ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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夏休みの図書館
あれは中学生のころだったろうか、夏休みに近所の同級生と図書館へよくかよった。
彼は私立の進学校に通っていたので、ふだんは遊んだりすることがなかった。
観音山公園のなかにある図書館まで歩いてだから、二キロぐらいの距離があったはずだ。
ぶらりぶらりと小一時間はかかったと思うが、それが苦になるということはまったくなかった。
帰り道の途中で、肉屋のコロッケを買って歩きながら食べたりもした。
どうして図書館に行ったのかというと、家では暑いし弟たちがうるさいというのもあった。
だが、やはりいちばんの目的は女生徒もくるという情報ではなかったろうか。
そこで偶然に知りあうなどということはなかったが、本を読むしかないという経験は貴重だった。
なぜか暑くなるとそのころを思いだしたりして、もっと勉強しておけばとちょっぴり思うのだ。

6914フルーツトマト

「ご先祖様はどちら様」 高橋秀実 新潮社 ★★★★
だれそれの末裔であるとか、先祖は○○の出自であるとかとときに目にすることがある。
人類はアフリカで生まれ、わたしたちはその子孫なのであるからまあどこかでつながっている。
といっても、そのつながりの濃さ(?)がちがうんですよ、といえなくもないからむずかしい。
おおくの人は有名な先祖をもちたいという願望があるからその願いをかなえる職業もあったり。
なにで読んだかわすれてしまったが、イギリスには王家へとつながる家系図作成業があるらしい。
前述のようにどこかでかならずつながりはあるわけだから、それも可能というのはわかる。
逆につながっていないことを証明することは論理的にできない、のではないだろうか。
とはいいながらも、祖父や祖母はどんな人生を送っていたのとときにかんがえないこともない。
と高橋家の先祖をさかのぼっての取材となるのだが、それとは別にこんな文章があった。
『「女は生まれ変わるのよ」
戸籍を眺めながら妻がニヤリと微笑んだ。
彼女は戸籍制度の下、私と結婚して私を筆頭者とする戸籍に「入籍」し、
いわば旧姓を剥奪される形になった。
家父長制の犠牲者ともいえるわけで、さぞや不平不満もあるのではないかと思ったのだが、
そうでもないらしい。
――入籍して生まれ変わる?
「そう。苗字が変われば別人になれる」
――別人に?
「そうね」
不敵な笑いを浮かべる妻。
――女性は抑圧されているんじゃないの?
「抑圧されているのは男のほうじゃないの?」
意表をつく切り返しに私はたじろいだ。
「だって苗字は記号にすぎないでしょ。男のほうがそれに縛られているのよ」
逆の立場で考えてみよう。もし私が彼女の家に婿入り(入籍)すると、私の苗字が変わる。
そう想像しただけで何やら自分の存在が全否定されるような気がして、さすがに躊躇してしまう。
「苗字は記号にすぎない」などとは思えず、となると、やはり私のほうが苗字や戸籍に縛られているのだ。
「それに、制度は利用するものでしょ」
――利用する?
「そう。現に利用して、あなたを法的に拘束したわけだから」
訊かなければよかった、と私は後悔した。
「要するに、女のほうが自由なのよ」
――自由なんだ……。
戸籍を利用して男を縛る。利用することで自由な立場に立つのである。
「自由に生まれ変われる。そういえば、もう1回結婚すればまた別人になれるわね」
彼女はそう言ってカラカラと笑った。』
なんだかミステリを読んでいるようだ。ああ~、女性おそるべし。

「持ち重りする薔薇の花」 丸谷才一 新潮社 ★★★
丸谷氏は小説も書くのだが、やはり評論、随筆のほうがいいとわたしには思えるのである。
編集者の野原がいまは現役を引退し名誉会長になっている梶井玄二にインタビューする。
彼がアメリカ駐在のころにふと知り合ったブルー・フジ・クヮルテットの話を聞くというところからはじまる。
いまでは世界的に有名な弦楽四重奏団のなかにはいっているというクヮルテットなのだ。
息のあった漫才師も舞台をはなれるとあんがい仲が悪かったりするようにクヮルテットもそうだという。
だからといって、仲がいいほうが腕がいいかというと、逆だともいうのである。
ということでクヮルテット内でのゴシップ話などありだが、どうもいまひとつ話にはいっていけなかった。
なぜかと考えると、丸谷氏のえがく小説世界に生きるひとびとの生活実態が身近でない。
つまりハイクラス、中流から上流の方々であるからなのだと気づく。
だから日常の趣味的会話にどうも興味がもてないのだということがわかる。
まあ、いろんなひとびと生活実態があって社会は構成されているのですがねえ。
ということで、あまり書くことがありませんでした。

「うから はらから」 阿川佐和子 新潮社 ★★★
新聞の連載小説で「麻子」なる主人公がでてくる小説の作者が阿川弘之氏だったのではないか。
古いことなので題はわすれてしまったのだが、佐和子氏の父であることはなぜか知っている。
さてテレビなどで活躍されている阿川さんだが、小説も書かれるということでまあ読んでみようかと。
『「うから」とは親族・同族、「はらから」は同胞・兄弟姉妹の意。』とはじめに書かれている。
なるほど読みはじめれば、じょじょになにがテーマとなっているのかがわかってくるというものだ。
小説のテーマとは関係ないのだが、こんな文章が気になった。
生意気な倫土(ろんど)いうセリフだ。
『「アキオって、僕のこと?」
「だってアキオでしょ、ファーストネーム。アキオって呼ばれるの、嫌いなの?
このほうが互いの距離が近づくし、会話がスムーズになると思うけどな。
外国人なんて、初対面からファーストネームで呼び合うよ」』
というところだが、じつはわたしも日本人はファーストネームで呼び合わないと思っていた。
だが、あるとき田舎を旅していると、おじさんおばさんが互いにファーストネームで呼び合っていた。
「お~う、和子お、ばあさまは元気だか」
「元気すぎるくらいだが、しげるんとこはどうだか」って。
聞けば同級生で幼いころからずーっとそう呼び合っているといっておりましたね。
東京(あるいは都会いっぱん)限定の思いこみというか、都市伝説というんでしょうか(笑)。
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