄付した。
  一九一四年七月、第一次世界大戦が勃発した。
  オーストリア軍の志願兵として東部戦線に配属されたが、彼は自ら最前線への配属を望んだとい
 う。
  その後、砲兵中隊の一員になり、予備士官学校へ入ったりしたが、一九一八年にイタリア戦線に
 配属された。
  その年の八月、休暇中に『論理哲学論考』を完成させた。
  その年の十一月、トレントの近くでイタリア軍の捕虜となる。
  一九一九年、捕虜収容所から釈放されてウィーンに戻ることができた。この時ウィトゲンシュタ
 インは三十歳だった。
  自由の身になった彼は、戦争で右手を失った四兄パウルと、二人の姉に全財産を分け与え、無一
 文になった。やることが極端なのである。
  一九二〇年九月、トラッテンバッハの小学校の臨時教員となる。以来六年ほど、小学校教員をし
 たのだ。
  『論理哲学論考』の出版は難航した。
  いくつもの出版社に打診してみたが、すべて出版を断られた。
  ラッセルに相談すると、私が「序文」を書いてやると、と言って書いてくれた。
  しかし、ウィトゲンシュタインにはラッセルの「序文」が気に入らなかった。
  一九二二年十一月に、『論理哲学論考』に英訳をつけた独英対訳版が、キーガン・ポール社から
 出版された。完成してから四年後の出版だった。
  この出版により、哲学界は騒然となった。まったく新しい哲学の名著であるとして、もてはやさ
 れたのだ。
  なのに、出版の年の秋にはウィトゲンシュタインはブーフベルクの小学校に移っていて、人前に
 は出ず、ただ、田舎の小学校の先生をしているのだ。
  一九二六年、彼はオッタータールの小学校で先生をしていたが、ある事件をおこす。
  三十七歳だった彼は、小学校で体罰事件をおこしたのだ。
  四月二十八日付けでウィトゲンシュタインは辞表を提出した。
  きっかけになった体罰事件について、審理がなされたが、評決は無罪であった。
  一九二八年、三十九歳のウィトゲンシュタインはウィーン学団に所属していた若い数学者にすす
 められて、ブラウワーという数学者の講演をきくことになった。
  講演のあと、ウィトゲンシュタインは興奮したおももちで、友人たちに、数学的考察を夢中でしゃ
 べりまくったのだ。つまり、一度は完全に消えていた数学的かつ哲学的な思索がよみがえったのだ。
  こうして、哲学者ウィトゲンシュタインは復活した。
  一九二七年、四十歳になったウィトゲンシュタインはケンブリッジのトリニティ・カレッジに再
 入学した。
  貧乏だったウィトゲンシュタインは、学生に戻ったために生活できなくなり、奨学金を申請した。
  奨学金を受けるには博士号を持っていなければならなかった。
  そこで彼は、七年前に出版されていた『論理哲学論考』を提出して、博士号を取ることにした。
  もちろん博士号は取れて、奨学金ももらえるようになった。そして翌年からは、ケンブリッジ大
 学で講義を始めることになった。
  二度目に哲学者となったウィトゲンシュタインは、何冊もの哲学口述本を出した。
  『哲学探究』の第一部は、一九四六年、五十七歳の時に完成した。
  『哲学探究』の第二部は、一九四九年、六十歳のときに完成した。
  一九五一年四月二十九日の朝、ウィトゲンシュタインは亡くなった。六十二歳だった。
  ウィトゲンシュタインの哲学はむずかしすぎる。
  私の考えでは、ウィトゲンシュタインは、人間の思考力でどこまでは考えることができ、どこか
 ら先は考えることが不能で、考えても無駄だという境界線を、可能な限り深く掘り下げて突きとめ、
 思考できることの輪郭を明らかにしたんだと思う。

