ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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絵本嫌い
あの人はどうしているのかなと思いだすとき、決まってうかんでくる絵本がある。「しろいうさぎと
くろいうさぎ」だ。幼稚園の先生になるために通信教育をうけているの、と話していた。とてもいい
絵本だよと言っていた。素直じゃないオレはちらりと表紙をながめて、なんとなく直感した。人種差
別についての本なのかなあと。それに絵が気にいらなかった。読んだのかも知れないがまったくスト
ーリーを憶えていない。そんなオレの雰囲気を察知したのか、こんどは「100万回生きたねこ」を
すすめてきた。絵本はまず絵が気にいらなければ読まない。それと動物を擬人化して読まそうとする
のは好きじゃない。読んだと思うけど、なんの感慨もわかなかった。比較行動学の本でも読むほうが
よっぽどおもしろい、というようなことを言ったかもしれない。いま考えてみれば、オレってミラー
ニューロン不全症候群なのかなあ、って思いいたるのである。

N5799ミモザ

「買えない味」 平松洋子 筑摩書房 ★★★★
巻末の著者紹介の欄に、フードジャーナリストと書いてある。うーん、なんとなくわかったようなわ
からないような。まあ、それはそれとして、なかなか文章がお上手である。短い文でありながら、起
承転結もしっかりしている。落ちというのか、最後のひねりも効いている。いくつかご紹介しよう。
『けれども、きれいにすっからかんになった大皿に漂うのは、祭りのあとのわびしさである。』(大
皿 お祭り気分の立役者)
『棚の一隅に、何種類ものプレイスマットが重ねて置いてある。その中に紺色の木綿の布が三枚。小
学生の頃、娘が家庭科の時間にちくちく自分で縫った赤い縁取りの手づくりである。』(プレイスマ
ット テーブルの不可侵領域)
『自分ひとりの昼ごはんをのせトレイ代わりに使ったそのお盆に、翌日はお客のために丁寧に淹れた
緑茶をのせたりする。すると、昨日と今日では、手もとはまるで違う顔つきだ。お盆というものは、
なんとまあ不思議な板であることよ。』(木のお盆 敬語口調のお役立ち道具)
思ったより伝わりにくいですね。本文のほうも是非お読みください。
料理の話では、テレビなどでは特にそうだが、高級な食材をこれみよがしにとか、調理の技巧がどう
たらとか、そんな話には食傷気味である。もっと基本的な、だれもがなるほどということが知りたい。
わたしなど料理や味にあまり興味のない者にも読めるのが本書である。どんなところか、たとえば。
『れんこんは皮をむかない。にんじん、さつまいも、じゃがいも、だいこん、たいていむかない。ご
ぼうは皮つきのままタワシでごしごし擦る。』
頭のなかでは皮と実(?)のあいだに栄養分がおおいということは知っているのだが、長年の習慣と
いうものはおそろしい。こうして指摘していただいて、そうだよな、と。
『ある昼下がり、ひとりで冷ごはんを食べていたら、ごはんの味が違う。炊いて蒸らしたばかりの熱
いおいしさにはまるきり遠いが、しかし、それまで知らなかった味わい、ついぞ気づかなかったおい
しさが冷やごはんにはそなわっていたのである。』
これを人間関係にもあてはめてみたら、などとつい考えてしまった。いい文章、含蓄のある文という
のはそういうことなのかなあ。すべては、つながっているのだ。

「やわらかな遺伝子」 マット・リドレー 中村桂子・斎藤隆央訳 紀伊國屋書店 ★★★★
ヒトは「生まれ」か「育ち」かという古くて新しい議論はいまでも続いている。この問題をリドレー
ならどう考えるのか。いろんな研究、論文を読みすすめながら彼は仮説をたててみるのである。遺伝
子はヒトの設計図なのか。ヒトゲノムはそれをあきらかにしたのか。こうした議論の歴史を彼は十二
人の男たちが繰りひろげた人間の本性についての二〇世紀に広く認められた主要な理論からみていこ
うという。まずチャールズ・ダーウィン、そして彼のいとこのフランシス・ゴールトン、アメリカ人
のウィリアム・ジェームズ、植物学者のヒューゴー・ド・フリース、ロシア人のイヴァン・パブロフ、
行動主義のジョン・ブローダス・ワトソン、ドイツ人エーミール・クレペリンとジグムント・フロイ
ト。さらには、社会学を切り開いたフランス人エミール・デュルケーム、ドイツ系アメリカ人のフラ
ンツ・ボアズ、スイス人のジャン・ピアジェとオーストリア人のコンラート・ローレンツである。
『彼らは皆正しかったのである。つねに正しかったわけではないし、全面的に正しかったわけでもな
い。それに、モラルの点で正しかったとも言えない。ほぼ全員が、自分の考えをやたらに誇示し、他
人の考えを批判しすぎたからだ。奇妙にこじつけた「科学的」政策を意図的にあるいは偶然に生み出
し、消えない悪評を残した人物もひとりふたりはいる。それでも彼らは皆、真理の萌芽を秘めた独自
のアイデアを提供したという意味で正しかった。だれもが、一個一個レンガを積み上げて壁を作った
のである。』
彼らの積みあげたレンガとはどういうものだったのか。
『人間の本性は、実のところ、ダーウィンのいう普遍的特性と、ゴールトンのいう遺伝と、ジェーム
ズのいう本能と、ド・フリースのいう遺伝子と、パブロフのいう反射と、ワトソンのいう連合と、ク
レペリンのいう経過と、フロイトのいう形成期の経験と、ボアズのいう文化と、デュルケームのいう
分業と、ピアジェのいう発達と、ローレンツのいう刷り込みとが組み合わさったものなのだ。』
これらの詳しいところは本書を読んでいただくしかない。そうなのだが、彼の知見はするどい。
『ずいぶん皮肉な話だが、社会が平等になるほど、先天的な要因が重要になる。だれもが同じ食料を
手に入れられる世界では、背丈や体重の遺伝性が高くなる。一方、一部の人が贅沢に暮らし、ほかの
人が飢えているような世界では、体重の遺伝性は低くなる。同様に、だれもが同じ教育を受けられる
世界では、最高の仕事は、生得的な才能が最も高い人のものになる。これがつまり、実力社会という
言葉の意味するところなのである。』
そこのところをマルクスは読みまちがえた、のかもしれない。
『遺伝子は、情け容赦のない小さな決定者で、繰り返し同じメッセージを生み出している。しかし、
プロモーターが外部からの命令によってスイッチのオン・オフをしているのだから、遺伝子の活動が
最初から決まっているとは言えない。むしろ、遺伝子は環境から情報を引き出す装置なのだ。あなた
の脳内で発現する遺伝子のパターンは、多くの場合、時々刻々と、体外の事象に直接あるいは間接的
に反応して変化している。遺伝子は経験のメカニズムなのである。』
ということで、「生まれ」か「育ち」という二値的な判断は痛み分けということでしょうか(笑)。
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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