ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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尾道友愛山荘ものがたり(20)
 <第四話>夏の不思議 その五

 ぼくはその静けさに気圧されながら、また持ち前の好奇心がわいてもくるのだった。
「ぼくでよかったら、かまいませんよ。どうぞ、気楽に話してください」
まわりの連中が席を外そうとするのを、彼女は穏やかに制して話しだした。
「私はいままで一人で旅行などしたことが、ございませんでした。
はい、私は東京の女子大に通っております。
中学から、女子ばかりの中で過ごしてきました。
ですから、いまとても緊張しております。
でも、このチャンスをのがすと、この胸の内の不安を話すことが、
一生できないような気がいたしたのでございます。
すみません、こんな話し方おかしいと思われるでしょうが、お許しください」
「ですから、いまここにいることは自分でも不思議な感じがいたします。
でもここまで来れたのだという満足感も一方では感じているのです。
もちろん、家人も心配しているでしょうから途中で電話いたしまして、
大丈夫だと、一人で旅行していると申しておきました。
母も驚いたようですが、わかってくれたのではないでしょうか。
気をつけてね、とだけしか申しませんでした。
私だってもう21才なのですから、旅行ぐらいできますもの。
ほんとうは、ひとりでこんなに遠くまで来たのは初めての経験なのです。
心細かったのも確かでございます。
ごめんなさい、自分ことばかりひとりしゃべっておりまして、申しわけございません。
いましばらくの間、お聞きくださいませ」
「私の言葉使いがおかしいと思われているでしょうね。
自分でもわかっているのですが、どうすることもできないのです。
幼いときから祖母に育てられ躾けられたからでしょうか。
その祖母も、もう先年亡くなってしまいましたが」
と言って、しばらく下を向いていた。
涙をこらえているようでもあり、なにかを考えているようでもある。
ぼくたちは、しばし言葉をのみこんで注意を彼女に集中していた。
ふたたび顔をあげて話しだしたときには、すこし落ち着いているように見えた。
「ごめんなさい、あまり男性の方とお話ししたことなどないものですから。
どう話してよいものやらと、迷ってしまいました。
男性というと、身近には父と弟がいるだけですから。
率直に申しますと、いまとても嬉しいのでございます。ございますは、少し変ですよね。
よくクラスの友人から時代劇みたいね、と言われるのです。
私、緊張しているのかもしれません」
「言葉使いなど気にすることはありませんよ。ぼくたちのほうが恐縮するくらいなものです。
変な、野卑な言葉を使っているのじゃないかと、いまはこちらのほうが冷や汗ものですよ」
つい、関西弁を忘れてしまう。ぼくのほうがかなり緊張しているようだ。
「ムッシュさんは関西弁の方がすてきです。
失礼かもしれませんが、ほんとうにそう思います。
それに関西弁って、人を安心させてくれますもの。ごめんなさい」
「いやあ、そんなに褒められたらかなわんなあ。
これは褒められてるんやろ、なあみんな」
彼女は口を手で押さえながら、身体を前に折るようにして笑った。
それを見て、みんなもつられるようにぎこちなく笑った。
「私はいつも自由に楽しく話す若い人たちがうらやましかったのです。
同じ年代なのに、どうしてこうも境遇がちがうのだろう。
私はこれからどうなるのだろう、と不安がつのっていたのです。
まわりの友人は気にしないでというのですが、気にせずにはいられません。
そのような思いが、こうして家を飛び出してきた原因だと思います。
じっとしていることが、たまらなく不安だったのです。
今日新幹線の岡山駅まできてしまってから、どうしようかとうろたえてしまいました。
うろうろしているところを親切な女性の方に声をかけていただき、
どこもいくところがないと申しますと、その方は尾道のユースに泊まられるということなので、
こうして同行させていただいたという次第なのです。
世間には悪い人が多いと聞いておりましたが、そんなことはない、とわかりました。
とても、感謝しております。
こちらに来てからも、みなさまとても優しくて感激いたしております。
ユースのなにかとも知らない私でしたが、
先ほどのミーティングのムッシュさんのお話を聞いて、
こんな世界もあったのかと驚き、かつ納得もしたのです。
私のこころに、今日一日に起こったこと、出会った人たち、聞いたお話が、
しみじみと沁みいるようで、眼が見開かれたような気がいたしました。
いままで孤立感のようなものをいだいていたのですが、
ひとりよがりの誤りであったとわかりました。
みずからがこころを開くことが、相手をも開かれた世界へいざなうことであり、
同様に逆もまたしかり、なのですよね。よくわかった気がいたします。
これからも、いろんなことがあるのでしょうけれど、
頑張ってゆけそうで、とても嬉しく思っています」
彼女は晴れ晴れとした顔で、ぼくをひたと見た。
「自分ばかり、勝手な話をいたしました。
それにもかかわらず、お聞きいただきありがとうございました。
なんだか生まれ変わったように思います」
「いいえ、いいお話だと思います。
東京からだと今日はお疲れになりはったのとちがいますか」
「胸のうちをお話しして、なんだかほっといたしました。
こんなにしゃべったことなぞ、私は今までに経験したことがございません。
やはり、すこし疲れたのかもしれませんね。
まことに勝手ではございますが、失礼してお先に休ませていただきます。
ムッシュさん、それからみなさま、ほんとうにありがとうございました。
おやすみなさいませ」
と彼女は軽く礼をして、しっかりとした足どりで階段を上っていった。
ぼくと、文ちゃん、一同は顔を見合わせて、ほっと一息ついた。
「あっけにとられる、というのはこういうことをいうのでしょうね」
「ムッシュ、いろんなことがあるものですねえ」
「そうやな、文ちゃん。それにしても、彼女の名前も聞いてなかったなあ。
でも元気になって、よかったやないか」
全員で彼女が去っていった階段を見上げながら深くうなずいていた。
「彼女にとっては大変なことやったんや。
いままさに彼女自身が変わろうとしてるのかもしれん。
それにしても不可解な感じは残るわなあ。そやけど、なんやしらん疲れたなあ。
今晩はこれでお開きにしようや。みんな、もう寝よか」
ぼくの言葉を機に全員が椅子から立ちあがり部屋へと引きあげた。

F0066山陽本線

 生きてゆくなかで、人はときとして大きな転機に出会うことがある。
その転機は、突然やってくることも多い。
それは人が必ず迎えなければならない通過儀礼のようでもある。
自分が自分を乗り越えてゆかなければ、決して自分には到達できない。
焦る思いや、もどかしい感覚の渦巻く青春の時を人は通り抜けてこそ、
新たな自分に生まれ変わることができる。
果てしもない原野をさまよい歩いて、きっといつか目覚めるときがやってくる。
 時代の変化のなかで、社会がパラダイムの転換期を迎えるように、
彼女自身も新たなパラダイムを構築するときに至ったのだ。
進化が進歩と同義でないように、転換がなにを彼女にもたらすのかはわからない。
でも、彼女は変わってゆくしかないのだろう。
 今夜のことは、夏の不思議と言うしかない。
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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