ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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オリジアス・ラティペス
なにそれ。
知らないの。

恐竜かな。
惜しい、メダカの学名だよ。

全然惜しくないけど。
オリジアスは、イネの属名であるオリザにちなんだもの。

そういえば、田んぼや用水路にもメダカがいたね。
いまは農薬の影響もあるのかめっきり姿をみせなくなった。

レイチェルさんもきっと嘆いていますよね。
そうだろうな。

ところでメダカってなにを食べているんですか。
メダカは雑食といっていい。

ヒトとおなじですね。
植物プランクトン、藻類から動物プランクトンや水面に落ちてきたちいさな昆虫も食べる。

なるほど。
ボウフラも好んで食べるし叩き落とした蚊だって食べるよ。

益魚じゃないですか。
人間の側から見たらそういうことになるな。

9264メダカ

飼っている人も多いですね。
こどもにも人気がある。

最近では金魚じゃないなくてメダカすくいってあるそうですよ。
あれはメダカ虐待だね。

どういうことです。
だって逃げるメダカを追っかけまわして恐怖の底に沈めてとっつかまえるんだろ。
ええ、まあ。


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地下道で読書
改札口をでたところちかくに連絡地下道がある。まだ日中は暑いので、そこの壁に持たれて待つこと
にした。本でも読んでいようかとザックから取りだす。しばらく読んでいると、ブーンとなにかが飛
んできた。地下道内に響きわたるのはミーンミーンという蝉の声だ。反響をともなってすごい音だ。
どこにいるんだろうと目を凝らすがわからない。まいったなあと思いながら中へと進んだ。また、ブ
ーンという羽音とともに向こう側の明るい方向へと飛び去った。やれやれ、無事脱出できてよかった。
また元のところまでもどって、壁に背をあずける。冷気がシャツをとおして伝わってくるようだ。ど
こからかわからないがカーンカーンと踏み切りの音が聞こえてくる。まもなく電車が着いたら、彼女
はやってくるのだろうか。それとも、もうやってこないのか。あるいは、彼女とそんな約束をしてい
たのか。すべてが夢のように感じるのだが、これも夢のなかでのことなのだろうか。

N9378昼間の月

「昆虫の哲学」 ジャン=マルク・ドルーアン 辻由美訳 みすず書房 ★★★
書名から直截的にわいてくる印象、あるいは期待がある。それがときとして空振りに終わる。がっか
りするわけではない。だけどなんだか口惜しい気がする。もちろん出版社は売れそうな書名をつけた
いと思っているだろう。とくに翻訳ものはその傾向が強くなる。原題とかけはなれたものも多い。内
容を反映したものというのだろうか。などと考えていたときに本書にであった。原題を見る。このと
おりである。おまけに訳者も辻由美さん、まちがいなどあろうはずもないと苦笑する。昆虫はある人
たちには忌み嫌われている。「虫嫌い」は教育上よくないとは知りつつ乗り越えられないお母さん方
も多いときく。虫の立場も微妙である。
『恒温脊椎動物(哺乳類や鳥類)ほど私たちに近くはなく、かといって、植物のように私たちと根本
的に異なっているわけでもなく、昆虫は、科学的研究や、芸術的創造や、哲学的思考へといざなうの
である。』
日本では超がつくほど有名なファーブルの「昆虫記」があるが、ほとんどの人は全巻を読んだことが
ないだろう。とにかく大部であるからそれも仕方がないかとも思う。しかし地球上の動物種のなかで
昆虫は約80%を占めている。虫の惑星とよばれるゆえんでもある。ただクモやムカデは昆虫の枠に
は入っていないので注意していただきたい。アリは童話でも働き者として描かれ、自分の体の何倍も
の大きさのものを運ぶことができる。これをみてもしアリの体が大きくなったらどんな怪力をもつ怪
物となるのかと想像したりするが、そうはならない。アリの体重はその体長の三乗に比例するが、筋
力は体長の二乗に比例するからである。アリが力持ちに見えるのは物理学でいうところの「スケール
効果」の恩恵をうけているからだ。でも昆虫を無視して生きることはできない。
『自然の現実を記述し、社会的価値をあたえるのに、ふたつの方向がみえてくる。エコロジカルサー
ビスという概念と、共通の遺産という概念である。いっぽうは経済の分野から借用したもので、もう
いっぽうは文化遺産の領域からきている。両方とも昆虫に非常によくあてはまるのだから、昆虫と人
間とのあいだには戦いとは別の言語が可能なはずだ。こうした表現のうえでの言い換えは、ある種の
昆虫によってひきおこされる飢饉や病気、あるいは、他の種の絶滅をまねきかねない種の繁殖を考慮
それば、無意味にみえるかもしれない。実際、昆虫とともに生きようと模索することは、蚊の命に人
間の命と同等の価値をあたえるということではない。それはただ最適な共存の条件を追求することで
あり、同時に、人間の歴史において、昆虫が、直接的または間接的に、ひそかにまたは劇的に、よい
意味でまたは悪い意味で、はたしてきた役割、そして昆虫がもたらした新しい概念がはたした役割を
考察の対象とすることである。』
生物の進化の歴史のなかでは昆虫はヒトのずっと先輩である。なんとかもっと虫と仲良く生きていけ
る世のなかがこないかなあなどと思うのは詮無いことなのだろうか。

「響きと怒り」 ウィリヤム・フォークナー 高橋正雄訳 三笠書房 ★★★★
まずは訳者解題のから引用しよう。
『夫婦はたえず互いを蔑視し合って生活している。そしてこの夫婦の間に、クェンティン、キャディ、
ジェイスン四世、ベンジャミン(幼名はキャロラインの弟と同じくモーリーと云う)の三男一女があ
る。このうち、クェンティンとキャディは幼時より仲が良く、キャディはまた生まれながらの白痴ベ
ンジャミンをも大変愛し、ベンジャミンの方でもキャディを慕っている。そして兄弟のなかで、次男
のジェイスン一人がいつも仲間はずれにされながら生長する。ところが、長ずるにつれてクェンティ
ンとキャディの仲はますます密接になり、やがてクェンティン自身はキャディとの間に近親相姦の罪
を犯したものと妄想する。』
これは哀しい物語なのかと思う。あるいはこっけいなストーリーなのか。難解といえば難解である。
途中までなにを読んでいるのかさっぱりわからないと思うばかりだった。しかし、物語りはしだいに
輪郭をくっきりとさせてくる。生きるとはなんなんだ。幸せなどどうでもいい。悪と善は対立するも
のではない。差別と共生か。だが、時代の視点が欠落した批判ほど的はずれで独りよがりなものはな
い。その時代に生きる人の気持ちを想像するのだ。すべて人の考え方ものの見方は時代の制約をうけ
る。それはそれで仕方がないことだ。しかしそれでも批判的であることは必要ではないか。否、批判
的ではなく懐疑的だろうか。人の生きている気配がそれでも感じられるのだ。日常のありふれた光景
でもあるのだろう。ふだんならだれも気にも留めないいつもながらの風景なのだ。それでも小説のな
かのこんな文章がこころに残るのだ。
『人間とはその人の不幸の総和だと父はいつた。がいずれは不幸の方がくたびれるかも知れないと人
は思うかも知れない、だがそうなると今度は時間がお前の不幸となるのだと父はいつた。』
またときとして思考は途切れることなく流れながれてもいくのだと知らなければならない。
『すると父は人間は誰でも自身の価値の裁決者なんだがしかし誰だつて他人の幸福に口出しすること
はならないんだといいわたしはそうかも知れませんといいすると父の言葉はあらゆる言葉のなかで一
番悲しい言葉となつたこの世にはそれ以外なにもないそれは時が来るまでは絶望とはいえないしそれ
がそうだといえるまでは時間でさえもない』