ということで、最後に清水氏はこう書くしかないかという感じでひとフレーズ。

  理解しえぬ哲学者については、沈黙しなければならない。

しかしながら哲学者ってほんとうに変人ばかりだ。しかしながら、彼らがもしいなかったとしたら歴
史はまったく味気ないものになっていたのだろう。

「心はすべて数学である」 津田一郎 文藝春秋 ★★★★
心は心臓にあると考えられていた時代から変遷して、いまでは脳にあると一般に思われている。つま
り、心はなんらかの脳の活動状態である、と考えている脳神経科学者は多い。だが、津田氏はそうで
はなくて逆に心が脳を表していると考えるのだ。生まれてすぐに「自己」というものがあるのか。な
いとしたら、「私」という意識はどのようにできてくるのか。「私」とは「他者」なのではないか。
『つまり、脳神経系の構築を考えたとき、そこには周りの人たちの行動や言葉や表情までもが入り込
んでいるのです。だから、お母さんやお父さん、周りの人と相互作用しているときに、なんとなく私
の脳に宿るものというのは、どうやら最初は他人なのではないか。それがある種、心ではないかと思
うわけです。そこからだんだんと自分というものができていく、自分の心が生まれていくわけだけれ
ども、すでに赤ん坊の時点で脳は他者の心によって構築されているのではないか、と。』
このあたりは、芸術は模倣からはじまるというのに似ている。模倣からはじまったとしても、それは
模倣にとどまらないわけだが。その他いろいろと脳に関する知識は増えてきている。ではそれをどの
ようにストーリー解釈するのか。理論体系を構築していくのか、まだまだ道半ばということらしい。
津田氏はこうした状況のなか提言する。
『そこで「心が脳を表現する」「数学は心である」ということを考えているのです。あえて言えば、
脳とは、神の心を表現する器官ではないかと。その心は数学に最も適切に現れているのではないかと。
時々刻々と不断に変化し続ける脳のダイナミクスを実験だけで捉えきれることはできない。そこには
モデルがなくてはならない。脳の数理モデルを作る、脳を数学的に表現する、という意味はここにあ
ると思っています。』
脳の理解のむずかしさは要素還元的では不可能だということ。つまり部品を組み上げていけば脳とい
うひとつの機械が出来あがるということではないのだ。どういうことなのか。
『システムの中に入ってはじめて機能を持つ要素は多くありますが、その代表がニューロン(神経細
胞)です。無数のニューロンがつながってニューラルネットワークができ、そこから脳というシステ
ムができあがっています。ところが、ネットワークができてそれが働くと、その働きを担う部品であ
るニューロンの働きは、もとのそれとは違ってきてしまう。システムの中から取り出してそこだけ見
たら、まったく違う性質になる。では部品としての働きを、どうやって研究したらよいのか、が問題
になるわけです。そこには地球科学と同じような問題の構造があります。つまり、どういうモデルを
作ったらいいのかがとても難しい、という問題です。』
心とはなんなのだろうか。それと密接な関係にある脳とはなにか。まだまだ道のりは果てしない。


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友だちの境界
ともだちのともだちは皆ともだちだ、なんて言うよな。
そんなことないんですけど。

でもそう思っている人は多いようだぜ。
ともだちは多いほうがいいと感じているんでしょう。

それだけなら別になんてことはないが、ことさらに他人に吹聴する。
あっ、有名人がともだちなんだ、みたいな。

そうそう、それがどうしたって感じなんだがね。
いいじゃないですか。

いいけど、だんだんエスカレートしてくるんだよ。
どういうことなのかな。

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聞いたことを自分のこととして話してしまう。
自分と他人との境界が曖昧になってくるとでもいうのかな。
困ったことです、本人に自覚はないんでしょうか。

たぶん、最初はあるんだろうな。
だけど話しをするたびに自己暗示にかかるわけだ。
なにが想像で、どこまでが事実かなんてわからなくなってくるんだろうな。
一種の記憶障害ですか。

記憶なんて書き換えられるの、自分に都合のいいように。
でもいつか破綻するでしょ。
そこを回避する知恵はあったりしてね。


友だちの時間
よくさあ言うじゃないか、おたがい長いつきあいだから阿吽の呼吸だな、とか。
それはありますね。

やっぱり時間の長さが親密度に関係するのかな。
そりゃあそうでしょ。

そういうものかね。
なんか納得しかねるような雰囲気ですね。

たしかにその傾向はあると思うけど、ちがうと思う。
どういうふうにですか。

付き合いの長さじゃなくて、もっとべつのものがあるんじゃないかって。
それはなんですか。

俺もはっきりとは言葉にしにくいんだけど、気持ちの深度というのかな。
思いの深さが関係するってことですか。

そう言ってしまうとなんか薄っぺらい。
でもほかになにかしっくりくる言葉ないですね。

やっぱり眠りといっしょで面積で考えるということかな。
時間が長くても浅ければ面積的には広くはならないんだ。

そういうことだな。
でもなんですね、長い付き合いになるとマンネリ化することもありますよ。

マンネリ化かあ。
そんなときって、なにか問題をかかえていることが多いですけど。

N9102モズ


カニ食いに行こう
もう昨年の十月ごろに予約していたから、忘れそうになるかというとそうはならない。
きっちり憶えている。
カニ受難のシーズンなのだ。

しかし、みんなカニ好がきだね。
嫌いなら食べなきゃいいじゃない。
行かなくていいの。
だれが運転するのよ。
わかりやした。
そのかわり着いたらお酒い~ぱい飲んでいいから。
それなら行く。

男なんて単純なものだ。

のんびりと幾度か走ったことのある路をいく。
ここは兵庫県の多可町にある道の駅。
そばに杉原紙研究所なる建物があった。
和紙を梳くための前段階なのだろう。
楮(こうぞ)の白皮を川でさらしていた。
冷たいだろうな。
でも外気が冷たいほど白さが増すのだという。
大変な作業だ。
なにごともそういう面はある。
知らないだけだったりすることは多い。

N9070水に晒す

N9071杉原紙

餘部の道の駅で八人が集合して香住の宿へ。
ああ、もう宿自体にカニのにおいがしみついている。
食事のときは全員無口になるのがカニツアーの常道だ。

さて今夜はゆっくりと眠れるだろう。

N9080香住駅


灯台で読書
人には好きなものがいろいろとあるようだ。たとえばお寺をめぐるのが趣味だという人がいる。最近
では道の駅もそうかな(笑)。灯台もそんななかにはいる人気のスポットなのではないだろうか。だ
が立地によって印象は劇的に変わる。あれはどこだったのだろうか。両側に海がひろがる狭い道を歩
いて灯台へとむかっていた。下方から吹き上げてくる風につよく潮の香りを感じた。寒くはなかった。
ただ黙々とひとりで歩いていた。着いてあたりを見まわすと、水平線がかすかに円弧を描いているの
がわかる。空には雲もない。うす青がどこまでも続いていた。ときどきカモメらしき白い鳥が舞いつ
つ滑空しながら視界を横切っていく。白い灯台に背をあずけてコンクリートの地面に座りこんだ。だ
れもいない。このすてきな空間にひとりでいる。ザックから本を取りだして読みはじめる。どんどん
と本のなかにはいりこんでいった。そこにも果てしない世界がどこまでもひろがっているのだった。

