ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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尾道友愛山荘ものがたり(25)
 <第五話>夏の眩暈 その五

 ぼくたちは慈観寺の前を通りすぎ、車道を横切り、御袖天満宮へと到着した。
本宮への階段はかなりの急勾配である。一同階段を見あげながら、ため息ついた。
東京の友だちからメグと呼ばれているほうがいった。
「ここが、あの階段ですか」
「そうや、ここがあの階段や」

F0053御袖天満宮

なんだか風の音が聞こえるようだ。
「眩暈がしそうですね」
「眩暈というのは思念の交錯する場所で起こる、いうたりするからな」
変化への兆しなのだろうか。
「いよいよ、青春への扉が開かれるんですね」
「そうや、それまではなにかしらんうすうす感づいていたようなことが、
はっきりとした形をあらわすようになってくるんや」
「性への目覚め、なんでしょうか」
「そうやな、現に目の前にある、実際に生きてる舞台での、触れることができる性なんやな。
決して、それまでに想像していた世界のなかのように、自分の思い通りになるものじゃない。
大きく前に立ちはだかるような、存在感のある世界へと入ってゆくんやな」
みなが等しく通って来た道なのだ。
「だれもがいろんな形で、いろんな思いとともに経験するんですね」
「そう、誰もがな。決して例外のないことなんや。
そんな経験はしてないと思っている人でも、
中年になってから、突然そのときの記憶がよみがえってきたりすることがあるらしいで」
「あるらしいって、そんな話を聞いたことがあるんですか」
「聞いたというより、小説のなかでよく出てくるやないか。
中年男女の突然の失踪いうのは、たいていそういうことらしいで」
「ちょっと怖いですね。そうならないためには、どうしたらいいんですか」
「さあ、どうしたらいいんかなあ」
文ちゃんが言う。
「どうしようもないんじゃないですか」
「そんな、無責任ですよ」
「無責任と言われても困るな。神様の御意のままに、ということかな。
それとも君、なにか心配な兆候でもあるの」
「そんなあ、ないですよ。ただ、そんなことになったらどうしようかな、と思っただけですから」
「まあ、取り越し苦労はやめて、もっと青春の楽しい面を見ようよ」
「そうですよね。楽しいことのほうが多いですよね。私たち若いんですから」
そうであればいいのだが、現実はちがった面を見せることも多い。
「若いから楽しいことが多いというのは、解せんなあ。そしたら、歳とったらどうなるの。
お墓に行くのを待つだけというのでは、人生淋しいで」
「またそんなことを言う。意地悪ですね」
意地の良い、悪いではない。
「意地悪とはちゃうで。こうした解釈もできるで、ということや。
中学時代には、男の子も女の子もいろんな悩みや不安を抱えもって生活してる。
自分のなかにある男らしさや、女っぽさといったことに一喜一憂してるんや。
そんな世代の通過儀礼として、この映画は作られているとみることができるのかな。
なんて、思ったりもしてるんや。まあ、もっとしっかりと現実を見つめましょう」
「そうですよね。悩んだり、苦しんだり、楽しかったり、冒険したり、秘密めいた事件があったり。
憧れがあったりするのが青春ですものね。人生はそのことの繰り返しですよね。
そして、やっぱり最後には、つらい別れがあったりするんですよね」
と、メグは横顔を見せながらつぶやく。
「そうや、青春だけのことやないんやな。青春はその断面をかいま見せてくれる、いうことや。
青春とは若さなり、とはいつ頃からそうなったのかな。本来は、若さをいうのとはちがうと思う。
こころの姿勢やと思うな。前向きな、ひたむきな、頑張り抜こうという意志かな。
ぼくらは、いつまでも青春でいきましょか。ハッハッハ」
「そう思ったら、なんだか楽になってきました」
「楽になってきた?メグは苦労なんかなさそうな顔してるけどな」
「わあ、これでも私けっこう悩みが多いんですよ。
ムッシュって、人のこころにグサッとくるようなこと平気で言いますね。
ねえ文ちゃん、そう思いませんか」
「ムッシュはね、無神経と鈍感が同居しているところがあるからね。
でもね、いいたいこと言ってるようだけど自分のこととなると、からっきしなのよ。
いい人なんだけどね。まあ、許してやってよね」
と文ちゃんはあくまでも優しい。すこし陽が陰ったかと思うと、どこからかサンペイがやってきた。
「そんなムッシュを甘やかしちゃ駄目ですよ、文ちゃん。
現実を沈着冷静に見ましょうよ。あのね、ムッシュってね自己中心的な人なんですよ」
「そうなんですか、ムッシュ」
「本人に面と向かって聞かれてもちょっと困るけど、そりゃあそやろ。
自己中心的じゃない人なんか知らへんで、ちがいますか」
「ほらね、こういうふうに強弁しながら考えているだから、油断しちゃ駄目。
あのものの言い方は、よく考えると変なんだよね。
だってさ、断定してるようでいて最後は疑問文にする。
それから、どちらにでも取れるような表現が多いんだ。だから絶対騙されちゃいけません」
「そう言われてみると、そんな気になってきたわ。ちょっと不安ね」
話題はゆらゆらと方向を定められない。
「まあ、ぼくのことをどう批評しようと、弾劾しようともかまへんけど。
だけど、正しいものの考え方をせなあかんで。要は、自分の頭で考える、ということやな」

 しばらく間があって、静かな声でメグは、
「そうですよね。なんといっても一度だけの人生ですし。
最後の決断は人任せにはしたくないですものね。
思い切って、この階段を転げ落ちてみるのもいいかもしれませんね。
わたしって、これからどんなふうに生きてゆくのだろう……」
唇を噛みしめながら、最後のほうはひとり言のようにつぶやいた。

 ぼくは一体なにものなのだろう、とはいつ頃から考えはじめたろうか。
他人を意識しはじめたとき、ぼくは自分とはなにかを考えはじめていた。
他人と自分のちがいはどこにあるのだろうか。自分と他人を分け隔てているものとは、なにか。
 エリク・エリクソンのいう「アイデンティティー」をどう確立していけばいいのだろうか。
ぼくが誰かを尊敬しどんなに頑張ったからといって、その誰かになることはできない。
誰かのようになろうとする努力も、いつかは悲しい淵に沈んでいくことだろう。
ぼくはぼくになるしかない、ぼくにしかなれないのだと知った。
「ぼくはぼくになる?」
「ぼくはもともとぼくじゃないか!」
「いや、ぼくはぼくとしてこうあるべき、こうありたいというぼくになる」
「ぼく自身が肯定できる、こころ安らかなぼくになる」
「ぼくはぼくでしかなり得ないものになる」
 ぼくの果てしもないアイデンティティーへの旅は、まだはじまったばかりだ。
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遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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