ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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不思議なこと
庭に咲く花を見ていると、いつもきまって白秋の詩のフレーズがうかんでくる。
「薔薇ノ木ニ薔薇ノ花サク。ナニゴトノ不思議ナケレド。」
なにごとも、それがあたりまえだと思えば、至極あたりまえの光景がそこにみえるのである。
だが詩人は、科学者は、作家は、いろんな分野のすぐれた人たちはそこにあたりまえを見ない。
はたしてこれがそうなっているとは思いこみではないのか、自分で検証してみようとするのだろう。
当然のことだとして受けとめ生きていく、というのもひとつの人生のありかただとは思う。
そうなんだが、同時にあらゆることが不思議に感じられるときが、だれにもあったのではないか。
いまここに自分が生きて考えていることの不思議さはなにごとにも変え難い、とふと思うのだ。

4738クレマチス

「モッタイナイで地球は緑になる」 ワンガリ・マータイ 木楽舎 ★★★
「グリーンベルト運動(GBM)」を広め、アフリカ人女性として初のノーベル平和賞を2004年に受賞する。
そんな彼女は、アメリカの奨学金を受けてカンザス州のセント・スコラスティ大学で生物科学を専攻した。
さらにピッツバーグ大学の生物学修士課程に進み、組織分析と発生解剖学を学んだ研究者でもある。
その後ナイロビ大学の研究助手となり、ミクロ組織学を教えていたが、市民活動に飛びこむため辞職した。
2002年98%という圧倒的な支持を受け国会議員に当選、さらに環境副大臣にも就任している。
だが現実の厳しさも十分にわかっており、地道な運動でケニアをアフリカを変えていきたいと願っている。
『私たちのような人間は、政治よりも理想主義に突き動かされいることが多いものです。
だから、忍耐というものを学ばなければならないし、政府を動かしているのは理想主義者ではないのだと
気づかなければいけない。理想に燃えてやってくる仲間たちには、忍耐強くあれ、と忠告しておきましょう。
私たちには大局は変えられそうにないということを知っておかなければならないのです。
おそらく、森の景観ならば変えられるでしょうが。』
言葉通りこれまで30年にわたってケニア全国に植えてきた苗木は、3000万本にもなるのである。

「星のあひびき」 丸谷才一 集英社 ★★★★
作家丸谷才一は、自分の作風について、あるいは小説について日本の私小説と対比してこう語る。
『かういふふうに、実生活を直写し告白して誠実を誇ることへの嫌悪は、
わたしの作風の最も顕著なものだろう。
わたしは思考と想像力によつて世界を探ろうとする。
わたしの自己は狭苦しい体験に限定されなければならないほど貧しくないはずだ。
かつて、何のために小説を書くのかと先輩作家から問はれて、わたしは答へたことがある。
「行動しない人間の夢想、あるいは夢想者の行動として」と。』
小説を書くときの態度としてはそんなふうに考えておられるわけだ。
では、小説を評論するときにはどう道筋をつけていくのかについては、以下のようになる。
『本といふのは単独の存在ではない。
何冊も何十冊も、いや、何万冊も何十万冊もの本が群れをなして宇宙を形成してゐる。
たとへば夏目漱石の『三四郎』なら、ヨーロッパの教養小説の伝統
(ゲーテの『ウィルヘルム・マイスター』とかフルーベールの『感情教育』とか)
があつて、漱石がそれに親しんでゐるから書くことができた。
その『三四郎』を読んで森鴎外が刺激されて『青年』を書いた。
『三四郎』や『青年』のせいで出来た日本人作家の作品はあまりにも多くて、ここにあげきれない。
また、『三四郎』には社会小説といふ面がありますが、
これはイギリス文学に「イギリスの状態」小説といふ分野があつて、
その影響を受けて、いはば「日本の状態」小説を書かうとしてゐるのである。
E・M・フォースターの『ハワーズ・エンド』はこの「イギリスの状態」小説を書かうとして試みたもので、
ほぼ同じころ日英両国のモダニズムの作家たちが手がけた社会小説として注目すべきだろう。
といふ事情だから、視野を広く取つて本の世界とつきあふ人でないとよい書評は書けない。』
科学者もおなじような視点がなければ優れた業績はあげられない、ということができるだろう。

「女の由来」 エイレン・モーガン どうふつ社 ★★★
人類の直立姿勢はどのようなプロセスを経て確立されたのか、定説とはちがって彼女はこう語る。
『水生生活をおくったと仮定することによって、説明できるのではないかと提唱すること
――たしかにそれが、第一のテーマだ。
だが、話がただそれだけなら、あえて他の動物学者たちに真偽を問うまでもない
――地球の長い歴史の中で、そうしたことは、人間以外の生物にも繰り返し起っているのだから。
しかし本書で述べようとしている仮説は、それだけでは終わらない。
水生生物への道をかなり進んだのち、人間は、驚異的な進化上のUターンというべきものを行い、
再び水から上がって陸に永住したということをも、私は主張しようとしているのだ。』
水のなかにいるとたしかに直立する姿勢による頭部を支える負担が軽減されるというのは魅力的だ。
彼女オリジナルの考え方ではないが、かなりよく説明できるということはある。
そうは思うのだが、それについての説明が本書では少なく納得できるところまではいけない。
本論が男性優位社会への恨み節のようになっているのが、なんだか残念だ。
あらためて人類の水生生活説の本を書くとおっしゃっているので、そちらに期待しよう。
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遠くに眺めるのも好きです。
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