ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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美とサイン
すらりとした身体でヒップをゆらしてモデルのように歩く姿は多くの男をひきつける。
そうした歩き方は、そのような意図を含むものであるから当然といえば当然である。
いつごろからだったろうか、顔立ちよりもスタイルを重視するという価値観が台頭してきたのは。
そのころの世間でも、背の高い女性は劣等感をいだきつつ猫背になってあるいたものだ。
だが、そういった価値観とは乖離した別世界があるということが喧伝されるようになってきた。
ある意味バーチャルな世界であるから、背は高ければ高いほど見映えがいいということになる。
顔は小顔がいいし、八頭身以上でもなんの問題もないということになった。
それだと生物学的に脳容量が少ないではないか、という批判はまったく的がはずれている。
動物行動学が教えるクジャクの羽根とおなじで、めだてばめだつほどに異性はひきよせられる。

7302ツバメのオブジェ

「幸菌スプレー すっぴん魂7」 室井滋 ★★★
旅行の途中で持参していたたった一冊の本が読み終わってしまった。
なんだかぼーっとでもしていたのだろうか。
これでも読むといわれて、まあ活字であれば的な感覚でときに読んでいた。
「週刊文春」に連載の書籍化第7作目だとかで、つい思ってしまうのである。
決して室井さんの文章がうんぬんということではないのだが、長く続いているようです。
でも高島俊男さんのほうがおもしろいのになあと、まあないものねだり感がわくのですね。
それはともかく、まあふつうに読めるし特に感想はありません。
べつにおもしろくないということではなくて、まあいいんじゃないんでしょうか。
帰りの新幹線のなかで読み終えてしまいました。
室井さんもがんばってくださいね、好きな女優さんではあります。

「翻訳史のプロムナード」 辻由美 みすず書房 ★★★★
米原万里さんがすばらしいと激賞していたので、読んでみようかと思った。
予想にたがわずというかそれ以上というか、すばらしい人ってたくさんいるものだなあと。
『フランス語にベル・アンフィデル(Belles Infideles)という表現がある。文字どおりにいえば、
「不実の美女」であるが、「美しいが、原文に忠実でない翻訳」をさして用いられる言葉である。』
米原さんの著作、「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」はこのことを言っていたのだと知るのである。
『ヨーロッパ人は古代ギリシアの知的遺産を直接うけついだわけではない。
中世ヨーロッパに入ってきたギリシア科学・哲学の大部分はアラビア世界を経由し、
アラビア学者たちの研究と注釈が加えられたものだった。
実際、中世ヨーロッパがギリシア・ヘレニズム科学とほぼ無縁だった時代に、アラビア世界は
ギリシア科学や哲学の主要な著作のほとんどすべてを自分たちの言葉に翻訳してしまった。
こうしてアラビア世界で翻訳されたものは、つぎにヨーロッパ世界の言葉に重訳されることになる。』
このことをなぜ教科書で教えないのか(ご存じない?)、じつに不思議な日本である。
そうすれば、もうすこし中近東に対する印象もちがったものになるのではないか。
『翻訳は過去を発掘し、過去を保存する。
過去の遺産の継承は新しいものをつくるのと同じほど、いやときにはそれ以上に重要なことだった。
「オリジナリティ」ばかりをもてはやすのは、近代以降の価値観である。
だが、現代ではその「オリジナリティ」もインフレーションをおこしている。
どちらかといえば、どうでもいいようなところで個性を競いあうような時代になった。
こうした時代にあっては、こうした過去の価値観にはむしろ教えられるところが多いように私には思える。』
こした卓見を読めば、なんと読書はすばらしいと思わざるをえない。
すばらしい翻訳家たちに感謝してこれからは訳者も書くことにしたいと、ささやかに思う。

「自己分析と他者分析」 岸田秀+町沢静夫 KKベストセラーズ  ★★★★
対談にあたって、町沢氏はどんなことを思っていたのだろうか。
『私は岸田氏については本の上では知っていたものの初対面であり、戸惑いを感じざるを得なかった。
しかし箱根の温泉で裸の付き合いとなってからすっかり開き直ってしまい、
思うがままに話をするだけで良いのだと言い聞かせていた。
実際話が始まると岸田氏の人柄は実に率直であり、それは私には驚くほどであった。
淡々とそれでいていささかシャイな風情は私に好感を感じさせたとともに私を気楽にさせてくれたものである。』
この町沢氏のコメントはほんとうに岸田氏の姿をほうふつとさせてくれる。
それでいて岸田氏はこんなこともおっしゃるのである。
『ボクは性欲というものがそもそも近代の現象ではないかと考えているんです。
少なくとも個人の欲望として性欲が認識されたのは近代ではないか。
それは神が死んだことと関係があると思います。
神とは何かというと、世界を創造し、社会の秩序を定め、人間と人間をつなぐものだったわけです。
その神が死ぬと、人間と人間をつなぐものが何もなくなり、そこで、性欲が登場してきたんだと思います。
神がいなくても、人々は性欲にもとづいて男は女を、女は男を求めることができますから、困らないわけです。』
この対談を読んでいただければわかるのだが、精神障害と時代はリンクしているのではないか。
岸田氏や町沢氏はそう考えているわけであり、それを抜きにしての批判はお気楽だといわねばならない。
いつの世でもそうだが、あとからなんだかんだと文句をいうのはたやすく、無責任でさえある。
時代によって、世相も変われば疾患の趨勢も変わってくるものだとつくづく思うのである。
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遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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