ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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尾道友愛山荘ものがたり(42)
 <最終話>旅の終わり その二

 神社には雨宿りするのにちょうどいい森があった。
おおきなクスノキには注連縄がまかれており長い年月を感じさせた。
信心深いとは真反対なぼくたちだったが、なにかしらこころに響くものがあった。
しばらくすると、雨もあがりそれまでは止んでいたセミがまた鳴きだした。
ミーンミーンとうるさいほどの鳴き声もまた夏の風情だったのだ。
境内におかれたおおきな床几に腰をおろした。
見あげながら、ふりそそぐセミの声をあび続けていた。
すこし涼しくなったような気もするが、異界にはまりこんでしまったのだろうか。

「なんだかゾクっとしない、ムッシュ」
「それよりなんか頭がぼんやりしてきたわ」
「暑さを感じなくなりましたね、変な気分です」
「やはり神様がおられるのかしら」
「信仰心あるんやねえ、ヒロミちゃんは」
「そうでもないんだけど、そんな気がするのよね」
「鎮守の森って、依り代なんだろうね」
「なにそれ」
「杜の木々には神様が住んでいるという信仰だよ。一種のアニミズムでもあるんだろうな」
「だからかしら、神聖な気分になるのね」
「そやから、カップルが神社に来たりするのに違和感があるな」
「どうして」
「そりゃあ、神様だってやきもちを焼くんじゃないの」
「そうかな」
「そやから、カップルで参拝に行くと別れるなんて言い伝えがあるのよ」
「聞いたことありますよ」
「別れたいときの神頼み、だったりして」
「どうしてそう皮肉っぽく考えるのよムッシュは」
「すんんまへんなあ、人間素直じゃなくて」
「そうそう、素直にしないと幸せになれませんよ」
「そうよね、悲しすぎるわね」

 ときおり涼しい風が吹きぬけてゆく。
ここから岩子島へはそんなに遠くはない。
いつだったろうか、海水浴に行ったことを思いだした。

 海岸べりには家族連れがちらほらといる程度だった。
砂浜にカラフルなパラソルを立てた。
強い陽射しからへだてられたちいさな空間はそれでも快適だった。
しかし、熱をふくんだ風が肌にあたる。
意を決して汀へと走りだす。しぶきをあげてなおも走る。
もういいかと、ばったりと前へ倒れる。
つよく潮のにおいを感じながら、頬で水のつめたさをうけとめる。
おおきく手をのばして、ぐいとばかりに足で砂地をけった。
眼の下にゆらめく光景のなか小魚が泳いでいた。
生きているものたちよ。
生命ってなんて不思議なんだ。
水の惑星ってだれかが言っていたな。
大地と海、か。
 
 がばっと立ちあがって砂浜のほうをふりかえった。
かげろうのなかにあるように景色がゆれていた。
一瞬、音がすべてなくなった。時間がとまったのか。
だが、とまるわけがない。なのにとまって感じるわたしとはなにか。
それが生きるということなのだろうか。

 パラソルのなかにもどって水をしたたらせた。
合成樹脂でできたシートは海水をはじいてちいさな流れをつくった。
紆余曲折しながら端っこから砂地に黒い染み模様をみせた。
あっというまもなく蒸発してもとの色にかえる。
すべてのことはこうしてあったのかなかったのか、わからないこととなる。
網膜上のインパルスもすでになく静かな状態にもどっている。

4878尾道海岸通り

 あれは夏の日のまぼろしだった、とだれかがいう。
そのときには、たしかに起きたことなのかどうかという問題ではすでにない。
まぼろしであれば納得できるのにという思いの表明だったりするのだ。
くわえて記憶というのは、はかないものだ。
写真のようなものと考えるのはまちがいのはじまりである。
どちらかというと、砂に書いた文字のようだ。
風が吹けば、浪がうちよせれば、雨が降ったりしようものなら。
あるいはだれかの手によって、あるいはちょっとした噂話にでも影響をうける。
そんなはずはない、と思うことによってほんのすこし慰めはあたえられる。
だが、よくよく考えてみなければならない。
こんな経験をしたことはなかっただろうか。
あのときレストランでこんなことがあって驚いたわね、というあなた。
いやそうじゃなかっただろう、こうだったじゃないかという彼。
そんなことはないわ、あたしのほうが正しいんだから。
なにをいっているんだ、ばかなこというなよ。
そのときその現場にいた給仕人はにんまりする。
どのようにご理解されてもご両人の自由ですから、でもどちらもちがいますけど。
刑事ドラマのように目撃者の証言によって決着はつかない。
どちらかというと、記憶なんて簡単にくつがえされるのだ。
人は暗示に弱い。その暗示がまさに彼の望んでいるようなものであったりしたらどうなる。
なつかしい記憶は美化される、という。
人は見たいものしか見ない、と同様に記憶したいものしか記憶に残らない。
メモリはアポトーシスの森を抜けなければならないのだ。

 はるかかなたから雷鳴が轟いてきた。
ゴロゴロとする音の方角をみあげた。
空には湧きあがる真っ白な積乱雲のなかにときおり稲光がはしる。
すこし遅れて音がのろのろときこえてくる。
頭上の空はあくまでまぶしく青く晴れわたっている。
トンボがたくさん飛びかっているのに気がついた。
なかに赤い色をしたものもいる。アカトンボだな。
思いだすのだが、夏休みも終盤になると小学校の校庭を群舞していた。
それは秋の始まりであり、夏の終わりでもある。

「ムッシュ、なにを考えているの」
「もうそろそろ夏も終わりかなあ、って」
「そうね、雷は夏の終わりを告げるのよね」
「暑い夏ももうおしまいですか」
「そう考えると、なんやちょっと淋しくなるんやな」

 意味もなく遠くをながめてしまう。
遠くになにかがある、というわけでもないのだが。
いや、なにかはあるのだ。
あると考えるしかないのではないか、ぼくたちは。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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