ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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尾道友愛山荘ものがたり(21)
 <第五話>夏の眩暈 その一

 男連中のヘルパー部屋は、階段を上がって左側とっつきの場所にある。
西日がよくあたる蒸し暑い部屋だ。
もちろん、扇風機やクーラーなんぞというものはない。
部屋のなかは貧乏学生が暮らす下宿部屋の様相をていしている。
部屋の片隅には敷きっぱなしの布団がうち寄せられている。
男臭さが隅々にまで充満している。
 部屋の壁には歴代のヘルパーの写真が押しピンでとめてあった。
一枚ずつながめれば、いろんな奴がいるもんだと感心もする。
枚数分だけ、人生のドラマがここ尾道で繰りひろげられたというわけだ。
 彼らもきっと誰かに憧れ、そんな人になりたいと切実に願ったことだろう。
自分なりに努力をするのだが、志はいつしか現実の喧噪のなかにうずもれてゆく。
自分の限界、無力さを痛感するのだ。
若いときは、だれしもスーパーマンにあこがれる。
自分のためにその能力を使おうというのではない。
みんなの幸せのために、ぼくはスーパーマンになりたいのだ。
よしんばスーパーマンになれなくとも、微力ではあろうが力にはなりたい。
そんな気負いだけが虚しく空まわりする、そんな若き日がだれにもあったはずだ。
しかし、みんなの幸せといった抽象的な夢はすぐに崩れてしまう。

 なにが幸せであり、正義であり、真理なのかと考える。
すするとたちまち思考は迷路に踏みこんでしまう。
正義とはと、しばしば正反対の定義がなされてきた。
そして、それぞれが正しく思える。
万人の納得できる定義がなされたとき、現実的には意味をもたないものになっていた。
人の数だけ人生があるように、数限りない幸せの形があるのかもしれない。
知らない世界では人々はどのように生きているのだろうか。
ぼくにとっての喜びは、他の人には退屈であったり苦痛であったりするかもしれない。
人がおおきな正義をふりかざすとき、その陰には野心が顔をのぞかせている。
それは歴史が示すように、しばしば不幸な結果を人類にもたらした。

 寝苦しい夜をなんとか乗り越えると、騒々しい蝉の合唱で朝がやってくる。
えいと起きあがって、布団はそのままに階段を降りてゆく。
ピタピタとサンダルの音が館内に響きわたりながらついてくる。
一階の台所ではすでに朝食の準備がはじまっていた。
台所の入り口からなかに向かっておおきな声をかける。
「おはよう」の声に、「おはようございます」がかえってくる。
顔を洗ってから食堂のテーブルを拭きはじめた。
今日も暑くなるかな、と思いつつ外をながめると、早くも夏の太陽がきらきらと光っている。
玄関に打ち水でもしたら涼しくなるかな。
サンダルを引っ掛け、ドアをあけると朝のさわやかさがあった。
玄関脇には一台のバイクが停めてある。
後輪のマッドガードには泥が乾いてこびりついていた。

 バケツの水を撒きながらぼんやりとしてると、後から声をかけられた。
「ムッシュさん、尾道観光団は何時出発ですか」
ええ、なんのこっちゃ。
あ、忘れていたがな。
昨日は思わぬことがあったからなあ。
どうしようかな、と胸のうちで算段していた。
それはこんなことが、あったからなのだ。

0038尾道案内版
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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