ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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図書館の功罪
最近は本を買うことがめっきりすくなくなってよく図書館のお世話になっている。こうした状況をに
がにがしく思いそう公言している作家がいることも知っている。彼はなにか勘ちがいしているのでは
ないか。彼は著作権保護などというが、自身のことしか考えていないように思える。図書館で読める
ようになると人びとは本を買わなくなる、というのだろう。なんと狭量なことよ。それにちょっと待
て、とも思う。果たして本が売れなくなるのであろうか。それよりもまず読んでもらわないと、読ん
でもらえる習慣をもってもらわないといけないと考えないのか。本は一度読んでそれで終わりとでも
考えているのか。本が好きな人はいい本に出逢ったら手元におきたいと思う。そうではないか。別の
角度からながめてみれば、個人が買わないあるいは買うほどのものではないと判断した本を税金で図
書館がせっせと買ってあげている、と考えたりはしないのだろうか。

9063イチゴ一会

「小鳥来る日」 平松洋子 毎日新聞社 ★★★★
平松さんの本を読むのはこれで二冊目である。同感ですなあ、という感想をいだくことがおおい。こ
うした感覚は読書には必要である。なんだか疲れているようなときは元気がでる。そうだ頑張ろうと
いう気にもなる。やはり仲間はいいものだ(勝手にそう思っている)なんて悦に入る。ではでは、そ
んな彼女の文章をすこしご紹介いたしましょう。
『「旅は『せっかく』でできている」
 だって、かんがえてもみてください。「せっかく」、このひとことさえ持ち出せば、旅先でのすべ
てに片がつく。たとえば……。
 名所旧跡なんかほんとうは興味がないくせに、「せっかく」遠いところまで来たから寄っておくか。
腹が減ってもいないのに、ぶらぶら揺れている「名物だんご」の旗とか「限定!この時期だけ」の貼
り紙を目にして、「せっかく」だからやっぱり食べておこうかな。』
まあ、わからないでもない(笑)。旅先だとなぜかおいしそうに感じるものである。だから、土産で
買うより断然その場で食べるほうがよろしい。やはり場の力をあまくみてはいけない。でないと、買
って帰ったはいいが、こんなはずではなかった、となることがおおい。
『太巻きとか卵焼きとか、切り落とした端を見ると平静を失う。はんぶん崩れかけた太巻きの端っこ
から干瓢やきゅうりの余りがぴょろりとはみ出ていると、もうそれだけで生つばが勝手にじわーっと
湧いてくる。』
そうです。カステラの端っこ。羊羹の端の砂糖が隆起したさまなど、思いだしますね。
『レースというものは、糸を編んでつくった模様、その模様のすきま、ふたつがあってはじめて成立
している。ついつい「そこにある」レース模様にばかり気を取られるけれど、じっさいは「そこにな
い」空間があってこそ。レース模様にとって、すきまは圧倒的な存在感を持っているのだ。』
そうですね。ドーナツも穴があればこそ(最近はないのもありますが)。こういう文章にであうと、
心理学ででてくる「図と地」などが思いうかんできます。ルビンの壺など有名です。では最後に、ミ
ルコさんの「毛のない生活」という一節から。
『辛苦をつづった闘病記なのに、読むほどに清浄な空気がながれこんでき、無類のすがすがしさをお
ぼえた。起きてしまった病気にたいして、むやみにあわてず、つぎに必要なことを選択し、自分の底
力を信じてよい結果が訪れるのを待つ――こうして書けばさらりと聞こえがちだが、苦痛や恐怖や不
安でいっぱいになりながら、それでも「待つ」のは、どんなに重く苦しいことだろう。
 しかし、ミルコさんは「耐える」のではなく、「待つ」。
 ……
 もうひとつ、あらためてだいじなことを教わった。「ない生活」は「ある生活」と表裏一体なのだ。
いまの「ある生活」は、明日の「ない生活」の裏返しにすぎない。病気や別れ、死もまた。それは生
きていくうえで、ごくあたりまえのことなのだ。』

「悪童」 カミラ・レックバリ 富山クラーソン陽子訳 集英社文庫 ★★★★
エリカ&パトリック事件簿のシリーズ第三作である。スウェーデンの地方都市フィエルバッカの漁師
が仕掛けをひきあげるとそこには子どもの死体がひっかかっていた。溺死であった。現場にかけつけ
た刑事パトリックは、その子どもがエリカの友人の娘サーラ・クリンガであることを知りおどろく。
事故死かと思われたが、肺の中からは海水ではなく風呂の水と思われるものがでてきた。殺人事件で
ある。目撃者をさして聞き込みをはじめる。そんななか、クリンガ家は隣人のカイ・ヴィーバリとも
めていることがわかる。また、ヴィーバリ家には引きこもりに近いプログラマーの息子モルガンがい
た。彼はアスペルガー症候群だときいたが、マーティンはどういうことだかよくわからなかった。
『「アスペルガー症候群」マーティンが言った。「どんな症状なのかよく分からないのですが」「ま
あ、知ってる人はあまりいないでしょうね」モルガンが言った。「自閉症の一種ですが、知的レベル
が平均からそれ以上のものを指します。ぼくの知性は高いです。大変高いです」そう付け足したが、
別に自分の発言を強調したいわけではないようだった。「われわれアスペルガー症候群の人間は、他
人の表情を読み取ったり、比喩、皮肉、声のトーンといったものを理解するのが苦手なんです。社会
へ適応しにくい問題を抱えています」』
ミステリは事件の舞台になる社会を映す鏡であることはひろく知られている。終盤になって、殺され
たサーラもアスペルガー症候群だったことが判明する。現代社会がかかえる典型的な病でもある。で
は、モルガンがサーラを殺したのか。どうも、そう考えるのはぴったりとこない。
この事件とは別に時代をさかのぼって語られるストーリーと事件との関連はどこにあるのか。なかな
かにこみいった構成に息つくこともできないミステリである。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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