ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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死にたくない 余命篇
ヒトの寿命について考えてみた。
といっても、いくつまで生きることが可能か(まあ120年が限度らしい)の問題ではない。
「自分の死」をどう考えるか、についてなど。

ぶっちゃけ(キムタクか!)、あと何年生きられるかと考えたときのこと。
ここで寿命を仮定しないと話がすすまないので、80年とする。
(信長のころの50年と較べると、1.6倍あるいは160%になっている)

ということは、70歳になったときには、あと10年しか生きられないということになる。
おなじような計算で、50歳のときには、余命は30年になったのかという感慨(?)。
さらには、30歳のときには、まだまだ余命50年だし余裕じゃない?。
もっと若くして、10歳のときなら、余命70年だし、なに言ってんの意味わかんないし。

10年、30年、50年、70年とならべてみると、どんな感想をもつだろうか。
10年と70年て、たかだか7倍、たいしてちがわないじゃないか。
10年と70年なんだから、もう全然ちがうでしょう、と。
これが年数だからそう感じるだけ?
10円と70円だったら、どう思う?
なんか微妙だよな。

まあ、こういう議論はかならず仮定(前提)があるから、あまり真剣になれない。
神のみぞ知るだけど、あなたがいま30歳で寿命があと1年ということもありえるわけだ。
(現実に、若くして亡くなった友人はいるでしょう)
(でも結果論だろというなら、そう楽観できる根拠はなんだろうと思ったり)

だれにも寿命がわからないないと仮定(しなくても)すると。
歳を経るほど、実績値が増える(老いる)から利得(ゲイン)が多くなる。
つまり、若死にする確率が減少していく、ということ。
こう考えることもできるのではないですか、実感からは遠いけど(笑)。
(それに、ちっともうれしくないんですけど)

N2824トノサマガエル
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遠くに眺めるのも好きです。
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