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

自分磨き
ときどきこんなことをのたまう女性がいるよね。
うん、そうだね。

これって、なにを意味してるの。
まあ、いろいろと努力しているんだということを言いたいんじゃないの。

ふーん、自己を高めるってことなのか。
というより、より女性らしくなるというのか。

美容に注力している?
それもあるけど、教養も健康もいろいろあるんじゃないの。

こんなこと聞くの野暮だけど、それはなんのために。
すてきな男性に巡りあえる確率をあげ、かつ見初められるためかな。

いい男をつかまえる手段なわけだ。
そういってしまっては身も蓋もないけどね。

つまりは結婚への道を歩んでいるわけだ。
そううまくいくといいんだがね。

うまくいかないの。
うまくいってないから、さらに自分磨きに精をだす。

堂々巡りだな。
無限スパイラルに陥っているかも。

なんだか悲哀を感じるよ。
磨いて光っていただきたいと願っています。

磨くのはいいけど地金がでてきたら悲劇だね。
そうですけど、玉磨かざれば光なし。

9292ハーバリウム


気のせい
リラックスすれば血圧も下がるし免疫力もアップするんだって。
それほんとうかよ。

つまり副交感神経が優位になって気分が落ち着くんだな。
そういうことなのか。

逆に交感神経が活発になると元気もでるけどストレスも増える。
なるほどね。

バランスだな。
そういわれると、そんなふうな感じはするよ。

気分よく生活するって大事だもの。
ゆったりと暮らすことが健康には大切なんだな。

どうせおなじことなら気分よくってことだ。
病は気からって言うしな。

ということは気分と健康はおおいに関係があるということになるか。
薬に頼るのはほどほどにしないといけないよ。

そうもいかないけど。
薬は必ず副作用があると知っておかないと。

いいことばかりじゃないんだな。
毒と薬は匙加減だから。

食べ物もおなじような面があるしな。
食べないと生きられないけど食べすぎは健康を害するから。

健康にいいと聞くとついね。
効いた気になる。

気のせいなのか。
いやあ、プラシーボ効果でしょうな。

9273アトリエ・マイム


気に病む
気にするからやがて気に病むようになる。
マイナスのスパイラルだね。

どんどん落ち込んでいくような感じ。
どこまでも底なしなの。

いやそうでもなくってもういいやと思ったら、そこが底の感じ。
駄洒落かよ。

そうじゃなくってそう感じるんだよ。
ものごとの見方の問題かな。

ネガティブ志向があるっていうの。
そうだよポジティブとネガティブって紙一重だからね。

裏と表も同様だよね。
そうそう表富士と裏富士論争みたいなもの。

表がプラスで裏がマイナスとのイメージから離れられない。
やはり表が明るくて裏は暗い、という暗黙の了解。

9276ハーバリウム

ことばに中性の立場はないから。
すぐにどっちかに染まり偏ってしまう。

そのほうが受けとりやすいんじゃない。
そうだと思う。

白黒はっきりしないと落ち着かないんだろうな。
どっちつかずは、宙ぶらりん。

それを受けいれるほどの度量もキャパシティもない。
そんな自分が嫌になる。

ほんのちょっとのことなんだけど。
真理は細部に宿る、なんてね。


夕涼みで読書
大木といっていいほどの樹の下で待っていた。すぐ近くには縁台があり将棋を指している男がふたり。
パチリ、パチリと音がする。兄さん、人を待っているんならここの端っこにでも座って待ってなよ。
片方の年配のおやじさんが言う。ありがとうございます、でも立ってるほうがいいんです。そうかい、
好きにするさね。すみません、とおじぎをしてから樹にもたれつつ本を読んでいた。すこしづつ陽は
傾きはじめている。空が色を変えていく。赤とんぼが飛び交いはじめている。風はやんだ。いつのま
にか外灯が点いていた。青白い光があたりにひろがる。時計を見た。来ないかもしれないな。そう思
うとなんだか疲れがどっとおしよせてきた。あのう。なんだい。座らせてもらっていいですか。いい
ぜ、疲れたかい。ええ、すこし。待ち人来たらずってことか。そのとき、カッカッカッと下駄の音が
響いた。おう、よかったじゃねえか、若いってやっぱりいいやね。対局の男は、黙って笑っていた。