3851神威岬灯台への径

「天下無敵のメディア人間――喧嘩ジャーナリスト・野依秀市」 佐藤卓己 新潮選書 ★★★★
一読、こんな人物が日本にいたのかとまず驚かされるだろう。そしておもしろいと感じるのだ。まず
冒頭にこう書いてある。日本のメディア史を研究していると、絶えず視野をかすめて出没する人物が
いるという。それが本書の主人公・野依秀市である。一八八五年から一九六八年までを疾風のように
生きたジャーナリストだ。生涯に二〇〇冊以上の著作を出版している。これらの著作が野依氏自身の
言説なのかどうか判然としない、と著者はいう。そして野依氏もそのことを隠さない。堺利彦「売文
集」に野依は次のような序文をよせている。
『「僕は無学不文であるが、僕の意見は是まで大抵人に話して書いて貰つた。先には多く白柳秀湖君
に書いて貰つた。白柳君は実に善く僕の意を尽して呉れた。然るに昨年監獄から出て暫く加藤病院に
居た時、加藤[時次郎]院長の紹介で偶然堺[利彦]君に会つた。其時堺君は売文社を起して居た。
僕は早速堺君に頼んで僕の新渡戸博士攻撃の文を書いて貰つた。すると其文が非常に僕の気に入つた。
天下に僕の心持を十分に書き現はし得る者は、白柳君と堺君との外には無いと思つた。それで其後も
堺君には引続いて種々の論文を書て貰つて居る。」
 これほどはっきり代作を公言し、それを正当化する言論人を私は知らない。しかも驚くべきことに、
この告白文までも、なんと堺の代筆なのである。』
代筆といい、あるいは口述筆記ともいわれる野依氏の著作である。しかし芸能人の場合などとはその
やり方がまったくちがうのだ。野依氏は校正ゲラに大量の加筆、訂正を行うのが常で一文字たりとも
おろそかにしなかったというのだ。ある意味疑い深い性格であり、この性格が彼を学者的と評価され
てもいるのである。では野依秀一とはどんな人物であったのか。
『野依秀一の言論とは、敵本位主義の喧嘩ジャーナリズムである。それは社会悪と見立てた相手を徹
底的に攻撃し、その批判の過程で自己生成する行動主義と呼べるだろう。だから、野依式ジャーナリ
ズムの内部に、守るべき絶対的価値、正義は存在する必要がない。論敵を否定するなかで対抗的に価
値は形成されるのだ。そこに野依式ジャーナリズムの瞠目すべき躍動感が生み出された。左翼からは
「右翼への転向者」、右翼からは「左翼の隠れ蓑」と批判された理由も、この敵本位主義にある。』
左翼だ右翼だとのラベル貼りには無頓着であった。だから、真正の家族主義、国家主義は即ち社会主
義であり、社会主義を危険思想、破壊思想と排撃する不見識には次のように反論しているのだ。
『「あれは危険思想である、破壊思想であると云つて、一も二もなく之に反対するが如きは、余りに
無知であり、余りに臆病であり、余りに不見識である。僕を以て之を見れば、社会主義よりも個人主
義よりも、誤つた国家主義、家族主義の方が、更に一層危険思想であり有害である。」』
戦後、GHQは「日本の民主化促進のため」と、戦前・戦中の「宣伝用刊行物」の没収をおこなった。
この没収図書七一一九点中、野依の著作は第一位の二三冊を数えた。だがこのことは、マスコミによ
ってあまり知らされていないのだ。それは、なぜなのか。
『そもそも戦後のマスコミにはなぜかこの「没収図書」問題を積極的に語ろうとはしなかったのか。
それは自社の出版物が数多く含まれていたからである。出版社別では一四〇点の朝日新聞社を筆頭に、
八三点の大日本雄弁会講談社、八一点の毎日新聞社がトップ3である。戦前に「宣伝用刊行物」を最
も多く刊行した大新聞、大出版社は、敗戦後は「一億総懺悔」の先唱者となり、GHQ占領下では「
日本民主化促進」の担い手となった。戦時体制=占領体制に有効に機能したこの世論抑制システムは、
今日もなお存続している。』
決して聖人君子ではない。またそんなものを目指す気もなかっただろう。悪いものは悪いのだと主張
するのだ。それは戦時中から戦後になっても一貫していた。そんな日本人がいたのである。「清濁併
せ呑む」というような人物であったのだろうか。

「老人の壁」 養老孟司・南伸坊 毎日新聞出版 ★★★★
養老先生の発言はいつもながらに歯切れがいい。しかし、案外と過激でもある。なるほどと聞きなが
らすこし笑ってしまうのは不謹慎でしょうか。まずもってどうすればいいんでしょうかねえ。伸坊氏
が、先生は健康診断に行かないんですよね、と言う。
『行きません。これはもうはっきりしています。健康診断を受けても受けていなくても、平均寿命は
変わりないっていう調査結果はきちんと出ています。行かないものだから、「血圧は?」とか聞かれ
ると、「ありません」って答えているんです。「なんでないんですか?」って聞かれると、「測って
ないんだもの」って(笑)。
 今の人は、検査で自分の寿命がわかると思っているようですが、神様じゃあるまいし、人の寿命が
わかるわけがないでしょう。特に悪いのは、癌の診断のあと、余命を言うでしょう。このままだと、
あと何ヵ月。今、これがだんだん縮んでるって知ってます? 昔は1年って言ったんですよ。でも1
年って言ったのに、10ヵ月で死なれると困るじゃないですか、医者としては。
 (略)
だから今、だんだん短く言うようになったの。
 (略)
放射線科の医者が僕に言ってきたもの。「先生、今に、明日って言うようになります」って(笑)。』
まあ冗談半分だとしても素直には笑えないけど、ほんとうなんでしょうね。こんな発言もありますが、
考えさせられます。ヒトはいつかは死ぬんですけど、なかなか納得できない人は多いようです。
『「75歳以上になったら積極的な治療はやめよう」って言ってる医者がいましてね。それは確かに、
僕もずっと前からそう思っていたから、病院へ行っていないんです。この歳で何か病気が見つかって
も、強いて治療はしない。対症療法はする。だから、癌になんかなったら、手術ぐらいはまあしょう
がないけど、それは治すためじゃなくて、苦しいからやるっていう。年寄りはもう、それでいいんじ
ゃないでしょうかね。』
伸坊氏が、70過ぎて薬飲まない人もいるし、60代で薬ばっかり飲んでる人もいるって発言には。
『薬なんか飲んだら、害があるだけですよ。薬が効くっていうことは、影響を受けるっていうことで
す。どんなものにも良し悪しが必ずあると僕は思っています。裏と表があるんですよ。すすめる人は、
表だけ言っているんですね。
 一番簡単な例が抗生物質ですよね。子どもに抗生物質をやるでしょう。それをやると、細菌叢が変
化するんです。子どもが風邪を引いたりなんかすれば、普通の先生だと必ず抗生物質を飲ませますね。
 お陰で何が起こったかっていうと、自己免疫疾患です。免疫が適当に抑制されるということが起こ
らなくなって、どうなるかというと、花粉症から始まって、喘息でしょう、あとは1型糖尿病。これ
は自分の膵臓の細胞を自分で壊すんですが、若年性の1型糖尿病って増えているんですよ。それから、
もっと極端なのは、自閉症です。あれは僕らの学生の頃はまったくなかったんですよ。』
うーん、むずかしい世のなかになりましたね。養殖の魚は抗生物質を投与してますからね。マグロ、
ブリなんかそうですからね。われわれはともかく、これからの子どもたちには親がちゃんとした知識
をもって注意してあげないとね。いわゆる安い魚、たとえばイワシとかサンマは養殖じゃ割にあわな
いから、逆にそういう点では安心なのかな。魚屋さんも大変だね、こりゃあ。


