ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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ステーションワゴンで読書
家や車を買うなどと幼いころには考えたこともなかった。それが時代の高度経済成長にともなって収
入が増えていき夢ではなくなった。そうなると車はどんなタイプがいいだろうかと考え始める。アメ
リカ映画を見ていると車体の長いワゴンタイプの車がよくでてきた。ステーションワゴンといってこ
れでドライブしながら旅をするのだという。広い西部を車で走っていく。自由なアメリカというイメ
ージだった。運転に疲れたら、車をとめてハッチバックを開いてそこに座る。遠くをながめてはもの
思いにふける。ときには読書もするだろう。コッフェルで湯を沸かしコーヒーをいれる。もちろんア
メリカンのブラックだ。夜になれば空には星がきらめく。行く末を思うとき、ひとすじの流れ星がは
しる。本を読むということは、感情移入の行為でもある。地上にひろがる世界よりもこころのなかが
果てしないと知るのはそんなときだった。自己とはなんと不思議なものなんだろうかとも思った。

N8067花に虫

「毛沢東の私生活」上 下 李志綏 新庄哲夫訳 文藝春秋 ★★★★
毛沢東(マオツォートン)の臨終の場面から書きはじめられる。李志綏(リチスイ)博士は裕福な上
流階級の出で欧米流の教育をうけた医者だった。神経外科医になりたかったのだが、人生の流れとは
わからないもので毛沢東の主治医になる。その期間は一九五四年から一九七六年に及ぶ。その間には
つぎつぎといろいろな事件が起こった。毛沢東のまじかでそれらを体験することになるのである。意
に沿わない主治医という役目だったが、それが彼の人生を苦難から救ったという面もあるから不思議
なものだ。なぜこのような詳細な毛沢東の私生活が書けたのか。
『私は一九五四年、毛沢東の主治医に任命されたときから日記を書きはじめ、ほどなくそれが私の趣
味になった。退屈しのぎになったし、個人的な経験の記録にもなった。最初のうち大きな出来事しか
記入しなかったが、しばらくするとたまたま見聞した多くのあれこれを書きとめるようになった。』
そのメモ類は数四十冊以上にのぼったという。しかし文化大革命時に身の危険を感じて焼却してしま
った。しかし、日記を書いていた習慣が記憶には有効だったと思われる。毛沢東の死後ふたたびメモ
を書きはじめ二十冊に達したという。アンドリュー・ネイサン(コロンビア大学教授)がいうように、
「二十二年間も主治医として務めた人物による回想録で語られている毛沢東と同じくらい、親しく観
察された指導者がほかにいただろうか。」自伝や評伝とはまたちがう貴重な資料としての価値も高い。
『七年後、香港の友人からヤンに贈賄するよう強くすすめられたと毛沢東に話すと、主席は腹をかか
えんばかりに哄笑した。「君はほんとうに世間知らずだな」と、「どうしてそんなにしみったれるの
かね? 君には人間関係がまだよくわかっていないんだ。水清ければ魚棲まず、というじゃないか。
人に贈物をするのが、一体どこがそんなにおかしいのかね? あの郭沫若だって、重慶交渉の際に腕
時計をくれたんだぞ」』
ふだんの毛沢東の肉声が聞こえるようでもある。けっしてガチガチの共産主義者ではないようだ。日
常生活で毛沢東は風呂にはいらなかった。ただいつも身体を蒸タオルで拭かせるのみ。水泳好きは周
囲をいつも困らせていた。そういえば、そんな写真を新聞で見たような気がする。英雄色を好むとい
うが、まさしく毛沢東にぴったりあてはまる。江青には色情狂とみなされていたようだ。
『一九六九年五月、われわれが武漢、杭州、南昌を歴訪していた際、主席の別荘につとめる世話係は
ことごとく若い女で、各省のさまざまな歌舞団の女性団員もたえず主席の相手をした。この旅行中、
毛はある省の歌舞団に属するふたりの歌手がとりわけ気に入り、それぞれ姉妹も私室に呼んでともに
すごした。禁欲主義は文革の表向きの合い言葉であったが、党の教えが禁欲的かつ道徳的になればな
るほど、主席自身はさらに快楽的な生活にのめりこんでいった。主席はいつも群がる若い女たちにか
しずかれていた。しかも文革の最盛期にあたるこの時期には、毛沢東はときとして同時に三人、四人、
あるいは五人以上の女たちとベッドをともにしていたのだ。』
ここで注目するのは毛沢東は一八九三年の生まれだということである。このときすでに七六歳だ。お
そるべし毛沢東。だが、洞察力もすごい。
『「アメリカとソ連はちがう」と毛沢東は説明した。「合衆国は中国の領土を占領したことがない。
アメリカの新大統領リチャード・ニクソンは古くからの右派で、アメリカの反共リーダーだ。私は右
派と取り引きするのが好きなのだよ。右派は本音でモノをいうからな――そのあたりが左派とはちが
うんだ。左派は口と腹のなかがちがうんだな。』
毛沢東は読書家でもあり中国の古典とくに史書を好んで読んでいた。古典を引用しながら自分こそ神
であり法律であると対話する外国人にも伝えようとした。次なる逸話は神ならばこそである。
『一九五四年十月、インドのネルー首相と会談したとき、主席は原子爆弾を「張り子の虎」とみなし
て、いわゆる「帝国主義者」との闘いで勝利をおさめるためならば、原子爆弾で数百万の人民をうし
なってもかまわないと述べたことも、私は早い時期から承知していた。「原子爆弾など恐れるにたり
ない」と、主席はネルー首相に言った。「中国には人間がたくさんいる。爆弾で彼らを一掃すること
はできない。原子爆弾を中国に落とそうとする者がいるなら、私にだって原子爆弾が落とせる。一千
万か二千万の人間が死んだところで恐れるにたりない」。ネルーは非常な衝撃を受けた。
 一九五七年十一月、毛主席が政府代表団を率いて訪ソしたおり、自分は三億の人民――全人口の半
分――をうしなうことも辞さないと演説した。人口の半分をうしなっても中国にとって大きな損失と
はならない。人間ならいくらでも生産できるのだから、と毛沢東は述べた。』
本書にはもちろん、周恩来、林彪、劉少奇、鄧小平、華国鋒など中国のトップクラスの人物が登場す
る。まさに近代史第一級の歴史資料である。