N9478きゅうりの花

「余波」(上)(下) ピーター・ロビンスン 野の水生訳 講談社文庫 ★★★★
舞台はイギリスのヨークシャー。その地の主席警部アラン・バンクス、今回は警視代行で事件捜査に
あたる。地理的にはロンドンから北へ200km以上離れた北海に面した地方である。とある夜、ひ
とりの住人が隣家からの不審な物音を聞いた。不安になって警察に通報した。駆けつけた警官二人が
目撃したのは血を流して倒れているその家の妻だった。夫はどこにいるのか。地下室へとつづく扉に
不吉なポスターが掲げられていた。その扉を開いてなかに入った途端、男性警察官モリシーが鉈をも
った男に襲われた。先に入っていた女性警察官のテイラー巡査はパニックになりながらも男に立ち向
かった。モリシーは血を流しながら横たわっている。彼女は男に反撃しなんとか手錠につないだ。同
僚警官の出血はとまらない。地下室には若い女性の死体もあった。ちょうどそのころ、若い女性の行
方不明事件が多数起きていた。ケリー・マシューズ、サマンサ・フォスター、リアン・レイ、メリッ
サ・ホロックス、キンバリー・マイヤーズ、すべて十五歳から十八歳の魅力的な金髪昇叙だ。関連は
あるのだろうか。応援が到着し、付近を捜索すると女性の死体がつぎつぎに発見された。この男が犯
人なのだろうか。単独犯かそれとも共犯はいるのか。妻ルーシーの回復をまって事情聴取をおこなう
ことになった。しかし、どうも不可解なことがおおい。そこで、この男の妻であるルーシーの過去を
調べていくと不可解な事実が浮かびあがってきた。彼女はある事件の被害者だったのだ。そして事件
後、里親のもとで暮らしはじめた。その後彼女はなんども名前を変えていた。
『リンダ・ゴドウィン<神の勝利>からルーシー・リヴァーズエッジ(崖っぷち人生)、そしてルー
シー・ペイン<苦しみ>へ。ふむ、おもしろい、とバンクスはひとり思った。』
事件は真犯人の追求だけではなく、犯人の男に重傷を負わせその後死に至らしめた女性警官テイラー
の身の上にも過剰防衛ではないかとの疑いがかけられた。殺人事件と警察、単純にはできていない問
題がまわりの人間を巻きこみながらも進行していくのであった。

「水の家族」 丸山健二 求龍堂 ★★★
三浦しをん氏が激賞していたので読んでみた。なんなんだろうこの感じ。おもしろいとか、おもしろ
くないとかとはちがう。難解というのでもない。はっきりといって、作者の意図していることがわか
らない。途方にくれてしまった。ことばのリズムにもなじめない。水の象徴的意味にも共感できなか
った。草葉町か、なんだか笑ってしまいそうな町の名だな。困った、書くことが思いつかない。とい
うことで、三浦しをんファンには好まれるのかなとは思います。ちょっと読んで疲れましたね。でも
こんな文章なんかはいいなとは思いますよ。
『 鯉のぼりが浮き世の光をかき混ぜている 』
読書から読み取れるものってなんだろうかな、と考える。そりゃあ人生観でしょう。ということなの
だと思う。いいとか悪いとかではない、共感できるのかどうかだ。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