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ぶらりふたり旅 後篇
海水浴場も早春では人もいない。
しずかな海であります。

N9030ソーラー灯台

車で走っていると幟に気がついた。
瓦と雛飾りというコラボレーションがなかなかいい。

N9040瓦ひな祭り

N9041シーソーひな

鳴門を渡って徳島県へ。
車のなかにいるとぽかぽかと暖かい。
いつしか暑いくらいになる。
もう春が間近にきているのだろう。

それでも車外にでるとまだ肌寒いのだ。
三寒四温とはよくいったものである。
行きつ戻りつということか。
人生とおなじだなとおかしくなる。

春は待てばいいのだ。
「探さない、待つの」というフレーズが浮かんできて笑ってしまった。

N8978しだれ梅

笑うとなにか幸せな気分になる。
免疫力もアップするのだそうだ。
さらに海を見て深呼吸するといい。
副交感系神経が活発に活動し、血圧がさがるのだ。
ただでは済まさない精神が大切だ(笑)。

これはなんだ。
カメラに撮ると「ネプチューン」とあった。
現代的な海の守り神なんでしょうか。

N9054ネプチューン

ささやかな二泊三日の旅であったが、幸運な境遇に感謝しなければと想いはせる。
ただ、これらはあくまでわたしの感慨である。

相方の反応がすこし気になる。
ゆっくりとお過ごしいただけましたか。


ぶらりふたり旅 前篇
旅はひとりでするものだ、と若いころは思っていた。
ところが、結婚なるものをしているとそう我を通すわけにはいかない。
まあ、ひとりにはひとりの、ふたりにはふたりの旅のよさがある。

三月といえばもう春がすぐそこである。
そこってどこよ。
うーん淡路島あたりかなあ。
じゃあ、行こう。
そうですよね、行きましょう。

夫婦は西高東低ならぬ「婦高夫低」ぐらいがちょうどいいのである。
三月とはいえまだ早春の候である。

淡路島の岩屋近くのこんなところにやってきた。
地層がおもしろい模様を描いている。
自然に勝るものなしだよなあといまさらながらに思うのである。

N8916明石海峡大橋

N8930絵島

地産地消の代表的なものかどうか、「玉ネギつけ麺」なるものを食す。
まるごと一個はいっています。
なかなかの見た目インパクトあり。

N8936玉ネギつけ麺

さらに南下して「都美人」酒造さんで工場見学。
利き酒(わたしは運転手なので断念)などしたり、広田の梅林を鑑賞しましたね。

N8953利き酒

N8960都美人

梅にウグイスならぬ、梅にメジロでありました。

N8973梅にメジロ


友だち不要論
ともだちなんていらない、っていう人もいるな。
そうなんですか。

ひとりでいるほうがいいんだって。
精神的に楽なんでしょうかね。

そうなんだろうな、うっとうしいんだろ。
人間関係をきずくのが苦手だったりして。

自閉的な気質があるのかもしれんな。
寂しくないんでしょうか。

そりゃあ、ときには寂しいだろうよ。
だったら仲良くすればいいのに。

それができれば苦労しないってことだろ。
そうか、そうなんですよね。

6321ニンフ

だれでもひとりになりたいときってあるだろ。
だれにも邪魔されたくないって。

だけどひとりのときに、俺ってなんだろう、なんて考えたりしてさ。
逆説的ですよね。

そうだよ、だれだってその間で揺らいで生きているんだ。
そうかもしれない。

そういうものなんだよヒトって。
ひとりじゃ生きられないのかな。

ひとりで生きるようにはなっていないんだろ。
そんなときまた思うんですよね。

あいつもそんなこと考えてるのかなって。
きっとそうですよ。
やっぱり友だちっていいな。


友だちの所以
でも面倒だなって思ったことないか。
そういわれれば、あるかな。

友だちなり人間関係にはかならずあることなんじゃないの。
だけど自分が悪いような気がする。

おまえって、いいやつだな。
そんなことないよ、優柔不断なだけかも。

それって別のことばでいうと、情が深いっていうんだぜ。
深情けは人のためならず、でしたかね。

そうだ、そういう面もあるだろうな。
だけど疎遠になったら、やっぱり寂しいかなって思うもの。

それが人情かもしれないけど、ヒトはいつか必ず死ぬぜ。
それはそうだけど、あまり考えたくない。

出会いがあれば必然的に別れがやってくる。
そんなことないよ。

ヒトだけじゃないけど命には限りがあるから。
そういうことか。

どっちの面を見て生きるかだ。
ポジティブかネガティブか。

N8903庭の片隅に咲く

俺なんか欲張りだから両方だな。
そうすると、いつか泣きをみますよ。

いままでの人生いっぱい泣いてきましたけど。
泣かせたこともあるんじゃないですか。
そういうことだな(笑)。


美術館で読書
なぜそんな場所で読書していたんだろう。ワイエスが見たいというから京都まで出かけていった。彼
女は東京から来るから美術館の前で落ちあおうということに決めた。着いてみるとずいぶんと見学者
がおおいことに気づいた。見つけられるかなあ、と不安をおぼえた。まだ約束の時間までにはだいぶ
ある。入口ちかくの壁にもたれて本を読みはじめた。なんの本だったかいまでは憶えていない。だが、
のめりこんでいくというのか夢中になって読んでいた。まわりのすべての世界は消滅したもおなじで
ある。ふと気づいて、あっと思って腕時計を見たら、すでに約束の時間は過ぎている。しまったとあ
わててまわりをみまわしたが彼女らしき人物はみつからない。どうしようかとあせって考えるが頭の
なかがぐるぐる廻るかのようでめまいするら覚えた。そのとき、壁の後からにっこり笑った彼女があ
らわれた。ほっとしたのもつかの間、彼女は消えた。時計を見ると約束の時間までまだ三十分あった。

