ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
06 | 2017/07 | 08
S M T W T F S
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

非常階段で読書
読書は静かなところでするのがいい。そう考えるならば、おのずと答えはでてくる。騒音にもいろい
ろあるが、案外気になるのが人の気配である。これを騒音といっていいのかわからないが、たしかに
気になるし集中できないのである。そこでひらめいたのが非常階段である。ここなら人は来ない。ゆ
っくりと本が読めると判断をくだした。壁にもたれて上目遣いに階段を見上げる。火災でも起これば
別だがいつもは人の通行はないはずだ。ところが現実はそうではなかった。そう頻繁にというわけで
はないが人は通るのである。ちょうどいいところにさしかっかた時など、ガタンという扉の開く音が
響きわたる。当然のことながら驚く。通行人もおなじようにビクッとする。こんなところで本を読ん
でいる人がいるなんて、と。この導線が近道なのである。非常などとついている名は捨て実をとる。
ヒトなんてそういう生き物だ、と変に納得する読書場所選定失敗の経験談である。

N7223コンビナート

「私の本棚」 新潮社編 新潮社 ★★★
家や学校の図書館にある本を読む。読むことで本が好きになる。自分で本を選び買いたい。買うと本
が増えてくる。本を収納する場所が必要になる。本棚を買う。最初に買ったのは高校生のころだろう
か。スチール製の実用一点張りの本棚だった。いっぱいになると、前後二列にならべた。上の隙間に
も詰めこんでいった。ぎちぎちではいりきらない本は段ボール箱にいれて積んでいた。本棚を買うお
金も置く場所もなかった。しかたがないとあきらめていた。引越しをして住まいがすこし広くなるた
び本棚を買った。ほかに欲しいと思うような物はあまりなかった。本が買えるような収入になってう
れしかった。でも読むならば同じだと文庫本が主体だった。でも文庫にならない分野の本はしかたが
ない。すこしずつ買った。できるだけ安いものを足をつかってさがした。一日に何軒も本屋巡りをし
た。楽しかった。女の子といっしょにいるよりもずっとリラックスできた。本とお酒と女性、どれが
一番か。あほらしくて答える気にもならない。ずっと決まっている。ゆるぎない。うーん、いちどだ
け、ゆらいだかもしれない。もう昔のことだ。で、本書である(笑)。で、本棚である。いろんな方
が書かれているが、いちばん共感できるのは南伸坊氏だ。彼はこういう。
『本棚を見ると、それを分類して、それぞれの関連性のようなものをレイアウトしていくと、さらに
自分の脳ミソを一望できる気がする。』
わかるなあ、だがそれですんなりとは納まらないから困る。
『ところでこの脳内把握の本棚レイアウトと、視覚的な整頓感というのが、困ったことにすこぶる矛
盾するのである。
 つまり、分類して把握して並べ替えをしていくと本棚は雑然としてくる。すなわち、本は寸法がま
ちまちであるし、色もさまざまである。
 視覚的にスッキリさせるには本の色や高さや厚みを揃えればいいのだが、それと本の内容というの
は、本来無関係なのであって、両方を満足させるというのは不可能である。』
いろいろやっているうちにわけが分からなくなってくる。
『そんなことをするうちに、ええい、もういい! といってフタうをつけてしまったというわけだ。
フタをしてしまえば、見えないから、いつまでも並べかえをする必要もなくなった。』
だからといって、伸坊氏の本を並べ替えるという性癖(?)がおさまったということではないらしい。
本人もおっしゃっている。
『たしかに怪しい。本を並べ替えるのが趣味なんて、怪しいと私も思う。』
だが、趣味なんてそういうものではないですか。

「ユーゴスラヴィア現代史」 柴宜弘 岩波新書 ★★★★
ユーゴスラヴィア、現在はなくなってしまったがどんな国だったのだろうか。そう考えると、地理の
教科書にあった断片的なことしか知らなかったことに気がついた。すこし調べてみようと本書を読む。
『ユーゴスラヴィアとは、そもそも「南スラヴ」を意味する言葉だが、国家としてのウーゴスラヴィ
アは二度生まれ、二度死んだといわれる。一度は、一九一八年一二月に王国として建国され、四一年
四月にナチス・ドイツをはじめとする枢軸軍の侵攻にあい、分割・占領されて消滅した。もう一度は、
四五年一一月に社会主義にもとづく連邦国家として再建されたが、九一年六月にスロヴェニア、クロ
アチア両共和国議会が独立宣言を採択するに至り、翌九二年二月に、ECを先頭として約五〇ヵ国が
これら二国を承認することによって解体した。三度生まれ変わることはできず、民族対立による凄惨
な内戦を通じて、七三年間の歴史の幕を閉じたのである。
 第二次世界大戦後のユーゴは、「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗
教、二つの文字、一つの国家」という表現に端的に示される、複合的な国家であった。』
クロアチア内戦やボスニア内戦については、よく新聞報道に接したことを思いだす。多民族だけでな
い複雑な事情があったのがこの文章からもうかがい知ることができる。
『また、ユーゴは「はざまの国」といわれた。それは「冷戦」期に東西両陣営に属さず、政治・外交
的に非同盟政策を採っていたからだけでなく、歴史をさかのぼってみると、この地域が古くは東ロー
マ帝国と西ローマ帝国との境界線に位置していたし、中世においてはビザンチン・東方正教文化圏と
西方カトリック文化圏との接点でもあったからである。さらに近代に至ると、ユーゴを構成すること
になる南スラヴの諸地域は、ハプスブルグ帝国とオスマン帝国との辺境を形成し、イスラム文化との
接触も進んだ。』
地勢的なこともおおきくユーゴの運命を左右したことであろう。
『この「ユーゴスラヴィア人」という民族概念は、自主管理社会主義体制のもとで既存の民族を越え
る新たなユーゴ統合の概念として」、共産主義者同盟によって提案され、導入された。旧ソ連におけ
る「ソ連人」と同様の概念であった。』
ソ連も解体したし、次なる解体国家は東方にあるのだろうか、と考える。しかし、あらためて国家と
はなになのか。必要不可欠なものなのか。そんな思いがうかんでくるのである。

スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://moucheokuno.blog26.fc2.com/tb.php/1484-d6f6e9c9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ムッシュ

Author:ムッシュ
島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリー