ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
07 | 2017/08 | 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

尾道友愛山荘ものがたり(35)
 <第七話>色即是空 その五

「受験勉強に疲れてしまっていたのかな。
それで、大学に行ったからって、なにもしたいことなんかないし…。
どうすればいいのか、分からなくなっていたんです」
「そんな気もち、なんかわかる気がするなあ」
「ムッシュもそんなことありました?」
「あるもなにも、いまでもそんな気分だよ」
「えっ、じゃあどうして苦労してまで大学にはいったんですか」
「まあ、あんまり苦労はしてないと思うけど。
なんか人生は目標に向かってすすむべき。おおきな夢を実現するべく頑張るのが青春だ。
なんていうのが、どうも馴染めないんやな」
「そうなんですか」
「そやけど、時は待っていてはくれない。
ただ立ち止っているわけにはいかない、ということはわかる。
まあ、とりあえず見当をつけて歩いて行くしかないのかなあって」
「そうですね、でもどうしたらいいんでしょう」
「だから、いまを生きるかなあ」
「刹那主義?」
「はっはっは、そうやないんや。
人は現在をしか生きることはできない。これでもちょっとおかしいけど。
つまりやな、過去は終わったことやろ。だから変更することはできない。
未来はこれからのことだから、どうなるかわからない。
それにわたしが在ると実感するのは、いつも現在でしかないということ」
「なんか、よく分からないです」
「じつは、ぼくもよく分からないけど、こう考えるわけやな。
過去とか未来というのは、想像上の産物でしかない。
思考の道具として考えだされたもので、ある意味不必要なものかもしれない。
過去・未来というのは、数学の虚数みたようなものという気がする。
概念としてはあるが、現実には存在しないんや。
ファンタジーの世界のようなものとちゃうんかなあ、と思う。
いまを生きているぼくたちには現在だけしか感じることができないんや」
「たしかに、過去はいまを生きた結果でしかないですものね。
未来にいたっては、どうにでもなるような気がしたり、どうにもならないと思ったり。
ということは確実に存在するのかどうかさえ不確かですよね」
「そう、明日といわず1分後に、ぼくは存在していないかもしれない」
「だから虚しいんですか」
「そうかもしれん、だからいまを大切に生きるしかないという結論に達するわけや」
「いまを生きる、か…」
「そう」
「いまをちゃんと生きていなっかったのかな、わたし…」
「まだまだこれからのわたしもあるって」
「そうですね、しっかりしなくちゃ」
「君の未来は無限の可能性をもっているのだ」
「なんだか、明るい気もちになれそうです」
「ただし、不可能性も無限であることを忘れてはいけない」
「やっぱり、ムッシュってそういうこというとわかってました」
「まあ、明るくいきましょうかね」
「そうですよね、こころのもちかたって大事なんだっていうことですよね」
「たとえば三次元の物体はみる角度でちがってみえたりする。
しかし、どの角度のみえかたでもその物体であることにはまちがいがない。
山頂をめざすのに、いろんなルートがあったりする。
決めつけないこころのひろさが必要なのかなあ、と思うよ。
実行できるか、できているか自信はまったくないけどな。ハッハッハ」
「そこが問題なんです。フッフッフ」

 そうだ、いつだってそこが問題だったんだ。
ぼくたちはこれまで学校で、テストの問題をどれだけ解いてきたのかしれやしない。
どれだけすばやく答えに到達できるのかの競争ばかりしていた。
いつも点数で計れる尺度しか知らなかった。すべての問いには答えがあるのであった。
絶対的な世界で生きてきたといっていいのかもしれない。
しかし、相対的な世界で生きていることを知ったいま、戸惑いは計りしれないものだった。
人生は無限だとは思っていないが、有限であるということも考えたくなかった。
駅で停車している電車にただぼんやりとすわっている。
なにも考えることなく窓のそとをながめているとき、しずかに列車が動きだした。
あれっ、こっちの列車が動いているのか、向かい側の列車が動きだしたのか。
一瞬、どちらが動いているのかわからないという感覚に似ているだろうか。
それでも、たしかに列車は動きだしてるし、わたしはそれに乗っている。

 またふらりとでかけることになるし、旅はとりあえずは続くのだろう。
わたしはどこへむかっているのか、そんなことだれも知ることなんてできやしない。
もし仮に知ったからといって、それがなんになるのだろうか。
旅はそのプロセスが旅なのである。
たとえば血液の循環のようなものではないか。
循環という物質はない。旅という質量もない。
旅するという運動があるだけなのだ。
マグロは海洋中で泳ぐことをやめることはできないという。
動きをとめるとたちまちにして体内へ酸素の供給がとまってしまうからだ。
ぼくたちも旅をやめることができないという気分に満たされていた。
それはまた魚たちとはちがった理由からだったのだが。

 あらゆることは循環しているのではないか。
質量不変の法則はそういうことだと理解している。
あらゆる系はエントロピーが増大する方向へと変移する。
どこかにエントロピーを食う恐竜がいないものだろうかと夢想するばかりだ。

4869尾道
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://moucheokuno.blog26.fc2.com/tb.php/1371-66061b58
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー