ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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本棚のほこり⑩
これまでになんだかずいぶんとたくさんの本を読んできたような気もする。その一方で、あまりにも
本を読んでいないなあ、と思ったりもする。これは確かに読んだという本もあれば、はてどうだった
か判然としない本もある。端から読む気にならない本もあれば、読んでいないのに、いや読んでいな
いからこそ気になる本もある。どこかでちらっと見かけてもすぐにわかる本がある。それも実際には
読んでいないということも承知している。読んだ本の内容がすべて頭にはいっているかというと、ほ
とんどはいっていない。でも変形されたかたち(!)で、はいりこんでいるのかもしれない。ことば
は思考の道具でもあるから、考えかたはどうしても母語の影響をうける。母語でなくとも、あとから
習ったり知ったことばも考える過程のなかにはいりこんでくる。さて、考えるってどういうことなん
だろう、ということを考える。メタ思考に陥りながら、メタボリズムの意味を思うのである。

F8384イソヒヨドリの雄

「ヒトラーのウィーン」 中島義道 新潮社 ★★★★
ヒトラーはオーストリアの西北部、ドイツと国境をなすイン川ほとりのブラウナウで生まれた。十八
歳でウィーンに移り住み、あこがれの造形美術アカデミーを受験するが、二度も失敗してしまうのだ。
当時の市長はカール・ルエガーで、皇帝をしのぐほどの絶大な人気があった。彼はウィーン工科大学
の用務員の子として生まれながら、刻苦精励ウィーン大学法学部を卒業して国会議員からウィーン市
長にまでのぼりつめた。敬虔なカトリック教徒である彼はユダヤ人を攻撃してはばからなかった。そ
んな彼が市長になったということは、そのころのウィーン自体が反ユダヤ的な空気につつまれていた
のだろう。「ユダヤ人が誰であるかは私が決める」とは、彼の有名な台詞である。このことばからも
わかるように「ユダヤ人」というのは定義しがたいものでもある。ある意味恣意的に決められる。そ
んな時代の雰囲気がつつむウィーンでヒトラーは青春時代をすごした。
『若きヒトラーが郷里を同じくする汎ドイツ主義者のシェーネラーや人間知および大衆操作において
敬服していたウィーン市長のカール・ルエガーからかなりの影響を受けたことは事実である。しかし、
それとて、その段階に留まる限り、やはりごく普通の反ユダヤ主義の域を出ない。そこから、ホロコ
ーストに代表されるユダヤ人絶滅計画への道は直接延びていない。
 それは、あえて比較すれば、五十年前のわが国民のほとんどが、女性差別論者であり、性的マイノ
リティー(ゲイや性同一性障害者など)差別論者であり、環境問題無関心論者であったようなもので
あり、百年前のわが国民のほとんどが、富国強兵主義者、大日本帝国支持者であったようなものであ
る。そして、こうした思想のリーダーであった坂本龍馬や吉田松陰や乃木大将が現在それでも尊敬さ
れていることに符合している。』
また、ヒトラーのワグナー好きは有名である。
『ヒトラーのワグナー崇拝はリンツの歌劇場で十二歳のときに『ローエングリーン』を聴いて以来、
独裁者としてバイロイトの祝祭を取り仕切るまで、生涯変わることはない。
 ニーチェは若いころワグナーに心酔したが、ワグナーがバイロイト祝祭劇場を建設し、権力者ルー
トヴィヒ二世に近づいていくうちに、その俗物性を全身で嫌悪するようになった。だが、――興味深
いことに――ヒトラーはこうした俗物性の権化であるワグナーにぞっこんだったのである。』
こうした点が、ヒトラーには目立っているようだ。それは彼の性格の反映でもある。
『ヒトラーの性格を一言で表せば、異様なほどの「潔癖症」である。これは、異様なほどの病気に対
する恐れ、すなわち異様なほどの健康志向という形をとる。しかも、肉体の病気と精神の病気(道徳
の病気)とはぴったり一致しているのであるから、ここに彼特有の「反ユダヤ主義」が成立する。ユ
ダヤ人、それはわれわれの健康なからだに寄生する恐ろしい病原菌なのである。』
ヒトラーが天才だというのは、自分に下される客観的評価を無にできることである。これは彼が嘘を
ついているという自覚なしにそうできるということでもある。そうして自分を救うのである。
『サルトルの言葉を使えば、「形而上学的自負心」(自分が何であるか、何をしたかによる自負心で
はなく、ほかならぬ自分だからという自負心)が唸り声を上げている。ヒトラーは、この「形而上学
的自負心」の巨大な塊であった。それが、究極的には、彼の異様なほどの「成功」の原因でもあり異
様なほどの「失敗」の原因でもある。』
ポーランド侵攻とともに第二次世界大戦が勃発し、六年後の四月三十日にベルリンの地下壕で、前日
妻となったエファとともに自殺を遂げて彼の人生は幕をおろした。

「グラジオラスの耳」 井上荒野 福武書店 ★★★★
井上荒野さんは、小説家井上光晴氏の娘さんであるよし。やはり遺伝もあるのだろうが、そういう環
境に育ったのだろうなと思う。父を見て彼女なりに考えたり感じたりしたものを文章にしているのだ
ろう。ものの感じ方見方はまわりの人間におおきく影響を受けるものなのだ。もちろん本人の資質も
あるのだろうが、そういう面は遺伝ということになる。作家の子は作家になり、スポーツ選手の子は
スポーツをする。世間ではそう思われているふしがあるが、これは表層的な見方である。そうなった
人たちは知ることができるが、そうならなかった場合については通常知ることはない。実際に統計を
とってみれば、世間一般とそう変わらないという数字がでるのか、そうならないのか。私はそいいう
統計があるのかないのか知らないのでなんともいえない。だが、そう思ってみたりするのだ。本書は
表題作を含む短篇五篇の小説集である。
『自分以外の他人が向ける気持ちなどというものがそもそも幻想なのだと、間もなく気付き、他人と
かかわるということはその人間に自分の領域を侵されまいとすることだと、たとえば恋人同士という
関係でも(だからこそなおさら)そのことは例外ではないのだと気付き、それからは茅彦に対して淳
子はいつもテリトリーを守る野生の動物のように逆毛を立てていた筈である。』(グラジオラスの耳)
こうした文章を書く人は、こうした感性をもつ人なのか。読者はつい主人公の考え方や感じ方を作者
につなげてしまう。はたして、そうなのだろうか。作者は困った顔をするだろうか。それとも、して
やったりとほくそ笑むのだろうか。
『ハイヒールを履いたときの自分の足がサナは好きだった。楽天ちゃんもよく褒めてくれた。そうい
えば、ずっと昔、すぐに別れてしまったけれど説教好きな男と付き合っていて、彼が人生についてあ
れこれぶっているときはいつも、ハイヒールに包まれた自分の足の甲を眺めていた、まるで興奮した
あれみたいだとしみじみ考えながら。』(楽天ちゃん追悼)
この文章を読んですぐに思い浮かんでくるのは、ペンフィールドの大脳皮質表面のマップだ。井上さ
んはそれを知っているのだろうか。たぶん、知っているだろうな。いや、知らないかな。すこし気に
なる。
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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