ムッシュの読書紀行
人生は旅のようだと言いますが、旅が人生かも知れません。 ぼくは活字中毒気味でもあり、旅はまだまだ続くでしょう。
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旅のはじめ
あれは旅といえるのかどうかわからない。
小学校にあがる前のことだった。
夏になると、淡路島にある親戚の家にあずけられた。
なぜそのようなことになっていたのか、いまはもう知るすべもない。
とにかく、行きと帰りだけ親がいっしょだった。

親戚の子(もちろん年上、たぶん小学生)たちと池や小川にでかけた。
池でイモリを釣った(?)し、川でメダカをすくったりもした。
トンボやカナブン、クワガタもつかまえた。
早朝には、じいちゃんといっしょに伝馬船に乗って、蛸突きにもつきあった。
朝食にでる蛸のてんぷら、うまかったなあ。
家に帰りたいと思ったことはいちどもなかった。
どこか変わった子だったのだろうか。

そんな経験があるからなのか、知らないところに行くということに抵抗はない。
どちらかというと、未知なる地に行きたい願望のほうがつよい。
決して観光地に行きたいというのではない。
遊園地などは行きたくないほうだ。
ありふれた町を歩いて、どこにでもある店先をのぞき、いきあう人々をながめる。
それのなにがおもしろいの、とよく聞かれる。
べつにおもしろくはないよ、でもいつもとはちがう感じがするんだ。
逆に巨大な遊園地、テーマパークには興味がなかった。
なにが楽しいんだろう、といつも疑問だった。

その感覚がなにかを考えるきっかけになるような、ならないような。
よくわからんけど、知らない土地の知らない人たちの会話を聞いているのが好きだ。
食堂や居酒屋でどこからともなく聞こえてくる会話が新鮮だ。
土地の言葉がよくわからなくても前後の関係でなんとなくわかるのだ。
わからなければ、それはそれでもいい。
じっと聴いていれば、イントネーションが感情を含んでいるのがわかる。
抑揚だけで思いを伝えることも可能だったりする。
いろんな人がいて、いろんな人生を送っているんだなあ。
そう感じるだけで、なんだか生きているのが楽しいと思えたりする。

F0048西桟橋

旅しているとき、列車からすぎていく景色をながめるとき。
いつもなにかを考えていたのかもしれない。
あるとき、旅をするって考えることなんだと知った。
考えるためにはよく観なくてはならない。
それ以来、いつもなにかを見ているのだ、じっと、ときにはぼんやりと。
見るといったが、聴くもあるし、さわるもあるし、においすらも関係するんだと。
五感すべて(いや第六感さえも)がなにかを感じるのを知る。
そこからおのずとなにかが考えられる、というのかな。
息をするようなことなんだと思う。
だれもがそうしているんだが、意識にのぼるかどうかはひとそれぞれのようだ。

感じる考えることがすべてことばになるかといったら、どうかな。
あえて、それは関係がないといえる。
あとから言葉で理解しようとすると齟齬が生じる。
ことば以前の最初に観る、感じる、考えることが大切なんだと思う。
といいつつ、こうして文章に書いていることがもどかしい。

だれでも経験があるだろうけど、夕焼けが美しいと感じたこと。
城や塔や建造物から荘厳なものを受けたことが。
ありふれたものなんだが、それがなぜか輝いてみえたことなど。
おなじ食べ物でもなんだかとてもおいしく感じたりする。
それらが旅の魅力の一部を構成しているのだろうな。

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島を旅するときが楽しいですね。
遠くに眺めるのも好きです。
楽園なんてないんですけどね。

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