ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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うどん屋で読書
昼下がりの時間をねらっていく。ちょうどお客のピークはすぎている。それでも三々五々食客は絶え
ることがない。いつもきまって隅っこに席をとる。またとれるのがこの時間帯だった。定職にもつか
ないからできることだった。将来のことなぞ考えない。考えたところで、どうにでもなるものでもな
い。そう自分で自分に言い聞かしているのもわかっている。やがて運ばれてきたきつねうどんをすす
る。あつい出汁が食道をくだっていく感覚がある。うまいなあ、としんみり思う。生きている実感と
はこういうことなんだ。横にひらいた文庫本をときおり繰りながらうどんを食う。食うために生きる
のか。生きるために食うのか。それをいうならば、読むために生きるのか。生きるために読むのか。
ということもありだなと思ったりした。人生なんて警句にみちている。このうどんのようにだな。太
く短く、それとも蕎麦のように細く長くか。しかしそれ以外の選択肢はないのか。わからんなあ。

N7712メタセコイア並木

「百年の孤独」 G・ガルシア=マルケス 鼓直訳 河出書房新社 ★★★★
なんだか信じられないような悲惨なそれでいて滑稽でもある物語である。カリブ海に面した南米コロ
ンビアなのだろう架空の都市マコンドを舞台に、ブエンディア家の世代を経てのストーリーは奇怪で
もある。ホセ・アルカディオ(ブエンディア)とウルスラ(イグアラン)の夫婦には三人の子どもが
生まれた。ホセ・アルカディオ、アウレリャノそしてアマランタ。さらにその子どもにも同じ名をつ
けるので読んでいてすこし混乱する。しかしこの混乱もこの物語の特徴といえばそうなのかもしれな
い。
『ところがウルスラは、漠然としたものながら不安を隠すことができなかった。長い一家の歴史で似
たような名前が執拗にくり返されてきたという事実から、彼女はこれだけは確実だと思われる結論を
得ていたのだ。アウレリャノを名のる者は内向的だが頭がいい。一方、ホセ・アルカディオを名のる
者は衝動的で度胸はいいが、悲劇の影がつきまとう。』
書名の「百年の孤独」だが、読んでいるうちにだんだんとそういうことかとわかってくる。
『アウレリャノ・セグンドは、禍根は世間よりはむしろ、謎にみちたペトラ・コテスの心の奥深いと
ころに潜んでおり、長雨のあいだに何かがそこで起こったために、動物が仔を産まなくなり、お金が
貯まらなくなった、と思っていた。この謎が気になって彼女の感情に深入りした彼は、もともと欲得
から始まったことだが、そこに愛情を見いだした。愛されたいと願っているうちに、彼のほうが彼女
を愛する結果になったのだ。彼の愛情がつのるのを感じることで、ペトラ・コテスもまた彼をより深
く愛しはじめた。秋の盛りを迎えた今になって、ふたたび若いころと同じように、貧乏は恋の奴隷に
すぎないと信じた。そのころのふたりは、昔のとてつもないらんちき騒ぎや、けばけばしい豪勢さや、
とどまるところを知らない交合などを思いだしてうんざりし、こうして孤独をわかち合う楽園を見い
だすのに要した長い人生を思って、長嘆息した。』
この長篇小説でガルシア=マルケスは一九八二年にノーベル文学賞を受賞した。

「わたしの読書作法」 山口瞳 新潮社 ★★★
読書、あるいは読書家について山口さんはこういう。
『朝から深夜まで、私の目は活字から離れない。しからば、私は読書家であろうか。
 否である。断じて読書家ではない。
 むろん、読書とは、こういうものではない。読書とは、一般に固いものを読む。古典を読む、研究
書を読む、専門書を読む、あるいは、小説でも、一人の作家をまとめて読むということになろうか。
私における活字は、ここからは、ほど遠い。勉強からも仕事からも遠くなる。』
読書は趣味だというほどだと、そうなるかもしれない。でも、そう堅く考えないでもいいかな。小説
家と読者の関係について司馬さんにきいたという話が興味深かった。
『「読者は都大路を着かざって歩く通行人である。小説家は道ばたにしゃがんでそれを観察する存在
である。小説家が着かざって道の真中を歩いてはいけない」
「小説家と隣の家のおやじさんとの差は、指の先にわずかのこれっぱかりの塩がのっているかいない
かだけのちがいだ。小説家は、この塩を大事にしなくてはいけない」』
昨今の小説家といわれる(いわれたい)人はおおいに変化してきているようです。ちょっと気になる
箇所があった。いつかも高島俊男さんが指摘していた。
『男は、今年の十一月で満六十歳になった。還暦である。』
まあ、厳密には間違いではないかもしれないが、ならば、「男は、今年の十一月で満六十歳になった。
還暦である。」ではなく「男は、十一月で満六十歳になる。今年で還暦である。」山口さんだから、
そんなことは知っていると思うが、還暦は正月にむかえるのだ。誕生日に還暦ではない。還暦って歴、
こよみとあるでしょう。数え年、六十一歳の正月元旦が還暦ですよ、と教わった。弘法も筆の誤り。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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