ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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読書のあとで
小学校の夏休みの宿題にはかならず読書感想文があった。本を読むことが嫌いではなかったが、読書
感想文はいやだった。書かなければいけないと思うと読む気力もしぼんでしまう。暑いさなかなのに、
しかたなく課題図書といわれるものを読む。なんだかつまらない。こんな本のなにを書けばいいとい
うのだろうか。あらすじだけを四苦八苦して書くと、そうじゃないといわれた。感想というのだから、
ただたんに読んでみてすごくよかった(そうは思わないけど)でいいのか、と反抗的にも思った。そ
うではなくて、どういうところが、どうよかったのかを書きなさいと。そんなこといわれても、よく
わからない。つまりは考えを文章にする訓練を自分に課してこなっかたということだったのだろうと、
いまではそう思う。だから読む楽しさと、書く苦しさが振り子のようにこころのなかでゆれていた。
ふてくされて顔に本をかぶせて昼寝する夏休みを思いだすのだ。

N6250樹の共生

「偉大な記憶力の物語」 A・R・ルリア 天野清訳 岩波現代文庫 ★★★★
『この物語の発端は、一九二〇年代にまでもさかのぼる。
 その当時、まだ若い心理学徒であった著者の実験室へ、一人の人が訪ねてきた。そして自分の記憶
力を調べてほしいと頼んできた。
 この人は――シィーと呼ぶことにするが――ある新聞社の記者で、この新聞社のデスクの発案で、
実験室を訪ねてきたのである。』
というのは、デスクが仕事の指令をするのだがシィーメはいっさいメモをとらなかった。不注意な部
下に小言を言うつもりだったが、彼はデスクの求めに応じて課せられたことを正確に反復した。これ
にはデスクが驚いて、シィーの記憶力を調べてもらうため実験室に彼をよこしたのだった。そして彼
に種々の実験をおこなった。その結果、当惑するのは実験者のほうになった。
『明らかになったことは、シィーの記憶力は、たんに記憶できる量だけでなく、記憶の痕跡を把持す
る力も、はっきりした限界というものをもっていないということであった。いろいろな実験で、数週
間前、数ヵ月前、一年前、あるいは何年も前に提示したどんなに長い系列の語でも、彼はうまく――
しかも特に目立った困難さもなく、再生できることが示されたのである。』
記憶力の不思議さはじつはふつう人にはわからない。それは案外想像できないことなのである。つま
り、こんなことがあるのである。
『われわれの多くは、よく記憶するためにどうしたらよいのか、その方法を見つけ出すことを考える
のが普通である。そして、誰も、どうしたら、よく忘れることができるかという問題は考えない。し
かし、シィーの場合は、問題が反対である。どのようにしたら、忘れることができるようになるのか
?シィーをしばしば悩ませる問題は、ここにあるのである。』
こんなことを思ってもみたことがないでしょう。いつももっと頭がよくなりたい。じつはそれはもっ
と記憶力がよくなりたい。なぜなら、試験に合格するそれが近道だと思っているから。なんだか主客
転倒のようにも思えるが、それが世間の感想である。じつは、かれはそれだけではなくというか共感
覚(シネステジア)でもあった。記憶力と関係があるのかどうか。考察は続く。学生時代から知って
はいたがなかなか読む機会がなかった。今回読むことができて、ますます世界には不思議なことが満
ちあふれているという思いがするのである。

「野蛮な読書」 平松洋子 集英社 ★★★★
平松さんは食べもの関連のエッセイだけではなく、書評もなかなか的確だ。なつかしい感じがするの
は、読んだ本がそれも感銘をうけた本がとりあげられたときだ。「おていちゃん」こと沢村貞子(て
いこ)さんの本が好きだったから、なんとなくうれしい気がする。文は人をあらわす、とかいうがそ
ういう場合もあるとは思う。とくにエッセイなどはその人の生活なりが描かれたりするわけだから。
『鹿児島で老夫婦の農家を訪ねたときのことである。畑からもいだばかりのきゅうりと手製の味噌が
ねっとり絡んでたまらなくおいしい。勢いこんで、こんな味にはめったにお目にかかれませんと伝え
ると、日焼けした額に何本も深い皺を刻んだおじいさんが照れながら、しかしきっぱり、わたしの顔
を見据えてこう言ったのである。
「まあ東京のひとはおおげさを言いよるねえ。わしらはなんでもあたりまえに食うとる。うまいもん
もまずいもんも、黙って食うことにしとる。うまいとかまずいとかいちいち考えとったら、きりがな
いからのう」』
照れもあったのだろうが、近ごろのテレビの旅番組など見ているとついそんなことも言いたくなる。
おいしいとすなおに言うのはいいが、それにしてはその他の言動が稚拙だ。いっそのこと、本音をさ
らけだしたほうが共感できるのだが。まあ、テレビだからと視聴者は思っているのだろう。
『出されたものは四の五のいわずありがたく食べたいとつねづね肝に銘じているのだが、ことさら「
おいしいもの」をまえにすると、おおいに反応してしまう。やたら褒めそやしたり、「感動」してし
まうのだ。とにかく食べものの味について過剰に反応しがちなのは、習い性とはいえ「東京のひと」
の悪癖でもあるのだろうか。』
無理に感動することはないのだが、せっぱつまってしまうのだろう。これまでの来し方を振り返って
みるのもいいかもしれないな。などと関係者ではないから気楽だ。しかし、安易にながれていると、
いつかはしっぺ返しがくるのではないかと、いらぬ心配などしてしまう。
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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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