気にする
気になるのは気にするからだという。
なるほどそうか、とはいえないな。

じゃああなたは気にならないんですか。
なにが。

なにがって、いろんなことだよ。
たとえば。

それがはっきりとはしないんだけど。
はっきりさせればいいじゃないか。

それができるくらいならこんなに悩まないよ。
あれこれ考えすぎるからじゃないか。

考えて気にしているのじゃないんだと思う。
感じるわけなの。

そう、感じているような気がする。
気がするんだな。

そういわれれば、そうかもしれないと思ってしまうな。
誘導されているというふうな。

N9451睡蓮鉢のメダカ

そうでもないけど、そこには自分がない感じかな。
だれかの発言があれば、すぐ同調してしまう。

それはあるね。
また別の意見があるとそれもありかなと思う。

そうそう、いつもなにかを感知して追随していくような。
デイヴィッド・リースマンの「孤独な群衆」か。

なんだよそれ。
伝統志向型でも内部志向型でもない、他人志向型の人間だ。
気にしないでいい。
気にするわ。


気になる
なにか気になる。
なにがそんなに気になるの。

それがはっきりとはわからない。
気にしすぎなんじゃない。

そう自分に言い聞かせてもだめなんだ。
困ったね。

それで気にならなくなるぐらいなら問題にはなってないから。
いつもそうなの。

いや、ときおり気になる。
それもなにが気になっているかがはっきりしない。
で、余計に気になるわけだ。

N9482メダカ成長

こんなことってあるのだろうかと思う。
しかし、やはり気になる。
不安神経症かもしれないね。

なんだかわからない不安をいだく。
なんだかわからないから余計に不安になるわけだ。
わからないものに不安を感じるものだから対処のしようがないよね。

不安をもつ体質・性格の傾向があるのかな。
みじんも不安をいだかない人がいるよね。

それも気になる。
どこがちがうんだろう。

DNAの塩基のほんのちょっとした違いかもね。
もしかして現状に不満があるとかってこと。

漠然とした未来への不安からくるのか。
悩むんじゃなく考え続けるしかないかな。


食卓で読書
小学生のころ、机もなかったので食卓で宿題をしていた。それ以外家で勉強をすることなどほとんど
なかった。勉強は学校でするもの、という意識だったのだろう。それでとくに問題はなかった。予習
や復習ということばは知っていたが、なぜか他人事であった。夏休みの宿題などどうしていたのだろ
うか。ほとんど記憶にないのである。夏休みのドリルのなかにあった蝉の鳴き声を書くページだけが
思いだされる。日記も書くことがなかった。それでもときおり、板張りの台所兼食事室にあったテー
ブルで本を読んだりした。といっても雑誌の付録やなにかでほとんど内容など憶えていない。そんな
小学生時代だったなあと追想しながらダイニングのテーブルで本を読む。どうして机があるのにここ
で読むんだろうか。机だと落ち着かない。いかにも本を読んでるって感じがして。なんか大げさなの
が嫌なんだろうか。それとも、貧乏性の症状があらわれているのか。どちらでもいいんだけど。

N9474ガクアジサイ

「グレート・ギャッツビー」 スコット・フィッツジェラルド
                       村上春樹訳 中央公論新社 ★★★★

この本のことはずいぶん前から知っていた。ただ有名な書名だけでストーリーは知らなかった。この
たび読んでみて、若いころであればわかない感慨もあると思った。人の数だけ人生があり、それぞれ
が劇的といえば劇的なのだ。平凡と非凡。なにをもって判じるかはいまもってわからない。希少価値
というのもあるが、つまりは相対的だということになる。世界にひとつだけの花、という言い方もあ
る。はじめて聞いたときは当たり前じゃないかと思ったが世間の受け取り方はちがった。すべてはひ
とつしかないではないか。逆におなじものというのはヒトの脳内にのみ存在するからだ。だが、そう
いう意味ではないのだということがすこしづつ分かってきた。個性をのばそうという風潮とすこし似
ているように思う。個性は自分で判断するものではない。他人の評価である。もっといえば、個性の
ことなんか考えて個性など伸ばせるわけがない。それで伸ばせることができるものは「奇をてらう」
ぐらいのことだ。個性をのばしたいと思うなら、個性のことなど忘れるしかない。この逆説がわから
ないなら、問題外だ。個性個性という人間に個性的なやつなどいない。個性は価値ではない。変なや
つ、偏執的性格、ストーカー気質、天才肌、従順、ひきこもり、すべて個性的ではないか。とりわけ
個性的だと判断されるようになれば、入院するしかないかもしれない。その手の病院には個性的過ぎ
る人たちばかりが暮らしている。なかには天才がいるかもしれない。しかし、凡才にはその天才が見
抜けない。時代がくだって、やっと彼らは天才であったと評価されるのかもしれない。そういう人に
あなたはなりたいのか。否、なりたいと思ってなれるものは天才とはよばないと思うのだが。
『ギャッツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔
に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速
く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。……そうすればある晴れた朝に――』
ここで物語りのあらすじを書こうという気が起きない。うまく書けそうにもない。読んだ人それぞれ
が描く「グレート・ギャッツビー」がありそうに思うのだ。村上春樹氏が訳者あとがきで書く。
『もし「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と言われたら、考えるまでも
なく答えは決まっている。この『グレート・ギャッツビー』と、ドストエフスキー『カラマーゾフの
兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。』
そして一冊なら、この「グレート・ギャッツビー」を選ぶというのである。人さまざまでもある。

「脳はなにかと言い訳する」 池谷裕二 祥伝社 ★★★★
脳はいろんな立場・分野の人たちが研究している。それらの人たちは脳科学者とよばれることもある。
わたしが思うに、その中では養老先生がいちばんである。だが、もう高齢でもあられる。次なる若手
はと考えるとき、まっさきにうかんでくるのは池谷さんだ。語り口はやさしい。文章も平易だ。おま
けに論旨にまざりけがない。変な用語を頻発することもなく謙虚な姿勢がいい。学究肌らしく研究に
あけくれている様子がうかがえる。諸外国の論文にも精通しておられるようだ。ところで本書の書名
にあるように脳はつねに論理をつなごうとするようだ。それが多少の無理矢理感があったとしても、
なんとか道筋をみつける。ことわざにもある。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」などと。それはさてお
いて、こんな文章を発見(?)いたしました。
『神経細胞は、生まれたときがいちばん多く、加齢とともに減っていく、と言われていました。厳密
に言えば、これは正確ではありません。神経細胞の数は、確かに生まれたときがいちばん多いのです
が、二歳ぐらいまでに、七割ぐらいが消えてなくなり、その後は一生の間ほとんど変わりません。一
秒に一個ずつ神経細胞の数が減る、とよく言われるのは、生まれたときと死ぬときの神経細胞の数を
直線で結ぶと、徐々に減っていくように見えるからでしょう。しかし、実際には、そういうことはあ
りません。
 神経細胞に限らず、生命体は、とりあえずたくさん作っておいて、優れたものだけを生命の維持や
子孫繁栄に使い、それ以外は不要なものとして、捨てたり殺したりすることをやっています。精子や
卵子もそうですし、免疫細胞もそうです。脳もご多分に漏れず、ネットワークを作りそこなった神経
細胞や性能の悪い細胞は不要なので、排除してしまうようなのです。』
なるほどね。勘違いしておられた方は多いのではないでしょうか。たとえばヒトの指は徐々にのびて
手の形になるのではなく、ミトンのような形状がまずあって指の間の細胞が自死していって手の形に
なるわけですね。この細胞死はアポトーシスとよばれています。ヒトはそういうやり方をよくするよ
うです。もうひとつこれはおもしろいなと思いました。
『とりわけ私が注目に値すると考えているのが「血液型」である。A型、B型などの血液型は遺伝子
は遺伝子そのものが違うからである。この遺伝子は赤血球の表面のタンパク質に糖鎖を付ける酵素を
コードしている。つまり、赤血球の表面のザラツキ具合が血液型によって異なるのである。となれば
当然、毛細血管の血球の流れやすさが異なり、酸素供給率に影響があることは想像に難くない。実際、
癌の発症率など、血液型によって差があるものがいくつか知られている。
 さて、血液型によって「人格」は異なるであろうか。A型は几帳面で、O型はおおらかで、B型は
個性的などという分類はしばしば耳にするが、いずれも根拠は不明瞭である。ただし、血の巡り具合
が違うのであれば、脳の生理作用に差があっても不思議ではないと考える人もいるだろう。』
科学も切り口ひとつでちがった面を見せてくれるんですね。斬新な理論を期待しましょう。


テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

どっちが大事か
わたしと仕事、どっちが大事と女性が訊いたらどう答える。
どちらが大切という問題ではないんだろうけど、それなら三パターンほどある。

(まじまじと女性を見つめるね)
(なに考えているんだろう、この人)
そんなの君に決まっているじゃないか、と素っ気なく言う。

(まず、面倒くさいやつだと断定する)
(でもかわいそうだよな、同情いたします)
うーん、どちらも大事だが、やっぱり君かな、とにっこり微笑む。

(なにか深刻な悩みを抱えているのだろう)
(まずは精神の安定が必要だろうな)
ガシッと抱きしめて、だいじょうぶだ俺がついている。

そんなこと言うんじゃないかと思ったわ。
でもなにが聞きたいのかがわかっていないわよね。
わたしが大事、と言われたいわけじゃないの。

つまり、試しているということかい。
そうよ、男としての度量・覚悟をね。

だけど、比較論でくるところがなんだかうんざりするんだよなあ。
男はつらいね。
それを言っては駄目。
女こそもっとつらいのよ。

N9491花咲く




プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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