ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
09 | 2017/10 | 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

本棚のほこり⑤
整理をしていて気づいたのだが、あるべき本がない。それで思いだした。知りあいに貸したのだった。
というよりも、この本を読むべきだとなかば押しつけたのだ、たぶん。十冊あったと思う。紙袋にい
れて、ずっしりとした感触があった。いま思うと、きっと困ったことだろうとは想像するのだが、し
かたなしに受けとったのだろう。書名リストを作っていたのだが、なくしてしまったようだ。
 「孤独な群衆」デイヴィッド・リースマン著 加藤秀俊訳 みすず書房
 「ソロモンの指環」コンラート・ローレンツ著 日高敏隆訳 早川書房
 「人イヌにあう」 コンラート・ローレンツ著 小原秀雄訳 至誠堂
 「旅の重さ」素九鬼子著 筑摩書房
 「男性と女性」 上 下 マーガレット・ミード著 田中寿美子・加藤秀俊訳 東京創元社
ここまではなんとか思いだしたつもりだ。だがあとの四冊はなんだったのか、おりにふれ考える。

7146あの日あの時

「お言葉ですが… 別巻5 漢字の慣用音って何だろう?」 高島俊男 連合出版 ★★★
高島さんの著書を読んで、いつもそうなのか、そういうことなのかと学ばせてもらっている。もちろ
ん人だからどんな人であろうともまちがうことはある。その指摘に対しては相手が有名な研究者であ
ろうが市井の人であろうが、対応にかわりがないところも好きな点である。ずけずけ言うの裏側には
謙虚さがなければただのクレーマーであろう。いましばらく、ご高説を承りたいものだ。本書でも、
なんとなく知ったような気になっていることにこうなんですよとご指導いただいた。
『ここで注意を要するのは、奈良時代ごろまでの日本語のハ行音の語頭子音はpだということです。』
おなじ言葉と思っていても、発音は変化しているのだ。
『母は昔パパだった、というのは多分どなたもごぞんじの常識ですね。』
しかしママというのはどうも、なぜおかあさんという美しい(?)日本語があるのにねえ(笑)。ど
うも日本人は米国に対して属国意識があるのかしらん。
『文章は必ず漢語で書きました。しかし女は漢語を教えられないのだから文章を書くことができませ
ん。しかし女だって文章を書きたい。それでやがて貴族階級の女は自分たちがふだんしゃべっている
言葉、日本語で文章を書くようになりました。やがてその中から、清少納言の枕草子とか紫式部の源
氏物語とかのすぐれた作品もできました。しかし書いた人の名前も分かりません。清少納言はお父さ
んが清原という姓の少納言であったということで当人の名前は分かりません。平安時代から江戸時代
まで、日本人は、中国人のまねをして、姓のうちの一字だけで言うのが習慣でした。片苗字といいま
す。平とか源とかは初めから片苗字を名乗ったものです。だから清原という姓の人は清と称したので
す。高島なら高と言ったわけです。
 紫式部は源氏物語に紫の上という人物が出てきますから作者が紫というアダ名で呼ばれたのです。
式部はお父さんが式部省につとめていたからです。』
この前半部分は知っていた。しかし、古文の先生は昔の姓名のことなど教えてくれなかった。清少納
言や紫式部って正式な名前ではなかったんですね。うーん、知らなかった。知らないことが多すぎて、
ますます読書に意欲が燃えてきました。最後に、
『なお日本には『論語』が儒家の経典の最高位のもの、と誤解している人が多い。そうではない。儒
家の経典のうち最も貴いものは、孔子が整えて後世にのこした書物である。すなわち孔子手づからの
書物である。孔子は「述べて作らず」(古より伝えられて来たものを祖述し、自分で創作はしない)
の人であるから、孔子が自分の思想を直接自分で書いたものはない。それまでに伝えられてきたあま
たの典籍のなかから、これぞ、というものを選定して、形を整え、後世にのこしたものである。これ
を「経(けい)」(世界の縦糸)と言う。布を織る際にまず最初に織機にピンと張るのは縦糸である
から、世界を秩序づけるものを「経」(縦糸)と呼んだのである。
 経は五つある。『易』『書』『詩』『礼』『春秋』である。「五経(ごけい)」と呼ぶ。
『論語』は孔子の死後の人が作った書であって、もちろん孔子自身の手を通っていない。中国では、
孔子の手を通っているかいないかで、はっきり書物のランクがちがう。昔の中国では、書物にはそれ
ぞれキチンとしたランクがあったのである。
 孔子の手を通っている「五経」(五つの経書)が最高である。第二ランクに位置するのが、孔子の
手を通っていないが孔子の思想を伝えている『孝経(こうきょう)』と『論語』(この順序)、その
あとが『孟子』と『爾雅(じが)』(この順序)である。『論語』までの七つを呼ぶ時は「七経(し
ちけい)」、『爾雅』までの九つを呼ぶ時は「九経(きゅうけい)」と言う。』

「異郷 E・ヘミングウェイ短編集」 E・ヘミングウェイ 山本光伸訳 柏艪舎 ★★★★
ヘミングウェイ、何冊か読んだ。「武器よさらば」とか「老人と海」、ずいぶんと若いころだったと
思う。とりたてた印象にない。巻末の年表をみて、ピュリツァー賞とノーベル賞をとっていることを
知った。そうなのか、というぐらいである。だからといって、どうということもない。この短編集を
読んで、表題作の「異郷」ではなく、「汽車の旅」とその続編ともいえる「ポーター」がよかった。
ジミーとその父は住み慣れた土地を離れ、シカゴへと旅立つ。その道中の出来事がたんたんとした筆
致でえがかれてる。大人であろうと子どもであろうと人生のエピソードは容赦がない。子ども向けだ
からという愚にもつかない理由で暴力的な描写を嫌う人たちがいたりする。でも、実際の人生はそん
なことに頓着しないだろうし、隔離された世界で生きれるわけもない。そこはかとない哀しさという
のか、乾いたヘミングウェイの眼がこころにしみこんでいく。
列車のなかで小男と大柄な囚人がそれぞれ刑事に手錠でつながれて護送されているのに遭遇した。囚
人らはジミーに話しかけたりしたが少年は答えなかった。食堂車でひともんちゃくあって、その隙に
小男はナイフを失敬した。刑事はそれに気づかなかったが、父親は見ていた。トイレにいったときに
小男は脱走を試みる。そのあとにトイレに行ったジミーは、ドアの下から血が流れてくるのを見て父
の元へ走った。トイレには気絶した刑事が横たわっていて、小男は森へと逃げてしまった。
『「父さんは怖くなかった?」
「ああ」と父は答えた。「血はどんなふうに見えた?」
ぼくは少し考えてから、「どろりとして、ぬるぬるした感じだった」
「血は水よりも濃し、だ」父は言った。「一人前になった人間が最初に出くわす格言がそれさ」
「それって違うんじゃない」ぼくは父に言った。「だって家族のことを言ってるんだもの」
「いやそうじゃない」父は譲らなかった。「文字通りの意味なんだ。あれにはいつも驚かされる。最
初にその事実に気づいたときのことは今でも覚えているがね」
「いつだったの?」
「靴の中が血でいっぱいだった。とても暖かくてとろりとしていてね。鴨撃ちに行ってゴム長の中で
水がいっぱいになるのと似ているが、もっと暖かくて、もっとどろりとして、もっとぬるぬるしてい
るんだな」」
「それって、いつのこと?」
「なあに、ずっと昔のことさ」そう父は言った。』

スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://moucheokuno.blog26.fc2.com/tb.php/1385-bbf1e6e2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー