ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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霊しらず
いまやエコブームとかで、いろんなものがリサイクルということで再使用されている。
そんななかでも、衣類に関してはどうもいやだ、なんとなくなじめないという人も多い。
理由がいろいろあって、だれかがそれも故人だったりが着たと思うともう無理だというのである。
それこそ霊がついているんじゃないか、なんて怖くなってしまうんだというのがある。
そういうことを聴くと、いつも清潔ずきというより潔癖症な方の行動を思いうかべてしまう。
だれか他人が触れたとおもわれる場所はかならずアルコールで拭くというのだ。
風呂の湯もいちどだれかが入ったら、雑菌だらけだからかならず入れ替えるともいう。
それはそれでその人の好みの問題(!)だから、どうということはないのだが疑問点はある。
この空気中をただよっているというか充満している、塵、芥、菌、ウイルスは気にならないのか。
わたしが見えない、感じないものは存在しないとおなじである、という哲学的立場なのだろうか。

はす池のトンボ

「絶対製造工場」 カレル・チャペック 飯島周訳 平凡社 ★★★★
カレル・チャペック氏といえば、「ロボット」という語をはじめてつかったということで有名である。
ところで、大企業メアスの社長ボンディ氏にマレク技師はいう。
『「ぼくの完全カルブラートルは、完全に物質を分解することで、副産物を作り出す――
純粋な、束縛されぬ絶対を。化学的に純粋な神を。
言ってみれば、一方の端から機械的なエネルギーを、反対の端から神の本質を吐き出すのだ。
水を水素と酸素に分解するのとまったく同じさ。ただ、それよりもおそろしく大規模なだけだ。」』
カルブラートルとは、絶対を、化学的に純粋な神をつくりだす機械だというのである。
『すでにご存知の通り、マレク技師によって発明された物質の完全燃焼は、
あらゆる物質の内部に絶対が存在することをほぼ証明した。』
ここでいう絶対とはなにか、現代におきかえると原子力だろうかと想像することは容易だ。
『「いいかね、誰かが持つ信仰が大きければ大きいほど、その分だけ、
それを信仰しない人たちを激しく軽蔑するようになる。
とはいうものの、最大の信仰は人間への信仰だろうな」』
『ブリフ氏が言った。「人は、たとえばほかの信仰は悪いものだと考えたっていいけど、
その信仰を持っている人を悪い、下品で、いんちきな奴だと考えちゃいけねえ。
それは政治でもなんでもそうなんだがね」』
原理主義に陥らない、これだけで世界がずいぶんと住みやすくなるのではないか。

「人魚はア・カペラで歌ふ」 丸谷才一 文藝春秋 ★★★
あらためて丸谷氏の冥福をお祈りしたい、としのびつつ本書を読む。
世にいう雑文というものがあるが(エッセイではない)、その定義を野坂氏に教わったとある。
『雑文とはつまり、冗談 雑学 ゴシップ であると教へてくれたんです。』
雑文にみちている丸谷氏の本であるが、ここに嚆矢をきわめるといえるかもしれない。
「日経サイエンス」のなかからの紹介文がおもしろい。
『「バイブレーター」の項目ぢやないかしら。
あの道具(露骨に言えば性具)はそもそも何の目的で開発されたのかといふ話です。
どうです? 関心あるでせう。あれはヒステリーといふ病気への内科的治療のため、
何十年も臨床の場で使はれてゐたんですつて。
「ヒステリー」の語源はギリシア語の「子宮」に由来し、昔の医師は性的エネルギーの鬱積して
ゐる女性、たとへば修道女、未亡人、独身の女に起ると考へた。
そしてヒステリー治療のためクリトリスを刺激してオーガズムを与へる方法は一世紀の医学書
にはじまるとやら。
それでヒステリーを起す女性は医者に通ひ、手で「発作」を起す治療を受けてゐたのですつて。
しかしこれは時間がかかるし、患者のほうはともかく医者は退屈する。
そこで医者はこの仕事を助産婦任せにしてゐた。
十九世紀の末まで助産婦たちは、これをやらされてゐた。
でも、グランビルが一八八〇年代はじめに筋肉痛をやはらげる電気機械式バイブレーターを
発明して、この仕事がずつと楽になったのですね。
……
そして医師たちは、この肩や腰に使ふためのものを、体の別の部分に使へることに気づいた。
大変な変革です。ヒステリーの治療、あるいはそれに名を借りた快楽が機械化された。』
シャルコー、そしてフロイトへの時代ですね。
長くなるので、興味のある方は本書を熟読ください(笑)。

「ガイドツアー 複雑系の世界」 メラニー・ミッチェル 高橋洋訳 紀伊國屋書店 ★★★
最近とみにいわれるようになった複雑系、さてどういう定義がなされているのだろうか。
まあ線形方程式で解けるようなことではないんだろう、とは思うのだが。
『複雑なシステム(複雑系)という用語を、
「数多くのコンポーネントから構成されながらも、単純な運用規則を持つのみで中央制御機構を
持たない大規模なネットワークから、集合体としての複雑な振る舞い、複雑な情報処理や、学習、
進化による適応が生じるシステム」と定義できる。』
中央制御機構をもたないというのがポイントなのかなあとは思うが、もうひとつしっくりこない。
山中教授がノーベル賞をもらったので有名になったiPS細胞がそうではなかったか。
ヒトの細胞ってけっこうかっちりとしたプログラムをもっていないようだ。
まわりの状況に左右されるというか、うまく調和するように増殖、分裂してゆくんですね。
あと、ときにでてくるフラクタルという概念をこの際覚えておきましょう。
『フラクタルの典型的な例は海岸線だ。飛行機の窓から海岸線を眺めると、それは直線ではなく、
通常は数多くの入り江や湾や半島によってギザギザの形状を成しているようにみえる。
海岸沿いの道路を走る車のなかから同じ海岸線を眺めた場合にも、
規模は小さいながらもまったく同じような形状のギザギザを確認できるはずだ。
これは海岸に立って至近距離で岩場の形状をみたときにも、
さらには個々の岩の上を這うカタツムリの目で周囲の極小の世界をみたときにもおなじはずである。
この海岸線の例のような、異なるスケールのあいだに見出される類似性を「自己相似性」という。』
うーん、フラクタルな人生設計なんてメタファが小説にでてきそうな気がするなあ。
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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