「虫の虫」 養老孟司 廣済堂出版 ★★★★
いつもながらに養老先生の話は含意に富む。思いがけない切り口がはっとさせられる。人は変われる
のか。変わらないのか。こうおっしゃるのである。
『思い込みが壊れるのも発見の一つである。発見とはじつは、常に自分に対する発見なのである。思
い込みとは、要するに「自分の考え」だからである。思い込みが壊れるとは、自分の考えが変わるこ
とである。自分の考えが変わるということは、自分が変わる、それまでとは違う自分になる、という
ことである。極端な場合はそこで「生まれ変わる」。
 思い込みが壊れる経験を何度もしていると、歳をとらない。そのつど「生まれ変わる」のだから、
当然であろう。私はそう思う。老人になると頑固になるのは、思い込みがひたすら強くなるからであ
る。そんな思い込みは、自分で壊してしまえばいいのである。』
まあ、それはそうなんですが、なかなか気づかない。気づきたくないと無意識に思っているのかも。
『感覚とは、違いがわかることである。「匂いがする」のは、「それまでその匂いがなかった」こと
を意味している。つまり、匂いが違ってきたのである。音も同じで、音がするなら「それまでその音
がしていなかった」のである。ただし、見ることはそれとちょっと違う。対象は常に目の前に存在し
ているからである。「さっきからあった」のに、やっと「違いに気づく」のである。
 見ているのに、見えていない。これは人生で、いつも起こることである。『青い鳥』も要するにそ
ういうことであろう。』
さすが理系というところでしょうか。しかし理系といってもピンキリですから(笑)。こういう説明
が、わたしはよくわかるし気持ちがすっきりします。
『法則はそれを具体的にどういう現象に当てはめるかで成否が決まる。一足す一は二だが、アルコー
ル一リットルと、水一リットルを混ぜても、二リットルにはならない。水分子は小さく、アルコール
分子はそれに比較して大きい。だから水分子がアルコール分子のいわば隙間に入ってしまうのである。
箱いっぱいのボウリングの玉と、同じ大きさの箱いっぱいのパチンコの玉を混ぜたら、二倍の大きさ
の箱はいらない。でも、パチンコの玉一個とボウリングの玉一個を並べて個数を数えると、たしかに
二個になる。
 すべての事象を一つの原理で説明したがる傾向が人間にあることは否定しない。だから、たとえば
「なにごともアッラーの思し召し」ということにしてしまう。それでもとりあえず社会はやっていけ
る。そうもいえる。でも、それが困った問題をしばしば引き起こすことは、現代ではすでに常識であ
ろう。自然選択説を含め、法則はその適用を間違えると、役に立たな、ないしは有害なのである。
 われわれが自然を観察して、ていねいに見ようとするのは、それがじつにさまざまな面を見せるか
らである。そのずべての面が、一つの原理で説明できると考えるのは結構だが、うまくいかないに決
まっている。そのときにいうこともわかっている。そういう事実は細かいことで、考慮に値しない。
いずれ同じ原理で説明できることなのだから、それまで放っておけばいいのだ、と。その「放ってお
かれた事実」が溜まりに溜まると、いわばゴミの山ができる。そのゴミの山が溜まりすぎて、いずれ
崩壊する。これをトマス・クーンは科学革命、パラダイムの変化と呼んだ。
 自然選択説はじつは情報に関する法則である。ここに私がなにを書いたって、それが「あなたの頭
という環境」に適応しなければ、アッという間に滅びる。でも、この種のことを主張する人はいない
ようなので、説明が長くなるから、ここではもうやらない。さらにいえば、十九世紀の生物学に独特
の三つの法則、メンデルの法則、ダーウィンの自然選択説、ヘッケルの生物発生基本原理、これらは
いずれも情報に関する法則ないし経験則である。私は長年そう思っているし、そうに決まっているの
である。』
このあたりすこしむずかしいですが、考えているとおもしろいです。まだまだ読みたいと思わせる養
老先生です。お元気いられるように、好きなだけ虫取りしてください。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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