N7651京都国立近代美術館

「塀の中のプレイ・ボール」 安部譲二 講談社 ★★★
刑務所に実際に服役した経験から書かれた小説なのだろう。わたしは入所した経験はないので興味深
く読めた。厳しいんだろうな、規則とかいろいろと。食事もおいしくはないのだろうな。「くさい飯
を食う」といえば、刑務所にはいるという意味だ。もちろん冷暖房なんか効いていないだろうし、そ
うなると楽しみってなにがあるのだろうと思う。そうそう刑務所の慰問って聞いたことがある。
『刑務所では月に一回ぐらい、映画や講演、演芸、それに宗教行事を懲役に見せる。懲役に人気のあ
るのは映画と演芸だが、当然のことにその程度には、ピンからキリまでいろいろあって、ヤクザの大
物が服役している刑務所には、娑婆の仲間が無理のきく芸人を差し入れと称して送り込むので、ヤク
ザとは深い御縁の芸能界だから、紅白歌合戦の常連まで出演する。これがピンでキリの方は地元の商
店街かなんかの旦那衆。どうにも理解しかねる判断と情熱を発揮して刑務所や養老院などの施設をま
わるのだが、風呂の中でしかやれないようなものを心の籠らぬ拍手の中で演じ続ける神経は、たいて
いどんな奴を見ても驚かない懲役でさえ、動物園で不思議な動物の前で口を開けたまま立ちすくむ子
供のようになってしまう。』
あるとき、ミュージカルスターの“飛び魚ミミ”が演芸にやってくると聞く。小説の主人公水田順一
は所内で、大泥棒だが腕のいい家具職人小山忠の助手になっていた。ところがこの指物師が“飛び魚
ミミ”の旦那だというのだ。そのいきさつからいろいろと聞き、芸人とはそういうものだと知ってい
るので納得もした。しかしその話は物悲しいものだ。あるとき“飛び魚ミミ”のい出会った。新人な
がらメキメキと芽を出しかけていたころだった。だけど、芸人の世界はレッスン代とかつけ届とか、
いろいろとでていくものが多く給金だけではどうしても足りない。
『「そんなわけで、この道で身を立てると決めた以上は、仕方がないから旦那をとるわ」
 と飛び魚ミミは、子供の頃と変わらない陽気な子猫のような顔をして、それでも矢張り悲しげに目
を伏せて言ったので、
「お前さんさえ構わなければ、今日の今から俺が面倒を見させてもらう。どうか立派な芸人になって
くんない」
 と小山忠は胸を張ったのだという。懐には札束がうなっていたのだそうだ。』
そんな事情があったのだが、若い飛び魚ミミには盗んだ金というのがひっかりがあったようだ。
『「困った人から盗んじゃいねえ、盗んでも良いと自分で決めたところからだけだ。少しの芋や米で、
おふくろ達から一張羅を巻き上げた百姓ほど、人の道にはずれるようなことはやってねえ。良い悪い
は警察や裁判官に決めてもらうことじゃなく、自分で決めることなんだ」
 と話してやったら、どうやら飛び魚ミミも納得がいったっようだった。』
正論をふりかざすばかりでなく、いちど別の角度、たとえば塀の中の住人の立場からみると、世のな
かの構造がいかにゆがんでいるか、と感じるかもしれない。政治家や官僚そしてその利権につながる
人びとの厚顔無恥さに慣れきってはいないだろうか。そんなことを感じるのだ。

「耳で読む読書の世界」 二村晃 東方出版 ★★★★
目の見えない人はふつうにはすぐにわかる。だが、耳の聴こえない人は見ただけでは判断できない。
見えないのは目をつぶることである程度想像できるが、耳が聴こえない状態を自分の経験としてわか
ることは困難である。耳をふさいでみても、音は完全には遮断できない。どうすればそれらの人たち
のことを理解できるのか、ときに考えていた。本書の著者、二村(ふたむら)さんは定年間近で失明
する。九州大学を卒業後、電通に入社、大阪支社で営業統括局長にまでなった人だから経済的には恵
まれていたことだろう。中途失明者は点字の習得は難作業になる。彼も習ったが、点字本を読むのを
諦める。ところが、点字を覚えたことで、点字で入力する盲人用音声ワープロを使えるようになる。
なにごとも、そうすっぱりとはいかないと知ることだ。本の好きな彼に、対面朗読を受けてみればと
勧めてくれる人があった。こうしていく人ものボランティアに出会う。そんななか、音訳者のための
機関誌「対面朗読通信」に何でもいいから書いてほしいとの依頼がある。ボランティアさんのミスを
あげつらうようなことはできないと断るが、ボランティアの皆さんは利用者の本音をとても聞きたが
っているとの説得をうけ、書くことになったのが本書のはじまりになる。黙読していると、多少はわ
からない単語や漢字などがあっても読んでいるうちに文脈からなんとなく想像ができたりする。しか
し、音読の場合はそうはいかない。類推できる場合もあるが、そこで思考はストップしてしまう。と
くに日本語は同音異義語が多いからやっかいである、とおっしゃる。たとえばこんなふうに読まれた
ら、理解できるだろうか。
『「小兵な男の剽軽な仕種」をショウヘイな男のヒョウガルなシワザ。兵庫県のヒョウゴを思い出せ
ば、小兵はクリアーできます。
 (略)
「恋敵の優男」をコイテキのユウナン。芝居などの敵役も、カタキヤクです。
「性悪な女」をショウアクな女。』
というふうに読まれると目が見えない方には伝わらない。理解できないからそこでひっかかり後に続
く文章もはいってこないという連鎖反応がおこる。なるほどね、いろいろとちがった角度からの意見
がためになる。それにしてもボランティアの方々も地道に頑張っておられるんだ。そう思うと、なん
だか世のなかもあたたかくこころ強く感じるものです。


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遠くに眺めるのも好きです。
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