ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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クリスマスの夜に
今日はクリスマスだからということではないが、昔読んだ本にあった一節を思いだす。
それは宮城音弥さんの心理学関係の岩波新書にあったと思う。
どこに書いてあったかなあ、と本棚のなかをごそごそとさがしてみた。

「心理学入門」であったか「愛と憎しみ」だったか「精神分析入門」なのかはっきりとは憶えていない。
やっと「人間性の心理学」(岩波新書(青版)670 1971年7月20日 第7刷発行)のなかに、
価値についてという章があり、そこの価値の多様性という節に書いてあった。

6282人間性の心理学

『宗教がちがうと価値観が異なる。リシェはいう。
「世界開闢以来、およそ六千億の人間が生活した。大ざっぱに計算してヒンズー教徒が一千億、
種々雑多な異教徒、仏教徒、回教徒、旧教徒、新教徒がそれぞれ同数であったとしよう。
 ところで、もし、私がまちがっていないとすれば、まったく別個の宗教が六種類あることになる。
そして、その全部が真に正しいことはあり得ない。少なくとも、六つのうち、五つは虚偽でなければならぬ。
 最大の譲歩をしたうえで、六つのうち一つが正しいものとすれば――そんなこともあるかも知れぬから
――他の五つは虚偽であるということが否定し得ないことは明らかである。
 したがって、人類の六分の五は、多くの世紀にわたって、恐るべくも、また、笑うべき誤謬によって、
根本的に歪められた生活を営んできたし、また、今なお、そうしていることになる。
この人類の六分の五は愚者であったし、今もそうである。
 これは数学的に反証し得ない証拠である。」』

真理はひとつである、という前提を多くのひとびとが認めているのだろう。
ということからすれば、正しい宗教、宗教教義というものがあるならば、それはひとつしかない。
キリスト教、イスラム教などといえども世界人口の50パーセント以上の信者はいない。
この地球上に住む人々の過半数はまちがった宗教を信じているということだ。
こう結論づけられる、これはじつにおどろくべきことではないか、というのである。

だからかどうか、現代にいたっても宗教に端をはっする戦争はおさまるところを知らない。

もしや、前提がまちがっているということだろうか。
多くの論証は前提を検討することによって覆ってきた。
定説、ドグマ、常識を疑え。

正しい(これを定義するのはやっかいだ)宗教は複数あるのか。
このテーゼを受けいれられる宗教がはたして存在するのか。
真理は相対的なものなのだろうか。
正義なら、相対的だと即座にいえるのだが。

ふと、日本では八百万の神がおわします、ということを思いだす。
多くの日本人が自分は無宗教だとなんとなく考えていることと関係があるのだろう。
こんなことを考えるのだが、今夜はキリストさんもきっと許してくれるだろう。
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遠くに眺めるのも好きです。
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