ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
07 | 2017/08 | 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

夏休みと図書館
小学校六年生のころだったと思うけど、夏休みになると近所のともだちと図書館へかよった。
歩いて小一時間のみちのりもそんなに遠いとは感じなかった。
彼は背が高くゆうに170cmはこえていたが、わたしは当時150cmにもみたなかった。
漫才にでてくる凸凹コンビのようで、自分でもなんとなくおかしかった。
おたがいに図書館内ではどんな本を読んでいたのか気にもかけなかった。
彼は私立の中学に進学するようだったから、受験勉強をしていたのだろうか。
多感なこども時代であったから、もちろん女の子にも関心はあった。
いつもみかけるひとつ下の女生徒のことが彼は気になるふうだった。
たしかに美人なのだが、ぼくは興味がなかったので知らぬふりをしていた。

N4828メダカの学校?

「自己が心にやってくる」 アントニオ・R・ダマシオ 山形浩生訳 早川書房 ★★★
若い人のあいだでは、ときおり自分探しの旅が流行ったりすることがある。
それとはニュアンスが異なるが、自己とはなんだろうという命題は現代脳科学をにぎわせている。
ではこうした意識(それを意識する自己)はどうやって生じてきたのか。
『私はいまやこれまでの主張の一部を、進化生物学からの事実を考慮して、脳を含む形で言い直せる。
何百万年にもわたり、無数の生物が脳内で活発な心を生じさせていたが、厳密な意味での意識が始まった
のはその脳が目撃者となれる主人公を発達させてからでしかなく、心が本当に存在すると広く知られる
ようになったのは、そうした脳が言語を発達させてからのことなのだ。
その目撃者こそは、私たちが心的と呼ぶ暗黙の脳事象の存在を明らかにする、何か追加のものなのだ。
その追加のもの、私たちが連れ回して自己とか私とか自分とか呼ぶ主人公を脳がどう生み出すかを
解することが、意識の神経生物学の重要な目標なのだ。』
と筆者は述べ、400ページにならんとする本書を展開してるわけだが、いまひとつしっくりこない。
というのが素直な感想である。すこし期待外れであり、文章がすこし冗漫に感じられました。

「マルセイユの海鞘」 奥本大三郎 中央公論新社 ★★★
奥本さんは、養老孟司、池田清彦氏とならんで虫好きで有名である。
虫好きのかたは、まあ細かいことにはわりあいに無頓着であるかもしれない。
社会はなにごとにつけてもエコであるかそうでないかとかまびすしい。
しかし、ほんとうにエコを考えているのかというと、あやしいと思われることもすくなくない。
奥本さんは、こんなことを書いている。
『日本人の細かさ、うるささは他の場合でも同様で、たとえばビスケットに虫が入っていた
というだけで、その生産ラインにあった商品を全量、回収、廃棄、というようなことをする。
釘や針などが混じっていたというならまだしも、
虫が混入していたというだけでそんなもったいないことをする国は、日本以外にはないはず。
虫はただの蛋白質である。食べてしまえばどうということもない。
いま手元に資料がないけれど、アメリカにおいて、昆虫が食品に入っていた場合の
人びとの反応と実際の処置についてのプロの昆虫学者の報告を読んだことがある。
日本のような大袈裟な騒ぎは決して起きない。』
こうした感覚がわからないという日本人はすくなくないはずだ。
しかし、世界のなかでは特殊なんだということにも気がついていない。
これが日本の社会でいうグローバルなということの実態ではないか、と読んでいて思う

「サブリミナル・マインド」 下條信輔 中公新書 ★★★★
潜在意識というか、無意識というか、現代ではけっして無関心ではいられないテーマである。
それを巧みに利用して利益をえようとする企業や個人は目白押しといえるかもしれない。
そのためには、それがどのような構造をもっているのかということを知らなければ話にならない。
マインド(こころ)はどのように働きをなし、どうようにつじつまをあわせているのか。
たとえば、認知的不協和ということばをご存じだろうか。
『例として、ガザニガは「ジョージ」という仮想の人物の浮気と離婚のエピソードを挙げます。
ジョージは既婚者で堅い倫理観の持ち主だったが、あるときふとしたきっかけで妻以外の女性と
関係を持ってしまいます。いうまでもなくこの行為は彼の道義的信念に反しているので、
彼は自分の行動と信念の認知的不協和に悩むことになります。
酔っていたとか、向こうから誘惑してきたという程度の言い訳は、一度だけならよいですが
「不倫」の関係を繰り返すうちには、効果をまったく持たなくなってしまいます。
そこでどうなるかというと、非常にありそうなのは、彼自身の結婚生活に対する態度が知らず
知らずのうちに変化するということです。彼は自らの行為の原因を家庭生活の破綻に帰し、
妻との関係を実際にそうであったよりもずっと悪かったと思いこむようになります。
やがては、離婚訴訟というお決まりのコースをたどることになるのです。』
これは結果が原因に影響するということであるし、その意識もないということだ。
これは行動が起こったのちに意識が発生するという実験とよく似ていると思うのである。
なにごとも原因があって結果が導かれるとはかぎらないのである。
スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://moucheokuno.blog26.fc2.com/tb.php/1359-fe762a72
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー